大学を卒業し、故郷を離れてとある総合商社に入社した主人公。
新生活の期待で膨らんでいた胸は、いつしか強い不安と恐怖でしぼんでしまっていた。

不審な視線と気配が、ここ最近ずっと付きまとっていたのだ。
浸食されていく日常に、ついには体調にも影響が出始めたころ、猫に導かれた少女と出会う。

その少女――花雲くゆりは私立探偵と名乗り、不審な視線の主を探してくれるという。
藁にもすがる思いで依頼し、調査を始めるくゆり。

調査が進むにつれて見えてきたのは、いくつかの不可思議な現象で―――。


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本作品はどちらかといえばオカルトになります。
ミステリや謎解きといった要素はほとんどありません。


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はじめまして、モノカキモドキと申します。
本作品に登場する人物の言動は、作者の妄想が多分に含まれています。
実際に活動されているVtuver:花雲くゆりさんの実像、公式情報とは違いがある点にご注意ください。




花雲くゆりの調査記録

7月のある土曜日。梅雨も明け、夏の香りが濃くなってきた公園では、強めの暑さを感じるようになった日差しが降り注ぎ、子供たちが走り回っていた。

そんな賑やかな公園で、その空気に真っ向から逆らう女性が1人、ベンチで項垂れていた。

何やら頭をかかえて悩んでいる様子のその女性。

思いつめた表情に、化粧で隠しきれていないくま、少し青い顔。訳アリなことは想像に難くない。

 

彼女は、ここ1か月誰かに見られているような感覚にたびたび襲われていた。

それは通勤時も、会社でも、家でも。周りに人がいない・・・一人の時に、いつも視線を感じるのだ。

最初はストーカーを疑った。こう言ってはなんだが、見た目が良い自覚はあったからだ。だがそんな事をする人に心当たりはなかった。彼女はこの地に引っ越してきて日が浅い。ストーカーはおろか、仕事以外のまともな交友関係もまだ築いていなかった。

そんな自分にストーカーなんて・・・そうは思っても、視線はずっと感じる。

彼女は疲れていた、常に感じる視線は、日生活常にも影響を与える。初めて顔を合わせる人ですら、もしかしてこの人が・・・なんて想像をしてしまうのだ。そんな状態でいい交友関係なんて、築けるはずもない。故郷から離れ、友人も近くにいない。彼女は徐々に、しかし確実に追い込まれていた。

 

(このままじゃダメになっちゃう、なんとかしなきゃ・・・)

 

そう、思ってはいるのだ。

 

土曜日の午後に公園のベンチにいるのも、一人でいたくないだけでなく、にぎかな空気に触れれば少しは気分転換になるかと考えたからだ。

……あまり、うまくはいっていなかったが。

 

そんな女性の足元に、一匹の猫がすり寄ってきた。

それは美しい猫だった、おもわず見とれてしまうほどに。純白の毛並みに、うっすらと青い目。神秘的な空気をまとう、そんな猫だった。

 

(首輪してる・・・飼猫かな?)

 

やけに人懐っこい猫だ。初めて会うのに、警戒することもなく足に擦りついてくる。

久しぶりに感じる他者の(猫だが)ぬくもりに、少し頬が緩むのを感じる。

 

「くうた~?どうしたの~?」

 

少しぼ~っとしていたところで、焦っているのに柔らかい、そんな不思議な声が聞こえる。

くうたとは、この猫の名前だろうか?だとすると、この声の主はたぶん・・・

 

そこまで考えたところで、少女が見えた。

猫を追いかけてきたのだろうか、少し息が上がっている。

 

「いた!くうた~!いきなり飛び出しちゃだめじゃないか~!」

 

かわいらしい少女だった。桜色の髪と花の髪飾りが風になびいていた。

 

「ん?くうた!このお姉さんに迷惑かけてないだろうな~?」

 

猫(くうた?)を抱え上げ、目を合わせて問いかける少女。その目が余りに真剣で、女性はついくすくすと笑ってしまった。

 

「大丈夫です。その子はかわいく甘えてきただけですから」

 

とりあえず、あらぬ誤解は解かなきゃいけないだろう。

そんな思いから、少女に話しかける女性。

 

「そうなんですか?ご迷惑をかけていないならよかったです」

ふにゃっと笑いながら、こちらに目と猫を向ける少女。

「初めまして、ボクは花雲(はなぐも)くゆりです。この子は、くうたって言います」

 

抱え上げられたくうたが、よろしく、とばかりににゃぁとなく。

「こちらこそ、初めまして。佐津来薫(さつき かおる)といいます。えっと・・・この4月に引っ越してきたばかりです」

君もよろしくね、と薫はくうたにもあいさつする。

そんな薫の顔をじっと見つめるくゆり。

「失礼ですが・・・何かお悩みでも?」

おずおずと、でもはっきりと問いかけてくる。

くゆりには、薫がひどく憔悴して見えたのだ。

 

