シン・ゴジラの逆襲   作:沼の人

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第三話 『報連相に思惑を添えて』

 ホワイトハウス・大統領執務室

「現在、陸海空三軍と海兵隊を動員し、目下標的を速やかに駆除すべく善処しております」

「その標的は、すでに発見しているのかアダムス」

 大統領の問いに、統合参謀本部議長は「いえ、まだです……ですが必ず見つけます」と強調した。

 合衆国大統領のマイケル・ベイカーは、視線の矛先を国土安全保障長官に移した。

「情報統制はどうなっている」

「原因不明の自然災害としてはいますが、すでにネット上では疑問の声が多く上がっております。軍が極秘開発した兵器の仕業(しわざ)ではないか、猛獣のような鳴き声を聞いた、というSNSの投稿も見られます」

「見事に確信を突かれているな。……まさか、映像や写真まで上がっているのか」

「いえ、今のところ撮影されたものはありません。如何せん例の物体は地中深くを移動していますから、その心配はないかと。ただ今後、地上に出現する可能性もゼロではありませんので、その時は、もう……」

「隠しようがないな」ベイカーは苦笑した。「そうなった時の原稿を準備しないといけないな。会見は避けられまい」

「よろしいですか大統領」国土安全保障長官が続けた。「今後の、例の巨大生物の予想進路は明らかに西海岸地域です。事前に該当地域を対象として、住民に避難指示を出すべきかと思います。これ以上国民に犠牲が出ることは避けねばなりませんし、政府の対応を非難する声はさらに高まると思われます」

「そうだな……大統領令を出すか。うん、そうしよう。他に何か報告はあるかね、諸君」

 誰からも声は上がらず、ベイカーは副大統領と補佐官をそれぞれ見遣って「では散会とする」と告げた。

 執務室にはベイカー、副大統領、日系女性の大統領補佐官の三人が残った。

「カヨコ、君の報告は実に役立った。さすが巨大生物の専門家だ、抜かりないレポートだった」

「お言葉ですが大統領、私はあくまで閣下の補佐官です。モンスターのプロではありません」

「ハハハ、そう目くじらを立てなくてもいいじゃないか。君に現地調査を頼んだ私の目に狂いはなかった、なぁジョン?」

 副大統領は穏やかに笑いながら「そうですな」と頷いた。

 補佐官は「まぁいいわ」とでも言いたげに肩を動かした。

「しかし一点、レポートに気になることが書かれていたな」ベイカーは真顔に戻った。「日本の巨大生物研究機関および捜査機関へ協力の要請が必要、と」

「ええ、確かに記しました。未知の巨大生物に対処した経験があるのは日本国だからです」

「それは分かる。だが、捜査機関にも協力が必要とはどういうことだね」

「例の巨大生物……Anguirus誕生には、或る日本人科学者が関与していることが関係者聴取で分かりました」

「日本人科学者……ゴロー・マキか?」

「いえ。ですが、マキの関係者でもあります」

「……なるほど。その人物はいま日本にいるのかね」

「我が国が把握している最後の渡航記録は、3年前の11月。行き先は羽田です。同時期にその人物は研究チームから離れています。私の知見を申し上げれば、日本の捜査機関は仕事が早く優秀です。もちろん我が国には及びませんが」

「……分かった。日本人が関係しているとなれば、日本も協力を拒むことはないだろう」

「そもそも我が国の要求を拒むという発想など、ないでしょうな」

 副大統領の言葉に「確かにそうだな」とベイカーも同意した。

「とりあえずマツダには、私から電話で話すことにしよう。それから……ああそうだ、大統領令の準備だな。まったく、今になってロスの気持ちがよく分かるよ。大統領は大変だ」

 

「副大統領だって大変なんだがな」

 ホワイトハウスの廊下で、ジョン・レナード・パタースンはぼやいた。

「補佐官だって大変よ」娘もぼやいた。

「しかしまぁ、とんだことになってしまったな。連続する陥没事案の原因が、そもそも合衆国内部にあったなんて知れたら……まぁ間違いなく選挙に影響はするだろう」

「副大統領。今は選挙を気にするより、これ以上の犠牲を出さないようにすることが大事かと」

「ああ、そうだな……やれやれ、長年政治家をやるとこれだ。つい保身に走ってしまう。お前はこうなるんじゃないぞ」

「そうね。私が議員になったら、好きなようにやるわ。パパとは違うやり方で」

「それでいい。来年引退して、お前が議会に立つ姿を見れれば、私はそれでいい。欲を言えば、私より上のポストに就いてほしいがな」

「……副大統領」カヨコは足を止めた。「ひとつ、お願いがあります」

 

 *

 

