キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第26話「秘密という名の」

「委員長、その……これはいつまで書けば良いのでしょうか……?」

「今200枚目くらいでしょう?自分で1000枚書くって言ってなかった?」

「そ、それはその、それくらい反省していますという比喩でして……。」

「言い訳無用、口より手を動かす。」

 

 ゲヘナ学園風紀委員会の執務室。

 そこでは今、昨日の失態により風紀委員長である空崎 ヒナの監視の下、天雨 アコが1000枚にも及ぶ反省文の執筆に取り組んでいた。

 しかし幾ら敬愛する彼女(ヒナ)とはいえ、こうも黙って睨みを効かされていたら息が詰まって仕方が無い。

 

「そういえば、あのアビドスのホシノという生徒とは面識が有るように思えましたが……お知り合いだったのですか?」

 

 なので内心気になっていた事を彼女に問うてみる。

 口より手を動かせと言われたばかりだが、手の動きさえ止めなければお咎め無しであろう。

 

「いや、実際に会ったのは初めて。ただ彼女は2年前……うちの情報部の分析で、ゲヘナにとっての潜在的脅威の1人としてリストアップがされていたの。」

 

 驚いた……まさか、あの生徒がそこまで危険視されるような存在であったとは。

 正直、全くそんな風には見えなかった。

 

「人を見た目で判断するものじゃない……でも確かに、2年前とは随分空気が違ってた。元々は攻撃的戦術を得意とした、かなり好戦的なタイプで……荒っぽくて鋭い印象だったのだけれど。」

 

 顔に出ていたのか、ヒナの嗜める声が耳に入る。

 しかしそうは言われても、やはり納得しかねない。

 攻撃的戦術を得意としていた?荒っぽくて鋭い好戦的なタイプ?

 あの時の彼女は大柄な盾を用いた堅実で、性格も言われたそれとはあまり当て嵌まらないような気がした。

 尤も、その点に関してはヒナも少なからず同じ意見を抱いているようだが。

 

「だからあのまま戦っていたら、こっちの被害がどうなっていたか分からなかった。小鳥遊 ホシノにS.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生、あの2人を相手にして……。」

S.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生……確かに色々と想定外ではありましたが……。」

 

 そしてそれは、彼に関してもそうだ。

 井上 ショウマ……チナツの報告書には直接的にしろ間接的にしろ、戦闘能力はあまり持ち合わせていないと書いてあった筈。

 性格も温厚で、当時はまだキヴォトスの環境にさえ慣れていない節が見られたとも。

 だが実際に相対してみれば、少なくとも直接の戦闘力に関しては報告書のそれとまるで違った。

 こちらがほぼ手を出さなかったという前提が有るとはいえ、剣などという前時代の武器で以て、風紀委員会の中ではヒナに次ぐ実力者たるイオリをも一方的に降して……。

 

S.C.H.A.L.E(シャーレ)という政治的潜在能力は勿論だけど、個人の実力もそう……あの時、あの人はきっと()()()()()()()()()()()()()。」

「……まだ隠し持っていた力が有ったと?」

 

 しかも、手の内を全て晒け出していた訳では無いかもしれないという疑惑。

 決して確定事項では無いので、ヒナも恐らくだけどねと付け足しはしたが……その上でもしこれから先、彼が先生という役職に相応しき指導力をも身に付けたらと思うと、一層己の中で彼という存在が危険であると警笛を鳴らす。

 それはヒナの中でもある程度は共通した感覚であり、しかし彼女の中ではその対象がアコとは別の存在へと向けられていた。

 

「(それにしても、小鳥遊 ホシノ……未だにアビドスを離れてないで残っていたなんて……。)」

 

 あんな事件が有ったというのに、一体何故……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

─じゃーん!ホシノちゃん見て見てー!アビドス砂祭りの昔のポスター、やっと手に入れたよー!

 

 

 

 

 

 ……また、この夢だ。

 

 

 

 

 

─ホシノちゃん知ってる?この時はまだオアシスがでっかい湖みたいに広がってたんだよ?街もこんなに砂だらけじゃなくて、他の学校にも負けないくらい賑わってて……あ、折角だからこのポスターは記念にホシノちゃんにあげるね!

