キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第25話「力の差」

 便利屋68との惜別を終え、学校へ戻ったショウマとノノミ。

 しかし残っていたお菓子は全て彼女達へあげてしまい、他のメンバーもそれぞれ用事で居なくなったまま。

 特に何かしなければならない事も無い訳だし、これからどうしようかと呑気に腰を落ち着けようとしたその時、セリカとアヤネの2人が教室へ戻ってきた。

 噂をすれば何とやら……しかしその様子がどこか焦燥に駆られている気がして聞いてみれば、2人は直ぐに全員で集まって会議を行いたいと告げてきた。

 既にホシノにもその旨は伝えてあるらしく、感じたその気が杞憂では無い事がまざまざと示される中、やがてホシノが教室へ戻ってきた事により、アヤネ主導の下に緊急の会議が開かれたのだ。

 

「それでは、アビドス廃校対策委員会緊急会議を開きます。まずはこちらをご覧ください。」

 

 そんなアヤネから掲示されたのは、何かの地図のような物。

 話によると、これはどうやら地籍図というその土地の台帳のようなもの……もっと分かりやすく言えば、土地の所有者を確認出来る書類との事だ。

 しかしアビドスの土地はアビドス高校が所有権を持っている筈……わざわざこのような書類を用意する必要など無い筈だ。

 

「私達もさっきまではそう思ってた……でもそうじゃなかったの!」

「大将さんの所へ行った時に話を聞いたんです……柴関ラーメンが入っている建物は勿論の事、このアビドス自治区の殆どが、私達の学校が所有している事になっていなかったんです……。」

 

 言うに、既に砂漠になってしまった本来のアビドス高校本館と、その周辺数千万坪の荒れ地、そしてまだ砂漠化が進んでいない市内の土地や建物まで……。

 所有権が渡っていないのは、今は本館として使っているこの校舎と、周辺の一部の地域だけなのだそうだ。

 

「どういう事?アビドスの自治区がアビドス高校のものじゃないって、そんな訳……。」

 

 有る筈がない。

 そうホシノが言おうとして、しかしアヤネが指差した地籍図の所有者の欄を見て、その言葉は喉奥へと引かれてしまった。

 

「これって……。」

「現在の所有者は……カイザーコンストラクション?」

「はい、カイザーコーポレーションを経営元とする子会社……私達が普段借金の返済をしている相手である、カイザーローンと同じ系列店という事ですね。」

 

 つまり本来アビドスの自治区たる土地を、カイザーコーポレーションが所有しているという事になる。

 実際柴関を含めた周辺の店舗は、既にそのカイザーコンストラクションから退去命令が出されていたらしい。

 

「で、ですがどうしてこんな事に?学校の自治区の土地を取引だなんて、普通出来る筈が……?」

 

 だとしても、ノノミの言う通りである。

 何らかの理由でその土地を治める機関が機能停止でも起こさない限りは、土地を明け渡すなんて事態にはならない筈。

 一体何が起こっている?

 誰がこんな事を?

 

「……アビドスの生徒会、でしょ。」

 

 その答えは、ホシノが沈んだ声で呟いたまさにそれであった。

 

「学校の資産の議決案は生徒会に有る……それが可能なのは、普通に考えてその学校の生徒会だけ。」

「ホシノ先輩の仰る通りです……取引の主体は、アビドスの前生徒会でした。」

「そんな……アビドスの生徒会は、もう2年前に無くなった筈では……。」

「はい……ですので、生徒会が無くなってからは取引は行われていません。」

 

 まさか、これだけの大事にずっと気付かないままであったとは。

 しかしながらそれぞれの学校の自治区は、それぞれの学校のもの……あまりにも当たり前たる事。

 当たり前過ぎて、借金の事ばかりに気を取られて、気付く事が出来なかったのも仕方が無い。

 何せこの話は、廃校対策委員会が出来るよりもずっと前から続く話なのだから。

 

「あーもー!!何やってんのよその生徒会の奴等は!?学校の土地を売る!?学校の主体は生徒でしょ!?どうしてそんな事……!?」

「……そういえば、ホシノ先輩は確かアビドスの生徒会に所属していましたよね?」

「私も聞いた事が有ります……最後の生徒会の、副会長をされていたとか。」

 

 そのずっと前に繋がる道筋を、実はホシノが握っている。

 その事について言及すれば、彼女は「うへ、そんな事も有ったねえ。」と軽い様子で肯定する。

 

