楽しめるか否か。それが問題だ。   作:ジェバンニ

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賢者の石編残すところ後一話。今月中に投稿できると良いなぁー……。


願い、そして

とっさに反応できなかった私は悪くないと思う。

「……何時から見ておいでだったのですか?」

改めて私は認識した。微笑みを崩さない、目の前の好々爺とした御老体は多分ヴォルデモート以上に侮れない存在なのだと。

「実は最初からじゃ。ハリーがクイレル先生を倒し終えた後で炎の向こう側から来たように見せかけたのじゃよ」

「そんな……ダンブルドア校長ともあろうお方が覗きをするなんて」

ヨヨヨと泣き崩れる私。だが校長は平然としている!

「うむ、いたいけな少女の願いを言うところを盗み見る羽目になってしまったことは謝ろう。

……だがのう。その年で閉心術まで、それもヴォルデモートさえも欺ける物を使用できるような者というのは非常に稀有でのう。どうしてもそんな女の子が一体何を望むのかという好奇心を抑えきれなくなってしまったのじゃよ」

「私がみぞの鏡の中に見たのは先ほど言った通りの物ですよ?……ええと、それ以前に閉心術とは何なのでしょうか?」

私が惚ける為に言った言葉を聞いても、彼のキラキラと問い掛けるような眼はまるで変わっていなかった。

「閉心術とはのう……」

不意に合わせていた眼から私の心の内側へと侵入しようとする何者かの意志を確かに感じた。これは気のせいなんかじゃない。

「ッ……!」

落ち着き、受け入れるようにしてその「攻撃」を私は受け流した。本格的な開心術を受けたのは多分これが初めてだ。先ほどの鏡越しに目を合わせて使われていたヴォルデモートの嘘か本当かを見破るためのチャチなそれとは断じて違う。

「こういうもののことじゃよ」

多少先ほどよりも厳しめの顔でのたまってくれた。

やはり誤魔化しきれないか。

このご老人が最初から見ていたなら、実のところ私は非常に不利である。

私はハリーがやられている時もまるで動揺せずに見ていた。無論目の前で行われていることに驚いて声も出なかったと言い訳をすることくらいは可能だが……それにしても私のその時の表情は普段と全く変わらなかったはずだから。

だというのに一瞬とは言え今のそれで動揺したのはどう見てもまずい。

いや、私の「願い」は見られなかっただろうが、開心術が効かずとも人生経験から私の「嘘」を見破られてしまったのだろう。

中身はそうではないとはいえ、こんな少女に尋問をするなんて何て油断のならない爺さんなのだろうか。

……最もそうでなければヴォルデモートには対抗できなかったのだろうが。

人の良い、単なる善人が最も強大な悪を打ち破ることができると言うのならば、今頃はうちの寮監のスプラウト先生が魔法界最強の座を不動のものとしているはずだ。

「私の願いは……」

仕方なく口を開くかと言ったところで

「ダンブルドア先生~!ハリーは無事ですかい!」

気が付けば消えていた炎の向こう側からハグリッドの巨体が飛び込んできた。

「おお、ハグリッド。ちょうどハリーを運んでもらうために呼ぼうと思っていたところじゃよ」

何事もないように優しげな笑顔で、直前の出来事などまるで関係が無いように。

「ほれ、ミス・レストレンジもハグリッドに途中まで付いて行くと良い。フィルチさんに捕まってもことだからのう」

「……」

気遣うようにハリーに声を掛け続けるハグリッドに連れられて私は罠が解除された部屋の数々を抜けていった。

……偶然とはいえ言わずには済んだし、収穫こそあったものの最後まで主導権は握られっぱなしだったな。

本当に知りたがったのか、あるいはめったなことをするなという警告だったのかは判断不可能ではあるのだが。

三頭犬の間を出て、ハグリッドはハリーを運んで医務室へ。私は途中で別れて勿論ハッフルパフ寮へ……とは戻らずに此処に来ていた。

必要の部屋へと。

きっちりと手順を踏んでいつも使っている現代機器にまみれている部屋を開けた私は崩れ落ちるように座り込んでしまった。

「ああ、きつかった……」

校長とのやり取りの事ではない。無論それもきついものがあったのだが一番はやはり「願い」を見ても平然と嘘を言ってのけること、そのものだった。

みぞの鏡に映っていたのは以前からの予想通り「前世の私自身が友達や親しかった知り合いに囲まれている姿」だったのだから。

 

ユースティティアとしての生を受ける前の話をしよう。

といってもまあ、私自身の前世の名前はどうでも良い。もうその名で呼ぶ人などいないのだから。確かなことを言えばあの日、通り魔に刺される直前まで私は某大学の女子大生をやっていたということだった。

その日、一浪して入った大学を卒業間近となった九月末のある日、ようやく就職が決まった私は、文芸サークルでの既に決まった仲間たちと共に打ち上げをしていたのだ。

例によって例のごとくそれなりに楽しく呑んで食べて騒いで――その帰りに通り魔に刺された。

「あれ……?」

酔っていたせいか痛みが伝わるまで少し時間があったことを覚えている。

倒れて、初めに気が付いたのは熱さ。ナイフで一突きされ、それが引き抜かれた腹部から鈍い痛みがあって、その次に気が付いたのは自分の血が、生命が流出していっている嫌な感覚だった。

