シン・ゴジラの逆襲   作:沼の人

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第一話 『幾つかのお願い』

 2026年10月

 

「総理、ゴジラ災害から間もなく10年となります。被災地域の復興はだいぶ進んでおりますが、未だゴジラは凍結処分をしたまま東京に健在です。国連の多国籍軍による熱核攻撃のカウントダウンも、撤廃ではなく一時停止状態のままです。また再びゴジラが活動を再開した時点で、そのカウントダウンもまた再開されてしまいます。いくらこの10年、ゴジラが活動停止状態を保っているとはいえ、巨生研(きょせいけん)の予算を削減するのは如何なものでしょうか。陳腐な言い方をすれば、平和ボケもいいところです。

 総理は先日、来日したベイカー大統領との共同記者会見で「ゴジラの管理は適切かつ確実に行われている。今後もそれは変わらない」と明言されていました。しかしその管理施設の予算を削減するのは、あまりに矛盾が過ぎませんか。一部報道によれば、削減した分の予算を自衛軍に回すとの憶測が流れていますが、これは事実でしょうか。すでに外国メディアもこの件について取り上げており、ことのほか中国と韓国は過敏に反応しております。日本は軍国主義に戻りつつある、ゴジラを隠れ蓑にした軍備拡張であると。このままでは総理が標榜している日本の国連安保常任理事国入りは、かなり難しいものになるのではないでしょうか。

 いま政府が取り組むべきなのは、総理が先日仰られたように、ゴジラを適切かつ確実に管理することです。そのためにも巨生研の予算削減は考え直していただけないでしょうか。最悪の場合、優秀な人材が離れてしまう恐れがあります。目下巨生研では、ゴジラの細胞を死滅させる研究に取り組んでいると聞いております。それが成功すれば、ゴジラの処理問題に光りが差します。その光りをどうか消さないでいただきたい。予算削減によって組織運営に支障をきたす恐れもあります。そうなれば、ゴジラの活動再開のリスクも高まります。

 この国に、三つ目の原爆を落とすわけにはいきません。私は10年前、それを断固として阻止すべく動きました。作戦指揮所にも立ちました。作戦は成功しましたが、命を落とした自衛官の方々もおります。今のこの日本政治の現状を見たら、彼らはきっと幻滅していると思います。何のために散ったのかと……。総理の賢明なる判断を期待いたします」

 

 国会議事堂・廊下

「良い感じに追い込めたじゃないか。特に最後の、戦死した自衛官たちを引き合いに出したのは上手かったな。情に訴えかける感じでさ」

 泉修一(いずみ しゅういち)は上機嫌な調子で、隣を歩く矢口蘭堂(やぐち らんどう)に言った。

「原稿にはなかったんだが、つい言ってしまった。遺族からしたら、政治利用とも取られかねないだろうか」

「そう気にするなって。自衛隊を自衛軍に改編した今の政権に比べたら、まぁマシさ。改憲時のデモ、君だって覚えてるだろ」

「ああ、アレは凄かった。閣僚が暴徒に襲われたり、官邸に火炎瓶も投げられたな」

「何はともあれ、次の選挙が楽しみだ。正直に言って、国民はもう今の政権に期待してない。内閣支持率はずっと低空飛行だし、政党支持率もこっちのが上だ。政権交代だ政権交代。そうなったらもちろん、君が次の総理だな。俺のポストはそうだなぁ、幹事長はもう貰ったことだし、官房長官で手を打とうじゃないか」

「気の早い奴だな。選挙はいつだって、どう転ぶか分からないんだぞ」

「参議院はすでにねじれ状態なんだ。俺らの党が第一党。衆議院で勝てば、久しぶりに与党に返り咲ける。まぁ、あの総理のことだ、自分から解散するとは思えないが、いずれにしろ来年の今ごろに俺たちは任期満了だからな、選挙は必ずある。今のうちに選挙対策をしっかりしとかないとな。君の地盤は山口だったな。東京から遠いから、里帰りも大変だな」

「……その点あの人は、選挙区が東京だから羨ましいな」

 矢口の視線の先に、同僚議員を連れ立って歩く赤坂秀樹(あかさか ひでき)の姿があった。

「ああ、裏切者か。東京8区、確かに羨ましい限りだ。こちとら兵庫だ兵庫」

「そう言うな泉、赤坂さんには赤坂さんなりの立場や考えがある。行こう」

 

