アビドス廃校対策委員会は、正式に認められている組織では無い……故に、学校を守る権利も力も無い。
そんな事実を突き付けられ、少女達がそれまで振る舞っていた気丈が途端に削がれる。
「そんな……それじゃ、私達の今までは……。」
「ほう……まさか、本気だったのか?本気で何百年と掛けて、あの借金を返済するつもりだったと?」
純粋な疑問であった。
同時に、これ以上無い程に侮辱に塗れた問い掛けでもあった。
「これは驚きだ……てっきり最後に諦める時、自らを慰める言い訳の為に程々に取り組んでいるものだとばかり思っていたが……。」
一体何の為にそこまでしていたのか、理事には全く分からなかった。
どう考えても達成出来る訳がない無理難題……まともに成そうなど、どうかしている。
それこそ、そんな筈は無いとさえ思った……幾ら何でもそんな筈は、と。
だがふと相対する者の姿を見直して、理事は目の前に居る者達が本当にそんな筈であったのだと理解した。
「……?」
見れば、ショウマと呼ばれていたあの男が、それまで下げていた剣の切っ先をこちらへと向けていた。
顔を俯かせていて表情こそ分からなかったが、向けた切っ先がわなわなと震えている様子からして、今の彼が怒りに憤しているのだという事が容易に察せられる。
つまりは、それ程までに本気であったという事……言い換えれば、それ程までに馬鹿であったという事だ。
「クククッ……フハハハハハ!まさかここまで来て戦おうというのかね?今ここで戦って、一体何が変わると言うのだね?」
何と愚かな。
誰が見たって叶わぬと分かる夢に、まさか本気で挑んでいたなど。
自分達であれば叶えられると思っていたのだろうか?
諦めなければ?希望さえ抱いていれば?
「何も変わらんさ!この地も!彼女も!何もかも!全て私の……!」
自惚れが過ぎる。
過去も、今も、未来も、全ては我が掌の上で踊り続ける運命なのだ。
「黙れッッッ!!」
そう告げようとした瞬間、ショウマの怒号がそれを遮った。
「アビドスも……ホシノちゃんも……お前達のものなんかじゃ無い!!」
方々で拡がる戦火の音さえかき消さんばかりの声量。
それと共に腰を落とし、剣の柄を両手で持ち、俯かせていた顔を上げて……。
「ホシノちゃんを放して……
向かい合う者達を睨み付けるショウマ。
再び露になった、彼の真に人を射殺さんばかりの眼差し……それを直に当てられ、理事の背中を冷たいものが走る。
「い、良いだろう……死にたがりだと言うのならばその願い、ここで叶えてやろう!」
一瞬、声が震えてしまった。
まさかここに来て身が竦むような思いをさせられるとは……この屈辱、相応にして返さなければならない。
愚鈍な輩には制裁を……手を振り、それを合図に兵士達が進撃を再開する。
しかし驚いたのは、それを合図としたのは兵士達だけではなかった事だ。
「ちょっ、ショウマさんまた……!!」
「アヤネちゃん……!!」
「っ……ショウマさんを先陣にして対応します!!セリカちゃんは高所から狙撃を!!ノノミ先輩はショウマさんのお側へ!!私も後に続きます!!」
カイザーの軍勢が動き出すのと同時に、ショウマもその場から駆け出していく。
狙いは恐らく、理事一択……そして様子からして、今の彼は話を聞く耳を持っていない。
何とかサポートするしかないだろう……アヤネの指示の下に、少女達も急ぎ行動に移る。
『先生!!お願いですから一旦落ち着いて下さい!!まずは皆さんと足並みを揃えて……!!』
教室を飛び出てから今に至るまで、全く聞き入れられない自身の声。
あまりにも不安な思いがアロナの中から拭われないまま、ショウマとカイザーの先陣が衝突せんとする。
『(カイザーPMCの分隊編成は、基本的に6人。武装の内訳はアサルトライフルを主体とした5人の兵士に、
