どんどん予定から時期がずれ込んでいく……。
第1話「百鬼夜行に来たおカシな先生」
戦乱が終わり、太平の世が訪れて久しく。
人々が己の身分に合った安寧を享受し、平穏な時を過ごす中で、しかしながら欲に塗れた悪党共が裏で人の幸を掠め取る。
「その者、表向きはならず者達による被害によって税を増して収めてもらうしかないと苦心する善良な領主を装いながら、裏では巻き上げた税で賭博に明け暮れ、あまつさえ更なる私腹を肥やす為にならず者達と手を組み敢えて領地を荒らさせるという自作自演を演じる始末……その私利私欲に塗れた所業、断じて許す訳にはいかぬ!」
「こ、この爺……!者共、出会え出会え!この不届き者共を斬り捨てぃ!」
そんな時代に渇を入れるように、とある場所で騒ぎが起きていた。
付近一帯を治める地主を悪と断じ、そして地主配下の武士に囲まれているのは、一見するとごく普通の旅好きな御爺。
しかしその老体、決してただの酔狂者ではない。
「
キヴォトスでは廃れた武具である刀を抜き、老体向けて襲い掛かる武士達……すると御爺に名を呼ばれた側近2人がその武士達と戦を交え始める。
逆に
十数人と居る武士が、たった2人によって次々と倒されていく……その光景に身の危険を感じた地主が、数人の配下を連れて場を退散しようとする。
「おっと、ここから先には行かせねぇよ。」
が、突如として逃げ道に現れた影。
その影もまた、
忍者は地主の側に居る配下を、得物である風車を用いて瞬く間に打ち倒し、地主を場へと引き戻す。
「
「はっ!静まれぃ!静まれ静まれぃ!」
それを認めた老体が再び声を上げる。
するとそれまで大立ち回りを演じていた
「この紋所が、目に入らぬか!」
そしてそこに描かれている3枚のミントの葉模様を見て、地主や武士達の目が見開かれる。
「こちらにおわす御方をどなたと心得る!恐れ多くも先の副将軍、ミント・ミツバチ公にあらせられるぞ!」
そして幾つものカット割りで以て地主や配下の武士、その他居合わせている物語に関わったゲスト等の驚愕した顔が写し出され……。
「皆の者!ご老公の御前である!頭が高い、控えおろう!」
皆等しく、その場で平伏をする。
後は正体を現したミツバチが悪人を裁き、その後物語のゲスト等が演じる善良な民草と笑い別れ、また諸国漫遊の旅に出る……そんなお決まりの流れである。
これが、古くからキヴォトスにて放送されている傑作時代劇、「ミント公Go!」である。
「格好良い……!」
そんな誰もが知る時代劇を、1人の少女が目を輝かせながら見ていた。
ただし彼女が羨望の眼差しを向けているのは、画面の中央に立つご隠居でも、側に立つお供2人でも無く、画面の端に映っている忍者であった。
「私もいつかこの人のような、素敵な忍者に……!」
画面に食い入る彼女の周りには、忍者という存在が登場するありとあらゆる作品が置かれている。
主役、脇役、媒体問わず……部屋中がその存在に埋め尽くされているといっても良い程に。
それだけ彼女にとって、かの存在は夢中になれるものであって。
「ニンニン、です♪」
そして、それだけ叶えたい夢でもあったのだ。
「どうかな、アロナちゃん?」
『……はい、これで大丈夫だと思います。書類の書き方もだいぶ板に付いてきましたかね?』
「本当?良かった~。」
二十四節気なる暦の上では立夏と小満の間となる時期。
このキヴォトスで先生という役職に就いてから少しの時が経ったが、日々の努力によってショウマは少しずつではあるがそれらしく立ち回れるようになってきていた。
書類に書く文章も今しがたアロナからお墨付きを貰ったばかりだし、計算も着実に早く正確になっていっているとの事。
連邦生徒会からも徐々に人員が配属されるようになってきており、もう前のように書類が山となってオフィスを支配するなんて事は無いだろう。
そんな風に仕事が順調に進んでいる中で、不意に1本の電話が
「はい、
〈あっ!本当に出ちゃった!?ど、どうしよう……!?〉
