魔道具の効果です!と言い張るフィジカルモンスター系ダンジョン配信者 作:匿名
『こんにちは! A級冒険者のユズルです! 今日は発生したばかりの湯島ダンジョンに潜ってみたいと思います!』
家賃三万円のボロアパートの一室。俺は電気も付けずにスマホを右手に握り、あるアプリを触っていた。アプリの名前は「Dtube」。ダンジョン配信プラットフォームとして世界中に何億とユーザがいる、人気のアプリだ。
「Dtube」でお勧めされたライブ配信を見ると、若くて爽やかなイケメンが視聴者に挨拶をしているところだった。俺より少し年上、たぶん二十二、三歳ぐらいだろう。
綺麗に整えられたセンターパートの下に、自信に満ちた瞳がある。
『この奥に進むと、さっそくモンスターが現れます!』
ユズルと名乗った男が右手で合図をすると、AI搭載のドローンカメラが飛んで行き、通路の奥を映した。ゴツゴツとした岩で形成されたダンジョンの様子がスマホの画面に映し出される。それに視聴者がコメントで反応した。
<見た目は他のダンジョンの第一階層と変わらないね。湯島ダンジョン>
<新しいダンジョンだから何があるかわからないよ!>
<ユズル、油断しないでね!【100pt】>
イケメンの役得だろう。まだ何もしていないのに視聴者からスパチャ【100pt】が投げられた。Dtubeでは視聴者はptを購入し、配信者にスパチャとして貢ぐことができる。1ptがだいたい100円なので、ユズルは始まって数分で一万円分のスパチャを受け取ったことになる。
社会の底辺で糞貧乏な俺には信じられない世界だ。
『実はこの湯島ダンジョン、かなり高難易度だという噂が流れているんです。第一階層から強敵が現れるという情報があります』
そう言いながら、ユズルはダンジョンの通路を歩き始める。ドローンカメラがその様子を引きの絵で映した。
ユズルは白く輝く金属製の鎧を身に付け、腰に短剣をぶら下げている。歩く度にカチャカチャカとリズミカルに金属が触れ合う音がした。とても高そうな装備だ。きっと、ダンジョンの宝物から得た魔法の鎧だろう。買えば何千万円もするような代物に違いない。
俺はスマホから視線を外し、自分の服装を見る。先日解雇された町工場で支給された作業着。たぶん、上下で二千円未満だろう。縫製の荒さが自慢の一品だ。
『おっ、さっそく出てきましたよ』
ドローンカメラが捉えたのは、通路を塞いでしまうほど巨大なスライムだった。半透明な体の奥に、赤く光るコアが見える。
<ヒュージスライム! いきなり強敵出た!>
<えっ? スライムなのに強いの?>
<ヒュージスライムは強いよ。打撃や斬撃がほとんど効かないって噂>
ユズルは左腕の内側にスマホを固定しているようで、チラリと視聴者のコメントを確認した。
『じゃ、手始めに剣で戦ってみますね!』
腰の短剣をスムーズな動作で抜くと、徐々に距離を詰めてくるヒュージスライムと対峙するように構える。まだ距離は十メートルぐらいはありそうだ。しかし、ユズルはお構いマシに剣を振る。
『【飛閃】!!』
ユズルのもつ短剣が蒼い光りに包まれ、そのまま斬撃が放たれる。碧く輝く斬撃が凄まじい速度で飛翔し、ヒュージスライムに着弾した。しかし──。
<えっ……!? 効いてない!!>
<無傷じゃん!! ヒュージスライム!!>
<ユズルの【飛閃】が通用しないなんて!!>
──ヒュージスライムは飛ぶ斬撃を物ともせず、マイペースに距離を詰める。ユズルまであと五メートルといったところだろうか。赤いコアの輝きが増し、怒っているように見える。
『なるほど。事前の情報通り。じゃあ、今度は魔法で』
ユズルは踏み出していた足を引き戻しながら短剣を腰の剣帯に仕舞い、今度は右手を前方に構える。
『凍てつけ……【アイスプリズン】!!』
右手が蒼く輝いた途端、ヒュージスライムを取り囲むように氷の檻が現れ、ぐっと縮まってその体を捉えた。やがて氷の檻とヒュージスライムは一体化し、一つの大きな氷像のようになる。