 

 

 

 

 

 目の前に居る、あの人と過ごした日々。

 

 

 

 

 

─えへへ、すっごく素敵でしょー?もし何か奇跡みたいな事が起きたら、またこの頃みたいに人がたっくさん集まって……。

 

 

 

 

 

 あの人の声が聞こえる、何気無い毎日。

 

 

 

 

 

─……奇跡なんて起きっこないですよ、先輩。

 

 

 

 

 

 そして、それを破ってしまった私の罪の記憶。

 

 

 

 

 

─そんなもの、ある訳無いじゃないですか……それよりも現実を見てください!もうこんな砂漠の中に大勢の人が来る筈なんて無いでしょう!?夢物語もいい加減にしてください!

 

 

 

 

 

 どんなに足掻いても意味を為さない自分達の行いに嫌気が差して。

 それでも諦められずにいる自分達の甘さに辟易として。

 

 

 

 

 

─うええ……だってホシノちゃーん……。

 

 

 

 

 

 何よりも、そんな儚い希望に縋るだけのあの人の事が許せなくて。

 

 

 

 

 

─そうやってふわふわと、奇跡だの幸せだの何だの……もっとしっかりしてください!!あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!?もう少しその肩に乗っている責任を自覚したらどうなんですか!?

 

 

 

 

 

 怒り、恨み、妬み。

 そんな感情が私の中で綯交ぜになって、破裂して。

 だから私は、あの人が渡してくれた物に手を掛け、そして……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「もうっ!!一体何なのよ!?」

 

 怒声。

 誰に向けられた訳でもないそれに体が反応し、閉じられていたホシノの瞼が開く……どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 

「カイザーコーポレーションは、あそこで一体何をしているのでしょうか……?」

「宝探しをしてるって言ってたけど……。」

『ですが過去に行われたとされる調査結果でも、あの辺りに資源として有効活用出来そうな鉱石や化石燃料の類いは無いとされています。やはり出鱈目を言っていたとしか……。』

「いやいや、今はそれよりも借金の方でしょ!?3000%とか言ってなかった!?」

「保証金も要求してきましたし、あと1週間で3億円だなんて……。」

 

 さっきの怒声はセリカが発したものであろうか……全く、我ながらこんな時に呑気なものである。

 各々が各々の意見で以て議論を交わしている中で、自分の事にばかりかまけて……。

 

「……保証金の方は私が何とかします、こればかりは形振り構っていられません。」

「もしかして、カードを使うんですか!?」

「でもそれで払えたとして、そしたら私達の普段のお金は!?それに保証金が何とかなった所で、元々の借金の方は結局……!」

 

 カイザーが仕向けてきた返済金の上乗せ、砂漠で行われている宝探しという名の行為。

 何れも重く気を置くしかない、しかし置いた所でどうこう出来る話でも無い。

 それでも皆、何とかしようと苦しい中を踠いている。

 

「……まあ、今日は取り敢えずこの辺にしとこう。焦ったって良い事なんか何も無い……一旦解散して、それでまた明日考えよう。」

 

 どこかの誰かさん達みたいにお馬鹿さんの集まりで、でもそれが堪らなく愛おしくて、仕方が無くて。

 そんな皆の為に、私が出来る事は……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『……申し訳有りませんが、それは無理なご相談です。』

「どうして……!?」

『単純にアビドスへ回せるお金が無いからです。9億などという莫大な金額……それも借金のみでその金額ですから、そこから学校を存続させていくとなるとさらに多くのお金が必要になります。そこまでの面倒は連邦生徒会では請け負えません。』

「なら、カイザーコーポレーションの事は……!」

『それも不可能です。お話を聞いた限り、現状では確実と言える証拠が有りませんから……先生が望むような即刻逮捕からの不正の暴露という流れには至れません。』

 

 連邦生徒会は慈善団体でも警察組織でもありませんからね、というリンの声が電話越しに耳へ届く。

 その日の夜、リンに向けてアビドスが置かれている現状を説明し、地方への援助を申し出たショウマ。

 だがそれを聞いたリンの返答は、聞いての通り良いものではない。

 

『これは先生の為に言いますが……これ以上そちらの生徒達と関わりを持つべきではないと思います。アビドスは連邦生徒会でも殆ど手が回っていない地域ですから……S.C.H.A.L.E(シャーレ)ではない私達が彼女達の問題に介入する事は出来ません。何か有った時にこちらで先生の身の保証を立てる事も出来ないのです。』

 

 形式上とはいえ、S.C.H.A.L.E(シャーレ)もまた連邦生徒会の組織の一部……先生(ショウマ)には、その事を念頭に置いて身を振る舞って欲しい。

 リンは最後にそう言い残すや、一方的に電話を切ってしまう。

 通話の終了を告げる無機質な音が、彼女の言葉と共にショウマの耳元で残り響く。

 