〈落ち着いて深呼吸デス委員長!スー!ハー!〉
〈わ、分かった……すぅ……はぁ……。〉
〈ヒッ、ヒッ、フー!デス!〉
〈ひっ、ひっ、ふー……って、これはラマーズ法!ネタが古い!〉
掛かってきたのは、
まだ活動を初めて日が浅く、知名度や信頼が不足しているが故に今まで掛かって来なかったそれが、今日初めて音を鳴らしたのだ。
「あの……。」
〈あっ!す、すみません!えっと……そちらは
電話の相手もまさか本当に繋がるとは思っていなかったのだろう……訝しむような確認にそうだと答えれば、相手は電話の向こうで大きく胸を撫で下ろした様子だ。
〈では改めて……初めまして、
河和 シズコ……彼女は百鬼夜行連合学院という学校のお祭り運営委員会の会長を務めているらしく、同時に百夜堂なる喫茶店の看板娘であるとの事。
そんな彼女が今回
それと同時に、少しばかり相談したい事も有るのだとか。
「百夜ノ春ノ桜花祭……何だか楽しそう!分かった、行くよ!」
〈わあ!シズコとっても嬉しいです!では、お待ちしてますね♡〉
事務仕事ばかりであった日々の中でお祭りの誘いとは、嬉しいものである。
ショウマは相談事の内容について細かに聞くのをすっかり忘れる程に上機嫌になりながら電話を終え、そしてふと気になった事をアロナに問う。
「百鬼夜行連合学院……初めて聞く学校の名前だ……アロナちゃん、どういう所か分かる?」
『データを見るに、グルメや温泉、お祭りといった観光業が盛んな学区とありますね。あとこれは先生向けという形で載っている情報なのですが……キョート?やナラ?などの地に類似しているとありますね。』
「え、京都とか奈良に近いの!?」
中々驚きの情報である。
百鬼夜行が京都や奈良に似ているというのもそうだが、それよりもシッテムの箱に京都や奈良の情報が載っている事の方が何よりもだ。
こういったキヴォトスに存在しない、元居た世界に由来する地名についての情報は有るのに、それらを繋いで行き来する為の情報だけが無いというのは、やはり不都合が過ぎるというか、何か作為的なものを感じてしまう。
『
「それなら明日、百鬼夜行まで行こう!」
とはいえ、今はそれを考えていても仕方が無い。
現状目を向けるべきは、百夜ノ春ノ桜花祭。
ショウマは明日に訪れる楽しみを胸に秘める事で、未だ慣れぬ仕事へのモチベーションを上げるのであった。
「わあ……!ここが百鬼夜行連合学院……本当に京都や奈良にそっくりだ~!」
そして翌日。
D.U.から電車に揺られて程無く、ショウマは百鬼夜行連合学院の自治区へ辿り着いた。
駅から出た瞬間から感じる、慣れ親しんだ温暖な気候。
瓦造りの家々に、あちこちで開かれている出店。
そしてお祭りが開かれている事で賑わっている人々の姿。
そのどれもが元居た世界を彷彿とさせるものばかりで、感極まったショウマは思わずその場で小躍りしてしまう。
「ショウマさん、嬉しいのは分かるけどちょっとはしゃぎすぎじゃない?周りから凄い見られてるよ?」
そんなショウマを嗜めるのは、
本当は彼女も初めて訪れた場所という事で目を輝かせたい所であったのだが、周りの視線やひそひそとした声がこちらへ向けられている事に気付き、冷静にならざるを得ず。
しかして道行く人の注目を集めているのは、何も彼だけが原因ではないのではという意見をアロナから貰ってしまう。
『確かに先生のそれも有るんでしょうけど……多分ホシノさんも負けず劣らず注目されてますよ?』
「へ?……あーこれかぁ。やっぱ目立つー?」
自身の頭上に浮かぶヘイローを触ろうとするホシノ。
別に本当に触れる訳ではないが、その動作に釣られてショウマとアロナの視線が自然と彼女の手先へと向けられる。
普段はピンク色をしていて、しかし今は
『ではまず、皆さんを
「はーい!では私が……っと☆これで良いですかね?」
『はい、OKです。
それはアビドス廃校対策委員会の少女達を
「ちょっ、ノノミ先輩!?それ……!?」