 東京霞ヶ関・新政会党本部 会議室

「俺は良いと思う。これはつまり、次期政権は俺たちが握るっていう確証があっての申し出なわけだろ? 悪くないじゃないか」

 幹事長の泉は、セルジナ公国政府からの覚書について、そう感想を述べた。 

「しかし……」平岡(政調会長)は渋い顔をした。「我が党では自衛軍を自衛隊に戻すことを公約にしています。もし将来、我々が政権を担うことになった場合、その公約を履行する責務があります。となりますと、この覚書に書かれている内容はいささかマズいかと……」

「それは単に名称を元に戻すだけでいいだろう。それにその公約だって選挙対策の為みたいなもんじゃないか。自衛隊だろうと自衛軍だろうと、軍隊なことに変わりはないんだからさ」

「確かに幹事長の仰るとおりですが……世論がどう思うかが気がかりです」

「これはいざという時……つまりインドがセルジナに対し武力行使に及んだ場合を想定しての条約でしょう。矢口代表、日本はQUAD(日米豪印戦略対話)の参加国です。万一この条約を適用してインドと軍事的衝突となれば、国際問題に発展する恐れがあると思います」

 松永(総務会長)の意見に、矢口は黙って頷いた。

「インドと衝突すれば、ロシアも黙ってはいないでしょう。ロシア産兵器の得意先なわけですから、これみよがしに軍事支援を行う可能性があります。米国がどう動くかは不透明ですが、インド側につくとは思えません。せいぜい静観か国連を介しての仲裁程度でしょう。そもそも単刀直入に申し上げて、この条約に我が国の利はありません」

 海外駐留経験がある元外交官の財前(ざいぜん)(青年局長・女性)は、そう進言した。

「……でもなぁ、せっかくこう日本を頼ってきたのを、無下に突っぱねるのもどうかと思うがなぁ」

「お言葉ですが幹事長、そもそも我々は野党です。こういう依頼をするのは本来、現政権にするのが筋であるはずです」

「どのみち沈む未来しか見えない今の政権にかい? そんなの無駄骨だろう。セルジナは地理的には小さな国だが、最近はかなり発展してると聞く。交流を深めて損はないだろう」

「確かにそれはそうですが、かといって安易に自衛軍駐留および安保条約適用による出動ともなれば、自衛官の生命に危険が及びます」

「軍人なら命を捨てる覚悟はあるだろう。それでなきゃ君、自衛軍の存在意味が無いじゃないか」

「では陸自にいる私の夫が派遣されて死んでも、それは仕方ない、妥当だと?」

 ピリピリとした空気が会議室に流れ、しばしの沈黙の後「まぁ、なんだ」と矢口が口を開いた。

「今すぐに決めようという話でもないし、法的拘束力があることもでない。覚書は覚書だ。仮に署名は出来ないにしても、幹事長の言うようにセルジナと国交を深めることは良いことだとは思う。実際、その一歩たる行動は取ってある」

 矢口は背広の内側から一枚の写真を取り出し、テーブルに置いた。

 ゴジラのモノとよく似た背鰭の化石を写した写真に、党役員たちは釘付けになった。

「これもアウラキ大使から頂いたものだ。セルジナの国内で見つかったらしく、巨生研の人間を派遣して調査してほしいと依頼された」

「はぁ、こりゃたまげた」泉は写真を見ながら言った。「ゴジラの祖先ってわけか。そりゃあ民間の専門家とかより巨生研を頼るわけだ。なんたって世界唯一のゴジラ専門機関だからな」

「お言葉ですが幹事長。そもそも最初にゴジラの生態について研究していたのは米国の嘱託機関です」と、財前。

「セルジナは核兵器廃絶をスローガンにしているから、核保有国の関与は快く思ってないらしい。それで日本にお鉢が回ってきたというわけだ」

 矢口の説明に「なるほど」と財前は納得した。

「しかし人材派遣と言っても、今の巨生研所長は与党寄りの人物ですが」と、平岡。

「そこは心配ない」矢口は断言した。「塚本所長には、我が党からのアプローチということは伏せた上で快諾してもらった。政府にバレると余計な横槍を入れられるかもしれないからな」

「確かにな。ただの実績作りのために能無しの閣僚や政府高官を調査団長として派遣されても、実際に調査する人たちにとっちゃお荷物だろうしなぁ。見事な手腕じゃないか」

 泉がそう褒めそやした直後、ドアがノックされて「先生」と志村が呼びかけた。

「会議中に失礼いたします」

「どうした?」

 志村は矢口の側に寄り、「米国政府から極秘に話し合いたいことがあると申し出があり、政府高官とネット通話できるよう準備してあります」と耳打ちした。

「米国が? ……分かった。申し訳ない、少し抜ける」

 党役員たちに断ってから、矢口は志村と共に会議室を出て代表執務室に向かった。

「セルジナの次はアメリカか。まったく、次から次へと誰かがやって来るな」

「ただ今回は、先生にとって顔馴染みの相手ですよ」

「ん?」

 