「……。」

『先生……。』

 

 流石に、手を貸してくれると思っていた。

 だがやはり、この世界は優しさで動いてくれはしなかった。

 示すものが無ければ、力が無ければ、誰も耳さえ貸してくれない。

 

『やっぱり、皆さんにこの地を離れた方が良いと伝えて……。』

 

 それでもと縋ってしまった……いや、縋ってしまっているのは、単に己の覚悟の足りなさ……甘さ故であろう。

 

「……それは駄目だよ。ここは皆が守りたいって思ってる場所なんだから……皆にとって、大切な場所なんだから。」

『ですが……。』

 

 以前にも提案された事を再びアロナから問われ、しかし惰性的な答えを返すしかないショウマ。

 こんな事を言っている場合では無いというのに。

 動かなければ、為さなければ。

 言われる通り、言われた通り。

 ほんの一時でも、情を殺して、心を殺して。

 でも……。

 

「……?」

 

 逡巡とした想いに苛まれるショウマ……そんな彼の耳が、ふと妙な音を拾う。

 本当に、ごく僅かにだが、扉が開いたような音がした。

 しかしショウマが居る教室の扉は開かれていない……幻聴であろうか?

 そう思いながらも聞こえたそれと同じ様に静かに扉を開けて外の様子を伺うと、少女達が去った後閉められていた隣の教室の扉が開かれている事に気付く。

 さらには教室の中から人の気配……どうやら幻聴などでは無かったようだが、しかしてこんな時間に人が来るなど本来有り得ない事。

 

「……そこに居るのは誰!?」

 

 一体、中に居るのは何者であろうか?

 目的も正体も推し測れない相手の存在に一抹の恐怖心さえ芽生えてしまうが、このまま放っておく事も出来ない……意を決したショウマは教室の中へと押し入った。

 

「……って、ホシノちゃん?」

「ん?……おっとぉ、ショウマさん何でこっちの教室に……。」

 

 しかしそこに居たのは、そんな決意が全くの無駄になるような人物であった。

 

「びっくりした……こんな時間にどうしたの?」

「ん~?いや、ちょっと忘れ物をね……もしかして起こしちゃった?」

「ううん、それは大丈夫だけど……。」

 

 そう、中に居たのはホシノであった。

 言うに、どうやら単純に忘れ物を取りに来ただけの話であるらしく、真実があまりに見知った者の何て事の無い訳であった事に安堵したショウマはほっと胸を撫で下ろす。

 

「……ねえ、ショウマさん。」

 

 しかし、心から安んじるにはまだ早く。

 

「折角だしさ、ちょっとお話ししない?その辺一緒に歩きながらさ。」

 

 元より断るつもりは無い。

 だが、何気無い筈の会話の誘い……それが妙に惹かれるものを秘めているとして、ショウマは一層その誘いに応じる姿勢を取る事にしたのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ケホッ、ケホッ……うわぁ、ここも砂だらけじゃ~ん……まあ仕方無いんだけどね。掃除しようにも如何せん人数に対して範囲が広すぎてねぇ……。」

 

 アビドスの敷地内を歩くショウマとホシノ。

 先導を任せている彼女の足取りはふらふらと、まるで明確な目的地を定めず彷徨い歩いているようにも見える。

 

「あの砂嵐さえ失くなってくれれば良いんだけど……うへ~、折角の花の高校生活が全部砂色だなんて、ちょっとやるせないと思わない?」

 

 しかし敷地内をと言ったように、その実建物階層問わずに順繰りと巡っていっている様からして、決して当ても無いという訳では無さそうだ。

 今は使っていない空き教室も、修理中のヘリコプターが鎮座している格納庫も、1つ1つ見て回って。

 

「知ってる?アビドスってね、昔はトリニティとかゲヘナとかミレニアムを差し置いてキヴォトス1の実力と規模を誇ってた学校だったんだって。まあ今となっちゃこんな有り様だし、おじさんとしては全然そんな感覚無いんだけど……。」

 

 まるでこの学校の全てを余す事無く目に焼き付けているかのような、そんな不思議な旅路の末に辿り着いたのは、体育館。

 偶にしか使用する事は無いらしいが整理整頓自体は行き届いており、故にホシノが倉庫からそれを持ってくるのに時間は全く掛からなかった。

 

「最初から全部滅茶苦茶で、ちゃんとしたものなんて何1つ無い学校だった……おじさんが入学した時のアビドスの校舎は、今はもう砂漠の中。当時の先輩達だって、皆居なくなった……今居るこの場所だって、砂漠化を避けて何回も引っ越した末に辿り着いた、ただの別館。」

