「おはよーショウマさーん……って、今日は1年生早いねー?」
「おはようございます~。珍しいですね、いつもは私達の方が早いのですが……。」
カタカタヘルメット団に拉致された黒見 セリカの救出劇から数日、普段通りの時間に登校してきたホシノとノノミが目にしたのは、少々意外な光景。
いつもなら自分達よりも後に来る筈の1年生達が、既にショウマと机を囲んでいたのだ。
「おはよう、2人共。」
「おはよーございまーす。まぁ、たまにはね。」
「おはようございます。今日はショウマさんに外の世界について色々聞いてみようと思いまして。」
「あー、外の世界に帰る方法?どう、何か分かった?」
「それが、今の所全く……色々検索方法を変えたりしているのですが……。」
話を聞けば、どうやら1年生2人はそれぞれショウマに用事が有ったようで。
まずアヤネは今語った通りショウマが元居た場所へ戻れるように、その方法や外の世界について詳しく話を聞いていた。
しかしその成果は今の所、外の世界に対するアヤネの知的好奇心を埋めるだけに留まっている模様。
そしてセリカはと言うと、どうやらショウマと銃器について軽く談議をしていたようだ。
このキヴォトスでは、銃の知識が無ければ生活する事もままならない……己の身を守る為にも最低限の教養を付け、
ショウマ本人は知識はともかく現物はあまり持ち歩きたくないらしいが、幾日かを共に過ごし、少しずつショウマという人物の人となりが分かってくると、その強い正義感から来る人助けの精神が正直見てて危なっかしいと感じるのだ……自衛の為にも拳銃を持たせようというセリカの意見は、確かに同意を示せる。
故に遮る事無く好きにさせようと、ホシノとノノミはそのまま席へ座り、共にその話題へ参加して談笑を交える事数刻。
やがてアヤネがふぅ……と一息吐き、それまでタブレットに這わせていた指を止めた。
「やはり駄目ですね……恐らくこれ以上の事を調べるのは、アビドスでは不可能かもしれません。もっと情報が整理されているであろう三大校、或いはD.U.に向かう事が出来れば……。」
アヤネが言った三大校とは、それぞれミレニアムサイエンススクール、トリニティ総合学園、そしてゲヘナ学園という3校を指す言葉であり、規模、武力共に現在のキヴォトスを代表する学校であるとの事。
そして
「ですが、今は電車もバスもあまり動いていないですからね……行くのは難しいかもしれません。」
「動いていない?どうして?」
しかしそれらへ向かうのは現状難しいものがあるとノノミから指摘が入る。
それが何故かと聞いてみれば、思わぬ答えが返ってきた。
「前にキヴォトス全体の統治をしてるのが連邦生徒会だって話はしたよね?その連邦生徒会の会長さんが少し前から行方不明になってるんだって。それで向こうも色々と慌ただしくしてるみたいでさ……色んなインフラって言うの?そういうのが今あんまり機能してないんだって。」
アビドスは元々独立気味というか、孤立気味というか……とにかく連邦生徒会とはそこまで深い関わりを持っていなかった為、他の学校と比べればそういった影響は少ないらしいが、それでも買い出し等で公共機関を使う機会自体は有るので苦労は積み重なっているらしい。
成る程、初めて出会った時にお菓子を軒並み食べてしまった事に対して、セリカが不機嫌を露にした訳である……それにしても行方不明とは穏やかな話じゃない。
連邦生徒会長というのが誰かは知らないが、それでも気を引かれる内容であるとして、出来れば詳しく話を聞きたいとショウマが思った、その時だった。
「「……?」」
コンコン、という音がした。
はて、何の音だろうか?誰が鳴らした音だろうか?
