ー第三文明圏外シルカーク王国王都タカク日本国大使館ー
日本国大使館に帰ってきた稲荷神一行は、クルセイリース大聖王国から渡された外交文書について吟味していた。
「この外交文書、なにか裏がある気がします」
稲荷神は会議室で参加者に言う。それは何の根拠もない勘に過ぎなかったが、稲荷神以外には十分に根拠のある言葉だった。
稲荷神は400年近く日本国の為に尽くしてきた。その時には非合理的だったり、根拠がなかったり、日本人の理解が及ばない行動もあった。しかし、それらすべてに後から立ち返ってみれば明確な理由があっての行動だった。
つまり、稲荷神の言葉の殆どは正しい。こんな考えが日本人の中にはあった。しかも、先進11カ国会議の時にグラ・バルカス帝国が強襲を仕掛けている。クルセイリース大聖王国も和平交渉の調印式と偽って強襲する可能性も十分にあった。
「クルセイリース大聖王国上層部の勢力は?」
陸上自衛隊大内田が現地諜報員に問う。
「はい。クルセイリース大聖王国で起きた強硬派のクーデタによって穏健派の殆どは失脚。実権を強硬派が掌握しました。先代の王の息子が即位していますが幼く、宰相として彼の母、つまり先代の王の妃が全権を握っており、彼女は軍王ミネート、我が国で言う防衛大臣に侵攻計画を一任しています。たった1回の敗北で方針を変えるとは考え難いです」
つまりは、罠である可能性は十二分にあると言う事だった。
「そう言えば、クルセイリース大聖王国からの亡命者がいませんでしたか?」
稲荷神の言葉に外交官朝田が答える。
「はい。聖王女ニース殿とその付き人のミラ殿が調査から帰国する前に本国でクーデタが発生。2人はクルセイリース大聖王国の穏健派として有名でしたので排除されると恐れてシルカーク王国に亡命。その後、シルカーク王国の要請もあり我が国で受け入れています」
朝田の言葉に稲荷神は考えて言う。
「それなら2人から聞き取りをしたらどうですか?そうすればクルセイリース大聖王国の意図も少しは理解できるのでは?」
「それはいい考えですね。すぐに本国に連絡を取ります」
朝田からの報告を受けた外務省はすぐに聖王女ニースに連絡をとり、会談を取り付けるのだった。
◆
『改めて我々の亡命を受け入れて下さりありがとう御座います』
シルカーク王国日本国大使館の会議室でリモートで会議をしていた。スクリーンの向こうには聖王女ニースとミラの姿がある。
「いえ、礼には及びません。早速本題に入りたいのですが…」
『はい。聞き及んでおります。急な方針転換について内情をよく知っている私の意見を聞きたいのですよね?』
問いかけに稲荷神は頷いた。
『結論から言ってしまえば罠の可能性が高いと思われます』
聖王女ニースの言葉に稲荷神達は揃ってため息をついた。
「一応、その理由を聞いてもいいですか?」
『今回の方針転換。これは軍王ミネートの指示です。そもそも、クルセイリース大聖王国の軍事行動の是非は軍王ミネートの下に集まります。つまり、一部の者が独断で和平交渉に舵を切るのはあり得ません』
ニースの言葉に、ミラが付け加える。
『以前のミネート様は人の話を聞く人だったのですが、最近は自己中な所が多く、物事を一方的に見る人なので今更方針を変えることはないと思います』
クルセイリース大聖王国の内情をよく知る者達からの助言から稲荷神は、この調印式は罠である可能性が高いと結論付けた。
「朝田さん。シルカーク王国に対して返答の延期と三国間での協議の調整を報告して下さい」
「はっ!」
朝田はすぐに本国に連絡し、超スピードで三国会談が組まれる事になった。
◆
ー第三文明圏外シルカーク王国王都タカクー
王城の会議室にパールネウス王国、日本国、シルカーク王国の三国による会談が行われていた。議題はクルセイリース大聖王国との和平に関する事であった。
「それではこれより三国会談を行います」
まず発案者である日本国が先手を切る。
「今回皆さんに集まって頂いたのは、クルセイリース大聖王国が和平の為に本土にて調印式を執り行いたいと申し入れがあった件です。この調印式ですが、結論から言うと罠の可能性が高いでしょう」
日本国の外交官である朝田の言葉にシルカーク王国のカルク外務卿とパールネウス王国外交官マイトは驚く。前提として文明国と非文明国とで差別が横行している。その最たる例がパーパルディア皇国である。だが、彼らを含む列強国、文明国に対して戦争を仕掛けるのは歴史上幾つか例はあるが、罠を張るなど歴史上類を見ない馬鹿な行動であり、予想の斜め上だった。
