Living Dead / 生きた伝説
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「お前と出会ってから、オレは大事にばかり巻き込まれる様になったな」
「――――――」
数瞬という、ほんの僅かな時間。
つい先程まで周囲に存在していた敵の悉くが、その数瞬にて呆気なく屠られる様を、少年は目に焼き付けた。
はっきり言って、デイビッド・マルティヌスは死に絶えだった。
デイビッドは夢を持たない少年だった。こんなにも色鮮やかで、しかし汚れたものばかりのナイトシティに生まれて、母親の夢に従う様に生きていた。
アラサカのてっぺんで、人を見下ろせる様な大きな男になってほしい―――そんな母の夢の為に生きていた少年は、しかしその母親に先立たれた。
もはや目標も何もない。居る場所すら失った少年は、無気力に苛まれる寸前だった。
だが、そこに転機が訪れた。
ルーシーという少女との出会いが、デイビッドに夢を持たせる機会となり―――彼を
そんな少年が、今こうして死に絶えになっているのは
恋焦がれたランナー―――走者ではなく、ネットランナーの事を指す―――のルーシーを助ける為に、この世界において絶対的な権力を持つ
ナイトシティに生きる人間は言うだろう。たかが一人の女の為だけにアラサカに喧嘩を吹っ掛けるなんて、と嘲笑って。
だが、それも今の彼を見れば、恐れか、或いは憧憬に変わるだろう。彼はミリテクもアラサカもMAX-TAC―――NPCDの特殊部隊―――も敵に回しながら、しかし本命であるルーシーは助ける事が出来たのだから。
だが、それから後の流れが最悪だった。
アダム・スマッシャー。
このナイトシティには、『伝説』に成った傭兵達が多く居る。ナイトシティで言う『伝説』とはつまり、
その『伝説』達の殆どの死因―――それこそが、アダム・スマッシャーという『生きる伝説』だ。
一般人ですら体の一部がサイバーウェアで出来ているこの時代において、ほぼ生身で
そのアダム・スマッシャーが、デイヴィッドに襲い掛かってきたのだ。そこらのサイバーパンクでは傷一つ負わせる事も出来ない大物。それこそ
周囲にはアラサカ・ミリテクの部隊にMAX-TAC。四方八方を塞ぎ込まれた袋小路にして絶対絶命の状況にある。
そんな、もはや地獄とすら言える過酷な戦場に―――一匹の鬼が現れたのは、偶然でもなんでもなく必然であると言えるだろう。
「はんぞう、さん」
「まだ正気はあるな。ならあと少し気張れ、
アラサカの防具に身を包み、両腕から突き出る黒いマンティスブレード―――戦闘用サイバーウェアの一種―――が特徴的なその男は、デイビッドにとっても見慣れていた。
なんせ彼は自分の後見人だ。母亡き前も後も、たまに顔を合わせて軽く話していた。
母―――グロリア・マルティヌスの古い友人にして、元アラサカの特殊警備部隊に所属していた『伝説』のニンジャ。
ハンゾウ・キヌ―――『鬼のハンゾウ』と呼ばれ、畏怖と尊敬の狭間を生きた男だ。
『ほう? 誰かと思えばハンゾウか。やはり生きていたか』
「当然。オレを潰すのに貴様を寄越さんのだ、サブロウ様は随分とオレを舐め腐っていたらしい。これでも重畳の成果は積み上げていた筈だがな」
肩を竦めながら、ハンゾウはその刃の様に鋭い眼光を一切途切らせる事なく、スマッシャーへと向け続ける。
互いにアラサカ所属で、汚れ仕事を請け負い続けてた者同士だ。決して交流が無かった訳ではない。寧ろ、切っても切れない縁があったとすら言えるだろう。
サブロウ・アラサカ直属の特殊警備部隊に所属していたハンゾウは、誰の目から見ても間違いなく優秀な男だった。
『裏切り者とは言え、お前を相手に同じ部隊を差し向けた所でなぁ。やはり耄碌しているのか。まぁ、そんな事はどうでもいい。ハンゾウ、お前は敵か?』
「無駄に長命な癖して、『百聞は一見に如かず』という言葉を知らんのか? 敵でなければ、ミリテクもアラサカもMAX-TACも
『それもそうか。漸く
「貴様に兄弟呼ばわりされると怖気が走る。オレが鼠なら貴様は猫か? 猫にしては不細工な上に鈍いな。その眼球に歯を立てて食い荒らしてやる」
腰を落とし、腕刃を構える。
己に逃げ場は無く、そもそも逃げるつもりも毛頭無し。此処が死に場所であり、墓場となるのだ。
「はんぞう、さんッ!」
「喋る暇があるなら、足腰立たせて
「無茶よ…サンデヴィスタンを使ったら、今度こそサイバーサイコに」
サイバーウェアに体を置き換え続け、増えれば増える程にその人間はサイバーサイコシスという状態を発症してしまう可能性が高くなる。
サイバーサイコシスを発症してしまえば、その人間は自他の認識すらも曖昧となり、無差別に周囲の人間を襲う凶暴性を獲得してしまう事になる。