ショウマは少女達へと目を向ける……その少女達も、同じ様に互いの事を見つめ合っている。
つまり少女達もショウマと同じ事を考えていたという事であり、先程の音はこの場に居る者が鳴らしたものでは無いという証明となる。
では今の物音は一体……と、皆きょとんとした様子で居ると、再びコンコン、と音が響いた。
その物音が聞こえた先は……部屋の扉の向こうから。
「あ、えっと……はい、どうぞ!」
そう、先程から聞こえていた物音とは、外から扉を叩く音……つまりは来客を示す音であって。
このアビドスでまさか来客だなんて想像が少女達の中には全く無く、物音の正体が分かってなお一瞬信じられないと皆呆けてしまっていたが、見兼ねたショウマが入室を促す声を上げた事で、少女達もすぐに己の気を取り戻す。
「失礼致します、アビドス高等学校の皆様でよろしいですか?」
「そうだけど……あなたは?」
間も無く開かれる扉。
そしてそこに居たのは、まさに見目麗しいと言うに相応しき人物であった。
掛けている眼鏡の奥に見える青い虹彩とアイシャドウが目を引くその顔立ちは、端正が取れているなどという表現では足りないくらいに美しく、側面から出ているアヤネと同じ三角に尖った耳と合わせて、アビドスの少女達以上に現実離れな存在という印象を受ける。
頭上に寒色系の色合いをしたヘイローが浮かんでいる事から彼女もどこかの学校の生徒だという事が分かるが、腰を通り越して足先にまで伸びている、はっきりとインナーカラーの分かれている黒と青の髪や、着ている白いロングコートから覗く均整の取れたスタイルは、つい大人の女性と見紛う程。
そんな思わず見惚れてしまいそうな容姿の彼女であるが、初めて顔を合わせる筈だというのにアビドスの少女達は何故か目の前の少女に対して既視感を覚えていた。
この女性、何処かで見た事が有るような……と。
「あ、あなたは確か、連邦生徒会の……!?」
「初めまして。連邦生徒会所属、首席行政官及び連邦生徒会長代理を務めております、
その既視感の正体が何なのか……いち早く思い至ったアヤネが溢した台詞から、他の少女達も目の前の人物に対する答えを導き出す。
そして彼女が自らの身分を名乗りその答え合わせをした事で、アビドスの少女達の間には動揺が走る。
「れ、連邦生徒会⁉」
「どういう事ですか⁉まさか、今になって補給支援の要請が……⁉」
「いや、どうにもそういう感じじゃなさそうだね……さて、そんな連邦生徒会のお偉いさんが、わざわざアビドスまで何をしに来たのかな?」
行政官とは、文字通り各自地区の行政に纏わる職に就いている者……簡単に言えば、各自地区を治める組織の2番手に該当する存在。
そして先にも述べた通り、アビドスと連邦生徒会との関係は薄いもの……わざわざ向こうからそれ程の権限を持つ人物が来訪してくる理由に、少女達はノノミが口にした以外の心当たりが全く無い。
一体何が目的なのか……アビドスの少女達がじっとリンを見つめるも、彼女はそれらの視線には目も繰れず、代わりにそれ以外に該当する人物の視線に応える。
「……井上 ショウマさん、ですね?」
「え?うん、そうだけど……。」
そしてそこから紡がれたのは、あまりにも衝撃的な台詞であった。
「ようやく見つけました……探しましたよ、先生。」
「「……え?」」
「先生……?え、俺の事?」
「はい、井上 ショウマ先生。この1ヶ月間、キヴォトスの先生として就任する予定であるあなたを、ずっと探していました。つい先日、この地域の不良集団の一派が壊滅的被害を受けたと匿名の連絡を受けたので、まさかとは思ったのですが……よもやアビドスに居らっしゃったとは。」
「え、ちょ……どういう事⁉ショウマさんが先生⁉」
「先生と言いますと……本当にあの先生なのでしょうか?」
連邦生徒会から来訪してきた、七神 リンという少女。
彼女がショウマへ向けて言った、先生という呼称……しかしそのように呼ばれる覚えが全く無いショウマは、一体何の事かと首を傾げるしかない。
アビドスの少女達も同じ様に困惑した様子を見せたが、その理由はどうやらショウマが抱いているものとは少し違うようだ。
「実はキヴォトスに於いて、先生という役職を持っている人はどの学校にも存在していないんです。教職員や指導員という方々はいらっしゃいますが……それも簡単に授業の補佐等を行うだけで、恐らくショウマさんが想像なさるような教壇に立って授業を行うという光景は、キヴォトス中のどの学校にもありません。」
アヤネの言葉に衝撃を受けるショウマ。
