シン・ゴジラの逆襲   作:沼の人

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第四話 『探し物はなんですか』

 LCCホートー航空119便

「世界のどこかにはあるかと思ってましたが、まさか名前も知らない小国にあったとは驚きですね。そりゃ見つからなかったわけだ」

 安田龍彥(やすだ たつひこ)(巨生研・研究統括課長)は、ノートパソコンを弄りながら薄ら笑いを浮かべていた。

「ゴジラはそもそも深海で生き延びた太古の生物。ならばその祖先が化石として見つかってもなんら不思議ではない。それが恐竜なのか、それとも海棲生物なのか、あるいはそのハイブリッドなのか。ゴジラの起源を追求することは、今の研究にも多少なりとも役には立つだろう」

 安田の隣に座る間邦夫(はざま くにお)(巨生研・副所長)は、ノートに書き物をしながら言った。それは傍目から見ると何が書いてあるのか判読が難しく、間にしか分からない脳内の考えの写しのようなものだった。

「まぁですが、太古のゴジラと現代のゴジラはまるで違います。片や古代生物、もう片や人類滅亡の危険性さえはらんでいる異常な生命体ですから」

 通路を挟んで隣に座る尾頭(おがしら)ヒロミ(巨生研・生体研究課長)は、安田と同様にノートパソコンを使いながら会話に交ざった。

「だったらなんで調査派遣に志願したんです?」

 安田の問いに、ヒロミは少し間を置いてから「興味が無いと言えば、嘘になりますから」と簡潔に答えた。

「現地でのサポート、よろしくお願いします」

 ヒロミは隣の窓側席に座る山根(やまね)アキ(巨生研・生体研究課員 環境省出向)を一瞥(いちべつ)し、「はい、努力いたします」とアキは微笑して答えた。

 

 霞ヶ関・警視庁

奥村一郎(おくむら いちろう)。元城北大学分子生物学遺伝子学科助教授。ナノテクノロジーと生物遺伝子を組み合わせ、ヒトの皮膚や細胞移植技術向上に貢献した研究者。……これが捜査対象ですか」

 早野(警察庁警備局長)は渡された資料に目を通してから、扇子をパチンパチンと開け閉めする沢口(警察庁長官)に問いかけた。

「そうだ。公安の力を使って、その人物を特定してほしい」

「経歴を見る限りは反社会的勢力との繋がりはなさそうですが……この黒塗りの部分は何ですか?」

「そこは米国の或る機関に所属していたそうで、あちらさんの圧力で塗り潰されている」

「となると、公になってはマズいことをした……ということでしょうか」

「さぁ、詳細については聞かされてない。だがかなり重大な事に首を突っ込んでいたのは確からしい。米国側の情報では、3年前に日本に帰国しているとのことだ」

「もし特定した場合は、どうしましょうか。逮捕ですか」

「いや、まずは所在確認だけだ。日本にまだいるならどこに住んでいるのか、国外に出たならどの国へ行ったのか。今現在の消息を洗ってくれ」

「承知いたしました。……ちなみに、この依頼はどこからのお達しで?」

「矢口議員からの要請だ。彼の先代が山口県知事だった頃、私は県警本部長をやってて色々世話になった。君も出世したいなら、政治家との付き合いは大事にしておくことだな」

 

 霞ヶ関・新政会党本部 代表執務室

「アン……グイラウス?」

 眉を寄せながら、矢口は呟いた。

 米国から提供された資料には、巨大生物のコードネームとしてAnguirusと記述されていた。写真は無い。

「アンギラス、とも読めますね。それかアングラスか」

「アンギラス……日本名はそれでいくか」

 矢口は志村の和訳を採用し、資料の内容に目を通した。

「米軍とエネルギー省嘱託機関が共同で極秘に〝開発〟した新生物。開発用途は、核物質による汚染の除去……まるでゴジラとは正反対な生き物だな」

「ですね。それにここ、気になりますね」志村は一文を指差した。「抗核細胞を体内に保有す」

「抗核細胞……まさに牧元教授の研究と結びつきそうな代物だな」

「奥村という男は、牧元教授と共同研究でもしていたんでしょうか」

「それについては書いてないが、可能性は大いにあるな」

「……米国は、全てを開示したわけではないようですね」

「どの国だって、隠したいことの一つや二つはあるものだろう。まぁ、牧元教授の言葉を借りるなら、パタースン補佐官はこう言いたいんだろう。私は好きにした、君らも好きにしろ、と」

