楽しめるか否か。それが問題だ。   作:ジェバンニ

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一か月が過ぎた。

遅れた理由は普段性格がアレな主人公を書いているせいで純真な男の子を書くのが難しかったからなのです。

※今回他者視点注意。


一年が過ぎた。

最近ではあまり見られないような赤い色の機関車に僕は乗った。

9と4分の3番線のプラットフォームで見たそれは電気で動くものではなく、明らかに蒸気機関が搭載されたそれだったのだ。

物心着いて以来僕の周りでは不思議なことが起こっていたわけだけど、特別な観光地でもない「キングス・クロス」の駅から魔法学校へ行ける列車に乗るというのは、別けても奇妙な体験だと思う。

僕はジャスティン・フィンチ・フレッチリー。こちらで言うところのマグルの両親の間に生まれた魔法使い……見習いだ。

 

眺めの良い席に座れたのは幸いだと思う。

というのも外の景色を見ている振りができたからだ。

既に魔法界の特徴的な衣装、ローブを纏っている男の子二人にどう話しかければ良いかなんて僕には分からない。

この二人はおそらく魔法界でずっと生きて来た家の子達なのだろう。……僕みたいなのとは違って。

イートン校、そこに通うはずだったのに何故僕はこっちに来てしまったのだろうとこの時は本気で後悔してしまった。

まあ、それは面と向かって魔法界で言うところのマグルたちに化け物とか言われたせいではあるのだけど……。

ダイアゴン横丁に初めて買い物に行く時に付き添いをしてくれた、僕が魔法使いだと教えてくれた育ち過ぎた蝙蝠みたいな先生は「ホグワーツには四つの寮があるが、僕はとある寮には向かないだろう」と詳細を教えてくれた上で忠告というか宣言さえもしてくれたのだけど、きっとこの子達はそこに所属しているような純血の名家の子に違いない。

本当にどうしよう。母は僕の意志を尊重してはくれたのだけど……。

「君、随分マグルの恰好が上手いな」

「ああ、ローブ以外の服というのは僕たち一般的な魔法族には違和感が酷いからね」

少し太った男の子がそう言うと、然り然りとでも言うように背の高い方が頷いた。

「え? ああ、僕マグル生まれ……であっていますよね? です」

「へえ?」

「そうだったのか。道理で……僕はザカリアス。ザカリアス・スミスだ。純血のスミス家出身だな」

とブロンドの男の子が言った。

「ぼくはアーニー・マクミラン。九代前まで遡れる純血の家出身だが、スリザリン生まれの者とは一緒にしないでくれ給えよ」

何となく気取った感じの言い方がするちょっと太った男の子がそう名乗った。

そう言って握手を求めて来た二人は、何だか取っ付き難い感じという物がまるでしなかったのだ。

「ジャスティン・フィンチ・フレッチリーと言います。よろしくお願いします」

この時はそうだと知ることはなかったけどそれが一緒の寮で、ルームメイトにもなる同い年の二人の友達との出会いだった。

「ところでお腹が減ってしまったな。母の話ではこの特急の中では車内販売がちゃんとあるそうだから何か買わないか」

そう言いながら今か今かとコンパートメントの外をザカリアスは見ていた。

僕も緊張感が取れて多少空腹を覚え始めた頃だったので丁度良いのだけど

「賛成だな。おい君、百味ビーンズは食べたことがあるかい?」

「いえ、無いです。……どんな物なのですか?」

ダイアゴン横丁に連れて行ってもらった時は緊張や萎縮、それから好奇心故に食べ物にまで目が向かなかったけどジェリービーンズの一種なのだろうか?

