夜叉 ~二コラ・レッドヴィルの伝記~   作:創生路ハイローラー

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4話 土蔵の蜘蛛

 南の天萬教会から役所に向かう。商都は各業種で座と言うギルドが存在し、昼教寺院の大僧正をホストに座の会長と主要な大商人が評議会を開いて町を運営する自治都市だ。当然役所は寺院の丘の麓にあり、厳めしい昼教の僧兵に睨まれながら私たちは役所に入った。 

「虫退治の件でやって来た夜叉だ。書記官を頼む」

 そう告げると、出てきたのは神経質そうなエルフの男性だった。

「ご足労ありがとうございます。そちらの方は?」

「西の国からきた魔女だ。見学と思ってくれ」

「ちょっと、私も元衛生局員として害獣駆除には一家言あるわよ! 今回は彼の仕事を視察しに来たので、随行して問題ないかしら?」

「えぇ、今回は証人がいると助かります。では案内します」

 書記官は私たちを連れて港の方に足を向ける。商都には私が入国するときに乗った大きな唐船が止まれる程の深さと大きさのある桟橋があり、東洋では数える程しかない大型クレーンまである。その周りには国内外から集められた富が集積される大きな土蔵が立ち並んでいた。この商都だけで、住良木の金の三割が動いているらしい。

 話が逸れたがそのうちの一つが今回の駆除対象だ。

「入り用があってうちの蔵を久々に開けようとしたら、変な臭いがしたんです。中を見たら大きな蜘蛛の巣ができてたので、それで掃除させようと丁稚を呼んで入りました。そしたら人の頭ぐらいはある大きな蜘蛛が……一匹や二匹じゃないです、大きな卵もあったんだ。箒を振り回しながらそれを掻き分けて、階段を上ろうとしたら二階が光っていて。それで恐る恐る階段から上の階を覗いたとき、見たんだよ。私よりも大きい蜘蛛を! 丁稚を引っ張って慌てて逃げました。夢だと思いたいが、そうだったらまた夢に出てきそうでおちおち眠れない」

 家主の男は恰幅のいい体に脂汗をかきながら手ぶりで蜘蛛の大きさを表現する。多少誇張もありそうだが、成る程彼より大きい蜘蛛なら驚いても仕方ない。

「光ると言うのはどんな感じに?」

「その、見たことない感じです。薄ら明るく虹色に光って」

「蔵はどれぐらい放置したの?」

「その、えっと、三年ぐらい……」

 家主はバツが悪そうに白状した。それを聴いた書記官が呆れた様子で言う。

「家主の管理義務違反です。これで罰金が増えましたね、左内さん」

「よしてくれよ各務君。こうなる前は忙しくて、家に帰る暇もなかったんだ」

 家主の左内は苦しい言い訳をする。言葉通り精力的だが粗忽そうな面もあり、今は少しやつれている。入用というあたり、緊急で必要な物が中にあったのだろう。

 そんな事情には特に耳を貸すことなく、夜叉は率直に結論を言った。

「聞いたところ、九分九厘死番蜘蛛だな。それも巣ができてる」

「私も同意見ね」

 死番蜘蛛は世界中で見る魔法生物だ。見た目は大きい蜘蛛で全長は一~五フィート、雑食で虫や小動物の死骸を食べる。しかし生態としては蜘蛛よりも蟻に近く、女王を中心に廃屋や洞窟にコロニーを形成する。そして一番の特徴が、農業をするという点である。

「死番蜘蛛は餌が安定した状態だと捕獲した死体に死体カビを播種して栽培し、収穫する共生関係になるわ。死体カビは虹色に光るから、二階が光っていたのはそのせいね」

 死体カビも一般的な魔法生物で、自然の分解者の役割を持つ生き物だ。暗所と腐肉を好む死番蜘蛛とは利害が一致しており、糞や死体を苗床に繁殖し、死番蜘蛛の安定した食糧となる。厄介なのは魔法生物は餌さえあれば際限なく大きくなることで、女王が大きくなれば卵も大きくなり強力な個体を産む点だ。

「死番蜘蛛は本来自分より大きいものは襲わないわ。けれど、農業によって一見餌の少ない環境でも自給自足で巨大化して、何も知らずに入って来た人が突然襲われる可能性がある」