 同党本部・代表執務室

『ハーイ、お元気かしら』

 パソコンの画面越しに手を振るカヨコの姿に、矢口は笑みを見せながら「ええまぁ」と返した。

「お久しぶりですね、パタースン大統領補佐官」

『そうね、最後に会ったのはいつかしら。あなたがまだ与党議員だった頃だった気がするけど』

「ちょうど選挙で大敗する前ですよ。私が閣僚として訪米した時に少しだけ」

『ああ、そうだったわ。次に会う時はお互い国のリーダー同士で、なんて話したわよね。まぁ現実的な話、そのレースを先に制するのはあなたでしょうけど』

 アメリカでも日本の現政権が不協和音に陥っていることは周知の事実だった。

 そして次の総理候補として、ランドウ・ヤグチが最も上位に立っていることも。

「それで、何の御用でしょう」

『Ah、ひとつお願いがあるのよ』

 またお願いか、と矢口は心の中で呟いた。

『人を(さが)してほしいの』

「……なんだか、10年前と同じですね」

『確かにそうね。そしてその人物も、マキと繋がりのある人物』

「牧元教授と?」矢口は思わず前のめりになった。

『Yes. どう、それだけでも興味を持つでしょ』

「……しかし、今の私にはもうかつてほどの権力はありません。頼むなら政府や外務省を通しては如何です」

『するわよもちろん。でもそれは大統領のルートで。これは私のルート』

「どういうことです?」

『いちばん信頼できる人に任せたいのよ。着実に責任を持って仕事をしてくれる人に。今の日本政府に頼んだところで、ハッキリ言って頼りないもの。せいぜいまともなのはヒデキ・アカサカぐらいでしょ?』

 その点については同意だなと思い、矢口は苦笑した。

「それで、その人物とは」

『詳細については後日、メッセンジャーが届けに行くわ。メールで送ればすぐなのは分かってるけど、他国にハッキングされたら困るから』

「確かに現物支給なら、ハッキングは不可能だからな」

『That's right. あと、約束してちょうだい。くれぐれも第三国に情報は流さないって。情報開示については副大統領の許可はもらってるけど、万一情報が漏れたらヤバイから。私もパパも、キャリアが飛ぶ』

「分かりました。それで、その見返りは?」

『もちろんあるわ。我が国の汚点を日本にだけ教えてあげる』

「? どういう意味だ」

『……ここ最近、合衆国内で地盤陥没が続いているのは知ってる?』

「ええ、ニュースで見ました。かなりの犠牲者が出てるとか」

『その原因についての調査レポート。場合によっては日本にも対処を協力してもらうかもしれないから、渡してあげる』

「自然災害にしては違和感があると思ってたが……まさか、巨大生物?」

『ご名答、さすが私の見込んだ男ね』

「……ゴジラ、ですか」

『ゴジラの細胞から生まれた生物、いや……生み出したという方が妥当ね。今はそれしか言えないわ、レポートが届いたら読んでちょうだい。……ふわぁ、じゃあこっちは真夜中だから、もう寝るわね。期待してる』

 通話は一方的に切られ、矢口はネクタイを少し緩めて椅子に深くもたれた。

「ゴジラ以外の、巨大生物……か」

 

 南青山1丁目・セルジナ公国大使館

「……ええ、ええ。日本側はおおむね了承しました。安全保障条約については後日返答するとのことです。まぁともかく、巨大生物研究所の人間を派遣することは叶いましたから、目的は達成したも同然です。あとはこちらの計画どおりに事を進めるだけです。……首相、いまさら弱気なことを言わないでください。もうすでに歯車は回っていて、止めることは出来ません。そう、たとえ首相でもです。どうしても止めたいなら、どうぞお好きに。ただし、あなたの生命の保障は出来ません。軍には私を慕ってくれている部下が大勢いますから。……そうですか、良かったです。ではこのまま予定どおりに、ビーナス計画を遂行いたしましょう。ではまた、公国に栄光あれ」

 通話を終えたノーネは「ふぅ」と息をつき、革張りの座椅子にもたれながら煙草に火を点けた。

 まずは一歩前進したという満足感に酔いしれながら、紫煙を吐いた。

 もう一口吸ってから灰皿に置き、壁に飾られたセルジナの国旗に目を遣った。

 豊かな国土を示す水色の地に、中央に黄色の花文様が配され、その下にセルジナの国語であるウルドゥー語で『公国万歳』と表記されている。

 

【挿絵表示】

 

 ノーネは含み笑いを浮かべながら「公国万歳」と呟き、巨生研で見たゴジラの姿を思い浮かべた。

 鉛に覆われた、唯一無二の生命体。

「……いずれ、自由にしてあげるわ」

 そしてまた煙草を吸い、計画が順調に進んでいることを感じて(えつ)(ひた)った。

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