薫にとって、くゆりはあったばかりの人だ。だが、くゆりのゆるゆるとした空気に触れ、なぜか話してみる気になった。

見ず知らずだが、だからこそ気軽に話せる気もした。

「実は・・・ここ最近、誰かに見られている気がするんです」

そう切り出す薫。一度口を開けば、不安が溢れてきた。薫はくゆりに、この1か月ほど感じる視線について話した。

ストーカーかもしれないが、特に心当たりもない。被害がないから警察も対応できない。・・・でも、確かに感じるのだ、絡みつく視線と気配。

抱えていた不安を吐き出すように、話し続けた。

聞き上手だったくゆりは静かに聞き続けてくれ、くうたもずっとこちらを見ていた。

すべてを話し終えたあと、薫の心は少し晴れていた。

「聞いてくれてありがとう。おかげで、なんとなくすっきりしたよ」

薫の口調が変化したことに、くゆりは気づく。きっと、本来の性格は快活なものなのだろう。

思いのほか時間が経っていたことに驚きながら、感謝を告げて立ち去ろうとした薫に、くゆりはある提案を持ち掛けた。

「ストーカー・・・といいますか、誰かにつけられていると感じるなら、ボクが調べましょうか?」

思わぬ提案に面食らう薫。目の前の少女と調べるという言葉のミスマッチがすごい。

「調べる・・・って?」

当然の質問に、すこしきょとんとしたくゆり。

直後、手をぽんっと合わせながら、この町に来たばかりでしたね、と独り言ちる。

立ち上がると、少し気取ったしぐさでこう告げた。

「申し遅れました。こんにちは!私立探偵の、花雲くゆりです」

私立探偵・・・おおよそ、目の前の少女には似つかわしくない単語だ。

少し失礼ながら、そんなことを考えてしまった薫だった。

 

 

私立探偵を自称する少女、くゆり。

しかしまあ、薫はこの少女から、おおよそ探偵らしい空気は感じなかった。

くゆりも自分が人からどう見られやすいかはわかっているのだろう、少し苦笑を漏らしながら説明する。

 

「あまりそうは見えないかもしれませんが、こう見えて本当に探偵を営んでいます。町の方には好評ですよ!」

実績も、詳しくは話せませんがありますよ、と続けるくゆり。

守秘義務のようなものもあるのだろう、その辺をつつくつもりはなかった。

 

「じゃあ、その・・・調査、というと?」

「はい、幸いボクはこの街に事務所を構えています。仕事柄、いろいろな知人もいまして、薫さんの周辺を調べれば、ある程度見えてくると思いますよ。」

自信ありげに胸を張るくゆり。その傍らにはくうたがいて、こちらをじっと見つめていた。

小さなはずのその姿に、大きく、頼りになりそうな印象を受ける薫。

・・・気づけば、肩の力は抜けていた。頼る先を見つけ、張り詰めていた意識が緩んでいく。

 

薫は、くゆりに調査を依頼することにした。

お仕事ゆえ、当然代金は発生するが、探偵というイメージのように高額報酬!というわけではなかった。

簡単に契約をすませる二人。正式な契約書、というか、依頼書は後日ということで、まずは簡単な打ち合わせを行う。

「まずはさらっとになってしまいますが、薫さんの周辺を調査させていただきます。視線を感じるということですので、1週間尾行・・・というか、薫さんを追っている人がいないか調査もしようと思います。」

プライバシーは守りますよ!と続けるくゆり。女性であるくゆりなら、そういう意味でも安心できた。

その後、平日の大まかなスケジュール等を確認しあい、くゆりはこう締めた。

 

「それでは、明日から一週間、調査を行います。お話を伺う限り、なかなか用心深い相手のようですので、ボクから接触するのは来週の土曜日までありません。」

まあ、必要が出ればその限りではありませんが。

そんなことを言いながら、こちらを安心させる柔らかな微笑みを浮かべる。

その表情に、まとう空気に、傍らのくうたに、出会って間もないにもかかわらず、薫はすっかり信頼してしまった。

ほぼ初対面の相手をそこまで信用するなんて、ちょっと不用心?と思う薫だが、同時に相手がくゆりだからだろうとも思った。

この少女には、人をひきつけ、安心させる不思議な魅力があった。

 

 

翌日、くゆりはさっそく調査に取り掛かった。

そして1週間が経ち、わかったことは・・・期待していたものとは違うものになった。

 

