楽しめるか否か。それが問題だ。   作:ジェバンニ

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今年の寒波を舐めていました。ジェバンニは嘘つきでは無いのです。ただ間違いをするだけなのです。そんなわけで今年もうちの変な子の奇妙な冒険をよろしくね!


私の立ち位置について

その日の夜遅く、つい先ほどまで楽しげな興奮に包まれていたハッフルパフ寮の談話室は今や別種類の興奮に包まれていた。

それは押し殺していた歓喜や、出されたお菓子や料理の数々に対する幸せな思い出と言った良い物ではない。

困惑、それから少し残酷な喜びと言った物が皆の顔にありありと浮かんでいたのだ。

 

「ミセス・ノリスのやつ、ざまあみろ!」

「継承者……? 一体何のことなのかしら」

 

ザカリアスが喜び、ハンナが不思議がった。

周りの声に耳を傾けていると、大体この二つに反応は分かれているようである。

まあ、ミセス・ノリスについての感想は無理もないだろう。

子供の世界では密告屋というのは酷く嫌われるものであって、特にミセス・ノリスの場合何か生徒にとって不都合なところを見られると、間髪入れずにまるで知らせが入れられたかのようにフィルチさんが飛んできたから、大多数の私たちはと言えば彼女に対してそう言った悪しき印象しか持ち合わせが無かったのだ。

 

え? 私? 勿論ミセス・ノリスは可愛らしい「あんちくしょう」だという印象しかない。

 

私は後ろ暗いことなど(少なくとも直ぐにばれるようなことに関しては)したことがないし、お気に入りのキャットフードを何時も渡しているせいか彼女に好かれているみたいだったからだ。

しかし、私自身は当然今回の事に対して特に思うことなどは無い。

薄情だと言われるかもしれないが「私が巻き込まれなければ良いな」という程度の感想しか持ち合わせがないのだ。

理論上は、中身はともかくユースティティアという女の子に生まれ変わったこの体は自他共に認める純血の雄(女だが)であり、狙われるような理由が今のところない、はずであるが、去年多少巻き込まれたことを考えると油断してはいけないような気がする。

あるいは私の事を友達認定しているハーマイオニーが、私に対して助言を求める可能性も無いでは無いが当然私は関わる気が無い。

もしも「力を貸して欲しいの」と言われても「私も自分の命が大事ですので」の一言で切って捨てるつもりだ。

事件が起こることは必然であったのであり、去年みたく一連の事件に関わる必要性というかメリットが無い以上、一般人としては当然の反応だと私は認識している。

 

そもそも犯人、また犯行に使われていたブツ(生きている存在と『日記』に関してだ)を知っているとは言え、それを正直に誰かに話したところで「じゃあなんでティアはそれを知っているの?」と問われてまさしく藪蛇になり兼ねない。

トロールの時みたいに誰かの命がベットされているような、胃が痛くなるような極めて危うい状況に、一体誰が好き好んで参加しなければいけないというのだ。

そんな義理も義務もないのに。

 

より実際的に言うならば、かの『日記』は、現時点で厄介な静物兵器(誤字では無い)であるし、今の私には破壊するのが不可能な代物なのだ。

無効化する手段が無い爆弾に、私は解除しに挑んでみようとするほど怖れ知らずでも無謀でもないのだ。

私は戦うのが好きじゃない、勝つのが好きなのだ。

ある程度彼ら「仲良し三人組」と繋がりができてしまっているとは言え、この秘密の部屋という舞台で「彼」と戦うには手札が足りなさ過ぎる。

このケースみたいに恐ろしいほどの運が左右される事態と言うのは、中身が一般人な私みたいなのではなく、驚異的な運命を与えられているハリーみたいな存在にこそお似合いなのだ。

故に必要に迫られて仕方なく関わってしまった(今思えばそれは幸運なことだったのかもしれないが)去年と違って私はただ傍から騒ぎを見物させてもらうつもりだった。

 