「ヒントをあげるから答えはご自分でってことですか」

「志村」

 矢口は資料を机に置いて、相手の目を見て言った。

「頼みがある」

 

 セルジナ国際空港・中央ターミナル

 『日本研究團隊成員』と書かれたボードを持つ、白髪の老人が立っていた。

「アレ、ですよね?」安田。

「ああ、多分」間。

「おそらく翻訳ミスでしょうね。中国語で「日本国調査団の皆様」と書いてあります」

 ヒロミが言い当てた瞬間、一行と老人の視線が合った。

「アー……ニポン?」

 と、老人は言った。安田は思わず吹き出しそうになった。

 するとアキが前に出て、老人に向き合った。

「ہاں، ہم جاپان سے بھیجی گئی تحقیقی ٹیم ہیں۔(そうです、我々が日本から派遣された調査団です)」

 流暢なウルドゥー語に、安田と間は呆気に取られた。

「彼女が大学で得たスキルです」ヒロミが言った。「中東や南アジア地域の歴史や文化に興味があったそうで」

「あーなるほど、それで彼女を随行させたわけですか。真っ当ぽいです尾頭さん」

「言語を制する者は強い。私も若い頃にもっとバイリンガルを目指すべきだった……」

「終わりました」アキが三人の所へ戻った。「外に車を用意してくれているそうです。行きましょうか」

 

 東京・新宿御苑

「あっという間に10年ですなぁ。最初の2、3年は、まるで国連の占領下のような時代でしたが、今や自主権を取り戻して堂々たる先進国の一員……なんですかなぁ。今の与党になってから、ひたすら政権の延命を続けるような愚策ばかりで、国民のフラストレーションはかなり溜まってますよ。そろそろお宅の先生に腰を上げてもらわないと、日本は沈没しちゃいますよ」

 フリージャーナリストの早船(はやふね)は、隣に座る志村にそう言った。

 二人の眼前には、幼い男の子と遊ぶ家族の姿があった。

「お宅の先生がいなかったら、あんな風にここ東京で家族団欒(だんらん)なんて出来なかったでしょう。核兵器が落とされて、東京は第三の爆心地となり、人の住めない土地になってたでしょうな」

「……そろそろ本題に入っても?」

「ええもちろん」

 志村は鞄からA4サイズの封筒を取り出した。

「或る人物について、身辺調査をお願いしたいんです。現在の居所、経歴、親類縁者。関係することは何でも」

「まるで探偵の仕事ですな。専門業者に頼んだら如何です?」

「あなたはそれ以上でしょう。別班(べっぱん)に居た人なんですから」

 そのことを指摘され、早船は「いやはや参った」という風に髭を触った。

「これは、記事のネタになりますかね」

「調査結果による、とだけ言っておきます。あまり詳細は言えませんが、下手をしたら国際問題にもつながる事柄なので」

「……なるほど」早船はうんうんと頷いた。「外国が絡んでる、ということですか」

「引き受けますか。報酬は通常の倍は出すと、ウチの先生は言っています」

「調査費用の追加を願い出るようなことがあっても?」

 志村は黙って頷いた。

 早船は、封筒を受け取った。

「期限は決めませんが、なるべく早めにでお願いします」

「はいはい、分かってますよぉ」

 早船は自分の鞄を持って立ち上がり、その場から去って行った。

 

 セルジナ公国首都・ソウリム市内

「まさかリムジンに乗れる日が来るなんて思いませんでしたね」

 安田の意見に三人とも同意だった。セルジナ側が用意した車は独自に改良したらしいリムジンで、バンパーの脇にはセルジナの小さな国旗が取り付けられていた。周囲を警察車両が護衛している点でも、明らかに国賓並みの待遇であることは間違いなかった。

「あのニポンお爺さんには面食らいましたが、まともな国ではあるようですね」

「ちなみにあの方、大公庁の侍従長だそうです」アキが言った。「日本で言えば宮内庁のお偉いさんですね」

「セルジナは独立以来立憲君主制らしいけど、昔はけっこう血生臭いことも多かったらしいね」

「ええ。特に1950年代後半から60年代にかけて、政治闘争が激化していました。時の大公が暗殺されるという事件もあったぐらいです」

「うわ、日本だったら陛下がってことか……末恐ろしいな」

「安定してきたのは70年代からで、80年代からは本格的に国力増進に努力し、特にインターネット市場への参入に力を入れてます。先見の明があったというべきでしょうね、今や大国にも引けを取らないほど最先端のIT技術を持ち合わせています」

