キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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 今回のお話、かなり直接的な暴力描写が有ります。
 苦手な方は最後の方まで飛ばして下さい。
 逆を言えば最後の方は見て欲しいかなと。
 漸くその時が来ましたので。



第31話「お菓子も悪も、野望も因縁も」

「ええ……ええ、分かったわ!ならそっちはそのまま先生方の所へ!私達も後に続くわ!」

 

 アビドス砂漠奥地の、カイザーPMC施設付近。

 北方と東方から旧市街地へ向かおうとしていたカイザーの大部隊の対処が終わったとそれぞれの学園から連絡を受けた事で、施設へ陽動を掛けていたこちらも引き上げ時だとユウカは判断する。

 

「2人共!ゲヘナとトリニティの方の片が付いたみたい!私達もここまでにしましょう!」

「分かりました!皆さん撤退準備を!ミノリさんも……!」

「いいやまだだ!まだ奴等の陰謀を1つたりとて明らかに出来ていない!それを為すまで我々は退かぬぞ!」

 

 しかして安守 ミノリと同部の生徒達、中々どうして血の気が多いもので。

 レッドウィンターの生徒達の蛮勇さについては小耳にも挟んではいたし、ミノリに関しては実際に目にした事も有るものの、退かぬどころか皆が喜々として向かっていってしまっているその様は想像以上であった。

 さてどうやってこの者達を纏め上げるべきか……そういえばこういう人だったかもしれないと、スズミと共に要らぬ悩みの種を抱えながら、しかしそれ以上にとユウカは手元の端末を見やる。

 

「先生方は……無事で居るわよね……?」

 

 あれからショウマ達とは、連絡が取れていない……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「みん、な……!?」

 

 小鳥遊 ホシノの救出に成功し、全てが丸く収まったように思えた矢先、一同の目に飛び込んできたのは、あまりにも信じ難い光景。

 口端から血を流し、仰向けに倒れているムツキ。

 額や髪を赤色に塗らし、瓦礫の上で横たわっているカヨコ。

 砂漠の砂を朱に染めて、その真中に蹲っているハルカ。

 そして……目の前の異形の手によって首根を掴まれているアル。

 

「遅かったな、対策委員会共……いや、十分早くはあるか。遅かったと感じる程に、こちらが手早く終わってしまっただけか。」

 

 皆、1人として身動ぎをせず、ただそこに居る……まるで、命宿さぬ人形のように。

 まさか、そんな……一同の心身が強烈な悪寒に苛まれ震えを上げる中、異形が捕らえていたアルの身を一同向けて放り投げる。

 

「アルちゃん!!アルちゃんしっかりして!!アルちゃん!!」

 

 彼女は全く受け身を取る事無く、一同の前へと落ちてくる。

 弾かれたようにその場を飛び出す一同。

 駆け寄って、その身を抱え上げて、苦悶に表情を歪める彼女の姿を目の当たりにして。

 

「ッ……アロナちゃん!!」

『き、気を失っているだけです!!ですが骨が折れてて、出血も……!!』

 

 アロナの報告に、またも底冷えする思いを抱く一同……それは特に少女達が顕著であった。

 骨折も、危惧される程の出血も、このキヴォトスでは余程の事が無い限りは起こらない事態であるから。

 そしてその事態を引き起こせる程の存在が、今自分達の目の前に居る。

 

「あいつ……カイザーの理事、よね……!?」

「あの姿は一体……!?」

 

 これまで異形と称していた存在は、声色からしてカイザーの理事である筈。

 だが筋骨隆々をそのまま形としたような鎧に、下半身は大腿四頭筋まで隆起していて。

 そして巨大な緑色の複眼で以てこちらを凝視してくる人型のそれを、かの者と同じ存在とは思いたくなかった。

 

「(あれは……ヤバい……!!)」

 

 そうだ……精々が2m有るか無いかの身長の人型が、ただそこに立っているだけなのに、見上げてなお頂が見えず、また見下げてなお底の見えぬ、そんな空前絶後の断崖を想起させる程の圧気を放つあれを、これまで見てきたあの機械人と等しく見る事など出来ない。

 あれはもう……全く別の何かだ。

 

「皆下がって……あいつは私が……っ!?」

「ホシノ先輩!!」

 

 そんなただならぬ脅威を前にホシノが単騎で挑もうとする気概を見せるも、まだ体に上手く力が入らないのか、彼女はショウマから身を離した途端に膝を付いてしまう。

 

「そうだ、貴様はそこで大人しくしていろ。貴様にはまだ我が社の為に働いて貰わなければならないからな。」

「ふざけんなこのッ……!!」

 

 そう言って、歩を進めてくる人型(カイザーの理事)

 その度に伝わってくる圧力が段階を刻んで増していき、それに負けじとしたのか、セリカが即座に武器を構え、放つ。

 2秒と掛からなかった、刹那の技。

 狙いは正確に相手の額を捉えており、それは間違い無くセリカの中で過去最高の射撃映えであった。

 

「なっ……!?」

 

 だが理事は額の衝撃に一瞬首を仰け反らせはしたものの、その後はまるで何事も無かったかのように外れた視線を元へ戻す。

 ダメージを受けた様子は……まるで無い。

 

「私が……!!」

 

 ならばと次いで、ノノミがミニガンによる斉射を浴びせる。

 単純な火力ならばアビドスの生徒1を誇るこの銃器であればと、皆揃って期待をしていたが……。

 

「嘘……!?」

 

