─……ーい。
誰かが呼んでる。
─おーい、ウ……ショー?
俺の名前を、呼んでいる。
─……ショー起き……ー、ハン……もう着く……。
一体、誰だろう?
誰なのかは分からない……けど、何だか聞いていると凄く安心する声で。
その声を聞ける事がとっても幸せで、ずっとこのまま……。
「起きろウマショー!」
「うわっ⁉な、何⁉」
でも急に体を揺さぶられて、思わず飛び起きてしまう。
飛び起きたって言ったように、どうにも俺は寝ていたみたいだけど……折角聞いていて幸せな気持ちになれていたのに、幸せな気持ちのままで居たかったのに。
ちょっと……ううん、かなり残念な気持ちになりながら、俺は俺の事を起こした人を見る。
「や~っと起きた!あんまりにも目ぇ覚まさないから心配したよ~!ハンティーもうここに着くって言うからさ、準備始めないと!ほらラキアンもダル寝おしまい!起きた起きた!」
そこに居たのは、女の人。
金に染めた髪に派手な衣装、世間的にはギャルっていう見た目をしているらしくて、人によっては関わり辛いって感じる人も居るみたいだけど、いつも他の人の幸せを心から願っている、誰よりも優しくて強い人。
俺にとって誰よりも恩義を感じている、大切な人。
「……幸果さん?」
「ん?どした?」
「……あ、ううん、何でも無いよ。」
……それにしたって、その感覚がやけに強かった気がするのは気の所為かな?
「うーっす。社長、買ってきた材料はどうする?一旦冷蔵庫にでも入れとくか?」
少しだけ心の中で浮かんだ疑問に首を傾げていると、別の人の声が聞こえてきた。
そこに居たのは俺と同じ男の人で、幸果さんとは対照的にきっちりした見た目をしていて、俺にとっては初めて出来た友達。
「絆斗……。」
「お帰りハンティー!すぐ作り始めるから材料は種類ごとに並べといて!……って、ウマショーさっきからずっとボケーっとしてるけど、大丈夫?もしかしてどっか調子悪い?」
「あ……ううん違うよ、そういうのじゃなくて……。」
「歯切れの悪いはぐらかし方だな。そういう時のお前は、確実に何か有る時だ。」
どうしてそんな感覚になるのか、言葉が見つからなくて言い淀んでいると、後ろから来た誰かの手が頭の上に置かれる。
それが誰なのかは、一緒に頭の上に置かれた帽子を手に取った事で分かった。
分かったからこそ、俺は酷く驚いた。
「ラキア……ラキア!?」
「何だ?」
「え、だってラキア……!?」
ラキア・アマルガ……絆斗とはまた違う意味で初めて出来た友達。
ダルいが口癖で、言葉通りいつも気怠げな姿を見せているけど、本当は誰よりも人の事をよく見ている気の良いお兄ちゃんのような存在。
でもラキアは、あの時……。
「……どうした?」
「あ、いや……何でも無い……。」
そう思ったけど、ラキアの事を見てるとまた心の中があの幸せな気持ちでいっぱいになって……次第にラキアがここに居る事に疑問を感じなくなっていった。
それが有り得ない感覚だとは分かっているんだけど……まるで自分が、その疑問を感じたくないと訴えてるようで……。
「……もしかしてウマショー、また1人で何か抱え込んでる?ちょっと、そういうの止めてって言ってるじゃん!ウチらの事全然巻き込んで良いっていつも……!」
