「……以上が、現在把握と予測が出来ている被害状況です。」
「ありがとう、ノア。となると被害予想額は……こんなものかしら。いやこんなもので済ませちゃいけない額ね……。」
一夜明け、騒動が終息したミレニアムタワー内。
そのオペレーションルーム内にてノアからの報告を受け、直ぐに計算へ移るユウカ。
秀才たる彼女の脳内では既に暗算で以てその結論が出ていたが、念の為に愛用の電卓をパチパチと鳴らして……出力された数字に、やはり現実は変わらないかと頭を抱える。
午前中は体力と英気の回復に努めた筈なのだが、早速それらがゴリゴリと削られていく……何せ算出されたこの額に加えて別途清掃代も付けなければならないからだ。
今回の騒動の要となった、差押品保管所の前……果たして何があったらあんな溶けたチョコまみれの空間になるというのか。
これこそメイド部に掃除を頼んで……いや、犯人は間違いなく
「それと……差押品保管所なのですが、少し扉にガタつきが発生していましたね。」
「扉のガタつき?ああ、大方戦闘の余波で被害を被ったんでしょ……中に有るヴェリタスのツールとかは盗まれたりしてないんでしょ?」
「ええ、盗まれてはいません。」
「そう、じゃあ良いわ。折角だしそれも被害状況の中に入れておいて。わざわざ言ったって事はまだしてないんでしょ?」
「ええ、ゲーム開発部の襲撃とは無関係だと思っていたので……分かりました、加えておきますね。」
と、ユウカの頭の中で保管所の事が念頭に置かれたのを目ざとく察したのか、ノアがその保管所に生じていた異変について報告してきた。
しかし話を聞いても特に疑いが生じるような部分は見受けられない……あそこも暫く日々の点検でしか手を付けていない場所、折角の機会に新しくするのも悪くないだろう。
既にこの巨額なのだから、その程度の事はもはや些細な事……それよりも今は他に色々目を掛けなくてはならない場合なのだからと、ユウカはそれきり保管所の事を話題にする事は無かった。
「……気付きませんか。」
その些事こそ、今回の騒動に於ける彼女の采配……その最大の失点である事を、ノアは敢えて言及しなかった。
「後で怒られても知りませんよ……っと。」
午後13時12分。
先生は、とてもずるい大人の方である……ノアはしっかりと、手元のタブレットにそう記したのであった。
同じ頃、部室棟の廊下を揚々と歩いている者の姿が。
それはマキ……昨夜の騒動に於いてC&Cによりコテンパンに伸された筈であるが、彼女は既にそんな事はどうでも良いと言わんばかりに鼻歌を歌いながらとある部室を目指す。
それは彼女が普段所属しているヴェリタスのでは無く、昨夜の騒動に於いて自分達以上に中心となっていた者達が集っている場所。
「ハ~イ、ゲーム開発部のちびっ子達!調子はどう……かな……。」
たまに冷やかしに来る時と同じテンションでゲーム開発部の部室の扉を開けるマキ。
しかし発された彼女の言葉尻は、扉を開けてからみるみる内にしぼんでいった。
普段であればTVであれゲーム機であれ、何かしらの画面が点灯して音を鳴らし、部員達の声が騒がしく聞こえてくるものなのだが……今この部屋の中で、そんな普段通りという文字は1つとして当て嵌まらない。
「まあ、その……良かったじゃん!作戦は失敗したけど停学や拘禁はおろか、謹慎処分さえ無いんだよ?だからこの自由に感謝すると同時に目一杯謳歌もして……!」
ソファに、床に、力無く座り込んでいる4人の少女達……どうやら相当堪えているようだ。
しかし落ち込んでばかりいてもしょうがないというもの……奇妙な事だが、昨夜の騒動に於ける処罰は今言った通り何のお咎めも無し。
多分ユウカ達もそれなりの被害を被った事で処罰を与えている暇が無いからではというのがヴェリタスのメンバーによる予測であるが……まあそれは今この場に於いてはどうでも良い話である。
「……何が良かったって言うの?」
「え?何て……?」
「何が良かったのかって聞いてるのッッッ!!」
そもそも、良い話なんて1つも無いのだから。
「鏡を取り返せなかった!!G.Bibleが開けない!!そしたら私達はもう部活動なんて出来ないんだよ!?G.Bibleも無しに私達が作れるゲームなんて、誰からも認められないクソみたいなゲームばっかなのに!!」
ソファに預けていた体を乱暴に起こし、マキへ向けて荒い声をぶつけてしまうモモイ。
愛して止まないゲームのディスクやカセットを踏み付けてしまっている事にも気付かず、自分達の存在を平気で卑下するような発言もして。