「でも何せ2年も前の事だし、そもそも私もその辺の生徒会の先輩達とは実際に関わりが無くってさー。」

 

 言うに、当時のホシノが生徒会へ入った時には、既に他の生徒会の役員は殆ど辞めた後だったらしい。

 在校生も2桁台になっていて、教職員も居ない……授業なんてものも、とっくの昔に途絶えていた。

 生徒会室もそうと言われなければただの倉庫にしか見えないような場所であったらしく、ちょうど砂漠化を避けようとして校舎を何度も移してた時期だったという事もあってか、引き継ぎ書類なんてものも1枚とて無かったらしい。

 

「そもそも最後の生徒会って言ったって、新任の生徒会長と私の2人だけだったし……しかもその時の生徒会長は無鉄砲かつ校内随一のお馬鹿さんで、私の方だって当時はまぁ~嫌な性格しててさ……今思えば全部が全部、何もかもが滅茶苦茶だったね。」

「校内随一の馬鹿が生徒会長……?何それ、どんな生徒会よ……?」

 

 セリカの言う通りだ……生徒会なんて肩書きだけ。

 何の間違いだか、馬鹿2人がそこに入ってしまい、そしてただ意味も無く集まっていただけ。

 

「本当、何も知らないでさ……。」

「ホシノちゃん……。」

 

 そう語ったホシノの眼差しは遠く虚空を見つめていた。

 彼女以外の誰も知らない過去から続いているであろうその思いの丈は、他の者には到底窺い知る事は出来ない。

 

「でも、どうして前の生徒会の方々は、アビドスの土地をカイザーコーポレーションに売ってしまったんでしょうか……?」

 

 思わぬ方向に話が進んでしまった気がする。

 若干沈んでしまった空気を元に戻す為にも少し強引ながら舵を戻せば、少女達は再びそれぞれの意見を交換し始める。

 

「私もしっかり関わってないからただの推測になっちゃうけど、多分ちゃんと学校の為を思って、色々と頑張ってた人達だったんじゃないかなーって思ってる……多分最初は借金を返そうとしてって感じなんだろうな~。」

「借金の為に、土地を……。」

「はい、私もそう思います。当時既に学校の借金はかなり膨れ上がった状態でした……ただそれでもこのアビドスの土地に高値が付く筈も無く、少なくとも借金自体を減らすには至らなかった。それで繰り返し土地を売ってしまう負の循環に……といった所でしょうか。」

「でもそれ、何かおかしくない?そんなの最初からどうしようも無いっていうか……。」

 

 当事者と呼ぶにはどうしても離れた位置に居る為、あまり会話に加われず見守るしかないショウマ。

 それを口惜しいと思いながらも、せめて全体の流れだけでも把握出来るように努めていると……。

 

『……その答えになりそうな書類が、こちらに有ります。』

 

 ふと、アロナからそう促される。

 突然の事で一瞬何を促されているのか分からなかったが、やがてはたと彼女が求めているものについて思い当たったショウマは、そのまま幾つかの書類を机の上に拡げた。

 

「それ、カイザーローンと闇銀行の……!?何でショウマさんが!?」

「今朝、便利屋の皆から貰ったんだ。きっと必要になるだろうからって……確か俺と便利屋の皆がブラックマーケットに居たあの時、皆もすぐ近くに居たんだよね?」

「えっ!?知ってたんですか!?」

「うん、この子(ゴチゾウ)が教えてくれて。それであの時、ブルーって子が居たでしょ?あの子が便利屋の皆に沢山のお金が入ったバッグをあげて……その中に入ってたんだ。でも正直俺にはこの書類の見方がよく分からなくて……。」

『それは私が説明します、皆さんよく聞いていてくださいね。』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「な、何よそれ⁉一体どういう事なの⁉」

「つまり私達が払っていた借金の返済金が闇銀行の手に渡っていて、そのお金がカタカタヘルメット団の活動資金になっていた……という事は、今までヘルメット団や便利屋68の背後に居た存在は、カイザーローン……⁉」

「で、ですが学校が破産したら貸し付けたお金は回収出来無い筈です!なのにどうしてそのような事を……⁉」

 

 アロナによって借金の返済に関する詳細が語られると、少女達は驚愕と困惑の渦に包まれた。

 ブラックマーケットに居た時に感じた、自分達が裏社会の一端に関わっていたかもしれないという疑惑が確信に変わってしまった事。

 そしてその先に待つのが、一見して誰も得をしない意味不明な結果に繋がるという事。

 考えてみてもそれらしい答えは出ず、ますます渦中に呑まれてしまう一同であったが……。

 