「説明しておこう……」

アーニーがもったいぶって説明してくれた魔法界特有の食べ物は、何だか僕の身からすれば想像しづらい物ばかりだった。

それらの全てが実在し、どれも一つずつ買って食べたそれに感動したと同時に、今までの常識が崩れていく音が聞こえてくるような物ばかりだったのはまあ余談だと思う。

どうやら同い年のマグル生まれと会うのは、この二人も初めてだったらしく話は大分弾んだ。

……何だ。魔法族と言ってもマグルとこういうところでは変わらないじゃないか。

彼らによればある程度は「血」で自分たちの行く寮の見当は付くそうだけど、そんな物には縁の無い僕も、彼らと同じハッフルパフ寮に行きたいなとその時は思えたのだ。

そうして時間が過ぎて行き、僕たちは汽車から降りた。

暫く歩いてから見上げた空から、威風堂々たるホグワーツ城がその姿を僕たちに見せつけたのだ。初めて見たそれは圧巻だった。

白い月の下、城の窓から漏れ溢れる明りは大変に「魔法的」で、一度家族でフランスを旅行した時に見たどの城よりも迫力という意味では上だったと断言できる。

「じゃあ、僕はこのボートに」

「僕はこっちだ。また後で会おう」

……そう言ってせっかく親しくなった彼等とは別のボートに乗ってしまったのだけど悪いことばかりでは無かった。それからこの後の組み分けられた寮で親しくなる新しい友達に出会えたのだから。

 

ルーブル美術館で見た世界で最も有名な絵に、目の前の彼女はと言えばそのミステリアスな雰囲気が良く似ていた。

ただし、その表情を除けばという条件が付くのだが。

初めて見た時、彼女は泣きそうなように見えた。

アンニュイな表情のその子は、艶のある前が切り揃えられた豊かで長い黒髪に、理知的で深い色をした蒼い瞳、そして月の下で輝く色白の肌にとても長い睫毛をしていたのだ。

もし僕がタイトルを付けて良いなら彼女の事をこう僕はこう評しただろう。

即ち、目の前にある作品こそが『憂いのモナリザ』なのだと。

その表情が悪いとは言わないけど、可愛いというよりは美人だという形容詞が似合う彼女が浮かべるには、感動するべきこの状況は合っていないように思えた。

だからこう声を掛けたのも宜なるかなと言ったところだろうか。

「やあ、どうかしましたか?」

僕が声を掛けた意味が理解できなかったのか

「え……?」

という返答が帰ってきたのだけど、少なくとも調子が悪いとかそういうことでは無かったのだろう。杞憂だったようで良かった。

「失礼。その、調子が良くないように見えたものですから」

そこで彼女は合点が言ったように、その良く響くアルトの声で

「ああ、なるほど。いえ少しばかりホームシックになってしまっただけですよ。家から少しばかり離れた場所に来てしまいましたから」

と応じてくれたのだ。

暫く当たり障りのない会話をして、それから直ぐに二人とも他の同乗者と共に小舟から降りる。二人で話したのは数分、ほんの短い間の出来事に過ぎない。

だけど彼女が先ほど見せた、少し疲れたような力の無い微笑みは、新入生が待機する控室で「組み分け」が始まると聞かされるまで僕の印象に深く残っていた。

 

先にハッフルパル寮の席に座っていた僕は彼女が呼ばれて、初めてその名前を知ることができた。

どうやら彼女はユースティティア・レストレンジと言うらしい。ファーストネームは、確かローマ神話の正義の女神様だっただろうか。僕と名前自体は似ている。

いや、一応言い訳をしておくと出会った時から気にはなっていたのだけど、その時にはそこまで気が回らなくて……。

女の子と会って名前を聞かないなんて、と思う人が居るかもしれないが無邪気だったキンダーガーデンの頃じゃああるまいし、僕には少しばかりハードルが高かったのだ。

堂々たる様子でまるで気にしていない様子で彼女はボロボロの帽子へと進んで行った。

ああ、これがきっと魔法族の名家なのだなと思わせるような毅然とした態度は、それまでにみんなの前で寮を決定されたどの女の子よりも彼女に合っているような気がした。

気になる彼女が行く寮は……一緒だ!

ただ帽子を椅子に置くだけという動作さえも優雅にこなした彼女は、僕たちのテーブルへとゆっくりと歩いてきた。

自身の事を「ティア」と呼んで欲しいと言ってきた彼女は、表情が大抵の場合は一定で、その謎めいた感じは消えなかったのだけど、話してみると最初に抱いた印象以上に快活な人だった。

「正義の女神のユースティティアと呼ばれるのは気恥ずかしいじゃないですか」

スーザンやハンナを交えたその日の夜の食事時の歓談の場でそう言って照れたように笑う、ただそれだけが本当に様になっている人だったのだ。

彼女がどうしてこの寮に入ったかを聞いた時は「スリザリンに入ってくれなくてよかった」と心の底から思った。

 

とまあ外見や仕草などを上げ連ねてみたが、冷静に見てみれば彼女はかなり変わった人だったと言える。

魔法薬の授業では大体においてあの威圧感すら感じさせる怖い先生をキラキラとした瞳で見つめていたし、明らかに答えられないような質問を三つほど出されてもそれら全てに正解していたのだ。

「偶然ですよ」

と後で訊いたらパタパタと手を振りながら答えていたけれど、三つ続けば偶然じゃないっていう言葉を彼女は知らないのだろうか?