薫が務める会社は町内では大きな商社で、出入りする人は決して少なくなかった。

だがしかし、内勤である薫に直接関係する人は少なかった。

1週間、くゆりは張り込みによる調査を行ったが、付きまとう人はおろか職場以外では周囲でよく見る顔すら割り出せなかった。

自室で感じる視線のもとを探し、カメラの捜索も行ったが、手ごたえのないまま日は過ぎた。

その間、薫はたびたび視線を感じていた。

 

次の土曜日、くゆりと薫はとある喫茶店で再度打ち合わせをしていた。

「ふがいないことですが・・・まだ何もわかっていない状況です」

くゆりは一週間の調査を報告する。

今わかっていることは、少なくとも普段周りにいる人はストーカーの相手ではない、ということぐらいだ。

唯一候補になる職場の人間も、視線を感じた日時は別の場所にいたことが確認されている。

 

「そっか・・・ありがとうね、少なくとも、会社の人じゃなさそうなんだ」

薫にとって、会社の人等がストーカーというわけではなかったのは収穫といえる。

ただ、それでも正体不明の誰かに付きまとわれているという事実は薫をおびえさせるのに十分な威力を持っていた。

 

「薫さん、あんまり悩んでいても気分が滅入るだけです」

気分転換にいきましょう!と元気よくつげるくゆり。

 

気丈に振る舞っていても怯えが見え隠れする薫を、くゆりはある場所に誘った。

 

喫茶店から少し歩き、ついたのは神社だった。

「ここは、この地域にまつられている氏神様・・・つまり、土地神様の神社なんです」

無信仰が増えている日本にはめずらしく、そこそこに大きな神社だった。

参拝客もちらちらと見え、普段から人が来ていることがうかがえる。

拝殿は素人目にも立派な作りで、これだけで観光名所になりそうなほどだった。

 

しかし、くゆりの目的地はここではないらしい。

拝殿にお参りを済ませると、本殿横の小道に向かう。

 

神社裏の山に続くその道を上ると、また鳥居が見えた。

鳥居にかけられた看板には「花雲神社」とあった。

 

「ここ・・・花雲神社?…もしかして、くゆりさんって神社さんの関係者?!」

なんとびっくり、目の前の少女は神社の関係者だったのかと、少々オーバーな様子で驚く薫。

いわれるとわかっていたのか、ちょっと笑いながらくゆりは答える。

「いえいえ、名前こそ花雲ですが、ぼくとは本当に無関係です」

偶然ってすごいですよねぇ、なんて続ける。

 

くゆりがこの街にくるはるか前から存在する神社らしく、歴史はなかなかのものだという。

歴史のわりにこじんまりとした神社で、氏神様の禰宜(ねぎ)やら巫女やらが一緒に掃除などの管理をしているらしい。

 

「ボクも、花雲神社の由来をしらべたことがあるんです」

何せ花雲は珍しい姓だ。やはりそこが一緒なのは気になったのだろう。

「どうも昔、この辺りに大きな大きな桜の木があったらしいんです

「ご神体としてあがめられていたその桜は、おそらく200年を超えていたと考えられます

「残っている特徴からエドヒガンと思われるのですが、時期になるとそれは見事な光景だったんだとか

「下から見上げると、まさに花の雲・・・ということで、花雲神社になった、といわれています」

残念ながら、その桜は20年以上も前に落雷で焼けてしまったようですが・・・

 

心底残念そうにつぶやくくゆり。

薫もまた、そんな見事な桜を見れないことは残念に思った。

 

「まあ、今日のお目当ては桜じゃないんですが!」

一転、笑顔でそう告げるくゆり。花雲神社にお参りを済ませ、さらに進む。

 

「この先に、天然の展望台があるんです!」

気分転換にはいい景色と、リ◯トンミルクティーと、マカロンです!

力強く宣言するくゆりに気おされ、頷く薫。

・・・なんでリプ◯ン限定なんだろう?とか考えていたのは内緒だ。

なんとなく、これを目の前の少女に行ってはいけない気がした。

こういう予感には従うことにしてるのだ。

 

展望台からみた景色は、なるほど確かに、くゆりが進めるのも納得の絶景だった。

一気に開ける視界、柔らかにそそぐ日差し、緩やかにながれる雲。

無意識のうちにたまっていた不安が、力みが流れ出る思いだった。

顔から力みが抜けるのをみて、くゆりは静かに息を吐いた。

強がってはいたが、常に視線に怯える生活をしているのだ。その不安はさっして余りある。

「・・・そういえば、個人の連絡先を教えていませんでしたね」

くゆりは何かあった時のためにと、薫にある番号を教えた。貰っていた名刺にあったのは事務所の番号で、こっちは私用にも使っている番号らしい。

 

それはともかく気分転換!と、くゆりは持ってきたレジャーシートを広げる。

傍らのバスケットには、結構な量のミルクティーとマカロンが・・・

 

ゆっくりと流れる時間の中、確かにすっきりとした気分になれた薫。

きづけば時間も夕暮れ時、薫はくゆりに礼を告げ、帰り道を歩いていた。

 

夕暮れ時の道。

突如、これまでにないほどはっきりした気配と視線を感じた。

 

怖かった、怖かったが・・・彼女の心には少しの余裕があった。

生来の勝気な性格が首をもたげ、いい気分に水を差された怒りが沸き上がる。

――せっかくいい気分だったのに!くゆりちゃんの気遣いだったのに!!