「……成る程、そういう事か。」

 

 1人だけ、その渦から逃れられた者が居た。

 

「多分だけど、これはカイザーローン単体の仕業じゃないね……カイザーコーポレーション本社の息が掛かってるんだと思う。」

「えっ!?ど、どういう事!?」

 

 いち早くその渦から抜け出したのは、ホシノ……そんな彼女の意見はこうだ。

 まずカイザーローン……ひいてはカイザーコーポレーションがアビドスと融資の契約を行い、そこで学校の手に負えない程の金を貸し与え、利子だけでも払って貰うように仕向ける。

 大方、要らない砂漠や荒れ地を売ったらどうだなどと唆して……それで砂漠化した使い道の無い土地だからと、その提案を断る理由も無くて、だが同時にそんな安値で売った所で借金が減る訳も無く、土地を取られるばかりで……そうしてアビドスの自治区は、ゆっくりとカイザーコーポレーションのものとなる。

 

「でもその取引は2年前の生徒会の発足以来行われていない。まあ先輩(あの人)の事だから、話が難し過ぎて理解出来てなかったのか、それとも話自体持ち掛けられなかったのか……兎に角それでカイザーはヘルメット団や便利屋をけしかけてくるようになったんだ。私達がこの真相に辿り着けるように。そして辿り着いた先で、同じ事をやらせる為に。」

「同じ事……残っている最後の土地、この学校を……。」

 

 恐らく融資の契約を結んだ時点でこうなるように仕向けられていたのだろう……つまりは何十年となる前からずっと、アビドスはカイザーコーポレーションの掌の上で踊らされていたという事だ。

 

「何なのよ……何なのよもうっ!!昔の生徒会の奴等、どんだけ無能だった訳!?こんな詐欺みたいなやり方に騙されてさえいなければ……!!」

 

 セリカが強く机を叩く。

 彼女の眼は怒りに満ちて、だが同時に少し涙ぐんでもいて。

 ただでさえ砂漠化による街の侵食で苦しんでいたというのに、どうしてここまで酷い仕打ちを……と言いたげな表情だ。

 

「……苦しんでる人達って、切羽詰まりやすくなっちゃうからね~。人ってそうなると、何でもやっちゃう生き物だからさ。」

 

 ね、ショウマさん?と視線を向けてくるホシノ。

 耳の痛い話であるが、確かにその通りだ……自身も含め、そうやって思い詰めた者達の姿を、これまで何度も見てきたのだから。

 

「学校の借金、このアビドスが陥っている状況、そして私達が見つけ出してきた幾つかの糸口……全てが少しずつ繋がり始めている気がします。」

「カイザーコーポレーションの狙いはお金ではなく土地……ですがそうなると、どうして土地なんでしょうか?幾らカイザーコーポレーションとて、アビドスの土地を手に入れた所でどうしようも無いと思うのですが……。」

 

 だからこそ、これ以上は止めなければならない。

 その為にもカイザーコーポレーションが何を狙っているのか突き止めなければならないが、ノノミの言う通りその理由がどれだけ考えても思い浮かばず、堂々巡りの状態となってしまう。

 

「……直接聞いた方が早いかもね。」

「直接……?ま、まさか、カイザーコーポレーションの本社に殴り込みを!?」

「いや、もっと近い所に気になる場所が有るんだよ……ね、ショウマさん。」

 

 解決へ導くには、多少無理にでも切り込むしかない。

 そうホシノが再びショウマへ目線を向けてくるも、彼は先程と違って今度は思い当たる節が無いと、彼女の目線が語りたい事が読めなかった。

 

『そうです!あの時、風紀委員長のヒナさんが……!』

 

 しかしアロナがはっとして告げた人名が、ショウマに彼女と出会って間も無く告げられた事実を思い起こさせる。

 

 

 

 

 

─なら、伝えておく事が有る。これはまだうち(ゲヘナ)の生徒会も、ティーパーティーも知らない、情報部と関わりが有る私だけが知っている事なのだけれど……アビドスの砂漠、あそこでカイザーコーポレーションが何かを企んでる。

─カイザーコーポレーション……?

─待って、それってどういう事?

