夜叉 ~二コラ・レッドヴィルの伝記~   作:創生路ハイローラー

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今回はライバル登場!


3話 本物の侍

 道涓の首と心臓を短刀で貫いた夜叉は、足で道涓の亡骸をひっくり返した。すると懐から銭袋が落ちる。やはり彼は私の言葉に感化されて佐吉のお金を取り返しに来たのだ。駆け寄ってキスでもしようかと考えたが、夜叉が突然身を翻して階段から飛び退いた。すると巨大な錨が飛んできて、神殿の階段を派手に砕いた。

「声がするから来てみりゃ、こりゃ酷えな」

 見ると、夜叉の来た参道に若い武者が立っている。白黒の革縅の甲冑の上に青いサーコートのような上着を袈裟懸に着ている。サーコートには胸に大きく『大漁』という刺繍と、鯨漁の刺繍が鮮やかに施されていて、後にそれは力士の化粧廻しを模したものであると知る。そして手には銛、それに先程投げつけた錨が長い綱で繋がっている。それらに相応しい堂々たる体格と自信に溢れた顔は、つい先程まで行われた凄惨な殺戮の現場に慄くどころか歓喜の表情を浮かべて夜叉を見据える。

「道涓の首は取り逃がしたが、夜叉の首なら公方様も喜ぶだろうよ!」

 そう言うと若武者は綱を勢いよく引っ張って背後から夜叉に襲いかかる。夜叉は回避するが今度は銛が飛んできた。夜叉はこれも避けるが、これすら石畳に刺さる程の威力で、返りが付いた穂先は当たっていれば容易に致命傷になっただろう。

「どうした? かかってこいよ!」

「お前はまだその時ではない」

 不思議なことに、夜叉は反撃に消極的だった。若武者はそれが面白くないのか、今度は錨を振り回して攻撃する。いかな膂力でも人の身で遠心力と重量を受け止めることはできない。夜叉はここにきて初めて雷を放った。あの絞め殺された犬に食らわせたのと同じ出力だ。

「効かねぇよ!」

 しかし若武者にはほとんど効果がない。今度は飛びかかろうとした所を重力魔術で地面に叩きつけようとするが、驚異的な瞬発力で着地して耐える。

「うお、思ったように動けねぇ! 面白ぇぞ!」

 電撃と重力魔術を織り交ぜて接近を阻止しようとする夜叉だったが、然程効果はなく懐に入り込まれる。夜叉は無差別広範囲の重力魔術で私が立っていられない程(体重が倍になったくらい)の高重力状態を作り相手の消耗を狙うが、若武者は少し動きが遅くなったぐらいで殆ど影響がない。

「くっ、なんて馬鹿力。いや、これはまさか、抗魔力?」

 魔力は生体エネルギーであり、他人の魔力に対して魔法生物や魔力持ちはある程度の抵抗力がある。魔力で発火させた火は防げないが、魔力で作った魔法の炎は抵抗できてしまうと言った感じだ。同じように空中に飛んでいる際に地面に引きずり込まれる重力は防げないが、個人に紐づけられた重力魔術や電撃はまるで効果が無い。常人離れした力も含めて、身体能力強化と魔法耐性に特化した戦士の可能性がある。

 などと考察している間にも激しい攻撃が夜叉を襲う。夜叉は銛の攻撃は刀と防具でいなし、錨は必死に回避する。高重力の効果で何とか拮抗していたが、さすがに魔力の消費が激しいのか息切れしていた。

「仕方ないか」

 夜叉は懐から砂のようなものを撒き、それに電撃を放つと砂が爆発した。おそらく火薬を使った発火だ。これは効果があるのか若武者が怯み、夜叉は何とか距離を取るが重力魔術は消えてしまう。

「終わりか? 全身が肩こりになったみたいで新鮮だったぜ」

 若武者は未だ余裕といった様子だ。一方で夜叉は若武者に問いかける。

「お前、青木の家の者だろう。侍所が何故供も連れずに現れる。なぜ夜叉を襲う?」

 しかし、それは彼の逆鱗に触れたらしい。

「……何を言ってやがる? 俺の家が没落したのは、てめぇら夜叉のせいだろうが!」

「青木が、没落?」

 夜叉はそれに酷く動揺した。

「道涓を討てば、京兆様が助力してくださると約束してくれたが、てめぇの首があれば公方様に直談判ができる。そうすりゃ俺について来てくれてる臣下だけでも報いてやれる。だからその首、とっとと差し出せや!」