「えっ!?ご、ごめんなさい!でも本当に大した事じゃなくて……何でか分からないけど、皆の顔を見たら凄く安心したというか、落ち着いたというか……皆の顔を見れて本当に良かったって思えたんだ。」
それよりも、そんな風にいつまでも呆けた感じで何も言わないものだから、幸果さんに勘違いされて怒られちゃった。
必死にそうじゃないって言うけど、自分でも分かっていない感覚を説明するのは難しくて、3人も「自分達を見て……?」って不思議に思ってる。
「えっと……そ、そういえば絆斗が買ってきたそれって何?凄い量のお菓子だけど、お菓子の家でも作るの?」
「あん?まぁ、お前が言い出したんだしな。お菓子の家作りたいって。」
「え、俺……?」
「お菓子の家だけじゃない、ケーキやらプリンアラモードやら……色々と落ち着いたから、俺達全員で揃って何かしたいって話だったろ。さては相当寝惚けてもいるな?」
話題を変えようとして、絆斗が買ってきた袋の中身を指摘してみる。
袋の中には色んな種類のお菓子が入っていて、でも絆斗は甘いものがあんまり好きじゃないから、絆斗が自分の為に買ってきたとは思えなくて。
でもまさか、俺がそう望んだから買ってきただなんて。
だって、そう望んだ記憶が、俺の中には無いから……。
「んじゃ、とりあえずこれでも食っとけ。眠気覚ましにはなるだろ。」
「お菓子食べて眠気って覚めるものなの?」
「ショウマなら目ぇ覚めるだろ、ショウマなら。」
「何その謎の信頼、ウケる!」
絆斗からチョコを渡される。
今俺達が居る、このカラフルな内装の建物……はぴぱれの中で談笑している3人の姿は、俺もよく知るいつもの日常。
それを前にして幸せな気持ちが溢れて、でもそれが溢れ返り過ぎて逆に奇妙に思えて。
そんな感覚を抱いているのが自分だけで、それが何だか仲間外れになっているように思えて、無性に不安になって。
……うん、そうだ、皆が言う通り、きっとまだよく目が覚めてないだけだ。
溢れ返り過ぎる程の幸せを感じて、悪い事は無い。
覚えの無い事だって、寝惚けて忘れているだけ。
そうやって無理矢理自分を納得させながら、俺は渡されたチョコを一口頬張る。
「あれ……?」
味が、しない。
あのチョコ独特の甘味も、苦味も、いくら噛んで舌で触ってみても、味の1つもしない。
それどころか……噛んだ時に感じる食感も、舌による触感も、思えば感覚として全く感じていない。
「ねぇ皆……。」
何かがおかしい、そう思って皆にその訳を話そうとしたけど……。
「え……?」
3人が居る方向……そっちに目を向けてみれば、確かにそこには皆の姿があった。
ただ、遠い……さっきまでは歩いてすぐの距離に居た筈だったのに、今は何でか凄く遠い場所に居る。
それもそうだ……そもそも俺達が今居る場所ははぴぱれじゃなくて、よく分からない真っ白な空間。
そこに皆や俺が居る風景を切り取って張り付けたかのような、そんな不思議な空間になってて。
「(そうだ……俺は……。)」
そこまで思い至って、俺は気付いた……この空間の正体に。
そしてこれまでに感じていた感覚の正体に。
─あ、そうだ!ラキアンにはまたクリームの泡立てお願いしよっかな~?
─またか、苦労するんだぞあれ?
「……待って。」
そうだ、だから。
嫌だ、離れたくない。
─……って、あれ?ちょっとハンティー、買ってきたチョコビターのやつじゃん!普通のチョコは?