─詳しい事は私も分からない。ただカイザーコーポレーションはキヴォトスでも名を馳せる巨大企業……そんな存在が捨てられた砂漠の奥深くで何をやっているのか、目を光らせておいた方が良いと思うわ。特にアビドスは、カイザーグループと色々深い関わりが有るのでしょう?

 

 

 

 

 

「カイザーコーポレーションが……。」

「アビドス砂漠の奥深くで……。」

「何かを企んでいる……。」

 

 そうだ……カイザーの土地の買収と、同じくカイザーの砂漠での不審な動き。

 ここまで来たら、関連性が無いなんて事はほぼ有り得ないと言って良いだろう……行ってみる価値は有る筈だ。

 

「じゃあ決まりね!何が何だか分かんない事が多過ぎるけど、行って直接確かめた方が早い!」

「セリカちゃんの言う通りです。ではこの後、対策委員会全員でアビドス砂漠へ向かいましょう!」

『先生はどうされますか?皆さんと一緒に行かれるか、ここに残るか……。』

「俺も行くよ、勿論皆が許してくれるならだけど……。」

「大丈夫です!私達がしっかりお守りしますから!」

 

 確とした目標が出来た事で、少女達はショウマも合わせて出発の準備に取り掛かる。

 そんな一同の様子を、ホシノは遠巻きにじっと見守っている。

 その眼差しは何故かまた、あの虚空を見つめていたような遠いものとなっていた。

 

「……うへ、皆やる気に満ちてて良いね~。こんなどうしようも無いような事が分かって、まだ諦めるつもりなんて無い……本当、良い子達ばっかりだよ。」

 

 一体何故、そのような眼をしているのだろうか?

 何故そのような眼をしなければならないのだろうか?

 

「これを出す日も、近いのかなー……。」

 

 おもむろに、自身のバッグから1枚の用紙を取り出すホシノ。

 その紙に書かれている内容は……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 何十年と前から水面下で行われていた、カイザーコーポレーションによるアビドスの土地買収。

 その侵略と言っても差し支えない行為の真相を暴くべく、かの企業が怪しげな動きを見せているというアビドス砂漠の奥地へ向かう事を決意した一同。

 準備も整い、アヤネの運転する車に揺られて暫くすると、以前セリカがヘルメット団に捕らえられていた場所まで到着した。

 

「前に一度来た事が有りますから、どんな場所かはもうお分かりだと思いますが、ここから先がアビドス砂漠と呼ばれる場所です。このアビドスに於ける砂漠化が進む前から、元々そうであった場所……普段から壊れたドローンや警備ロボット、オートマタ等が徘徊している、危険な場所です。日の照り返しによる暑さも有ります……何が起ころうとも、道中は強行突破するしか有りません。皆さん、今一度銃器の動作チェックをお願いします。」

 

 言われ、各々の作業に取り掛かる少女達。

 ショウマも着ている服の内にゴチゾウ達が居る事を目視で確認し、そして服越しに腹部のガヴを手で撫でる。

 ゲヘナの風紀委員会との戦いの際、ほぼ咄嗟の判断によるものであったが、自身の武器(ガヴガブレイド)をガヴから引き出す事に成功した。

 決して少なくない苦痛を伴う為乱用は出来ないが、いざとなったら自分も戦う……その覚悟を今一度胸に灯すと同時に、車が砂漠へ向けて発進された。

 

「うへー、いつ来てもここはあっちゅちゅ~だね~。」

「本当よ……あー、嫌な記憶思い出してきた……。」

「砂に呑まれた旧市街地の方までは行った事が有りますが、こんなに奥まで行ったのは初めてです……。」

「あーそっか、皆はここまで来た事は無いんだっけ。」

「え、ホシノ先輩は有るの?」

「うん、前に生徒会の仕事で何度かね~。もう少し進めば、そこにはなんとかつてアビドス砂祭りが開かれていたオアシスが!」

「えっ!?こんな所にオアシスが!?」

「ま、今はもう全部干上がっちゃってるんだけどね~。でも元々はそんじょそこらの湖より断然広くて、船まで浮かべられた程だったとか。」

 

 アビドス砂祭り……どうやらかつてはそのような催しが行われていたらしく、当時はそれこそ他の学校の生徒も遠路遥々駆け付けてくる程に大勢の人が集まったらしい。

 しかし要となっていたオアシスが失くなり、それによって祭りも鳴りを潜めてしまい、そうなればアビドスを彩るのはこの砂漠と、時折見える岩山の色だけ……景観として目を見張るようなものは何も無く、それもまたアビドスが衰退していった理由の1つなのかもしれない。

