キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第29話「それでも手放したくないもの」

 

 

 

 

 

 ホシノちゃんは、とっても良い子なんです。

 

 強くて、責任感も有って、そして……誰よりも優しい子で。

 

 ……だからきっと、背負わせちゃったんだろうなって。

 

 ごめんなさい……私がもっと、ちゃんとしていれば……。

 

 

 

 

 

 あなたをここまで、傷付けなかった。

 

 あの子達をここまで、苦しめなかった。

 

 ホシノちゃんをあそこまで、追い詰めなかった……。

 

 

 

 

 

 今も昔も、私は何も出来ないから……。

 

 だから私は、あの子達に……あなたに託したい。

 

 ホシノちゃんの事を、あなた達に……たとえそれが自分勝手な事だとしても。

 

 

 

 

 

 伝えて欲しいんです、ホシノちゃんに。

 

 ホシノちゃんは……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「っ……!」

 

 ズキリ、と体に痛みが走り、目を覚ます。

 痛みはそのままじくじくと鈍いものへ変わり、全身に不快な感覚を与えてくるも、ショウマの頭の中はその痛みを意に介さない、不思議な感覚に包まれていた。

 

「あの子は一体……。」

 

 夢を見た……そして夢の中で、誰かと会った。

 でもその人は、知らない女の子であった。

 聞いた話では、夢に出てくる人物というのは必ずその人が知っている人物に限られるとの事らしいが……。

 

「ホシノちゃん……そうだ、ホシノちゃんを……!」

 

 それでもあの薄い青緑の髪が儚げにたなびく様が、目覚めた今でも鮮明に記憶に残っている。

 1粒の涙さえ流していた彼女から託された、ホシノへの言葉。

 そしてそのホシノが置かれている現状を思い出し、ショウマは居ても立ってもと横に倒されていた自身の体を起き上がらせる。

 逸る気持ちとは裏腹に体の痛みが激しさを増していった事で、堪らず緩慢な動きとなってしまったが、それでも何とか起き上がった過程で見えた周りの光景……ここは、アビドス高校の保健室か。

 

「ショウマさん……!大丈夫ですか?」

「ノノミちゃん……。」

 

 そう知れたと同時に開かれる部屋の扉。

 そこに居たのはノノミ……彼女はショウマが目を覚ました事に気付くや、一目散に彼の下へと駆け寄った。

 

「セリカちゃんとアヤネちゃんは……?」

「2人には今、街の人達の事をお願いしています……皆さんに事情を説明して、出来るだけ避難したままでいて欲しいと。」

「……あいつらは?」

「カイザーコーポレーションは、まだ動きを見せていません。アヤネちゃんが平行して足取りを追っていますが……。」

 

 聞けば、何とあの戦いから既に4時間程が経過してしまっているとの事。

 その間にカイザーの軍勢に攻め込まれなかったのは幸いではあったが、言い換えればそれは彼女(ホシノ)の行方も掴めていないままという事にもなって。

 

「なら……っ!?」

「だ、駄目ですよ!ショウマさんはまだ休んでて下さい!」

 

 ベッドから出ようとして、しかし途端に全身を鋭い痛みが再び走った事で、折角起き上がらせた体はまたベッドの上へ。

 あの戦いで負った傷がどれ程のものか……本当ならノノミの言う通り安静にしていなければならない状態なのは自分でも分かっている。

 

「ここでじっとしてる訳にはいかない……ホシノちゃんを助けないと……!」

「それはそうですが……ショウマさんはまだ……!」

 

 それでも、行かなければ……やらなければならないのだ。

 激痛に苛まれながらも体に鞭を打ち、ベッドから這ってでも降りて。

 肩に置かれたノノミの手から介抱と制止の念を感じ取りながら、ショウマは胸に詰まっていた思いの丈を吐露する。

 

「ごめん……俺、全然分かってなかった……。」

 

 守りたかった。

 彼女達の小さな日々の幸せの為に。

 

「あんな風にお別れをされるって事が、凄く悲しくて……辛くて……苦しくて……。」

 

 強くなりたかった。

 彼女達の大きな未来の願いの為に。

 

「悔しい事だったんだって……!」

 

 出来なかった。

 彼女達の夢を、守れなかった。

 彼女達の為に、強くなれなかった。

 気付けなくて、止められなくて、奪われてしまって……その全てが、後悔の下に1つとなって。

 

「だから……行かないと……俺が、助けないと……!!」

 

 何がいけなかったのだろう?何が足りなかったのだろう?

 分からなくて、それがまた悔しさを引き立てて、ショウマの目からは止め処無い涙が流れて……。

 

「……ショウマさん。」

 

 そんな彼の前に、ノノミは何かを差し出した。

 何であろうか……既に涙で溢れきっている視界では、それが何なのか見ても分からない。

 

「もう1つ、有ったんです……ホシノ先輩からのお手紙が。」

 

 ホシノからの手紙。

 そう告げられ、ショウマは震える手でそれを受け取り、滲んだ瞳でも見えるよう目を凝らし、手紙に書かれている文字を1つ1つ読み解いていく。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ショウマさんへ。

 

 初っ端からこう書くのも何だけど、まさかショウマさん宛にもう一通書く事になるなんて思ってもなかったよ。

 でも昨日の夜……あの後、どうしても書いておきたくなっちゃってさ。

 

 私ね、大人っていう存在が嫌いだったんだ……私にとって大人って平気で人を騙して、貶めて、殺して……そんな事を平気でやれる、信じるに値しないような存在だったから。

 だからノノミちゃんがショウマさんを連れてきた時とか、本当はすっごい嫌に思ってた。

 

