夜叉 ~二コラ・レッドヴィルの伝記~   作:創生路ハイローラー

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一章最終回です。


5話 坩堝の街

 死番蜘蛛の女王は倒したとのことだったので、左内らを連れて茶碗の捜索にもう一度蔵に入った。

「おかしい、ここにあったはずなんですが」

 左内と各務書記官が茶碗を探すが、見つからない。あちこち歩きまわった左内は、床のカビの苗床に足を引っかけて転んだ。

「おや、これは」

「いてて、なんですか。ひぃ!」

 左内が悲鳴を上げる。足を引っかけた所にはボロボロの布切れと、カビに分解されてドロドロに腐り一部が白骨化した人間の死体が転がっていた。手には錆びた鋸が握られている。

「恐らく、床の穴を拡げたのはこいつだ。足袋の裏に蜘蛛の体の一部がある。ここに侵入して、女王と戦闘になり、この倒れ方だと寄りかかられて食われたんだな。人一人あれば、この規模のコロニーを育てるには十分な苗床になる。それで、これは……」

 夜叉が上着をめくると、懐から木箱が出てきた。それを見て左内が「あぁ、これは!」と声を上げた。

 箱を開けると、中には藁にくるまれた茶碗が出てきた。

「これです! あぁ、良かった」

「箱は使い物になりませんが茶碗に傷はありませんね。これなら売れるでしょう」

 各務書記官が手に持って椀を確認する。器には詳しくないが、磨かれて高温の釜で焼かれた光輝くような器ではなく、むしろ逆で随分素朴で古い陶器に見える。彩色は一見すると不規則で、それどころか罅があり、明らかに一度バラバラになって修復されたものだった。特筆すべきはその継ぎ目に金が塗られて、底から淵にかけて樹状に広がっている事だった。それは、あの世界樹のタペストリーに酷似していた。

「木の模様……これって、エルフの物だったりしますか?」

「よくわかりましたね。これは古代エルフの金継ぎの陶器です。理由はわかりませんが、エルフ達はおそらく宗教的な儀式の為に素焼きの祭器を作り、それを敢えて割ったあと、金を混ぜた漆で張り付けて保管したのですよ」

 各務書記官が説明してくれた。確かに厄と言われる不幸の因果律の身代わりとして人形などを作り壊す習慣があるのは知っているが、壊してから敢えて直す理由は理解しがたい。おそらく樹の模様自体に意義があってそれを作る技法として壊したのだと私は考えた。一方で夜叉は之の価値に懐疑的らしかった。

「それで、壊れた器にそんなに価値があるのか?」

「勿論! 今、町人の間では茶の湯が流行でしてね、茶道具や骨董品が飛ぶように売れているんです!」

「特に最近は古物、それもエルフの時代の物が流行りで、エルフの遺跡から発掘されたようなものが船の一隻や二隻ほどの値段で取引されています。これ程の美品なら、船どころか城が建つでしょう」

 これで左内も枕を高くして寝られるだろう。用が済んだので、私たちは蔵の外に出た。

「さて、討伐は終わって質物も回収できました。あの遺体についてはこちらで捜査します。今日のところはありがとうございました。報酬は天萬教に支払いますので、今後ともよろしくお願いいたします」

 各務書記官が深々と頭を下げた。左内の方は、お礼として早速銭の入った袋を渡してきた。

「こちらからもお礼を申し上げます。思えば、あの蜘蛛が盗人を殺したおかげて、茶器も守られたことになりますな。蜘蛛は家を守ると言いますが、あの女王も供養しなければ」

「それは違うな。人の領域の管理が疎かになれば、自然が入り込み、混沌が生まれる。混沌は人を殺し、自然も殺す。どちらが先かと言うだけだ。あれが盗人と決まったわけではない。お前が弔うべきは、犠牲になった両方の命だ」

「……」

 感傷に浸る左内に夜叉は突如容赦ない冷や水を浴びせて、銭袋から銀貨をいくらか地面に落とすと、そのまま立ち去ってしまった。私はあわてて追いかけて夜叉を咎めた。

「ちょっと、さっきの言い方はないんじゃない?」

「町に住む者が、あえて自然を近づける必要はない。自分の幸運を守れないなら、過ちを繰り返すだけだ」

 夜叉はそう言ったあと、しばらく黙り込んで何かを考えている様子だった。それから天萬教に向かって南の大路を進む。既に日が西に傾き、朝に材木を切っていた職人たちは箒で木くずを掃いて、市場の露店は店じまいの準備をしていた。次に夜叉が口を開いたのは、半路進んで夕日に照らされた寺院の丘全体がよく見えるようになった頃だった。