この時点では未だ。

 

そう、私は何も知らないことになっているのだから。

故に

「ねえ、ティア。秘密の部屋って何なのか知っている?」

と言う問いにも

「さあ、何なのでしょうね? 確か『ホグワーツの歴史』という本ならあるいは何らかの言及があるのではないでしょうか?」

さも何も知らない振りをして返答したのだった。

 

それは翌日の朝食の席でのことだった。

「壁に残された文字に『継承者の敵』ってあるけどやっぱりマグル生まれの事だろう? 僕たちは安全なんじゃないかな」

「心配があるとしたらジャスティン、君だろうな」

「僕が……」

順に思案顔のザカリアスにアーニー、そして不安そうなジャスティンの台詞である。

あの後で寮の自室においてある自前の『ホグワーツの歴史』を彼らに貸したのだが、大した情報は本の中に見当たらなかった。

精々がスリザリンの思想に加担するような存在だということくらいしか分からなかったのだ。

無知な者でも想像はできるからこその意見が飛び交う中、私はと言えば常日頃と変わらずにオレンジジュースを頂いていた。

「つまりそんな『継承者』なる人物がこのホグワーツに居るみたいなのですが一体どんな人物なのでしょうね?」

「何のことだか分からない『秘密の部屋』というのも気になるわね」

私の言に相槌を打ったのはスーザンだった。彼女もザカリアスと同じくらい知りたがりなので私から件の本を昨日より借りている。

なお次の借り手はジャスティン、ザカリアス、アーニー、ハンナ、エロイーズの順ということになっているのだが、うちの寮を中心に他にも借りたがっている人たちは多そうだった。

以前図書室を見た時には何冊かあったような気もするが、遠からず争奪戦になるのだろうなと私は少しぼんやりした頭で考えた。昨夜遅くまで女子寮の自室で他三人と話し合っていたので少し寝不足なのだ。

故にザカリアスが話しかけてきていたのに、まるで気が付けなかったのはそういう理由であって、決して彼の事を無視して苛めて楽しんでいたわけでは無いと言うことを此処に付け加えておこう。

「君は僕に恨みでもあるのか?」

 

……以前聞いたロンのそれと同じくらい情けない声で尋ねてきたが今度こそ丁重に、そして正しく無視させていただいた。

 

ハンナやアーニーの議題は継承者が誰なのかに焦点が移っていて私も意見を求められたわけだが、見当も付きませんとしか今の私には言いようがない。

そんな四方山話をしつつ私たちは今日も今日とて授業へと向かっていったのであった。

 

その日授業後にフィルチさんの部屋を訪れると、そこにはなんとフィルチさんのちょっと見苦しい泣き顔が!

ミセス・ノリスの見舞い、という名目の石化状態の見物が主目的ではあるのだが来る時を間違えてしまったのだろうか?

「ああ、ミス・レストレンジ。もしかしてノリスのお見舞いに来てくれたのか?」

私が手に持っているミセス・ノリス愛のお気に入りのキャットフードを見たら誰だってそう思うだろうな。

「はい、そうです。こんなことになってしまって何と言っていいのやら……」

が本当の理由を懇切丁寧に説明する気は無いので有耶無耶に誤魔化しておいた。

物が色々乗っていてごちゃごちゃしている管理人さんの机の上に彼女は居た。

古びた少し汚い机の上に、適当なサイズの蓋の空いた木箱が置かれ、その内に白い布の上に安置されていたミセス・ノリスだが本当に石化しているのだ。

といっても灰色の形の石像になっているというわけでは断じて無かった。

時が止まった様子と言うのが一番近いのではなかろうか?