 若武者は錨を勢いよく投げつける。しかし、回避せず夜叉は通魔刀を捨てて背中の断魔刀に手をかけて、目を閉じて全神経を集中させる。

「いくぞ、飛燕!」

 夜叉の神速の抜刀が一閃のもとに綱を切って錨は明後日の方向へ飛んでいってしまった。折れていても驚異的な切れ味だ。

「これで一つ」

「なっ、んて驚くと思ったか? こっちが本命だ!」

 若武者は錨を投げた時点で手を離していた。大質量の錨に気を取られていた夜叉の目の前に銛の刃が迫る。夜叉はそれをかろうじて回避するが、無理な回避で姿勢が崩れ、若武者はその間に夜叉の目の前に肉薄していた。

「そしてこれが、泣きの一手だぁああ!」

 若武者は足を踏ん張り、全力の張り手を鳩尾に食らわせた。夜叉は吹き飛ばされて社殿の障子を貫通する。社殿の中には賊の生き残り……夜叉が腕を切り落とした男が縮こまって震えていた。夜叉は社殿の奥の壁も突き抜けて太い桜の幹にめり込んでいた。こんな状態だが辛うじて息はある。

「へっ、案外たいしたことないな」

 若武者は一飛びで社殿の屋根に登ると夜叉を見下ろす。流石に潮時だろう。私は気付かれないように佐吉の銭袋を引き寄せ魔術で回収する。

「辞世の句はあるか?」

「夜叉になって詩が読めなくなった」

「マジか。まかり間違っても絶対夜叉にはならねえわ」

「その方が良い。侍もやめておけ」

「すべて覚悟の上だ。じゃあな、地獄で会おう」

 若武者は刀を振り上げる。死にたがりの夜叉は兎に角この若武者も死生観があっさりしすぎている。私は急いで箒を使って二人の間に割って入った。

「二人ともやめなさい!」

「ニコラ!?」

「だ、誰だお前!」

 若武者に凄まれて正直とても怖い。圧倒的な身体能力に抗魔力まで持ってるこの男は魔術師との相性は最悪だ。不意打ちでもない限り勝ち目がないだろう。だが、どんな相手であれ魔術師として人間にいきなり攻撃はできない。私は取り返した財布を見せて説得を試みた。

「私はニコラ·レッドヴィル、この夜叉の雇い主よ。私達は溪津の商人に依頼されて財布を取り返しに来ただけ、それはもう済んだわ。貴方は道涓の首を持って帰ればいい。争う理由はないわ、剣を収めなさい。さもないと」

 LoGoSを起動して杖を有翼騎兵(シルフ)モードにセットする。水晶玉が背中に移動しリボンが体に巻き付いいた。両肩には魔道式ジェットエンジンが現れ、それを取り巻くように魔力仮想安定板(シルフウィング)が生成される。頭頂部には管制操作システムが天使の輪のように光った。これは昼神の遣いを参考に考案された魔力鎧装で、風魔法で圧縮した空気を熱魔法で膨張させて爆発的な推力を発生させ、箒以上の加速力と直感的な追随性能を誇る。問題はアホみたいに魔力を食うことで、私のような一般魔術師は三分動かすのがせいぜい。近年箒のバックアップとして実用化され、民生用としてはこのMagi-Arts社のL747複合スマートロッドに初搭載された代物だ。しかしこれでも目の前の男には絶対に勝てない。取り合えず杖を構えてプラズマトーチをそれっぽくバチバチさせて威圧し、タイミングを見て閃光魔術で目くらましをして夜叉を回収、シルフの跳躍で離脱する算段だ。

「すげぇ。でも天使様、もう決着はつきましたよ。そのボロクズをぶっ殺して、俺が財布を届けることだってできます。公方様にも恩が売れるし、そうなれば皆が得をする」

「二コラ、お前は佐吉の所に戻れ。俺の仕事はもうすぐ……」

Shut up(黙って)! 私の許可なく死ぬのは契約違反よ。これが最後よ、武器を収めて!」

 子供みたいに興奮しながら蛮族みたいな思考をする若武者と死にたがりの夜叉にイライラしながら杖を掲げて閃光魔術を放とうとする。すると、背後から雷のようなフラッシュと大音量が鳴り響いた。