「誰だっ!?人のことをこそこそのぞいて!!」

鋭く、誰何の声を上げる。

そこには、誰もいなかった。それなのに、気配と小さな足音だけは・・・いや、かすかに自分を呼ぶ声がした。

「うそ・・・まさか・・・」

薫にはその声に聞き覚えがあった。

それは、元カレの声だった。

 

もしや彼が・・・。

そう思った薫はくゆりに連絡を取る。

 

―――その方とは、どういったご関係でしょうか。

 

「彼の名前は、三木隼(みき じゅん)。大学時代の彼氏で、今は・・・引っ越し前に喧嘩して、それっきりです」

 

―――そうであれば、貴女に付きまとう理由がある方、となりますね。

 

「でも、あの人がだなんて・・・」

 

―――ひとまず、やっと見つけた手がかかりです。ボクはそちらの調査にかかります。

 

「・・・彼、なんでしょうか」

 

信じられないような、でもほかに考えられないような。

そんな複雑な感情を抱いて問いかける薫に、くゆりははぐらかすようにこう言った。

 

―――探偵は、何かをみつけたなら「そこから見えるもの」のさらに先を見据えなければなりません。

―――そうしなければ、一見真実に見える何かに飲まれてしまうのです。

 

抽象的な、しかし印象に残る言葉だった。

 

ひとまず、身の回りに何かあったら、この番号に連絡し、助けを求めてください。

 

そういって連絡先を渡してくるくゆり。どうも、そういったことに強い知り合いのようだ。

見た目とは裏腹に、荒事も多いのだろうか。

 

それから二日後、くゆりは薫がもともと住んでいた土地に出向いていった。

 

 

さらに3日後、くゆりから手紙が届いた。

かわいらしい封筒に、古ぼけた便箋と、封筒と同じ柄のかわいい便箋が1枚づつ。

 

古い便箋には、意味の分からない文字列が並んでいた。

すべてカタカナで、9文字ごとに間が空いていた。

 

かわいらしい便箋には、くゆりの字でもう一枚についての説明が書いていた。

曰く、ある種の暗号のようなもので、お世話になっているある人物にお願いされて同封したとのこと。

今回の事件の手掛かりではあるが、わけあってくゆりが直接答えをいうことはできないそうだ。いじわるや悪戯でないことが読み取れてしまい、薫は少し困ってしまった。手紙の締めくくりには、どうか貴女に探偵になりきってほしいと書いてあった。

しかしこれを読んだ薫はこまってしまった。

何を隠そう、彼女はこの手の謎解きは大の苦手だ。

 

いくら苦手とはいえ、事はそうも言ってはいられない状況だ。謎の手紙をよく観察してみる薫。

頭から煙がでる錯覚に襲われながらも「9文字ずつくぎられている」「全部で9セット」「1セットごとに数字が下に書いてある」ことを発見。

9文字ごとに数字、ということで、それぞれの文字列を先頭から数えて・・・と思ったが、数字は2桁のものもある。九九…というわけでもなさそうだ。

他に何かヒントは・・・と封筒をあさってみたら、封筒の内側に何かが1枚張り付いていることに気づく。

カードのようなそれを引っ張り出してみると、それはかるただった。

 

(かるた・・・かるた・・?)

かるたなんて、遊ばなくなって久しい。そういえば実家にあいうえおかるたがあったなぁ…なんて現実逃避していたところで、ひらめいた。

あいうえお・・・五十音・・・数字はこれだ!

実は私は頭いいんじゃないだろうか、と自画自賛しながら解読を行う薫。

・・・と、そこで数字=対応した文字ならわざわざ意味のない文字列を用意する必要がないことに気づいてしまう薫。

しかして今の薫は(自称)名探偵薫モード、すぐに数字が示すの文字の、前と後を抜き出してみる。

結果は・・・どちらも意味が分からなかった。

前の文字で作った文は「たのゆせみほくえちや」

後ろの文字で作った文は「ひかさやあさまかさり」

意味がある文章とは思えない。

 

「くゆりちゃん・・・所詮私は名探偵にはなれないみたい・・・」

よよよ・・・と泣くふりをする薫。この女、案外余裕である。

 

しばしうんうん考えるが、いまいちピンとこなかった。

「くゆりちゃんは何をいいたいのよぅ・・・」

わりと本気で泣けてきた薫。そんなときにふと思い出した。

 

―――探偵は、何かをみつけたなら「そこから見えるもの」のさらに先を見据えなければなりません。

 

(さらに先・・・「次の文字」の、もう一つ先?)

