キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第3話「反逆と革命の象徴、クーデター」

「いただきまーす!……うん!美味しい!」

『メドヴィクは生地となるスポンジに蜂蜜を使用している、所謂ハニーケーキに分類されるスイーツですね。一般的なハニーケーキとの違いは、スメタナというサワークリームを使ったクリームを使用している点で、食べれば蜂蜜の甘さとスメタナの甘酸っぱさが口いっぱいに拡がる筈です。うう、私も食べてみたい……。』

「表面にまぶしてある細かいクッキーも、サクサクしていてとっても美味しいです☆」

 

 チェリノが昼寝に行ってしまい、視察が中断されてから少しして。

 トモエから休憩室の利用を勧められていたショウマ達であったが、ただじっと待っているのもだんだん飽きてきたという事で、彼女に許可を貰って学園内を少し散策しようという考えに至ったのだ。

 そこで勧められたのが中央通り……トモエが既に根回しをしていたのか、到着するなり多数の生徒が自分等が販売する予定の商品を紹介してきて。

 その中でも一際ショウマ達の気を引いたのが、今しがた食したメドヴィク。

 蜂蜜ベースのスポンジによる濃厚さとスメタナの爽やかさが見事に混ざり合い、口の中が幸せいっぱいに満たされる。

 

「ん……。」

 

 するとショウマの幸せを抱いたという感覚にガヴが反応。

 腹部のチャックを開けてガヴを露出すると、そこから間も無くゴチゾウが1体姿を現した。

 

「わあ!ゴチゾウちゃんが生まれました!普段はこうやって生まれるんですね~☆」

『そういえばノノミさんはアビドス砂漠以来でしたか。そうなんですよ、でも油断してるとS.C.H.A.L.E(シャーレ)のオフィスが今度は書類じゃなくてゴチゾウで埋め尽くされてしまいそうで……。』

「だってお菓子美味しいんだもん……。」

 

 周りに居た他の生徒達が驚愕と怪訝に見つめる中、アロナの小言に口を尖らせながらショウマは生まれたゴチゾウを手に取る。

 そしてそのゴチゾウの姿形に、3人は思わず首を傾げた。

 

『それより、このゴチゾウは今まで見た事が無い個体ですね?』

「うん、俺も初めて見る子だ……。」

「はー……もに……ハーモニケって書いてありますね?」

 

 グミのゴチゾウ達と同じスライドして中身が見えるタイプの形状をしている、層の重なったケーキの断面が描かれているゴチゾウ。

 それはまさに先程食べたメドヴィク(ハニーケーキ)そのものだった。

 

「ハニーケーキのゴチゾウって事かな?初めまして、これからよろしくね!」

 

 ショウマがそう声を掛ければ、ハーモニケゴチゾウは彼の手の上で嬉しそうに小さく跳ねる。

 思わぬ形で増えた新しい仲間……その姿に少しだけ頬を緩めた後、一行は次の目的地へ向かう事に。

 

「それでは小腹も満たせた所で、工務部の部室へ向かうとしましょうか。」

「うん、ミノリちゃんにお礼を言いに行かなくちゃだからね……アロナちゃん、トモエちゃんからまだ連絡来てないよね?」

『はい、工務部の方へ顔を出すとも伝えてあるので、問題は無いかと。』

 

 この学園に来たのはチェリノに呼ばれたのもそうだが、以前のホシノ奪還作戦時に協力してくれたレッドウィンターの生徒、安守 ミノリにまだあの時の感謝を伝えられていなかったからという理由も有る。

 ここから先の視察で彼女と接触出来るかどうか分からないので、今の内に会いに行ってしまおうという魂胆なのだ。

 

『あれ?待って下さい、あそこに居るの……。』

 

 と、彼女が所属する工務部へノノミの案内の下に向かおうとした矢先、アロナから待ったを掛けられる。

 一体どうしたというのか、彼女が指差す方向を見てみると……。

 

「あれ、ミノリちゃん?」

「ん?おお、先生!同士ノノミも!」

 

 何と奇遇にも、すぐそこに件の人物が居たのだ。

 ミノリの方もそれまで他の生徒達と共にとある資材を運んでいた最中であったようだが、こちらがその存在に気付いたのと同じタイミングで同様に気が付いたようで、晴れやかな表情を携えながらこちらに向かって歩いてくる。

 

「まさかレッドウィンターの学園内で会う事になるとはな!しかし一体どうしてこんな所まで?」

「チェリノちゃんに呼ばれて来たんだ、この学校の事を知って貰いたいって。あと来月のお祭りの為に皆で色々準備してるでしょ?それでもしアドバイスとかあればって。」

「後は先日のお礼をお伝えしたくて。すみません、あれから遅くなってしまって……。」

「いや気にするな、こちらこそあの時1歩及ばずとなってしまった事を詫びたかったんだ……すまない、カイザーグループの不正を十分に明るみに曝せなくて。」

 