 

 ホシノが持ってきたのは、バスケットボール。

 彼女は状態を確かめるようにゆっくりと歩きながらボールを弾ませ、暫くして壁面のバスケットゴール目掛けて……。

 

「でもまあ、ここに来てノノミちゃんにセリカちゃん、アヤネちゃんにショウマさんと出会えたんだから……。」

 

 シュート。

 完璧なフォームで放たれたボールは美しい軌道を描き、何にも阻まれる事無くゴールへと入る。

 

「凄い思い入れの有る場所、だよね。」

 

 満足げ、と言うような表情を浮かべるホシノ。

 しかしゴールを抜けたボールが段々と弾む勢いを失くしていき、やがてコートの上を転がるようになっていく様を眺める彼女の目は、どこか物悲しい。

 

「……実はね、ずっと前から変な奴等に提案を持ち掛けられてたんだ。提案というかスカウトというか……とにかくアビドスに入学した時から何回もね。」

「スカウト……誰から?」

「カイザーコーポレーション……それこそ、今日の朝にも言われたんだよね。」

「今日の朝って……。」

「そう、おじさんなりの交友関係って言ってたやつ。」

 

 

 

 

 

─アビドス高校を退学し、私共の企業に所属する……その対価として、今アビドスが背負っている借金の半分近くをこちらで負担しましょう。もしこの条件を呑んで頂けるというのであれば、こちらにサインを……。

 

 

 

 

 

「それは誰から見たって破格の条件だった……でも当時は私が居なくなったらこの学校が滅茶苦茶になるって思ってたから、ずっと断ってたけど……。」

「断ってた……けど……?」

「ん?ああごめんごめん、サインはしてないよ。ただこんな状況だからさ、ちょっと弱気になっちゃったのかな……何か話したくなっちゃって。」

 

 自然の摂理に従い、やがて完全に動きを止めたボールを拾い上げるホシノ。

 その後背から感じるのは……哀愁、であろうか?

 

「ごめんね、急にこんな話ししちゃって。ただこの話を大っぴらにした所で皆を心配させるだけになっちゃいそうだからさ。でもまあ、可愛い後輩達にいつまでもこんな隠し事をしてる訳にもいかないから……明日になったら、ちゃんと伝えるよ。」

 

 これまでにも、沢山の彼女の姿を見てきた。

 のんびりと気ままに居るいつもの姿。

 仲間を害されて静かに怒りを募らせる姿。

 難き過去に触れてしまい底知れぬ何かを見せた姿。

 そのどれもが彼女の持つ一側面であり、また大きな魅力でもあって。

 

「ありがとね、ショウマさん……一方的になっちゃったけど、話した事でおじさんの中でも色々すっきり出来たよ。」

 

 だけど……そんな悲しさに溢れた笑顔だけは、見たくない。

 

「……うん。俺で良ければ、いつでも言って。」

 

 だからか、ショウマはホシノの下へ歩み寄り、何を思ってか彼女からボールを貰い取る。

 

「ホシノちゃんも、皆も……ここ(キヴォトス)で出来た大切な仲間だから。」

 

 そして先の彼女と同じ様に何度かボールを弾ませると、また同じく先程彼女がシュートを決めたゴールに向けて……。

 

「力に、なりたいから。」

 

 ボールを投げる。

 彼女程綺麗なフォームでは無く、故に一度リングにもぶつかりはしたものの、最終的にボールはゴールの中へ。

 

「おお、上手いね。もしかして経験有り?」

「言う程じゃないよ、前にお仕事でチームのお手伝いをした事が有るだけ。」

「チームかぁ、良いねぇ……うち(アビドス)じゃちゃんとしたチームを組んでの試合なんて出来ないからねー。」

 

 ゴールを抜けて独りでに弾むボールをキャッチし、ホシノへと向き直れば、彼女はショウマに向けて両腕を伸ばしている。

 そこに含まれている意図は容易に理解出来る……ショウマは優しく、ボールをホシノへと投げ渡す。

 

「なら、俺もチームに入るよ。取り敢えず5人居れば何とかなるよね?」

「うへ、ありがたいけど私達だけじゃ試合は出来ないよ……相手のチームが居ないと。」

「うーん……便利屋の皆を呼んでみる?5人揃わなくても、4対4で審判の人が1人とか。それかヘルメット団の子達を誘ってみるとか?」

「ヘルメット団?また面白い事言うね。あの子達がそんな正直に私達とバスケしてくれるとは思えないけど?」

 