「折角力を貸してくれた皆に……合わせる顔が無いよ……!!」
そして、やがて、彼女はがくしと、その場で力が抜けたよう膝を付いた。
「ごめんね……ごめんなさい……私の所為だ……もっと私がちゃんとしてれば……。」
「モモイ……。」
口調さえも崩れてしまう程の嗚咽を流すモモイ。
そんな彼女をミドリも、ユズも、アリスも、誰も慰めようとしない……むしろ皆、今にも釣られて泣き出してしまいそうで。
本当に気が滅入ってしまっている……直ぐにでも彼女達の心に景気を付けさせなければ、下手をしてこのまま壊れてしまいかねない。
「あー……本当に何も聞かされてないんだね。」
「……え?」
そしてその気付け役を、まさか自分が行う事になるとは……今の今に至るまで、マキは全く想像していなかった。
「ヴェリタスまで来れる?G.Bible、そろそろ解析終わりそうだって。」
「ちょっとおおお!?!?どういう事おおおおお!?!?」
「G.Bibleの解析が終わるって何で!?どうして!?」
「だって鏡は取り返せなかったのに……!?」
「ところでアリスはお腹が空きました!昨日の夜から何も食べていないので!」
「ま、待って待って!!そんなに揺らしたらさっき飲んだエナドリが……で、出……!!」
ヴェリタスの部室にて。
扉の自動開閉を待てずに半ば突き破らんとする勢いで中に入ってきたモモイが、近くに居たハレの肩を掴んでその体をぐわんぐわんと大きく揺らす。
続けて入室してきたミドリやユズ、アリスも必要以上に詰め寄っては圧を掛けてモモイの凶行を止める気配も無く……ハレの口から決して乙女が出してはいけないキラキラが流れるまで、あと5秒といった所か。
「た、ただいま~……。」
「おかえり……説明したんじゃないの?」
「いや見ての通りよ、G.Bibleの解析が終わりそうって言ったらいの一番に飛び出しちゃってさ……。」
「だから説明するなら私が行った方が良いと言ったじゃないですか。」
「いやコトリが行ってたらあの勢いに押し倒されて踏んづけられてたよきっと……。」
さらに遅れてマキが来て、やれやれといった様子で部屋の中に居る他の仲間達……ヒビキとコトリの隣へと立つ。
彼女達もまた、G.Bibleの解析結果を知りたくてここまでやって来たようだ。
「お待たせしました、皆さんお揃いですね……そして、説明を求めている顔をしてらっしゃる。」
「では私が説明を行いましょう!何故作戦が失敗したというのにG.Bibleの解析が出来たのか、それは……!」
「はいはいストップ、本人に喋らせよう。」
やがて部屋の奥から現れたコタマ……どうやら彼女が昨夜の段階から解析を進めてくれていたようだ。
して何故そのような事が出来たというのか……その答えは、大人にしか許されない優しさの取り方によるものであった。
「簡単に言いますと、先生が鏡を届けてくれたんです。」
「まさかC&Cがセミナーと結託していたなんて……分からなくなってきたね……。」
時は昨夜の騒動、タワー全体の電源を断ってから暫くした後まで遡る。
マキとコトリが戦闘不能となり、2人が抑えていたアカネはこのまま真っ直ぐ上へと向かい挟撃の形を取る筈。
肝心のゲーム開発部も先程アスナと接敵したと今しがた連絡を受け、外に居るカリンの相手はウタハとヒビキが対処に中ったものの、それもいつまで持つか……。
露骨に士気を低下させる訳にはいかない為にハレの発言に返事を返さなかったが、はっきり言って状況は限り無く悪い。
最悪はアリスが鏡を手にして帰ってくれば、それで作戦は成功とはなるのだが……虫の知らせか、コタマはそれさえも何らかの理由で失敗に終わるという予感があった。
それがまさか
「……?」
突然、部室のドアのインターホンが鳴る。
時刻は深夜、仲間は全員出払っていて、ここへ来る者など普通なら皆無な筈。
可能性が有るとするなら……
─ぜぇ……はぁ……あ、あれ?えっと……ごめんなさい、ドアを開けて欲しいのだけれどー!
「……誰、この人?」
そう思ってドアの外を映す監視カメラの映像を見てみるも、そこに居たのは何故か肩で息をしている生徒が1人……固く閉ざされているドアを前に無理矢理開けたりするような真似をせず律儀に開けて貰うよう声を掛けてきている様子からはとても想像していたような存在には思えず、同じく映像を見たハレも首を傾げてしまっている。
─ちょっと!?急いでるんだから早く開けてよ!?間に合わなくなっちゃうじゃない!?
─代わって下さいアルさん!コタマさん!ハレさん!私です、アロナです!お渡ししたい物があって来ました!