 驚きを隠せない様子の彼女にショウマがここへ来た理由を説明し、続けてノノミが感謝の言葉と共に頭を下げれば、ミノリは一瞬だけ目を伏せた。

 彼女の言葉には、純粋な悔しさが滲んでいて……仮にも他校の出来事であったというのに、義理人情に厚い子である。

 

「それで、ミノリちゃんはここで何をやってるの?凄い大きな丸太がいっぱい有るけど……?」

『キャンプファイヤーでも行うんですかね?』

 

 だから気にする必要は無いと告げ、それよりもとショウマ達はミノリの後方……先程まで彼女が携わっていた資材の運搬作業について問う。

 彼女と他の生徒達……工務部が運んでいたのが丸太ばかりであったのが気になったのだ。

 

「ああ、まあ似たようなものだな。イワン・クパーラでは夜になると焚き火をくべてその周りを皆で歌い踊ったり、焚き火を飛び越えたりするといった行事が有るんだ。そして祭りの最後には毎回草や藁で作った人形を川に沈めたり、焚き火で燃やすんだ……伝統的な厄払いと豊穣祈願としてな。」

 

 どうやらあの丸太は、本来その予定で用意した物らしい。

 チェリノが今年の人形は巨大な物にすると言って、それに合わせて丸太も大きなものを選んだとの事。

 

「まあ、今は別の目的で使おうとしている所なんだがな。」

「別の目的……?」

 

 だがそう……彼女はあの丸太を、本来その予定で用意した物と言った。

 では今は何の目的で使う予定なのか、続けてそれを聞こうとすると……。

 

「い、居た!!カムラッドぉ~~~!!手を貸してくれ~~~!!」

「ん?チェリノちゃん?」

 

 遠くから聞こえてきた声。

 見てみると、チェリノとトモエが走ってこちらに向かってきていた。

 しかし彼女達の様子は、どこか変だ……息を切らして、明らかに切羽詰まった声で、まるで何かから必死に逃げているかのようである。

 

「む、噂をすれば……何故会長がこんな所に居るのか分からないが、ちょうど良い!」

「え、ミノリちゃん?」

 

 するとミノリがおもむろにショウマ達の前に立つ。

 それまで朗らかであった様子を引き締め、まるでチェリノ達を迎え撃たんとするように。

 

「皆!会長を捕まえてあの丸太の山に縛るんだ!」

「えっ、ミノリちゃん!?」

 

 そして下される、あまりに唐突な指示。

 ショウマ達が理解する間も無く、チェリノはあっという間に工務部の生徒達によって確保されてしまった。

 

「うわあああ!?な、何するんだぁ!?離せ~~~!!」

「ちょっ、待ってミノリちゃん!急にどうしたの!?」

 

 工務部の生徒達によって胴上げされるチェリノを見ながら、ショウマはミノリに問う。

 先程までごく普通に接していた相手が急に騒ぎを起こし始めたのだから当然の反応だ。

 

「ん?ああ、そういえばこの丸太の使い道を教えていなかったな。」

 

 一体全体どういう心境の変化なのか……ミノリは何故かあの丸太の事を話題に上げた後、それに答える。

 

「この丸太は、我々のストライキ用に使う事にしたんだ!」

「す、ストライキですか……?」

「そうだ!レッドウィンターの見学をしたのなら、この学校の内情……チェリノ会長の圧政も既に目にしている事だろう!」

 

 安守 ミノリ……前にも説明した事が有るが、彼女の趣味は工作にデモ活動、そしてストライキだ。

 しかし何故いきなりそんな真似をと、ノノミも状況を呑み込めず困惑している中で、ミノリは十八番の熱弁を工務部の生徒達と共に高らかに始める。

 

「来るイワン・クパーラに向けての準備、労働……それ自体は良い!だが1ヶ月も前から昼夜問わず働く必要は果たして有るのか!?」

「そんな事は無い筈だー!」

「去年は1週間ぐらいで終わった気がするぞー!」

「……そうなの?」

「いえ、去年の夏至祭の準備期間はおおよそ2週間程ですね。」

 

 しかしいつの間にか隣に来ていたトモエに聞いてみれば、どうやら言っているような事実は無い様子。

 

「労働環境も1日2交代制だと?冗談じゃない!12時間も通しで働けというのか!?」

「ふざけるなー!そんな事出来るかー!」

「労働力の搾取だー!」

「……そうなの?」

「いえ、勤務時間が12時間なのは事実ですが、8時間の労働時間さえ確保出来ていれば残りの時間は好きに使って良いと通達していますね。」

 

 念の為もう一度トモエに聞いてみれば、やはり何か意見が食い違っているようで。

 

「今のレッドウィンターの実情は、本来理念として掲げられている自由と平等の精神に大いに反している!故にあたしはこの状況を強く糾弾したい!チェリノ会長を含むレッドウィンター連邦学園の事務局所属の者達は、あたし達工務部の労働者としての権利を保証しろ!あたし達に十分な休息時間と追加の手当てと……あと……2つずつのプリンを支給しなければ、あたし達はこのままストライキとデモを続ける事にする!」