 

「さ~て、結構奥まで来た筈だけど、何か目ぼしいものは……っ!」

 

 それでも、ここ(アビドス)には彼女達(廃校対策委員会)が居る。

 彼女達以外にも、ここに残って生活をしている人達が居る。

 その人達の為にも、今抱えている問題は必ず……と意思を新たにしていると、不意に車のハンドルが大きく切られた。

 

「ドローンとオートマタです!構っている暇は有りません、強行突破します!」

 

 同時に聞こえてくる数多の銃声……車窓から見てみれば、確かに命宿さぬ機械の類いがそれぞれの火器をこちらへと向けていた。

 本命と対面する前に戦力を削ぐ訳にはいかない……事前に定めた通り、押し通るしかない。

 アヤネの腕を信じ、右に左にと揺さぶられる事数分、次第に荒くなっていた運転が元へと戻っていく。

 

「……巻けたようですね。」

「あっぶないわね……本当に徘徊してるだなんて……。」

「この辺り、何でかああいうのがよく集まるんだよねー……ショウマさん、怪我してない?」

「うん、大丈夫。それより皆、あれ……!」

 

 どうやら、上手く躱せたようだ。

 当面の危機が去った事で皆ほっと胸を撫で下ろすも、それも束の間の話……ショウマが遠くの方に何かを見つけたからだ。

 

「あれは……?」

「何あれ……何かの工場?」

 

 砂塵に阻まれる所為でここからだと仔細が分からぬが、ショウマが指差す先には確かに何かの建造物の影が見える。

 かなり大きめだ……それに影も複数存在が確認出来る為、セリカがそう仮定したのも頷ける。

 しかしこんな砂漠の奥地に、一体何の施設が在ると言うのだろうか?

 その思いは、恐る恐ると近付いていった先でより顕著なものとなる。

 

「……。」

「な、何よこれ……!?」

「この物々しい雰囲気……ただの施設という訳では無さそうですね。」

 

 近付けばより分かる、施設の異常性。

 近辺の小高い丘の上からの観察となるが、ざっと見ただけでも数㎢は有る面積を占める、倉庫やコンテナの数々。

 それらをコンクリートの壁で囲い、その周りには有刺鉄線を配置し、さらには多数の武装した機械兵が施設内を巡回していて……これが普通の施設であれば、明らかに度が過ぎた警備体制だ。

 こんな物々しい施設、昔は無かった筈……過去の記憶と照らし合わせながらホシノが怪訝に眉を潜めるのと共に他の者達も固唾を呑んでいると、不意に先程も聞いたような銃声がまた聞こえてきた。

 

「エリア内に侵入者発見!」

「逃がすんじゃないぞ!捕らえるんだ!」

 

 放たれた弾丸によって、ショウマ達が居る付近の地からまばらに砂埃が立つ。

 撃ってきたのは、施設内を巡回している機械兵と同じ装備の者達……恐らく付近を巡回していた警備兵といった所だろう。

 施設に入った訳では無い、まだその周辺地帯であるというのに、こうした有無も言わさぬ攻撃……確実に、ただの施設の警備体制では無い。

 

「おおう、熱烈歓迎って感じだねー……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうか!」

「ショウマさん!戦っても良いけど絶対無理しないでよね!」

「うん、分かってる!」

 

 今の銃声か、それとも警備兵の声か、どちらにせよ施設側に届いたのだろう……けたたましいサイレン音が響いてきた。

 恐らく、じきに施設側から応援部隊が来る……そんな相手の執拗に駆られている様からは逃れられそうにも無く、応戦を選択する他無い。

 車から降り、少女達がそれぞれの銃器を取り出す中、ショウマも腹部(ガヴ)から武器(ガヴガブレイド)を引き抜き、共に戦う。

 

「ッ……!」

「ぐあああ!?」

 

 少女達との銃撃戦に気を取られている敵に対し、闇討ちが如く襲撃を行うショウマ。

 卑劣な手段かもしれないが、正面切って戦うにはやはりこの身が銃弾に耐えられるか分からず恐ろしい。

 何よりこんな手を使ってでも、勝たなければ意味が無いのだから……力が全てのものを言う、この世界では。

 ショウマにとって唯一幸いなのは、思いきり刀身を当てたとしても多少の切り傷しか残らない程に敵の耐久力が高いという事。

 それでいてダメージとしては十分な効果が出ているらしく、大袈裟に見える程に痛がりながら倒れる敵に不思議な感覚を覚えながらも戦闘を続ける。

 

