無印ダークソウルのマルチプレイの思い出を元に書いた掌編です。


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母の仮面

 私は、『私』という個を為すことすら出来なかった。

 

 記憶や意識は断片化されたソウルとなり、大気へ流されていった。

 時系列を失い、水に注がれたインクのように不可逆的に拡散してしまった。

 散逸した記憶にはその意味が宿らず、それらを留めるための肉体もなく、それでも「死」の概念を喪った不死人として、果てのない虚無を彷徨っていた。

 

 それは百年か、或いは千年かもわからない。なぜこのような罰を受けているのかも。

 

 永遠に続くかと思われたソウルの拡散と漂流。

 始まりも終わりも、過去も現在も失くし、ただソウル同士が惹かれ合う『飢え』への苦しみしか存在しない世界。

 

 だがそれにも小さな変化が生じる。

 始まりは潮のようなざわめき、それが気が付けば渦となり奔流となって一つの穴に収束していく。

 

 その中で散り散りだったソウルが結び合い、混沌は秩序へと引き戻されていった。

 記憶の断片は過去から現在へ淀み無く流れ、その意味を取り戻していき、気付いた時、私はこの世界に召喚されていた。

 

――ただし、肉体の無いうっすらと白く透けたソウル体として。

 

 * * *

 

 

 再び現世に召喚され、無為なソウルの束であった私に意識が目覚める。

 

 どうやらここは何度も召喚されたことのある馴染みの場所のようだ。

 暮れることの無い夕日の都「アノールロンド」。

 私の故郷のアストラの建造物とは比較にならぬ豪奢(ごうしゃ)な大聖堂。そして眼下にはどこまでも整然と並ぶ居住区が続いている。

 

 しかし且てのグウィンの神族達が繁栄したこの都は、既に廃棄され無人となっている。

 幾重にも重なる大聖堂のアーチや飛梁(とびはり)、聳える尖塔がいかに壮麗であっても、それがかえって無残な退廃美を露にしていた。

 

 ──神々ですら永遠ではないのだ。

 

 そんな光景に放心していたが、背後からの靴音に振り返るとそこには黄昏の光に染まった人影があった。

 

 

 全身堅固な甲冑に身を包みながら頭部だけは古代の舞台演劇に登場するような不気味な仮面という奇妙な取り合わせ。

 この男が私にソウル体を与え召喚したのだろう。

 

 召喚主は仮面に空いた暗い眼孔をこちらに向けるだけだった。

 その面は人が本能的に感ずるところの美の範疇から逸脱し、また薄っすらと広がった口角は悪意的な含みすら感じる造作だった。

 

 そんな面を付けた奇怪な召喚主が、騎士道を重んじ、まっとうに不死人の使命を果たすような人物には思えない。

 だがそれでも召喚されたからには私はその人物の意に沿うしかない。

 それ以外、このソウル体の短い生に、為すべき事など無いのだ。

 

 * * *

 

 大聖堂の門前、アーチ橋の前は多くのソウル体が集まる場所だった。

 ソウル体の助けを借りたい生身の不死者が自然と集まり、そしてそれを狩ろうと闇霊もまた寄ってくる。

 結果として一種の盛り場を形成していた。

 

 私は仮面に最低限の礼儀として短い一礼を送ったが、返答は無い。

 それどころか、肩をすぼめて呆れたような仕草を送ってくるのだった。

 つまりは冷笑交じりの侮辱のようだが、残念ながらソウル体の私は口がきけない。

 いわば幽霊のようなものであるから、無礼な行いを受けても言葉で抗議することは出来ない。

 

 身振り手振りで反駁(はんばく)を示すこともできるのだが、待ちに待った召喚の時が主の心証を損ない即解散ということも珍しい話ではい。

 

 

 それに正直なところ、このような種類の召喚主に出会うのは毎度のことだった。

 寧ろまだ擦れていない──使命へと燃え、血気盛んで、無辜(むこ)なる不死人のほうが稀なのだ。

 

 気が進まなかったが私は仮面とそっくり同じく呆れたような仕草を送り返す。

 すると仮面は大いに愉快とでもいうように、またその呆れ仕草を繰り返すのだった。

 

 つまりお互い似た者同士、似通った人品であればそれで良いということらしい。

 

 

 

 事なきを経て暫くの間、仮面は他に召喚できるソウル体はいないかと探し回っているようだったが、遂に諦め自らの持場へついた。

 

 この数百年のソウル体としての使命は誰に召喚されようと大方似たような内容だった。

 これから始まるのは伝説的な騎士の狩り「ワイルドハント」などではない。

 名誉の無いただの一方的な略奪であるのは想像に難くなかった。

 

 

 私達はそれぞれの得物を手に闇霊が訪れるのを待つ。

 仮面はその暴力性を持て余し、自らの得物である石の大剣をアーチ橋のタイルへと叩きつけていた。

 魔力の付与された石剣はその魔力ゆえに砕ける様子もなく、不快な衝突音を廃墟となった神域に響かせていた。

 

 そのうちに兆しが現れた。

 耳に水が詰まったように圧を感じ、大聖堂を抱く山側からの吹き降ろしの音が一瞬遠のく。

 すると異様な赤黒いソウルが地面から立ち昇る。

 

