夜叉 ~二コラ・レッドヴィルの伝記~   作:創生路ハイローラー

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 お久しぶりです。
 第2章は前後編で軽く済ませようと思ったら膨らみに膨らんで全5話と相成りました。
 今回は都への道中、そこで起きた奇妙な縁のお話でございます。


Vol.2 鱗犬 隠された聖域
1話 山賊の河原


 翌日、買い物をして商都を出た私たちは都に向かう街道を歩いていた。都までは歩いて半日程で、人も多いのでそれ程かからないと思っていたのだが……

「また関所ね。どれだけあるのかしら?」

「これでも知る限りの迂回路を使っている。年々増える一方だがな」

 短い距離にかなりの関所があり、関銭を徴収してくる。しかも公的な関所だけでなく、個々の領主や寺社、惣村までもが勝手に関所を置いているのだ。その度に足止めを食らい、目立つせいかいちゃもんを付けられる。

「商人の車列は素通りなのにね」

「あれはまとめて支払ってるか、或いは特権があるかだな」

「舟に乗るべきだったかしら?」

「登りは三倍。どの道足元を見られて文句を言えば川に落とされる。無駄にできる金はないだろ」

「私は飛べるから問題ないけど」

「だったら関所も飛び越えればいいだろ」

「法律は守らなきゃいけないのよ」

 魔術師は己の体の魔力を使って世界に干渉することで、超常的な現象を起こす。最も簡単なのは自然に発生した現象を魔力で再現するものだが、その方法では昼の神に妨害されてしまう。もっと楽に行えるのは夜の神が用意したバックドアから世界に干渉するやり方で、これによって昼の神に感知されず魔術を使うことができるのだ。これを行うには周囲や魔術師自身の夜の信仰が重要になるので、限りなく怪しくても夜教を信仰している天萬教の存在はありがたいし、善行に励むことは魔術師として合理的なのだ。

「そういえばあなたはどうやって魔術を使ってるの?」

 夜叉が雷魔術と重力魔術を切り替えるとき、手甲を触ってるのを確認した。即効性が自慢らしいので恐らくスクロールを仕込んでいるのだろう。

「これを使っている」

 夜叉は懐から小さな袋を取り出した。

「ちょっと触らせてくれる?」

 私は牌を貰い手にとって観察してみた。布でできた袋は、巾着のようになっていて紐の先には帯に吊るすための根付(ストラップ)が付いている。袋には雷と書かれていて、中に堅いものが何か入っている。

「開けていいかしら?」

「構わない」

 私は紐を緩めて中身を取り出す。すると小さな木の札に文字がびっしり書かれていた。よく見るとそれらは例のタペストリーの古代文字だった。

「!?……これってまさか」

「どうかしたのか?」

「ねぇ夜叉。貴方この文字は読めるの?」

「読めない。ただ元本を模写しただけで、これを握りながら魔力を込めると呪文や手振りで雷が出る」

 私は試しに魔力を流すと、小さくスパークが発生する。夜叉の言い分によれば、雷の魔術をスクロールで発現させ呪文や動作による操作で魔術を派生させるようだ。

「普通逆じゃない? 属性魔術の方は覚えて派生をプログラムにした方が楽よ」

 魔力で磁力を動かし本物の電気を発生させるのであれ(真雷)、魔力で電気の性質を再現した模倣品であれ(偽雷)、属性魔法自体はそれを記憶するよりも、制御する術式の方が複雑で難しいというのが常識だ。

「だが即効性と柔軟性がある」

「それはそうだけど、貴方の魔力出力じゃ大した演算式もいらないでしょう? よく使うパターンを決めて出す方がよほど即時性は出るわ。それよりも、文字の元本はどこにあって、誰が書いたの?」

「元本は砦が燃やされたときに一緒に焼失したはずだ。書いたのは菅原太学だと聞いたことがある」

「それって、菅原太学が原初のエルフの魔術を知っていたってこと?」

 もしそうなら、夜叉を調べることは古代エルフの謎を解く近道になる。この夜叉も片手間の慈善事業の相手ではなく研究対象として調べる必要性が出てきた。

「この術式は雷の属性術式。今までの古代文字の知識に既知の雷魔術の術式を参照して解析すれば、LoGoSに変換できるかもしれない。ねぇ、このスクロールの材料は木以外でもいいの?」