 弾倉1個丸々消費して、なお理事はそこに立っていた。

 流石に純粋な弾量を前に足こそ止めざるを得なかったようだが、先程と同じように、彼は浴びせられた鉛弾の数々に対して全く意に介した様子を見せていない。

 痩せ我慢などでは無く、純粋に攻撃がそうと成立していない、そうならないと示すかのように、理事の歩みが再び始まる。

 

「皆下がって!!」

「ショウマさん!?」

 

 瞬時に沸き上がった危機感に触発されたショウマが、ガヴガブレイドを手に理事へと接近し、剣を振るう……肩から脇腹まで、袈裟斬りにしようという魂胆だ。

 だが……。

 

「……肩凝りには効くかもしれんな。」

「ッ……!?」

 

 跳んで勢いを付けたにも関わらず、刃は肩から先へと流れなかった。

 首の根本で、刃が食い込んだ訳でも無く、ただ硬く斬れなかったという事実を突き付けて。

 

「うわっ!?」

 

 理事が腕を振るう。

 特に苦も無く見切れる程の速さでしかなかったそれは回避を選択したショウマに当たる事は無く、しかしながら彼の身は大きく態勢を崩された。

 風圧であった……ただ腕を振るっただけで人の身を軽くよろめかせる程の力。

 もしそれを直に受けたとしたら……その答えを、ショウマ達は既に目の当たりにしている。

 

「……!」

「くっ……!!」

 

 そしてその答えを現実へ反映せんと、再び理事が腕を大きく振りかぶる。

 ショウマはブレイドを盾にして振るわれる一撃を防ごうと構えるも……。

 

「ッ……!?!?」

 

 その行動は、全くの意味を為さなかった。

 理事の拳は、ガヴガブレイドの刀身をいとも容易く真っ二つに割ってしまったからだ。

 まるで小枝でも折るかのように、あっさりと……そんな信じ難い光景を前に目を見開くしかない中で、何物にも阻まれなかったに等しき理事の拳がショウマへと迫っていき、やがて彼の胸部へと突き刺さる。

 

「ゔっ!?!?……っ゙……!?」

 

 突き刺さる……そう表現しても遜色無く。

 拳を受けた胸部がその形に熱を帯び、やがて堪え切れぬ程の痛みへと変わっていって。

 

「「ショウマさんッッッ!!」」

『先生ッッッ!!』

 

 蹲り、血反吐を吐きかねない程に咳き込むショウマ。

 少女達の悲鳴が廃墟の街につんざかれる中、ショウマの事を見下ろしていた理事の視線が少女達へ向かれる……次はお前達の番だ、と。

 

「皆散って!!固まってちゃ駄目!!」

 

 ホシノの一声を受けて散り散りになる少女達。

 皆手にはそれぞれの愛銃が握られており、戦おうとする意志こそ見て取れはするが、彼女達の表情にはそれとは裏腹とも言える色が着実に塗られていた。

 

「近付かれなければ……と思っているのか?」

 

 その事実を、そしてその色が何なのかを既に理解している理事は、なればこのまま塗りたくって染め上げてみせようと、手近な瓦礫に手を掛け、それを軽々と持ち上げ、そして狙いを付けて大きく投げ飛ばす。

 

「きゃあああ!?」

 

 投げ飛ばされた瓦礫の先に居たのは、ノノミ。

 その重量故に両手で持つしかない愛銃(リトルマシンガンV)を抱えていた彼女では……そも投げ飛ばされた瓦礫を目で追えていなかったが……避ける事が出来ず、瓦礫と共に天然の砂漠と人工の道路が入り交じる大地の上を激しく転げ回る。

 

「ノノミ先輩ッ!!」

 

 次々と見せられる、人智を超えた暴力。

 そしてその暴力に晒される仲間の姿が見るに耐えず、思わず足を止めて彼女の名を呼ぶセリカ。

 そう……足を止めて、だ。

 ただでさえというのに、足を止めてしまえば、その力から逃れる事が確として叶わなくなるというのに。

 

「っ……!?」

 

 ぞっ、と……背筋が凍える。

 便利屋の少女達の惨状を目の当たりにした以上の悪寒と、息が詰まる程の圧。

 ギギギ……と音が鳴ってもおかしくない程の固い動きで首を回し、この身にそんな悪寒と圧を与えてくるものの正体を視界に捉える。

 既に分かっていながら……見れば後悔すると分かっていながら、それでも目にせざるを得ない。

 それまで向けていたのが視線だけだった、かの存在が……体の向きを変え、姿勢を落とし、足に力を込め、そして今まさに自身へ向かって走り迫らんとする姿を。

 

「く、来んな!!来るなあああああッッッ!!」

 

 駆け出した理事に向けて発砲するセリカ。

 しかし狂乱の中で定められる射線は、先の神業とは比ぶるべくも無く、弾丸は全て明後日の方向へ飛んでいってしまう。

 

「ひっ……うぁあ!?」

 

 やがて目の前まで来た理事が拳を握り、その拳の向ける先を自身の顔面に定めたと理解した瞬間、限界を迎えたセリカの体から力が抜け、彼女は腰を抜かして尻餅を付いてしまう。

 それによって顔面を狙った理事の拳の一撃を受ける事は無くなったが、振るわれた拳から発された風圧によって、彼女はその場で背中を地面に預ける形で倒れてしまう。

 そうして無防備になった彼女の足を、理事は不穏な空気を纏いながらじつと見つめ……。

 

「ゔっ!?!?あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッッ!?!?」

 

 次の瞬間、セリカの左足に走る激痛。

 ガンッ!!と……例えるならば、車に跳ねられでもしたかのような衝撃も伴った中で、骨の髄まで確かに届いた、ボキリという音……。

 

「貴様が一番チョロチョロと逃げ回って面倒だろうからな……足を潰しておくに限る。」

「い゙っ……た……ああ゙……!?!?」

 

