キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第2話「雪原の祭典、イワン・クパーラ」

〈え?レッドウィンターのお祭りのお手伝い……ですか?〉

「うん、お祭りの事ならシズコちゃんが一番詳しいだろうなって思って連絡してみたんだけど……どうかな?」

 

 シッテムの箱の画面に映る、とある少女の姿。

 それはつい先日世話になったばかりの、百鬼夜行連合学院の生徒……河和 シズコの姿であって。

 チェリノの案内の下、イワン・クパーラの準備状況を見て回る事となったが、ここで1つ問題が発生した。

 チェリノ達はショウマに桜花祭に携わった経験からのアドバイスを求められたのだが、ショウマが桜花祭に参加したのは祭りで起きていた騒ぎの対処の為であって、企画や運営には全く関わっていなかったのだ。

 もちろん祭客として見たものや感じた事を伝える事は出来るが、恐らく彼女達が求めているのはもっと具体的な意見であろう……そこでショウマが白尾の矢を立てたのが、シズコであったのだ。

 お祭り運営委員会の会長として実際に桜花祭を取り仕切り、また何よりもお祭りそのものを心から愛している彼女ならば、たとえ他校の祭事といえど力を貸してくれるのではないだろうか?

 

〈分かりました!先生の為に、何よりもお祭りの為に……河和 シズコ、一肌脱いじゃいます♡〉

 

 そんなショウマの読み通り、シズコは突然の頼みに最初こそ驚いた様子を見せていたが、事情を説明すれば直ぐに了承の返事を返してくれた。

 

「ありがとうシズコちゃん!チェリノちゃんもそれで良い?」

「おお、百鬼夜行の祭り行事を取り仕切っている者からの意見か!それはさぞ参考になる事だろう!良いぞ、発言を許可する!ついでに我がレッドウィンターの威厳もしかとその目に焼き付けるが良い!」

〈え、えっと……よろしくお願いしま~す♡〉

 

 画面の中のシズコの声色が少し戸惑ったものとなる。

 恐らく彼女も、チェリノがどういった人物なのか少し計り兼ねているのだろう。

 ともあれ、こうして心強い助っ人を得た一同は改めて夏至祭の準備に取り掛かる各所を巡る事となった。

 

「さて諸君、ここが我がレッドウィンター連邦学園の食事事情を担っている、給食施設だ!食事は生命活動の根幹!身分の高い低いで食事内容が差別されるなんて事は有ってはならない……そこで我がレッドウィンター連邦学園では、全ての生徒達に同じメニュー、同じ食事量が提供されているのだ!」

 

 最初に案内されたのは、食堂。

 チェリノが高々と語る内容は、非常に素晴らしい理念である。

 全体が平等に食事を取れる……それは確かに、学園を運営する上で大切な事だ。

 

「だが勿論、この学園の生徒会長であり書記長であり環境美化部部長であり清掃部長であり……えーっと……。」

「運動部代表、風紀委員長、給食部部長……。」

「そう!とにかく全てを引き受けているこのチェリノ様はとっても偉大だからな!特別に他の生徒達よりプリンを1個多く食べられる権利を持っているのだ!ふはははは!」

〈言ってる側から不平等発生してない……?〉

「まあプリン1つだけみたいですし、良いんじゃないですかね……?」

 

 だが言った側からの矛盾振りに、シッテムの箱からシズコの呆れたような声が聞こえてくる。

 プリン1個……これを立場に見合った特典と捉えるべきか、それとも年頃らしい我が儘と捉えるべきか、少し判断に困る所である。

 

「それで、今は何を作ってるの?」

「良い質問だ、カムラッド。実はおいらもさっきからこの甘い匂いが気になっていてな……料理長、今作っているものは何だ?」

 

 取り敢えずその話は置いておくとして、先程から施設全体に甘い香りが漂っていて気になる。

 するとチェリノが厨房に居る生徒に声を掛け、詳細を尋ねた。

 