 泉と別れた矢口は黒塗りの車に乗り込み、公設秘書の志村祐介(しむら ゆうすけ)から次の予定を聞かされた。

「先生、委員会お疲れ様でした。この後ですが、例のセルジナ公国大使との会談です」

 かねてからそれは、外務省ではなく矢口の事務所を直接通じて調整されたものだった。

 会談形式は非公式、内容は直に会ってから話すという内容に、当初矢口は困惑したが、結局は承諾した。政府首脳要人ではなく、ぜひ矢口蘭堂と話したいという相手側の強い意志を感じ取ったのだ。

 志村は資料を挟んだファイルを読み上げた。

「大使の名前は、アウラキ・ティクゥレタ・ノーネ。昨年日本に赴任しています。年齢は35歳。家柄は大公家の分家で、いわゆる王族ですね。それと陸軍に所属していた時期があり、最終階級は名誉少佐。隣国インドとの国境紛争事案の際に、臨時国防相として陣頭指揮を執ったそうです」

「王族にして軍人か。昔の日本なら有り得た経歴だな」

「ちなみに、その紛争事案はセルジナ側が勝利。海外メディアはアウラキ大使を〝セルジナの虎〟と仇名(あだな)して、もっぱら称賛しています」

「虎か……ちょっとファイルを見せてくれ」

 志村から受け取ったファイルの紙面には写真が印刷されており、それを見て矢口は目を丸くした。

「女性か」

 てっきり貴公子然とした人物を想像していたが、写真のそれはまるで違った。

 黒いボブカット。柔和な笑みを浮かべるその顔は、端的に言って美しかった。

 写真ではスーツ姿だが、これが軍服を着て陣頭指揮を執り、さらに勝利を収めたとあれば、マスコミが取り上げるわけだなと矢口は納得した。

 この人物に、これから会う。

 何を話すのかは、まだ分からないが。

 

 小国や発展途上国の外国公館は、ビルのフロアや一室を借りるか、一軒家ほどの小さな物件であることが多い。

 セルジナ公国は人口500万人ほどで、人口も国土面積も日本の福岡県とさほど変わらない。

 が、青山にあるセルジナ公国大使館は立派な塀に囲まれた施設で、大国にも引けを取らない威厳を有していた。

 国の紋章が飾られた門を過ぎて、車寄せに黒塗りの公用車は停まった。

 矢口が車を降りると、駐在武官と思しき軍人が二人と、日本人の男性職員一人が出迎えに出ていた。

 大使館はレンガ造りの二階建てで、日本人職員の案内で矢口と志村は二階へ案内された。

「こちらでしばしお待ちください」

 応接間に通された二人は、セルジナの伝統工芸らしい敷物が敷かれたソファに座った。部屋にあるドアをノックした日本人職員はセルジナの言葉で声を掛け、中にいる人物も同じ言葉で話し、職員は部屋の中へ入りドアを閉めた。矢口は察した。中にいる人物の声は女性であり、ドアが開いていた間、誰かと電話で話しているような声がしたことを。

 大使だ。

「先生、気づきましたか?」志村が小声で言った。「この大使館、かなり年季が入ってるようですが、かなり万全の警備体制を布いているようです。設置されている防犯カメラは最新の物ですし、一階の窓には防弾仕様のシャッターもありました」

「さすが元防衛官僚だな。目の付け所が鋭い」

「こう言ってはなんですが、小国にしては物々しいほどの設備に感じました」

「セルジナは確か、近年IT技術でかなり進歩しているそうだな。ファイルに書いてあった」

「ええ。諸外国から優秀な技術者を招いて、国家事業として取り組んだそうです。その結果、かなりの成果が出たようで……」

「他国へのハッキング、とかも出来そうだな」

「今は情報が何よりの武器ですからね。先ほど話していたインドとの紛争も、実はセルジナ軍の情報戦略部隊がかなり活躍したとか」

「インドは大国だ。しかも核を持っている。小国なりに出来ることをしたということだろう」

 ドアが開き、二人は口をつぐんだ。

「お待たせいたしました。閣下がお待ちです、どうぞ」

 職員に促されるがまま、矢口と志村はドアの向こう側へ移った。

 

【挿絵表示】

 