となれば、このままショウマが突き進むものなら、それはまさに格好の餌食。
『せんせっ……!!』
いけない。
そう告げようとしたが、遅かった。
ショウマは既にリーダー格の兵士目掛けて斬り掛かっており、ガヴガブレイドの刀身が盾を切り裂く。
しかし切り捨てるまでには至らず、刃が盾の中程で食い込んでしまう。
「……!?」
引き抜こうにも抜けず、焦燥とするショウマ。
その隙を突き、兵士が反対の手に握る銃器を彼へと向ける。
銃口が眉間を狙い、火が吹かれる直前、彼は剣から手を離し、盾を蹴ってその場から飛び退く。
「っ……!!」
瞬間、放たれる鉛玉の数々。
その何れもが身を掠めていくも、直撃はゼロ……咄嗟の判断が命を繋いだ。
が、まだ脅威の最中も最中……盾持ちの兵士に加えて残る分隊の兵士も照準を合わせ、発砲してくる。
今度は横へ飛び退くショウマであったが、そのまま走った先には別の分隊が。
既に狙いを定められており、引き金は今にも引かれる寸前。
立ち止まるも、別の方向へ逃げるも、もはや出来ない……被弾を覚悟で突っ込むしかない。
「伏せて下さい、ショウマさん!!」
耳が拾った、アヤネの声。
叫ばれたその声の意図を理解する暇は無く、ショウマは本能的に姿勢を低くする。
すると彼の頭上を飛び越していく何かが……アヤネのドローンだ。
どうやら荷物の無い状態のドローンの最高速はショウマの駆け足よりも早いらしく、過ぎ去ったドローンが彼を蜂の巣にしようとした分隊の周りを飛び回り、撹乱する。
「……!!」
チャンスだ。
ショウマは勢いそのままに、まず盾持ちの兵士の鳩尾に拳を入れて昏倒させると、直ぐ様兵士が持っていた盾と銃器を奪い取り、それらを手近な兵士2人に投げ付ける。
半
当然兵士達も抵抗する為にドローンの撹乱の間を縫って銃を構えるが……。
「っ!!」
残る兵士は3人……向かっている先に2人、少し離れた所に1人。
ショウマはその内離れた1人に向けて目も繰れず、しかし咄嗟に何かを投げ付ける……それは先に盾持ちの兵士から取り上げた銃器に装填されていた
正規の外し方など知らずに無理矢理抜き取ったが故にガキンと嫌な音を立てながら外れたそれは、彼が一瞥もせずに投げた事によって見事に相手の虚を突き、撃破する事こそ叶わなかったが、当たった兵士を大きく転倒させる事には成功した。
これで銃撃の心配は目の前の2人からのみ……その2人も今の弾倉の投擲に気を取られたらしく、銃弾が放たれる様子は無い。
ショウマは足に力を込めて跳躍し、兵士の1人に飛び蹴りを喰らわせ、次いで隣に居たもう1人にも手掌を打ち込む。
そうして瞬く間に2人の兵士を撃破したショウマは、先に転倒させた兵士に止めを差さんと目を向けるも、まだ意識があった筈のその兵士は既に地へと完全に伸びていて。
見ればアヤネが愛銃であるハンドガン、コモンセンスを構えており、その銃口から小さな硝煙が立ち昇っている事から、彼女が代わりを務めてくれたのだと分かる。
「ショウマさん!!」
と、今度ショウマの耳が拾ったのはノノミの声。
視線を移すと、彼女は一番最初に接敵したあの分隊を相手に勝利を収めた所であったらしく、その手にはガヴガブレイドが刺さったままの盾が握られている。
「これを!!」
ノノミがその盾をショウマに向けて投げ渡す。
彼は宙空を舞った盾に突き刺さっているガヴガブレイド、その柄を掴むとぐるりと体を大きく捻り、そして勢い良く腕を振り抜いた。
力任せに引き抜けないのなら、さらに力に頼るのみ……そんな蛮族のような考え方で、しかし遠心力の追加によって無事に刀身が抜けた盾はそのまま凄まじい勢いでカイザーの軍勢を抜け、やがて理事の身へとあと僅かの所まで迫った。
「理事ッ!!」
が、盾は理事に当たる事は無かった……側近の1人が咄嗟に身を挺した事で難を逃れたのだ。