ではどうやって勉強をしているのかと素朴な疑問が湧いてきたが、それは端末を使って動画を見たり、電子書籍の閲覧等による方法を取っているらしい。
つまり勉学に関しては殆ど生徒の自主性に任せているという事であり、教育機関の体制としてそれはどうなのかとショウマの中で疑念が芽生える。
とある事情によってショウマは幼少期にそういった施設へ通う事が出来ず、母親から勉強を教わるしかなかった……それによって余計な負担を掛けてしまっていたのは子供の目にしても明らかであった事であり、さらに時折自らの言動が一般常識からズレている事があると指摘されたり自覚したりすると、母親の努力を貶す物言いになるようで心苦しくなるが、ついあの頃の教鞭や勉学に何か及ばなかった部分が有ったのではと思ってしまう事がある。
故に、餅は餅屋と言うべきか……知識を得るには、ちゃんとそれを専門としている者の下で励むべきであるとショウマは考えているのだ。
「ですが最近、その存在しない筈の先生と呼ばれる方がキヴォトスへやって来ると噂が流れていまして……まさかそれがショウマさんだとは思いもしませんでしたが……。」
「でも、ショウマさんからすれば知らない話なんだよね?」
「う、うん……全然……。」
「……って言ってるけど、どうなのその辺?」
だからこそ何の知識も無いのに先生なんて呼ばれた今の事態に、ショウマは酷く混乱していた。
一体どんな経緯でそのような呼称が付けられる事になったのか……ショウマはリンへ、説明を求める視線を向ける。
「……1ヶ月前から、連邦生徒会長の行方が分からなくなっているのは、皆さんもご存知ですね?その連邦生徒会長が残した言伝の中に、彼をキヴォトスの先生へ就任する旨の内容が含まれていました。連邦生徒会長が設立した組織……連邦捜査部
その理由とは、少し前にホシノも語っていた連邦生徒会長なる人物の手引きによるものらしく。
しかし自身の覚えている限りで、そんな肩書きを持つ人物は居なかった筈……説明を受けたというのに却って謎が深まってしまった。
「ですのでショウマ先生、あなたにはこれから連邦生徒会までお越し頂きたいと思っているのですが……。」
「だ、駄目よそんなの!ショウマさん、この人の言う事なんて絶対聞いちゃ駄目だからね!」
「え、どうして⁉」
さらにはリンから突然の同行の申し出と、そんな申し出を遮るセリカとの板挟みに遭い、堪らず眉間に皺が寄るショウマ。
リンとセリカ、2人の意見が衝突した理由は他のアビドスの少女達も知る所ではあるが、その理由を正直に話せば、確実に場の空気に波が立ってしまう。
しかし話題の渦中にもなっている以上、彼には事情を把握してもらう必要が有る。
致し方無し……話を前へと進める為にも、アヤネは勇気を持って口を開く。
「アビドスが置かれている状況につきましては、先日ショウマさんにもお伝えした通りです。ですので連邦生徒会にはこれまで何度も救援要請を出していたのですが……その何れもが、まともな返事を貰えていません。」
そう語り、おずおずとショウマへ向けていた視線をリンへと変えるアヤネ。
他の少女達やショウマもそれに合わせた事で一斉に視線を浴びる事となったリンであるが、彼女はその視線にも、語られた内容にも動じた様子を見せず、むしろ生来たる切れ長な眼差しを強く細め、アビドスの少女達へ威圧感を与え返す。
「かつてこの学校が最初に要請を提出した時の返答と変わりません。今や9億などという額にまで上り詰めてしまった莫大な金額……それも借金のみでその金額ですから、そこから学校を存続させていくとなるとさらに多くの運営費が必要になります……連邦生徒会で対処出来る範疇を超えてしまっているのです。」
「だからアビドスにはこのまま滅びろと?」
「転校に関する相談であれば、いつでも請け負いますが。」
それまでも鋭く光らせていたホシノの眼光が、リンとの会話を得てより顕著になる。
アビドスと連邦生徒会との関係性は薄いと既に何度も語っていたが、それはこれまで互いに全く関わり合いが無かったからという訳ではなく、むしろこれまでの関わり合いで険悪な間柄となってしまっていたからであって。
そしてその溝は、こうして直接対面した事で今にも一層深くなってしまいそうだ。
「ちょ、ちょっと待って!喧嘩は駄目だって!2人共落ち着いて!」
一触即発……そんな両者の間にショウマが割って入る。
訳の分からない状況ばかりが続いているものの、少なくともここで両者が衝突する展開になるのは違う筈。
そしてそれは2人も思っていた事なのだろう……ホシノもリンも、どちらからともなく目を閉じ深く息を吸い込み、互いに吊り上げていた目尻を吐息と共に下げた。