「うへー、何なのこいつらは!」

「勝てない訳じゃないけど、何か今まで戦ってきた奴等よりも一際厄介な感じ!」

「これ程の戦力を備えているだなんて、ますますこの施設の事が気になりますね!」

 

 戦闘を通じて、ショウマも内心同じ感想を抱く。

 現状は力押しでも対処出来ているが、相手は常に複数人で纏まって行動し、なるべく互いや他のグループとの隙が生まれないよう意識をしており、かなり練度が高い組織であると窺える。

 まるでゲヘナの風紀委員会のような存在を相手にしているよう……そんな風に思いながら施設の目前まで迫ると、突然アヤネが慌てた様子の声を上げた。

 

「待って下さい!施設壁面のあのマーク……あれは……!」

 

 言われ、見てみると、確かに施設を囲うコンクリートの壁面には何らかのマークが描かれており、その下部分にも何かの文字が刻まれている。

 恐らくこのマーク、ひいてはこの施設の所有者を示す名称……そして綴りは、ローマ字であろう。

 しかし、それならば、この施設の所有者は。

 そこに描かれている文字が、本当にそれを示すのであれば。

 

カイザーPMC……?」

 

 ここがまさに、自分達が探していた……。

 

 

 

 

 

「そう。我がカイザーコーポレーションの系列である、民間軍事会社(Private Military Company)だ。」

 

 

 

 

 

 いつの間にか、銃声が止んでいた。

 壁面に描かれているロゴマークと、そのロゴを有する企業の名に気を取られていた間に、かの者はやって来ていた。

 

「侵入者と聞いていたが……まさか、アビドスの生徒だったとはな。」

 

 ショウマ達の前に現れた、大柄な機械人。

 その荘厳なる風貌に一同が気圧される中、ホシノの脳裏にある記憶が過る。

 

 

 

 

 

─生徒会長が居ない今、副会長であるあなたが借金を返済していく……という事でよろしいでしょうか、小鳥遊 ホシノさん?それとも、私の提案を受け入れますか?

 

 

 

 

 

「(あいつ、あの時の……。)」

 

 今はまだ彼女しか存在を知らぬ黒い影……その傍らに、目の前の機械人が居た事を思い出す。

 あの時は一言も発さず、全く素性の知れぬ存在であったが、今ここに居て、そして先の台詞。

 もしや、かの者は……。

 

「……ふむ、面白いアイデアが浮かんだ。これはヘルメット団や便利屋を雇うよりも良さそうだ。」

「ヘルメット団や便利屋の皆を……っていう事は、あんたは……。」

「うん?誰だ貴様は?アビドスの生徒という訳では無さそうだが……。」

 

 そんなホシノの予測は、ショウマの存在を訝しみながらも、かの者自らが示した事によって肯定された。

 

「まあ良い。既に察しては居るだろうが、顔を合わせるのが初めてな連中が多いからな。軽く自己紹介でもしようか……私は、カイザーコーポレーション並びにカイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事にして、カイザーPMCの代表取締役を務めている者だ……尤も、君達としてはアビドス高等学校が借金をしている相手とでも言えば分かりやすいかね?」

 

 カイザーコーポレーション及びその系列会社の重鎮、そして……。

 

「つまり……あなたが今まで私達の学校を騙してきた張本人という事ですね?」

「私達の学校の土地を奪い、借金による搾取を続けてきた黒幕……!」

「そうよ!ヘルメット団や便利屋の連中を仕向けて、私達をここまで苦しませてきた犯人……それがあんたって事なんでしょ!?あんたの所為で私達は……アビドスは……!」

「ほう……まさか、最初に出てくる言葉がそれとはな。勝手に人の私有地へ侵入し、善良なる我がPMC職員達を攻撃し、散々施設を破壊しておいて……。」

 

 後輩達が語った通り。

 自分達の、アビドスの、悠久の敵……それが目の前に居る機械人の正体だ。

 

「これは1人の大人として忠言しておくが、君達はまず口の利き方に気を付けた方が良い。ここはカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所……君達は今、企業の私有地に対し不法侵入をしているという事を理解するべきだ。」

 