「書記官の各務家は、天萬教のあった聖域の神官だった」

「え、そうなの?」

「あぁ、エルフは三文字姓で、元は香我美。俺が学問を学んだのも香我美の分社だった。本社は菅原太学を輩出している」

 やはり夜叉はこの近くの出らしい。しかしなぜそんな話を急にしだしたのか?

「三代目の大樹が昼教に帰依して、それからすぐにエルフ教の弾圧が行われた。ほとんどのエルフが住良木の勢力圏から追放され、東の山脈の向こうに追いやられた」

「じゃあ、なんで香我美は残ったの?」

「簡単だ、当時の香我美の神官は、あっさりと棄教して昼教に改宗した。各務に姓を改めたのもその頃だ。そして、あの丘に大寺院を誘致して、その庇護の元で名士の地位を維持した。そして半世紀たった今、幕府の勢力圏で唯一武士のいない自由都市が出来上がった。その中で連中は書記官と言う形で地位を確固たるものにしている」

 このときはそれがどれほど凄いことかわかっていなかったが、今の段階では各務家が宗教的権威と財力でこの町を作ったということを理解してもらえればよい。

「あなたは彼らを裏切者と思ってるの?」

「いや、この町ではエルフもあまり差別を受けない。都市という巨大な坩堝の中の一つとしてな」

 元より少数者で、尚且つエルフ自体が差別を受けやすい昼教の社会ではそれはある種の生存戦略であったのだろう。幕府の武力に対抗するためには、寺院の権威と、商人の財力の両方が必要である。エルフは長寿で優秀な職工や学者が多い。富を生み出し、寺院を維持するのにそれらは不可欠で、その政治的な役割を担うのが、市の書記官の地位なのだろう。

「なら、各務書記官に聞けば、エルフについてわかるかしら? 歴史には詳しいはずよ」

「いや、棄教したときにエルフ教の書物は全て焼き捨てられたと聞く。仮に今持ってるとしても見せてはくれないだろうさ」

 

 

 

 それから梅松庵で飛梅様に仕事の報告をした。市からも報告が来ており、入金はまだったが報酬を支払ってくれた。

「夜叉よ、よくやった。少しは勘を取り戻せたか?」

「はい、彼女の助けもあり、仕事を完遂できました」

 それを聞くと私も少しだけ嬉しくなった。

「そうか、お主にも感謝せねばな。夜叉よ、他の流派に合流するなら口利きをしてやるぞ。お主ならば、どこも歓迎するじゃろう」

 他の流派の後ろ盾を得られるなら悪くない提案ではある。だが、間接的に流派の再興を諦めると言うことでもある。

「いいえ、今は彼女と契約しています。道すがら百足の砦を通ることにもなるでしょう。一度逃げた身として、最後の百足として、この仕事をやり遂げてから決めようと思います」

 夜叉の目に少しだけ光が宿る。彼なりに旅の目的を自覚できたのかもしれない。飛梅はそれを聞いて少し驚いたが、すぐにいつもの笑みを浮かべ小さく頷いた。

「それも導よの。行くが良い。大相邦の名代たる飛梅が許すぞ」

「ははっ」

 夜叉が深々と礼をする。二人の話が済んだので、私は気になっている事を聞くことにした。

「あの、エルフの間では樹木が崇拝されているそうですが、ここはエルフの聖域を流用していると聞いています。これに見覚えはないでしょうか?」

 私は例の世界樹のタペストリーの写しを見せた。それを見た飛梅は目を見開き、そして普段の柔らかな笑みと違う、無邪気で獰猛な、と表現すべき喜色を浮かべた。

「ふふ、ふふふ。大樹じゃ、正しく大樹じゃ」

「知っているのですか?」

「あぁ、芳しい実を結ぶ、全てが生まれ全てが還る美しい母なる大樹。陽光が地を焼いているが、その木陰で、地に根を張りながら我らは生きている。妾も、夜叉も、この地に流れ着いた精霊も……」