「うおおお!」

「ストライキだ!デモだ!」

『何だか本来のストライキやデモよりもだいぶ身勝手な理由ですね……。』

「えっと……お助けした方が良いんでしょうか?」

「そうですね、今は訳有って保安委員会の力を借りられないので、御助力頂けると非常に助かります。」

 

 本当ならどちらの言い分が正しいのか究明しなければならないのかもしれないが、そうこうしている間にもチェリノは丸太へ縛り付けられ、いよいよ高く掲げられようとしている。

 基本的に生徒達は皆タフではあるが、それでも万一の事があってはならない……ここらで本格的に止めなければならないだろう。

 

「分かった、俺がミノリちゃん達と話すから、ノノミちゃんはその間にチェリノちゃんをお願い……ミノリちゃんちょっと待って!1回落ち着いて!」

 

 こうしてショウマ達は思わぬ形で始まったいざこざの仲裁へ乗り出す事になったのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「はぁ……ふぅ……え~ん、怖かったよ~……!」

「よしよし、もう大丈夫ですよ会長……はい、お髭です。」

「ありがど……。」

 

 少しして、何とかミノリ達工務部の生徒等を言いくるめる事ができ、その間にノノミもチェリノの救出に成功した。

 泣きべそをかきながらいつの間にか取れていた髭を付け直す今のチェリノの姿は、とても普段レッドウィンターの頂点に立っている者には見えない。

 

「むう……この丸太に張り付けて、私達労働者にとっての偉大なシンボルにしようと思っていたのに……。」

 

 それはそれとして不服そうにしているミノリ……彼女が主張していたストライキの内容に関しては流石に私利私欲が過ぎる所があると思うが、その発端となったキーワードについては一考する必要が有るだろう……チェリノ会長による圧政、ミノリは確かにそう言ったのだから。

 

「それで、さっきはどうしてあんなに慌ててらしたんですか?」

「手を貸してくれって言ってたけど……何かあったの?」

 

 これまでの付き添いの中で既にその片鱗が見られていたが、実際に被害者として訴える者が現れてしまえば認めざるを得ない。

 チェリノの政策は独裁的であって、それに反発する者が居る……かの噂は紛う事無き真実であり、なればどう対するべきか。

 独裁者(チェリノ)反発者(ミノリ)も互いに納得し、手を取り合える道が有るのか……それを探す為にも、まずはチェリノ達が急を要していた事情を聞いてみる。

 

「実は……。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「「『事務局を乗っ取られた!?』」」

「はい、武装した生徒達が事務局まで押し寄せてきまして……。」

「おいらもいつものクーデターだろうと思ってたんだがな……今回はそうも言ってられなくて……。」

『待って下さい?今クーデターがいつもの事って言いました?』

 

 やがて語られたのは、今しがたショウマが模索していた道が既に危うく舗装されかけていると知らせるものであった。

 アロナの抱いた疑問が軽く流される中、一体誰がそんな事を……と、それを問う前に考えを察したトモエから事件の首謀者の名が明かされる。

 

「実はマリナ委員長率いる保安委員が、今回の反乱の首謀者のようでして……。」

「マリナ委員長……先程居らしていたあの人ですね。」

「どうしてそんな事を……?」

「分からん!思い当たるとすれば、あいつが大事に取っておいたプリンをこっそり食べた事か、それかあいつが大事にしている熊のぬいぐるみによだれを垂らしたまま昼寝した事か、どっちかしかない!カムラッド、どっちだと思う!?」

『それは……多分両方じゃないですかね?』

 

 先程チェリノ達と共に視察へ向かっていた際に出会った少女……少なくともあの時の彼女からは反乱の意思などまるで見受けられなかったからこそ、余計に疑問が浮かぶ。

 もし本当にチェリノが言うようなものが理由ならば、原因が分かっている以上まだ良い……だがもしそれ以外の理由ならば?

 表に見せていなかっただけで、実はミノリのように普段からチェリノに対し思う所があったのなら……?

 

「こうしている間にもチェリノ会長……あ、いえ、事務局を乗っ取られた以上、会長とは言えませんね……チェリノちゃんを吊し上げるべく、保安委員会の生徒がこちらに向かってきている筈です。先生方も側に居た所を見られていますし、同じ様な目に遭ってもおかしくありません……直ぐに身を隠さなければ、どうなってしまう事か……。」

「ひいい!?おいらもう高い所は嫌だぞ!?」

 

 頭を抱えてしゃがみ込むチェリノは、やはりレッドウィンターの長とは見えない程に幼い印象を受ける。

 だからこそ思ってしまう……どうしてこの子がその立ち位置に居るのだろうかと。

 反発が生まれてしまう程の独裁的な圧政の数々は、きっと彼女の感性のままの振る舞いが原因であろう。

 ならばその立ち位置に据える前に、周囲は彼女の性に気付けなかったのかと……もっと他に相応しい人物は居なかったのかと。

 ショウマも自らが先生という役に就くには不足した身分であり、だがそれでもと考えているからこそ、そう思わずにはいられないのだ。

 