─それは俺用だよ!俺が甘いもの苦手なの知ってんだろ?普通のチョコはそっちの袋の中に……。
「待って皆……ねえ待ってよ!」
どんどんと離れていってしまう3人の姿が、この真っ白な空間の中へ消えていく。
それが嫌で手を伸ばしても、その手は俺が望む幸せを掴む事は無くて……。
「皆っ‼」
代わりに、虚空を掴む。
意識が一瞬飛び、それまでとは違う景色がショウマの眼に写る。
身体を横にした状態で、上体を軽く起こして手を伸ばしている……そしてその手の先が見慣れぬ天井へ向けられている事を理解したショウマは、伸ばされている手を下ろして視界へ覆わせると、同時に先程まで見ていたものの正体について納得を示した。
「夢、か……。」
そう……先程までショウマが見ていたのは、夢。
目覚める前、突如としてアビドスなる場所にたった1人で迷い込んだ事によって出来た心の弱りが、自身にあんな夢を見させたのだ。
たとえ事実を捻じ曲げてでも、愛する仲間達に会いたいと……。
「ここは……。」
言わずとも既に分かっているというのに、ショウマは敢えてそう呟きながら横にしていた身を起こし、自らが今居る部屋の中を見る。
アビドス高等学校の一室……ショウマが少女達の下で世話になると決まった際に宛がわれた仮住まい。
その仮住まいの窓からは日の光が差し込んできており、それでいてまだそこまで明るくない室内の様子から、今の時間帯が朝方なのだと体感で教えてくれる。
と、室内を一見していると目に入る、机の上に置かれている物。
それは少量のお菓子……昨日ノノミが気を効かせて置いていってくれたのだ。
「……いただきます。」
朝ごはんには物足りないが、何も食べないよりかは遥かにマシ。
そうして慎ましやかな朝食を取り終えると、ショウマは寝床としていたソファから立ち上がり、そのまま廊下に出て手近な水道まで赴くと、同じ様にノノミが置いていってくれていた歯ブラシを使って歯磨きを始める。
「(キヴォトス、か……。)」
上の歯、下の歯、前歯、奥歯……と、口内の洗浄を進めていく中で、脳裏に過らせるこの世界の名。
学園都市という別称を持ち、しかしその中で拡げられていたのは、とてもその別称とは結び付け難い戦いの応酬であって。
そんな自身にとって全くの非常識な場所で数日を過ごしたショウマであるが、その心は意外にも冷静であった。
無論先にあんな夢を見たりと、決して普段と同じ平静さを保っている訳では無いが、それを加味しても彼は自身が置かれている現状について殆ど意に介していない。
それが何故かと問われれば……と、ここでショウマが歯磨きを終えて歯ブラシを水ですすぐ。
ならば後は同じく水で口の中をゆすいで終わり……の筈なのだが、ショウマは突然周りを警戒するように見回し、誰も居ない事を確認するや、役目を終えた筈の歯ブラシに再び歯磨き粉を付け始めた。
「こっちも綺麗にしないとね。」
そしておもむろに着ている服の、腹部に付いているチャックを開ける。
すると露になる彼の生身……そこには奇妙な事に、何かの機械の塊ようなものが付随していた。
全体的に赤色で彩られ、側部にハンドルのようなものまで付属しているそれは、大雑把に見れば口と例えられるような見た目をしている。
そんな凡そ普通の人間には見られない異物であるそれこそが、先の疑問の回答に繋がるもの。
この異物の正体は、ガヴ……グラニュートと呼ばれる異界の種族が備えている生体器官であり、とある理由から改造が施されている為にショウマのそれはこうした機械的な見た目となっている。
そう、ショウマという存在はただの人間に非ず。
グラニュートであるストマック家の父と、人間の母との間に生まれた
仮にも普段と全く違う世界と言える場所に迷い込んだというのに取り乱さずに居るのも、グラニュートの世界や人間の世界……既に幾つかの異なる世界を経験していたからこそである。
そしてショウマがこうした平静さを維持出来ているのは、それだけが理由では無い。
「……!……!」
ガヴの清掃を終えたショウマが部屋に戻ると、机の上に先程までは無かった小さな物体の数々が視界に入る。
手の平サイズの四角いポップな見た目をしたそれらは、一見ただの玩具のようでありながら誰の手にも依らずひとりでに動き、ショウマに向かって鳴き声のようなものを発している。
これらの不思議な物体の名は、ゴチゾウ。
