夜叉 ~二コラ・レッドヴィルの伝記~   作:創生路ハイローラー

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どうもお久しぶりです。霜月華範改め創世路ハイローラーです。
色々あって絵に活動の軸足を移しオリジナルキャラクターを作っをていたのですが、小説で書きたいシチュエーションが溜まったので小説にしようと思います。



二コラ・レッドヴィルのキャラクタービジュアル

【挿絵表示】



Vol1.死番蜘蛛 ~空き家の住民~
1話 西の果てから東の果てへ


~前書き~

 初めまして、この伝記の著者の二コラ・レッドヴィルです。物語を始める前に、まずは私の略歴を紹介させてください。

 私の出身は大陸の西端、イヴニスの西の果ての港町、レッドヴィルです。領主のレッドヴィル公爵の養女として王立魔法アカデミーを卒業後、魔法役人を三十年務めました。ただのパン屋の娘ですが、貴族のお手付きで産まれた祖母からの隔世遺伝で魔力を発現しました。おかげで聖誕祭でも食べられなかった白パンと脂の浮いたスープを毎日食べ、コットンの詰まった柔らかいベッドで寝て、国中を飛び回って牛の数を数え、有事の際は無条件の応召義務で従軍し、年度末にはヘボ財務官僚の為に魔法コンピュータを並べて徹夜で収支を合わせる……そんな世界一の労働能率を誇るイヴニス王国の魔法役人としてサクセスストーリーを紡いできた私でしたが、いよいよ定年になって退官する運びとなりました。

 イヴニスの王立魔法アカデミー卒業生は政府への任官が義務付けられています。アカデミーでの成績によって王立騎士団か各省庁に配属され、死ぬか十年分の俸給と同額の税を納めないと途中退職はできません。逆に任官から三十年の定年に達すると、大臣クラスの閣僚など政治的なポストにつかない限り役所を追い出されてしまいます。若返りの魔法で姿は二十代のままなのですが、それを維持するにはとにかくお金がかかります。実家が太ければ家の顧問魔術師として働くこともできますが、名ばかりの養子の私などレッドヴィルはとうに忘れている筈です。民間で商売をする魔術師もいますが、商才か詐欺師の才能がなければやっていけません。近年は魔術の進歩が飛躍的に加速しているので、アカデミー卒業から三十年も経ったら知識は完全に時代遅れ。行く末は童話の悪役でよくある森の奥で孤独に暮らすケチな薬草婆なわけです。こんな状態では魔法使いの生命線である琥珀虫の更新もままならないのであっという間に『回帰』でお陀仏です。木っ端の魔法使いの大半は普通の人間と変わらず六、七十で死んでしまいます。

 私も役人時代からこの世知辛いセカンドキャリアに向けて出来る限り努力をしました。仕事は頑張りましたし、お金も貯めて、仕事上の権限でレッドヴィル家や領内の有力者にできる限り便宜を図りました。アカデミーでは王族などの特別扱いされてる同期を除けば実質次席の順位で卒業しましたから、自信がなかったわけではありません。ですが、血の選別と厳しい教育で選び抜かれたのはみんな同じで、血筋も才能もある天才は政府にはいくらでもおりました。秀才止まりの私ではとても太刀打ちできません。定年まで三年となり、町の評議員にまでなった弟が引退して甥が継いだらしい生家のパン屋に戻るかと考え始めたとき、ある一つの博打というか、学生時代の未練が頭を過ったのです。