 私は目を閉じた。

 これから起こる事にただ冷淡に対応できるように心のヒダのようなものを硬く閉じようと努めた。

 

 粒子が収束し人の形へと構築されてゆく。

 別の世界線からの侵入者、闇霊が顕現(けんげん)したのだ。

 

 その顔は判然としないが、我々二人の待ち伏せを理解し瞬時に逃走の姿勢に移った。

 その判断と速度だけで手練れの闇霊という事は確かだった。

 

 しかしすでに仮面は大剣の切先を天に掲げ終わり、その異質な武器に付与された魔法が発動された。

 仄かなソウルの煌めきと共に石剣から波紋が広がっていく。

 

 石の大剣の魔力──捕縛の術が目標を包み捕らえる。

 顕現したばかりの闇霊は、もはや蜘蛛の巣にかかった羽虫のように緩慢に藻掻くしかなかった。

 

 そして異音と共に闇霊の脇腹が、短刀で深く抉られる。

 足を傷口にかけて突っ張り、短刀を一気に引き抜き、内容物を引きずり出す。

 

 その細身の短刀には無数の棘状の「かえし」がズラリとならんでいた。

 そんな物がソウル体とはいえ、人の身に抜き差しされればいったいどんな傷跡となるかは一目瞭然だった。

 

 地面に倒れた闇霊は一度大きく身を反らしたかと思えば、ガクリと意思の無い人形のように弛緩し動かなくなった。

 赤黒いソウル体が解かれてゆき、この世界から跡形もなく消滅する。その代わりに黒い人間性の塊を血の跡のように残していった。

 

 私の役割は抵抗する術のない闇霊を背後から抉り、只々機械的に殺していくことだった。

 実体を伴わないはずの私の手には嫌な感触が残っていた。

 私はもう一度目を閉じ、深く呼吸をし次の侵入に備えた。

 

 * * *

 

 一種の猟場と化したこの場所には人間性におびき寄せられ繰り返し闇霊が侵入してきた。

 

 なかには手練れの闇霊もおり、私の一撃を生き延びたり、捕縛の術がかかる前になんとか逃走を試みる者もいた。

 だが悪質とでもいえる捕縛の術からは逃れた者はなく、私の短刀から下手に生き残ってしまった者は仮面の石の大剣で念入りに頭を割られるだけだった。

 

 そこには尊厳や騎士道といった人の心の善き部分は一切省かれていた。

 人間性を略奪するため他者の世界に侵入を試みるのが闇霊達だが、正直これでは「闇霊とそれを狩る方、どちらが心の闇が濃いのかわからぬ」というのがロードランにおける不死人達の見解だった。

 いかに略奪者といえ、闇霊も元は我々と同じ不死人なのだ。

 人の世から追放され、皆死ぬに死にきれずに人間性を求めている。せめて尊厳のある介錯で終わらせるべきではないか。

 

 そう思うのは私がアストラの田舎貴族の生まれで世間知らずなだけなのだろうか。

 

 狩りつくしてしまったのか、それとも闇霊の方でも「日和」というものがあるのかはわからないが、次第に侵入は穏やかになり、そして闇霊はもう現れなくなった。

 

 私は主の仮面の方を一瞥し、短く軽蔑のまなざしを送った。無論その仮面は表情一つ変えることはないのだが、私には口元に弧の広がったその造作が愉悦の顔に見えてしかたなかった。

 

 大聖堂の門前、石造のアーチ橋の床には闇霊達の落とした大量の人間性の赤黒い跡が残った。

 

 * * *

 

 事が終わり、仮面の召喚主は私への報酬として幾らかの人間性を渡してきた。

 どんなに汚い行為で手に入れた報酬でもそれを拒否することは出来なかった。

 

 「人らしさの本質と言われるこの人間性があれば、私も生者の肉体を手に入れることが出来る。

 これでもう実体を失い百年とも千年とも分らぬまま虚無の牢獄へ囚われなくとも済む。」

 

 そう考えると、硬く閉じた私の心もゆっくりと解けて行くように感じた。

 

「貴公、よい狩りであったな。」

 

 不意な声に私は凍り付いた。仮面の召喚主が初めて私に口を聞いてきたのだ。

 

「貴公、そのように狩りに躊躇うことはない。不死人などという呪いを世界に堕とした神が悪いのだ。いや寧ろこれは祝福、これこそが神の望む人の正しい有り様なのだよ。大いに奪い、その歓びに浴し給えよ。」

 

 そう言い残すと一時重なり合っていた私たちの世界は離れていった。

 私のソウル体は以前に増してより薄く透け消えてゆき、仮初(かりそめ)の他人の世界ではない自らの肉体のある世界へと帰還していった。

 

 * * *

 

 全ては夢であったかのように篝火に目覚め、私は生者の肉体を取り戻した。

 枯れた亡者の顔ではない、温かな生者の顔に触れようとしたが、私の顔はコツリと硬い手ごたえを返す。

 

 そして、私も召喚主と同じ仮面をかぶっている事に気がついた。

 

 ロードランの不死人の間でこの仮面は『母の仮面』と呼ばれ、よく普及した一般的な装備であった。

 






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