だからこそ、朝田の言葉に2人は驚いたのだ。
「それでは、今回の調印式は見送った方が良いのでしょうか?」
「いえ、罠の可能性があると言うだけで何事もなく終わる可能性も少なからずあります。なので、有事が起きてもすぐに対応出来るようにしておくべきでしょう」
その言葉にカルク外務卿とマイトは頷く。そこで、軍事知識に詳しい日本国海空自衛隊の平田中将と新原部隊長が稲荷神の命令でやって来ていた。
「まず、我々は先の先進11カ国会議の時に発生したグラ・バルカス帝国の強襲を教訓として9隻からなる艦隊を派遣します。パールネウス王国も艦隊をある程度派遣したほうが良いと思われます。その際にはワイバーンオーバーロードを使用すべきだと思います。そして、シルカーク王国ですが、失礼ながら貴国の軍艦では自衛出来るとは思えません。そこで、我々が使節団を護衛する話が持ち上がっています。どうでしょうか?」
カルク外務卿とマイトは提案を吟味する。仮に罠だとすれば自衛の為にも艦隊は必要だ。罠でなくても砲艦外交としては十分だ。それに、クルセイリース大聖王国は自国民を納得させるために艦隊の派遣を要請している。ならば何時でも攻撃できるように準備すれば罠でも問題ない。
「分かりました。その提案を本国に連絡します。恐らく承認されるでしょうから、細かな協議は今後するとしましょう」
「確かに我々の軍艦はパールネウス王国及び日本国に圧倒的に劣っています。日本国の提案は渡りに船です。その旨を国王陛下にご報告いたします」
両国は日本国の提案を受諾。調整を重ねた結果、シルカーク王国がクルセイリース大聖王国の西部の都市ワカスーカルトにシルカーク王国の使節団が調印式に出席するべく出向く事になった。
日本国は1隻を除いて沖合150km付近で待機し、哨戒機として偵察ドローンや戦闘機富士が待機することになった。
パールネウス王国は使節団を護衛しながらワカスーカルトに砲撃が届く射程2km付近で待機し、稲荷神を乗せた駆逐艦"夕立"は沖合7kmで待機する事になった。
このような準備を整え、クルセイリース大聖王国の会談から3ヶ月後、様々な思惑が交錯しつつもその日を迎えたのだった。
◆
ー第三文明圏外文明国クルセイリース大聖王国西部都市ワカスーカルトー
この都市はクルセイリース大聖王国の軍事都市として機能している。ここでは兵器の研究や開発、修理を行っている。他にも軍人達の宿舎があったりと軍民一体の運営がなされている。
そんな街の防衛軍司令部の司令官室にて男が窓際から見える日本国の軍艦とパールネウス王国の軍艦を見ていた。
「…結構。奴らの艦隊は我が領海に侵入したのだな」
「外交部も無慈悲な作戦を思いつくものだ。攻撃準備は完了しているな?」
「はい。司令の命令どおりワカスーカルトの民間人は避難を完了し、魔導砲増幅装置を搭載した魔導砲。ワカスーカルト所属の飛空艦隊、聖都の防衛竜騎士団も派遣してもらっています!」
「うむ。考えうる限り最高の布陣だ!そこに軍王ミネート様から託された任務が成功すれば私の昇進は約束されている」
ワカスーカルト防衛長官たるエル・ガンエンは部下に演説じみた自慢を披露する。
彼は扱いやすい。少しヨイショするだけで気分を良くするのでイエスマンにとっては最高の上司だ。しかし、他人より高いプライドを傷つけた人間が消えると言った噂話は絶えない。彼の権力の大きさは長官と言う椅子に座っている時点で察せる。しかも、人種としては多い魔力量によって個人の武力も優れている。力と権力を兼ね備えた爆弾の様な男だ。
報告する部下は彼の機嫌を悪くしないように聞く。
「その任務とは…」
「この鍵を使う」
そう言って大きな鍵を取り出した。
「この鍵はな、黒月族の対ラヴァーナル帝国兵器、キル・ラヴァーナルを動かす鍵だ。我々が用意した兵器でも効果がなければ私の魔力を使って動かし、敵を殲滅してやるのだ!」
「なんと!かの決戦兵器を託されるとは!まさにエル・ガンエン様の功績のお陰ですな!後世にまで語り継がれるに違いありません!」
クルセイリース大聖王国はこれから訪れる栄光に酔いしれるのだった。
◆
ー第三文明圏外文明国クルセイリース大聖王国西部都市ワカスーカルト沖合ー