しかし画面の中から聞こえてきた声、そして生徒が手に持っている端末を見て、その正体が先生の関係者であると当たりが付けられ、コタマは急いでドアのロックを解除する。
「あ、開いた……ん゙ん゙っ!……失礼するわ、初めましてね。」
「えっと……あなたは?」
「便利屋68の社長、陸八魔 アルよ。あなた達に届け物があって来たの。」
ドアの前で慌てていた姿から咳払いをして一変、変に格好を付けながら室内へ入ってくる
そんな彼女から届け物と称されて差し出されたのは、彼女がそれまでも手に持っていた
「アロナ……?」
『はい、お2人共よく聞いて下さい。今このシッテムの箱には、鏡のデータがコピーされて入っています。これを使って、G.Bibleのロックの解除を行って下さい。』
「えっ、鏡のデータが……!?」
詳しく話を聞いてみると、どうやら
思えば計画の準備を行っていた時も、彼は作戦に参加出来ないながらもその内容を事細かに聞いてきて、それを少しばかり不思議に思っていたが……まさか、そんな誰しもの裏をかくような真似をする為だったとは。
「じゃあこれ以上皆が無理する必要は無い!直ぐに作戦を中止して……!」
『待って下さい!作戦はそのまま最後まで続けて下さい!それがユウカさんとの約束でもあるので……!』
「ユウカとの……?」
言われ、そういえば彼は一緒ではないのかと気付く。
その疑問を察したアロナから語られたのは、後に他の皆も知る事となる、公平性を求めたという
故に確実に彼女達の下へ
いや……一芝居という綺麗な言葉で表してはいけない。
ゲーム開発部やヴェリタス、エンジニア部……果てはセミナーやC&Cまで。
その誰しもを騙し、裏切るような一手を、彼は敢えて選んだのだ。
「そんなの……先生が1人で全てを背負い込むようなものじゃないですか……。」
『……それが、先生が選んだ道ですから。』
抱く願いと、座する立場……その2つの鬩ぎ合いに揉まれ、公平とは真逆の選択を取った彼。
下手をすれば誰しもから恨まれるかもしれない……けれどそれで癒えぬ傷を負うのが自分だけとなるのなら。
決して賢くなく、迂闊で、安っぽい自己犠牲と蔑まされるかもしれない……けれど、それでも思いやりに溢れている。
そんな彼の選択と、その選択の内に秘められた覚悟を聞いて、コタマもハレも何も言えなくなってしまった。
「……それじゃあ私は行くわ、もう一仕事しなくちゃいけないからね。」
『お願いします。』
途端に重くなった室内の空気……するとアルが別に用事が有るからと、おもむろに踵を返して部屋を出る。
間も無く外から聞こえた、「さて、次の仕事は敵狙撃手の撃破……よし、走れ私!!……ああもうヒールが邪魔っ!!」という去り際の声が、室内の空気に耐えかねたというのも理由に有るという彼女の心境を良く表していた。
『こちらも、お願いして良いですか?』
アロナの声が静まり返った室内に……2人の胸の内に響く。
そうだ……決して賢くなく、迂闊で、安っぽい自己犠牲と蔑まされるかもしれない……そんな彼の覚悟をいち早く知れたのだから、ここでただ呆けている場合ではない。
託されたそれに自分達が成果を付与しなければ、その覚悟さえ意味無く水泡に帰すのだから……何であれ、出来る事をやる。
「私が対応しましょう……ハレはそのまま作戦を続けて下さい。」
「……分かった。」
こうしてG.Bibleの解析はコタマに一任された。
昨夜の騒動に於いて彼女の存在が一切表に出てこなかったのも、そういった事情が含まれていたのだ。
「……ぶっ飛ばす。」
「え?」
「ぶっ飛ばす、今度会ったら絶対にぶっ飛ばす……正面からじゃ勝てないからゲームでボッコボコのギッタンギッタンのケチョンケチョンにしてやる……!」
「お姉ちゃんステイ、女の子がしちゃいけない顔してる。あと頭の上に変な文字も浮かんでるから。」
コタマからG.Bibleに纏わる経緯……そしてショウマの行動の真意を聞いた少女達。
自分達の願望の成就を願って、でも素直には寄り添えない事情が有るからと、たとえ卑劣に手を染めてでも事を為して……非常にもどかしい話だが、それが大人の世界、大人という存在なのだろうと、皆話を聞いてそう理解した。
故に彼を恨むなんて思いは一律して抱く事は無かったが、それはそれとして何だか自分達が子供であるという事実をまざまざと突き付けられているような気もしてきて、素直になれなかったモモイがついへそを曲げてしまう。
そういう所がまさに子供な部分なのではないかと、ミドリは姉の頭上に浮かんでいる
「それよりも、早く解析されたG.Bibleの中身を見ないと!」
「そうだG.Bible!見れるんだよね!?」
「はい、解析は完了しています。ですが皆さん……特にゲーム開発部は、覚悟の準備をしておいて下さいね。」
「え、何かその台詞すっごいデジャヴ。」