 

引っ張りだした文字列を、五十音順に次の文字に置き換える。

前の字で作ったものは、変わらず意味不明だった。

後ろの字は…意味が読み取れた。

出てきた文字列は「フクシユウシヤクル」、復讐者来る。

 

復讐・・・なんとも不穏なものである。

 

(隼が?・・・確かに喧嘩別れだったけど、復讐されるいわれはないわよ!)

 

生来の負けん気がわいてくる薫。

でも・・・あの人がそんなことをするだろうか。

喧嘩別れになってしまった、でも確かに恋をした、愛した人だった。

出来る事なら、やり直したい。そんな気持ちは確かに胸でくすぶり続けている。

確かに幸せだった日々が、彼はそんなことをするだろうかと疑問を投げかけてくる。

 

次の日の夕方、くゆりから電話がかかってきた。

なんでも、現地での調査が完了したので報告があるのだという。

 

仕事終わり、徒歩で帰宅中にその電話にでた。

 

少々、ショックな内容になってしまいます。

そいう前置きがあり、報告を受けた。

その一言目は、すんなりとは受け入れられないものだった。

 

―――三木 隼さんは、交通事故にあい……

 

病院に担ぎ込まれたのは薫の引っ越し当日。交通事故だったという。

普段は通らない道で事故にあったらしい。

 

事故の発生場所を聞いた薫は、その道が隼の家から駅に向かう近道だと気づいた。

自分の引っ越しの見送りに来たのかもしれない、謝りに来たのかもしれない・・・事故にあったのは、自分のせいなのかもしれない。

普通なら、無理がある、発想の飛躍だと気づいたろう。

しかし、弱った心には真実のように思えた。

そう思ってしまった薫は、最近の視線や気配は隼のもので、自分を恨んでいるから呪いに来たのだと思った。幽霊が呪うなんて、とてもらしい話だろう。

 

そして、それでいいと思ってしまった。些細なことで喧嘩したその人が、好きだったから。自分のせいで死んでしまったなら、恨まれても当然だと。

 

薫はあきらめてしまった。受け入れてしまった。

 

その瞬間、周囲の気配が変わった。重く、苦しく、妙に臭う・・・。

 

いつのまにか、道の先に人影があった。フードを目深にかぶったその人影。

 

その人影の手は包帯がまかれていた。

―――まるで大けがをしたみたいに。

 

その人影からは異様な臭いがした。

―――まるで死臭のような。

 

 

ついに自分を殺しに来たと思った薫は人影に話しかける。

「復讐しにきたんだね?」

 

無言のまま近づいてくる人影に、死を受け入れて目を閉じる薫。

人影は徐々に近づく、その手には剣呑に光るもの。

近づき、近づき、ついに重なる・・・。

 

「相変わらず、早とちりがひどいね」

 

寸前――優しい、あの人の声がした。

瞬間――強い光と、忌々し気なナニカの声。驚いて目を開けると、ナニカと自分の間に彼がいた。

透けて、柔らかく光を放つその人影は、あの日喧嘩別れしたままだった隼。

 

「・・・なんで?」

 

なぜ、隼が二人いるのだろう?なぜ、彼は私の前に立ちふさがっているのだろう?

・・・なぜ、彼は私を守っているのだろう?

 

「だから、早とちりっていったでしょ」

 

薫が好きだった、ほにゃっとした笑顔。

ああそうか、くゆりちゃんの笑顔は、どこか、彼ににているんだ。

そんな場違いの感想が出てくる薫。

 

じゃあ、あっちのは・・・

吹き飛ばされたナニカに目をやる薫。

吹き飛ばされた衝撃で、フードが取れていた。

フードの中身を見た薫は、思わずひっと短い悲鳴を上げた。

ソレは人ではなかった。手にあるのは刃物ではなく常識外れに大きな爪。

その頭は、ねずみのそれだった。

 

薫を付け狙っていたものは、隼ではなかったのだ。

 

彼はいう、あの引っ越しの日、電車に間に合うように走っていた自分は信号無視をした車に気づけず、はねられたのだと。

謝れなかったこと、仲直りできなかったこと、薫を泣かせたままだったことが残念でならず、気が付いたら近くにいたという。

 