「おー何それー!?すっごい綺麗じゃーん!」
「え?何がですか?」
「か、鏡を……!」
「んー?……わあ!何ですかこれは?」
アロナに促され、ノノミがシッテムの箱の画面に指を当てると、変化は直ぐに起きた。
普段は黄緑色である筈のノノミのヘイローが虹色になっていて……一体何が原因で、とは考えなくても分かる。
「あ、アロナちゃん……!?」
『ええ……!?ちょ、ちょっと待って下さいね!?えっと……あ、何か書いてある……。』
曰く、どうやら当番の登録をすると24時間の間該当する生徒のヘイローが強制的に虹色に変わり、それが
そしてその仕様から虹色のヘイローを持つ生徒は存在しないというささやかな情報と、AIである筈のアロナが少しばかり抜けている性格をしているという結構な情報も同時に知れたのであった……。
「それにしても、京都に奈良ねぇ……もしかしてショウマさんが外の世界で住んでた場所ってその辺なの?なぎはま……とか言ってなかったっけ?」
「そう、住んでたのは凪浜市で合ってるよ。京都や奈良は観光地としてすっごい有名でね、俺はまだ行った事無いんだけど、いつか行ってみたいなって!それで八ツ橋っていうお菓子が名物らしくて、焼いたり生のままだったり、味も色んなバリエーションが……!」
『す、凄い熱量ですね……じゃあそんな先生に朗報です。八ツ橋有りますよ、百鬼夜行のお菓子に。』
「本当!?やったー!」
そんなこんなで百夜堂を目指すショウマ達。
集まっていた注目も次第にお祭り独特の雰囲気によって掻き消されていき、周囲は元のお祭りを楽しもうとする人達の歓声に包まれていく。
そんな熱気溢れる街の中で、どこからかふと可愛らしい声が響いてきた。
「あっ!あっ!?危ないですーっ!?!?」
「え?うわっ!?」
聞こえてきた声の方を見てみれば、1人の少女が慌てた様子でこちらに向かって走ってきていて。
そしてあわやショウマとぶつかりそうになったが……。
「よっと。」
「わわわっ!?」
咄嗟にホシノが間に入り、少女の両手を掴んで引っ張り衝突を防ぐ。
そして暫くその場でぐるぐると回って徐々に勢いを殺していき、最後にはホシノも少女も綺麗に静止した。
「う~へっと……ショウマさん大丈夫?ぶつかってない?」
「おお~ホシノちゃん凄い……うん、俺は大丈夫。」
「そっか、なら良かった。いやごめんね、急に振り回しちゃったりして……そっちは大丈夫?」
「は、はい!大丈夫です!ご迷惑をお掛けしました!」
ホシノの手によって助けられた少女が深々と頭を下げる。
同時に尾骨から生えている大きな尻尾がふわふわと揺れて……見た目からして、狐の尻尾であろうか?
頭部の獣耳や、学校指定の制服と花柄の和服を合わせた姿、そして何よりも顔を上げた先で見えたパッと明るい表情が非常に目を引く少女である。
「待てー!逃がさないんだから!」
「か、カエデちゃん……待って下さい……は、速すぎます……!」
「はっ!もうこんな所にまで……えっと、えぇっと、どうすれば……!?」
してそんな彼女が何故あそこまで急いていたのか少々気になって聞こうとした所、また別の少女達の声が目立って聞こえてくる。
その様子からして、どうやら目の前の少女と関係の有る声のようだ。
「……よく分からないけど、何か困ってるなら話聞くよ?何かあったの?」
「へ?えっと、それは……。」
「ミモリ先輩こっち!今ちらって見えた気がする!」
そして聞こえた僅かな情報から推測されたのは、目の前の少女が何らかの理由で追われているという可能性。
ますますもって気になってしまい問うてみるも、少女は遠慮してしまったのか中々訳を語ろうとしない。
しかし推定彼女を追っている者達は、もう直ぐそこまで来ているようだ。
「ショウマさん、その子と一緒にその辺に隠れて。おじさんが何とかしてみるよ。」
「分かった。君、こっち来て!」
「あっ……!」
かくなる上は、強行手段。