「おのれ……ゴリアテを出せ!!私自ら始末してやる!!」
一連の出来事を、理事は目で追えなかった。
気付いたら側近の1人がやられて……それをますますの屈辱だと感じた理事は、不穏な台詞と共にさらに後方へと下がってしまう。
代わりに突出してくる、もう1人の側近と多数の兵士達。
数に物を言わせようとするその圧力に、果たしてどう立ち向かうか……ショウマも少女2人も、攻め手にあぐねて動き出す事が出来ない。
「さぁ~て、どうしたものかしらね……。」
そしてそれは、セリカも同様であった。
アヤネに言われた通り戦場横のビルに入り、廊下の窓辺というポジション自体は確保したものの、ここから
何か大きく敵を巻き込める、引き付けられるような……それこそホシノや、或いは
「……!」
近くに使えるような物は無いだろうか?
ふとそう思い至り周囲を観察してみると、正面のドアのガラス部から室内を覗ける事に気が付く。
一見するとごく普通のオフィスのようだが、ここはキヴォトス……不測の事態に備えて壁面に幾つか銃器が並べられている。
そしてその下のデスクに無造作にも置かれている、あの箱の中身は……。
「お邪魔します!!お借りします!!失礼しました!!」
気付くが早く、セリカは扉を開けてその箱の中身を全て頂戴していく。
扉も箱も運良く鍵が開いていた事に、彼女は誰に向けているかも分からない謝罪の言葉を述べながら再びポジションに着くと、箱に入っていた物の正体を叫びながら、それらを敵集団目掛けて投擲した。
「
投げられた手榴弾の数々が集団の足元に転がり、爆発する。
それによって生じた爆風と破片が、多くの兵士達の身を打ち、痛め付け、混乱へと陥らせる……奇襲成功だ。
「今よ!!」
合わせて響く、セリカの号令。
当然それに乗じない手など無く、3人は一斉に動き出す。
各個撃破ならばと
繰り返し、気付けば敵は見るからに数と勢いを失っていて……このまま押しきれる、そう誰もが心に思った時だった。
「っ!?敵陣後方から何かが……!?」
突如、アヤネの端末が異変を知らせる……何やら敵陣の後方から巨大な兵器の反応が迫ってきているとの事。
言われ、思い出されるカイザーの理事の台詞。
戦地からの去り際に残した、ゴリアテという単語……嫌な予感がする。
「待たせたな、対策委員会共!この私が直接引導を渡してやろう!」
そうして間も無く、理事の豪語と共に彼方から現れる黒塗りの巨体。
ズシリズシリと、1歩進む度にアスファルトを踏み壊しながら迫り来るそれは、まさにその名の通り逸話に出てくる巨人のようであった。
「あれは一体……!?」
『検索……出ました!あれはゴリアテと呼ばれる有人兵器です!多関節二足歩行を実現した事で、こと市街地戦に於いては圧倒的な優位性が有るとか……!』
さらにアロナが言うに、あのゴリアテは既製品と色合いが異なるらしく、カイザーの理事が乗っている事から察するに、あれは彼用に特注された新鋭機の疑いがあるとの事。
まさか、そんなものまで用意していたとは……。
「まずは挨拶代わりといこう!」
と、ゴリアテが右腕部をショウマ達3人へ向けてくる。
人間であれば手の部分に相当する箇所に存在している、3つの巨大な鉄筒……それが不快な駆動音を立てながら回転し始めた事が何を意味するか、分からなかった3人では無かった。
「喰らうが良い!」
放たれる、ゴリアテの機関砲。
1つ1つが軽戦車の主砲にも匹敵する口径から放たれる弾幕は、ショウマ達がこれまで経験してきたそれとは全く比べものにもならない程に危機的であって。
3人はその火砲から逃れるべく、文字通り必死になって走り回る。
「ゴリアテだかハリボテだか知らないけど、調子乗ってんじゃ無いわよ!!」
