「ちくしょー‼途中まで上手くいってたってのによぉ‼」
「覚えてやがれ~‼」
ヘルメットを被った女生徒達が、あからさまな捨て台詞を吐いて立ち去っていく。
補給を終えたアビドスの少女達3人の反撃は、それまで明らかな優勢を保っていたヘルメット団の戦力をものともせず、見事撃退にまで追い込んだのだ。
その様子を校舎の中から見守っていたアヤネとショウマであったが……。
「カタカタヘルメット団、郊外エリアへ撤退していきます……お疲れ様でした、皆さん。部室まで戻りま……。」
「ちょっとアヤネちゃん!どういう事なの⁉こんなどこの誰かも分からない人にあんな真似させるなんて……⁉」
「ち、ちがっ……私だってあんな……!」
戦いが終わり、校舎の影から顔を出した所をセリカに詰め寄られるアヤネ。
当然であろう……いくら上手くいったからと言って、全く無関係の人物を囮にするなど。
それにその上手くいったのだって結果的にはの話であり、もしあの時ホシノが間に合っていなかったらと思うと、この作戦は実質失敗だったとも言える。
そしてアヤネ程の人物であれば、そうなる可能性が有ったという事は十分分かっていた筈だ。
せめて彼女も側に居たならばまだ分からなくもなかったが、何故ショウマ1人にやらせたというのか?
「ま、待って!この子を責めないであげて!全部俺が勝手にやった事なんだから……!」
しかしセリカ達のその考えは大きな外れ……本当の答えは、ショウマの我が儘であったのだから。
少女達が危機に陥って、アヤネも策が浮かぶ様子が無く、しかしショウマとしても少女達の危機を見過ごせないという要素から導き出された考え。
それは優しく、勇敢でもあり、人として良い考えではあるのだが……。
「……それで、ショウマさんって言ったっけ?あなたは一体どちら様なのかな?見た感じこの辺りの学校の生徒って感じじゃ無さそうだし……どうしてこの学校まで?」
ホシノがショウマの素性について問う。
しかしそれは決して友好的なものでは無く、薄く開かれている二色の眼には、警戒の色が強く表れていた。
「私が連れてきたんです。その……色々と複雑な事情を抱えていらっしゃるみたいで……。」
ショウマを庇う為にノノミが割って入るも、その語気は次第にすぼんでいってしまう。
ショウマは決して怪しくも悪い人物でも無い……そう言いたかったのだが、それを語るには彼についてまだ何も知らなかったからだ。
これでは警戒を解くどころか最悪逆効果となってしまうかもしれない……そんな可能性を危惧して、己の迂闊な行動を後悔するノノミであったが……。
「……まぁ良いよ、さっきのヘルメット団みたいに闇雲に悪さをするような感じには見えないからねー。」
ホシノはひとまずの理解を示した。
普段から心優しきが目立つノノミではあるが、闇雲に人を庇う程のお人好しでない事は、これまでの付き合いから分かっている。
詳しく話を聞く必要が有る……踵を返し、先んじて部室へ戻り始めるホシノ。
セリカとアヤネの2人もすぐにそれに続き、ノノミもまた……といった所で、彼女から視線を向けられるショウマ。
先程の事で負い目を感じているのか、ノノミが向けるその視線は弱々しくあったものの、ショウマは問題無いと首を振る。
あのままノノミが割って入らなかったら、警戒心が膨らむばかりであったのだから……晴らせられずとも、一旦でも止められたというだけで十分である。
ここから先は、己の話術次第だ。
─お仕事早く終わって良かった~!お陰で時間も出来たし、ひだまりでゆっくりお菓子食べよーっと!
事の次第は2日前まで遡る。
あの日、手掛けていた仕事が予想より早く終わった事で、行きつけの駄菓子屋であるひだまりまで向かっていたショウマ。
だが意気揚々と弾ませていたその足は、何気無く道を曲がった先に在った物を見て止めざるを得なかった。
─え……?