「も、もしかしてヴァルキューレや連邦生徒会が来て……!?」
告げられた警告に過去の苦い思い出が刺激され、大きな動揺を露にするゲーム開発部。
コタマからすれば何の話だと言いたくなるような話であるが、しかしある意味それぐらいの覚悟を持っていた方が良いのかもしれない。
「では……これが解析した、G.Bibleの全貌です。」
「「「おおおっ!!」」」
何せヴェリタスの保有する数々の大画面、そこへ一斉に表示されたデータというのが……。
「……いかにも後悔してますって顔してるわね。」
『すみません、先生……余計な事を言ってしまいましたね。』
「ううん、大丈夫……アロナちゃんが言ってくれなかったら、そもそも気付けてなかった事だったし。」
少し時が流れて、再び部室棟の廊下。
そこには全体的に暗い雰囲気を纏っている3人組の集団が居た。
ショウマにセリカ、そしてアロナ……彼等彼女等は今日、昨夜の騒動に於いて取った身勝手な行動によって被害を被った人達への謝罪の為にこの場所を訪れていた。
セミナーやC&C、エンジニア部やヴェリタス、そしてゲーム開発部……特にゲーム開発部の少女達には真っ先にその旨を伝えなければならない。
本来なら彼女達が為さなければならない目標の達成という成果、それを為す為に立てた作戦……そこに掛けられた努力、そして彼女達が抱いていた希望。
それら全てを、自分達は尽く踏みにじったも同然なのだから。
「まあ、そのお菓子であいつらの機嫌が良くなる事を祈るしかないわね……手作りなんでしょ?」
「うん、皆の口に合えば良いんだけど……。」
午前の時間を掛けて作った、手作りのカップケーキ。
せめてどれか1つは彼女達の好みに嵌まるよう、様々な種類を用意した作群であるが……その分と言うべきか、提げている箱が妙に重たく感じる。
しかしこれが軽く感じる程には、今の彼女達が抱えているものはきっと重い筈……こんな詫びの印というあからさまな方法で、果たして彼女達の心を癒す事が出来るのだろうか。
そんな風に不安を募らせていると、不意に向かいの方から聞き慣れた鳴き声が聞こえてきた。
「あれ、ゴチゾウじゃない。こんな所にも置いといてたの?」
「君達は……モモイちゃん達の様子を見ててって頼んだ子達だよね?どうしたの?」
現れたのは、キッキングミゴチゾウとパンチングミゴチゾウのペア。
ショウマが騒動の後にどうしても後ろ髪を引かれたからと置いていった個体等であるが、そんなゴチゾウ達は目の前で何やら慌てているような仕草を取っている……まるで大変な事が起きたとでも言うかのように、焦っているような声も発して。
しかしゴチゾウ等が発する声は、主人であるショウマにしか分からない……そこはかとない嫌な予感を抱きながら、セリカは彼の解読を待つ事に。
「……えっ!?」
そして実際に翻訳された内容を聞いて、彼女は抱いた予感が的中してしまった事に思わず頭を振った。
「も、モモイちゃん達が……壊れたって……!?」
「失礼しまーす、皆……。」
ゲーム開発部の少女達が、精神的に壊れた。
ゴチゾウ達からそう告げられ、部室へ向かう足を速めたショウマ達。
しかしドアの前に立つと、中からは随分と楽し気な笑い声が聞こえてくる。
一聞するとゴチゾウ等の報告と食い違っているようなその声を訝しみながら、恐る恐るとドアを開けると……。
「あはははっ!あぁーはっはっはっはっはっ!」
「えへ、えへへへへへ……。」
「……。」
途切れたショウマの台詞、その続きが「大丈夫?」から「大丈夫じゃないね……。」に固定されてしまった。
楽し気に聞こえていたのは単なる笑い声ではなく、モモイが発していた狂気による笑い声……その影に隠れるように、ミドリも別ベクトルの狂笑を浮かべている。
ユズは姿が見えないが、僅かにロッカーから物音がするので、きっとその中だ。
そして恐らく、彼女の様子も姉妹と同じ様な状態なのであろう。
「先生、セリカ……!」
「アリスちゃん……!」
「アリスちゃんは大丈夫そうね……何があったのよこれ?」
「その……G.Bibleが……。」
『G.Bible……解析はヴェリタスの皆さんに託した筈ですが、それがどうかしたんですか?』
唯一の例外はアリス……モモイ達の変貌振りに部屋の角で困惑していた彼女の下へ寄って話を聞いてみれば、少女達がこうなった原因としてG.Bibleの存在が挙げられた。
G.Bibleは少女達が探し求めていた、最高のゲームを作る為の方法が記されているという
「では……これが解析した、G.Bibleの全貌です。」
「「「おおおっ!!」」」
何せヴェリタスの保有する数々の大画面、そこへ一斉に表示されたデータというのが……。
「「「……おお?」」」
およそ皆が期待を寄せていたような代物とは思えない程に奇天烈なものであったからだ。
「……何これ?」
「分かりません。」