「……つまり、今のレッドウィンターの権力を握っているのはそこに居るチビでは無く、マリナ委員長という事なんだな?」

「お、おい!?今チビって言ったか!?粛清するぞ!?」

「チェリノちゃんは今会長では無いので粛清は出来ませんよ。」

 

 と、考え込んでいたショウマの耳にミノリの声が届く。

 さりげなくチェリノの事を貶しながら、しかし彼女は事の矛先をそれまでとは全く違う別の存在へ向けようとしていた。

 

「皆聞いたな?我々が抵抗を見せるべき相手は池倉 マリナだ!工務部全員、行進の準備!目指すはマリナ新会長が居座るレッドウィンター事務局!立ち塞がる者が居れば、あたし達の主張と共に薙ぎ倒すんだ!」

 

 意外にもこちらの……チェリノにとって益となる行動を取ろうとするミノリ。

 これまたどういう心境の変化か……彼女は工務部の生徒達へ向けていた視線を、不服であると分かりやすい態度を携えながら振り返らせる。

 

「勘違いするな?これが労働もせずおやつばかり食べながら昼寝だけして、少しでも自分の思い通りにならなければ粛清だ何だと言って、おまけにヨーグルトの蓋は舐めずに捨てる本当は大した事無い憎らしい独裁的なひげチビその他事務局の奴等だけが被害を受けるなら、むしろ喜んで反乱分子にもなるが……先生や同士ノノミを巻き込む訳にはいかないからな。」

「おい!?!?何もそこまで言う必要無いだろ!?!?おいら泣くぞ!?!?」

 

 チェリノが半泣きになりながら悲痛な叫びを上げる。

 ミノリの言葉はとても辛辣で容赦が無くて……ショウマが望む、互いが納得して手を取り合える道が実に険しいものであると聞いて分からされる。

 

「大丈夫ですよ、きっと……ミノリさんはチェリノさんの事、本当はそんなに嫌いじゃない筈です。」

「え?」

 

 しかしノノミは、ミノリの言葉が譜面通りの意味しか持ち合わせていない訳ではないだろうと考えた。

 

「だって本当に嫌だと思っていたら、きっと何も言わずに離れてしまっているでしょうから。」

 

 それはノノミの経験からの談……より正確に言えば、ホシノが体験した事を聞いて記憶していた事。

 アビドスが砂害によって衰退の一途を辿る中で、多くの人が何も告げずに街を離れていった……それを知っているからこそ、彼女はミノリの軽蔑の中に希望を見出だしていたのだ。

 だって、守るだけなら、先生(ショウマ)とアロナと自分だけを守れば良いのだから。

 チェリノの事は見捨てても問題無い……そもそも今よりもっと前に彼女の事を見限って学園を離れる事も、ミノリの行動力なら出来た筈だ。

 なのに彼女はここに居る……建前の上でとはいえ、憎まれ口を叩きながらも、彼女はチェリノを含めて守ろうとしてくれている。

 それはきっと、そういう事なのではないのだろうか?

 

「だから、そんなに肩肘張らなくても大丈夫だと思いますよ?」

「ノノミちゃん……。」

 

 もしかしたらノノミには何か、自分(ショウマ)には見えていないものが見えているのかもしれない。

 このレッドウィンター連邦学園の、本質ともいうべきものが……。

 

「よし!あたし達労働者の権利と自由と……えっと……他にも色々と大事なものの為に!工務部、突撃開始ぃー!!」

「あっ、こら!!まだ話は終わってないぞー!!ううう……あいつめ~……!!」

「工務部の皆さんが味方になってくれたのは心強いですが、恐らくそれでも足止め程度にしかならないと思われます。やはりまずはどこか身を隠せる場所に移動して、作戦を練る必要が有るかと。」

『ですが逃げるにしても、どこか当ては有るのですか?』

「木を隠すには森の中と言います……図書館へ向かいましょう。あそこなら丘の上にも在って、保安委員会もそう簡単には近寄れない筈です。」

「図書館ですか!良いですね~、のんびり出来そうです☆」

「よし、逃げるというのは非常に癪だが……これもおいらがもう一度会長の座に返り咲く為!ぐずぐずしている暇は無い、行くぞカムラッド!」

 

 だから今は、マリナが起こしたクーデターの方を何とかしなければ。

 それを思い出させるようにミノリを先頭とした工務部の生徒達が意気揚々と事務局まで向かっていく姿を見送った後、一行は足早に戦略的撤退を始めたのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 レッドウィンター連邦学園の図書館……三大校として数えられ、蔵書の数ではキヴォトス1とされるトリニティ総合学園のそれにこそ劣ってはしまうが、それでも全体で見れば非常に規模の大きな施設であり、天然の要塞とも呼ばれる程の立地に在りながら毎日多くの利用客がここを訪れている。