ユズルは氷像に向けて悠然と歩き、すぐ近くで足を止めた。そして、右手の拳で軽くノックする。
ピシリ。と氷が砕ける音。それは連続し、ヒュージスライムの氷像は粉々に砕け散る。残ったのはコア──赤い魔石だけ。
<すげええええ!! 一撃じゃん!!! 【50pt】>
<かっこいいぃぃぃ!! さすがユズル!! 【100pt】>
<やっぱりA級冒険者は違うね!! 【50pt】>
<若手最強はユズルでしょ!! 【100pt】>
ユズルがヒュージスライムを倒した途端、スパチャが乱れ飛んだ。ユズルは照れ臭そうにしながらスパチャをくれた人のアカウント名を読み上げていく。
「なるほど……。冒険者はこうやって稼ぐのか」
俺に冒険者を勧めたのは前職の町工場の社長だ。児童養護施設の紹介で就職したのだが、俺が毎日のように工作機械を破壊してしまうので解雇されてしまった。
その時に社長が「その怪力で普通の仕事をするのはもったいない。冒険者になるといい」と言ってくれたのだ。
「しかし、俺はスキルも魔法も使えない……」
ユズルの配信を見る限り、視聴者が盛り上がるのはスキルや魔法を使うタイミングだ。ただの怪力ではスパチャは稼げないだろう。
ド底辺の俺が這い上がるには、何か工夫が必要だ……。
「一体、どうすれば……」
俺はスマホをボロアパートの床に転がし、その横に自らも寝転んだ。そして、ダンジョン配信者として稼ぐ術について考え続けた。
そしてふと思い出す。昔読んでいた異世界ファンタジー小説に「スキルも魔法も使えない主人公」が、「自作の魔道具を使って無双する」人気作品があったことを。
「……イケるかもしれない」
俺はアパートの天井に向かって呟いた。
#
平日深夜の湯島天神。その横にぽっかり空いた大穴の前に俺は立っていた。すぐ近くには日本冒険者協会の職員が控えていて、ダンジョンに入る者の冒険者証を携帯端末で読み取る役目をしている。
もっとも、周囲にいる冒険者は俺一人。最近出来立てで人気のダンジョンとはいえ、平日の深夜に訪れるモノ好きはいないのだろう。
俺は職員に冒険者証を見せてから、湯島ダンジョンへと足を踏み入れた。
入り口は階段状に整備されていて、それを降りるとすぐに岩で囲まれた洞窟のような空間に繋がった。左手には「転移の間」と呼ばれる安全地帯がある。
「転移の間」には転移石と呼ばれる石があり、自分の到達している階層まで転移させてくれる仕組みになっている。
俺は転移の間でパックパックを下ろし、中からスマホ用の三脚を取り出した。ダンジョン配信用だ。
通常、ダンジョン配信者はAI搭載のドローンカメラとスマホを連携させて配信をする。しかし、ド底辺の俺にはそんなものを購入する余裕がない。
フリマアプリで購入したスマホ用三脚で精一杯だ。
俺は三脚を湯島ダンジョンの通路に立たせ、スマホをセットする。そして、「Dtube」アプリを起動させた。自分のアカウントのホームにアクセスし、「配信開始」の赤いボタンを押す。
「あっ、どうも初めまして。魔道具師のゴンゾウといいます」
当然、視聴者からの反応はない。何故なら、同時接続数がゼロだからだ。少し待とう。
俺はスマホ三脚を壁際に寄せ、自分の全身が映るようにカメラの角度を調整する。俺の格好は下から、安全靴→上下作業着→軍手のみ。
一般的な冒険者が着るような強化スーツや鎧、短剣や長剣なんてものは俺には買えない。冒険者の装備、普通に何十万もするからな。絶対無理。
俺が頼れるのは自分の肉体のみ。しかし、それでは視聴者の注目を集めることは出来ない。華麗なスキルや派手な魔法。それが必要なのだ。
そこで俺が辿りついた答えは「魔道具師」という肩書だった。普通の道具をさも「魔道具」のように扱うことで、注目を集めてスパチャを貰おうという魂胆だ。学もなく、頭も悪い俺が何日も悩んで出した結論だった。
<冒険者っていうか、ただの作業員じゃん!>