「あ、会長!今は偉大なる会長の命令に従い、イワン・クパーラの為のプリンを作っていました!今回のイワン・クパーラではプリンの配給量を2倍に増やすようにとのご指示があったので、現在昼夜問わずプリン作りに励んでいます!」

 

 チェリノから声を掛けられた生徒が振り返り、説明する。

 どうやら先に話題に出ていたチェリノの特別待遇の証が、今まさに大量に作られているらしい。

 

「成る程、給食部として模範的な姿勢だ!今年の夏至祭が無事に終わった暁には、お前達に第一級髭勲章を授与する事にしよう!」

「ありがとうございます、会長!」

 

 説明を受け、チェリノは生徒を大いに褒め称える。

 生徒も迷い無く敬礼し彼女からの賛辞を甘んじて受け入れているが、ショウマは生徒が語ったその説明に思わず訝しみを覚える。

 

「昼夜問わずって……大丈夫なの?」

「ご心配なさらず、生徒には2交代制を実施していますので。それに模範労働者にはああして然るべき褒賞も与えていますので、モチベーションは常に高く維持されています。」

『成る程、福利厚生はちゃんと考えられていそうですね。』

 

 が、その訝しみも即座にトモエから述べられた回答によって一応は解消される事に。

 言葉の端々に色々と引っ掛かる所は有るものの、生徒達の負担にならないような仕組みは存在している……やはり噂とは違って生徒達の存在は重んじられているようだ。

 

「それで、これがそのプリンという訳だな?どれ、試しに1つ味見をしてみようではないか。カムラッド達もどうだ?」

「良いの?ありがとう!」

「では、いただきます。」

 

 と、ここで完成品とおぼしき品が並べられているのを見てチェリノが1つ提案をする。

 お菓子は勿論だが、おやつやデザートも大好きなショウマ……当然その提案を断る筈も無く、ノノミと共にスプーンを手に取り受け取ったプリンを1口食す。

 

「「……?」」

「ん?どうした?」

 

 だが口に含んで次第に、2人は揃って怪訝な表情を浮かべながら首を傾げ始める。

 一体どうしたというのか、チェリノが尋ねてみると……。

 

「えっと……何て言うか……。」

「不思議な味わいと言いますか……すみません、ちょっと想像してたプリンと違った感じだったので……。」

「何?レッドウィンターのプリンと言えば市場でも大人気の、プリンと言えばこれみたいなものなんだぞ!?そんな曖昧な感想が出てくる筈が……って、何だこのプリンは!?味も薄いし食感も柔らか過ぎるぞ!?どうなっている!?」

 

 そんな馬鹿なとチェリノは疑心と共にプリンを口の中へ運んだが、やがて2人の言っている事が事実である事を身を以て実感する。

 これは決して普段レッドウィンターで出回っているプリンでは無い……一体どういう事かと料理長の生徒へ詰め寄れば、彼女は申し訳無さそうに真相を語った。

 

「そ、それは……生産量を増やすようにとのご指示はあったものの、食材をこれ以上増やす事は出来ないとの事でしたのでどうしても牛乳が足りず、やむを得ないとして水で代替を……。」

 

 瞬間、場に静寂が訪れる。

 が、それも次第にわかわなと体を震わせるチェリノの様子に空気が変わっていく。

 

「何という事を……生産量を増やす為とはいえ、そんな事が許されて堪るものか!!マリナ!!」

「お呼びでしょうか、チェリノ会長。」

 

 チェリノが呼ぶと同時に現れる、複数の生徒。

 他のレッドウィンターの生徒達以上に厳格な雰囲気を纏う彼女達は、同学園の保安委員会の生徒達……つまりはこの学園の風紀委員会に相当する組織。

 そしてその者達より1歩前に出てチェリノの前で跪いたのが、池倉(いけくら) マリナ……トモエがチェリノにとっての右腕であるならば、彼女はさしずめ左腕といった存在だ。

 

