夜叉 ~二コラ・レッドヴィルの伝記~   作:創生路ハイローラー

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おまけの日常会。魔法に関する設定をあれやこれや語るお話。


5話 箱の中の猫

 夜叉がお風呂から上がったので、彼の髪の手入れをした。鉢金の下で普段あまり見ることはないが、彼の髪はそこそこ長い。自分の髪は切ってしまったから、久々の本格的な手入れで気合が入る。枝毛だらけで櫛を入れるといちいち引っかかる荒れ具合だが、鋏で枝毛を切って形や量を整えて、ついでに剃刀で顔も剃る。仕上げに私用の香油も奮発してかけてあげれば山犬みたいな彼も大分見られるようになった。

「あら、ずいぶんと男前になりましたね」

 食事を持ってきてくれた女将さんも彼を見て褒めてくれた。夜叉は落ち着かないのか借りてきた猫のようにしおらしくなってる。

「肌が寒い……落ち着かん」

「今の方が断然かっこいいわよ。これぐらいじゃないと連れ歩く私が恥ずかしいわ」

 お酒を飲んで私もちょっと饒舌になる。ふと客間の掛け軸を見ると、河を行きかう舟の絵。上は都、下は海で、真ん中に大きな桜の木と見覚えのある社殿が描かれていた。

「ねぇ、これってもしかして?」

「えぇ、この大河の景観図です。狐容手様がお隠れになる前に描かれた、大変貴重なものなんですよ」

 お酌をしながら女将さんが説明してくれた。

「私は地方から嫁いできまして、大弾圧なんて知らなかったので、この絵でしか桜が見られなくなったと聞いて残念に思っていたのです。ですが、生きている間に本物を見られるかもしれないと思うと何とお礼を言っていいのやら」

「でも、本当によかったのかしら?」

 女将さんが喜ぶ一方で、私はふと疑問が浮かんだ。

「あの桜の下に埋まっている誰かが、わざわざ結界を作ってまで守り隠そうとしたものを、掘り起こして見せてしまうのはその人の意思に反するんじゃない?」

「らしくないな。あれが外法の業なことはお前なら分かるだろう」

 夜叉の言う通り、死体を魔術回路として埋め込む行為は、アンデット禁止条約の生体及び死体の部品化に抵触する行為だ。厳密には髪の毛や血の利用も駄目になるのだが、法解釈は国によって様々で、イヴニスでは『本人』が『その場で』使うのはセーフといった様々な抜け道がある。先述の髪の毛の販売も、魔術的意図のないかつらや人形用なら許される。王立魔術アカデミーでは、魔術師になれなくても理容師にはなれるという皮肉があるぐらいだ。

「私だってお酒を飲めばセンチメンタルになるわよ。それに貴方は死者の尊厳を大切にしてるし、エルフの信仰にも理解があるように見える。そんなあなたが結界を壊そうとしたのが引っかかったの」

 彼の過去のわずかな情報からも、彼が昼教が浸透する前のエルフの教えの崇拝者だったことは推測できる。

「……神樹は本来、龍脈のマナを吸い上げて地上に還元し、環境をコントロールして土地を豊かにする。神樹の下に住めば、豊穣と健康、そして調和と幸運すら得られる」

「まるで二神の加護ね」

 この世界の根本として、信仰によって二神の加護が与えられる。私達魔術師の魔術行使を昼神から妨害されないようにする夜神の加護は勿論、昼教も筋力増強やらの恩恵がある。個人の信仰だけでなく国家や地域の信仰の濃さも信徒の加護の強さに反映される。古代帝国や現在のカラ帝国のように、二神を同時に信仰して両方の加護を得ようとする例もあるが、昼神の『強くする』性質と夜神の『覆い守る』性質が打ち消しあって弱くなってしまう。

「神樹はそうやって人を集めて自らを世話させるんだ」

 二神の加護は信仰を通して人の内側から作用するが、神樹の加護は環境を介して外側から人間に作用し信仰を作るようだ。

「何故人間に奉仕させる必要があるのかしら? 地脈の力があれば、無尽蔵の魔力を得られるのよ」

「木の生存に生命のマナが必用なんだ。しかし神樹は生命のマナを自ら生み出せない。他の生物が存在する必要がある」

「それで加護を餌に信仰でパスを作るわけね。ミツバチと植物の共生関係ってところかしら?」

「そうだ、彼女もそう言っていた」

 彼女が誰かは正確には分からないが、後から推測するに彼の神樹関係の知識の大本はおそらく『葵』氏だと補足しておく。

「故に、神樹の下に死体が埋まっていると言ったが、実はあれは正確ではない。あの大桜の下に埋められた誰かは、木に接続し、その一部になりながら生きている」

「ちょっと、どっちなのよ?」

 彼の話はあまりにも支離滅裂で矛盾しているように思えた。半世紀近く前に埋葬されたものが生きているなんて。

「わからない。俺も狐容手様に接続して初めてわかったことだ。根の奥に生命のマナが僅かに感じられた」

「まだ意識があるってこと?」

「それは本人にしかわからないだろう。本来あのような人柱は一時的な措置に過ぎない。術式は身体に刻まれるが、身体が朽ちれば術も変質しやがて効力を失う。そうでなくてもあれは結界魔術だ。外から人が入らなければ、生命のマナを得られない木は枯れる可能性が高い。だが、かなり弱体化していたとは言え木は生き続けていた……」