「私も危うくそうなっていたかもしれないな」

 左内氏は深くため息をついた。一方で各務は表情を崩さず夜叉に対処について訊いた。

「それで、駆除についてはどうなさいますか?」

「焼くのが一番早いな。この辺は全部土蔵だから延焼の心配もない」

「イヴニスの駆除規定も同じね。巣ができている建物は取り壊すことか法律で定められているわ。残しても不衛生よ」

 死体カビは糞や死骸を苗床にしている。建物単位でコロニーになっている場合は駆除しても再利用は難しいので、壊して建て替える方が合理的だ。しかし家主は納得いかないと反論した。

「それは認められん! 中の私財が無くなれば私は死ぬも同然だ! 焼くのだけは勘弁してくれ!」

「これだけ立派な蔵なら火災保険に入ってないの?」

「そういう問題じゃないんだよ!」

 左内は夜叉に掴みかからんと言う勢いで立ち塞がる。それを見て各務書記官は左内が置かれた状況を説明した。

「実は、左内さんは先日所有していた貿易船が沈んで多額の債務を抱えているのです。評議員でもある彼の店が潰れるのは我々にとっても痛手なので、左内さんの持っている茶器をこちらに譲渡していただき、それを担保に寺院が資金の貸し付けをする算段なのですよ」

「来週までに審査が通らなかったら苦労して手に入れた地位も店も無くなって家族が路頭に迷う。頼む! 茶碗一つ取ってくるだけでいいんだ!」

 左内は何度も地面に頭を付けて懇願する。しかし書記官の各務は「正直な所、貿易船の事故は彼の杜撰な管理が原因なので、最悪化物の駆除を優先しても構いませんが」と私に耳打ちした。それが夜叉にも聞こえていたのかもしれない。夜叉がこっちを見たので、私に決めてほしいのだと解釈して、彼と左内の間に立って言った。

「ねぇ夜叉、私は美術品にも関心があるの。宝探しに興味はない?」

「夜叉に審美眼はない。感情がなくなって詩も歌も分からなくなった」

 夜叉はぶっきらぼうに答え、遠い目をした。だったらもう一押し。夜叉の方が背が低いので少し前かがみで目線を合わて、あざとくお願いをする。

「貴方の仕事にはもっと興味があるわ。今後の為にも、どっちも見られるかしら? 左内さん、茶碗を取ってこれたら報酬は……」

「予想売却額の一割、いや、二割出す! それが今手元にある全額だ。だから頼む」

 左内は食い気味に答えた。よほど後がないようだ。条件を引き出して、夜叉にもう一回聞く。

「ねぇ夜叉、どうする?」

「報酬は多いほうがいい。片方は確実だ。もう片方は、化け物を殺してからわかるだろう」

 こうして、彼との初仕事が始まった。

 

 

 

 左内氏から土蔵の鍵を貰い、蔵の重い扉を開く。夜叉に続きそのまま入ろうとしたが、彼に止められた。

「付いて来るな」

「貴方の仕事を見るんだから一緒じゃないと意味ないじゃない」

「狭い所で刀を振り回すんだ。斬られたくなかったら大人しく待ってろ」

 そう言うと夜叉はそそくさと暗闇の中に歩いて行った。

「もう! 仕方ないんだから」

 私は杖の先の水晶を取り外し魔力OSを起動させる。水晶からホログラムが浮かび上がり、『Created by Magi-Arts!』とサウンドロゴが鳴る。

「ロッドを使い魔(ファミリア)モードで起動、操作はマニュアルを指定」

 水晶が手から浮かび上がり、空中で静止した。次に懐から一枚のタロットを取り出し、魔力を流すとスティックと十字キーが浮かび疑似コントローラになる。目視で動作確認を行い、それから水晶から伸びるリボンを眼鏡の蔓に結び付ける。するとレンズにホログラムが投影されて水晶との視界共有がなされた。左内や各務書記の周りを飛ぶと、驚きの声が上がった。