忙しくも元気に生活している姿を見て、自分がいなくても大丈夫なのだと安心したが、いなくなる直前に薫を狙っているナニカに気が付いたという。

 

ネズミのようなそれに対し、ずっと近くで威嚇をしていたが所詮ただの幽霊の自分には何もできなかった。

 

しかし、猫が近くにいるとネズミは怖がって寄ってこないことに気づき、猫を誘導して追い払い続けたのだという。

動物、とくに猫には、自分の姿がしっかりと見えるらしい。

 

この地の土地神も隼に加護を与え、この地に住む薫を守る手助けをしてくれたという。

 

しかし、そのネズミは日に日に強くなり、ついにただの猫では追い払えなくなってきたとき、花雲神社に薫が足を運んだ。あの神社には猫神がまつられおり、ほんのわずかだが、その力が薫と自分に与えられたのだという。

 

「でも、あの手紙には・・・」

予想外の状況に理解が追いつかない薫。

 

「解き方がちがうんだ!かるたって言えばあいうえおじゃない、イロハでしょ!」

 

必死に光を放ち、抵抗しながら叫ぶ隼。

ハッとして、カバンに入れっぱなしだった暗号をもう一度見返す。危機的状況に、今までにないほど頭が回った。

五十音ではなく、数字をイロハ順に当てはめて読むと「にさかのすくなひめ」になった。

 

「・・・にさかのすくなひめ?」

 

わけのわからない文に、解読方法が違うのかとあせりながら口にする。

踊りかかってくるネズミ頭に対し、隼は光を放ち抵抗する。

ただ、神の加護を得ているとはいえ、所詮は一般幽霊の悲しみ、正真正銘の化け物には力及ばず、ついに吹き飛ばされる。

 

そのまま薫におどり掛かってきたネズミ頭。これまでかと目をつぶったところに、横から何かが突っ込んできた。

 

また聞こえた鈍い音に、恐る恐る目を開ける薫。そこには、見慣れた顔があった。

「くゆちゃん・・・なの?」

 

正確にいえば、ソレはくゆりではなかった。少なくとも、くゆりには猫耳もひげも、尻尾も生えていないのだから。

 

「この土壇場でたどり着くか・・・やるじゃないか、人の子」

 

 

足元にくうたを従えて、ねずみ男に対峙する猫コス少女。

ねずみ男は、その少女にひどく怯えているようだった。

 

そこからはまさに蹂躙だった。少女の腕の一振り、足の一撃で空を舞うことになるネズミ男。もともと、かの存在の気配を感じれば即逃げるしかないほどに力に差があるのだから当然の帰結だろう。いつもならその危機察知能力で逃げられただろうが、さんざんに邪魔をされた後のひさびさの獲物、それを食らえるという興奮につい警戒がおろそかになった。

 

あっとい間にずたずたにされたネズミ男は、みるみる縮んでいき、ついにただのネズミと変わらなくなってしまった。

 

「今回は封印などとは言わん、そのまま消えよ」

 

そう呟きながら丹念に丹念にネズミをすりつぶす少女。

いつの間にか、ネズミだった何かは煙となって消えていった。

煙が消えさるのを最後まで見送った少女は、ちらと視線をこちらにやるとそのままどこかへ消えてしまった。

 

残された2人(?)は突然の展開に呆然としていたが、そこに妙に若々しい声の老人が話しかけきた。

 

「少し、話をしようか。人の子らよ」

 

突然現れた謎の老人に警戒する2人だが、隼はすぐに気付いた。その気配には大いに覚えがあったのだ。

「もしかして…土地神様、でしょうか?」

隼の問いかけににっこりと笑う老爺。

「さよう、今ここは人と神の境が曖昧になっているのでな。今なら、君たちに直接姿を見せ、声を聞かせることができる」

一呼吸置き、土地神は事件の顛末を語った。

 

あのくゆりによく似た少女はれっきとした神の一柱で、にさかのすくなひめ(匂坂少比女)といい、花雲神社にまつられている猫神だという。

 

 

曰く、あのネズミはかつてこの地に疫病を振りまいた妖怪のようなもので、当時の自分だけでは対処できなかったため、よそにいた猫神に退治を依頼した。

 

猫神にとっては強い敵ではなかったが、妙に逃げるのが上手で、最終的には猫神と土地神が相談し、罠にはめて猫神ごと封印した。

 