その姿形はそのままに、眼をカッと見開いたまま「停止している」彼女はとても……可愛いらしい。

いや、少し違う。撫でてみると分かるが何だか手触りがカチコチしていて、死体ではありえない「温度」があったのだ。

何だかこのままずっと撫でていたい感じのちょうど良い温度だった。中世では猫は悪魔の使いだったらしいがその理由が今分かった。こんなに可愛くて人類を堕落させるような生き物は他に居なかったからに違いない。

癒し系の文鎮代わりに貰えないかな? ……貰えないだろうな。

ほんのちょっぴり残念だがフィルチさんの顔を見た限り許可は諦めた方が良いらしい。

私は例によって例のごとく

「ミセス・ノリスが大好きだったキャットフードです。お聞きした限りこの状態は良くなるとのことですので」

とお悔やみの言葉を述べた(未だ死んでないけど)後で、机の上にそれをお供えとして置いて行き、私は部屋を出て行った。

 

あれから数日が経った。

まあ、色々なことがあったと言えるだろう。

具体的に言えばハリーがロックハート先生に骨抜き(グニャグニャのメロンメロンで気色が悪かった)にされたり、グリフィンドール寮の一年生のコリン君が継承者にやられたり、フォイフォイから自分がクィディッチで負けたことの愚痴を手紙で読まされたりしたことなどだ。

私はと言えば「忍びの地図」で仲良し三人組や、今ホグワーツで一番危険な赤毛少女を避けてできる限り平和な学校生活を送っていた。

 

そういえば奇妙なことがあったらしい。

 

件のカメラ小僧がちょっぴり長い医務室送りにされた後で、厄除けのお守りグッズを買うのがホグワーツ生の間で流行ったのだが、売り手の中に変な人物が現れたらしいのだ。

ああ、説明しておくとお守りグッズとは要するに自分が助かりたいがための弱者が縋る最後の物である。ある意味愛国心と似て……ゲフンゲフン。

人々の不安、恐怖に付け込んで一時的な安心を売るというのは私の知る限り、十九世紀末や二十世紀末に流行った手口である。それは例えばウィジャ盤を流行らせたり、新興宗教を流行らせたりと言った手段だが、楽をして稼ぎたいからと言って良い子の皆さんは真似しちゃあ駄目だ。

さて、その怪しげな商人だが何でもフードの付いた灰色のローブ姿で顔は見えず、実に奇妙にして微妙な物品を取り扱っているそうである。

どうやら一般に出回っている水晶や魔よけの類では無く、藁人形、夜中に甲高い声で笑い出す少し不気味な形のぬいぐるみ、猫の形をした変な焼き物や、一点だけ置いてあった割と大きめな信楽焼の狸が幸運のお人形として売られていたらしい。

「さあ、嬢ちゃん坊ちゃん寄っておいで。ジョン・ドゥの面白くて為になるお守りだよ。早い者勝ちだよ、買っていきな!」

偶にジェーン・ドゥと名乗っていることもあり、聞いた話何故かジョン・ドゥの時は女の声で、ジェーン・ドゥの時は男の声で喋っているとのことである。

全くもって不可解な話だ。

スーザンやエロイーズによると、露店を廊下で開いている時は何時も手元の謎の羊皮紙を見続けていて、突然「今日はもう店仕舞いだ!」と言って、変な模様の書いてある大き目な布の上の品々を一纏めにして消え去ることがあるが、その直後にマグゴナガル先生やスネイプ先生、それからフィルチさんが現れるらしい。

なお、フレッドやジョージからはあれは君じゃないのか、という内容の手紙が何度か来たが私なわけが無いじゃないか。

いや、確かに私は前世の高校生時代に、手先が器用な友達に数々の物品の作り方を習い覚えたことはある。ちなみに実家が裕福ではないはずだし、アルバイトもしていないはずなのにやたら裕福(関係ないが彼女の模写は本人が書いたのではないかというか贋作のレベルの代物に近かった)な女の子だったが、私はあの子が決して犯罪には手を染めていないに違いないと信じている。