コメント読み上げ機能を「ON」にしていると、唐突にスマホから声が聞こえた。初めての視聴者だ! この人を逃してはならない。
「いや、魔道具師だけど」
<魔道具師? 人間が魔道具作れるわけないじゃん!?>
<変な奴、現れたな>
<ここ、どこのダンジョン?>
いつの間にか接続数が二十になっていた。とりあえず配信をしていたら視聴者は集められそうだな。「Dtube」というプラットフォーム自体が人気なのだろう。
「ここは最近出来たばかりの湯島ダンジョン。第一階層から強敵が現れるらしい」
<湯島ダンジョン!? ソロで潜るにはB級以上の実力がないとキツイっしょ>
<ゴンゾウは何級なの?>
<恰好からすると底辺ぽくない?>
「……E級だ。ただし、魔道具師としてはかなりの腕前だと自負している。俺が作成した魔道具を見ていって欲しい」
<おう……そうか……>
<まだ魔道具とか言ってるよ……。やべえやつ>
<いいじゃん! 見てやるよ! ゴンゾウの魔道具!>
俺はスマホを固定した三脚を手に取り、自撮りしながら湯島ダンジョンの第一階層を進む。もう少しすれば、ヒュージスライムが現れる筈だ。
<ゴンゾウ、大丈夫なの? そもそも武器もってなくね?>
<自殺配信は勘弁>
<いいじゃんいいじゃん! 俺は無茶するやつが見たい!>
しばらく歩いていると、ぼんやりと光る通路の先に、半透明の巨体が見えた。幅四メートル以上ある通路を一体で塞いでしまっている。前にA級冒険者ユズルの配信でも見た、ヒュージスライムだ。
俺に気が付いたヒュージスライムは巨体を弾ませながら、じりじりと距離を詰めてくる。
スマホのカメラをヒュージスライムに向けると、視聴者が騒ぎ始めた。
<でかい!! ヒュージスライムじゃん!>
<E級が一人でヒュージスライムは無理っしょ>
<いけ!! ぶつかっていこう!!>
「大丈夫。俺には魔道具がある」
そう言って、スマホ三脚を通路に立てる。ちょうど、俺の背中越しにヒュージスライムが映るような位置関係だ。
「今回、皆に紹介する魔道具は【巨人のグローブ】。これに魔力を流せば、巨人のような力を得ることが出来る」
右手の軍手に仕込んだLEDライトを点灯する。軍手全体が蒼く光った。
<えっ、ただの軍手じゃなかったの?>
<いや、軍手にしか見えないけど>
<軍手だろ?>
ちっ! 疑り深い愚民どもめ! 【巨人のグローブ(軍手)】の効果を見せてやる!
俺は怒りながら作業ズボンのポケットから、湯島天神の近くで拾った玉砂利を取り出す。そして右手に握って投擲の構えをする。
右手の軍手は相変わらず蒼く光り(LED)、一方のヒュージスライムは紅いコアを輝かせながら俺に迫っていた。
<いやいや! ヒュージスライムに物理は通用しないって!>
<ゴンゾウ、逃げて!! お前初配信で冷静な判断が出来てないよ!>
<いいぞ! やれ! 【巨人のグローブ】の力を見せろ!!>
胸の前に玉砂利を持ってきて、左足を高く上げる。昔テレビで見た、プロ野球選手のフォームをイメージしながら──。
投げる!!
ゴオ! と空気の層を突き破り、俺の投げた玉砂利がヒュージスライムに着弾した。玉砂利はその巨体の中を進み、紅く輝くコアまで一瞬で到達する。そして──打ち砕いた。
バシャァァアア……!! と音がして、ヒュージスライムの巨体が弾けた。通路が瞬く間にびしょ濡れになり、俺の足元まで体液が流れてきた。
<……えっ……>
<ごめん。何が起きた?>
<さっきまでヒュージスライムいたよね? なんで消えたの?>
<うおお! すげえ! 理屈は分からないけど! ほら、ゴンゾウ! 【10pt】>
スマホから「チャリン!」というスパチャの効果音が聞こえた。よし……! 初めてのダンジョン配信でスパチャを稼ぐことが出来たぞ! 魔道具師ゴンゾウの未来は明るいに違いない!
俺は気分を良くし、その日は明け方まで【巨人のグローブ(ただの軍手)】と玉砂利でヒュージスライムを倒しまくった。