 理事が、セリカの左足を、蹴り折ったのだ。

 その、凡そ経験した事の無い痛みと沸き上がった悍しさに、セリカは折れた左足を手で押さえながら震えて縮こまるしかない。

 

「せ、セリカちゃん……!!」

 

 そして彼女が受けた仕打ちを目撃した者もまた、同じく悍しさから震え上がって。

 理事はそんな脆者を次の対象とすべく、再び歩を進め始める。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に拳銃を構えるノノミ。

 先の斉射で主兵装の弾倉を使いきってしまったが故の行動であるが、彼女はそこから次の行動へ移ろうとしない。

 いや、移せないのだ……抱く思いとは裏腹に手や指に力が入らず、上手く動かせないから。

 それでもノノミは勇気を振り絞って力を込め、拳銃の引き金を引くも、アサルトライフルで急所を狙っても軽く仰け反るだけで、ミニガンの射撃さえも精々が足を止める程度に終わったのだ……その効果なぞ、たかが知れている。

 

「……気が済んだか?」

 

 気付けば拳銃の弾倉も全て撃ち切り、目の前には傷1つ付いていない装甲を身に纏う理事が立っていて。

 ここから彼女が辿る結末は……もう目に見えている。

 

「ッッッ!?!?あっ……あ゙……!!」

 

 理事が右頬を狙って繰り出した裏拳を、右腕で顔の側面を覆う事で防いだノノミ。

 しかし拳の勢いに押し負け吹き飛ばされ、長く地面を滑り転げた先で痛々しく腕を押さえているその様は、今も地をのたうっているセリカと全く同じ……恐らく彼女も、腕の骨が折れてしまったのだろう。

 

『しっかりして下さい先生!!早く、立って……!!』

「っ……ゲホッ……っ……!」

 

 このままでは、間も無く全員が壊され尽くされてしまう。

 逃げなければ、逃がさなければ……そんなアロナの必死の訴えが辺りへ空しく響く中、理事はその訴えに呼応して何か行動を移す可能性の有るショウマではなく、違う者の事を念頭に置いていた。

 1人、足りないではないかと。

 

「はあっ……はあっ……っ……!!」

 

 その1人たるアヤネは、付近の廃墟の影の中に居た。

 だがそんな彼女の様子は、見れば明らかにおかしくて。

 全身は震え、息は荒れに荒れて、動悸もまるで鎮まらず……そう、彼女は今、深い恐怖に心を苛まれているのだ。

 

「(何……あれは……!?何なの、一体……!?)」

 

 ホシノの一声を受けて、それぞれが散って別れた時、最初は彼女もかの者を相手に果敢に立ち向かおうとしていた。

 しかし立て続けに起こった仲間達の惨状を前にして、彼女の心はすっかりその色に染め上げられてしまったのだ。

 聡明な頭脳を持つ彼女だからこそ、分かってしまっているのだ……かの者を相手にして、自分達では勝てないという事を。

 

「(誰か……誰かに、救援を……!!)」

 

 そうして仲間達が未聞の危機に瀕している中、自分1人だけが身を潜ませて……まるで、見殺しにするように。

 そう思えば、罪悪感という名の苦しさに胸を締め付けられると同時に、この恐怖に苛まれている心に同名の火が灯る。

 確かに今の理事は、理不尽をとうに越した先の下に在る……だが1つだけ、欠点と見出だせる事が有る。

 彼は恐らく、遠距離用の装備を持っていない……もし持ち合わせが有れば、わざわざ近くの瓦礫を投げるなどという原始的な方法は取らない筈だからだ。

 ミニガンの斉射が全くの痛手とならない程の装甲に対してどれだけの効果が期待出来るか分からないが、確かトリニティ総合学園が榴弾砲を用いてカイザーの部隊を相手取ると言っていた筈だ。

 ユウカへの通信は、こちらが持つ端末でも行う事が出来る。

 彼女に連絡を取って、トリニティの部隊と合流出来れば……。

 

「……コソコソと、鼠のように。」

 

 だが彼女の予測……或いは期待は、するだけ無駄な事であった。

 

かたすとろむ!】

 

 腹部の機械の、スイッチとなっている赤色のパーツへ手を添えた理事。

 再び奇妙な音声が機械から鳴り響くと、先にその身を扮した時と同様の黒煙が彼の手元に立ち込める。

 そして不定形であったその煙は、不可思議にも段々と一定の形へ整っていくと、やがて1つの固形物へと変化したのだ。

 

「……え?」

 

 それは、銃であった。

 4つの砲身を持つ、巨漢である理事の側に在ってなお存在感を主張する程の、巨大な銃。

 彼はその銃のピストルグリップを右手で、フォアグリップを左手で握り、そしてフォアグリップに搭載されているスライド機構を稼働して砲身を回転させると、その銃口を付近の廃墟……つまりはアヤネへと向けて……。

 

「あ……。」

 

 気付いた時には、もう遅かった。

 引き金が引かれ、砲口から弾丸が発射される。

 いや、それはもはや弾丸と呼ぶに非ず……1つ1つがゴリアテの大砲と同じ破壊力を持つそれは、言うなれば砲弾。

 そんなものが4つの銃口から連続して、つまりはガトリングガンのように連射されたのだ……砂漠の中に朽ちた廃墟如きでは一瞬たりとて耐える事は出来ない。

 当然、その陰に隠れていたアヤネもまた、だ。

 

「う……ぁ……。」

 