「粛清だ!!プリンに水を混ぜたこのけしからん部員達を全員粛清せよ!!」

「お、お許し下さい会長!!私達もこんな事はしたくなかったのです!!」

「貴様!チェリノ会長の完璧な計画に対し愚行を働いておいて、ただで済むと思っているのか!!」

 

 チェリノの命令を受け、マリナを始めとした保安委員会の面々が一斉に動き出す。

 だが粛清という恐れていた単語が飛び出した事で、ショウマは堪らず彼女達の進行の前に立った。

 

「待ってチェリノちゃん!確かに勝手に料理のやり方を変えたのは良くないとは思うけど、粛清っていう程の事までやるのはちょっと可哀想だと思う。」

「む、カムラッド……。」

 

 彼女達は決して手を抜いた訳では無い……このプリンは限られた材料の中で与えられた条件を満たす為に、彼女達が必死に工夫した結果なのだ。

 無論策を講じたのを黙っていた事は咎められても仕方がないが、極端な方法に走る前にまずは出来る事が有る筈だ。

 

「牛乳が足りないって言ってたよね?水が駄目なら……豆乳とかどうかな?プリンの代替レシピとしては定番なんだけど……。」

〈あとはコーヒーミルクとか有れば、それも代わりになりますね。うち(百夜堂)でもたまにプリンの風味変えって事で採用してるから、味は保証しますよ。〉

「成る程……コーヒーミルクでしたら、確かに賄える程の在庫が有るかもしれません。何度も仰る事になりますが、レッドウィンターはこの環境……コーヒーの需要も非常に高いので。」

「むう……しかしそれは、レッドウィンターのプリンと言えるものなのかどうか……。」

 

 まさか元居た場所で嗜んでいた菓子作りの経験がこんな所で活かされるとは……と、そんな事を考えつつシズコの助けを借りながら穏便な解決策を導き出そうとするショウマ。

 しかしその策にトモエは納得した様子を見せたが、チェリノは反対に難しい顔で唸りを上げる。

 どうやら彼女が気にしているのは味だけではなく、学園の名物としてお祭りに出す以上、そこに偽りがあってはいけないと考えているようだ。

 

『そこはもう二者択一ですね。プリンの生産量を2倍にするというのは、外部からのお客さんを想定しての事ですよね?ですが実際、当日どれだけのお客さんが来るかは分かりません。予想しているよりも少ないかもしれないし、多いかもしれない……それを考慮して、決断するしかありません。味を優先して生産量を落とすか、それとも生産量を優先して味が変わるのを容赦するか。』

「確かに材料を変える事になるから、本来のレッドウィンターのプリンとは言えなくなっちゃうかもだけど……味はやり方しだいで近付ける事は出来ると思うよ。それでも気になるなら、その時はこういう事情があって食材を変えましたって言えば良いと思う。ちゃんと説明すれば、きっと皆分かってくれると思うよ?」

 

 淡々としたアロナの分析……だがその内容は、正しく今の問題の核心だった。

 さらにショウマからの促しも有り、チェリノは暫し目を閉じ思案に暮れると、やがて重い腰を上げるようにゆっくりと瞼を開いた。

 

「……分かった、カムラッド達の意見を聞き入れよう!トモエ!」

「はい、牛乳の代わりにコーヒーミルクが給食部の下に届くよう手配しますね。」

「うむ!お前達も、今回はカムラッド達の厚意に免じて粛清は取り止めよう……だが次は無いと思え!勲章の授与も無しだ!」

「はい!!会長方の寛大なお心に応えるべく、一層の誠心誠意で以てプリン作りに励みます!!」

 

 深々と頭を下げる料理長達。

 そう、大切なのは誠実であろうとする心……それさえ志す事が出来れば、過度な懲罰は要らぬ筈だ。

 

「ふふっ……。」

「ノノミちゃん?」

 