「つまり、遺体を掘り返さない限り術は永遠に動き続けるということ?」

「あぁ、それも歪んだ形でな。ニコラ、もし人が管理する以外で、神樹が自生する条件があるとすればそれはなんだ?」

 神樹は人々の生命のマナによって生きている。おそらく生命のマナを意識的に操れる魔術師(この場合は神官と呼ぶべきか?)が介在して。それを自然環境で行うとすれば……

「魔法生物のコロニーね」

「そうだ。閉鎖された空間で、吐き出され続けるマナ、人によって消費されずに滞留するそれは淀みとなって、魔物が繁殖するのに最適な環境になる。

 道涓達が居たことで外からの出入りで抑えられていたが、今はそれももうない。このまま放置すれば、最悪異界が生じる可能性がある」

 異界とは、魔力で切り取られたこの世界の中の別世界だ。あらゆる法則がこの世界と異なり、神すらも干渉できない。不確かな遭遇情報と理論上の可能性でのみ語られる事象だ。人為的に作れるなら、その中ではあらゆることがやりたい放題にできる夢の技術であり、神に並び立つことを教義にしている夜の魔術師が目指す一つの到達点と考える者もいる。しかし、それには大きなリスクが伴う。

「あるいはそれが狙いかも」

 酒が入っていたこともあり、この時は洞察から外れた想像力を私は発揮し始めた。

「私の親友が言うには、異界はすべてがマナで構成されるらしいわ。そしてマナは質量を持たない。閉鎖空間に魔力を臨界点まで満たして異界を作る場合、異界ができる瞬間に中の物質は全てマナに変換され質量を失う。そのときにものすごいエネルギーが発生するらしいの」

「どうして貴方のご友人はそんなことを……」

 女将が質問する。

「実際にやったからよ。少しの水を入れたビーカーに限界まで自分の魔力を込めて閉塞した。そしたら視界が真っ暗になって、気がついたら研究室の外に居て、研究室の中は何もかも凄まじい熱で溶けて滅茶苦茶になっていた。そしてビーカーは乗っていた机ごと消滅していた」

「それじゃ何の証明にもならないな」

「それがなるのよ。その夜に夢で夜神様の夢告があった。件の『物質のマナへの変換による蒸発現象』の説明と二度とこの方法を使わないようにという警告があって、翌日には教会から一言一句同じ同じ内容の公示が出されたわ」

 夜神は人と直接接触せず夢に現れて知恵を与える神である。夢告を見たものは、夜の教会に問い合わせて同じ公示が教会になされているか照会してもらいそれが本物の夢告か証明できる。教会が発行する内容証明証書は文字通りの神の言葉であり、絶対的な効力を持つのだ。

「そういうことはよくあるのか?」

「いいえ。それ故に魔術師にとってとても名誉なことなの。滅多に人前に現れない夜神が直接介入したのはそれだけ神に近づいたこということだから。まぁ本人は『ネタばらしを食らった上に禁止魔術指定でその先を見ることもできなくなった』って不満だったけど……代替術式を貰ったのに贅沢な話ね」

 夜神が危険な魔術を直接禁止する際、補償として安全化した上で禁止魔術と同じような効果のある魔術を与えられることがある。これは神経刻印という形で宿された体機能的魔術、即ち妖術で、神の技術で作られたそれはコピーや解析困難な固有魔術となる。親友はこれを三つも持っているが、彼女がこの件に関して何を貰ったのかを誰も知らない。

「話しが逸れたけど、兎に角異界を発生させるときに発生するエネルギー、彼女の場合はビーカーという脆い器が割れる事で外に放出された。彼女は爆発を抑えられる頑丈な器があれば、水でもゴミでも質量を投じて莫大なエネルギーを得られる炉ができると言ってたけど、逆に言えば制御しなければ巨大な爆弾ができると言うことよ。あの聖域の森は百エーカーはある。それが丸々熱エネルギーになれば……」

「想像もつきません……溪津、いえ、河中が焼き尽くされるかもしれません」

 女将さんが震えている。実際、異界の観測された地域には硝子化した砂を含む地層があり、そこから植生がはっきり変わっていた痕跡も見つかっている。異界の生成に巨大な爆発が伴う可能性は十分ある。

「根拠の無い憶測だ。エルフの神官がそんな方法を知っていたとは考えられない。仮にそういうことが起こり得るなら、俺以外の夜叉が結界を壊したはずだ」

 夜叉は信じてない様子だ。だが住良木エルフ達は魔術の最先端で生きていた私も知らない全く別次元の魔術を有している。仮に彼等が元いた異世界の魔法技術を今も有しているなら、我々を超えるものを持っていてもおかしくない。