あんな攻撃、もし理事の言葉通りになってしまったらヘイローを持つ生徒ですら命が危ぶまれる……当然ヘイローの無いショウマなぞ言わずもがなだ。
そんな事はさせまいとセリカが再びビル内のポジションからゴリアテ目掛け発砲するも、眼下の敵の装甲は彼女が放った弾丸を無へと帰してしまう。
成る程、硬い……だがオフィスから頂いた手榴弾がまだ手元に残っている。
銃撃が駄目でも爆撃なら、彼女はそう考えて行動に移ろうとしたのだが……。
「……嘘。」
バッグの中に入れていた手榴弾の残り数を確認して、外していた視線を再び窓の方へと向けた瞬間、彼女は思わず顔をひきつらせた。
何せ先程まで眼下にあった筈の敵の姿が、仲間達を狙っていた機関砲の砲口が、目の前に有ったのだから。
「嘘嘘嘘嘘嘘ぉ!?」
そう、これがゴリアテが市街地戦に於いて優位性が有ると言われた所以……多関節機構を備えた2本の足は戦車等では到底為せない、まるで人間のような三次元的動作を可能としたのだ。
故にセリカが居るビルの3階まで機体を跳躍させる事など造作も無く……それを身を以て体験させられ、直ぐにその場から逃げ出そうとするセリカ。
瞬間、彼女を狙って火を吹く機関砲。
放たれた弾嵐は瞬く間に彼女が居たフロアの廊下を、窓ガラスを、跡形もなくしていく。
「セリカちゃん!!」
彼女がどうなったか、下に居る3人には分からない……最悪の展開になっていない事を祈り、またそうさせないよう抗う為、ノノミは
「ハハハッ!無駄無駄ァ!そんなカスみたいな攻撃、通用せんわ!」
しかし理事が声高に言ったように、ノノミのミニガンで以てしてもゴリアテの装甲には傷1つ付ける事が出来なかった。
幸いセリカへ向けられていた気こそ逸れはしたが、代わりにその気が向けられるのは自分達3人。
そしてその気はより強い敵意となって自分達へ襲い掛かる。
「まずい……!!」
ショウマ達を正面に捉えるゴリアテ……今回はそこからさらに前屈みになるように姿勢を変えてきた。
その巨体に於いて一際目立つ、機体上部の大砲を突き付けるように。
「喰らえええい!!」
腕部の機関砲が軽戦車の主砲と同レベルの口径ならば、上部の大砲は重戦車のそれと同等……そんな代物の中に込められている砲弾が、理事の轟声に合わせて放たれてしまった。
「ぐううううう!?」
「「きゃあああああ!?」」
咄嗟にショウマがノノミとアヤネの手を取り、近くの路地裏目掛けて跳んだ事で直撃こそ免れたが、多大な熱と爆風が3人を襲い、悲鳴を上げさせる。
「フン、間一髪の所で逃げ込んだか……だが貴様等は既にゴリアテの射程の内!どこに逃げようが炙り出してくれる!」
人で言えば鎖骨の部分……オレンジ色のハッチが開き、左右合わせて16門のミサイルが発射される。
ミサイルは最初こそバラバラかつ不規則に飛んでいたが、やがて一斉に上空へ昇った後、揃って急速に下降していった。
着弾地点は、当然ショウマ達3人の下。
「ッ!?走って!!」
再び間一髪、ショウマがミサイルの存在に気付き、自身も含めて倒れていた2人の体を起こし、走らせる。
1歩でも足を取られれば、たちまち背後で立ち昇っていく火柱に呑まれてしまう……表通りへ出るしかない。
「フハハハハハ!逃げろ逃げろ!ドブネズミのようになぁ!」
たとえ細い裏路地に居ようが正確に敵を狙えるゴリアテの照準とミサイルの精度、そしてその脅威に晒されて逃げ惑い、また自身の思惑通りに表へ姿を表そうとしているショウマ達に、理事は笑声を抑え込めない。
既にショウマ達の逃走ルートは予測済みで、機関砲の狙いもそこへ付けてある……3人が顔を出した瞬間、待っているのは蜂の巣となる運命だと。
「ぬおっ!?」
だがショウマ達が姿を現さんとした、まさにその瞬間、理事の身を予期せぬ衝撃が襲う。
衝撃はゴリアテの背部からした……一体何が?