「分かりません!?分かりませんってどういう事!?」
「見ての通りです、解析されたデータは全てがこのような文字とも記号とも付かないもので埋め尽くされていました。解読も試みてはみましたが……残念ながら。」
つまりはこうだ。
現状G.Bibleの中に、皆が期待を寄せるような情報は無い。
それが判明した瞬間、モモイ達の中で再生された希望の柱が再びポッキリと折れてしまったという訳なのだ。
「そんな……。」
『ダミーデータだったという事でしょうか……?という事は、あの時取得出来なかった残り30%が本体だった……!?いえ、70%をダミーで占めるだなんてそんな中途半端な事……やっぱり全体が暗号めいたデータで……!?』
「んー?アロナ何か言ったぁ?」
『ひいっ!?い、いえ何も!!』
まさかあれだけ探し、苦労して手に入れたものが、ヴェリタスでさえ解読出来ない意味不明なデータの山だけだったとは……。
期待と現実、そのあまりの落差にショウマも堪らず呆然とした声を漏らす。
アロナも信じがたい事だとして端末の中で自己分析を進め、しかしてもしやこのような結果に到ったのは自分の所為なのではという疑心をほのかに抱いてしまい、モモイから掛けられた声に明らかに動揺した返事を返してしまう。
「っていうか先生達来てたんだー、おっはよー!今日も良い天気だね!」
「……今日はあいにくの曇り空よ、それにもうおはようの時間でも無い。」
だが幸いと言うべきかなのか、その上擦った声から彼女の思う所が察せられる事は無かった。
察せられない程に、今のモモイ達に余裕なんてものが無かったから。
「あ、そう?まあ何でも良いよ!それより皆でゲームしようよー!ミドリとユズも楽しんでるやってるよー?」
「ふふふ、やったー……フルコンボだドーン……。」
「……。」
モモイが指差した先、そこではミドリが奇妙な笑みを浮かべながら有名な音ゲーをプレイしている……レトロゲームをこよなく愛する彼女達には珍しい、最新のゲーム作品のパッケージに囲まれながら、だ。
ユズもやはりロッカーの中でゲームに興じているのだろう……しかし聞こえてくるのはやけにリアルな銃撃音。
普段彼女がプレイしているのは概ねRPGや格闘ゲーム、リズムゲームの類いなのだが、聞こえてくる音からして現在プレイしているのはFPS……それもミリタリー色の強いものであろう。
何れも、あまりに彼女達らしからぬ様子に、ショウマはその表情を歪める。
怒りも悲しみも、とうに越して……だからこそ恐ろしくて口を出せない。
迂闊に言葉を選べば何が起こるか、と……しかしセリカは違った。
「ちょっとあんた達、しっかりしなさいよ。アリスちゃんだって困ってるわよ?」
「んー?ああそうだ、アリスの新しい部活動先も探さないとだねー。」
「新しい部活動先って……。」
「そりゃ
「……あんたそれ本気で言ってる?」
元々顰めていた眉が、さらに険しくなっていく。
セリカには分かるのだ……まだ出会って2日しか経っていない、それでも様々な苦楽を共に過ごしたからこそ、今のモモイ達が上っ面だけの絶望に惑わされて腑抜けているだけなのだと。
「無理だよ、もう……本当に。」
「無理じゃないでしょ。作れるでしょ?ゲーム。」
「まあ作れるけどさ、作っても意味無いんだもん……G.Bibleも無しに私達が作れるゲームなんてさ、どんなものかいちいち説明する必要も無いでしょ?」
「だからって何もしないで諦めるのは違うでしょ!?出せば審査はしてくれるのよ!?もしかしたら何かの拍子で審査の目に留まって、そこから……!」
それを刺激するような言葉に変化を見せたのが、何よりの証拠。
それまで明るげであったモモイの語調が、諦観としたものへと変わる。
確かに彼女達の心境は非常に共感出来る。
G.Bible……それがあれば自分達のゲームは変わる、その成果でゲーム開発部は存続出来る。
そう信じて、けれど見つけたそれは意味の分からぬ何かの羅列……信じがたい、受け入れがたいと自棄になる気持ちは大いに同情の念を抱く。
けれど、だからといって、今まで積み重ねてきたものまで意味が為さなくなる訳ではない。
自分達の力をもう一度信じて……そこまで言おうとした時だった。
「うるさいッッッ!!」
モモイの怒声が部屋の中に響き渡る。
しん、と静まり返る室内……本人すら自分が何を口走ったのか理解出来ていないような激情の剥き出し。
しかし、諦めたくなんてなかったのに、諦めるしかないと思い込まなければ耐えられない……そんな逃げ場を失った彼女の悔しいという内面を、その小さく震えている握り拳が如実に表していた。
「……あっそう、分かったわ。じゃああんた達はそこで一生ウジウジしてなさい。アリスちゃんは私達で預かるから。」
「セリカ……!」
でも……だからこそ、尚更今の彼女達を許せなかった。