 そんな中で、一際爛々とした空気を纏う少女が居た。

 

「えへへ、やっと手に入れました!ルリエル先生の新作、シャル×レイの同人誌!トリニティの即売会でしか手に入らない限定本……殆ど諦めていたのに運が良かったです!」

 

 彼女の名は、秋泉(あきいずみ) モミジ……知識解放戦線という、レッドウィンターに於ける図書委員会に相当する組織に所属している少女である。

 知識解放戦線はその役職通り図書館の運営管理を担当している部活であるが、他の学校の図書委員会と異なる点として、同人雑誌等の創作物の取り扱いにも力を入れている部分が有る。

 そしてモミジは貴重な書物であればジャンルを問わずに愛するという知識解放戦線の理念を体現しているような少女であり、今も希少な同人誌を入手する事が出来た喜びを隠しきれていない様子だ。

 

「ああ……今回の作品ではどんな素敵なストーリーで2人の愛を描いてくださったのでしょうか……今週末は出掛けずに1日中図書館に引き込もって、この作品を堪能しなくちゃ……!」

 

 モミジは愛しさのあまり手に持っていた同人誌を胸元に抱き抱える。

 そうして自らの至福を想像して愉悦に浸っていた彼女であったが、不意に背後から掛けられた声によって悲しくも現実へ引き戻される事に。

 

「おい、今のは聞き捨てならないな?このイワン・クパーラの準備期間中に1日中堕落に耽るつもりか?そんな事をするつもりなら粛清の対象だぞ?」

「え?……えぇ!?チェリノ会長!?いつからそこに居たんですか!?」

「結構前からだな、確かその本を手に取ったぐらいに……。」

「それは最初からって言うんです!!」

 

 声を掛けてきたのはチェリノ……モミジにとっては、およそ一番関わりたくない人物。

 そんな相手に端から見たら恥ずかしいような所をがっつりと見られてしまい、モミジの顔がその名の通りに赤みを帯びていく。

 

「そ、それで?図書館に一体何の御用でしょうか?言っておきますけど、お昼寝ならお断りですからね。」

「昼寝か、確かにそう言われればここまで来るのに疲れたしな……少し早い時間だが、ここで一休みというのも……。」

「だからお断りだって言ってるじゃないですか!!」

 

 どうしてモミジがチェリノと関わりたくないか……理由は色々と有るが、その中の1つに図書館の不正利用がある。

 この図書館は丘の上に建っている都合上、日の光が周囲の環境に遮られずに良く入り込む。

 外が雪の積もる鳥肌も立つような気温であったとしても、図書館の中は陽光の温もりによって常に過ごしやすい室温となっており、言ってしまえば昼寝をするのにも最適な環境となっている。

 それでチェリノは度々ここを訪れ、しかも枕代わりに蔵書を使うなんて事を平気で行う為、無類の本好きのモミジからすればまさに目の上のたんこぶ的な存在という訳なのだ。

 

「実は少しの間、私達をここに匿って頂きたいのです。」

「トモエ秘書長……匿うとはどういう事ですか?」

 

 そんな存在たる彼女(チェリノ)と、彼女の右腕たるトモエを匿うという事態……何だか嫌な予感がする。

 そして実際に話を聞いてみればやはり予感の通りであって、だからこそモミジはきっぱりと答える事にした。

 

「いえ、お断りします。」

「な、何故だ!?」

「ここは図書館……本を読む場所ですから、それ以外での利用は規則で禁止されています。何よりここを使っている人達や蔵書を危険に晒す訳にはいきません。」

 

 あまりの即答振りに驚いたチェリノが目を見開く。

 モミジの言う事は至極尤も……そしてその点に関して彼女は1歩も譲る気は無いようだ。

 たとえ相手がレッドウィンターで一番偉いチェリノであろうとも……いや、彼女だからこそ。

 

「ええい!おいらが直々に頭を下げているというのに生意気な奴だな!お前も粛清して……!」

 

 そんなモミジの態度に、当然ながらチェリノは不満を露にする。

 今日はただでさえ思い通りに行かない事が多いというのに、今はそれを正す権威さえも無い。

 それが非常にもどかしく、故にチェリノはいつもの調子を取り戻すように、またあの物騒な言葉を口にしかけるが……。

 

「駄目だよチェリノちゃん。」

「カムラッド……!」

 

 その前に、別の誰かが割って入りそれを止めた……ショウマだった。

 

「あなたは……?」

「初めまして、俺はS.C.H.A.L.E(シャーレ)の井上 ショウマだよ。」

 

 モミジが訝んだ視線を向ける。

 S.C.H.A.L.E(シャーレ)……言われてみれば、聞いた覚えが有る。

 知識解放戦線はその名の通り知識そのものの収集や公開を部活動の主目的としており、極論知識というものであれば何だってその対象だ。

 図書委員を兼任しているのも、その為の主媒体として蔵書が一番扱いやすいからで、場合によってはTVやラジオ等の媒体を使う事だってある。

 そして少し前に、そのTVで連邦生徒会が会見を行っていた事を記憶している。

 その時は他にやる事もあって流し見聞で終わらせてしまったが、その内容が確かS.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生の就任についてであった筈だ。