 アカデミーを出る前に私は親友と卒業旅行でソルトグラートを訪れました。それは既知大陸を洋の東西に分かつ巨大な塩の不毛平原に建てられた、人類最古の都市の一つです。当時はまだ鉄の蝗に乗った魔王軍なんてものは存在しませんでしたから、普通に観光ができました。この都市について語るだけでも一冊書けるくらいなので省略しますが、東西交易の中心(というか唯一の陸上交易路)であるこの街では世界中のあらゆる品物が売られていました。魔法史学を専攻していた私はなけなしの金で魔道具店やら、怪しい骨董市を漁っていました。そこで見つけたのが、東の果て、カラ帝国の更に東にある島国のエルフの民芸品とされているタペストリーでした。それには大きな木が模られていて、木の幹や枝葉、そしてその周りにはびっしりと模様が刺繍されていました。古物商はそれを適当なモザイク模様と言いましたが、私は模様に文法のような法則性を直感的に見出して、試しに魔力を流してみました。すると、不思議なことに木の模様が映像魔法(ホログリフ)で浮かび上がったのです。それは状態からして未知の魔法言語が使われた最古の魔道具であることは間違いありませんでした。私はこのことを説明した上で古物商に購入を打診しましたが、古物商はタペストリーの価値を知った途端こちらの足元を見て値段を釣り上げ、せめて模写をと頼んだ私を無理やり追い出したのでした。友達からは商売が下手すぎると笑われましたが、無論タダで転ぶ私ではなく、古物商ともみ合っている間に眼鏡に仕込んだスパイカメラでいくらかの写真を撮り、それを描き出したノートを作りました。しかし、当時のカメラ技術では木の幹に書かれた大きな単語とわずかな文字が識別できただけで、その研究ノートは帰りの船の暇つぶしに使った後は長らく忘れ去っていたのです。

 ノートを引っ張り出して改めて解析した結果、エルフ文字との類似やエルフ語の文法がそのまま当てはまることを発見しました。やはりエルフの遺物であることのは間違いありません。しかし、その書式は最も古い物をさらに崩した字体であり、千年前に夜の神に導かれて「西から」海を渡ってやってきた通説のエルフ西来説では説明できないものでした。

 無論、LoGoS(共通魔法言語)が生まれる前の一術一子相伝の時代の代物であれば、機密保持の為にあえて古代文字を使ったことも考えられます。しかしここでカラ語系をはじめとする東洋言語における古エルフ語系と現用エルフ語系の影響の比率を調べると、ソルトグラードを境に東に行くほど古いエルフ語から取られた言語や文字の影響が強くなるという結果が出ました。そうした比較などのかいあってタペストリーに書かれた言葉にもある程度筋の通った推測ができるようになりました。最終的にタペストリーに描かれた木が『スメラギ』という巨大な樹木で、周りの意匠は地図であるという仮説に行きつきました。

 これはおかしなことです。我らの世界は二千年前に昼の神『ガラノーシア』、夜の神『ルラキス』の二柱が人類を天の揺籃に入れて、ソルトグラードの北百キロにある旧聖都に植民したことに始まるとされています。昼の神は今も現れて人々を先導し、夜の神は夢に現れて、千年前にエルフが出現してからは彼らが聖職者として夢告と魔法で導いているのです。このタペストリーはエルフが元居た異世界の地図と思われます。しかし先述の言語変遷の問題から考えるに、元来のエルフ西来説は誤りであり、エルフは海を渡って東から既知大陸に到来し、その目前の島には異世界の文化を保った極東エルフ文明があるという考えに至りました。そして、カラの地理誌から一つだけ見つかった島国の名称は『住良木』だったのです。

 というわけで、三年の準備の後に私はため込んだお金と退職金、そして様々な伝手でかき集めたお金をつぎ込んで、既知世界の西の果ての島国イヴニスから東の果ての島国住良木への長い船旅に出たのでした。

 

 

 

 イヴニスを出発して、半年かけて大陸を南回りの海路でカラに入る。ソルトグラードから塩の道を通れば半分の時間で行けるけれど塩の平原を渡るのは魔女でも厳しい上に、当時は昼教による魔女狩りが激化していたので昼教の領域を避けた航路を通らざるを得なくなった。東洋でも昼教が優勢だが、カラを中心に陰陽流転説が採用されて夜神も同時に祀られているため少々毛色は違うが魔術師も力を持っていた。カラの帝都に立ち寄ってちょっとした用事と情報収集を済ませた後、住良木行きの船に乗り込む。住良木は島国と言ったが、その大きさは小大陸と言えるほどのもので、風車のように西と北と南に長く半島が伸びているらしい。政治状況としては(スメラギ)が統治し、カラと形式的に冊封関係にあり北の西の大半を支配している住良木王朝と、それに反抗して南側半島に割拠する南朝があるとのこと。南朝はかなり閉鎖的で詳しいことはわからないが、人間至上主義で反エルフ、反魔術に加えて神が実在するこの世界で唯物論を掲げ技術貴族(テクノノブレス)的共産主義を標榜する『おかしい国』らしい。正統な北住良木王朝も、現在は大樹を称する大将軍率いる幕府が事実上支配しているそうだ。その二重権力への反感が南朝分裂の原因だとういことだった。国名もそうだが、幕府も大樹を称するなど樹木信仰の痕跡が感じられる。住良木は昼教を導入したが、二神教と習合された独自の精霊信仰もあると言い、私の仮説にますます確信を持つことができた。