 

それに僕たちは七人(僕、アーニー、ザカリアス、スーザン、ハンナ、エロイーズ、そしてティア)で行動することが多かったのだけど彼女だけは不意に姿を消すことが良くあった。

もちろん僕たちは彼女のとんでもない方向音痴について既に同学年の誰よりも深く知っている自信があったわけだけど、姿をくらました全てが迷子になっていたからだとはどうしても思えない。

おまけに彼女は休日には大体何処に行ったのか分からなくなっていたのだ。勿論昼食や夕食は時間が決まっていたから食事自体は一緒に取ったけど……。

気になって一度聞いてみたら

「秘密です」

と例によって例のごとく、自分の口の前に右手の一本指を立てて少し謎めいた感じのする微笑みを浮かべるのだ。

挙句の果てにはティアが休日をどう一人で過ごしているのかを明かした人に仲間内でのみのそれとは言え、少なくない賞金まで賭ける顛末だ。

何度か僕たちが後をつけてみても、その度に撒かれてしまっていたからこその措置ではあるのだけど。

……彼女はどうしてあんな技術を持っていたのだろう?

 

そして極め付きに変なのは彼女のゲームの強さ、だろうか。

例えば休日彼女が姿を消している時以外で「勝手にシャッフルするトランプ(魔法界ではごく一般的な遊び道具だ)」を使って何時もの面子で遊んでいる時の話だ。

「嘘だろう……!?」

「またティアが一番早く上がったわね」

ザカリアスが悲鳴を上げた。続けて未だそれなりにある手札に頭を悩ませている様子で言ったのはスーザンだ。

まあ、無理もないと思う。ティアはこれで十回中八回は最初に上がっていたのだ。オールドメイド(ババ抜き)の勝負で。

その勝負運の良さもさることながら相手の手を読むのに、彼女はあまりにも長けていた。

例えば神経衰弱をやってもほとんどのカードを揃えて行ってしまうし、セブンズ(七並べのこと)でも大体誰がどのカードを出して欲しいのかが分かるらしい。

僕にしても一対一魔法界のチェスをやっていた時でさえも、まるで彼女に心の中を覗き込まれているような感じさえしていたのだ。

まさか心の中を読めるなんてことはできっこない……と思いたいけど彼女ならできても不思議じゃないかもしれない。

兎に角僕から見たユースティティア・レストレンジと言う人は同年代ではそれなりに綺麗で、そしてその性格と行動が不可思議なそういう人だった。

 

だけど別に僕たちは彼女の事を嫌っていたわけでは無いのだ。

彼女はと言えば自身の白い梟に「メルロン」という名前を付けるほどに同い年の子達との友達付き合いという物に憧れを持っていたらしい。

初めて彼女がその名前を口にした時、僕は彼女が『指輪物語』を既読だったことに驚いたものだ。

「驚きました。魔法界の人はマグルのお話なんかに興味を持っていないようでしたから」

「ああ、叔父が……テッド叔父様がそういうのを好きでして。私も幼い頃そういうマグルのお話に触れていたのですよ」

ティアが挙げていたテッドという彼女の叔父は僕と同じマグル生まれで、どうやら魔法界に接触しながらもある程度の娯楽に関してはマグルの物を愛用しているらしい。

たまに彼女も彼から教えてもらった「間違った知識」を披露することがある。

「マグルって自転車なる乗り物に大きめの庭小人を乗せて空を飛ぶと聞いたことがあるのですが本当ですか?」

それはハリウッド映画だ。

「聞いた話、マグルの自動車は時間旅行できる物らしいと聞いているのですが本当のですか?」

それもハリウッド映画だ。

「マグルの絵本の中に母親が子供の首を絞めて恐喝しているウサギの話があるらしいのですがそれは本当ですか?」

……それは子供のウサギにボタンを掛けている微笑ましい場面だ!