 

「この子の言う通り、ここは図書館だから……関係無い人達を巻き込む訳にはいかないし、素直に諦めよう?隠れられる場所は他にも有るだろうし。」

 

 そして彼のチェリノを諭すような言葉に、モミジは目を瞬かせた。

 確かS.C.H.A.L.E(シャーレ)はあらゆる学校学園を跨いでキヴォトス全体の問題に着手すると会見では言っていた筈だが、ここで言う問題というのは各学舎の交遊・対立関係の取り持ち等を初めとした政治的な部分のみの話だとモミジは思っていた。

 それがたとえ末端の生徒……いや、生徒のみならずキヴォトスに住む者であれば一切を問わず、ごく個人的な悩事さえも対象に含んでいるとは露程にも考えていなかったので、まさかチェリノの意見に異を唱えるとは想像だにしていなかったのだ。

 

「カムラッド……いくらお前の意見でも今回ばかりは耳を貸せん!今はお前の美徳に付き合っている暇は……!」

 

 しかしチェリノは納得していない。

 絶対的な立場からの失脚、それも腹心による離反が原因とあってか、彼女は普段の同様の騒ぎと違って珍しく苛立ちに溢れている。

 

『……確かに、暇は無さそうですね。』

 

 その直後、ショウマの持つシッテムの箱からアロナの声が響く。

 それはチェリノの焦燥感をさらに煽るように、そしてモミジの求める安寧を壊すかのように……。

 

「えっ!?な、何ですか!?」

「保安委員会だ!マリナ委員長……いや、マリナ新会長からチェリノ元会長を捕らえよとの命令だ!」

「なっ!?どうしてここが分かったんだ!?」

「ここは元会長がたびたび昼寝に使う事で知られているからな!」

 

 やがて複数の足音を外から響かせながら、保安委員会の生徒達が館内へ侵入してきた。

 漂っていた静寂を瞬く間に破壊する程の大声を発する彼女等が言うように、チェリノは過去にここで何度も身を休めていて、そしてその事実を全く隠そうとしなかった。

 

「さあ元会長、大人しく我々に捕まって……!」

 

 過去の自分の行動が原因で居場所を特定された事と、そしてこの追い詰められた状況を失墜した己には覆せないという事実が合わさってチェリノが悔しそうに歯噛みをする中、保安委員会の生徒達はそれぞれの銃を構え、彼女を捕らえるべく徐々に距離を詰めようとする。

 

「……って、何だお前らは?そこを退け!」

「我々の革命の邪魔をするな!」

 

 だがその時、両者の間に立つ影が現れた。

 影は2つ、ショウマとノノミ。

 2人の突然の介入に少女達が戸惑いの声を上げる中、ショウマが静かに口を開く。

 

「……聞いても良い?」

「な、何をだ?」

「チェリノちゃんを捕まえて、その後どうするつもりなの?」

 

 ショウマの静かな問い掛けに彼女達は警戒しながら一瞬顔を見合わせるも、その後はさも当然というべき態度で答えを示した。

 

「それは……マリナ新会長次第だ!」

「だがそこのちんちくりんをこれまでの圧政からの解放の象徴として、レッドウィンター中で見せ物にする事は確かだろうな!」

「ち、ちんちくりん……!?どいつもこいつも……!!」

 

 何度目かも分からぬ罵声に怒りを露わにするチェリノ……しかしショウマはその言葉を聞いて反対に表情を曇らせた。

 確かにチェリノには明確な問題点が有る……話を聞く限り、そして今まで見てきた限り、それはきっと多過ぎるくらいと言って良い程かもしれない。

 ……だが。

 

「……そうはさせない。」

「何?」

「チェリノちゃんが普段から皆にどれだけの迷惑を掛けてるのかは分からないけど、だからってそんな方法でチェリノちゃんを苦しませようとするのは違うよ。」

「このままチェリノさんと一緒に事務局まで行きますから、マリナさんに話し合いをしたいと伝えて頂けませんか?」

「お、おい勝手に……!」

 

 チェリノの抗議を無視した、ショウマの強い意思が込もった声。

 そしてノノミも困り眉をしながら、しかし眼差しには確かなものが込められていて。

 責めるでもなく、怒るでもなく、ただ間違っている事を間違っていると言う。

 2人のあまりに真っ直ぐな意見と姿勢に、保安委員会の少女達は僅かにたじろぐ。

 

「……いいや、そんな暇は無い!マリナ新会長とて、話す事は無い筈だ!」

「直ぐにそこから退け!さもないとお前達も処罰の対象にするぞ!」

 

 だが結局、話し合いなどという生易しい方法で解決するつもりは無いと、革命の熱に浮かされた彼女達は一丸となってしまった。

 もう彼女達は、押し通ってでもチェリノを捕らえる気であろう。

 