ショウマは少女の手を取り付近の家の影に隠れ、ホシノは少女を追っているであろう者達を待ち構える。
「あれー?確かにこの辺に居た気がするんだけど……?」
「はあっ……はあっ……カエデちゃん、ちょっと待って……ツバキちゃんが……。」
やがて来た声の主達2人。
1人はとても背丈の小さい天真爛漫といった様子の、そしてもう1人は見目麗しいという表現がぴったりと当て嵌まるような清楚さを感じる、そんな少女達。
どちらも巫女服のような制服を着ており、恐らくは同じ組織や部活に所属している間柄なのだろう。
「ねえねえ、そこのお2人さん。もしかして誰か人を探してる感じ?」
「え?は……はい、そうですが……。」
「それってさ、これぐらいの長さの焦げ茶色の髪してる子?狐みたいな尻尾生やしてて、花柄の綺麗な和服着てる……。」
「あ、そうそう!」
「うへ。それならその子、あっちの方に行ったよ。おじさんもさっきぶつかりそうになってさ、いや~危ない危ないって感じで……。」
一瞬脳裏を過ったのは、ゲヘナの風紀委員会の姿。
ヒナやアコ、イオリにチナツといった、所謂幹部クラスに相当する生徒はある程度の独自性が見られたものの、それでも彼女達は基本的にゲヘナ学園本来のそれとは違う、軍服をイメージした専用の制服を共通して着ていた。
そして周囲に居る百鬼夜行の生徒とおぼしき少女達が着ているのは、どれも和服を彷彿とさせる制服……巫女服のような制服は見当たらない。
「あっちね、分かった!ありがとう、知らない誰かさん!ほらミモリ先輩、行こう!」
「ま、待ってカエデちゃん!ツバキちゃん置いていっちゃってますからぁ!」
「それで?どうして2人はその子を……って、ありゃりゃ、行っちゃったよ……うへー、若いと体力有って良いねぇ。」
その辺りも確かめたいとして話を聞こうとしたものの、2人はホシノの言を無視して走り去ってしまう。
余程あの少女に固執する理由が有るのだろう……ここはやはり、少女に直接聞くが早いか。
「えっと……イズナの事を助けて下さって、ありがとうございます!それで、お2人は一体……?」
「初めまして、俺はショウマって言うんだ。
「しゃーれ、の……せんせい……?」
そんな少女は、当たり前だがこちらの存在を疑問に思っている。
まず先にショウマが名乗りを上げたものの、それさえもピンと来ていない様子だ。
『まあまだ活動したてですから、あまり認知度も高く有りませんでしょうし……連邦生徒会の者と言えば分かりますかね?』
「むむっ!?今の声はどこから……!?」
『こちらです、先生の持っている端末の……そうです、このシッテムの箱に搭載されているAIのアロナです。よろしくお願いしますね。』
「おお……!?これは何と面妖な……!?」
「うへ。それでおじさんがホシノね、小鳥遊 ホシノ。アビドスっていう……まあ、
次いでアロナ、ホシノと名を告げると、少女は抱いた疑問が解けた喜びからか、嬉しそうにパタパタと尻尾を振る。
1人は百鬼夜行ではない他校の生徒、もう1人はそもそも生徒ですらなく、極め付けには喋る機械という、正直言ってかなり奇妙な組み合わせであるのだが、まるで臆していないその様子からは彼女の純粋な素直さと度量の広さが見て取れる。
「やはり皆さん、百鬼夜行以外の所から来られた方だったんですね!もしかして、今開催されている百夜ノ春ノ桜花祭を見に?」
「そうだね、そんな所かな。」
「わあ!そうだったんですね!……あっ!では折角ですし、よろしければイズナに、このお祭りを案内させて下さいませんか?先程助けて頂いたお礼も兼ねて!」
少女の提案を受けて、ちらりとアロナへ視線を送る。
時間にはまだ余裕が有るだろうという事で、彼女はOKサインを出してくれた……こちらとしても、断る理由は全く無い。
「では、このイズナにお任せ下さい!」
こうしてショウマ達は少女……
「見て下さい、あそこ!百鬼夜行の銘菓、キツネせんべいが売っています!」
「キツネせんべい!?え、どれどれ!?」
