夜叉 ~二コラ・レッドヴィルの伝記~   作:創生路ハイローラー

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今回は派手な殺陣があります。残虐ファイトになるので心臓の弱い方はご用心!


2話 隠された聖域

 道涓一党を追い払い、私たちは商人の佐吉を助け出したのだけど……

「お金を持ってないの?」

「財布は全部取られてしまって。お店のお金なのに」

 商人の所持金はゼロ。私たちは報酬を受け取れなかった。

「だから言っただろ。直接依頼されるまで助けるのは無駄だ」

 夜叉がしたり顔で言う。昨日の蜘蛛退治に続いて二度も夜叉に皮肉られる無様をさらしてしまった……なんてことになるのは納得いかないので、私は何とか言い訳を考える。

「そうじゃないわ夜叉。商売ってのは欲しがるものを与えるだけじゃダメなのよ」

「?」

「付加価値が必要なの! 作るとか運ぶとかのサービスがあるから、お金が生まれる」

「それぐらい俺でもわかる」

「でも、欲しいものが必要なものかは別よ」

「どういうことだ?」

 私は長杖をくるりと回して宙に浮かせる。水晶が分離してリボンが杖に結び付き、私は杖にまたがって手綱の要領で右手にリボン、左手を水晶を掴むと、宙に浮いて見せる。

「おぉ」

「私が箒で飛んで、佐吉さんを家に届ける。そうすればお礼はもらえるわ。これは彼は知らないサービスでしょう?」

「こんなの見たことないです!」

「はぁ」

 夜叉がため息を吐く中、私は佐吉を箒に乗せる。

「関所を飛び越えていいのか?」

「彼は特権持ちの油商人らしいわ、関所を通っても通らなくても通行料は発生しない。貴方はそこで待ってればいいの。私が言ったこと、よく考えておくことね」

 そう言って私は空高く飛び立った。山よりも高く、風よりも早く川沿いを駆けていく。空から見ると、河中は商都を南北に挟む二つの大河と、その先の内陸部にある都、旧都の二都を結ぶ運河に囲まれた巨大なデルタ地帯であることが分かる。

「これは、こんなの初めてです」

「しっかり掴まってね。鳥以外で住良木の空を飛んだのは多分貴方が初めてよ」

「いえ、伝説ではこの国を建てた始まりの皇は、黄金の翼を持つ鳥人間の導きで河中の悪王を倒したと聞きます。彼女の脚に捕まって天を駆け、魔法の力で敵を倒したと。おとぎ話と思っていましたが、これで本当だったと確信しました」

「この国にも魔女がいたの?」

「皇もエルフから魔法を授かったと聞いています。今は昼の神様の世なのであまり表では言えませんが、祖父母の頃は聖所でお祀りが行われていたようです。多くは『黎明の日』に滅ぼされて祭祀は絶えましたが、まだ遺跡などは残っているかもしれません」

 黎明の日とは昼教で度々行われる改宗運動だ。教義を再確認して同胞の改悛を促し、同時に異教徒、異端の伝道と矯正を行うことを目的としている。宗教的熱狂の元で行われるそれは尚武の志向の強い昼教の教義も相まって流血も伴う。しばしば夜教国との激突の原因ともなっている現象だ。

「昼教が大弾圧を?」

「やったのは幕府です。度重なる南朝討伐の失敗で、国を挙げて悔い改めを求めたと。でも、あれでこの辺のエルフはみんな居なくなったそうです。やっていることは南朝と変わらない、そう祖母が言っていました……今のはお上には言わない方がいいです」

 黎明の日は集団ヒステリーに近いものであり、教会が宣言して実行するとは限らず、信徒が自発的に行うこともある。国家を挙げて帰依しているならば当然政治利用されることもあり得る。触れ難い国家の暗部なのだろうが、私が切り込みたい部分を思いがけず知ることができた。

 

 

 

 国境の山と河のチョークポイントに彼の住む溪津の町がある。商都からの船荷はすべてここで陸揚げされて通関手続きをして都に運ばれるのだ。故にこの狭い場所に多くの問屋や宿場が建ち並ぶ。その外れにある佐吉の長屋に降りると、彼がお礼を支払ってくれた。

「これくらいしかありませんが、助けてくれてありがとうございました。私は店の方に事情を話しに行かなければ」

 小判を二枚受け取る。住居の水準からして、明らかに無理をしていた。

「あの、私も一緒に行って説明します。破落戸を逃がしてしまったのは私の責任なので」

「いいえ、お金はもう戻りません。でも、命を拾って滅多にできない体験ができました。あれをお連れさんにまだやってないのは勿体ないですよ。それに私の方は貯めていた金貨がまだ一枚あるんです。田舎に帰っても老母に十分孝行できますよ……」