 すると背後から聞こえた小さな笑い声……振り返れば、そこにはどこか微笑ましそうな表情を浮かべるノノミの姿があった。

 普段から柔らかな笑みを絶やさない彼女ではあるが、今のそれは少しだけ意味合いが違う。

 

「あ、いえ……ショウマさん、すっかり先生らしくなったなと思いまして。」

「えっ、そうかな……?」

 

 正直自分ではまだ、その実感はあまり無い……ただ目の前に困っている人が居たから、助けようとしただけ。

 けれど確かにそうやって出来る事をやっていって、その度に少しずつ自分の事を先生と呼んでくれる人が現れて……。

 ならば少しくらいは、その期待に応えられる存在になれているのだろうか。

 

「えっと……シズコちゃんもありがとね、助かったよ。」

〈いえ、勝手にレシピを変更された商品をそのままお祭りに出す訳にはいきませんからね。〉

 

 果たしてどう反応すれば良いのか迷ってしまったショウマに話を振られたシズコの声が、シッテムの箱から聞こえてくる……譲れない部分への確かな責任感が込められている、あくまでもアドバイザーとしての言葉。

 だが同時に彼女の目にも、ショウマが見せた姿勢が印象深く映っていた。

 間違いを見つけたからといって頭ごなしに責めるのではなく、まず何故そうなったのかを考える。

 そして相手が困っている理由を知ろうとし、その上で皆が納得出来る道を探す……とても理想的な大人の姿であるとして、本当ならシズコもノノミの話に便乗したいと思っていた。

 当人が自信無く困惑した様子を見せたので口にはしなかったが、ここは実際にその姿勢に救われたのだと言った方が良かったであろうか?

 

「ふう……すまない、少し騒がしくなってしまったな。まあ今の騒ぎは忘れてくれ、ちょっとしたハプニングのようなものだからな……マリナも下がって良いぞ。」

「はっ!またご用があれば何なりと!」

 

 と、少しばかり気まずそうにしながらもチェリノが1つ咳払いをして場の空気を改める。

 レッドウィンター連邦学園の祭典を巡る視察は、まだ始まったばかり……彼女の号令と共に、一行は再び歩き出す。

 

「さあ、次の視察場所へ行くとしようか!」

 

 しかしながら、遂に彼女の口から出てしまった粛清という単語……これまで限りなく白と見れていたが、ここに来て急に不穏な色が混じり始めた事に、ショウマは一抹の不安を抱えるのであった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ここは我がレッドウィンター連邦学園内部に於ける宣伝や広報を担当している日刊紙、レッドベアの編集部だ!」

 

 食堂を後にした一行が次に訪れたのは、学園の中でも特に情報が集約される場所。

 チェリノが語るにレッドベアとは学園の内情は勿論の事、時にはキヴォトス全体に関する記事まで扱う、謂わばレッドウィンターに於ける情報の中心的存在なのだとか。

 

「さて編集長、レッドベアのイワン・クパーラ特集号の準備はどうだ?」

「はい!今回のイワン・クパーラ特集号では特別にカラーインクと最高級の紙を使用して、会長の肖像画を表紙に大きく印刷する予定です!」

「それは素晴らしい!給食部の連中は不正を働いていたが、お前達はそんな心配は無さそうだな!夏至祭が終わったらお前達に第一級髭勲章を授与する事にしよう!」

「身に余る光栄……ありがとうございます、会長!」

 

 料理長から編集長へ人を変え、似たようなやり取りが繰り広げられる。

 となれば先の出来事の顛末も自然と脳裏に過るというものであって……。

 

「ふむ、それでは少し読ませてもらうとしようか……カムラッド達もどうだ?レッドウィンターのみならず、キヴォトスのあらゆる新情報を知る事が出来る筈だ。」

「ありがとう、読ませてもらうね。」

「失礼しま~す。」

 

 いや、今は考えないようにしよう……チェリノが言ったように、あれは一旦忘れるのだ。

 あれは一時の気の迷いから発せられた、言葉の綾として。

 ショウマはそう割りきって促された雑誌を手に取り、ノノミやシズコと共に拝読する。

 