「あっちには桜花祭と言えばの、タヌキ印のお好み焼きも売っています!」
「お好み焼きかー、そういえば何だかんだ食べた事無いかもなー。」
「あとは桜の花弁で作ったサクラ大福も、とっても美味しいんです!桜花祭の名物なんですよ!」
『凄いですね、本当に沢山のお菓子や料理が並んで……って、先生!全部買って食べようとしないで下さい!ただの買い食いは経費で落とせないんですから!』
イズナの案内の元、桜花祭の出店を回る一同。
百鬼夜行の銘菓や定番料理がずらりと並ぶ様子を、ショウマはキラキラと目を輝かせながら、アロナはそんな彼を嗜めながら、ホシノはどれも地元には無いものばかりだと興味深そうにしながら、それぞれ屋台を見て回っている。
そしてそんな彼等彼女等を見て、イズナは堪らずくすりと笑う。
3人の新鮮で好意的なリアクションが、
「あっ、そういえば……皆さん百鬼夜行には今回初めて来られたのですよね?」
「うん、そうだけど?」
となれば、と。
イズナは思い至りと思い出しを同時に過らせ、そしてショウマから思い出しに関する回答を得るや、その表情をぱあっと輝かせる。
「でしたら、何よりもまずあれを見せなければ!付いてきて下さい!」
「あっ、イズナちゃん!?」
ぴゅん、と駆け出していくイズナ。
その後ろ姿を慌てて追い掛け、そして辿り着いた先で、ショウマ達は思わず息を呑んだ。
「あれは……。」
百鬼夜行の展望台、そこから一望出来る自治区の街並み。
そしてそんな街並みの中心部に立つ、空を覆わんばかりに枝を広げる1本の巨大な桜の木。
眼下の街並み、祭りの喧騒、行き交う人々の熱気……まるでそれら全てを優しく見守るかのようにそこに在る桜の木は、しかしてショウマ達の目には少しばかり不思議にも映った。
「うへー凄いねー、あんな大きな桜の木が……って、ちょっと待って?今5月だよね?桜って言ったらもうとっくに花が散ってる時期じゃ……?」
そう、まるで季節感を無視している満開具合……だがそこにそれ以上の不自然さといったものは感じられない。
そういうものとして、ずっと昔からそこに在り続けているものなのだと、どこか納得してしまうのだ。
「ふっふっふっ……あれぞ!永久に枯れる事無く咲き誇る百鬼夜行一番の名物名所、桜の御神木です!」
「永久に枯れない……そんな桜の木が有るなんて……!」
改めて桜の木を見やる。
青空を埋める桜、舞い落ちる花弁……綺麗で、静かで、だけどどこか胸の奥をじんわりと熱くさせるような、そんな幻想的な景色だ。
「えへへ……実はイズナもどうして御神木がずっと花を付けていられるのか全く知らないのですが……でも、イズナはこの御神木と百鬼夜行の街並みが同時に見渡せるこの場所が大好きなんです!」
そう言って笑うイズナの横顔は、とても眩しい。
好きな場所を語る時の顔……それはきっと、誰だってこんな風になるのだろう。
しかしその眩さは、次いで紡がれた言の葉によって次第に曇っていってしまった。
「ここでこうしていると、イズナも夢の為にまだまだ頑張らなきゃって気持ちになります……。」
「夢?」
「はい!このキヴォトスで、一番の忍者になるという夢が……って、はっ!?す、すみません!その……今時こんな夢を持っている人なんて居ない事は知っているのですが……!」
誇らしげに語られた彼女の夢……しかしその勢いは直ぐにあせとしてすぼんでいってしまって。
その様子に、ショウマは少しだけ目を丸くした……忍者という、未知なる文化に触れた事も相まって。
「えっと……にんじゃって……?」
「あ、ショウマさん忍者知らない?えっとね……何て説明すれば良いんだろ……?」
『確かにいざ説明するとなると難しいですね……因みに漢字はこう書きますね。』
シッテムの箱に映し出された文字を見ながら、ショウマは「へぇ~……。」と声を漏らす。
正直、漢字だけ見ても全然分からない。
しかし……。
「忍者か~、確かにあんまり聞かない話だけど……。」