 そう言って彼は店に歩いて行った。強がってはいるが明らかに肩を落としていて、居た堪れない気持ちになった私は「急いでお店の方に伺います!」と告げて箒に飛び乗った。

 

 

 

 そうして夜叉と合流すべく河原まで向かったのだが、なんと夜叉の姿は無かった。

「あいつバックれたわね」

 きっと言い負かされてへそを曲げたに違いないと思った私は、ペンデュラムを取り出しLoGoSを使い、失せ物探しの魔術を発動させる。

「既に匂いはつけてる。魔女の契約から逃げられると思わないことね」

 こんなこともあろうかと彼のスクロールの入った袋に契約用紙の紙片を紛れ込ませた。魔法契約書類は防犯上所有者が特殊なインクでマーキングをすることで紛失を防止できるのだが、これを応用すれば発信機代わりに使えるのだ。学生の頃親友がこれに気づいて探索系の課題でズルしようとしたが、当然教官に対策されていて怒られたものである。ペンデュラムを箒の先に括り付けて再び飛び立つ。あくまで簡易的なもののため大まかな方位しか分からないが、魔法契約書は魔力に反応する為スクロールを使えば強い反応が飛んでくるはずだ。

「反応は、北ね。入れ違いだったかしら?」

 河の周りは葦が広く茂る湿地帯で、故郷のレッドヴィルを思い出す。茂みの見えにくい場所に底無し沼があり、三首の化け犬が居ると噂されていた。そうでなくても釣りや隠れんぼをしてそのまま帰ってこない者が多いことから近づかないように言われていたが、逆に好奇心の強い子供達はますます探検にのめり込んだものである。

 魔力に目覚めたばかりの私は、同じく魔力持ちの仲間や悪ガキを連れて化け犬探しに出たことがあった。そこで馬ごと沼に沈んだ古い騎士の遺体を見つけ、悪ガキの一人が剣を取ろうとして沼に嵌った。私は箒で助けを呼ぼうとしたが、魔力切れで沼の真ん中の小島に落ちてしまった。しかし私が箒で飛び回っていたのを城で監視していた狩猟官が見つけて、犬を連れた兵隊達が助けてくれた。化け犬の正体は猟官の飼っていた番犬だったのだ。

「沼地で育てた犬のおかげで猟官達は沼地を知り尽くしていたのよね。ん? じゃあ道涓達がこんな場所で活動していたのは」

 ここは河中のど真ん中。脇道とは言え公関のある溪津からそれ程離れていないし、往来する舟の目もある。こんな所で活動して領主や惣村に目をつけられない筈はない。

 地面に近づいてみると葦が踏み倒された獣道ができている。上から見ても注意深く観察しないと見つけられないが、頻繁に使われた形跡があった。夜叉はそこを辿っているようだ。

「道涓の後を追って何をするつもりなの? しかし広いわね」

 巨大な氾濫原なのか、川から逸れる袋のように葦原が広がる。よくよく考えるとおかしな話だ。国境の谷から出たばかりで、平野に入りかけで川の流れが速い筈なのにこんな湿地帯になるのか? 疑問を感じながら飛んでいると、ペンデュラムの反応とともに視界がブレた。

「!? これってもしかして」

 私は箒の相対位置航法システムを表示してペンデュラムを注意深く観察しながら真っ直ぐに飛ぶことを意識する。すると何か透明な壁のようなものを通過する感覚と共に景色が一変し、目の前に竹林が出現した。

「やっぱり認識阻害ね」

 延々と葦原を飛んでいたように感じたのは単純に同じ場所をぐるぐると回っていたからだ。結界は魔力で物理的に空間を仕切るものと誤解されがちだが、実際には精神に作用して認識を阻害したり、忌避感を与えて近づけないようにする。故に結界そのものの存在に気付かない限りは絶対的な効力を発揮するのだ。

 ペンデュラムが示す方に飛ぶと朱で塗られた無数の門のようなものが並べられた石畳の道が現れ、道を疾走する夜叉を見つけた。夜叉の向かう先には天萬教に似た小さな社殿があり、薪の煙がたって道涓を含む十人程の山賊が集まっていた。

「隠されたエルフの聖域を根城にしていたのね。道理で誰も気づかないわけだわ」

 夜叉の狙いは彼らだろう。稼働している結界がある以上山賊に魔術師が居る可能性もあるが、誰も私達の侵入に気付いてないのが不自然だ。ここまで来れば彼の目的は明らか、夜叉と合流することも考えたが、折角彼が能動的に動いたので気付かれないように森の中に降りて様子を見ることにした。

 

 

 

 山賊達は門で警戒している二人と飯炊きをしている一人以外は神殿の前に座り込んで話をしていた。先程襲撃に参加したメンバーは明らかに動揺している。特に私が火をかけた二人は憔悴して腕を治療した一人は姿が見えない。