 爆発でも起きたかと錯覚する程の砂埃が舞った後、視界が晴れた先で、アヤネは元を廃墟とする瓦礫と共に倒れていた。

 幸い、と言うべきだろうか……セリカやノノミのように骨折はしなかったようだが、それでも両者に劣らぬ傷を負った事は、そのか細く呻く声と、彼女のトレードマークである赤緑の眼鏡が側で粉々に砕け散っている様から容易に見て取れる。

 

「もう止めろ……!!これ以上皆に……手を出すな!!」

 

 1人、また1人と傷付けられて、それを見せ付けられたホシノの心も同じ様に傷付いて。

 しかし今も気を抜けば崩れ落ちてしまいそうなこの体では、訴えたい事も相手が遠く離れていって聞かせられない。

 漸く近くまで赴いて届けさせた時には、既に一頻りが終わった後であった。

 

「誰に向かって口を聞いている?貴様は私とあやつの共用品……物が人に指図をするな。」

 

 そして伝えたとて、相手がその訴えを考慮する訳も無くて。

 分かっていた……分かっていたからこそ、ホシノの身には力が漲る。

 

「人を……物扱いするなぁ!!」

 

 想いを力に、怒りを糧に、怠く動かせなかった体はたちどころに思うがままに動いて。

 ホシノは愛銃と大盾を携え、理事へと肉薄する。

 銃で撃って、盾で殴って、足で蹴りもして……それでも理事は、堪えた様子をまるで見せない。

 

「止せ、実験で神秘とやらを多く抜かれた今の貴様では私に勝てん……無駄な抵抗をするな。」

 

 やがては足を掴まれて、軽く投げ飛ばされる。

 当然その程度ではホシノ相手にダメージなど入りはしないが、しかし今の彼女にはそれで十分であった。

 

「あぅ……くっ……!!」

 

 すわ足を握り潰されるかと危惧したり、投げ飛ばされた先で受け身を取ったりと、意識があちらこちらへ向いてしまった結果、糧としていた怒りが僅かに四散してしまった。

 想いを力に……言葉にすれば美しくはあるが、所詮はやせ我慢の言い換えにしか過ぎず。

 ほんの少しでもその気を乱せば、無理を押した体はたちまち音を上げる。

 再び理事へ迫ろうとしたホシノの足は、もうガクガクと揺れるばかりとなってしまった。

 

「カイ……ザー……!」

 

 小鳥遊 ホシノは、もう動けない。

 ならば後は……と彼女から視線を外した理事の足に、何かが纏わり付く感覚。

 その何かとは、ショウマであった……彼は理事の体にしがみつき、そしてその腹部に付いている機械に向けて手を伸ばす。

 

『駄目です先生!!そんな、立ち向かうだなんて……!!』

 

 もしかしたら胸骨にヒビが入っているやもしれないと感じる程に、未だ尾を引く胸部の痛み……それを堪えてまでという彼の必死さを、しかし嘲笑うようにどれだけ力を込めようとも機械は外れも壊れもしない。

 

「うあっ!?くっ……ぅ……!?」

 

 やがて理事に片腕を掴まれるショウマ。

 恐らく理事からすれば普通に掴んでいるだけなのだろうが、やはりその握力は凄まじく、下手に抵抗すればそれこそが骨が折れる切っ掛けになると察せられる程に簡単に捻り上げられてしまう。

 

『先生ぇ!!』

「っ……あああああ!!」

 

 そして伴う痛みにショウマは堪らず悶えてしまうも、それでも諦めないと言わんばかりに空いている手で拳を作り、理事の体を殴り始める。

 何度も何度も……それは先の戦いで理事を追い詰めた狂気の行動に通ずるものがあって。

 だが理事は、当然ながらというべきか……あの時と違い、恐怖などという感情を抱く事は無かった。

 

「貴様もだ……破れかぶれも、今回ばかりは通用しない……ぞ!!」

「ッッッ!?!?ゔ……オ゙ェ゙……!!」

 

 再びショウマへ突き刺さる理事の拳。

 腹部へと狙いを定められて、しかしながら奇跡的にガヴに当たる事は無かったが、代わりに犠牲となった箇所は鳩尾……一瞬意識が飛びかけた事も相まって、どのみち逆流した胃の中のものがショウマの口からだだと漏れる。

 

『先生……っ……!!』

 

 胃液こそ直ぐに乾いた砂漠へと吸収されるも、吐瀉物特有の酸えた匂いが漂う事には変わらず……この仮面が無ければ顔をしかめていた事であろうなどと考えながら、理事がショウマを殴る為にその場に捨てた大銃を拾おうとした瞬間、不意にその大銃がひとりでに理事の下を離れ、そして離れた先で元となる黒煙へと変わって消える。

 弾かれたような動きと、同時に響いた金属音から、どうやら誰かの手によって撃たれたようであるが、今この場に銃器を撃てるような力を持った者が果たして居ただろうか?

 

「隙だらけ……なのよ……!!」

 

 顔を上げた先で見つけたのは、意外な存在……便利屋68であった。

 いつの間にか目覚めていた彼女達は、全員が重体でありながらも一矢報いる為に寄り集まり、アルの愛銃による狙撃を行ったらしい。

 皆で支え合って……そんな彼女達の抵抗が、理事の気に触れる。

 

「死に損ない共が……!」

 

 大銃を拾い上げようとした手を、ショウマの襟首へ。

 先に瓦礫を持ち上げた時のように、理事はショウマの体を軽く持ち上げ、そのまま便利屋の少女達目掛けて放り投げる。

 

「「ッッッ……!!」」

 

 ショウマの、便利屋の少女達の、声にならない声が、それでも絶叫だと分かるように空気を裂いて。

 そうして再び多量の砂埃が舞った後には、死屍累々と表すべき惨状が拡がっていて。

 