 渡されたボールを受け取ったホシノは、また何回かそれを弾ませた後にゴールへと投げ入れる。

 再び完璧なフォーム、当然ゴールには問題無く入る。

 そうして三度自由になったボールを今度はショウマが手にし、同じ事を繰り返す。

 やはりホシノと比べて不恰好ではあったものの、今度は上手くネットを揺らすだけのゴールを決める。

 

「そうだなぁ……試合に勝ったらアビドスを好きにしても良いって言ったらやってくれるかな?」

「ちょちょちょ、条件が重たいよ……それでおじさん達が負けたらどうするの?」

 

 続いてホシノの番……であるが、ショウマの言葉に動揺したのかフォームが崩れ、投げられたボールはバックボードにぶつかり明後日の方向へ飛んでいってしまう。

 嗚呼、と内心思ってしまうホシノ……しかしボールは地面に付く前にショウマの手によって掬われた。

 

「負けないように、頑張ろうよ。皆でいっぱい練習してさ。」

 

 ホシノが失敗するかもしれない事態を想定して、ボールがどこへ飛んでいくかを予測し、そして溢す事無く掬い取る手腕……実際の試合なら間違いなくチームの危機を救っていたであろう、文句無しのファインプレーだ。

 

「……ショウマさんって凄いんだね。そういう事、平気で言えちゃうんだからさ。」

 

 心から、そう思った。

 彼が言った言葉はきっと、今の自分達が置かれている状況にも掛けているのだろう。

 あまりにも重荷が過ぎて、いっそ投げ出したくなるような、投げ槍になってしまいたくなるような。

 それでも譲れない想いの為に、負けないように、皆で力を合わせて、頑張って……。

 

「……やっぱり、甘いよね。」

「ううん、そんな事無いよ。ショウマさんらしくて、とっても良いと思う。」

 

 それだけじゃない。

 どうして自分が唐突にバスケットボールなんて持ってきたのか、多分彼はその理由も察している。

 だってそうでなければ、わざわざ自分の行動に合わせる必要なんて無いんだから。

 ただ2人で交互にバスケットボールをゴールへ入れるだなんて……本当に些細で、取るに足らないという言葉が当て嵌まるような行い。

 でも、「折角の花の高校生活が全部砂色だなんて、ちょっとやるせないと思わない?」と言った後だから……どうしようもなく、青春を感じてしまう。

 他の学校の生徒ならきっと何の苦も無く出来る時間の使い方が、自分達には出来ないから。

 本当は1人で満たそうとしていた欲にこうも付き合ってくれて、そこからさらに夢を膨らませるように笑顔で会話を紡いで……励まそうとしてくれた。

 

「それじゃ、おじさんはこれで行くよ。悪いけど、ボールの片付けお願いしても良い?」

「うん、良いよ。また明日ね、ホシノちゃん。」

 

 そんな彼の思いやりを、甘いだなんて切り捨てたくない。

 

「明日、ね……。」

 

 自分では切り捨てようとしていて、しかしどうしたって出来なくて。

 

「……何でも無いよ。じゃあね、ショウマさん。」

 

 今も無垢な表情で小首を傾げている彼の内に宿る優しさを、守りたいと願って。

 

 

 

 

 

「……さよなら。」

 

 ホシノの眼に、迷いは無かった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「あら、おはようございますセリカちゃん、アヤネちゃん。2人共早起きさんですね?」

「おはようございます、ノノミ先輩。その……実は昨日あんまり寝付けなくて……。」

「おはよーございます。私も、あんな事が有っておちおち寝られる訳無いじゃない……。」

 

 人の決意は、思わぬ力を生む。

 それは時にどんな逆境とてひっくり返す程に大きなものともなって。

 

「おはようございます、ショウマさん。珍しいですね?こっちの教室に居らっしゃるだなんて……。」

 

 だが同時に、人の決意は思わぬ方向へ進む事が有る。

 正しきも、間違いも、関係無く。

 

「……ショウマさん?」

 

 力と合わさり、突き進み、突き進んでしまい、いつしか戻れなくなって。

 置いてしまった人達の手も、届かなくなって。

 

「ホシノちゃん……。」

 

 ショウマの手に握られている、1枚の紙。

 それはホシノが持っていた、あの用紙。

 そしてそこに書かれている内容は……。

 

「どうして……。」

 

 

 

 

 

退会・退部届 アビドス廃校対策委員会

 

小鳥遊 ホシノ

 

 

 

 

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