「お会い出来て光栄です、矢口さん。ご足労いただきまして誠に恐縮です」

 カタコトではなく、流暢な日本語を話すノーネに、矢口と志村は面食らった。

 チャコールグレーのスーツに身を包んだノーネは、将来を保証された高級外務官僚というより、生まれ持った血筋の品位を感じさせる気品ある風情を醸していた。

 差し伸べられた手を矢口は握り返した。

「日本語がお上手ですね、とても」

「恐れ入ります。大学時代、日本に留学したことがございましたので。それと日本映画が好きなものですから、その影響も多少は。あとタケウチがよく教えてくれましたので」

 名前を出された日本人職員は、黙して軽く頭を下げた。

 ノーネはちらと、志村に目を遣り、矢口に視線を戻した。

「すみませんが、お人払いを」

「……わかりました」

 矢口が目配せをして、志村はタケウチと共に大使公務室を辞した。

 部屋には矢口とノーネの二人だけになった。

「どうぞ、お掛けになってください」

 促されるがまま矢口は革張りの上に伝統工芸の布が敷かれたソファに座り、ノーネはカップに飲み物を注いだ。その間、矢口は部屋の内装に目を向けた。公務机の背後にはセルジナの国旗が堂々と飾られ、その脇にはノーネが要人らと一緒に撮った写真が壁に掛けられていた。スーツ姿のもあれば、白い軍服姿のものもある。中には前線で撮られたと思しきものもあり、地図を見ながら武官と相談をしている様子だった。その姿は麗しくもあり、勇ましくもあった。しかも見掛け倒しではなく、きちんと成果も出している。メディアが『セルジナの虎』とニックネームを付けるのも頷けた。

「どうぞ。お口に合うといいのですが」

 テーブルに置かれたカップを持って口元へ運ぶと、爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。かなり上物(じょうもの)のハーブティーだった。

「とても美味しいです。セルジナ産ですか?」

「ええ、我が国の伝統的な飲み物です」

 ノーネは菩薩のように穏やかな風情で答えた。

 矢口はカップを置き、「大使閣下」と姿勢を正して言った。

「それで、ご用件はなんでしょうか」

「……実は、いくつかお願いしたいことがございます」

 ノーネもカップを置いて、手を組みながら話を続けた。

「先日、国内で巨大な生物の化石が発見されました。地質年代からおそらく3億年前、デボン紀のものと推定されています。しかし我が国は古生物の専門家に乏しく、調査研究をするには不十分です。そこで、日本の専門家を我が国に派遣していただけないでしょうか。出来ることなら、巨大生物研究所の学者を」

「巨生研から、ですか」

 巨生研……巨大生物研究所は、矢口がまだ与党議員時代に設立に寄与した国立機関だ。主な活動実態は、今なお旧東京駅跡地に鎮座するゴジラを凍結処分したまま管理し、かつその生態を分析し調査することにあった。

「巨生研に信頼を寄せていただけていることには感謝いたしますが、恐竜の調査機関ではありませんので……」

「その化石には、こんなものが付いています」

 ノーネはサイドテーブルに置かれていたファイルから一枚の写真を抜き取り、矢口に手渡した。

「!……背鰭」

 それはノーネの言う巨大生物の化石を撮ったもので、背中に注目して撮られていた。

 そこには、ゴジラの背中にあるモノとよく似た突起物があった。

「まだ全身の発掘には至っていませんが、推定される全長は15メートル以上。同じ場所からは古代魚類の化石も多く見つかっていることから、水棲生物であることは確かなようです」

「……こんなものが発見されていたとは、まったく知りませんでした。日本なら必ずメディアが取り上げるはずなのに」

「無理もありません。何せ国外にはまだ、この化石のことは公表しておりませんから」

「? どういうことですか?」

「国外の研究機関が調査するなら、ぜひ日本国にというのが我が国の考えです。もし公にしてしまったら、他国がこぞって調査団を派遣したいと申し出るでしょう。特にアメリカは」

「……そこまで、日本を信頼されている理由は何ですか」

 矢口はノーネの顔を見ながら言った。

「おそらくこの古代生物は、ゴジラと何らかの関係があるものでしょう。であれば、ゴジラ災害の当事者である日本が真っ先に調査すべきであると、我が国の大公も政府も考えた結果です。古代生物の研究に関しても、日本は世界的に見てもかなりレベルの高い結果を出しています。もちろん、日本以上に優れた学者のいる国は存在します。アメリカ、イギリス、フランス、中国……しかしながらいずれの国も、我が国としては受け入れがたいのです」

「と、言いますと」

「我が国は核兵器根絶に賛同しております。隣国インドは幾度も核をちらつかせ、我が国を脅してきました。ゆえに国民感情として、核保有国のことを快く思っていないのです。アメリカを受け入れられないのはそのためです。イギリスは我が国を植民地にしていた過去がありますし、中国はかつて我が国の大公が来訪した際に不遜な扱いを受けました」