「これは魂消た。水晶のカナブンだ」

「式神でしょうか? 書物で読んだことしかありませんが」

「これはもっと高度な代物よ。この動作だけで五十の術式が稼働している」

 イヴニスが世界最先端の魔法技術立国となったのは、共通魔法言語規格(Logic Of God Spell)とそれを用いた多機能魔力OSを開発したことにある。それまでの魔術は体内の魔法神経由来の体機能型魔術(Gifted)つまり妖術と、妖術や自然の魔法現象を所作や呪文に変換した魔術の二系統だった。片や遺伝、片や長年の洞察とセンスの産物であり、古代における魔術とは一人一芸、一子相伝で鍛え上げる秘術であった。魔術の血を強めるためにイヴニスで魔術士は特権階級化したが、血が濃くなることで魔素が蓄積して先細りは避けられず、また戦争で家が途絶えたり社会の変化で家が没落したりで魔術が系統ごと失伝するような事態が相次いだ。その為、()の集積から拡散へという改革が行われた。一族が絶えて権利の浮いた魔術の特許を国が買い取り、それらを解析して権利フリーの一般魔術にすることを目的に王立魔法アカデミーの前身が創設され、一般魔術の使用言語として半世紀をかけて共通魔法言語規格が作られた。術式を記して魔力を流すだけで効果を発揮するスクロールはそれまでも存在したが、使う言語はそれぞれ独立していた。それが一つの言語に統一されたことで複数の魔術の組み合わせが容易になり、それらを統括する高度な魔導コンピュータが開発された。今やLoGoSがあれば魔力を持たなくても魔術を作ることが可能となり、それをLoGoSの多機能杖に入力して魔力を流せば複雑な詠唱を省いて瞬時に魔法を出すことが可能になった。LoGoS以前の魔術はChaosと呼ばれ、魔術師の使命はあらゆるChaos(混沌)LoGoS(神の言葉)の光で照らし、解析して言語化し、そして何れはあらゆる事象がLoGoSで実装され、管理される時代がやって来るだろう。そのとき人間は神に……

 っと、長々と語ったがこれを使えば遠隔で夜叉の様子を見ることができる。私は床几に腰かけて、使い魔を倉庫の中に入れた。ちなみにリボンは魔法により三百ヤードは伸びるので私の眼鏡と一緒に飛んでいく心配はいらない。使い魔を操り今度は照明魔法を点けた。入口周辺は家主たちが掃除をしていたので比較的片付いていた。床を見ると死番蜘蛛の死体が所々に転がっている。どれも外傷が無く、裏返しになって並べられている。ライトに気付いたのか、夜叉が出てきた。右手に短刀、左手にはまだ生きている蜘蛛だ。

「おい、入って来るなって。なんだ、式神か?」

「これなら入っても問題ないわよね?」

「!?」

 マイクを使って私がしゃべるとさすがの夜叉も眉を動かした。少しは驚いてくれただろうか?

「刀を振り回すんじゃないの?」

「こいつらはそこまでする必要はない。潰すと掃除が面倒だしな」

 夜叉はそう言うと左手から放電して、感電した死番蜘蛛が絶命する。そうして地面に蜘蛛が置かれていく。

「それで、進捗はどう?」

「下水の臭いがする。わかるか?」

「これに臭気検知機能は無いわ。どこかに穴が開いてるのかしら?」

「あぁ、着いてこい」

 夜叉に続いて奥の階段前に着く。そこから階段の反対側、掃除をされてなかった所を蜘蛛の糸をかき分けて入っていくと、床が腐って穴が開いていた。

「天井と壁に雨漏りの跡だ。おそらくそこから床に穴が開いて、下水道から蜘蛛が侵入した」

「死番蜘蛛は暗く湿ってる所を好むから、それは考えられるわね。これなら安定して餌も手に入る」

 都市の下水は暗闇を好む害虫には餌の宝庫だ。しかし競合相手が多く、定期的に人の手も入るので安定した巣にはならない。

「だが、それにしては大きい」

「女王が出入りする為に拡張したんじゃない?」

「死番蜘蛛の女王は産卵をしたら巣を出ることはない。見えにくいが壊された跡がある」

 大きさとしてはギリギリ人が通れなくはない。

「上の階に行こう。女王を倒してから調べればいい」

 私たちは戻って上階に続く階段を上る。話通り、二階は死体カビによって薄ら明るくなっている。床には二十インチにもなる卵が生えており、周りにはうずたかく盛られたネズミやら虫やらの死骸を糞で固めた土壌に死体カビが生えて、働きアリ役の死番蜘蛛がせっせと世話をしている。天井には無数の糸が張り巡らされて、赤い八つの目が私たちを見下ろしていた。あれが女王である。