少ししてから身体を動かそうとして力が入らないことに私は気付く。肩下げ鞄に入れていた愛用の携帯電話を取り出すことさえもできなかった。

酩酊した頭でそれでもなお焦りは確かに感じていることを自覚しつつ、ただ時間だけが過ぎていく。

「動いて、動いてよ……!」

口を開くと、我ながらそれは弱々しい声だなと思う物が出てきた。

私を刺していったのは黒い服を着た男だったように思う。見覚えがなかったことから恨みとかそういう理由ではないのだろう。

暫く、といっても出血死するまでの短い時間だと思うが身体を一切動かせないことで諦めがついてしまった私はそんなことを考えた。そうして

「ああ、悔しいなぁ」

と意識を失う直前に呟かざるを得なかった。

これからサークル仲間と一緒に卒業旅行に行く相談を、ついさっきまで楽しくしていたというのに全部無駄になってしまうじゃないか。

前世の私、次の誕生日が近かった享年二十二歳という他の人にとってはただそれだけの話である。

 

だがこの世界に生まれ落ちたばかりの私には未練があった。

一緒に悪い顔をして遊ぶ友達が居たのだ。くだらないといって良いような、取るに足りない話を聞かせたり聞かされたりする友達も、告白できなかったとはいえ好きだった人だって居た。

人間関係に恵まれていたと自信を持って言える、そんな前世を簡単に忘れられるはずが無いじゃないか。

あんな所で死にたくなんてなかったというこの思いを消すことなんてできはしない。

私はだからこそ「ハリー・ポッター世界の魔法」や必要の部屋に「期待」した。

全てを覚えているわけでは無いけれど魂を分割する術があったのだ。

あるいは前世の自分に転生しなおせるのではないか、やり直せるのではないか?と。

人ならざる者の力、神様であれ運命であれ、その他別の何かであれ、それらの力を借りない物……といっても必要の部屋に頼る比重が大きかった以上、それが正確にそうと言えるかどうかは自信が無いのだが。

魂を分割する術がある以上、魂を「送る」術があってもおかしくないのではないかと言う考えを抱くのが間違いだとは思えなかった。

だというのに私は人の手による転生、すなわち「人為転生」とでも言うべきものが可能なのではないか?という仮説を建てた上で、その大部分の可能性が潰えてしまったことを今日、この夜知ってしまったのだ。

以前試した時は元の世界に転生させる術に関する知識も、方法も、手段のどれも手に入りはしなかった。最初は願いが足りていないのかとも思ったのだが……。

日和ってしまったつもりは一切ないが、生きているうちに現世で違う願いを抱くようになってしまったのではないか?と。

そう思いはしたものの、やはり私の願いはあの状況でもあれで合っていた。とすると認めたくはないが、間違っていたのは必要の部屋でそれが「可能なのではないか」と思ったところなのだろう。

およそほとんどの願いをかなえるこの場所なら、忘れてしまったとはいえ、少なくとも此処に通う学生のうちに自力で見つけてそれを実行できると踏んでいた。

……女子トイレのトロールの事で危機感を覚えてからは手段を選んでいられなくなったから多少ズルはさせてもらったが。

「ああ、悔しいなぁ」

図らずしも前世の私の最後の台詞と全く同じことを呟いてしまった。

ひょっとしたら不可能なんじゃないかとも思ってはいたがこんな形で、未だ一年目なのにそれを知ってしまうと心の支えが消えてなくなってしまったような感じさえしてくる。

駄目だった場合は、不可能なことに無駄に時間を潰さなくて良かったと言うべきところなのかもしれない。だがこの夜の私はそんな気になれず、気力をすっかり失ってしまった私はこの部屋で一晩過ごさざるを得なかったのだ。

 