「ニコラは勘違いしているようだがこの国のエルフ達は積極的に魔術を使わない。神樹は、人が暮らすのに適さない土地で暮らせるようにする為に持ち込まれたものだ。彼らが東の地に追いやられてなお生きているのは、神樹の恵みによるもので、彼らが神樹を兵器として使ったことはない。結界も、一時的に隠すためで、弾圧が終われば彼らは戻って来るつもりだったかもしれない」

 確かにエルフ達が神樹を兵器に使えば、彼らが人類に追いやられることもないだろう。それでも彼等が大切な神樹を追いて去ったのは、事態がそれ程長期化しない目算があったのかもしれない。なにせエルフは長寿だ。人間の社会変動は彼らからすれば一時の癇癪に過ぎない。争う前に退き、後に回収するのは西側のエルフでもよく見る彼らの生きる知恵である。

「人柱の生死も目的も、開けてみないとわからない。まるで箱の中の猫ね」

「いや、術者と神樹との接続は断ち切られた。その目的も知られることはないだろう。彼の者の役割は終わった」

 そう夜叉と私は結論付ける。この話はあくまでも酒の入った戯れで、学術的な意味はない。夜叉が彼を殺したことになるかもしれないが、それを罪に問う者もいないだろう。しかし、明日には去る私たちと違い、女将さん達には身近に向き合い続ける問題だ。

「それで、私たちはどうすればよいのですか?」

「遺体を収容して弔ったら、聖域は好きに使えばいい。あの土地は元来豊かな土地だ。入会地でもいいから、とにかく人の手が入るようにすれば、魔物は現れない。消費されてこその神樹だ」

「恩寵を消費する、ただそれだけでいいのですか?」

「神樹と人とはそれが正常な関係なんだ。俺個人としては、神樹は昼教とも棲み分けができると考えている」

 夜叉はそう言い切った。神の恵みを頂くと言うあり方が示すように、神樹は私たちの二神信仰のような明確な上位者ではなく、互いを日毎の糧として共生関係にあるような印象をうける。輔神崇拝のような包摂とも違う共存がかつての住良木の姿だったのかもしれない。あるいは、狐容手様が姿を隠す前の人とエルフの関係もそうだったのだろうか?

「エルフはもういませんし、過去はどうにもならないかもしれません。ですが、狐容手様とお社が残っているなら、それを維持できるように努めたいと思います」

 女将さんは決意を固めた様子だった。夜叉もそれを満足そうに見ていた。

 

「さぁ、夜も更けたし、ここでお開きにしましょう」

 女将さんがお酒を片付けて、私たちは寝支度に入る。私が布団に入るが、夜叉は相変わらず壁にもたれてに座り込む。

「もう、布団も敷いてもらったんだからちゃんと寝なさいよ」

 出会ってからこのかた、夜叉が寝ていないのはわかっていた。それで手を出すわけでもなく、ただ座り込んで瞑想してるか、あるいはぼーっとしてるかのどちらかなのだ。

「夜叉に眠りは必要ない。最近ずっと寝ていたしな」

「死んでいたの間違いじゃないかしら? 詩人が言うには眠りと死は表裏一体らしいわ」

「眠るよりは、死ぬ方が救いだ」

「もしかして、寝るのが怖いの?」

「……」

 夜叉はうつむいて黙り込む。彼への思いが芽生えていた私は、彼を私の布団の上に連れて行くと、彼を押し倒して覆いかぶさった。

「どういうつもりだ?」

 彼は私よりも背が低いので、彼の頭は私の胸元にすっぽり埋まる。

「ご主人様の福利厚生よ。だいたい悪夢を見るのは体が冷えてるときなの。あなたいつも体温が低いし、こうやって温めればしっかり眠れるわ」

 両腕で頭をがっちりと抱き締めて、小さい子供にするように頭をなでる。夜叉も抵抗したが、やがて大人しくなって布団の中で寝息を立て始めた。

(まだ出会って三日なのよね……)

 コイン一枚で誘ってから、乱暴な部分もあったが彼との信頼関係は築けていると思う。あくまでも仕事な以上、あまり依存させるのは良くないかもしれないが、彼の人生再建も旅の目的な以上、今は少しでも素直に心を開ける関係に持っていくべきだとそのときは考えていた。

(それにしても、神樹ね)

 私の予想通り、住良木のエルフは樹を崇拝する文化がある。そしてその技術力は私達の魔法技術を塗り替える革新的な可能性があるし、そうでなくても神樹は人類に都合が良い資源だ。

(でもそれなら、どうして夜神様はエルフと一緒に神樹を受け入れなかったのかしら?)

 疑問を持ちながらも私の意識は暗闇に落ちた。




これにて2章は終わりです。山賊とチャンバラするだけの話のつもりでしたが、書いてる内に魔法の体系化や物語全体の下地になる設定を思いついて盛り込んだらここまで大きくなりました。

ファンタジーやSFで資源って、現実のエコロジーの影響を受けて大抵有害だったり、或いは枯渇して不味いということになりがちですが、神樹の恵みは逆に使わないとヤバいという感じでの付き合い方を求められるようにしました。自然に湧出してきた石油とかと同じですね。
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