彼女と話していると疲れる時があるけれど、冗談を言うのが好きでその場を笑いで明るくするところは僕たち皆が気に入ってはいる。

 

とまあこの一年のことを今日行われる学年度末パーティ、その開始前に僕は振り返っていたのだ。

「どうしたんですか? ジャスティン、御馳走が楽しみで待ちきれないのは分かりますけど、その前に寮の獲得ポイントが発表されるみたいなので聞き逃しては駄目ですよ?」

「僕はどれだけお腹を減らしているんですか。……そうじゃなくて一年が終わるこの時間が感慨深くて物思いに耽っていただけです」

そうこの一年を振り返ってみて色々あったなということを思い出していた。ただそれだけなのだ。

ティアの思い出が多いのは多分彼女の性格に依るところが大きいに違いない。

話を戻してみればそう、今夜は学年度末。先輩方の話ではスリザリンが一位であるのは確実で、しかも僕たちの寮も最下位を脱出できる可能性が高いということだった。

というのもつい最近歴史的な大敗をクィディッチで経験したグリフィンドールだが、全部合わせた合計点数に関してもどん底に落ちてしまうほどだったからだそうだ。

この後で校長先生が告げた各寮の点数を聞いてみて、それはやはり間違っていなかったということを僕たちは確認した。

気になる結果はスリザリン五二二点、グリフィンドール三六二点、ハッフルパフ三七八点、レイブンクロー四二六点とのことだ。

……あの寮が一番だというのは嫌だけど、僕たちも今年は最下位を脱出できたじゃないか!という静かな喜びをハッフルパフ寮の誰もが胸に秘めた時、それが起こった。

校長先生によれば「つい最近の出来事を勘定に入れなければならない」という名目の下でグリフィンドールの点数が上がっていったのだ。

これは……ひょっとすると!?

思った通り、スリザリンの点数はグリフィンドールに追い越されてしまった。

どうやらハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーがそれぞれ高得点を得るに値する何かをあの夜やったらしいのだ。

賢者の石、マグルの伝承でさえ知られているであろうそれを守る為にかの三人が奮闘したことは既に僕らは知っている。

詳細がある程度分かってはいたというか伝わっていたのだけれど、ティアによればロナルド・ウィーズリーあたりが自慢げに吹聴した可能性が高いのではないですか? とのことだった。

実際に守り切った後で医務室から退室してきたハリーは、この世の地獄を見たという顔をしてげっそりとやつれていた。さぞ厳しい戦いがあったのだろうと僕は思う。

……何故かティアが目を逸らしていたのが気になったけど。

と、グリフィンドールがスリザリンと同点になっても結局点数の繰り上げは終わらなかった。僕たちの間でも良く知られた、何故ハッフルパフ生では無いのかが不思議なネビル・ロングボトムも十点を貰った。

これでグリフィンドールがトップだ!

「そしてハッフルパフ」

ええと、僕たちで点数を貰うような誰かが居ただろうか……?ハッフルパフ生の誰もが不思議そうにしている気配がした。

「何物も崩すことができないようなその類まれなき冷静さと判断力を見せてくれたユースティティア・レストレンジを称え、ハッフルパフに五十点を与える」

何時もは冷静で表情があまり変わらないティアがこの時ばかりは目を丸くしていた。

ハッフルパフ寮からはグリフィンドールが一位になった時以上の歓声が上がっていてほとんどの人が気付いていなかったが。

「何で……?」

そんな彼女の小さな呟きを聞いたのも僕とそれから彼女の直ぐ横に座っていたスーザンくらいのものだと思う。

経過はどうあれ、これで僕たちはレイブンクローを抜いて三位になれた。彼らからは恨みがましい眼で見られたけどそんなことはこんな日には知ったことじゃない。

だけど御馳走が皿に盛られて、宴会が始まった後でザカリアスが

「君は一体何をしたんだい?」

と訊いた時、彼女は例によって例のごとく謎めいた微笑みを浮かべてこういったのだ。

「秘密です」

と右手の一本指を立てながら。

 




寒ければ寒いで、暑ければ暑いで執筆意欲が削られてしまう……。私は春と秋が好き。

Q もしも開心術が使えたらどうする?
ティA それは勿論ギャンブ……世界平和の為に使うに決まっているじゃないですか!

作中の事は、つまりはそういうことです。まあ、彼女は何種類かのイカサマの方法も知っていますが。

むう、色々忙しくて次話投稿は9月以降になってしまいそうです><
賢者の石編はこれでおしまいー。

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