 でも、毎日を一緒に過ごして、段々とショウマさんの事が分かってきて、皆からも信頼されていって……私の考えていた事は、間違ってたんだなって気付かされた。

 信じられる大人の人もちゃんと居る……だから、最後に我が儘を言わせて。

 

 

 

 

 

 ノノミちゃんは凄く温かい子……でも周りを温めようとし過ぎて、自分の気持ちには蓋をしちゃうなんて事がある子だから。

 

 セリカちゃんは誰よりも真っ直ぐな子……だけど真っ直ぐ過ぎて、結構躓いちゃったりする事がある子だから。

 

 アヤネちゃんはとっても頑張り屋さん……だから頑張り過ぎて、1人だけ疲れちゃってるみたいな事がある子だから。

 

 皆の事を、側で支えてあげて欲しい。

 

 

 

 

 

 ごめんね、ショウマさんには帰りたいっていう場所が有るのに、押し付けるような事を言っちゃって。

 

 でもね、言わせて。

 

 ショウマさんはそんな事無いって言うかもしれないけど、私達や便利屋の皆、ヘルメット団や風紀委員会の子達にだって心配したり、気に掛けたり、優しくしてたショウマさんは、誰よりも立派に()()をしてると思うよ。

 

 だからどうか、皆の事をお願いね。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「私達も同じです……ホシノ先輩が感じていた事、抱えていたもの、何も知らなかった……。」

 

 彼の肩に乗せている手に力を込めながら、身を寄せるノノミ。

 そんな彼女も同じ様に、今にも瞳の中の雫が零れてしまいそうな程に潤んでいて。

 

「悔しいですよ……!!どうして気付けなかったんだろうって……ずっと後悔して……!!」

 

 いいや、彼女だけでは無い……ここには居ないあの2人(セリカとアヤネ)も、同じ想いを抱いている。

 膝を崩して嗚咽を上げたくもなって、それでも2人は今、自分達に出来る事を果たしている。

 

「だからショウマさん……一緒に行きましょう?それで、一緒に助けるんです……ホシノ先輩を。」

 

 1人だったら出来ない事も、2人でなら。

 2人で出来ない事も、皆となら。

 たとえ傷の舐め合いと言われようとも、その弱さをも力に変えて。

 

「ノノミちゃん……。」

 

 そうだ……自分でも言っていたではないか。

 負けないように、皆で一緒に頑張ろうと。

 そしてホシノが手紙に綴ったように、敵も味方も関係無く、誰であっても手を差し伸べる。

 それこそが……と。

 

 

 

 

 

 1人じゃない。

 

 そして、信じる事を諦めない。

 

 それが今のショウマに必要な、そのきっかけとなるもの。

 

 そしてこれから先の奇跡に必要な、始まりとなるもの。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ブルーモーメント、という現象が有る。

 日の出や日の入りの際、太陽光の波長の関係で空が深く鮮やかな青色となる現象、ブルーアワー……その中でも特にその色が美しく見える、ごく限られた時間を指す言葉だ。

 学校の屋上にて、もう一度ホシノからの手紙を読み返し、ショウマが顔を上げた先で拡がっていた景色がまさにそれであった。

 もうすぐ日が昇る……つまりはそれだけの時間が経ってしまったという事を意味しており、同時にそれだけ彼女(ホシノ)の身が危ぶまれているという事でもある。

 そう思うと心がざわついて仕方が無くなり、またすぐにでもこの場から飛び出していきたくなってしまうが……。

 

『先生。』

 

 そんな逸る気持ちを抑えたのは、手元のタブレットから発せられた声。

 見れば、画面にはアロナの姿が。

 

『先生、念の為またバイタルチェックを行いましょう?恐らく悪化はしていないとは思いますが……。』

 

 そう言って、指を差し出してくる彼女。

 それに倣ってショウマも自身の指を画面の中のそれへと合わせれば、アロナの周囲にショウマの生命兆候の状態(バイタルデータ)が表示される。

 ショウマが学校の保健室で目覚めると同時にデータが解除されたというそれは、直後に実施した際に異常は無いと一度診断が為されている。

 あれ程の質量に、そしてその質量を動かす程の馬力で以て圧されたというのに骨も内蔵も問題が無かったのは、単にこの身を流れるグラニュートの血筋のお陰であろう。

 だがショウマは、それで喜ばしい表情を浮かべる事は出来なかった。

 

「ごめんね、アロナちゃん。俺……。」

 

 あの時の自分は、ただ感情の赴くままであった。

 ホシノが背負っていた重い枷を外せずに往かせてしまい、さらにはその枷を負わせた者達が、今度は他の少女達や街の人達にも同じものを背負わせようとして……我慢がならなかった。

 それを一番近くで止めようとしてくれたこの子の声を、自分は何度も無視してしまった。

 彼女だけではなく、ノノミの、セリカの、アヤネの声を、何度も何度も……。

 

『大丈夫です、アロナは分かってます。だから先生が今こうして目の前に居る……それだけで十分です。』

 

 きっと、他の皆さんも。

 そう言って、バイタルに異常無しと告げると共に自身の後ろへ手を差し伸ばすアロナ。

 促されたそれに従って振り返れば、そこには……。

 

「皆……。」

 

 ノノミが、セリカが、アヤネが……皆、アロナの言葉を肯定せし笑みを携えて、そこに立っていた。

 この世界に来て、彼女達と出会って、一体どれだけの迷惑を掛けてしまった事か。

 自分の我が儘に付き合わせて、振り回して……それでもこうして優しき心のままで居てくれる彼女達には、本当に感謝するしかなくて。

 だからこそ、その想いに応えたい……今はここに居ない、彼女に対する分も含めて。

 

「……行こう、ホシノちゃんを助けに。」

 

 今度こそは、と。

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