ショウマの視界に飛び込んできた物、それは扉であった。
一見何の変哲も無い、白塗りの扉……しかしそれが道の真ん中にぽつりと立っている事。
そしてその扉がショウマにとって通い慣れている道の上に在る事が強烈な違和感を醸し出しており、どこか言い知れぬ不気味ささえ漂わせている。
当然ながら、こんな扉が今までこの通りに在った覚えなど全く無い……これは、明らかな異常だ。
そして普通ならばこの明らかな異常を前に近付こうとはしないであろうが……何を思ったか、ショウマはその異常に臆する事無く、徐々に扉へと近付いていく。
─これって、タオリンの時と同じ……?
何故ならショウマにとって、このような状況は初めてでは無いから。
奇妙な事を言っているようだが、過去に同じ様な経験をした身として、今のこの状況は放っておけない。
最大限の警戒で以て近付き、出来る限りの観察を行い、ひとまずの危険は無いと判断し、ならば何はともあれとこの状況を知人へ連絡しようとした……。
─……え?
その時だった、扉が開いたのは。
触れてもいないのに、勝手に扉が開いたのは。
そして見えない力に引っ張られるかのように、地から足が離れ、体が宙へ浮き、開いた扉の先へ誘われて……。
─え、ちょっ、ちょっと待ってえええええ~~~⁉⁉⁉
「……で?気付いたら
「それで体力の限界で倒れてしまった所を、ノノミ先輩に助けられた……と。」
ノノミと共に部屋へ戻り、先に待っていた3人の少女達も合わせて事情を説明するショウマ。
しかし語られたその事情が理解に苦しむとして、少女達の反応はあまり良くない。
「ふむ、つまりショウマさん的には異世界転生をしてしまったと言いたい訳だね?おじさんでもそういうジャンルが最近の若い子達の間で流行ってるのは知ってるよー?」
「まぁこの場合は異世界転生というより異世界転移の方が正しいのでしょうけど……。」
「どっちでも良いわよ。それよりもそんな馬鹿げた話を信じろっていう訳?アニメやゲームの中の話じゃあるまいし……。」
「ですが、ショウマさんは決して悪い人という訳ではないと思いますから、お話そのものを信じる信じないはともかく、お困り事に耳を傾けるぐらいはしても良いかと……。」
「いーや、悪い事ならもうしてるからこの人。私はちょっと反対。」
「悪い事って……?」
「私達の1週間分のおやつ全部食べた。」
「へっ⁉1週間分のおやつって、確かノノミちゃんが買いに行ってた……⁉」
「ご、ごめん!俺本当にお菓子が好きで……!」
先に警戒心を晴らせられるかは己の話術次第とは言ったものの、言うて出来る事はただ真実を伝える事だけ。
正直自分でも全く呑み込めていない経緯であるのだから、他人に理解してもらうのも無理があるというもの……「だからそういう問題じゃないでしょ!」というノリの良いツッコミがセリカから入るものの、それで部屋の中の空気が変わる事は無い。
「というか、そもそも困り事って何なのさ?いやまぁ、何となく察しは付くけど……その内容次第って所もあるからね。」
これまでの様子からして、仮に警戒が晴れなかったとしても危害を加えられるという事は無いだろうが、それでこの場を追い出されるなんて事になっても、自身にとってはまた死活問題。
やはり彼女達には無理矢理にでも諸々の事情に納得をしてもらうしかない……その為の誠意を見せるのは、今このタイミングだ。
「元居た場所に帰りたいんだ。俺からすれば本当に急にこの街に来ちゃった感じで……向こうに居る皆も、きっと心配してる筈だから。帰る手段とか、手掛かりとか、そういうのを一緒に探してもらいたいんだ。」
「うへ、まぁそんな所だろうとは思ってたけど……ちなみにその帰りたい場所っていうのは?」
「えっと、凪浜市にあるはぴぱれっていう場所なんだけど……。」
「なぎはまし……はぴぱれ……うーん、おじさんはピンと来ないなぁ。2人はどう?」