力有るグラニュートの一族がごく稀に習得している、眷属と呼ばれる存在を顕現させる能力に連なる存在だ。
ストマック家の眷属は本来エージェントと呼ばれる等身大の人の形として具現化するのだが、流れている人間の血筋がそうさせるのか、ショウマはこのような形で現出するのだ。
このゴチゾウが側に居るのも、ショウマが現状に於いて落ち着き払える理由の1つ。
自身が生み出したものとはいえ、馴染み有る存在が側に居るというのは想像以上に心強い。
「おいで。」
そう思いながら、ショウマは机の上のゴチゾウ達に対して手を差し伸ばす。
喜々として掌に飛び乗る1匹のゴチゾウ……表面が紫色をしているこのゴチゾウは、グレープ味のグミのお菓子を食べる事で顕現する、ポッピングミゴチゾウだ。
するとショウマは再び腹部のチャックを開けてガヴを露出させると、手で上顎を開き、同時にせり出た下顎の部位にゴチゾウを乗せた後、上顎を閉じる。
そして側部のハンドルを幾らか回し、反対側の側部に付いているボタンのような部位を押す。
見た目が大きく違っているように、ゴチゾウは活用の仕方も他の眷属とはまた違う。
本来はあらゆる性能が眷属のみで自己完結するのに対し、ゴチゾウはこうしてショウマのガヴと併用する事でその真価を発揮するのだ。
「やっぱり駄目か……。」
しかしその為の手順を踏んだにも関わらず、何かが起こる様子は見られない。
その原因に心当たりの有るショウマは、この世界へ迷い込んだ時と依然変わらない状態だとして、ただ落胆の声を上げる。
先程ゴチゾウとガヴを併用する事で真価が発揮されると説明したが、実際その比重はショウマの体調や心象による所が大きい。
つまりショウマに何かしらの不調が見られる場合、正しい手順を踏んだとしても上手く力が発揮されないのだ。
……そもそもその力が発動しない程であった事は、流石に想定外であったが。
「(結局あれからゴチゾウ達も生まれてこないし……。)」
ゴチゾウ達に関してもそうだ。
見た目、力の発揮の方法に続き、ゴチゾウ達は召還の仕方も他の眷属とは違う。
眷属は召還するのに通常殆ど制限は無いのだが、ショウマの場合はゴチゾウ達を生み出すのに一手間加える必要が有る。
それが、お菓子を食べるという行為なのだ……お菓子を食べてショウマが幸せな気持ちになると、それに呼応してガヴからゴチゾウが生成される、そういう仕組みになっているのだ。
しかしこれもショウマが何らかの理由で心身不良に陥った場合、ゴチゾウの生成が上手く機能しなくなってしまう……そう、今がまさにその状態なのだ。
ここに居るゴチゾウ達も、元居た世界で生み出していた個体等が、たまたま側に付き添っていただけ……数も相応に少ない。
そしてその数少ない中に居た筈の、あのゴチゾウの姿も見当たらない。
「(お菓子の家のゴチゾウ……。)」
ショウマは思い返す……己がこの世界へ迷い込んだ時の事を。
少女達には語らなかった、本当の顛末を。
─これって、タオリンの時と同じ……?
あの奇妙な扉を前にした時。
最大限の警戒で以て近付き、出来る限りの観察を行い、ひとまずの危険は無いと判断し、ならば何はともあれとこの状況を知人へと連絡しようとした……その時であった。
─ん?君は、お菓子の家の……?
ふと、肩にもぞもぞとした感覚。
見ればそこには、駱駝色のゴチゾウがショウマの肩によじ登って来ていた。
三角形の、まるで黒髭を生やした人の顔を模しているようなそのゴチゾウは、ウエハウスゴチゾウ……他とは少し異なる環境で生まれたゴチゾウなのだが、肩まで登ってきたウエハウスゴチゾウは、その場で身動ぎをしたりゴチゾウ特有の言葉をしきりに発している。
どうやら何か伝えたい事が有るようだ……ゴチゾウの言語は他の人間やグラニュートでは何を言っているのか判読が出来ないのだが、ショウマは自らの眷属という事でその言語を理解する事が出来る。
なのでウエハウスゴチゾウが何を伝えたいのか、耳を傾けようとするも……。
─えっ、ちょっと待って!?そっちは危ないよ!
その前に何故かウエハウスゴチゾウは痺れを切らした様子で、ショウマの肩から飛び降りて走り出してしまったのだ。
向かおうとしている先は、何とあの扉の下……形振り構って居られないとして、ショウマも一目散にその場から駆け出す。
─捕まえた!ふぅ……びっくりしたぁ……どうしたの急に……?