 しかし件の人物はやれやれと呆れた様子で、あくまで自分を被害者だというような素振りを見せ付けてくる。

 

「さて……君達は今、私がアビドスの土地を奪ったと言ったな?確かに君達の学校から土地は買ったとも、だがそれは全て合法的な取り引きによるものだ。記録にもしっかりそう書かれている……だというのに奪ったなどという不当な言い掛かりは止めて貰おうか。わざわざ挑発をしに来た訳では無いのだろう?ここに来たのは、私達がここで何をしているのか気になったからか?何故アビドスの土地を買ったのか、その理由が知りたいからか?」

 

 矢継ぎ早に、そして一方的に捲し立ててくる機械人。

 ふざけるなと言いたかった。

 何が大人としての忠言だ、何が合法的な取り引きだ、そこに要らぬ悪意を込めているのは明白ではないかと。

 

「ならば教えてやろう。私達はここで……。」

 

 

 

 

 

「……宝探しをしているのさ。」

 

 

 

 

 

「……は?」

「宝探し……!?」

「ふ、ふざけないで下さい!!そんな出鱈目を……!!」

「出鱈目などでは無い、私達は本気だ。このアビドス砂漠の何処かには、キヴォトスを転覆させかねない程の何かが眠っているという噂が有るのだからな。」

 

 その上で、さらに馬鹿にまでしてくるとは……本当に、何がキヴォトスを転覆させかねない程の何かだ。

 話の運びに気を引かれ、まだ寸での所で抑えられていた感情も、これには直ぐに限界を迎える事となった。

 

「そんな噂、聞いた事無いけどね。ここに在るのは全部アビドスを力で支配する為に用意したもの……違う?」

「ほう、会ってから随分と大人しいと思っていたが、面白い事を言うな、君は……車両、兵士、火薬に弾薬、全てが数百単位にもなるこれらを、たった4人しか居ない学校の為に用意したものだと?冗談じゃない、これはあくまでゲヘナやトリニティ、ミレニアムのような大規模な戦力を持つ集団に妨害をされた時の為のもの、君達の為にわざわざ用意したものでは無い。」

 

 ホシノの静かな怒気が含まれた言葉……しかしそれを前にして、かの者はまるで動じていない。

 含まれたそれに全く気付いていないのか、傍に居る護衛の兵士と共にわざとらしく肩を竦ませている。

 

「君達程度、いつでも、どうとでも出来るのだよ……例えばそう、こんな風にな。」

「何を……!?」

 

 いや、気付いていない訳では無かった。

 かの者はホシノ達が抱えるそれに気付いた上で、あの態度を取っていたのだ。

 そんなものを向けられたとて、何て事は無いのだから。

 この世界は、力が全てのものを言う……先にショウマが辿り着いていた結論は、この機械人に於いては既知の事実にして、自己に於ける真の理。

 なれば自分はいつだって、貴様等(アビドス)の上を行く強者なのだから。

 

「私だ……そうだ、進めろ。」

 

 おもむろに服の内側から通信機を取り出し、どこかへと繋げる様子を見せる機械人。

 しかしここは砂漠の奥地……電波も届かないというのに、明らかな無線機器で一体どこに繋がるというのか?

 その答えは、寸刻の後にアヤネのスマホが着信を告げる音声を鳴らした事によって明かされる。

 

「ここは特殊な工事を行った事で、砂漠の中でも電子機器による連絡が可能なのだよ……さあ出たまえ、これ以上君達の学校の信用が落ちないようにな。」

 

 自らの会社の力をちらつかせ、さらには意味深な事を言う機械人。

 傍の護衛兵等も合わせて、何故かニタニタと笑っているようにも見える中、アヤネはスマホの画面に写る着信相手に怪訝と不安を覚えながら電話に出る。

 

「カイザーローン……?はい、もしもし……えっ!?ちょっと待って下さい!?急にそんな……!?」

 

 アヤネが抱いていた感情は、ショウマや他の少女も端から見て分かっていた事であり、だからこそ電話に出たアヤネが段々と焦燥していく様子に危機感を覚える。

 

「カイザーローンからで、アビドスの信用評価が最低ランクに落とされたとの連絡が……変動金利が3000%上昇され、来月以降の支払いは、利子だけで9130万円だと……。」

「き、9000万!?う、嘘でしょ!?本気で言ってるの!?」

 

 そして、目の前の機械人に対しても。

 思わず全員が彼に対し睨み付けるような視線を送るも、彼は飄として意に介していない。

 