「苦難の歴史を乗り越えて、豊かな国を築いた……日本と通ずるものを感じるな」と、間。

「もっと国として交流を深めたいところですが、インドはそれを快く思わないでしょうね」と、ヒロミ。

「核を持ってる国がデカい顔をするってのは全世界共通ですからね」安田は嘲笑しながら言った。「まぁ朝鮮半島の某国は別ですけど」

「お、虎がいるぞっ」

 間は窓の外に注目し、三人も顔を向けた。車はちょうど赤信号で止まっていた。

 路肩に一台のトラックが停車しており、荷台には檻を積んでいた。その中にやや白みがかった毛色をした虎がいた。

「セルジナトラですね」アキが説明した。「セルジナの固有種で、国を象徴する動物にもなっています。おそらく市街地へ出て来たのが保護されたんでしょうね」

「体格が大きいですね」元環境省自然環境局野生生物課長代理のヒロミは、分析官の目をしていた。「4メートルはありそうです」

「ええ。個体にもよりますが、セルジナトラはアムールトラに並ぶ大型のトラです。記録上は4.3メートルの個体が最大とされています」

 一行はまじまじと檻の中にいるトラを見つめ、安田はスマートフォンで撮影しようとしたが、カメラアプリを起動する前に信号が青になり、車は動き出した。

「実に興味深い」ヒロミは呟いた。

「あーあ、撮れなかった」安田は嘆いた。

 

 車が停車したのは、セルジナ政府観光局公認の高級ホテルの車寄せだった。

 ちょうどその頃になって、雨が降り出していた。

「今日はこの天候なので、現地調査は明日にお願いしたい。明日の午前10時に迎えに来るので、今日はここでゆっくりと過ごしてください……と侍従長さんが言っていました」

 白髪の老人と話し終えたアキは三人に報告し、離れてゆく車列を見送ってからホテルの中へ入った。

 四人を待ち構えていたのは豪勢なシャンデリア、ではなく噴水だった。水資源に恵まれた国土を表現している旨のプレートがあったが、読めたのはアキだけだった。

 アキが主導してチェックインを済ませると、四人にそれぞれ一人ずつスタッフが付き荷物が預けられ、エレベーターに乗り込んだ。

「ずいぶん太っ腹な国ですよね。リムジンの送迎に加えてお高いホテルも手配って。アメリカに交換研修行った時はこんな待遇じゃなかったですよ」

 安田の言葉に三人は頷いた。

「プールやバーラウンジも好きに使っていいそうです」アキが言った。「もちろん費用はセルジナ持ちです」

「まさに至れり尽くせりだなぁ」間は顔をほころばせた。「これで温泉があればさらに良かったんだが」

「あるそうです。セルジナではあちこちから源泉が湧くそうなので」

「おお、それは素晴らしい。楽しみだ」

「あの、我々は物見遊山に来たわけではありません」ヒロミがピシャリと言い放った。「本分を忘れないでください。あくまでゴジラの化石調査に来たということを」

「ああ、そうだったな。すまない浮かれていた」

「申し訳ございません」

「お土産は買ってもいいですよね?」

 三人の視線が安田に集まった。

「いや、家族に何かあげたくて……こういう機会じゃなきゃ来ないじゃないですか、セルジナ」

「……まぁ、それはどうぞご自由に」

 ヒロミがそう呟くと、エレベーターがちょうど目的の階に着いた。

「では就寝前に簡単なミーティングを行いましょう。いいですね副所長」

「ああ……ん? それなら別に夕食後でもいいんじゃないか?」

 荷物を持つスタッフの先導で部屋へ向かおうとしていたヒロミはピタッと動きを止め、踵を返した。

「……少々、プールを利用したいので」

 それだけ言うと軽く一礼し、スタスタと歩き出して行った。

「お土産は買っても大丈夫そうですね」

 安田は笑いを堪えながら言った。

 

 四人がそれぞれ部屋に入ったあと、ホテルスタッフの一人が小型マイクを口元に寄せた。

「مہمان کمرے میں داخل ہوئے۔(ゲストたちが部屋に入りました)」

 