『どうですか、先生?』

「うーん……こういう雑誌とかって普段見ないからなぁ……ノノミちゃんはどう?」

「私も雑誌は基本的にファッション誌しか見ませんから、情報誌に関しては何とも……でも、読みやすいとは思いますよ。」

〈私も雑誌は専門外だけど、さっき言ってた表紙に肖像画を載せるっていうのは良いアイデアだと思います。宣伝したい事やそれに関連するものを大きく魅せるのは基本中の基本ですからね。〉

 

 3人共普段からニュースや新聞、それこそ雑誌等を使って情報を収集する習慣はあまり無いものの、それでもこの雑誌が読みやすいものである事は素人目に見ても分かる。

 シズコが言ったように表紙にはあの肖像画が一面に印刷され、その周りにはイワン・クパーラの一般公開が決定と大きな見出し文字が描かれている。

 この雑誌でまず何を伝えたいのかが一目瞭然であり、開けばレッドウィンターやイワン・クパーラの概要が細やかに記載されている。

 しかして細やかと言えど文章は纏まりが良く、初めて雑誌を読む人にも内容が伝わりやすい作りになっていた。

 故にこれなら何の問題も無かろうと、ショウマ達はそのまま雑誌を閉じようとしたのだが……。

 

「ん?待て編集長……この写真、トモエとマリナは写っているのに肝心のおいらの姿が写っていないじゃないか。どういう事だ?」

 

 不意にある事実に気付いてしまったチェリノの一言によって、穏便に終わろうとしていた一幕が波乱を呼ぶ事となる。

 

「それは……その時踏み台も無かったのでどうしても身長差が生まれてしまい、上手く1枚の写真に納める事が難しくて……。」

「なっ!?それはおいらがチビだと言ってるのか!?」

「め、滅相もございません!!決してそのような事は……!!」

 

 閉じ掛けていた雑誌をもう一度開いて見てみれば、確かにトモエとマリナの2人だけが写っている写真がある。

 どうやら本来はチェリノも含めて写真を撮っていたらしいが、どうしても見映えが悪くなってしまうとの事で、後でこっそり2人だけの写真を撮ったらしい。

 当然ながらそんな編集長の弁明は、チェリノの怒りを鎮めるどころかさらに刺激する結果となる。

 

「この無礼者め!!たとえそうだとしても合成編集をして会長の背を高く見せるなど、やり方はいくらでも有るだろう!!」

「し、しかし私達レッドベアは、いつも事実だけを正確にお伝えする誠実なマスコミとして……!」

 

 いつの間にか現れたマリナが編集長へ詰め寄る。

 確かに彼女が言った通り、世の中には写真の加工や合成といった技術が存在する。

 見栄えを良くする為、印象を強める為等に使われるそれらの技法は決して珍しいものではなく、一概に悪とは言えない。

 だがレッドベアが掲げる理念は、どうやらあくまでも事実を正確に伝える事。

 そこに私情や都合の良い演出を混ぜれば、例えそれが小さな事であったとしても、彼女達が大切にしている誠実な報道から外れてしまう……編集長はその点を決して曲げようとしなかった。

 

「ぬううう……マリナ!!こいつはレッドウィンター連邦学園において最高の尊厳を持つこのおいらを侮辱した!!この不届きな編集長を粛清せよ!!」

「はい、会長!」

「す、直ぐに記事を修正しますから!!この通りです、会長!!」

「言葉も記事も、後から修正する事など出来ない……そんな事も知らないのか貴様は!!」

 

 その頑なな姿勢を反逆の証と捉えたのか、チェリノが再びあの単語を口にしてしまう。

 マリナも彼女の命令に一切の懐疑を抱かず、今にも手を出してしまいそうな勢いである。

 

「待ってチェリノちゃん、マリナちゃんも!」

「ぬ、カムラッド……!」

 