「みん、な……。」

「アハハッ……ごめんね、ショウマさん……もうちょっと……格好、付けたかったん……だけど……。」

「すみま……せん……私が……私の、所為……で……。」

 

 渇いた笑いを浮かべるムツキ。

 自虐的な物言いをするハルカ。

 対照的な2人の態度は、しかしてどちらも見るに耐えぬ程に痛ましくて。

 

「あいつは……私達が、何とかする……だから……ショウマさん達は、今の内に……!」

「心配しなくても……私達は……便利屋、68……受けた依頼は……必ず、こなす……わ……っ……!」

 

 カヨコの、アルの、2人の決死を同じくする覚悟も、聞くに耐えぬ程に辛くて、苦しくて……。

 

「っ……分かった!!分かったから!!学校でも土地でも、何でもあげるから!!だからもう、これ以上はっ……!!」

 

 耐えられなかった、耐えられる訳が無かった。

 ホシノが叫んだのは、そんな耐えきれなかった心が望んだせめてもの切願。

 託したかった場所も、守りたかった想いも。

 たとえその全てを裏切り、失う事になったとしても、どうかここに居る皆の命だけは、と……。

 だが、彼女の命乞いは、他ならないその皆によって否定された。

 

「駄目、ですよ……そんなの……!」

 

 理事の背中に、コツリと当てられた物……ノノミが投げた、彼女の拳銃だ。

 ノノミだけではない……セリカも、アヤネも、それぞれの愛銃を構え、そして示そうとしている。

 絶対に、諦めない……その意志を。

 

「大事……なんでしょ……?大切に、思ってるんでしょ……!?だったら……!」

 

 少女達は皆、涙を流していた。

 痛くて、辛くて、苦しくて、悔しくて。

 だが何よりも、恐ろしくて……。

 

「私達で……守ら、ないと……!」

 

 目の前に居る彼が、怖い。

 彼の持つ力が、その力を向けられる事が、怖くて怖くて堪らない。

 でも……それでも。

 

「……貴様等は。」

 

 理事は想う……私とて、心は有る。

 たとえ今からだとしても、もし我が前に平伏すのであれば、言う通り命だけは……と。

 

「貴様等は……!」

 

 だが、己が弱きと分かっていて、我が恐ろしきと認めていて、なおも歯向かおうとするその意志が……。

 

 

 

 

 

「どれだけ私をコケにするつもりだああああ!!!」

 

 理事の心を、これ以上無く逆撫でた。

 

 

 

 

 

「これまであらゆる手段を講じて!!それでもこの滅びかけの地に最後まで残り!!しつこく抗おうとして!!」

「ッ……きゃあああああ!?!?」

 

「何度も何度も苦しめてきたというのに……貴様等はいつだって諦めなければと世迷言を宣って!!へらへらへらへら笑い合って!!」

「放して!!放してよ……お゙っ!?!?ゔ……ぇえ……!?!?」

 

「いい加減認めたらどうなんだ!!!貴様等が抱いている希望など、何の意味も無いという事を!!!全ては私の思うがまま……私が全てを支配する存在なのだとッッッ!!!」

「やっ、来ないで……嫌ぁぁぁぁぁあ!?!?」

 

 

 

 

 

 ぐちゃぐちゃに潰さんとばかりにノノミの事を踏みつけて。

 容赦無くセリカの髪を掴んで立ち上がらせた後に、顔を殴って血反吐を吐かせて。

 近付くだけでアヤネの身を震え上がらせて、そして……。

 

「止めろぉ!!!止めろ……!!止めて……ぇ……!」

 

 ホシノの声が、だんだんと、細く小さくなっていく。

 いくら、どれだけ、叫んだとて、目の前で少女達が嬲ていくのを止められないから。

 やがて聞こえるは、理事の荒い息遣いと、少女達が僅かに啜り泣いている声だけとなって。

 

「(どうして……。)」

 

 どうしてここまでされなければならないのだろうか?

 本当にここまでされる程に自分達は邪魔な存在であったのか?目障りな存在であるのか?

 そもそも何故この地なのだろう?探している宝とやらはそこまでして手に入れたいものなのか?

 ただ支配する地を拡げたかっただけではないのか?それならこの地であった理由は無かったのではないか?

 

 

 

 

 

 私達が、弱かったから?

 弱かったから、狙われた?

 

 

 

 

 

「(そんなの……。)」

 

 そんなの、あまりにも理不尽だ。

 私達はただ、必死に生きていただけなのに……必死になって生きる事しか出来ないというのに。

 そのどうしようもない弱みに付け込んで、絞れるだけ絞り出して、そして最後には捻じ切って……。

 

「(私は……。)」

 

 悔しいと思った……そして、怨めしいと思った。

 それは理事に向けては当然の事、自分自身に対しても向けられていた感情であった。

 付け込まれるだけの弱さしか持っていなかった自分が……今もこうして蹲っている事しか出来ぬ自分が、憎くて憎くて仕方がない。

 

「(私は……!)」

 

 力が有ったら、皆を守れた。

 力が有れば、皆を守れる。

 だから……力が欲しい。

 何者にも脅かされぬ、何者をも退けられる、そんな強い力が……。

 

 

 

 

 

「駄目だよ、ホシノちゃん……そんな顔しちゃ。」

 

 そうして自身でさえ気付いていないような漆黒に塗れた何かが心を支配しようとして、しかし不意に肩へ置かれた優しい手がそれを押し止めた。

 

「言ったでしょ?自分の事も大事にしてねって……だから、そんな顔しちゃ駄目。」

 