そんな気の昂りからか、セリカは少々乱暴にアリスの腕を掴み、彼女を部屋の角から自分達の下へ連れようとする。
アリスがその乱暴さ故か、或いはモモイ達への思いやりに欠如している態度故か、咎めるような声を出して抵抗しようとするも、関係無い。
「折角あれだけ頑張ったっていうのに……そうやってあんた達は全部無駄にするつもりなのね?ヴェリタスも、エンジニア部も、私達も……。」
何故ならセリカは、知っているから。
ゲーム開発部、その存在がこれからも続くよう願っているのは……。
「ユウカさんの想いも……。」
彼女とて、同じなのだと。
「……ユウカ?」
その名前を聞いて、モモイの声に今までとは違う色が滲む。
ミドリもゲーム機の画面へ向けていた顔を上げて、ユズもまたロッカーの扉を開けて顔を出す。
ユウカが?
ずっとこの部活を認めないし、失くすとも何度も言っていた、あのユウカが?
まさか、そんな訳が無いと疑念を持つ少女達……しかしそれまで事の成り行きを静観していたショウマが、ここでおもむろに口を開く。
「覚えてる?昨日初めてヴェリタスの皆に会いに行った時の事……セリカちゃん用事が出来たって言って俺達の側を離れてたけどさ、あの時セリカちゃん何してたと思う?」
それは覚えている……1人どこかへ、不審にも姿を消したセリカ。
モモイ達はその時にセミナーへ作戦の内容を伝えたものだと考えていたが、それは半分正解で半分間違い。
確かにそのタイミングで彼女はユウカに夜の襲撃の事を伝えたのだが、そもそも襲撃の件はヴェリタスとの会話の中で生まれた考え……彼女が最初からそのつもりでいたというのなら、そこには物事の順序という矛盾が生じる。
彼女の用事とは、本来それとは無関係な話……ではセリカが本来目的としていた事とは一体何だったのか?
「ユウカちゃんに会いに行ってたんだよ。ゲーム開発部の廃部を止めて貰うようお願いする為に……そしたらユウカちゃん、こんな事を言ってたみたいだよ?」
気恥ずかしさと、そこに秘められた真実により、本人の口からは直接語れないが故の、ショウマの代弁。
それでも少女達には伝わる事となる……いつも意地悪ばかりしてきて、半ば敵のように扱っていた
そんな彼女の内に秘められていた、どうしようもない優しさを……。
時は遡り、ミレニアムの学舎の屋上。
タワー程ではないがミレニアムの広大な敷地を十分望める手頃なスポットであるが、今そこに立っている少女の視線は景色等には向いていない。
安全柵に背を預けながら、物憂げに空を見上げているユウカ……そんな彼女の下へ姿を現したのが、セリカであった。
「あら……よく分かったわね、私が
「分かった訳じゃありません、思いっきり探しましたよ……本当に、たまたまです。」
言いながら、僅かに肩で息をしているセリカ。
告げた通り、校内のあちこちを走り回ったのだろう……そんな彼女を見て、ユウカは僅かに目を細める。
彼女が自分を探していた理由が、容易に予想が出来るから。
「それで、用件は……って、聞くまでも無いか。」
「どうにか出来ないんですか?ゲーム開発部の事……。」
やっぱり、とユウカは小さく笑う。
あんな後出しも良い所なやり方……やはり抗議の声が上がって当然か。
「結論から言うと無理ね。やっぱり規則だもの……相当な事情でも無い限りはそれを踏み倒してっていうのは、ね。」
「……まあ、もう既にやってるようなものですもんね。」
セリカもユウカの隣に立ち、柵に手を掛けて暫く佇んで……互いに落ち着いた所で、ユウカがいよいよ本題を切り出す。
それを受けてセリカが思い出すのは、ゲーム開発部の成り立ち。
彼女達の物語は部活動結成に必要な人数を満たしていないながらも申請を押し通そうとして、仕方無く仮で承認された事で始まったものであった。
そしてその承認を行ったのは、他ならぬユウカだ。
「……あの子達はね、すっごい純粋なのよ。透明な、これから何色にでも染まれる子達……でもだからこそ、間違った色には染めさせたくない。今ここであの子達を無条件に愛したら、きっと悪い色に染まっちゃうわ。」
2人揃って、ゲーム開発部の様子を改めて思い返す。
多様なゲームソフトやゲーム機が乱雑に積み上げられ、または散らばっているあの部室は、決して褒められた環境ではない。
それでもその1つ1つからは、彼女達なりに積み重ねてきた大切な時間が有る事を確かに感じ取る事が出来る。
だからこそ、下手な情けを掛ける訳にはいかない……中途半端な温情は、彼女達の未来を奪うだけなのだから。
「その為なら、自分が悪役になってでも……ですか?」
「ええ、その為なら鬼でも悪魔でも大魔王でも、何だってなってみせるわ。」
だからユウカは厳しくする……嫌われる事も承知で、疎まれる事も承知で。
彼女達が自分を敵だと思ったとしても、それで彼女達が正しい
しかしそんな強い覚悟とは裏腹に、浮かべている表情は明らかに疲弊している。