 当然、ショウマの仲裁が入る。

 再びの介入にチェリノはまたかと若干目くじらを立てているが、ショウマは一旦構わずに編集長へ声を掛ける。

 

「今、直ぐに記事を修正するって言ったよね……出来るの?」

「は、はい!!それはもちろん!!」

〈でもそれだときっと画像を加工してって話になるわよね?そうなるとさっき言ってた事実だけを正確に伝える誠実なマスコミっていう理念に嘘を吐く事になっちゃうわ。〉

「でしたら、ここで新しく写真を取るのは如何ですか?ちょうど3人揃ってらっしゃいますし、使えそうな踏み台も沢山有りそうですから!」

 

 再びシズコと、今度はノノミの助けも借りて解決策を見出だしていけば、粛清の悪夢から逃れられると希望を見出だして、編集長や様子を窺っていた他の部員等の表情が次第に明るくなっていく。

 反対に、チェリノは変わり行く場の空気を嫌って眉間に明らかな皺を寄せた。

 

「だ、だがこいつはそもそもおいらの事をチビだと……!!」

『いえ、今までの会話はログとして記録していましたが、直接そのような事は言っていませんね。そうと受け取れるような発言なら確かに見受けられましたが……十分容赦の余地は有るかと。』

「それにちゃんと反省してるみたいだし……許してあげたらどうかな?」

 

 先の食堂での揉め事の時と同様淡々と、しかしながらはっきりと否定の意思を見せるアロナ。 

 下手をすれば怒りの矛先がこちらへと向きかねないが、逆に半端な態度ではそれこそそうなる確率が高くなると踏んで、チェリノの事を説き伏せようと目論んでいるのだろう。

 その意図を汲んでショウマも続けば、チェリノはまた思案に暮れ、やがて深い溜め息を吐いて首を振る。

 

「仕方ない、ここはカムラッド達に免じて許してやる……だが今回限りだからな!勲章の授与も取り止めだ!」

「寛大な御心、感謝します!!」

 

 どうやら折れてはくれたようだが、素直にそれを認める程彼女も簡単な性格ではないようで。

 あくまでも許してやったという形を崩さない辺りが、精一杯の譲歩なのだろう……そんな彼女の言葉を聞いた編集長は深々と頭を下げた後、直ぐに新たな写真撮影の準備に取り掛かる。

 

「やれやれ、最近は特にああした不届き者が多い気がするな……それにしても、カムラッド達は優しいな。あんな者達にまで情けを掛けるだなんて。」

 

 そうして改めて3人が揃った写真を納めてから編集部を後にすると、チェリノがまた深い溜め息を吐く。

 やはり彼女の中では、これまでの放免を快く思えていないようだ。

 

「言われる程の事をしてるつもりは無いよ……チェリノちゃんも、こう言うのは失礼かもしれないけど、ちょっと厳しくし過ぎじゃないかな?」

「ふっ……カムラッドよ、その優しさはお前の美徳だろうが、時には非情に徹する厳しさというのも必要だぞ?覚えておくと良い。」

 

 確かにチェリノが言うように、何でもかんでも許してしまえば規律は保てない……誰かが間違った時、それを正す存在も必要ではある。

 ただその厳しさを向ける相手とタイミングは、やはりよく考えなくてはならないだろう。

 悪戯に力を振りかざすだけでは、ただの暴君……その暴君によって支配される地は、秩序の無い混沌とした(グラニュートの世界と同じ)ものとなってしまうであろうから。

 

「それにしても、ちょっと働き過ぎたな……トモエ、おいら帰ってお昼寝するね……。」

「分かりました、直ぐに寝床をご用意致しますね。」

「うむ……カムラッド達も、おいらが昼寝している間に十分休むようにな……。」

 

 そんなショウマの内心などまるで存じぬとして、チェリノが呑気とも取れる欠伸を漏らす。

 そしてそのまま勝手にも視察を中断して午睡に向かってしまって……トモエの即座の対応振りを見るに、恐らくこういった突発的な行動も日常茶飯事なのだろう。

 