ワカスーカルトの港に入港するべく帆を進めていたパールネウス王国の対圏外文明国防衛艦隊蒸気戦艦にて、艦長のガーラスは司令官バイアに話し掛けた。
「いよいよですな」
「ああ。この日で辺境での辛い日々は終わりだ。何事もなければな」
第三文明圏外と言う辺境へ派遣された彼らは一刻も早く一連の騒動を終わらせて本国に帰りたかった。だが、日本国から齎された"罠"の可能性を考慮して新型竜母…フィシャヌス級竜母から発艦したワイバーンオーバーロードが哨戒に当たっている。
もしも攻撃を受けるようならば敵の街を焼き尽くす算段だった。
ガーラスは「それにしても…」と言って窓の外を見る。そこには、沖合に浮かぶ鋼鉄船、日本国海上自衛隊所属駆逐艦夕立の姿があった。
「7kmも離れているとは思えない大きさですね」
「あの一隻だけでも我々の艦隊を壊滅できる。彼の国が味方にいれば頼もしいことこの上ないな」
日本国との差は過去のパーパルディア皇国戦争やグラ・バルカス帝国との戦争で証明されている。技術レベルの差が与える安心感は格別だった。故に、彼らは罠の可能性を考えていたが、ある程度楽観視していたのもまた事実だった。
◆
パールネウス王国の蒸気戦艦は何事も無くワカスーカルトの港に入港した。その様子を見ていたのはエル・ガンエンであった。
「あれがパールネウス王国の戦列艦か?確かに大きく、速力も速いな」
風神の涙と言う物をを知らない彼らからすれば戦列艦があれ程の速度を有する事に驚いた。これでも驚くべき事なのだが、それを掻き消す程のインパクトを与えてくる者がいた。
「流石は列強国だが飛空艦隊で対処可能だな。だが、問題はあれだ」
そう言って視線を移した先にはパールネウス王国の戦列艦が霞む程の大きさを誇る鋼鉄の船。日本国の軍艦であった。
「本当にあれは7km以上離れているのか?」
そう問いかけたエル・ガンエンの思いとしては『大きい。大き過ぎる』この一言に尽きた。今まで見たことがない大きさの船であり、目視と魔導電磁レーダーで算出された距離が合致しない。
「あれが飛空艦隊が敗れた艦艇か。軍王様が懸念されたのも無理はない。奴らの主力艦隊は?」
「約150km西の沖合に8隻が待機しています」
クルセイリース大聖王国は地上や飛空艦、離島に設置された魔導電磁レーダー、偵察兵などあらゆる手段を通じて日本国の主力艦隊の位置を把握していた。
「警戒しているな。艦艇の配置状況は?」
「8隻が間隔をもって待機しています。そして、軍王様から命じられていた半径10km範囲にとどまっています」
その報告にエル・ガンエンは頷いた。
「軍王様への報告を忘れるな」
「承知しています。しかし、何故この様な情報が必要なのでしょうか?」
「わからん。しかし、隠し球のような物があるのだろう。所で攻撃準備は整っているか?」
「勿論です」
その報告に彼は不敵に笑い言う。
「外交部の茶番が終わり、合図があり次第攻撃を開始する」
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ー日本国海上自衛隊駆逐艦"夕立"ー
海上自衛隊駆逐艦夕立の戦闘指揮所ではクルセイリース大聖王国の陸上を監視していた。
事前に飛ばしていた偵察ドローンを通じて街や山の中に複数の砲台の姿を確認していた。何よりも稲荷神と言う人間の視力を遥かに超えた視力を持つ神が味方にいるのだ。クルセイリース大聖王国の調印式が罠である事はすぐに判明した。
まあ、日本国の力を見せつけてさっさと第二戦線の構築を阻止したいのと、攻撃の大義名分を得るために放置していた。
彼らはその砲塔をクルセイリース大聖王国の砲台に向けるのだった。
〜コラム〜
Q,衛星から砲台の存在とか確認して罠かどうか判断出来ないの?
A,それが元々置いてあるものか否か判断がつかないから
Q,罠の可能性を考えておきながら来た理由は?
A,述べたように何事も無く終わる可能性があったから。更に言えば稲荷神が早期終結を望んだから。
グラ・バルカス帝国の存亡について
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徹底抗戦からの無条件降伏
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