「……背中、がら空きなのよ!!」
聞こえてきたのは、理事にとっては忌々しき声の1つ……セリカのものだ。
見れば、彼女は煤にまみれながらも先程のビルの屋上に堂々と陣取っており、その手には愛用の銃と手榴弾が握られている。
今の衝撃は、恐らくあの手榴弾であろう……そして同時に、理事は先の攻撃で彼女を仕留められなかった事実を突き付けられ、それが彼の気を逆撫でた。
「小うるさいハエがぁ!!」
「やっば……!?」
セリカに向けてミサイルを放つ理事。
あの16門からなるミサイルを、彼女1人だけに向けてだ。
屋上という遮蔽物も足を取られる要素も無い場所故に走って避ける事は出来こそすれ、脅威そのものからはまともに逃げられる筈も無く……。
「きゃあああああ!?」
「セリカちゃん!!」
ミサイルの着弾に耐えられずにビルが倒壊し、それに巻き込まれるセリカ。
あの高さから落ちたら、きっと無事では済まない……ショウマの体は自然と動いていた。
「大丈夫!?」
「ショウマさん……!」
あわや地面に衝突しそうになった寸での所でセリカの身を受け止める。
腕の中で安堵と萎縮の表情を浮かべている彼女の姿にショウマはほっと胸を撫で下ろすも……。
「飛んで火に入る何とやらだな!」
直後、頭上から降り掛かる声。
はっ、と見上げれば、自身等に覆い被さらんとばかりにゴリアテの巨体が近くに在った。
そして既に巨体の左腕の先が自身等へと向けられており、機構による回転も始まってしまっている。
逃げるにはもう、間に合わない。
「2人共、伏せて下さい!!」
しかしノノミが咄嗟の機転を効かせ、愛銃をゴリアテの左腕目掛けて投げた事により、ぶつかった衝撃で照準を逸らす事に成功した。
「しぶとい奴等め……!」
その隙にショウマとセリカに逃げられ、またしてもと苛立ちを見せる理事。
反対に、大きな焦りを見せているのはアビドスの少女達だ。
「無茶苦茶でしょ……あんなの……!」
「でも、どうにかして倒さなければ……。」
「あそこはどうですか?お顔が丸見えになっていますが……?」
『いえ……搭乗者の視界確保の為に吹き晒しの構造になっていますが、どうやら緊急時には電磁バリアが張られる仕様のようです。ですので直接搭乗者を狙ってという方法は取れません……。』
戦車にも並ぶ装甲に、それ以上の火力と機動力。
おまけに電磁バリアなどという最新技術まで使われていて、一見した弱点にも隙が無いときた。
あんな化け物を、一体どうやって倒せというのか……少女達の中では、不可能という一滴の黒点さえ薄らと染み出していた。
「……アヤネちゃん、アロナちゃんをお願い。」
「え……?」
しかし、彼は違った。
彼はあの巨大兵器を、そしてその巨大兵器を操るかの者を前に、怯む事など一切無き闘志を向けていた。
だがそれは同時に、彼をこれまで以上に危険な境地へ立たせる事をも意味していた。
「ノノミちゃんは自分の銃を取りに行って、セリカちゃんはノノミちゃんの事を守って。」
『せ、先生……!?』
「ちょっと待って、ショウマさん何するつもり……!?」
アヤネに
目前の敵へ向けて1歩、また1歩と。
その歩みに何かただならぬ気配を……危うい予感を感じ取り、少女達は彼を引き止めようとするも……。
「……!!」
「ショウマさん!?」
「馬鹿め、たった1人で勝てると思っているのか!」