デイヴィッドはもう限界寸前だ。あと一度でもサンディヴィスタン―――サイバーウェアの一種。脊髄を丸ごとインプラントに置き換える事で、走馬灯や火事場の馬鹿力を意図的に発生させることが出来る―――を使用すれば、今度こそ発狂するだろう。
「
「でも、何処に逃げれば…」
「知人のリパーに連絡してある。ワトソンまで行け、リパーにしては人が出来た奴だ。心配は無い。追っ手は全て食い止める」
「でも、それじゃアンタが…!」
「貴様とオレは心配し合う程の仲では無い筈だぞ、小娘。御託は
「……それ、遺言のつもり?」
「戯けが。死ぬつもりなど毛頭無いわ。全員切り刻んで説教の続きだ。さっさと行け」
有無は言わさない。背中でそう断言し、ハンゾウは駆け出した。
まって。そんな情けない声から紡がれた、少年の言葉に苦笑を浮かべながら。
―――時間が停滞する。
アメリカの軍事会社『ミリテク』の情報を奪取したハンゾウが、アラサカに情報を提供し、アラサカの技術者達によって独自の改造が施されて開発されたアラサカのサンデヴィスタン―――アラサカ“ツクヨミ”サンデヴィスタン。
コーポの社員はその企業に入社した際に、その企業からの様々なインプラントを提供される。アラサカの場合、分かり易く刀やマンティスブレードといったものが多い。
だが、それは束縛の証でもある。企業から提供されたインプラントのデータ管理を行うのは勿論、その企業に他ならない。企業が裏切り者の粛清やリストラを行う場合、そのデータを抜き取る事でインプラントの使用を封じる。
つまり、裏切れば、或いは切り捨てられれば、その人間はもはや死も同然の未来だけが待っている。
にも関わらず、ハンゾウは今もアラサカのインプラントを使い続けている事が出来ているのは、ひとえに彼の顔が広く、その影響力があまりにも強いが故だった。
「シィっ―――」
「――は―――は―――!」
遅れて聞こえる銃声を取り残す様に、停滞した世界を飛び交うマシンガンの嵐。縦横無尽に繰り広げられる銃火に、鬼は躊躇い無く我が身を踊らせた。
10秒。切り刻む。
8秒。肉薄する。
6秒。攻撃と反撃。
4秒。鉄腕が頬を掠る。
2秒。顔面に腕刃を突き立てる。
0秒。世界が元の姿を取り戻す。
―――地獄が顔を出す。
『わざわざ近付くか!』
「それしか能が無い故」
ランチャー、マシンガン、ショットガン、ハンドガン、ミサイル。様々な武装が展開され、その悉くが殺意を以て鬼へと猛威を奮う。
一撃でも喰らえば命は無い。五体は
そんな事は承知の上。先程はああ言ったものの―――おそらく、生きて帰る事は叶わないだろう。仮に生き残ったとしても、五体満足は無理難題だ。
己が為すべきは、唯一つ―――
「もう十分に現世は楽しんだろう。さっさと黄泉路を渡って死ね」
『それはお前だろ、ハンゾウ!』
巨大な黒腕が振り上げられる。
握り締められた拳は、まさしく鉄塊だ。身体の至る骨を砕き、内臓を潰すだろうそれが、ハンゾウの腹を滑る。
身体を捻って紙一重で死を躱すと同時に、腕刃を剥き出しの顔面へと再び突き立てる。
火花が散る。ニヤリと凶悪に笑った死神が、肩に搭載したミサイルランチャーの銃口を突き付けた。
小賢しい真似をする。内心でそう毒吐きながら、ハンゾウは再びツクヨミを起動した。
時間が停滞した頃には、黒煙が既に溢れていた。眼前にまで迫るミサイルの熱が、この停滞した世界の中ですら嫌という程に伝播する。
クソが。
相手も同じだ。サンデヴィスタンを装備している。ツクヨミ程のものではないのだろうが、それでもこの停滞した世界で同じ様に動いた時点で、余程性能の良いインプラントなのだろう。
回避は間に合わない。僅かに顔を逸らすだけでは、センサーによってその場で爆発するミサイルから逃れる術にはなり得ない。
「一か八か、勝負に出るか」
集中。
護るべきものからすらも目を逸らし、眼前に迫る死にのみ全てを注ぎ込む。
停滞した世界で差し迫る脅威に対し、ハンゾウが取る事の出来る行動など二つに一つと限られている。そういう必然だ。
死ぬか、足掻くか。もはや選択肢とすらも言えない究極のそれに対して、ハンゾウは何の迷いもなく後者を掴んで握る。
火事場の馬鹿力によって極限にまで高められた集中力は、この停滞した世界でただ必死に足掻く事にのみ費やされるのだ。
「――――――シィッ!」
腕刃に雷鳴が付き纏う。
一直線。されど的確にミサイルの軌道を読み、アラサカのキロシですらも認識する事の叶わない速度によって繰り出された斬撃は、眼前の脅威をいとも容易く両断した。
「攻める」
「やれるか?」
一先ずの脅威は消えた。だが、その大元は未だ健在だ。その悪辣な笑みを消す事なく、左腕に備えたプロダクトランチャーを構えている。
停滞した世界が時間を取り戻した直後―――それは疾走した。
「チッ」
不快の念に支配される様に顔を歪める。死神の笑顔が本当に不快だ。心の底から腹が立つ。
どうする。何をする。どう動けば、今こうして迫り来る死を躱す事が出来る?