封印の器として桜の巨木が、要石として霊木から作られた猫の彫刻があったのだが、落雷でともに焼失した。

その際、封印が綻びネズミが抜け出してしまった。

長い封印でネズミは弱っており、病を振りまくような力はすでにない。

それでも20年以上の歳月をかけてじわじわと回復し、ついには実体化して人を食える程度には力をつけた。

しかしこの地の人は自分の権能で守られており、襲うことは難しい。

かといって、よそに移動して誰かを襲おうにも、封印の余波でここから遠くには離れられない。

そこで、ここにきて日が浅い、つまりは土地神の守りが薄い薫を狙ったのだという。

 

土地神から権能の一部を報酬に貰って契約した猫神としては、確実に始末するつもりだった。そうしなくては、神としての沽券に関わる。

バトルジャンキーではない猫神としては、人を食って力をつけられる前に仕留めたかったらしいが、半端に封印に残っていたネズミの一部(というか権能の大半)を始末するのに手を取られた。

 

挙句、神々は人の世に干渉するのに妖以上に制限が多く、どうしても後手に回った。

 

 

そこで、特殊な素質をもち、人の世で暮らすくうたに協力してもらった。

 

くうたを依り代に猫神は行動、ルール違反を避けながらじわじわとネズミを探していった。

先程出てきた猫神が「花雲くゆり」の姿をしているのも、くうたのイメージに引かれているらしい。

 

この猫、ほんとにただの猫なのか怪しいほどに、神と相性が良すぎるとは猫神の感想だ。

 

猫神に薫を助ける気は一切なく、囮にすることにしていたのだが、土地神たる自分としてはこの地に生きる全ての人は自らの子に等しい。そのため、隼に加護を与えてまで薫を守り続けた。

 

自分のお膝元である神社に来たのは土地神としてはくゆりのファインプレーだったらしく、隼に直接加護を与えたのだという。

誤算だったのは、そこで隼の力が強くなりすぎ、薫に声が届いてしまったことだ。

そしてストーカーの容疑者として調査するため、くゆりが遠くに行ってしまった。

直接人の世に干渉できない土地神は、くゆりに、そしてくうたに薫を守ってもらうつもりだった。

くゆりがそばにいれば精神的に落ち着き、ネズミのつけ入るすきを消せるはずだった。

 

土地神は自分に仕える禰宜を経由し、くゆりにメッセージを送り、2枚の手紙を送ってもらった。

禰宜とくゆりを経由、かつ手紙を暗号にすることでぎりぎりルール内で女性にメッセージを送ったが、解読に失敗してしまってよりピンチになってしまった。

 

暗号の本当の答えは切り札といえる「猫神の名前」だった。

 

神々は直接現世に顕現することに多大な制約がある。

その条件の最も大事な部分が「依り代」と「名前を呼ばれること」だった。 

 

あやうく女性が食われるところだったが、守りたい一心で限界を超えて抵抗した男性と、依り代としての適性があったくうたのおかげでぎりぎりのところで顕現に成功しネズミを仕留められた。

 

戦闘だけ見れば、猫神の圧勝である。それはもう、いっそかわいそうなほどにぼこぼこにされたネズミには、土地神もうっすら同情してしまう。

それほど尋常でなく強かったのも当然。猫はネズミ対して強いというのもあるが、花雲神社とは後世に字が変わっており、本来は「祓薙物」と書く。邪を祓い、災いを薙ぐ戦神の側面をもつ猫神だ。

 

さらにはこの猫神、かの八坂刀売神(やさかとめのかみ)から坂の字を与えられ、医薬の祖神たる少彦名命(すくなひこなのかみ)から少の字を下賜された狩猟神、まさに「疫病振りまくネズミ」の天敵だ。

 

話すべき全てを語り終えたと、土地神は姿を消した。

同時に、隼の姿もゆっくりと薄くなる。隼は、これで薫の危険はなくなったと安心したらしい。

 

「やだ、逝かないでよ!やっと…せっかく…」

これで最期、そう思った薫はすがるように懇願する。

隼は優しくほほえみながら、それでも首を横にふる。

「僕の役目は、これで終わり。君はもう大丈夫なんだ、前を向いてくれ」

自分は所詮死者であり、生者といっしょにいるわけには行かない。

それは自然の摂理に反する。それは世界の法則に反する。

そんな事をしてしまえば、いずれ大きな歪が生まれる。

そう語る隼の目を見て、止めてはいけないのだと薫は思った。

 

涙を拭い、しっかりとほほえみ、覚悟を持って薫は言った。

「今までありがとう、隼。おやすみなさい」

 

 

「―――ああそうじゃ、言い忘れておったわ」

しんみりとした空気をぶち壊したのは、消えたはずの土地神だった。

あんまりにも空気を読まない神の所業に、ついジト目で睨んでしまう2人。そんな2人を軽く流し、とんでもない情報をぶち込んだ。

「隼くんじゃったの。君、生きとるぞ」

「「………え?」」

 

 

 