間に合わなかった。
ショウマは1人、カイザーの理事が駆るゴリアテ向けて走り出してしまったのだ。
理事も彼の行動を笑止千万と嘲りながらゴリアテの機関砲で迎え撃とうとする。
「何っ!?」
しかしショウマは己の内に流れるグラニュートの血を最大限に引き出し、その驚異的な身体能力で以て放たれた機関砲の弾幕の中を全く被弾する事無く駆け抜けていく。
それに理事が虚を突かれている間にショウマはゴリアテの腕部を足場にして駆け上がり……。
「ッ!!」
理事目掛けて剣を振り下ろした。
「ぐっ!?ううううう……!!」
「「ショウマさん!!」」
『先生!!』
途端、ゴリアテのセンサーが搭乗者の危機を察知し電磁バリアを展開。
理事の頭上に拡げられた透明な膜に剣が接触し、そこから青白い
「クハハハハハ!!本当に馬鹿な奴だ!!こんな見て分かるような弱点が、弱点のままである訳が無いだろう!!」
ゴリアテの斉射を抜けて迫ってきた時は思わず肝を冷やしたが、電磁バリアが張られるのを知らなかったのか、彼は愚策を取ってきた。
苦しみ悶えるショウマを前に理事はそう笑うと、ゴリアテの両腕を用いて彼の体を強く挟み込む。
「がっ……!?」
少女達が息を呑む音が聞こえた。
同時に、まるでカエルが潰れた時に出すような声も、目の前から。
「潰れるが良い!!」
理事の中の嗜虐心が刺激され、高ぶった気のままにショウマの身が投げ降ろされる。
その巨体を軽やかに動かせる程の馬力によって投げられた彼は、何度もバウンドしながら地を転がされる……それこそ昨夜のバスケットボールのように、力無く。
「ぐ……っ……!!」
『先生!!大丈夫ですか!?』
「馬鹿!!本当に何やってんのよ!?さっきアロナが無理だって言ったばっかじゃない!?」
直ぐに少女達が駆け寄って安否を気遣うも、彼はそれらを振り払って立ち上がる。
肌にも服にも幾多の傷を付けて、武器として振るう為の剣を支えに使わなければならない程だというのに、それでも彼の口から出たのは真逆の言葉。
「大丈夫……大丈夫、だから……。」
「大丈夫じゃないです!!あんな無茶なやり方……!!」
「直ぐに傷の手当てをしますから、どうか動かないで……!!」
ゴリアテに採用されている電磁バリアの仕組みは、簡単に言えば電気柵と似たようなもの……つまり表面に直接触れ続けようものなら漏れ無く感電を引き起こす。
それも飛び交う銃撃から人命を守る為のものだから、流れている電力も相当なもの……感電すれば、人体に与える影響は計り知れない。
さらにそこから地面へと強烈に叩き付けられたのだから、もはや立てる事さえ奇跡的なのだ……出任せを言っているのは目に見えている。
故に少女達は無理矢理にでも彼を退かせようとするも……。
「良いからッッッ!!」
「「……!?」」
一喝。
先程までは理事へと向けられていたものが、今度は自分達に。
「俺の事は良いから……今はあいつらを倒す事だけ考えて!!」
まさかその怒りが自分達へ向けられるとは思っておらず、次いだ彼の台詞に少女達はすっかり萎縮してしまう。
「もう一度言うね……ノノミちゃんは自分の銃を取りに行って、セリカちゃんはノノミちゃんの事を守って。銃を取れたら2人で向こうに居る敵の相手をして。アヤネちゃんはアロナちゃんの事をお願い。出来そうだったら2人と一緒に戦って。」