「お2人は休憩室をご利用なさって下さい、ご案内致しますね。」

「ありがとう。シズコちゃんも、こっちはちょっと時間が空きそうだから……。」

〈はい、私は百夜堂のお仕事に戻りますね。また何かあったら呼んで下さい。〉

 

 残念ながらここまでの交流によって、彼女に纏わる噂が単なるデマではない事が証明されてしまった……そう言っても過言ではない。

 ならば彼女がどれだけその噂に違わぬ存在であるか、その上でどのように接し振る舞うか……引き続き、見極めなくてはならないだろう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「お疲れ様でした、マリナ委員長!」

「うむ、皆もご苦労!午後もしっかりと頼むぞ!」

 

 ショウマ達一行の視察が中断され、一時の暇が出来たのと同じ頃。

 マリナ率いる保安委員会もまた、同様の時間を享受するべく一旦の解散の時を迎えた。

 各々が与えられた余暇の時間をどう過ごすか考えたり話し合ったりしている……そんな中でマリナが深考の焦点として当てたのは、偉大なる会長の側に居た見慣れぬ者達と、彼等によってもたらされた平穏ながらも異質な現状。

 

「それにしても、まさか粛清対象者が1人も居ないとは……会長の隣に居たあの者達、一体何者なんだ?」

 

 チェリノが粛清者を選定して自分達が連行するという流れは、このレッドウィンターに於ける常……実際午前中の給食部や編集部も、本来ならばその流れが当然のように組まれる筈であった。

 だが会長の側に居た者達……レッドウィンターではないどこか別の学校の生徒に、端末から聞こえた2人分の声、そしてその端末を所持していた謎の大人……かの者等によってその流れが見事に断ち切られた。

 それもどちらも、チェリノの事を言いくるめるような形で……そんな事が出来る者など、この学園に於いては殆ど居ない。

 これを外部の者故の蛮勇と捉えるべきか、それとも別の何かと捉えるべきか……。

 

「まあ良い、私も一旦寮に帰って……。」

 

 だが何れにしても外部の者である事には変わりないのだろうから、学園に多大な影響を及ぼす程では無いだろう。

 故に考えても分からぬ、というより仕方がないと割り切り、マリナは午後の業務に向けて自身の心体を労る為にもその場で踵を返し歩き出した……その瞬間だった。

 

「あ、うわっ!?」

 

 最初の1歩を踏み出して、しかしその1歩の先で何かを踏ん付けてしまい、彼女はバランスを崩して大きく転倒してしまう。

 

「いったた……こんな所に空き缶が落ちてるだなんて、環境美化部や清掃部は一体何をしているんだ!?」

 

 サボタージュの疑いで全員連行するぞ……!?と、強打した腰部を擦りながら愚痴るマリナ。

 それはさておき、転んだ拍子に何かにぶつかった気がするとして、彼女は辺りを見回す。

 

「こ、これは……チェリノ会長の石像!?」

 

 そして見つけたのは、先月増築した建物の立館記念に造られた、肖像画のチェリノを象った石像。

 しかしぶつかった拍子に石像は倒れてしまい、しかもその所為で髭が変な形に割れてしまっていた。

 

「ど、どうする!?接着剤ではくっつけられそうにないし……!?」

 

 チェリノにとって髭とはただの装飾品ではない……彼女の威厳、誇り、そして自分そのものを象徴する大変重要な要素。

 それがよりにもよって、最も見られたくない形で損傷してしまっている。

 もしこの事が彼女に知られてしまえば……。

 

 

 

 

 

─おいらの石像を壊してしまった!?しかも髭が取れておかしな事になっているだと!?うう……何て事を……これは許されない!!粛清!!粛清だ!!