「あんな奴ら初めてだ。ここもいつ見つかるかわからない。早く逃げようぜ」

「あれは全部幻だ。俺だって應神の乱の時は火の中を走り回った。夜叉なんて久々に見たが、あの手の術者はチンタラやらなきゃ侍よりは楽なもんだ」

「それより、助三の奴は……」

「ありゃもう駄目だな。明日バラす。暫くはそれで……」

 道涓が言いかけた直後、陶器が割れるような音と共に強い重圧感がその場に居たもの全員を襲う。木立が動揺し、瓦が揺れ、三脚に吊るされていた鍋が薪に落ちた。地に居た烏は一斉に飛び立ち、空を飛んでいた雁の群れが姿勢を崩して地に墜ちる。私も箒を降りていなければ地面に叩きつけられていただろう。

「な、なんだ!?」

「地震か? いや、何かに引っ張られて」

 賊たちが動揺して音のした方を見る。お堂の正面、石畳の道の上に、左手をかざす夜叉が立っていた。

(重力魔術!? この出力を、あの夜叉がやったの?)

 昨日の申告は嘘だったのか? 重力魔術がどれ程の魔力を消費するかはこの時理解していなかったが、それでも並の魔術師とはレベルが違う魔力量を扱っているのは明らかだった。そして夜叉はそれだけの魔術を、敵全員に自分の存在を知らせるためだけに使った。そして見せつけるように通魔刀を引き抜き左手と交差するようなポーズをとると、賊たちを見据えて宣戦布告する。

「推して参る」

「で、出やがった!」

「待て、あの魔女はいない! 数は圧倒的だ。囲んでやっちまえ!」

 道涓の指示で、一番近くに居た見張り二人が槍を構えて左右から夜叉に突進する。しかし、夜叉は右側に向かって走り込み、見張りが槍を付き出そうとしたところに左手を横に伸ばすとその方向に穂先がよれ、賊は体制を崩して夜叉の隣を通り過ぎる。夜叉はすかさず反転して賊の後ろ頭を斬り付けた。

「よくも!」

 もう一人の見張りはとっさに横薙ぎで夜叉を殴打しようとする。すると夜叉は跳躍して槍の穂先を踏みつけ、相手が体勢を崩したところで左手を太刀に沿えるように相手に向けると、引き寄せられるように賊は太刀に深々と刺さり薄桃色の太刀が鮮血に濡れる。重力魔術で誘導したのだ。

「一気にやっちまえ!」

 しかし、これは賊たちにとってチャンスだった。太刀を引き抜こうとしている夜叉を見逃さず、道涓の指示で鉈や鉞を持った三人の賊が襲い掛かる。夜叉は脚で見張りの死体を蹴って引き抜きながら、左手は腰の袋に突っ込んでスクロールを入れ替え、掌中に持ったまま両手を太刀に添える。

「纏雷」

 その言葉と共に通魔刀が雷の魔力を帯び、太刀を横薙ぎにすると飛び散る血がスパークして賊たちを怯ませる。夜叉は三人のうち中央一人に刺突して頸を貫く。

「纏雷・紅雷刀」

 そして貫いた首を中心にぐるりと身を翻す。すると頸から噴き出て刀身に纏わりつく血が巨大な雷の刃となり、左右の賊も巻き込んで三つの頸が落ちた。

(血液を魔力の触媒に……まるで吸血鬼ね)

 血液は魔力の伝導率が最も高い物質だ。古来より魔術回路の導線として血文字が使われ、契約書など現在でも使われている。しかし、魔術師は同時に血液を恐れる。感染症が怖いし、血液を多用するのは最も強力で知的、そして冒涜的な吸血鬼の業だからだ。

「くそ、遠距離から仕留めろ!」

 瞬く間に半分の兵隊が殺されて道涓もさすがに作戦を変える。賊の一人が鎖分銅を投げつけて夜叉の太刀を右腕ごと捕らえた。鍋の番をしていた弓を持つ賊二人がすかさず矢を浴びせる。夜叉は刀と鎖で引っ張り合いをしながら左手の手甲で矢を弾くが、胴や手甲に何本か矢が刺さる。甲冑を着込んでいるため致命傷にはなっていないが分が悪い。

「今だ! 絡めとれ!」

「やーっ!」

 刺股を持った賊二人が近づいて夜叉を取り押さえようとする。夜叉は諦めたかのように地面に通魔刀を突きさし、血の貯まった地面に手を付く。流石にダメかと思い私は助ける準備を始めたが、夜叉が何か詠唱しているのに気が付いた。手先を見ると血で何かを書いている。三人分の血は石畳の溝を通じて刺股を持った二人の足元まで広がっていた。