そして朝が来た。

……皆もそろそろ起きだしてくる時間ではあるし私も行くとするか。

適当に出した洗面所で髪や歯を整えた後で、我がハッフルパフ寮のテーブルへと赴くことにした。

この部屋を見納めてから、この部屋に関しては二度と開かないことを固く誓ってから。

前世のゲームやら何やらが懐かしく、ついこんな部屋を開けてしまったのだが、過去に耽溺するだけなら「みぞの鏡」を見るだけの廃人と同様だろうと思ったからだ。

もう、私はこの世界で生きていく魔女の身なのだ。きっと後ろばかり見ていられない。

「あ、おはようティア」

「おはようございます、ハンナ」

大広間に辿り着くと同じ寮の愉快な仲間たちは既に全員席に着いていた。

「どうしたの?酷い顔よ」

「体調悪いの?」

スーザンとエロイーズが言ってくる。鏡で確認して、薄く化粧を少ししてみたのだがやはり同性に隠すのは無理があったか。

「心配しなくても大丈夫です。暫く安静にしていれば良いだけですから」

「そう、なら良いけど」

そう言いつつもハンナは心配そうにこっちを見てきたのでできる限りの笑顔で応えることにする。

「本当に大丈夫ですよ」

と。

あくまで寝不足と失望とが祟っているだけなのだ、何処か悪いところがあるというわけではない。

「にしてもティア、貴女昨夜は何処にいたの?朝見ても戻ってきた様子が無いからびっくりしたわよ」

オレンジジュースを欲しい人全員分を継ぎながらスーザンが尋ねてきた。

「ちょっと夜の冒険に出ていまして」

「おいおい、ハッフルパフが減点されるようなミスはやめてくれよ?」

嫌味のザカリアスが言ってくれる。

「失礼な。私が減点されるような証拠を残すわけが無いじゃないですか」

「減点されるようなことをしないっていう問題ではないのですね……」

ジャスティンが苦笑しつつスクランブルエッグにフォークを伸ばした。

そう、これが今の日常。

それ自体に不満があるわけではないし、私の事を気遣ってくれるような人間関係に恵まれていないわけでもない。

ただ、それでも何かが足りない気がするのは贅沢という物なのだろうか?

「ああ、何が足りないのか……」

「ん?試験のことかい?」

アーニーが勘違いをしたようだ。まあ、たとえ言っても詳細が分からないようにしてあるのだから当然と言えば当然なのだが。

「まあ、そんなところです」

本当のことを言っても意味なんてない。

この痛みは私だけの物なのだから。

「いや、性格はともかく君の頭は悪くないだろう?何か心配することがあるのか?」

「……まるで私の性格に問題があるように聞こえますがそれは置いておきましょう。

いえ、前々から企んでいたことが没になりまして」

「企んでいたこと?」

何やら聞いていた面々の顔が胡乱な物を見る目だったが無視しておいた。

「ええ、ちょっと欲しい物があったのですがそもそも「存在しない物」だった、というだけの話なのですよ」

「それはまた……」

周りの人々が咎めるような視線でいるのはそんなことを願ったことなのか、それとも存在しない物とそうでないものの区別くらいはつくだろうということなのか。

「魔法界にも存在しない物なんてあったのですか?」

ああ、ジャスティンはそういえば魔法界の常識に疎かったのだったか。

「魔法も万能ではないというのはある種この世の真理みたいなものらしいですよ?」

死者を生き返らせることはできない、永続的に人の心を繋ぎ止めてはおけない、願ってもいないことは叶わない。

賢者の石や死の世界への入り口、逆転時計に神秘部の最奥の部屋など理解を超えたものは幾つか存在しているようではあるだが。

「はあ、そうなのですか。……ならそれを作ってしまうのはどうでしょう?」

「は?」

今なんと言った?この天パは。

「ですから作ってみては?と言ったのですよ。存在しない物は別に『作り出せない物』なのかどうかまでは決定していないのでしょう?なら試してみれば良いじゃないですか」

新しい魔法、あるいはそれに類似した道具を創り出す、か。

その発想は無かった。

考えてみれば魔法薬のスネイプ先生は「マフリアート 耳塞ぎ」や「セクタムセンプラ 切り裂け」といった呪文を開発しているし、ヴォルデモートも箒無しで空を飛ぶ術を開発していたはず。

そうか、魔法界の常識に毒され過ぎていて、未だ私自身もこの世界の可能性について詳しく知っているわけでは無かったな。

私は賭け事が嫌いだし、その中でもこれは特に分が悪い気もする。

だけど万が一方法が残っていたのに見つけられなかったら絶対に悔いが残ってしまう。

「ありがとうございます、ジャスティン。何か元気が出てきました」

「え?ああ、はい。どういたしまして」

さて、これからの方針が決まったところで私はハリーとの「賭け」の代金を受け取るべく準備を始めた。

色々と魔法界のことを知るために、力を得るためにまずしなければいけないこと。

それは今までずっと気になっていたことの一つを明らかにすることだ。

前々から疑問に思ってはいた。

百味ビーンズの味は本当に百種類あるのかと。

ちょうど良いハリーという実験材……もとい被験者を得るべく行動を開始しようと決意したのだった。

目が覚めたハリーに食べさせるための百味ビーンズを山ほど、そして魔法薬の授業でも使用していた漏斗を用意しておくため朝食の後、私は駆け足で自室へと向かった。

何が足りなかったのかって?

それは多分やる気とか目標とか、そこら辺の物だったに違いない。前世の私はもっと面白い物を積極的に見つけようとギラギラしていた記憶が確かにあるのだから。

 

なおハリーの犠……協力で分かったのは百味ビーンズの味は千百種類以上あるということだった。しかもなお増え続けているようなのだ。これらのことから言えるのは自動で味が更新されるシステムになっているという仮説が立てられることだろうか。

ハリーが社会復帰するのに一日かかり(要するに食べさせ過ぎてお腹を壊した)マダム・ポンフリーにはしこたま怒られる羽目になった。だけどそこには奇妙な爽快感があったことを此処に記しておくとしよう。




ハリーの腹筋じゃなくてお腹がクルーシオでござる。

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