そういえば彼女は女の私から見ても絶世の美人と言える女性だったが、性格はとてもアレだったような……。

何故だか知らないが、思い出してみれば、高校生時代の私の周りには自分が常識人だと信じ切っている変人ばかりが集まっていた気がする。

全くあの面子で唯一常識人だった私としては、実に大変な日々だったよ。

と、話を戻そうか。

仮に作る手段の問題が解決したとして、それでも資材の問題と言うのは出てくるのだ。

というのも、私が作ったとしたら、何のコネや調達先の無い私が何処から手に入れたのかという問題が出てきてしまう。そもそも必要の部屋にある物は、外には出せないのだから。

まあ、確かに例外はあるのだが。

幾つか実験して分かったのだが、部屋の外の世界から何かを持ち込んだ場合は、必要の部屋の中の物取り出し不可のルールには該当しないことだ。

まあ、ハグリッドからそれらしき材料(藁とか)木材や陶器にするに良い土)は手に手入れられたし、中で凄く良い彫刻刀などの作業道具は出せるし、最近譲ってもらったストックが減りつつあるが、断じて私は中の人が私と同じ年代の女の子だなんてことについて詳しい情報は知らないに決まっているじゃないか。

「ティア、それは何?」

考え事をしていると凄まじく変な物を見たような顔をしたスーザンが近くに居た。

「貯金箱です」

これが一体それ以外の何に見えるというのか。

「そのようだけど何で明らかにその大きさに入る以上のシックルを入れているのかしら」

「少しばかり、そう臨時収入がありまして。何でこれに入れているかと言うと、無理なくこの中に全て入るからですけど」

ちょっと便利な、所謂「検知不可能拡大呪文」と言う奴を掛けているからだが、そこは別に彼女に対して言う必要はあるまい。

「そう。……仮にそうだとしても何でそんな形の物を持っているの? 豚さん貯金箱とかあるでしょう?」

何だか納得がいかないようだが、魔法界においてぶち壊すとまるで屠殺された豚のような悲鳴を上げるあれにはまるで浪漫を感じないのだよ。

それに授業後にこうして一日の「あがり」をこいつに入れるのが、最近の私の神聖な楽しみの一つなのだ。

「もっとだ!もっと寄越せ!」

とスーザンの視線を無視しつつ、野太い声で叫んでいる、しゃれこうべの形をした貯金箱のチャッピーちゃんの頭部へと私はシックル銀貨を入れ続けた。

外観は手作りで、杖が手に入ってから魔法で喋るようにしたのだが中々気に入っているのだ。私の言い訳を聞いたスーザンは、それを暫く胡乱な目付きで見た後で、自室に彼女の鞄を戻しに行った。

 

そしてそれからさらに数日が経ったある日のこと。

前日に「決闘クラブ」なる盛大なパフォーマンスが開かれていたせいか、私は少し疲れていたのだ。

開かれている際にハーマイオニーから組みたそうな視線を感じたが、私は別に組みたい人が居たので気が付かない振りをしていたことを覚えている。

なお組んでいた私の相手は「武装解除術」を掛けられた後で、無言呪文も含めた私の知る限りのありったけの呪いを喰らってしまい、名状しがたい何かの姿(いあ! いあ! と私は拝んでおいた)になってしまったのだ。そんな哀れな彼は現在医務室においてマダム・ポンフリーのお世話になっている。

全く……ザカリアスも可哀そうに。

いや、まあ彼がそうなる原因を作ったのは私なのだが。

幸いにも薬草学の授業がマンドラゴラにマフラーをしなければいけないとかいう理由で中止になったので、彼のお見舞いに行った後で私は必要の部屋でお茶を楽しんでいた。

そうして次の授業の準備をしようと寮の自室に戻りかけたところで

「ティア、ジャスティンが大変なの!」

「何かあったのですか、エロイーズ?」

事情を聞いた私は、彼が石になる日が今日だったのを忘れていたことにたった今気が付いたのだった。

 




寒いと書く気が失われる病気に罹っている私に効く魔法薬は……え? 馬鹿に効く薬はない?

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