「……で、消去法として日本を選ばれたと」

「いいえ、どの国よりも信頼出来るからです。1954年、我が国はイギリスから独立し、最初に国交を結んでくれたのが日本でした。まぁ日本としては、我が国が保有する油田が目当てだったのでしょうが、それでも最初に国際パートナーとして選んでくれたことに、我が国は今でも感謝しているのです。あまりに昔のことですし、お互い生まれる前の出来事ですから、知らないのも無理はありませんが」

 ノーネはハーブティーをひとくち啜ってから話を続けた。

「それで、人材派遣のご返答は如何でしょうか」

「……私は野党議員ですから、その件についての決定権がありません。ただ口添えは出来ますから、不可能ではないとだけお答えしておきます」

「分かりました。ではその件はそれとして、まだご相談したいことがございます」

「なんでしょうか」

「我がセルジナ公国と、安全保障条約を結んでいただきたいのです」

 想像だにしなかった提案に、矢口は目を丸くした。

「安保条約、ですか」

「驚かれるのも無理はありませんよね。ですがこれは、我が国にとってかなり重要な事柄なのです。我が国の軍事力は強力であると自負していますが、如何せん物量には劣ります。私がかつて軍人としてインドとの紛争を指揮したことはご存知で?」

「ええ。臨時ながら国防相が前線指揮とは、異例だと思いました」

「それだけ緊迫した状況だったとお察しください。それにかつて、矢口さんもゴジラとの戦闘を前線で指揮されましたよね」

 そのことを指摘され、矢口の脳裏に10年前のヤシオリ作戦時の光景がフラッシュバックした。

「ただ、アレは米軍との協力があって成されたこと。私の場合は自国の力のみで戦いましたので、多少違いはありますけどね」

「……確かに、大国インドを負かすのは優れた手腕だと思います」

「ですが実際に戦ってみて痛感いたしました。戦争とは、やはり物量戦なのだと。国連の仲介がなければ、長期戦となっていたでしょう。それは我が国にとって不利です。我が国の軍人や兵器は優秀ですが、その数は全体的に見てかなり少数と言わざるを得ません。もし将来、再びインドが国境紛争を起こした場合、勝てるかどうか分かりません。インドの政権内には、我が国を力尽くで併合しようという過激派もおります。その抑止力として、日本との安全保障条約が必要なのです。5年前でしたか、憲法改正によって自衛隊は正式に軍隊となりましたよね。もし条約が成立した暁には、国内に基地を新設する用意もございます。維持管理費も我が国が負担いたします。如何でしょうか」

 ノーネは真剣な眼差しで矢口の顔を見つめながら言った。

「……申し訳ありませんが、先ほども言ったように私は野党議員です。国家に関わる重大事案を決裁する立場にありません。そういったご相談は、現政権にされるのが筋かと」

「仰るとおりです。ですが将来的に、日本のリーダーとなられるのは矢口さんであると、我が国は見ております。今の政権は、正直そう長くは持たないでしょう」

 ノーネは背広のポケットから煙草を取り出し「よろしいですか?」と矢口に訊ね、矢口は黙って頷いた。

「直近の内閣支持率は16パーセント、政党支持率は矢口さんが率いる野党第一党が首位。議席数も会派を加えれば、与党以上の力を矢口さんはお持ちです。これはどう見ても将来的に政権交代となる公算が高いでしょう。もちろん、その時の首相は矢口さん、あなたです」

 ノーネは煙草に火を点けた。

「沈もうとしている船に乗るより、新しく船出を迎えている船に乗るのが懸命ではありませんか。何も今すぐに条約締結をという話ではありません。矢口さんが日本のリーダーとなられた暁に、ということで」

「……」

「とりあえず、覚書(おぼえがき)に署名をいただけませんか? 今はそれで充分です」

 煙草を灰皿に置いたノーネは、セルジナ語と日本語が並記された書類をテーブルに置き、ペンを添えた。

 矢口は書面の文言に目を通し、手を組んだまま「大使閣下」とノーネに視線を向けた。

「私の一存では、たとえ覚書とはいえ署名は出来ません。一度党本部に持ち帰ってもよろしいですか」

「構いません、よく考えられた上でお返事をください。……それと」

 ノーネは煙草を一服してから、柔らかな笑みを浮かべて矢口に言った。

「あと、もうひとつだけお願いが……」

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