「きゃっ」

「うわっ!」

 私は思わず悲鳴を上げ若武者も目を背ける。

「なんなのよ。え?」

 我に返り夜叉を回収しようと後ろを振り返ると、焦げ臭いにおいと共にさっきまでまだつぼみも膨らんでいなかった大樹に満開の花が咲いていた。

「嘘。なにこれ?」

 状況が呑み込めず前を向くと、若武者が土下座して詫び始めた。

「申し訳ございません天使様! この青木正則、昼神様のご意思とは知らず、聖域を穢してしまいました!」

「ちょっと、私がやったんじゃないわよ!」

 青木という若武者は目の前の異常事態で私を本物の天使と勘違いしたらしい。確かに天使を模した姿だけれど、昼神の遣い扱いはなんだかスッキリしない。でもこの状況は限りなく好都合ともいえる。

「えっと、青木正則さん。夜叉のことは気にしてないから、道涓の首を土産に帰ってください。お願いします」

「はい、天使様! おい、そこの夜叉。天使様の仲裁に感謝するんだな!」

 青木は踵を返して立ち去った。すると夜叉は体を抑えながら立ち上がる。

「よし、こっちの仕事も片付いた」

「どういうことなの? 財布を取り戻しに来たんじゃないの? この結界に申告より大きい魔力に、何よこの花は」

「全部この御神木のせいだ」

 夜叉は桜の木を指して言った。

「エルフの聖域は、中核に御神木を植えてそこから龍脈のマナを吸い上げ神域を作り出す。俺はそのマナを利用しただけだ」

「え? 今なんて?」

「夜叉は星のマナを利用できる」

「えぇ!!」

 魔力には魔法生物が個々の身体から発する生命のマナと、地中を流れる星のマナがある。星のマナは地中の地脈や水脈、そして道路など人の動き等にも左右されて常に流動、循環し、自然や日常的な現象、一説には生命の因果律なども調整している星の血液だ。星に満ちていて、利用できれば術者すら必要とせず術式のみで魔術を使い放題になる革新的なエネルギー源と言える。しかし、生命のマナが柔らかい物の内側に留まるのに対し、星のマナは流動性があり固い物の中を動き回る。私たちは普段留まる生命のマナを術式でボールのようなものに加工して投げるように魔術を使用しているが、星のマナは観測はできても捕まえる手段がないため、一部の例外的な魔力現象を除いて人為的にこのエネルギーを使うことはできない。その為、魔術用語では中立のマナと呼ぶのが一般的だ。

「俺達の魔力神経は、出力は小さいが、容量が大きいらしい。だから、敵の魔法攻撃を受け止めたり、環境からマナを魔力に変換して強力な上位魔術が使える」

「説明になってないわ。中立のマナを貫通させずに保持する手段が貴方や桜の木にあるはずが無い。世界中の魔術師が千年かけて研究して影もつかめてないものなのよ。そんな方法があれば、こんな世界の果てだって誰も見つけてないなんてことはあり得ないわ」

「俺だって仕組みは判らないさ。だが、夜叉は百年前からいるし、この桜は人が住良木に来る前から存在したんだ」

「……つまり、古代エルフが植えた、異世界の植物の可能性がある」

 古代エルフはスメラギという樹を中心とした世界観で生きていた。スメラギも星のマナを採掘し、異世界のエルフ文明は星のマナをエネルギーにした文明だったのではないか? 現に夜叉は古代魔術のスクロールを使って星のマナを操っている。もしそうなら、古代文字と共にスメラギと同じ植物を持ち込んでいてもおかしくない。

「問題はそれがなぜ住良木にだけとどめられて、他のエルフは生命のマナしか使えなくなったのか」

 仮にそうだとしたら何かしらの作為があるのだろうが、これは憶測にすぎない。だから話題を桜の方に変えた。

「それで、同じ中立のマナだから、この桜に干渉したみたいだけど、貴方があそこまで大立ち回りしてでも執着した仕事って何なの」

 佐吉の財布を返してもらうだけなら、全員を問答無用で殺す必要は無かったし、正則から逃げる手もあった。あの時の夜叉は殺されてでも仕事を達成しようとしていたように思える。