「見るからに不衛生ね。入らなくてよかったわ」

「旅をするなら白い靴なんぞ履くな」

「魔術でいくらでも綺麗にできるし、なんなら空も飛べるからね。それで、どうするの?」

「卵に糸に邪魔なものが多い。まずはそれを潰す」

 そう言うと夜叉は手甲の間に何かを挟むと、そのままを握る動作をする。何かが割れるような音がして、部屋のあらゆる物が鳴動した。カメラが何かに引き寄せられ卵や蜘蛛の巣の細い糸がバラバラになった。

「……重力魔術!?」

 起点を指定して重力を発生させ、対象を引き寄せるのが重力魔術だ。応用性が高いが制御が難しく、使いこなすのは難しい。

「これで楽になった」

「何が楽になったよ、美術品の回収が目的なのわかってる?」

「これぐらいでは壊れないさ」

 そうはいっても部屋に積み上げられた荷物が倒れている。卵を破壊された女王が怒りこちらを威嚇し糸を吐いた。死番蜘蛛の糸は魔力を通して硬度が変化する。攻撃的になった女王の糸はピアノ線のような頑丈さと鋭さ兼ね備える危険な代物だ。だが、夜叉が断魔刀を引き抜くと糸が絹を裂くように引き裂かれる。魔力を断つ性質は確からしい。

「女王がやる気になったわ。兎に角、無闇に物を壊さないようにね」

「そうは言っても重力魔術以外は攻撃手段が無いぞ」

「雷魔法は?」

「ここじゃ射程が短い。当たっても大した威力にはならない」

「じゃあ短刀を投げなさい!」

 夜叉は短刀を投げるが、コントロールが悪く普通に外れる。

「外したぞ」

「あと二本あるけど?」

「当たると思うか?」

「重力魔術で壁を登れないの?」

「四足でないと張り付けないな。よじ登るのと変わらない」

「もう! 仕方ないわね!」

 私は使い魔を飛ばして、勢いよく女王にぶつけて床に叩き落した。逆さに落ちた女王は足をじたばたさせている。

「ほら、これで攻撃しなさい」

「助かった」

 夜叉は通魔刀を抜刀して蜘蛛に斬りかかる。しかし蜘蛛はとっさに糸を吐いて夜叉の足を絡めとり、その間に体勢を立て直して夜叉に飛び掛かって押し倒した。刀を落して夜叉は首にかみつこうとする女王を右手で抑え、左手に雷を纏わせて放電パンチを食らわせた。女王がもんどり打ったところを腹を蹴り上げて何とか立て直す。通魔刀を拾い上げて、再びひっくり返った女王の腹に突き立て、放電を食らわせる。

「ひどい泥試合ね。ていうか、普通の蜘蛛みたいに電撃で焼き殺せないの?」

「今のが全力だ」

「は?」

 私は思わず肩を落とした。今の夜叉の雷魔術は、せいぜい少し強い静電気ぐらいだ。私がマニュアルで雷魔法を撃てば十倍の射程と威力は出せる。直接接触ならこの蜘蛛ぐらいは普通に焼き殺せるだろう。

「その代わり、どの態勢からでもすぐに発動できる」

「それぐらいLoGoSでできるわ」

 うーん、珍しい体質や魔力、あとは膂力は見るべきところはあるけれど、魔術師としてはあまりにも原始的で未熟だ。これは有象無象の冒険者と変わらないか……

(まぁ、こんなものね)

 魔術師として、魔法でかっこよくモンスターを倒すのを期待していたのでちょっとだけ失望してしまう。夜叉が断魔刀を抜いてとどめを刺そうとしているが、もう見るものはないだろう。そう思って使い魔との同期を切ろうとしたところ顔に何かが張り付いた。慌ててホログラムを解除したら、目の前に蜘蛛の脚が見えた。

「ギャァァアアアアアア!」

 あまりの不意打ちに思わず声を挙げて床几から転げ落ちて尻餅を撃つ。帽子で蜘蛛を払おうと必死にバタバタ動いた。最悪なのは声を聴いて夜叉が蔵から出てきて情けない所を見られてしまったことだ。蜘蛛を引きはがし、半泣きで焼却魔術を打ち込んでいると、夜叉が手を伸ばして起こしてくれた。

「随分な泥仕合だったな。死番蜘蛛と果敢に殴り合って完全に焼き尽くした」

「……」

 それを見て書記官たちにも笑われる。もう、最悪! 因みに書記官たちがなぜ助けなかったのかというと、『あんまりにも平然としていたので』とのことだった。

 

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