そんな少女達を尻目に、ショウマは突き立てていた剣を引き抜く。
それまで支えとして頼っていたが為に一度はその身をよろつかせるも、やがては確と己の足のみで地へと立ち……。
「
再び、理事へと己の感情を向ける。
両の手で剣を構え、あの眼差しを携えて。
『先生……。』
従うしかなかった……己も他者も、何もかもを顧みていないような今の彼に異を唱えてしまえば、今度はその剣の切っ先さえ向けられかねないと察したから。
そうして少女達が押し黙ったのを認めたショウマが、再びゴリアテ目掛けて疾走する。
「ええい、いつまでも鬱陶しい!!」
理事も再びショウマを迎え撃つ為にゴリアテの火砲を構える。
今度は両腕の機関砲に加えて、ミサイルも追加だ。
さすればあの男とて逃れる事は出来まいと……実際にミサイルが放たれて表情を強張らせたショウマを見て、理事はそう確信した。
「な、何ぃ!?」
しかしミサイルはショウマを襲おうとしたまさに瞬間、不自然にもその全てが爆散してしまった。
何が起きた?
まさかあの男がまだ見ぬ兵器を使ったとでも言うのか?
それともアビドスの生徒の誰かがミサイルを撃ち落とした?
様々な考えが一瞬にして巡る中、ゴリアテのセンサーが付近のビルの屋上から人の気配を察知した。
まさかまた
「貴様は……!?」
黒いのは着ているドレスのような服。
黒だと想像していた髪色は銀。
静かに、表情も作らず、ただオッドアイの瞳孔を向けてきている彼女の存在を、理事は知らなかった。
知らなかったが故に、見入ってしまった。
「おおおおおッ!!」
「ッ!?」
不意に聞こえる雄叫び。
思わず外してしまっていた視線を正面へ直すと、見えるは
「はあッ!!」
そして刀身とバリアが触れ、またも青白い稲妻が走る。
稲妻は先程と同じ様にショウマの身に傷を付けていくも、彼は屈しない。
ガヴガブレイドの鍔の部分に存在するボタン、ブレイポンを押し、刀身が発光し始めた剣をもう一度振りかぶり……。
「ッ!!」
叩き付ける。
ブレイポンの操作により威力と切断力が向上したガヴガブレイドの攻撃はより大きな稲妻を発生させ、その分ショウマに痛手を負わせるも、ダメージが出ているのは何も彼だけの話では無い。
「(エネルギーの減りが速くなっている!?)」
ガヴガブレイドによる攻撃は、ゴリアテのバリアを維持する為のエネルギーも確実に削っていた。
そして理事の目の前で、ショウマは再度同じ行動を取る。
ボタンを押し、強化された刀身でバリアを切り付け、発生した電撃に身を苛まれながら、また同じ事を繰り返していく。
「ま、まさか……!?」
ショウマの狙い、それを察した理事の額を汗が伝う。
彼の正気を疑い、冷や汗が止まらなくなる。
このゴリアテを攻略する為に、その為だけに。
彼はこのままバリアのエネルギーが尽きるまで斬り続けるつもりだ。
「うおおおおおッッッ!!」
「う、うおおおおお!?」
奇しくも同じ声を発する2人。
片や裂帛の叫び、そして片や恐慌の叫び。
馬鹿な、阿呆か、命が惜しくないのか。
もはや止まらなくなった電撃に身を包まれながら、まるで狂ったように何度も剣を振るうショウマに理事は嫌でも戦いてしまい、ゴリアテを操作して彼を引き離す事さえ出来なくなっていた。
「お、おい……まずいんじゃないか、あれ……!?」