 住良木の中心地である河中(かだい)は風車の南と西の付け根にあり、その入り口の港町である商都に私は上陸した。住良木の玄関口であり、経済、そして昼教の大寺院のある宗教の中心地らしい。内陸の首都には半日で行けるが、船旅の疲れをとるために宿をとって、ちょっと贅沢したい気分になって外国人向けではない酒場に入ったのが良くなかった。飲み潰れてカウンターで寝込んでいる男を尻目に奥の席に座り食事をとっていると、如何にも親分子分な大小チンピラ二人が酒臭い息をまき散らしながら絡んできた。

「おいきれいな姉ちゃん、ずいぶん羽振りがよさそうじゃないか?」

「ここは奢ってやるから、もっと良い所を案内してやるぜ。へっへっへっ」

 魔術師は骨格以外は自由に容姿を弄れる。当然みんな若い美男美女でいたいと思うわけだが、若すぎると舐められるという問題もセットだ。男は貫禄を出すためにあえて老けようとする者も多いが、女はそうはいかない。

「結構よ。そういうのはもう興味ないから」

「なんだとこの女ァ!」

「兄貴が奢ってやるって言ってんだぞ。下品な乳見せつけといて貞淑ぶってんじゃねぇ!」

 しかし、ここはイヴニスではない。西洋なら首輪を見れば魔法使いだとわかるのだが、東洋ではまだ普及しておらず、辺境の住良木人には魔法使いを見分けることはできない。そして二言目にはこんなキレ方をされる……いや、これは例外かしら? 酒が入っていると言っても気が短すぎるだろう。

「おい、なんか言えよ!」

 子分の方のチンピラがカウンターをバンバン叩きながら急かすのを無視して無言で盃に残った酒を飲み干す。余裕をアピールして相手の肝がどれだけ太いか、それと周りの反応を確認するためだ。店員が注意したり守衛が駆け込んできたりはしないのでこの辺ではこれが当たり前で、知らない土地で目立つ格好でうろついた私に非があるらしい。昼教の寺院のお膝元であまりやりたくはないが、魔術を行使する考えが浮かんだところで、カタンと音がしてチンピラの後ろから声がかかった。

「おい、静かにしろ。煩いぞ」

 見ると手前の席で寝ていた男だった。今の今まで机に突っ伏していたのでわからなかったが全身を覆うように革の錣がついた鉢金、革羽織に革袴を着て、首には黒い襟巻、羽織の下にはこれまた革張りの甲冑。兵隊と言うよりは消防士かドラゴンハンターだ。しかし腰と背に二本の太刀。顔は日焼けして、背はそれほど高くない。そして何より血のような赤い瞳(私も赤毛赤目だがそれとは質が違う)が人間離れした異質さを漂わせている。

「あん? なんだてめぇ!」

 子分の方が振り返り反射的に腕を振り上げるが、男の相貌にたじろいで止まってしまう。すると親分の方が男の前に出て威圧した。

「おいお前、起きたならさっさと帰れ。そんな物騒な格好で居座られたら店に迷惑だろうが。こっちは取り込み中なんだよ。痛い目見たくないだろ?」

 私に対するものより随分と語気を抑えてさも正論のように言うが、迷惑なのはそっちも変わらない。

「そうしたかったが、飲み納めの一杯がお前らのせいで駄目になった。お前らが騒ぐから寝覚めも悪い。どうしてくれる?」

 男は席を指して言う。たしかにいくつかある徳利が床に落ちて酒がぶちまけられている。カウンターを叩いたときに倒れたのだろうか?