いや―――そもそも、これを躱す必要があるのか?
振り向く事は出来ないが、そこにあった筈の気配が無くなっている事は分かる。きっと、デイビッド達は逃げ切ったのだろう。
(ヴィクターには世話を掛けさせてしまったな)
あの友人は良いリパーだ。このナイトシティでは物珍しいくらいに。あの男なら、デイビッド達もきっと何とかしてくれる。
設備が足りない場合は、自分の家に行く様に伝えておいた。あそこなら、それなりの設備を揃えてある。施術も楽になる筈だ。
つまり―――もう、抗う必要は、ない。
「………否」
バカが。何を腑抜けた事を考えている。
仮にこのまま死んだとして。
この死神が、アイツらを追わないという確実性が無いだろうが。
今この場で仕留め切れなければ―――自分の死にも意味が無くなるだろうが。
「―――
掛け声と共に、再び時間が停滞する。
『量子チューナー』―――本来ならば、この時代においては決して手に入る筈のない前頭葉サイバーウェア。
一つのサイバーウェアを使い切った時に自動で発動し、そのクールダウンを回復して即座に再使用する事を可能とする。
だがこれはあくまでもプロトタイプであり、オリジナルに比べれば再使用に多大な時間が掛かる上に、自分の前頭葉に仕組まれたそれを認識しなければ機能しないという粗悪品。
だが、それ故に
「ッ……
さらに、前へ。
―――そして、停滞が重なり、世界は停止へと移り変わる。
『ケレズニコフ』。
神経系のサイバーウェアの一種で、基幹系サイバーウェアのサンデヴィスタンとは勝手は違うものの、これもまた時間を停滞させるサイバーウェアの一つだ。
サンデヴィスタンと違う点があるとすれば、その発動時間と停滞中の動き。
サンデヴィスタンは発動時間がそれなりに長い上に停滞した世界でも自分はいつも通りに動けるが、ケレズニコフは自分の動きもその停滞する時間に順ずる。
だが、既に距離は詰まっている。停止した世界で、確実だった死を躱す事が出来ればそれだけで十分。後は、ただひたすらに―――斬り刻むのみ。
『威勢は良いが、舐められたものだな!』
停止の終わりは呆気なかった。
スマッシャーのサンデヴィスタンが起動する。停止した世界の中を、スマッシャーはこともなげに動き出した。
黒い腕が首を掴む。決して逃がす事はないと、力強く握り締められたそれによって、喉は卵の如くに潰された。
骨が軋む。もはや逃げられる術はない。人の死はいつだって呆気ないものだが、それをこう目の前で、己で体験する事になると、漏れ出る不満も無くなってしまう。
思わず、口元を釣った。
油断した。これなら動けまいと慢心を抱いた結果がコレだ。情けない。
『どうした? 死を間際にしておかしくなったか?』
「ぁ、っ……っ、が」
だが、それでも策は弄した。
派手にくたばれ、クソ野郎。
ぱくぱくと口を動かし、世界が時間を取り戻した直後。
―――最後の悪足掻きの様に、鋭い雷撃が炸裂したのを最後にして、ハンゾウの意識は途絶えた。
―――サイバーウェアの完全停止を確認……完了
―――データに甚大な損壊を検知……
―――ハンゾウ・キヌの死亡を確認……完了
ERROR
―――不明のアクセスを検知……
―――ライフコード・ソウルデータの改竄を確認……完了
―――肉体・記憶の再構築を実行……
―――基幹系・前頭葉系・視覚系・循環器系・神経系・外皮系・骨格系・手系・腕系・脚系……全インプラントの再構成を完了
―――サイバーサイコシス発症確率20%……活動に異常無し
―――認証確認……再起動。
ハンゾウ・キヌ
漢字表記は鬼怒半蔵。日本出身のエッジランナーで、ナイトシティの『伝説』の一人だった男。
元はサブロウ・アラサカ直属の特務部隊に所属していたが、訳あって脱退。以降は傭兵として活動し、その圧倒的な実力からソロとして瞬く間に名を広めた。
単独でミリテクの極秘研究所に潜り込み、その兵器とデータを破壊・奪取して生き残った事から『伝説』に名を連ねた。
とある仕事でグロリア・マルティヌスと面識を持つ様になり、それが切っ掛けで彼女の忘れ形見であるデイビッドを引き取る事となった。