「援護に行くぞ!理事をお守りするんだ!」
見るからに劣勢となっていく
かの者の窮地を救う為に配下の兵士達が動こうとするも、その途端に彼等の足下に鉛弾の数々が撃ち込まれる。
「行かせません!!」
「ショウマさんが、あれだけ身を削っているのですから……!!」
「どうしても行きたいなら、私達を倒してからにしなさいよね!!」
彼等の前に立ったのは、アビドスの少女達。
言いたい事は山程有ったし、当然止めもしたかった……けれどもセリカもアヤネも、そして無事に己の愛銃を拾えたノノミも、ショウマの決死に応える為に敢えて後ろは振り向かなかった。
「生意気な……って、うわぁ!?」
「な、何だこれ!?」
それでもなお突き進もうとする蛮勇な輩には、おかしな邪魔者も参戦する。
兵士達の肌や服に少しでも纏わり付いて……ゴチゾウ達もまた、少女達と同じ決意であったのだ。
「ううううう……!!」
「ま、まずい……もうエネルギーが……!?」
そうして気付けば、ゴリアテのバリアを維持するエネルギーが残り僅かの所まで迫っていた。
しかしそれはショウマの体力さえ同じ事。
「い、忌々しい奴めがぁ!!」
目前の彼の息が絶えとし始め、攻撃の頻度が無くなってきたのを機に、理事はようやく己の気を取り戻し、再びゴリアテを操縦してショウマを機体から振り払おうとする。
「ッ……!!」
しかし彼はその動きを予見して自ら身を退いた。
跳んで、宙を返り、その最中に剣の鍔のボタンを押して、構えて……。
「はあああああ!!」
振るう。
その刀身は何物を切り裂く事無く、しかし込められた力は切っ先が描いた軌跡を元に形となり、新たな刃となって飛んでいく。
俗に言う真空刃、或いは斬撃波と呼ばれるそれがゴリアテのバリアに直撃し、残っていたエネルギーを遂に尽きさせる。
「ぐわあああああ!?」
同時に
多数の火花が爆発へと連鎖し、やがて中枢部が破損した事でゴリアテはその機能を停止し、動かなくなる。
伝説の巨人の名を冠する程の兵器が、たった1人の手によって倒された瞬間である。
「理事!!御無事ですか!?」
「怪我をされている!!直ぐに治療を!!」
「ええい放せッ!!お前達の手など借りん!!」
計器類の破損による爆発によって身を焦がれそうになったが、寸での所で脱出装置が働き難を逃れ、情けなく地を転げた先で配下の兵士に介抱される理事。
それが彼のプライドを酷く傷付けた。
「覚えていろ対策委員会……そして貴様!!このままで済むと思うなッ!!」
戦力を整える為、一時の撤退を選択した理事。
機械の身故に表情こそ変わらないが、捨て台詞を吐いたその声はこれ以上無い程に屈辱に塗れていた。
「待て……!!まだ終わって……!!」
そのまま逃げ果せようとする理事。
重度の負傷により、もう支えが有ったとしても立つ事の叶わぬ彼は、それでも理事の背に這ってでも追い付こうとする。
「まだ……ホシノちゃん……が……!」
いや、実際は理事の事など見ていなかった。
ショウマが見ていたのは、薄れゆく意識が見せる幻……
行ってはいけないと彼はその背に向かって必死に手を伸ばすものの……。
「っ……。」
『先生!!』
「ショウマさん!!しっかりしてください!!ショウマさん!!」
彼の手は幻にさえ届く事無く地へと堕ち、やがて少女達の声を子守歌の如くとし、その意識を深く沈み込ませてしまった……。