「ショウマさん……。」

「……なら仕方無い。」

 

 ショウマは小さく息を吐く。

 話し合う余地が無いのなら、これ以上言葉を重ねても意味は無い。

 

【グミ! EAT (イート) グミ! EAT (イート) グミ!】

 

「変身。」

 

Hiyaaaaaa(ヒヤァァァァァ)!! ポッピングミ! ジューシー!!】

 

 腹部のガヴを晒してポッピングミゴチゾウを装填し、ポッピングミフォームへ変身するショウマ。

 突如として展開された秘芸にノノミとアロナ以外の誰もが驚愕していると、彼はおもむろに腹部からガヴガブレイドを引き抜いた。

 

「ここは図書館だ。皆で静かに本を読む場所……だからまずは、ここから出ていってもらうよ。」

 

 そう言って、ショウマは不意に剣を上空へと放り投げる。

 折角生み出した武器を捨てるような行為にまた誰もが釘付けになっている中で、彼はやがて重力に従い落下してきた剣に対し……。

 

Hiyaaaaaa(ヒヤァァァァァ)!! キッキングミ!】

 

「だあっ!!」

 

 キッキングミアシストによる蹴撃を与えた。

 

「「うわあああ!?!?」」

 

 ブレイドの刀身、その面の部分が、最前に居た保安委員会の生徒の体に直撃する。

 そしてキッキングミアシストによる威力を乗せた事によって目視で捉えるのが難しい程の速さで蹴り飛ばされたそれは、他の委員等がまだ図書館の入り口にたむろしていた事もあり、彼女達を纏めて図書館から押し出したのだ。

 

「な、何だ!?」

「何があった!?」

 

 外に居た別の保安委員会の生徒等が、吹き飛ばされた同胞達の姿を見て動揺を露にする。

 そんな中で、ショウマはガヴに装填しているゴチゾウをキッキングミからザクザクチップスゴチゾウへ変える。

 

【ザクザクチップス! ザックザク!!】

 

「何だあいつは……!?」

「撃て!!あいつを倒すんだ!!」

 

 図書館の中からゆっくりと外へ出てくる異形(仮面ライダーガヴ)

 まだショウマの事を全くと言って良い程知らぬ彼女達は、現れた存在を完全な敵と判断して攻撃を仕掛ける。

 

「ッ……!」

「わ、私達の攻撃が全部切り裂かれてる……!?」

「バケモノかこいつ!?」

 

 だが専用の双刀ザクザクチップスラッシャーによる剣舞に、フォーム特有の身軽さ、そしてザクッという擬音(オノマトペ)を上手く盾として使う事により、ショウマはまだ動揺を拭いきれていない彼女達の拙い攻め手を尽く意味無きものへと変えていく。

 

「おお……凄いじゃないかカムラッド!保安委員会の連中を相手にあの戦い振り!」

「まさに一騎当千の活躍ですね。」

 

 チェリノとトモエが見守る中、このまま各個撃破を進めても良いが、これから先の事を考えるとあまり時間は掛けたくない。

 故にショウマは先程蹴り飛ばしたガヴガブレイドを拾い、ブレイポンを押して大技を放つ待機状態に移行させると、剣先を足下の雪の中へ突き入れる。

 

「はっ!」

「うわっ!?」

「雪で、前が……!?」

 

 そしてトリガーを引くと同時に剣を地面に這わせるように振るえば、剣圧で舞い上がった雪が少女達の視界を奪う。

 

【スナック! EAT (イート) スナック! EAT (イート) スナック! Hiyaaaaaa(ヒヤァァァァァ)!!】

 

 その隙にショウマはガヴのゴチゾウを再度交換。

 ザクザクチップスゴチゾウを、見た目が類似した赤いゴチゾウへと変え、直ぐ様その力を解放する。

 

 

 

 

 

【ヒリヒリチップス!】

 

 

 

 

 

 発動したのは、ヒリヒリチップスアシスト……それはキッキングミゴチゾウと同じ様に、ザクザクチップスフォームに追加の力を付与する効果を持つ。

 その力が如何なるものなのか……それは赤い火の粉を放ち始めたザクザクチップスラッシャーが彼の手によって振るわれる事で判明する。

 

「ふっ!」

「なっ!?ひ、火を吹いたぞ!?」

「あの刀、火炎放射の機能が備わってたのか!?」

 

 火を吹く程に辛いとはよく言うもの……ヒリヒリチップスゴチゾウは辛味の強いポテトチップを食べる事により生まれるゴチゾウであり、ザクザクチップスラッシャーの刀身に炎を纏わせるのだ。

 

「時間を掛ける気は無い……一気に行かせてもらうよ。」

 

Charge(チャージ) me(ミー)! Charge(チャージ) me(ミー)! Hiyaaaaaa(ヒヤァァァァァ)!!】

 