「奥義・雷神虫」

 夜叉の言葉と共に血の池から雷の百足が這い出て、刺股の二人に襲い掛かる。表面を焼くだけの模造火蟲とは性質が違う、電気の性質をもって体の中を食い破って暴れまわる恐ろしい蟲だ。くしくも二人は火蟲に焼かれた者たちである。一日のうちに内側と外側からの拷問を体験し、一人は苦痛に耐えきれず頭を石畳に打ち付けて自害した。この二人が死の苦しみにのたうち回っている間に、夜叉は手斧を拾って鎖を断つと、そのまま手斧を投げつけて弓使いを一人倒す。もう一人の弓使いが弓を放とうとすると、雷神虫にのたうち回る賊を盾にして防ぎ、そのまま突進して押し倒し、まとめて串刺しにした。最後に残った鎖使いは分銅の切れた鎖を振り回してなんとか近づこうとする。すると夜叉は足元に転がった鍋を投げつけ、熱湯を浴びせかけて怯んだ所を足払いして重力魔術をかけた。鎖使いはまるで高い塔から突き落とされたかのように頭から地面に叩きつけられて地面に血の花が咲く。

「あとは犬とお前だけだな」

「な、なめるな! 犬ども、やっちまえ!」

 道涓が鱗犬をけしかける。先ほどは放電で驚かせたがよく訓練された猟犬は怯まず立ち向かう。夜叉は鎖使いの鎖を拾って振り回して牽制し、突出しようとした片方を殴打するが、気を取られている間にもう一方が鎖を持った左腕に噛みつく。しかし、夜叉は落ち着き払って開いた犬の両顎の間に短刀を差し込むと、そのまま犬を二枚に卸してしまった。

「解体の手間が省けたな」

 そして左手に滴る血を溜めて握り込むと、もう一匹に猛烈な雷を食らわせる。しかし、強靱勇猛な鱗犬には未だ致命傷にはならない。

「やはり犬には首輪が必要か」

 夜叉は全身の筋肉が弛緩しぐったりした鱗犬に鎖を巻きつけ、首を絞める。外傷への回復力の強い魔獣も呼吸を止められれば死ぬのだ。自分の飼い犬がヒューヒューと悲鳴にもならない息を上げながら目の前で殺されるのを見て、道涓は激昂した。

「て、てめぇ、何が気に入らないんだよ! 夜叉がこんな殺戮をして、俺が盗んで殺して何が悪い! この河中は天下一豊かで、国の端からまだかき集めてるのに、侍も僧も金持ちも、果ては庄屋民草まで好き勝手に関を建てて税を貪り、勝手に物価を釣り上げて自分の首を締めながら、まだ足りねぇと戦を起こして奪い合ってる。お天道様もこんな世界の外れは照らせないんだ! お上の法も神の正義もないなら、俺たち食い詰め者が奴らから奪ったって同じことだろうが!」

 道涓は意外なほど鋭い洞察でもって社会への絶望と憎悪を吐き出した。強欲な人間に思ったが、社会の弾かれ者たちを集める弁舌も持ち合わせていたらしい。しかし彼は住良木人としてはともかくこの世界の人間としては余りに蒙昧だろう。太陽(昼神)の威光なき所はすなわち(夜神)の世界なのである。そしてその処刑人は表情も変えずこう言い放った。

「お前の全てが気に入らない。そして、お前たちを殺せば俺の目的の全てを遂げられる。それだけだ」

「ふざけやがって!」

 自分の渾身の叫びを一蹴された道涓は棘の付いた刺股を振り上げて夜叉に襲い掛かる。夜叉は通魔刀を正面に構えた。

「死ねゃおらぁ!」

 道涓は全身全霊の殴打を食らわせるが、あっさりと弾かれて両腿を斬り付けられる。道涓は崩れ落ちて神殿の階段に倒れ伏した。

「畜生……俺は、道涓なんだぞ……もう一度、もう一度成り上がるんだ……」

 地を這いながらうわごとのように道涓は繰り返す。それを見ると、少し憐れに思えてくる。しかし、夜叉は無慈悲にも彼の兜の緒を耳ごと斬って刀で弾き飛ばし、彼の尊厳を粉々に打ち砕く。

「思い上がりもいいところだ、貴様ごときが兜首など」

「や、やめてくれ! 金ならやる、助けてくれ!」

 道涓は懇願するが、夜叉は道涓の背中を踏みつける。重力魔術で地面に縫い付けられて道涓は動くどころか肺を動かすこともできない。

「金ならお前を殺しても結果は同じだ。だかそれ以外には何の役にも立たない。お前が今までしたように、お前もそうなるだけだ」

「い、嫌だ! 俺は……」

 それが道涓の最後の言葉になった。

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