「お前はここに張られた結界には気付いているな」

「えぇ、視覚に対する認識阻害ね。術者は見つからないのが気になるけど……まさか?」

「あぁ、結界を張っていたのはこの木だ。結界を認識しなければ、入るのは勿論出ることも困難だ。それこそ、犬でも連れていなければな」

 道涓は強力な鱗犬を連れていたのに、戦闘に投入することには消極的だった。嗅覚を頼りにする犬ならば、認識阻害の影響が少ない。葦原をかき分けてこの住処に帰って来るには、鱗犬か不可欠だったのだ。

「連中は聖域を穢した。鍋の中を見ろ」

「これって……」

 転がった鍋の中に入ったのは、人の腕、夜叉が切り落とした男の手が入っていた。

「こいつらは殺した人間を犬に食わせて、それでも足りなければ犬も人も食っていた。奴らは獣と変わらん。生かしておく価値はなかった」

 犬が居なければ出ることもできない閉鎖空間では、誰も道涓には逆らえなかったのだろう。少なくとも外からは安全ではあるのだ。犯罪者にとってこれ以上の隠れ家はない。

「偶然だろうが、俺が結界に穴を開けたことであの侍まで入ってしまった。こうなったら結界を無力化する必要がある。木の魔術に干渉するために一番効率的な魔力触媒は」

「……人間の血液」

「それ以上に、夜叉かエルフの血だ。青木の若武者にあそこまで運んでもらったのは僥倖だった。あのまま」

「待って、もう言わないで。それに関しては私怒ってるのよ」

「何を?」

「そういうところよ!」

「だが、お前が時間を稼いだお陰で木を焼かずに済んだ。神樹に魔力を流して術式を遮断し、木の魔力を本来の形に戻したんだ。花が咲いたのは副作用だ。もっともこれは一時的な措置だが」

「まだやるべきことがあるの?」

「そうだが、結界が閉じるまでは猶予があるし、どちらかと言うと人手が必要だ」

「なら、溪津まで戻りましょう。急がないと、佐吉さんが路頭に迷うことになるわ」

 そう言って私たちは帰り支度をする。鱗犬の皮は売れるらしいので、解体する必要があった。皮を剥いで、残りは道涓達の遺体と一緒に全て焼却する。夜叉と私が遺体を集めて準備する中、あの腕を斬られた男は、社殿の隅からそれを呆然と眺めていた。道涓の遺体を運び出そうとした夜叉はそれに気づくと、彼に出ていくように促した。

「結界は無くなった。お前からは人喰いの臭いはしない。もう悪さもできないだろう。お前は自由だ」

「自由って……お前ら侍が我が物顔ですべて壊したんだろうが。俺の故郷も、家族も、侍にみんな食われた。物乞いになんかなりたくなくて、俺は自分の意思で山賊になった。俺はここで生きてたんだ! なのにまたお前達に全て奪われて、ゴミみたいに惨めに生きろってのかよ!」

 男は夜叉に怒りをぶちまける。夜叉はそれにしばらく黙り込んだが、銀貨を一枚差し出して言った。

「悪いが、俺はもう侍じゃないんだ」

 夜叉は銀貨を彼の前に落とす。彼はそれを左手で握り、そして泣き崩れた。夜叉は道涓らの死体を並べ、点火の準備が終わった。

「火葬術式を使って高温焼却するわ。十分もかからず全部灰にできる」

 私は詠唱を始める。これは死者を悼む夜の祈りだ。

「夜の闇よ、死者を覆いたまえ。灯よ、その罪を焼きたまえ。月よ、煙の道で彼らを登らせ、星々に加えよ。我らを見守る星の群れに……」

 夜叉も彼らのしきたりらしい弔辞を言う。

「木々の葉よ、地に落ち、土へ還れ」

 死体が炎に包まれる。すると片腕の男が現れて、銀貨を火に投げ入れると、今度は私に懇願し始めた。

「天使様、俺も兄弟の所に連れてってください。これ以上惨めに生きたくないんです!」

「だめよ。火葬術式は死者しか燃やさない。私は天使でも、裁判官でもない。貴方を裁く資格はないの」

「なら、せめて、あの火を。死なない火で良いんです、お願いします。どうかお慈悲を……お慈悲を……」

 彼は何度も地面に頭を叩きつけて言った。このまま放置しても、彼は死ぬだろう。私は彼に地獄の火をかける。すると彼は正座してその火に耐え続け、焼却が終わるまで昼の神の経典を繰り返して気絶した。

「命に別状はないはずよ。でも、住良木人は変なのばかりね」

「まったくだ」

 私たちは男と桜の老木を背に箒で飛び立った。

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