「ああ、本気だとも。しかしこれだけでは面白味に欠けるか……。」

「まだ何か……!!」

「フッ、そうだな……9億の借金に対する保証金でも貰っておくとしよう。1週間以内に我がカイザーローンに3億円を預託してもらおうか。この利子率でも借金の返済が出来るという事を証明して貰わなねばな。」

 

 それは余裕であった。

 強者が、勝者が、真逆の立場に居る者に対し、その立場を誇示する為に振る舞う、傲慢な態度。

 

「そんな……そんなお金、用意出来る筈が……!」

「今は利子だけでも精一杯だっていうのに……!」

「ならば返済を諦めて学校から去ればどうだ?自主退学して、転校でも何でもすれば良い……それで全て解決する事だろう。そもそもこの借金は君達個人のものでは無いのだから、何も君達がその責任を背負う必要は無いのではないか?」

「そ、そんな事出来る訳無いじゃないですか!!」

「そうよ!!私達の学校なんだから、見捨てられる訳無いでしょ!!」

「アビドスは私達の学校で、私達の街なのですから!!」

「ならばどうする?他に何か良い手でも?」

 

 そしてその真逆の者……この場に於いての敗者は、弱者は、自分達(アビドス)なのだと。

 

「……皆、帰ろう。」

「ホシノ先輩……!?」

「これ以上ここで言い争ってても意味が無い……どんどん私達の立場が危なくなるだけ。」

 

 それを、無情にも示されてしまった。

 何も反論出来ない今の自分達が、その何よりの証明となってしまっている。

 今出来る事は、甘んじる事だけ……それがどれだけ屈辱的な事であっても。

 

「生徒会副会長、流石に君は賢そうだな……かつて君と一緒に居た、あの全く以て馬鹿な生徒会長とは大違いだ。」

「ッ……!!」

 

 ホシノがぎりりと拳を握る……グローブを付けていなければ、食い込んだ指先から血を流しかねない程に。

 それでも、耐えなければ。

 どれだけ侮辱を重ねられようとも、耐えなければ。

 

「……では、保証金と来月以降の返済についてはよろしく頼むよ、お客様?」

 

 この世界は、力が全てのものを言う。

 それがどういう事なのかを、まざまざと見せ付けられてしまった。

 卑怯で、卑劣で、抗い様も無い程に詰められて。

 

「っ……。」

 

 警備兵に背中を押されながら、去り際に振り返った先で、ショウマはかの者の事を悔しく見る事しか出来なかった……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「素晴らしい説得でしたよ、理事。」

 

 ショウマやアビドスの少女達を()()()()()()後、施設の中へ戻った機械人を、あの黒い影が出迎える。

 口では称賛を語っているが、果たしてその中にどれだけ言葉通りの意思が含まれている事か。

 

「そうだな、存外悪くない時間だった。」

「それは何より……時に、彼の事はどうでしたか?」

 

 適当な返事を返してあしらおうとする機械人。

 しかし食い下がった影が出したその話題は些か気が引かれるとして、結局はその場で足を止めてしまう。

 

「彼?……ああ、アビドスの生徒と共に居たあの男か。特別何かを思った訳では無いが……それがどうした?」

「いえ……ただ彼こそが、前にあなたが気になさっていた懸念の正体なものですから。」

「あの男がか?フン……ならばどうという事は無い、何の障害にも成り得ぬ、有象無象の中の1人よ。」

 

 が、それも些事であると分かれば、機械人はそれ以上を語る事は無いとして、直ぐに止めた歩みを再開させる。

 あの男が自身の懸念の……いや、懸念であった正体か。

 であるならば、やはり取るに足らぬ存在だ。

 最後にこちらへ振り向いた時に浮かべていた、あの恨めしいといった表情……まさにこれまで自身が蹴落としてきた者達が浮かべていたものと同じ表情であった。

 為す術無く跪く、弱く敗れた者達と同じもの。

 あんな奴を警戒していたなどと、己の用心さに若干呆れもしたが、それ以上に愉悦が心を支配する。

 やはり自身の歩む道に障害は無し……有れどそれは己の力で幾らでも取り除ける。

 今一度それを実感出来たとして、機械人はつい笑声を抑えられないまま施設の奥へと姿を消していく。

 

「……本当に、そうでしょうか?」

 

 その後背を見送った、影の呟きに気付かぬまま。

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