そしてその疲弊が単なる日々の激務から来るものでは無いという事も、セリカにはもう分かっている。
嫌われ、疎まれ、たとえその先をもという覚悟を建前として、彼女の本音は違う声を上げている。
本当はそんな役回りなんて望んでいない……覚悟とは真逆の、そんな声を上げているという事を。
「立場って本当に嫌になる言葉よね~。望む望まない、望まれてる望まれてないに関わらず、それに見合った成果を出さなくちゃならない訳だし。それで成果を上げたら、今度はそこに信頼が生まれる……信頼が生まれたら、期待もされる。そしてその信頼と期待が一定値を上回ると……。」
「……今居る立場以上の仕事を与えられる。」
「正解、望む望まざる関係無しにね。そしてそこで嫌と言えないと……。」
でも……と、先の会話から続くよう前置いてから語るユウカ。
出来るから任されて、任されたから応えて、応えて出来たから、また次を任されて……。
そうして気付けば、自分の意思とは関係無く背負うものが増えていく。
それでも、誰かが背負わなければならないのだ……ゲームのように要らないアイテムは捨てて終わりとならないのが、悲しき事にこの世の常である。
そしてその常を、彼女はいつだって背負ってきた。
「私は元々計算が得意だったし、それがこの学校の役に立つならって事でセミナーに入ったのだけれど……まさか会長が不在になったら私が色々仕切る立場になるだなんて、思っても見なかったわ。」
「ユウカさん、面倒見良いですもんね。」
「ええ?冷酷な算術使いやら何やら言われてる女よ?」
「それは結果でしょう?世話を焼かなきゃ、そもそも言われない言葉です。」
そんな返答に、ユウカは目を丸くする。
彼女はいつだって皆からの信頼と期待を背負ってきた……でも彼女は、それ自体を嫌だとは思っていない。
予期せぬ重荷となって溜め息を吐く事は有っても、背負う事そのものを苦だとは思っていない。
だからたとえどれだけの問題児であろうと、どれだけの問題事であろうと……それがミレニアムの生徒ならば、ミレニアムの為ならば。
……いいや、それが誰かの……皆の為となるのならば。
早瀬 ユウカとは、そういう人物なのだ。
「それに……慕われてもいなきゃ、そんな風には呼ばれませんよ。」
そんな彼女の本質を、彼女を知る誰しもが理解している。
だから彼女がどれだけ厳しく叱ってこようとも、横から口を出してこようとも……程度の差は有れ、それが彼女の愛故であるとして、誰も彼女の事を恨みはしない。
冷酷な算術使いを始めとした数々の異名には、そんな意味合いが込められている筈なのだ。
「……そうかしら。」
「そうですよ、絶対。」
恐れているような役回りを、彼女はまだ演じていない。
彼女は愛し、そして愛されている……だからこれから先も、その役回りを演じる事はきっと無い。
だから大丈夫……と励ますのはちょっと違うような気がするが、少なくとも伝えたい事は伝わったようだ。
「それなら、私は思いっきり
だからセリカさん……と。
後にショウマから今後の展開を聞かされ、2人して項垂れる事になるよりも前にユウカから託された想い。
「あの子達の事をよろしくね?私の代わりに、どうかあの子達がプレイするゲームのナビゲーターになってあげて。」
それがこれまでと一変した、普段彼女が浮かべているであろうあの負けん気の強い表情と共に、セリカの心に深く刻み込まれたのだ。
「昨日の夜……あれだけの騒ぎを起こして、それでどうして何も言われなかったか、分かる?」
それは彼女が今居る立場や役割を考えれば、絶対にしてはいけなかった事……仮にも表向きは双方に利となるような動きを見せていたショウマの暗躍よりも、私情に塗れた行い。
「皆に最後までやり遂げて欲しかったからだよ。本当ならちゃんとした罰を与えなきゃいけなかったのに、ユウカちゃんは周りの意見を振り切って、それを押し通したんだって。」
大きな反感と不信を買う事は確実で、下手をすればこれまで築き上げてきたものが酷く揺らぐ可能性さえ有るというのに、彼女はそれでもを貫いたのだ。
どこまでも問題の有る子供達ではあるが、同じくどこまでも真っ直ぐで純粋な少女達に、大いに期待しているから。
このミレニアムに新しい風を吹かせるやも……ではなく、絶対に新しい風を吹かせる存在だと信じて。
「ユウカが……私達の為に……。」
昨夜の騒動の中で、彼女が放った言葉。
大切な場所を奪われる、自分達の繋がりが断ち切られる……あの時はそんな恐怖ばかりが先に立って、彼女が何故あそこまでの事を言っていたのかなんて深く考える余裕が無かった。
けれど今なら、その言葉の奥に有ったものを理解出来る。
─私だってあなた達の事を虐めたくて色々言ってる訳じゃない……あなた達にこれ以上無茶も後悔もさせたくないから言ってるのよ!