「知らないわよ、そもそも私達はそんなにアビドスの外の事に目を向けてる暇なんて無いんだから。」
「一応軽く検索してみましたが、どちらもヒットしませんね……その、なぎはましというのは地名でしょうか?それとはぴぱれというのについても、詳しい説明を頂ければと……。」
「うん、凪浜市は地名だよ。はぴぱれっていうのは俺がお世話になってる所の会社の名前。」
「会社ですか……因みにその会社の職種というのは?」
「職種……お仕事の内容って事?それなら色々……あ、何でも屋って言えば分かるかな?」
ただ真摯に、少女達からの質問に答えていくショウマ。
少女達もその態度に懸念を抱いている様子は無く、このままの調子で行けば信頼を得る事も十分可能かと……そう思っていたのだが。
「何でも屋⁉あんた何でも屋の社員なの⁉ならやっぱり碌でもない奴じゃない‼」
「えっ⁉な、何急に⁉」
荒いだ声を上げるセリカ。
その唐突さに、ショウマも驚いて大きな声を出してしまう。
「何でも屋かぁ……確かにあんまり良いイメージは無いね。」
「ど、どうして……⁉」
さらにホシノもその面持ちを神妙なものへと変え、ショウマの事をじっと見つめ始める。
どうやら少女達は、何でも屋というワードに強い引っ掛かりを覚えているようだが、それは一体何故なのか。
その答えは、ノノミが示してくれた。
「何でも屋と言えば、文字通りどんな依頼であろうと仕事をこなす人達の集まりですからね。たとえその仕事が、全く関係の無い人達を手に掛けるなんてものでも……。」
「そんな……そんな事うちではしてないよ!そんな人を傷付けるような事……!」
確かに何でも屋という性質上、夜逃げの手伝い等口にするのが憚られるような依頼もこなした事は有る。
しかしそんな人に危害を加えるような依頼など引き受けた事は無いし、これから先も引き受けるつもりは無い。
自身の気質としても、社長である
「……話を戻しましょう。ショウマさん、先程の件について、もう少し詳しく話を聞いてもよろしいですか?」
少し空気が悪くなってしまったと、アヤネが場の仕切り直しを図る。
今はショウマの仕事についてでは無く、彼の所在について話をすべきだ。
「まず、ショウマさんはこの街に来るまでに、アビドスやキヴォトスといった言葉を聞いた覚えはありますか?」
「きゔぉとす……?いや、無いけど……。」
「では、先程なぎはましというのを地名とお答えしましたね?それはどこの自治区の地名でしょうか?」
「じちく……?ごめん、よく分かんない……。」
アヤネの質問に戸惑いながらも答えるショウマ。
その一連の問答を前にして、少女達が明らかな困惑を露にしだす。
何せキヴォトスや自治区といった言葉は少女達にとってはごくごく当たり前の、まさに常識と言うべき知識なのだから。
それらを全く知らないと言うショウマ……その様子からして下手な嘘を吐いている訳では無いという事が見て分かり、だからこそ少女達には今の彼が酷く異質な存在に見えてしまう。
そんな少女達の思う所は、ショウマにも何となく察する事が出来ている。
「……少し質問を変えます。なぎはましというのは、
「国?それなら日本だけど……。」
「にほん、ですか……キヴォトスや自治区の存在を知らない、戦闘に於いても懐疑的であった点を踏まえると、やはりショウマさんは……。」
「アヤネちゃん、さっきから何を……?」
故に、今はアヤネの言に頼るしかない。
今1人思案に暮れている彼女こそ、この場を繋ぐ唯一の存在。
彼女が導き出した結論こそが真実か、或いは真実に最も近い事実となる筈なのだから。
「前に資料で見た事が有るんです……キヴォトスの、外の世界の事を。」
「外の世界……?」
「はい。その中に、外の世界では国というものが市町村……私達でいう自治区ですね。そういったものを纏めて統治しているものだという記述があった事を覚えています。また外の世界では、銃器等の武装を許可無く使用する事は法律で禁止されているとも。」