 その手の主は、ショウマ……彼はホシノの側で、この状況にはあまりにも似つかわしくない優しい笑みと眼差しを彼女へと向けていて。

 でも、それでも……と、そう口に出さんとしたホシノの台詞を遮るように、彼はシッテムの箱を彼女の前へと差し出した。

 

「アロナちゃんの事、お願いしても良い?」

 

 優しい語気とは裏腹の、有無を言わさぬ強引さに、言われるがまま受け取るしかなく。

 そうしてホシノの手にシッテムの箱を預けたショウマは、それまで浮かべていた柔和な笑みと眼差しを崩し、理事へ向けて真逆となる面相を浮かべた。

 

「ショウマさん……!!」

『駄目です先生!!ユウカさんには既に私の方から連絡してますから!!だから、これ以上は……!!』

 

 既に立つ事さえままならぬであろう体に鞭を打ち、ふらつく足取りで理事の下へと向かおうとするショウマを、当然ながらアロナが止めようとする。

 あれ程の激昂を露にしていたのだ……次にかの者の前に立てば、今度こそ命に手を掛けられてしまう事だろう。

 死なせる訳にはいかない、行かせる訳にはいかない。

 それまでの嗚咽で喉が潰れていた事で声にこそ表せなかったものの、ホシノが抱く思いもまた、アロナと全く同じであった。

 

「ごめんね、アロナちゃん……それは聞けない。」

『どうして……!?』

 

 それでも、と。

 今しがた発しようとした台詞を、今度はショウマが唱えようとしていて。

 自分だったら言っても良いとでも?自分だったら犠牲になっても良いとでも?

 やめてくれ……あなたは私の、私達の大切な仲間なのだ。

 私が守りたいと思っているものの中には、あなたの存在もちゃんと在るのだから。

 

「どうして俺がこの世界に呼ばれたのか……少しだけ、分かった気がするから。」

 

 でも、そんな事を言われてしまえば、引き止めようとする意思も思わず揺らいでしまって。

 その隙にショウマは2人へ背を向け、遂に理事の前へと再三立つ。

 

「まだ無駄な足掻きをしようというのか……貴様は……!!」

「……。」

 

 ショウマの存在に気付く理事。

 その苛立ち隠せぬ様相は、同じく隠しきれぬ威圧となってショウマを押し潰さんとするも、彼は全く屈する事無く逆に理事に向けて問うたのだ。

 

「あんた……そんな力を使って、ここまでする必要はあったの……?どこかで皆と話し合おうって気にはならなかったの……?」

 

 そんな力を使って手に入れたものが、本当にあんたの為になるの?

 

「ッ……黙れ!!知った風な口を聞いて……貴様に私の、何が分かると言うのだッッッ!?!?」

 

 再び逆鱗に触れたのだろう……ズカズカと歩み寄り、拳を振るう理事。

 ショウマは咄嗟に腕を使って防御するも、受けた衝撃は凄まじい。

 折れこそしなかったが、拳を当てられた箇所は触ってもまるで感覚を感じない程に麻痺していて、痛みもまるでずっと電流を流されているかのように拭われなくて。

 

「分かんないよ!!……でもきっと、あんたはあんたなりの幸せを求めてるんだって事は分かる!!」

 

 使えなくなった腕を抑えながら、ショウマは吼える。

 それがまた理事の気を逆撫で、蹂躙の合図となる。

 

「俺だって自分の……皆の幸せの為を想って、色んな事をしてきた!!色んな仕事に手を付けたし、色んなお菓子だって食べてきた!!色んな経験もして、色んな人にも出会って……!!」

 

 何度も暴力を振るう理事。

 何度も暴力を振るわれるショウマ。

 耳を塞いで、目を背けたくなる程に痛め付けられながら、それでもショウマは諦めない。

 

「だから知ってるんだ!!覚えてるんだ!!幸せを求めて、でもその幸せに心を奪われて、それで幸せを失くしてきた人達の事を!!」

 

 何が彼をそこまで奮い立たせるのか。

 何が彼を折れずに繋いでいるのか。

 それは彼の心に今、様々な記憶が思い起こされているが故に。

 

 

 

 

 

「俺がその幸せを奪っていった事も!!」

 

 かつてこの手で犯した、たった1つにして数々の罪の記憶が甦っているが故に。

 

 

 

 

 

─闇菓子を諦める……!?ありえねぇ!!答えはお前をぶっ倒すだぁぁぁぁあ!!

 

─馬鹿か、闇菓子を止められる訳無いだろ?

 

─闇菓子を止められる訳ねぇだろっ!!

 

─うるせぇッ!!お前の命を手土産にしてやるーッ!!

 

─当たり前だ!そんなに簡単に闇菓子を諦められると思うなよ!

 

 

 

 

 

 忘れられない、忘れられる訳がない。

 闇菓子に魅入られ、闇菓子を手にしたいが為に人を拐い、人の幸せを壊していって……。

 そんな者達から人々を守る為に戦って、勝って……つまりは殺して、それを続けていって。

 そうして倒していった彼等の、今際の姿が、残していった言葉が……今も心に染み付いて離れない。

 

 

 

 

 

─闇菓子は最高だぁ!!もっと人間を集めないとぉ……!!

 

─お前等を倒して!逃げ延びて!闇菓子を食い続けてやるのさぁ!!

 

─闇菓子から手を引く?そんな選択肢は……有り得ない!!

 

─嫌だぁ……どうしても、闇菓子だけは~!!

 

─あれだけは……何をどうアレンジしたって味わえねぇんだよ……諦めるかよぉ!!