やがて扉の目の前でキャッチ、ウエハウスゴチゾウの確保に成功した。
しかし確保したは良いものの、ウエハウスゴチゾウは今なおショウマの手の中で激しく喚きながら暴れている。
それはまるで癇癪を起こしているかのようであり、主人に忠実な存在である眷属として見て、明らかにおかしな挙動であった。
確保する前も、まるで必死に扉を開けようとしているような動きを見せていた事もあり、ショウマも彼の服の中に隠れている他のゴチゾウ達も、これはただ事ではないと身構える。
なので今度こそウエハウスゴチゾウが何を訴えたいのか、今一度聞き耳を立てようとした……。
─……え?
その時だった、扉が開いたのは。
ショウマも、ゴチゾウ達も、誰も触れていない筈なのに、勝手に扉が開いたのは。
そして見えない力に引っ張られるかのように、地から足が離れ、体が宙へ浮き、開いた扉の先へ誘われて……。
─え、ちょっ、ちょっと待ってえええええ~~~⁉⁉⁉
それから、ウエハウスゴチゾウの姿は見ていない。
様子からして、ウエハウスゴチゾウがあの扉……いや、扉の先たるこの場所から何かを感じ取っていたのは間違いなさそうだったが、そのウエハウスゴチゾウが居ないのであれば追求は出来ない。
もしかしたら、元の場所へ戻れる手掛かりが得られたかもしれないのに……と、身支度を終えたショウマがそんな無い物ねだりに近い感覚を抱きながらソファに座り直した時だった。
「おはようございます!」
「あ、おはようノノミちゃん。朝早いんだね?」
数回、ドアをノックする音。
恐らくアビドスの少女達の誰か……そう思い、まずはゴチゾウ達に隠れるよう指示を出す。
余計な混乱を招かない為にも、自身がグラニュートの血を引いている事は話さない方が良い……その事実に連なるゴチゾウ達の存在も、秘匿しておくべきだ。
ゴチゾウ達もこれまでに同じ様な経験を積んでいる為かその辺りの行動には慣れており、皆迅速に物陰へと身を潜めていく。
漏れは無し……目視での確認を終え、それからショウマが軽く返事をすれば、すぐさま開かれる部屋のドア。
やって来たのは、ノノミであった。
「ショウマさんの様子が気になってしまいまして……あれからどうですか?お菓子はちゃんと食べられたみたいですけど……。」
「うん、食欲はちゃんとあるよ。」
彼女は昨日、学校の屋上で物思いに耽っていたショウマの姿を見ていた。
それが彼女の中で気掛かりになっていたのだろう……机の上に置いてあるお菓子の袋が全て空となっているのを見て、安心したと笑みを浮かべた。
「ですが、お菓子ばっかりというのは体に良くありません。ですので……。」
つくづく心根の良い少女である……そう思っていると、ノノミはおもむろに自身の鞄の中へ手を入れる。
そうして間も無く取り出したのは、黄色と白の水玉模様の布で包まれた何か。
「じゃん!お弁当を作ってきました!良かったら召し上がってください!」
「お弁当?良いの?」
「はい!朝ごはんにどうぞ☆」
「ありがとう……いただきます!」
渡された包みを開き、弁当箱の蓋を開けてみれば、そこにはぎっしりかつ彩り良く詰められたおかずの数々が。
そして弁当箱が2段である事に気付き、下を覗いてみれば、そこにはツヤツヤに光る白米が。
何と食欲をそそられる事か……我慢出来ず、ショウマは早速同梱されていた箸を手に一口。
「美味しい~!ノノミちゃん、料理上手なんだね!」
卵焼き、ハンバーグ、野菜のおひたしに春巻き等……驚く事にその全てが彼女の手作りである。
白米も冷たく固くなっておらず、ほんのり暖かくふっくらとしていて、どれもこれもまさに美味。
「ごちそうさま!ほんとに美味しかったよ、ありがとう!」
「普段人にお料理を振る舞うなんてあまり無い事なのですが……お口に合ったようで良かったです☆」
気付けば弁当箱の中はあっという間に空っぽに。
米粒1つ残さぬその完食っぷりに、ノノミの笑みも益々といった所だ。
暖かい時間である……多くを明かせぬ身であり、少女達からして見れば疑念に塗れた存在であるにも関わらず、分け隔てない優しさを向けてくれる彼女の包容心が、ショウマの心に良く染みる。
「この後、皆学校に来るんだよね?」
「はい、多分ホシノ先輩はそろそろ……。」
その包容心に、ショウマが
先のノノミの時とは違って唐突に、遠慮無く部屋の扉が開かれる。
そして扉の向こう側に居た少女が、室内に人が居た事……とりわけショウマが居た事に驚いて声を上げた。