 

 

 

 

 

「そ、そんな訳にはいかない!!私がこの立場になるまでにどれだけの苦労を重ねてきたか……!!」

 

 何か、彼女に咎められずに済む方法は無いものか……必死に考えを巡らせるマリナ。

 だがふと、待てよと。

 極度の緊張、そして自身が積み上げてきたものの死守……それらに囚われているマリナが、やがて導き出した結論。

 

 

 

 

 

「逆に会長が居なければ粛清される事も無いのでは……?」

 

 

 

 

 

 それは普段のチェリノ以上に突飛が過ぎていたものであった。

 

「……保安委員、全員集合!」

「委員長、急にどうされたのですか?」

「今から私達は事務局に進撃を行う……そして幹部達を全員引き摺り下ろし、チェリノ会長を討つ!」

 

 何という暴論、何という背信。

 しかしチェリノを会長の座から引き摺り降ろしてしまえば彼女による粛清はされないという、極論言えば事実足り得るものだとして、マリナはそう言い切った。

 

「委員長、それはつまり……!」

 

 当然、委員等はざわつく。

 そしてその様子を見て、それまでヒートアップしていたマリナの頭が急に冷える。

 本当はただ目の前に突き付けられた恐怖から逃れる為の、ほんの気の迷いで。

 自分が責任を負わされる未来を想像してしまったが故の、咄嗟の思い付きで。

 まさか本気で反乱が起こせるなど、成功するなど、有り得る訳が無いなんて自分が一番よく分かっている。

 そんな事をしてしまえば、余計我が身を危険に晒すだけ……だから今のは冗談だと、一転して冷静になったマリナは委員等にそう告げようとした。

 

 

 

 

 

「……革命、という事ですか!」

 

 だが集まった委員等は、マリナの想像以上にその話に乗ってきた。

 

 

 

 

 

「おお!遂にマリナ委員長が反旗を翻されたぞ!」

「マリナ委員長ならば必ずやこのレッドウィンターを正しき方向へ導く為に立ち上がると、そう信じていました!」

「えっ!?あ、いや……!?」

 

 普段からチェリノの我が儘に振り回され、時には理不尽な命令にも従ってきた彼女達。

 どうやらその胸の内に溜まっていたものが、マリナの一声によって一気に噴き出したようだ。

 

「今こそ腐りきったチェリノ会長と腰巾着共に制裁を下す時!」

「新たな時代の幕開けだ!」

「え、えっと……。」

 

 予想外の賛同の嵐に、マリナは言葉を失う。

 しかし向けられる数多の視線には、多大な期待が宿っていて。

 これだけの人望を持つ自分なら、傍若無人なあの会長よりも立派な運営が出来るのではないか……そんな考えが少しずつ膨らんでいく。

 

「(そうだ……そもそも私は保安委員長、これまで学園の秩序を守る為に働いてきた……ならば私が会長になる事はただの私利私欲などでは無く、このレッドウィンターをより良くする為に必要な行動なのではないか?)」

 

 冷静になった筈の思考が再び熱を帯びていく。

 先の度しがたい暴論と背信が、都合の良い解釈によって彼女の中で正当化されていく。

 

「委員長!どうかご命令を!」

「我々はどこまでも付いて行きます!」

「……。」

 

 何となくの思い付きで始めてしまったものだが、その実これは……。

 

「(……悪くないな!)」

 

 このままレッドウィンターの新たな会長となり、全ての権力を享受する。

 そうだ、これは革命なのだ……もはや粛清されるのが怖いからなどという理由で萎縮している場合ではない。

 やられる前にやるというのが、戦術の基本でもあるのだから。

 

「よし!!それでは皆の者、事務局に向かって突撃!!我々の手で、新たなレッドウィンターを作るのだ!!」

「「おおーっ!!」」

 

 こうしてレッドウィンター史上、実はまたしてもとなる突然の政変が幕を開ける。

 石像の髭が折れてしまったからという極めて些細な理由から始まったこの事件が、果たしてどのような顛末を迎えるのか。

 勢いそのままに保安委員会が事務局へ向かって駆け出した今はまだ、誰にも何も分からない……。

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