 

 

 

 

 

 仕方が無かった、と言えば、本当に仕方が無かっただろう。

 自らの幸だけを願って、人の幸せを踏みにじる彼等を、放っておく事は出来なかった……誰かがやらなければならなかったのだ。

 それでも、思わずにはいられないのだ。

 もし彼等が闇菓子なんてものに出会わなければ、そもそも闇菓子なんてものが存在しなければ……彼等はきっと、全うに幸せで居られたのだろうと。

 

 

 

 

 

─かわいそうだな?その赤いガヴの所為で、お前はスパイスにもなれなくて。

 

─かわいそうね?ママと同じ人間だったら、一緒に死ねたのに。

 

─僕は僕の頭脳に自信が有る、そして君は兄弟の中で一番の戦闘力に成長した……最高の頭脳と最高の戦闘力が組めば、最強だと思わない?

 

─思ったよりやるじゃない、赤ガヴ……腐ってもストマック家の末っ子ね?

 

─赤ガヴ……お前は、生まれてきたのが間違いだったんだ。

 

 

 

 

 

 分かり合えたか、と言われれば、それは分からない。

 それでも彼等は、誰かの人生を狂わせた加害者であると同時に、自らの人生を狂わされた被害者でもあったのだ。

 何か1つでも運命が違っていれば……或いは、自分がその運命を変えられたならと。

 闇菓子を巡る戦いが終わってからずっと、そうやって後悔をしていた。

 

 

 

 

 

「皆にも……あんたにも……この世界に生きる人達には、あんな思いをして欲しくないから!!」

 

 傲慢であるのは分かっている。

 出来る訳が無いとも分かっている。

 でも聞こえてきた、理事の荒い息遣いと、少女達が僅かに啜り泣いている声。

 力に魅入られた者と、力に虐げられた者達。

 そんな彼女達の、彼の、互いの姿が、後悔として抱いていた願いと重なって。

 だから変えたいと思ったのだ……この歪な関係、そしてこの歪な世界を。

 誰もが誰かを虐げられる力を持っていて、しかして誰もが誰かを思いやれる心を隠し秘めている、そんな世界を。

 誰もが幸せであって欲しい……たとえそれが、これまで誰かを虐げてきた者であったとしても。

 

「それを教えられるのが、俺しか居ないなら……!!」

 

 偽善と蔑まれようと。

 甘いと吐き捨てられようと。

 もう何1つ、見捨てたくない……全部全部、守りたいから。

 

 

 

 

 

「ここでは……これからはッッッ!!」

 

 だから、あの時の誓いを、もう一度。

 

 

 

 

 

「貴様から教わる事など、何も無い……!!」

 

 既に散々と打ち据えられた体は、とうに音を上げている。

 膝を付き、同時に体の内側……(ガヴ)の奥が次第に熱を帯び始め、その感覚が苦しくてショウマは堪らず(ガヴ)を抑えながら表情を歪める。

 あまりにも甚振られ過ぎて、おかしくなってしまったのだろうか?

 そしてショウマの決死の訴えは、理事には届いていない。

 

「貴様が教えられるのは、貴様等自身の無力さと……!!」

 

 真前に立った理事が、一層強く拳を握り締める。

 あれだけの啖呵を切っておきながら、結局はこの様かと嘲る理事の心情を代するかのように。

 そして、これから行おうとしている事を少女達へ見せびらかす為にも。

 ゆっくり、ゆっくりと、拳を振り上げる。

 

「駄目……ショウマさん、逃げて……!!」

「ショウマさん……!!」

『先生……先生!!』

 

 少女達の声が聞こえる……でも動けない。

 熱くて、苦しくて、堪らなくて。

 まるで内側から溶けて失くなってしまいそう程に、体の奥が熱を持って仕方がない。

 

「そして!!絶望だけだあああああ!!!」

 

 だがその熱さも、苦しさも、決して彼を戒める為のものでは無い。

 

「「ショウマさん!!!」」

『先生ぇぇぇ!!!』

 

 それは新たな出会いに触れ、大いに悩み、その上で彼なりに答えを見出だした中で結実した……。

 

 

 

 

 

「ッ……うあああああッッッ!!」

 

 望む力の再証である。

 

 

 

 

 

「ムウッ!?グッ……!?」

 

 理事が高く上げた拳を振り下ろそうとした瞬間、熱さと苦しさの限界に達し身を仰け反らせたショウマの腹部(ガヴ)から、それまで彼の身を蝕んでいた熱の正体が遂に目覚め、放出される。

 その勢いは予期せぬ現象を受けての動揺もあって、ショウマへ止めを刺そうとした理事の体を大きく退ける程に凄まじいものであった。

 

「はあっ……はあっ……っ……。」

 

 やがて数秒もの時間を掛けて全てが出し切られ、ショウマは強い倦怠感から手を付いて荒い息を上げる。

 何だ?今何が起こった?

 自分でも分からずに狼狽えながらも、起きた出来事を確かめるべく顔を上げてみれば……。

 

「「──! ──!」」

「な、何だこいつらは!?」

 

 理事の足下を、その周りを、数多の色が占めている。

 珍妙な鳴き声を上げながら、1つ1つが独りでに、忙しなく動き回っている、その小物達は……。

 

「あれって……ゴチゾウちゃん達……?」

 

 そう、ゴチゾウ……お菓子を食べる事で生まれる、ショウマの眷属。

 これまで心身の不調によって排出されなかった眷属達……それが今、ガヴから生まれた。

 ならば今なら、今ならば。

 

「……っ!」

「──!」

 