「うーん、よく分からないけど……イズナちゃんはその忍者っていうのになるのが夢なんだよね?凄い良い事だと思うよ?自分がなりたいって思うものを見つけて、それを目指してるんでしょ?凄い偉いと思うよ。」
「……!」
イズナの目が大きく見開かれる。
まるで、今言われた事がとても信じられないとでも言うように。
「……笑わないんですね。叶う訳が無いとか、言わないんですね。」
ぽつりと零された声は、とても小さかった。
けれどその言葉の重さに、ショウマはほんの少しだけ胸が締め付けられる。
夢を語るだけで笑われる……そんな経験を、この子は今まで何度してきたのだろう。
「当たり前だよ。誰だってなりたいって思えばなれるんだよ、自分がなりたいものに。」
だからショウマは、迷わずそう答えた。
自分だってそうだ……何の知識だって無かった、それでも今、先生という役をこなし始めている。
元居た場所でだって、皆の為に幸せなお菓子屋を目指すという夢を少しずつ叶えていっていた。
だから、出来ないなんて事は無い。
「なりたいものに、なれる……。」
その言葉を、イズナは噛み締めるように繰り返す。
風が吹き、桜の花弁が彼女の肩にそっと落ちる。
彼女の心に、その言葉が染み渡った事を示唆するように。
「それが、その……たとえ、忍者になりたいという……そんな、普通の学生が言わないような事でも、ですか……?」
不安そうに、けれど縋るように、イズナはショウマの事を見上げる。
その視線に宿っていたのは、期待と恐れ。
そんな訳が無い……でも信じたい。
そんな感情が透けて見えて……だからショウマは、自然と笑顔を浮かべていた。
「勿論。それがイズナちゃんの夢なら、俺も応援するよ。」
その瞬間、また大きく目を見開くイズナ。
彼女の尻尾が、ふわりふわりと勢い良く揺れる。
「イズナの夢を、応援……!そ、そう言って頂けたのは、先生が初めてです!イズナの夢を応援してくれるなんて……まだ色々と失敗も多い身ではありますが……改めて、イズナは立派な忍者になってみせます!」
分かりやすいな、なんて思いながら、しかしショウマも心の中では彼女と同じくらい嬉しくなっている。
誰かの夢を応援出来るって、やっぱり良い事だ。
「あっ、雇い主の依頼を終えていないのを思い出しました……すみません、イズナはお先に失礼します!依頼が終わった後、また一緒に桜花祭を楽しめたら嬉しいです!」
「うん、またねイズナちゃん!」
「また誰かにぶつかったりしないようにねー?」
『お気を付けてー!』
と、ここでイズナは用事を思い出したらしく、ショウマ達へ別れを告げて颯爽と駆け出していく。
翻る袖、揺れる尻尾……人混みの中へと消えていくその背中は、まさに風のようで。
しかしそれまで以上に眩しく輝いていていた彼女の笑顔は、過ぎ行く風と違ってショウマ達の心に強く留まった。
「……あ、そういえばイズナちゃんが追われてた理由、聞きそびれちゃったね。」
「うへ、まあ良いんじゃない?無理に聞くような事でも無いだろうし、それにあの様子だったら多分大丈夫でしょ。それよりそろそろ良い時間なんじゃない?」
『はい、では百夜堂へ向かいましょうか。シズコさん達が待っている筈です。』
展望台を後にし、再び祭りの喧騒の中へと戻っていく一同。
相も変わらず屋台から漂う香ばしい匂い、甘い香り、人々の笑い声に呼び込みの声……それらが入り混じった空気は、ただ歩いているだけでも胸が浮き立つ。
けれどショウマの頭の片隅には、やはりイズナの姿が残っていた。
夢を語る時の輝いた目、忍者になりたいと真っ直ぐに言い切った声。
そして最後に見せた、別れるとなって少しだけ寂しそうにしていた姿。
だからこそ、追われていた理由を聞きそびれた事が少しだけ気になったのだろう。
とはいえ、ホシノの言う通りでもある。
きっとまた会える筈……その時にまた話を聞けば良い。
そう思い直しながら、ショウマはホシノやアロナと共に百夜堂への道を歩いていくのであった。