「うへっ⁉……あ、そうだ。ショウマさんが居るんだったね……おはよーショウマさん、それにノノミちゃんも。」
「うん、おはようホシノちゃん。」
「おはようございます、ホシノ先輩。」
扉の向こうに居たのは、ホシノであった。
後から聞いた話だが、ノノミ曰く
「ノノミちゃんいつもより来るの早いじゃーん。ショウマさんのお世話?」
「はい、朝ごはんを届けに。」
「朝ごはん……って、そのお弁当箱……まさかそれ、ノノミちゃんの手作り⁉」
朝の昼寝とは一体何なのだろうか、朝が有るという事は夜の昼寝とかも有るのだろうか。
そも少しの時間こそ空いているが、それは普通に二度寝と言って良いのではないのだろうかとか、そんな妙な事を頭の中で堂々巡りにしていたショウマだが、ノノミと会話をしていたホシノが急に机に突っ伏したのを見て、意識を彼女の方へと向ける。
「うぅ……ずるい、ずるいよショウマさん!おじさんでさえノノミちゃんの手料理食べた事無いっていうのに!」
「え?えっと……ごめんなさい?」
「いえ、真に受けないで大丈夫ですよ……今度ホシノ先輩にも作ってきてあげますから。」
しかし意識を向けた先から拡げられた会話も、何だかふわふわとしたもので。
その緩い空気感に、今度は
「1年生2人はもうちょっと遅い時間に来るだろうし、それまではゆっくりしてよっかー。」
「あ、それなら俺、2人に聞きたい事があるんだ。この場所の事とか、皆の事とか。」
そのまま他愛無い会話を交わしながら、普段少女達が集まっている部室まで移動する3人。
部屋を移し、席へ座り、するとショウマがそれまでよりも込み入った話題を切り出してきた。
どれだけの間この地に居るかは分からないが、知っておいて損は無いだろうという判断の下だ。
「そうですね。私もショウマさんのお話、聞いてみたいです。」
「んー、まぁ当然だけど教えられる範囲でね。」
「うん。じゃあまず、ずっと気になってた事なんだけど……皆の頭の上に浮かんでるそれって何なの?その輪っかみたいなの……。」
ノノミとホシノも特に問題は無いだろうとして許可が得られた事で、早速彼女達に質問をするショウマ。
まず聞いたのは、少女達の頭上に浮かんでいる光輪について。
ノノミが黄緑色、ホシノが淡い桃色、セリカが確か濃いピンク色で、アヤネのは赤色だった筈のそれらは、糸で吊るしたり棒で支えたり等をする事無く、昨日からずっと彼女達の頭の上でショウマの目を引いていた。
「これはヘイローと呼ばれるものですね。キヴォトスの生徒さんであれば、誰の頭の上にも有るものなのですが……。」
「そういえばショウマさんにはヘイローが無いねー。ショウマさんが元々居た所だと、他の人もヘイローは無い感じなのかな?」
「そうだね、初めて見たよ……。」
話を聞くに、昨日の戦闘……その際敵味方含めて明らかに銃弾を身に受けていたにも関わらず大した傷を負っていなかったのは、このヘイローの加護によるものとされているらしい。
それ故にキヴォトスでは何か問題事が起きた時、どこも昨日のように銃器による応酬によって物事を解決するのが大抵なのだそうだ。
そしてそのヘイローが何故生徒にのみ存在しているのかは、誰も知らないとの事。
一応自分達の身の事ではあるのだが、ヘイローに関しては調べてみても何故か詳しい情報が出回っておらず、そういうものとしか説明が出来ないらしい。
「あとは……こうして銃を取り出したり、しまったりする事が出来るって感じかな?」
そう言うと、おもむろにヘイローへ手を近付けるホシノ。
するとヘイローが一瞬光り瞬き、それと同時に手を降ろせば、彼女の手には昨日にも見た
「1人につき1つ……ハンドガンや各種ライフル、ロケットランチャーなど、小火器や軽火器に分類されるものであれば概ねこれに対応しています。なので基本的には皆お気に入りの銃を
「逆にそれ以外の物には全然反応しないんだー。この盾とか、お昼寝用の枕とか入れる事が出来たらすっごい楽だったんだけど……。」
ま、出来ないものはしょうがないよねと言いながら、ヘイローに銃を近付けるホシノ。
するとまたヘイローと銃器が連動して光り瞬き、確かに彼女の手に握られていた銃が忽然と姿を消した。
成る程、これが昨日彼女達がいつの間にか銃器を手にしていたからくりかと納得するショウマ。
それと同時に、一連の話を聞いて自身の……ひいてはグラニュートに於けるガヴに近いものかと感じたのは、果たして気の所為であろうか?