 ゴチゾウ達へ向けて手を伸ばすショウマ。

 応じて1体……紫色のグミのゴチゾウ、ポッピングミゴチゾウが、群れからショウマの下へと跳んでくる。

 そうしてゴチゾウを掌に収め、確かめるようにじつと見つめれば、ポッピングミゴチゾウは彼の意図を汲んで大きく頷く。

 大丈夫、行けるよ……と。

 他ならない自身の眷属からの後押しに、思わず笑みを浮かべながら頷き返すショウマ。 

 しかし直ぐに綻んだ表情を凛々しきものへと変え、そして立ち上がる。

 

「何だと……!?」

 

 あれだけ痛め付けられて入らなかった力が、まるで嘘のように漲って。

 鉛のように重かった体が、羽へと変わったかのように軽くなって。

 少女達が見守り、理事が足下の喧騒を忘れて驚愕する中、ショウマはガヴの上顎、レッドジョーに手を掛け、開き、せり出した舌器官、テイスタンの上にゴチゾウを乗せ、そして上顎(レッドジョー)を閉じる。

 

 

 

 

 

【グミ!】

 

 

 

 

 

 そうする事で、ガヴが(テイスタン)に乗せられたゴチゾウを……そこに含まれる第6の味覚である想味を感知し、ゴチゾウの特性をショウマへ注入する器官、ウェイタムを生成。

 自らを単なるグラニュートとしての器官から、戦士の象徴たるベルトとしての姿へ変貌させる。

 

 

 

 

 

EAT (イート) グミ! EAT (イート) グミ!】

 

 

 

 

 

 そして流れる、お菓子をモチーフにした力を扱うに相応しきポップな音楽。

 合わせてショウマはガヴの側面に付属しているハンドル、ガヴドルを回し、手動でガヴを咀嚼させてゴチゾウの持つ力をベルト(ウェイタム)を通して自らへ注ぐ。

 同時に左腕を大きく回し、左手を右頬の横まで持ってくると掌を返し、爪を立て、顔を引き裂くように……内に眠る本性を露にするように、手を右から左へと流し、瞳の色をその本性を象徴する妖しき紫色へと変え、そして……。

 

 

 

 

 

「変身!!!」

 

 

 

 

 

 ガヴの舌鼓、デリカッションを力強く押し込んだ。

 

 

 

 

 

Hiyaaaaaa(ヒヤァァァァァ)!!】

 

 

 

 

 

 おひさまみたいな人だ。

 彼が笑うだけで、パッと周りが明るくなる。

 太陽の光を目いっぱい吸い込んだような彼の輝きは、間違い無く誰かの沈んだ心を照らす灯台となる。

 けれどそんな彼だって、常に心の空模様が晴ればかりという訳では無い。

 曇り空の時も有れば、涙の雨に打たれる事も有る。

 そう……今がまさに、その荒れた天気の下にあった瞬間であった。

 こうなると分かっていた訳じゃなかった……気持ちを新たにすれば失った力が戻るだなんて、そんな事は微塵も考えていなかった。

 思っていたのは、むしろ全く逆の考え。

 何で自分は、弱いのだろう?

 何で自分は、弱いままなのだろう?

 振り翳される力に抗う為に、同じ力が必要だというのであれば……力なら、この体の奥底に今も眠っている筈なのに。

 どうしていつまでも目覚めない?何がその力を詰まらせている?

 それとも、今も眠っている筈だと信じている力は、この世界へ誘われた暁に消えてしまったとでもいうのか?

 かつて、誰かを守りたいと願ったから、力が目覚めて……その想いは、今も変わっていない筈だというのに。

 抗う事すら、許されないというのか。

 貫く事さえ、出来ないというのか。

 だったら……抗うのではなく、逆に制するような。

 貫くのではなく、薙ぎ倒すような。

 どんなものだって構わない……二度と誰かや何かに虐げられない、そんな力がやはり欲しい。

 奇しくもホシノと同じような事を、ショウマとて思ってしまっていた。

 だが……。

 

─ようやく見つけました……探しましたよ、先生。

─それではキヴォトスを、S.C.H.A.L.E(シャーレ)をよろしくお願いしますね、先生!

 

 ずっと考えていた、与えられた役。

 自分でそう名乗るのも、誰かからそう呼ばれるのも分不相応だと感じながら、それでもいつも頭の片隅に置いていた。

 先生として、自分は一体何が出来るのか?

 自分が一体、何を教えられるというのか?

 これがその正しき答えかどうかは分からない。

 それでも、そうであると信じたい。

 

 

 

 

 

 きっと未来の幸せは。

 きっと世界の幸せは。

 分け合えば、願うほど、膨らむ筈だから。

 

 

 

 

 

「何、あれ……?」

 

 そう……ここに居るのは、もう悪戯に運命を振り回されるだけのか弱き子供ではない。

 

「その姿は……。」

 

 家族が悪事に手を染めて、その家族に母親を殺されて、故に誰かの命を守る事に固執する……しかしその生まれは人を食い物にする事の出来る、人ならざる血を継ぐ者。

 それでも何食わずに普遍な人間であるかのように振る舞い、故に誰からも理解されない、される訳の無い……。

 

「ショウマさん……!」

 

 だとしても、誰かの幸せを諦めない。

 たとえ理解をされずとも、称えられる事さえ無かったとしても。

 たとえ嫌われたとしても、愛される事さえ失くなったとしても。

 皆がお菓子を食べながら笑い合える、そんな世界を叶える為に……。

 

「き、貴様は……!?」

 

 人であり、人にあらず。

 故に誰よりも人間らしく、また誰よりもバケモノらしく。

 果てしない、無限大の夢を背負う選択を、責任を、そして覚悟を背負った大人が扮する。

 そんな、おかしなおカシな戦士の名は……。

 

 

 

 

 

【ポッピングミ! ジューシー!!】

 

 

 

 

 

仮面ライダーガヴ。

 

 

 

 

 

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