後日談、あるいはくゆりの慧眼。

 

事件から少し経った土曜日の午後、くゆりは女性と再び花雲神社を訪れていた。

氏神様にはお礼参りをすませ、神様とはいえ猫ならこれ!とくゆりが掲げるくゆ~るをもってお礼にきたのだ。

 

結局、あのネズミが倒されてからは嫌な気配も視線もなくなり、薫には平穏な日々が戻ってきた。隼も目を覚まし、今は寝たきりで落ちた筋力と体力を戻すためリハビリを重ねているらしい。

あのとき、くゆりは「事故にあって、今も意識不明の重体で入院している」といったのだが、持ち前の早とちりで事故イコール死んだと思い込んでいたらしい。

なんとも恥ずかしい限りだ。穴があったら入りたい、なんなら掘りたい。

 

あまりに現実離れした話に、あれは夢だったのではないかと疑いもしたが、あの時の会話は確かに心に残っていた。なにより、目を覚ましてすぐに連絡をくれた隼の存在が、確かに現実の話なのだと教えてくれた。

 

花雲神社と氏神様にお参りを済ませ、あの天然の展望台に行く二人。

実は、くゆりは調査に手詰まりになった時点で「人じゃないナニカ」の存在を疑ったという。

 

「こう言っては何ですが、この街で僕の調査を完璧にくぐり抜けることは難しいんです。

「幅広い知り合いがいますし、この街の地理はほぼ把握しています。

「尾行中、わざとかなり離れたタイミングをとりました。その時はかなり遠くから、それでも周辺を抑える形で尾行していました。

「それなのに影すらつかめない、となると、人ではないのでは?と考えました」

 

なんとも不思議な発想に思えるが、くゆりは過去にも不思議な事件に関わっていたという。

守秘義務です、とそれ以上は教えてくれなかったが。

 

「人では無理、では人でないものに注目すればどうだろう?

「そう思ったとき、くうたの行動が思い出されました。

「貴女に出会ったとき、まるでくうたに導かれるようにであったことを思い出したんです。

「そこから調査を進めるにつれ、貴女の周りでとてもたくさんの猫を発見しました。

「まるで貴女を守るかのように」

 

「あの暗号は氏神様の禰宜さんから渡されました、かるたといっしょに。

「これでも探偵ですから、あの暗号自体はすぐにとけました。

「しかし、暗号のままで直接貴女に渡してほしいと頼まれていましたので、もう1枚手紙をつけることでヒントに・・・したつもりでしたが、結局余計ピンチになってしまいましたね」

 

すいません、と頭をさげるくゆりに、あわてたように薫が首をふる。

「いやいや!せっかくかるたとヒントまでつけてもらっていたのに、あいうえおを連想した私がおバカだったんです」

 

そういうことではないと思いますが・・・とこまったようにわらうくゆり。

「まさか、解読法を間違っても意味のある文章になるとは思いませんでした。

「そのあとは、貴女の体験した通りです。

「お名前を呼べたことで猫神様…匂坂様が顕現され、やっつけてくれましたね」

 

そう締めくくるくゆりに、女性はふと尋ねた

 

「こういうことって…よくあるんでしょうか。神様とか、妖怪とか」

 

これまでの人生で経験したことのない事件、それを平然とかたるくゆりをみて疑問におもったのだ。

くゆりは小さく笑っていう。

 

「さあ?どうなんでしょうか

「よくあるのかもしれませんし、天文学的確率で運が悪かったのかもしれません

「どちらにせよ、出会わないときは出会わないし、出会ってしまうときは出会ってしまう

「コレは、そういうものなのではないでしょうか」

 

とても16歳には見えない大人びた笑顔。

その笑顔に少し見とれながら、うん、とうなずく。

 

「そうですよね…考えてもわからない。だから、気にしないことにします!」

 

彼だって、隣に立つのがそんな私じゃ心配だろうし、と小さく続ける薫。

そんな女性に微笑みながら、くゆりはいう。

 

「これにて依頼は完了になります。・・・今後はお友達として、よろしくお願いしますね」

 

こののち、女性とくゆりは友人として付き合っていくことになる。

たわいもないおしゃべりをしながら、時折この事件を思い出すのだ。よき思い出として。

その女子会では、たまに居心地悪そうな男性の姿が混ざるときがあったとか。

 

「・・・でも、神様にくゆ~るはどうかと思うよ?くゆちゃん」

 

「え!?だってくうたはめちゃよろこぶよ!?」

 

fin




拙作をお読みいただきありがとうございます。
この作品は、応援しているVTuberさんを題材に書かせていただきました。
バーチャル私立探偵という肩書で様々な活動をされている方ですので、興味が出た方はぜひ探してみてください。

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