「じゃあ次に……この世界がキヴォトスっていう名前なのは昨日も聞いた事だけど、それ以外にもどういう場所なのか話を聞きたいな。」
ひとまずその感想は置いておいて、次にショウマが問うたのは、このキヴォトスという世界について。
大雑把な事情は昨日にも聞いたが、より詳しい説明を貰えるなら是非ともと思ったのだ。
「そうだねぇ……まぁ昨日も言ったけど、キヴォトスはこの世界全体を指す言葉って思えば良いかな?」
「より正確に言えば、学園都市としての名前です。キヴォトスにはこのアビドス以外にも様々な学校がありまして、それら全てをひっくるめて学園都市キヴォトスと呼んでいるんです。」
「凄いんだよー?聞いた話だけど、キヴォトスには廃校になった学校も含めれば数千もそういう学び舎が有るっていうらしいからー。」
「数千……⁉ほんとに凄いね……!」
より詳しく話を聞くと、このキヴォトスでは制度として連邦制度が取り扱われているらしく、まず連邦生徒会なる組織がキヴォトス全体の統治を行い、そこから数十数百といった学舎がそれぞれの自治区を保有して、学園都市としての地理を形成しているようだ。
その中でもアビドスは一層広大な自治区を構える学校として有名であるらしいのだが……。
「ノノミちゃんからどれだけ話を聞いてるかは分かんないけど……このアビドスは大きな砂漠の真横に街を作って、そこを自治区にしてるんだ。自治区の名前にもなってるから何となく察する事が出来るかもしれないけど、一応この高校は近場でも有名な学校ではあったんだけどね……。」
「数十年前から勢力を強めている砂嵐……それによって、アビドスは今に至るまで衰退の一途を辿っているんです。」
「ほんとやんなっちゃうよ、元々アビドス高校って呼ばれてた建物も、砂嵐の所為で付近の街ごと埋もれちゃったし……この学校も、もう何代目の建物なんだろうね?」
「他に生徒の姿が見えないのも……。」
「言ってしまえば、この砂嵐の所為ですね。」
「最初の内は皆で色々頑張ってたみたいなんだけどねー、年々強まってく砂嵐の被害に耐えかねて、気付けば残ってるのはたったの4人……まぁ仕方の無い事だけどね。借金の問題も有るし、別に居なくなった人達の事を責めるつもりは……。」
広大な自治区を管理しきれているかは別であると、愚痴交じりに語るホシノ。
その中で、言葉にするには憚られるような事を口にしてしまったとは知らずに。
「ほ、ホシノ先輩、それは……。」
「ん?どしたのノノミちゃん……って、あっ……。」
あせとしたノノミの様子からすぐにその事実に気付く事は出来たものの、後の祭りとはまさにこの事で。
「借金……?皆、借金なんて抱えてるの⁉」
「あ……あー……いやぁーそのー、何ていうか……ねぇ?」
これは失言をしてしまったと、ホシノもノノミも互いに目配せし合うが、一度蒔いてしまった種は回収する事は出来ない……ましてやすぐに芽が出てしまうような種なら尚更だ。
目配せしていた目線をショウマへと戻せば、彼は驚愕と追求の眼差しで以て、少女達をじっと捉えている……答えを聞かなければ、気が済まなさそうだ。
「おはよーございまーす、今日も何とか間に合ったわね……。」
「おはようございます……ごめんねセリカちゃん、毎日起こしに来てくれて。どうも朝は弱くて……。」
「お……おー!おはよう2人共!全く遅いじゃないかぁ!ささ、今日も1日張り切っていこー!」
「え、何?ホシノ先輩、どうしたの?」