 どういう意味なのだろうか? 飛梅様はまるで少女が夢を見るように語った。

「ふふ、すまぬ。二コラとやら、樹は確かに住良木に根付いている。皆それを忘れているだけで、全てを生かし続けているのじゃ」

「では、住良木の大将軍が大樹と呼ばれるのも」

「そうじゃ。夜叉と旅をせよ。都を通り、北に向かい、東の山を越え、陸奥(みちのく)へ辿り着けば、答えは見つかるじゃろう」

 彼女の桃色の瞳が春の夜に怪しく光る。彼女の背後の月明かりに照らされた梅の花達が、彼女と共に私を見ているように錯覚する。彼女は私の耳元に顔を寄せて、信じられないほど冷たい声で小さく言った。

「されど秘密の果実は甘いが、種は猛毒じゃ。熟さず飲めば、身を亡ぼすじゃろう。努々忘れぬことじゃ」

 私は彼女に気圧されてしまった。その後、彼女は棚から小さな壺を取り出して夜叉の前に出した。

「夜叉よ、褒美ぞ。受けとれ」

 赤い果実の漬物が夜叉の手に乗せられる。酸っぱい匂いのそれを夜叉はつまんで口に入れた。

「梅干しじゃ。ここの梅を使った物じゃよ。良いな夜叉、種は飲み込むのじゃぞ。これで仕舞じゃ。帰るが良い」

「失礼しました」

「ありがとうございました。飛梅様」

 私たちは天萬教を出た。夜叉はずっと梅干しを口に入れていたが、聖域から離れると吐き出してしまった。

「ちょっと、何やってるの?」

「いや、俺は梅干し嫌いなんだよ」

 夜叉に好き嫌いがあるとは思わなかった。感受性が低くても食べ物の好みは現れるのだろうか?

「胡散臭い女だろう」

「確かに。正直、夜教崇拝も形だけに感じたわ。貴方はエルフの追放以前を知ってるみたいだけど、彼女はいつからあそこに?」

「わからない。俺が夜叉になって、河中を離れている間に、いつの間にあの宗教が居座っていた。そして関係者しか知らないが、彼女はずっと容姿を変えていない」

 最初に寺社に訪れた時、太学とルラキスの()()()を見た。輔神は主神の左の座に置かれるものだが、太学は右に置かれていた。そして女神像だが、昼夜2神は性別はないが、昼神は女神、夜神は男神として扱われる。夜の神を女神として解釈する派閥もあるが、そう言った派閥は基本的に輔神を認めていない。つまり、太学を主神として昼教に対応する意味でルラキスは間に合わせに置かれているということになる。

「兎も角、明日準備を整えて出発するわ。早く宿に戻って寝ましょう」

「あぁ」

 まだ私は気付いていなかったのだ。既に根は私の足元に絡みついていたのである。

 




Vol1.死番蜘蛛いかがでしたでしょうか?
 私は久々すぎる投稿で大混乱。ろくに見直さず出してしまって環境依存文字が消えてたりイラストを置き間違えたりでした。学生時代の小説もそうですが、校正をしていただいている菅原葉月氏には頭が上がりません。
 おまけとして、4話掲載漫画のおまけ絵と、章登場人物の簡単な紹介をします。今回は開幕エピソードとして結構色々準備していましたが、次章以降は小説先行でイラストの掲載はめっきりになると思います。後からでもなんとかキャラビジュアル等の自作イラストを描いていきたいですし、この作品を読んでうちの子のイラストを描いてくれるなら作者冥利に尽きます。

おまけイラスト

【挿絵表示】

ゲストキャラクター設定
・郷太郎兄弟
 チンピラコンビ。傭兵をしており、侍を倒しているので普通に強い。夜叉が正面から喧嘩していたら負けていたかもしれないし、そのまま二コラに篭絡されて珍道中をする世界線もあったかも。
・飛梅様
 怪しい女。教祖様。太学の愛人だったとか噂されるが正体不明。作者の渋を漁ると正体が出てくる。
・各務書記官
 インテリエルフ役人。銀髪ロング。神官の家系だが今は昼教に尻尾を振る。長寿のエルフとして町の有力家系に関するあらゆる情報に通じており、街のフィクサー的存在。
・左内
 貿易商。イケイケ系で上手くいってるときは上手く行くがリスクコントロールが出来ないためダメなときはとことんダメな経営者。
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