「元本を複製すれば、紙でも石板でも術は発動する。流派やその時用意できる素材で皆勝手に作っていた。紙はすぐにダメになってしまうがな」

 夜叉達は先人の知恵を意味も分からず複製して使っていたようだが、私はそうではない。このChaosを解析してLoGoS(神の言葉)として私の世界に組み込むのだ。特に重力魔法は珍しいので、それだけで価値がある。魔術のおかげで雷が電気だとかの理論実証は進んではいるが、未だ重力とは何か具体的な答えは出ていないのだ。

「夜叉、時間はかかるけどこれは改良できるかもしれないわ」

 旅は長いので、実利を兼ねた暇つぶしは必要だ。

 そんなこんなで川沿いを進んだり脇道にそれたり、雑談と思案を繰り返していると、街道から藪を挟んだ河原の方から悲鳴と犬の鳴き声が聞こえてきた。

「ひぃっ、やめてくれ!」

「おい、もっと出せるだろ! この道涓様をなめてるようなら、犬に足を噛ませるぞ」

「本当に、本当なんです!」

 見るとあからさまに山賊な男たちが商人を虐めていた。部下が打ち込み(先に輪の着いた棒)で商人の首を引っ張り、大将の兜を被った男が鎖の付いた犬を今にもけしかけんとしている。それもただの犬じゃない。

「鱗犬ね。随分と気合の入った野党だわ」

「あぁ、最近は野良も多い。固くて厄介だ」

 鱗犬は魔法生物である犬トカゲと在来種の犬の混種である。エルフと共に魔法生物が現れだして以降、人間がエルフと交雑して魔力を獲得したように一般生物と魔法生物を交雑させて魔法生物の強靭さと在来種の繁殖力、飼育しやすさを兼ね備えた生物を作ろうという試みが行われた。結果は惨憺たるもので、倫理的な問題から法規制も厳しくなったが、自然は人の努力を飛び越えて犬トカゲと犬の自然交雑例が確認された。これをベースに鱗犬の人工的な交雑種の繁殖方が確立され、今や世界中で番犬、軍用動物として普及している……などと考えている場合ではない。一刻も早く商人を助けるべきだ。私は夜叉を促したが、驚くべき答えが返って来た。

「夜叉、化け物に人が襲われているわ。助けなくていいのかしら?」

「あれ商人だろ。商人は助けない」

「は?」

「以前商人を助けたが、やつら『頼んでないから報酬は支払う必要がない』と言い張った。だから直接頼むまで助けないことにしている」

「柄に手をかければ払ってくれたんじゃないの?」

「そんなことをしたら、賊と変わらない」

「……」

 この男、昨日の仕事でも報酬を一部返して依頼人を窘めるようなことをしていた。彼個人は妙に誇り高いというか道理の通らないことが嫌いなのだろう。しかし、それを理由に今目の前で起きてる凶行を見過ごすのはあまりに自分本位に思える。つまり、彼は他者を守る正義と自分を守る正義の矛盾に迷っているのだ。それなら、きっかけを与えて動かすのが私の役割だろう。

「夜叉、貴方が昔見たことと今起きてることに因果関係は無いわ。それに、貴方がどう考えてるかに関わらず、私は目の前の不法行為は見過ごさないようにしてるの。契約は覚えてるわね」

「……仕事はするさ」

 不承不承な様子だが、ちゃんと理解はしているようだ。

「じゃあ、少しお話してくるわ。一応、殺しはできるだけ避けてね」

「無理を言う」

 私は藪を抜けて河原に出ると、賊に短杖(ワンド)を向けて大きな声で警告する。

「貴方達! 今すぐその人を解放しなさい!」

「なんだお前? いい女じゃねえか。へっへっへ、お前ら、今日はついてるぜ。その女も身ぐるみ剥いでやれ!」

 賊は五人。兜頭の大将道涓の号令とともに商人を抑えている手下以外の賊三人が私を取り囲む。

「わざわざ出て来て助かるぜ!」

「乳も背もデカい女だが棒切れ一つで俺達四人に何ができるよ?」

「大将が先だが犬にやらせても面白そうだな」

 やはりこの国では魔術師の存在が認知されていないらしい。私が頭上に長杖(ロッド)を箒形態で展開させていることに気付かない。しかし最低限統率は取れているらしく囲んだ上で背後に回った一人が拘束にかかる。しかし隠れていた夜叉が背後の男の手を掴んで雷魔術を食らわせる。電気を流されて脱力した賊を盾に、夜叉が私の前に出て挑発する。