「はぁ⁉何それ⁉」
「つまり、ショウマさんは本当に異世界転移してきたって事?」
「いえ、もしショウマさんが外の世界から来たのだとしたら、一応地繋がりでは有る筈ですから……。」
「じゃあそのキヴォトスっていう所の外に出れば、帰れるかもしれないって事?どうやったら出れるの?歩いて行ける?」
そんな彼女が出した結論。
外の世界というのが具体的にどういうものなのかは分からないが、地繋がりという言葉1つに希望を見出だし、身を乗り出すショウマ。
しかしその答えを知っているであろうアヤネの面持ちは、何故か晴れやかなものでは無い。
「……残念ですが、キヴォトスの外に出るとなると、私達ではこれ以上のお力添えをする事は出来ません。」
「えっ……どうして……⁉」
「分からないんです……このキヴォトスという世界がどこまで拡がっていて、どこからが外の世界と区別されているのか、その境界線等……外の世界に関する情報は、どの資料にも詳しく書かれていないんです。」
「ショウマさん。」
「ノノミちゃん……。」
西の空へ日が落ち始め、暖色の光が世界を彩り始めた頃……アビドス高校の屋上にて黄昏ていたショウマの下に、ノノミがやって来た。
「ショウマさん、お菓子が好きだって言ってましたよね?だから……これ、良かったらどうぞ。」
何用かと思えば、彼女はショウマに向かっておもむろに何かを差し出す。
それはお菓子の入った袋……中身はグミ。
ショウマの一番のお気に入りのお菓子だ。
「ありがとう、ノノミちゃん……いただきます。」
この世界がキヴォトスという名である事。
どこを境目としているかは分からないが、キヴォトスの外にも世界が拡がっているらしい事。
状況からして恐らくショウマはその外の世界からキヴォトスへ迷い込んでしまい、しかし帰るにしてもキヴォトスの公共機関では外の世界へ行く方法が無いという事。
そして、キヴォトスは歩きや自転車等の手段では到底外の世界へ向かえない程広大な土地であるという事……。
少女達との対話から数刻の間、自身の中で何度もそれらの事実について納得をしようと反芻を繰り返していたのだが、先行きの悪い現実ばかりが思考を占めてしまい、現在のショウマの内心はあまり穏やかではない。
「……これから、どうされるおつもりですか?」
「とりあえず、向かってみるよ……キヴォトスの外に。」
「どうやって……歩きじゃ絶対無理ですよ?」
「何とかするよ、これでも旅をするのは慣れてるからね。」
それでも、歩みは止めない。
立ち止まっていても変わりはしないのだから、動かなければ。
「……あの。」
確かにそれは、その通りなのだろう。
しかしノノミはその考えに待ったを掛けた。
「もし良かったらなんですけど……もう少しだけ、
「え……?」
「外の世界に向かわれると言っても、色々と準備をされる必要は有ると思いますし……それにもう少し調べてみたら、外の世界への行き方とか、何か見つけられるかもしれません!その為のお手伝いなら、私達でも出来ると思いますから!」
歩みは止めない、それには賛同する。
しかし行く道を決める為なら、少しは立ち止まっても良いのではないかと。
闇雲に歩き続けていても、きっとそこに意義は見出だせないだろうから。
「良いのかな……迷惑にならないかな?」
「大丈夫です!ホシノ先輩もセリカちゃんもアヤネちゃんも、皆良い人ばっかりですから!」
「……じゃあ、お世話になっても良いかな?」
「はい!でしたらもう一度皆の所に行きましょう!まずはショウマさんが寝泊まりする場所を探しませんと!」
かくしてショウマはノノミの導きによって、アビドスの少女達の下に寄る事となる。
この出会いが、やがてアビドス……そしてキヴォトスという世界を取り巻く壮大な物語の1ページとなる事を、今は知らぬままに……。