 炎による熱を帯びたスラッシャーの刀身は溶断という特性を得てさらに切れ味を増し、その炎も保安委員会の少女達が言及したように火炎を噴射したり、また敢えて刀身を無造作に放り、時間差で発火させて(トラップ)として扱ったりと、斬り捨て一辺倒になってしまうザクザクチップスフォームの戦いに多彩なバリエーションを与えてくれる。

 だがやはり、その真価は持てる力を最大にまで解放した時。

 

 

 

 

 

【ヒリヒリチップスファイヤー!!】

 

 

 

 

 

 ガヴドルを回し、デリカッションを押し込んで、スラッシャーを掲げれば、刀身から天をも貫かんばかりの火柱が立ち上る。

 

「おおおおおっ!!」

「あちっ!?あっち!?」

「ひ、火が迫ってきて……!?」

 

 それを眼前の集団の左右へ振り下ろし、徐々に幅を狭めていく。

 夏になっても溶け残るレッドウィンターの雪を一瞬で蒸発させる、そんな触れれば火傷どころでは済まないと見て分かる赤熱の奔流に臆した少女達は、狭まる炎に合わせて身を寄せあって集まっていく。

 

「今だ、ノノミちゃん!」

「はい!」

 

 それこそがショウマの、ショウマ達の狙い。

 彼は保安委員会の生徒達が一点に集中したのを見計らうと、炎の噴出を止めて天高く飛び退く。

 そして彼がそれまで居た場所、そのすぐ後ろには、愛銃(リトルマシンガンV)を構えたノノミが居て。

 

「「ぎゃあああ!?!?」」

 

 後はわざわざ語らずともだが、彼女の銃撃によって寄り集まっていた保安委員会は瞬く間に沈黙していった。

 

「ありがとう、ノノミちゃん。」

「いえいえ、これぐらいはお手のものです。」

 

 ノノミの側に降り立ち、変身を解除しながら彼女へ礼を言うショウマ。

 正直戦闘中の密かなアイコンタクトのみという碌な情報伝達もしていなかった作戦であるが、百鬼夜行でのホシノといい今回のノノミといい、よく合わせてくれるものだ。

 

「お見事でした、お2人共。」

「トモエちゃん、チェリノちゃんを連れてどこかへ避難しててくれる?マリナちゃんの事は俺達に任せて。」

 

 と、戦闘が終わった事を認めたトモエが労いの言葉を掛けに寄って来たので、ショウマはそのまま彼女に向けて提案をする。

 確かに保安委員会の介入は防ぐ事が出来た……だがそれはあくまで一時的なもの。

 マリナが本当に新会長として動き始めているのなら、事態はこれで終わる訳が無いのだから。

 きっと直ぐにでも新たな手勢が迫ってくる筈……その前に騒ぎを収めなければならない。

 

「いいや、その必要は無い。」

 

 するとトモエの後ろからチェリノが悠々とした足取りで向かって来る。

 先程まで散々に追われ、捕まる寸前であったとは思えない程に堂々とした声。

 

「見事な働きだったぞ、カムラッド。それ程の力が有れば、何があっても恐るるに足らない!予定変更だ、お前達が進言した通りこのまま事務局まで向かう!」

 

 そして帽子を被り直しながら真っ直ぐにショウマを見つめるその表情には、失脚していてなおレッドウィンターの会長としての威厳に満ち溢れていた。

 

「そして行った先でお前が望む通りの事になるかどうかは、マリナ次第……これで良いだろう?」

 

 そして彼女が発した台詞に、ショウマははっとする。

 正直に言えば、二の次に粛清だなんだと言うものだと思っていた……だが実際に彼女が口にしたのは、ショウマの理念に通ずる言葉。

 それが単なる妥協か、それとも心からの願望なのか、伺い知るには口元の付け髭がそれを阻んでいる。

 だが思い起こされる、彼女と出会って直ぐの一幕。

 

─よし……ところでカムラッド、隣に居る生徒は誰だ?今回他の学園の生徒を呼んだ覚えは無いが……?

─あ、私はアビドス高等学校の十六夜 ノノミと言います。今日はショウマさんのお手伝いという形で来ました。

─そうか……いやなに、あまり他校の生徒が我が校の自治区まで来る事は無いものだからな、少し不審に思ってしまったのだ。今のは私の方が無礼だったな、許して欲しい。

─い、いえそんな!頭を下げられる程では……!

 

 後に起きた出来事の数々に目が行ってしまってつい忘れていた、あの誠実さ……それをきっと、ノノミは覚えていたのだろう。

 そしてそれを、他の生徒達も感じているであろうと信じて……。

 

「ミノリさんの事もあります……そうと決まれば急ぎましょう!」

 

 やはりまだまだ、理想の先生像とは程遠い。

 それを痛感しながらも、これまで計りかねていたこの学園の本質が自分にも少しずつ見えてきた気がして、ショウマは気落ちせずに少女達と共に事務局まで向かうのであった。

 

「……。」

 

 そしてその背中を、モミジは興味深そうにいつまでもじっと見つめていた。

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