「ふん、よだれを垂らして犬と変わらん……お前たちはどうだ。犬か、狼か? それとも鼠か?」

「だ、誰だ!? 侍か?」

「次から次へと邪魔しやがって、まずはてめぇからぶっ殺してやる」

 激昂した賊たちは夜叉に襲い掛かる。夜叉は片方に人質の賊を投げ付けて体勢を崩し、もう片方が持ち上げた鎌を手首ごと切り落とした。

「あ、あぁあああ! 俺の! 俺の手!!」

「ちょっと。殺さないって命令よ」

「すぐには死なんさ。これで引けばいいがな」

 夜叉は落ちた鎌を蹴飛ばして言う。それを見て賊たちはたじろぐが、道涓はすかさず檄を飛ばした。

「何をやってる! 数は上なんだから早く侍を殺せ!」

 道涓は鱗犬二匹をこちらに放って、商人を拘束していた賊も加わって襲い掛かる。

「犬の方をお願い。他は何とかする」

「できるのか?」

「任せなさい」

 六対二で不利に見えるが、分断してしまえばどうということはない。夜叉が暴れている間に短杖で炎の基礎召喚を終えたので、長杖を降ろしてLoGoSを使用し水晶を分離、使い魔モードで炎を撒き散らして道涓ともう一人の合流を妨害する。鱗犬は足が速く、尚且つ魔法生物の為炎への本能的な恐怖がない為飛び越えて夜叉に襲い掛かった。しかし、そこに夜叉が手を翳して放電魔法を打つ。鱗犬の感覚器は人の何十倍も敏感だ。刃を通さない鱗と回復力を持つ鱗犬も電気刺激はよく効くらしい。鱗犬たちは驚いて踵を返した。しかしまぁ、指向性のない放電魔術なので私にも攻撃が届く。上空で飛んでいる水晶の記録を後から見返して描写しているが、このときは完全に不意打ちを食らった。

「ちょっと、予告なく放電するのはやめなさい! 詠唱が飛んじゃったじゃないの」

「仕方ないだろ」

「やっぱり改良の余地ありね」

 などと話しているぐらいには余裕があった。向こうはこちらが魔術を使ったことで浮足立つ。

「な、なんだ!? 火や雷が急に」

「魔法だ、魔法を使ってくるぞ!」

「クソ、役立たずの犬どもめ。おい、お前らビビってんじゃんねぇ! どうせ見せかけだ、女だけでも捕まえろ」

 道涓が逃げようとした部下の一人を手に持った棘の付いた棒で殴打して制止する。すると賊たちは破れかぶれで突っ込んできた。時間が無いので口と杖とで並行詠唱して炎魔法を召喚する。

「消えない煉獄の業火よ、顕現せよ! 『Hell fire "imitation"』」

 LoGoSで一人を捕捉し、焔の蟲が賊に飛び掛かる。虫が体をはい回り、体中に火が回った。

「燃えてる、熱い! た、助けてくれ!」

「手が、燃え移って! ギャアアアアア!」

 賊の仲間が火を消そうとするが、火に触れた途端、蟲が飛び移って体を這う。火に巻かれた賊の一人は地面をのたうち回り、もう一人は川に飛び込んだが、焔は消えない。

「この魔術は地獄の生きた火蟲を再現しようとした失敗作よ。確かに幻で火傷はしないけど、体が燃える痛みはそのまま、触れた相手に分裂して燃え広がり、水も砂も焔の蟲を殺すことはできないわ」

 夜教曰く、最も人道的な自衛・暴徒鎮圧魔法。昼教曰く、非道な拷問魔法だ。

「さて、もう一つ人助けをしないとね」

 私は右手首をもってのたうち回る男に近づき、暴れないように腕をブーツで踏みつける。

「右手……俺の……ギャァアアアア!」

「残念ならが、腕をくっつける魔法はないわ。ちょっと痛いけど我慢してね」

 私は水晶が分離飛行している長杖の先を雷魔術でプラズマトーチにする。そしてそれをどくどくと血が流れる患部に押し当てる。

「やめてくれ! 熱い、熱い! 母さん! 誰かぁああ」

 プラズマトーチが一瞬で傷口を炭化させて血が止まる。もともとは魔法生物の高い再生力に対抗する為に編み出された魔法だが、緊急止血にも使えるのだ。傷口を塞いだ後、トーチを消して賊の背中をつつくと、賊は逃げて行った。今度こそ道涓はそれを止めることをしなかった。

「さて、夜の神の慈悲の下宣告するわ。私から距離を取れば火蟲は消える。あの男たちが溺れ死ぬ前に立ち去りなさい」

「くそ。逃げるぞ!」

 道涓が号令し、火蟲に巻かれた部下を長獲物のフックで引っかけて引き起こして距離を取ると、火が消える。賊たちはわき目も降らずに走り去っていった。

 

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