 同刻・セルジナ陸軍情報部

 薄暗い部屋の一面に大きなモニター画面が複数台設置され、高性能パソコンの前に何人もの軍人たちが向き合っていた。

「ホテルから連絡が入りました。ターゲットが到着したとのことです」

「部屋の映像を出せ」

 部下がパソコンのキーボードを叩き、壁のモニターに映像が映し出された。

 計四つのカメラ映像。それぞれに一人ずつ人物が映っており、男女ともに二人ずつだった。

「さすがに到着してすぐパソコンは使わないか……」

 上官は腕を組みながら監視カメラの映像を見据えた。カメラに映る人物たちは、ベッドやソファでくつろいだり、几帳面に荷解きをしていたり、思惑通りの行動は誰も取っていなかった。

「まぁいずれは使うでしょう。ホテルのWi-Fiにつながった時がチャンスです」

「ああ。だがそれでも入手が難しければ、実力行使しかない。アウラキ大使に連絡を入れろ、ターゲットを捕捉、計画通り任務遂行に当たると」

「大尉、博士からメッセージが入りました。〝放流する〟とのことです」

「よろしい、それも計画通りだ」

 大尉は不敵な笑みを浮かべた。

 

 *

 

 インド南東部 アーンドラ・プラデーシュ州・ビシャーカパトナム

「くっそ、全然かからねぇ」

 ナッパムは苛立ちながら、何度も船のエンジンを入れようと試みていた。

 すでに他の船が港を出ている中、ナッパムの船はエンジンが空回りする音を鳴らし続けていた。

「おーい、早くしないと漁場獲られちまうぞ」

 同じ船に乗る船員が発破をかけてきたが、それもまたナッパムを苛つかせた。

「うるせぇな、こっちだって頑張ってるんだよ。くそ」

「だから早く日本製のエンジンにすればいいって言ってんのに」

「それが出来たら苦労しねぇよ! ったく、動けってんだよこのポンコツ!」

 ナッパムは腹いせにエンジンをレンチで乱暴に殴った。

 すると思いが通じたのか、ようやくエンジンが掛かった。

「この手に限るわ、まったく」

 

 ボトボトと鈍いエンジン音を響かせながら、ナッパムの船は無事に港を出た。

 舵を握るナッパムは、メーターの隙間に挟んだ写真をチラチラと見ていた。

 去年、新婚旅行先の台湾で撮った妻との写真。

 ナッパムは今年で32歳、ビーシャは29歳になる。

 ビーシャは親方の娘で、ナッパムとは10年以上の交際を経て結婚した。

 漁師として一人前になるまでは結婚を許さないという、親方の言いつけがあったからだ。

 去年、ナッパムは親方から船を譲られ、結婚も許された。

 ビーシャのお腹には、小さな命が宿っている。

「……いっぱい稼いで、良い暮らしさせてやるからな」

 写真の妻の輪郭をそっとなぞろうとした時、不意に船が揺れた。

 外は一面水しぶきに覆われ、漁師たちは「なんだこりゃ⁉」と状況を理解できず慌てふためいていた。

 波を被ったのではなかった。

 水しぶきは海中から噴き出したもので、分かりやすく言えば、ナッパムの船は噴水の上にいるようなものだった。

 船は左右上下に大きく揺れ、ナッパムは回避しようと舵を切っても、何も意味をなさなかった。

 不可思議なことは続いた。

 海の色が、赤くなった。

 まるで血のような赤。

 そのしぶきを浴びた漁師たちは「熱い!」と叫び、その場でのたうち回った。

 中には、皮膚が溶け出す者もいた。

 操舵室にいるナッパムは、まるで地獄を見ているかのような気分になっていた。

 そして鼻孔を、何とも言えぬ臭いがくすぐり、片手で鼻と口を覆った。

 船が、船首を突き上げる形で浮き始めた。

 波のせいではなかった。

 船底が(きし)む音が聞こえた時、ナッパムは〝下に何かがいる〟と察した。

 船の角度がどんどん上がり、力尽きた漁師たちが次々と船尾の方へ流れ落ちていく。

 そして、ナッパムは見た。

 船首の先に、巨大な何かがうねうねと動いていた。

 ナッパムが最期に見たモノ……それはまるで、巨大な尻尾のような物体だった。

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