彼女はいつだって、自分達の事を見てくれていた。
ずっと前から、自分達の未来を考えてくれていた。
その想いを前に、自分達はどうするべきか?
「……今からミレニアムプライスの応募終了まで、あとどれぐらい残ってる?」
答えはもう、決まっている。
『計算しました、6日と4時間38分です。』
「よし、それだけあれば十分……だよね、2人共!」
「うん、そうだね!」
「作ろう……私達の手で、もう一度……!」
「モモイ……ミドリ……ユズ……!」
諦めの1色しかなかった少女達の目に光が灯る。
1週間も無いタイムリミット……これまでならば平時であっても匙を投げていたであろう余裕の無さ。
しかし今の自分達には、もうどんな理由とてやめられぬ理由が出来た。
「アリスも、力を貸してくれる?」
「はい!勿論です!」
「じゃあ、俺達も何か手伝い……。」
「あ、それはストップ。」
「え?」
だからこそ、ショウマが手を挙げかけた所で、モモイがそれを止める。
そのあまりにも迷いの無い拒絶に、ショウマだけでなくセリカやアロナも目を瞬かせる中で、モモイはうーん、と1つ唸り……。
「何だろう……何か、手を借りちゃいけない気がするんだよね。これは私達ゲーム開発部だけでやらなくちゃいけない事……そんな気がする。」
昨日までなら、きっと喜んで助力を求めていた事だろう。
けれど
ならば今度は、自分達が応える番なのだ。
今こそ誰かに教えて貰うのではなく、誰かに与えて貰うのでもなく……自分達が大切にしたいものを、自分達の手で掴み取ると。
「その代わり、最後まで見届けて欲しいんだ……ミレニアムプライスが終わる、その時まで。」
真っ直ぐにショウマとセリカの2人を見つめるモモイ。
そこにあったのは、いつもの勢い任せな笑顔ではない。
数多の期待を背負う事に少しだけ不安を抱えながらも、それでも前へ進もうとする少女の顔だった。
「……分かったわ、あんた達がそう言うなら。」
「それなら、せめてこれだけは……はい、どうぞ。」
「何これ?……わっ、カップケーキだ!」
「しかも色んな種類が有る!」
「うん。皆には色々と酷い事しちゃったから、そのお詫びって事で作ったんだけど……。」
「先生の手作り……ありがとうございます!」
「パンパカパーン!ゲーム開発部はカップケーキを手に入れた!」
そのまま皆でショウマのカップケーキをひとしきり堪能し、するとモモイが一度咳払いを行ってから途端に勢い良く声を張り上げる。
「よーし、それじゃゲーム開発部、クエスト再開!ミレニアムプライスの為のとっておきのゲームを作るぞー!」
「「「おー!」」」
モモイ、ミドリ、ユズ、アリス。
ゲーム開発部4人の声が、部室いっぱいに響き渡る。
魔王の驚異に脅かされて、幾度も膝を付き、しかし何度だって立ち上がる……そんなゲームの中の勇者達のように。
彼女達の物語もまた、再び起動した。
「全く、本当に世話の焼ける奴等なんだから……。」
少女達の再三の立ち直り様に呆れた物言いをするセリカであったが、その表情には僅かな笑みが浮かんでいる。
そしてショウマもまた、彼女達の
「頑張れ、皆……!」
もうこれ以上の世話は焼かないし、必要も無いだろう。
何より信じて見守る事もまた、人が