「んだとてめぇ!」

 口答えされたことで子分が怒鳴り、親分の方が男に掴みかかる。

「寝ぼけてるなら、俺の拳で目ぇ覚ましな。そのほうがお互いスッキリ醒めるぜ!」

「気を付けな野武士野郎! 兄貴は前の戦で侍を殺したんだぜ。腰の刀その証だ!」

 よく見ると親分は腰に無駄に立派な刀を差している。なるほど腕っぷしには自信があるようだ。加えて親分は上背がかなりある。甲冑男を軽く持ち上げる膂力もあった。持ち上げられた男は特に抵抗もしないで無表情に相手を見据えている。 

「兄貴、こいつのも使い込んでますが売れそうですぜ!」

「そうだな。妙に重いが。へへっ安心しな。貰うのは一本だけだ。二本もあるなら背中の方ぐらいは良いだろう? そしたら今日はチャラにしといてやるよ」

 親分が下衆な笑みを浮かべながらそう言うと子分が男の背中に負っている緑の太刀に手をかけようとした。すると、黙っていた男が急に声を荒げた。

「それに触るな!」

「ッ!?」

 決して大きな声ではなかったが、同時に彼の身体からパチっと火花が散り、直後に痛みを感じる。私以外にも近くにいた客が箸を取り落としたり、びっくりして辺りを見回しているので間違いない。

(無差別の放電魔法ね。射程は十フィートかしら?)

 子分は思わず手を引っ込めて、親分も男を掴んだ手を離そうとした。しかし、男はその手を両手でがっちりと掴む。男が魔術師の可能性があることを察した私は多機能眼鏡で魔力検知を作動させて男を観察する。

「後遺症が残るかもしれんが、これで()()()()。『もう帰れ、夜も更けた』」

 親分と目を合わせて男がそう言い、ゆっくりと手を放す。すると親分は立ち上がり、店の出口へ踵を返した。

「さっきの静電気みたいなのはなんすかね。って、親分? どこへ行くんです?」

「帰るぞ、もう遅い」

「えぇ!? でもまだ日も暮れてないっすよ!」

 子分の言う通り、まだ十七時を過ぎたころで橙色の夕日が沈みかけている。困惑する子分を引き連れ、親分はそのまま店を出て行ってしまった。男は何事もなかったように椅子にかけ直し、様子を見ていた他の客たちは顔を見合わせ「あの郷太郎兄弟がビビッて逃げ帰るなんて」と噂していた。

(刷り込み系の精神干渉魔法ね。掴まれた状態で神経にこっそり魔法回路(パス)を通そうとしたけど、邪魔が入って放電魔法で無理矢理通したのね)

 どうやら彼はこの国の魔術師らしい。そうなればやるべきことは一つだ。

「ねぇ、助けてくれてありがとう。飲み納めはまだでしょう? 一杯奢らせて。部屋についてきたらもう一枚あげるわ」

 私は彼の隣に座って、胸を押し付けながら銀貨を一枚机に置く。顔は弄れると言ったが、発育はちょっと困るくらい天然ものだ。うんざりしたこともあるが、これで得をしたことの方が多い。しかし、彼は予想に反してそっけない反応をした。

「必要ない。店主、もう一本酒をくれ」

 彼は店主から徳利を取ろうとしたが、店主はさっと引っ込めて首を横に振った。

「無理っすね旦那。さっき財布投げて『これで飲めるだけ』って言ったでしょ? 一尺まで正確に出しましたよ」

「じゃぁ、水」

「お冷の提供は食べ物を頼むか、退店いただいたうえで頭から被ることになってます」

「……畜生」

 彼は銀貨を手に取った。

「じゃあ、これであるだけ」

「店主さん、摘まめるものも出してね」

「へい!」

 私は彼に割り込んでつまみも頼む。

「おい」

「私だって飲むのよ。それに胃に何も入れずに飲むのは良くないわ」

 そう言っている間に酒とつまみがテーブルに並べられる。

「じゃあ、お話ししましょうか? 私は二コラ、旅人よ。あなたは?」

 そう、この日、この時、私は彼と出会った。

「俺は……■■■■。夜叉だ」

 

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