「何だか様子がおかしい気がしますが……。」
しかしちょうどセリカとアヤネが登校してきたので、ホシノはそれに便乗する形で話を流す事にした。
もちろん答えられない事情だと言って拒む事は出来たのだが、それを直接言葉にするのはホシノの中の良心が少々悲鳴を上げたのだ。
ノノミが庇う程にはショウマが善い人物である事を、ホシノも既に理解しているから。
「とにかく、ホシノ先輩の言う通り今日の活動を始めましょう。今日最初にやる事は、確か……。」
「対策委員会の今後について話し合いを……って、どうするの⁉ショウマさんが居る前でこんな話……⁉」
「えっと……すみません、ショウマさん。大変失礼なお願いにはなってしまうのですが、これから少し込み入った話をするので、ショウマさんには席を外してもらいたく……。」
だが先にも言ったように、蒔いてしまった種は回収出来ない。
それがすぐに芽が出てしまうような種なら、そこからもう手が付けられない程に早く枝を伸ばし成長してしまうであろう。
「……いえ、ショウマさんにも聞いてもらいましょう。ちょうどホシノ先輩が口を滑らせてしまった所でしたし。」
「ちょ、ノノミ先輩⁉」
「良いんですか⁉」
「ショウマさんがこの学校に居るのであれば、遅かれ早かれ耳にする事だとは思いますので……いかがですかショウマさん、お話……聞いてみますか?」
ならばいっそ、育てきってしまおう。
育てきり、熟した果実を食してもらい、毒も無く悪くも無い、無害な果実である事を証明する。
下手にはぐらかし続けるよりはずっと良い筈だ……その件に関して、決して自分達が何か疚しい事をした訳では無いのだから。
「うん、教えて……皆の事を。」
「では……先程お話ししました通り、アビドスの自治区は砂嵐による被害を受けて衰退の一途を辿っています。それこそこの学校は生徒数も4人まで減少してしまい……とても学校としての機能を果たせているとは言えません。」
「……まぁつまり、今この学校は廃校の危機に立たされてるんだよねー。生徒が居ないのもそうだし、借金も抱えちゃっててさ。」
「あ、でも勘違いしないでよ⁉借金は私達がしたものじゃないからね⁉」
「かつてこの学校に在籍していた生徒さん達が借り受けたものなのですが、毎年酷くなっていく被害に返済が追い付かなくなってしまったのでしょうね……今では返せる当ても無い額にまで膨れ上がってしまっているんです。」
「返せる当ても無いって、どれぐらい……?」
「……およそ9億円です。」
「9億⁉」
「正確には、9億6235万円……これが返済出来ないと、学校は銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります。それを阻止する為に、私達はアビドス廃校対策委員会として日々活動をしているんです。」
かくして明かされた真実は、ショウマの予想を遥かに上回るものであって。
9億などという、多額の負債……それは学生たる彼女達が背負って良い問題では無い……彼女達が背負える荷の範疇をとうに超えてしまっている。
それでも彼女達は、無理矢理にでもその問題を背負おうとしている。
「まぁ、言うてそれだけの話だよ。だからショウマさんが何かを気にする必要は無いからねー?」
「そ、そうそう!これは私達の問題なんだから!ショウマさんは元居た場所に帰る必要が有るんでしょ?全然そっち優先だから!」
その事実を前にして、ショウマが心に思う事は……。