「……俺が先生として呼ばれたって、本当なの?」
「はい、就任の為の書類もこちらに。」
沈黙する場、仕切り直しを図るにはうってつけの空気。
ならば今一度、確かめてみよう……ショウマはこれまでの会話の中で最も自身の気を引いていた話題である先生という呼称について、改めて問い掛ける。
するとリンはそれまでも懐に抱えていたファイルの中から数枚の紙を机の上に置いた。
そしてそこには、確かに先生という役職で以てショウマを連邦捜査部
「ショウマさん、この書類に見覚えは?」
「ううん、全然……。」
「じゃあこれは捏造した書類って事で片付けられるね。おじさんは詳しくないけど、もし本当にそうならこれって何かの法律にも引っ掛かるんじゃない?」
「文書偽造罪ですね。この場合ですと……私文書の方になるのでしょうか?」
「ほら、信用ならないでしょ?今すぐ帰れば見なかった事にしてあげるから、行った行った!」
しかしやはり、このような書類に関わった記憶がショウマには無い。
というより、本来こうしたものに必須であろう本人の直筆の欄が目の前の書類には無い……偽造と疑われても仕方が無いし、むしろそうとしか言えない。
リンはこれらの書類を証拠とする気概で居たようだが、これではただの悪質なやり口というだけだ。
「どうやら互いの認識に何らかのズレが有るようですね……ですが、こちらもここで引き下がる訳にはいかないのです。先生には、やって頂かなくてはならない事が有りますから。」
「やって頂かなくてはならない……それって?」
「先生としての責務を全うして頂く事です。」
「その責務って何?」
疑いが強まり、立つ瀬が狭まってなお敢然とした態度で居るリン。
しかしアビドスの少女達がさらに疑念を畳み掛ければ、やがて彼女は向けられる視線から目を反らして口を噤んでしまう。
「……まさか、言えないの?」
「何それ!?ますます怪しさ満点じゃない!?あーもー止め止め!この話おしまい!もうお帰り願います!」
初めて見せた弱気な姿勢……それはこの場に於いて己が呈する根拠が成り立たないものだと自白し、自ら敗北を宣言したようなもの。
そしてここぞとばかりに責め立てるセリカを筆頭にアビドスの少女達の意思は1つとなり、このままリンを追い出して話は終わるかと思われた。
「……待って。」
しかしショウマがその流れを変えた。
彼はリンが連邦生徒会から来訪したという事実から、ある1つの台詞を思い出していた。
「アヤネちゃん、確かさっき何とかって場所が連邦生徒会の近くに在るって言ってたよね?」
「D.U.の事ですかね……って、まさかショウマさん!?」
そう、外の世界へ帰る方法……それを調べるのに、D.U.と呼ばれる場所なら何か情報が有るのではないかというアヤネの言葉。
リンが連邦生徒会へ自身を連れていくというのなら、そのD.U.にも立ち寄れる可能性は高い。
「えっと、七神 リンちゃんだったよね?良いよ、俺を連れて行っても。その代わり、向こうに着いてからで良いから、俺や皆の話をちゃんと聞いて欲しい……それが条件。」
いや、むしろそれを前提としてリンの申し出を受ける運びとする……アビドスの少女達が声高に主張したいであろう事も添えてだ。
リンの目的は、とにかくショウマに連邦生徒会まで来てもらわなければ始まらない……提案を呑むしかなかった。
「……分かりました。それでは先生、どうぞこちらへ。」
上手く言いくるめられてしまったと、不愉快さが滲み出ているような表情を浮かべながら部屋の外へ向かうようショウマに促すリン。
やはり卑怯な真似であったかと内心後悔もしたが、あのまま場の流れに任せる訳にもいかなかったであろう……選択としては、正しかった筈だ。
それでも謝罪の意を込めて、せめてこれから先の案内には素直に付き従おうと、ショウマは促し通りに部屋の扉の前まで向かう。
「ショウマさん……。」
ふと視線を感じて振り返る……そこではアビドスの少女達が皆して自身の事を見ていた。
ノノミも、セリカも、アヤネも……その眼差しに少しばかり不安げな色を宿して。
ホシノは先の件も有ってかそのような色は見られなかったが、何れにしても言えるのは、少女達全員が自身の事を気に掛けてくれているという事。
嬉しい限りである……依然ただの顔見知りという関係から変わっていないであろうに、少女達の慈しみの心がありありと見て取れる。
「大丈夫、すぐに戻るから。」
だからこそ、ショウマは笑顔を返した。
アビドスを離れ、また見知らぬ場所へ……その先で何が待っているか、何が起こるかは分からないが、この言葉通りを成す為の、約束として……。