クリスマスの夜、久しぶりに会えた親友は私のことを見るなり
「ハーマイオニー、あれほど拾い食いはするなって言ったじゃないですか」
「言われてないでしょう!」
真面目な顔で呆れたように言う、その言い様が何て言うか色々と酷かったわ。
いいえ、あのミリセント・ブルストロードの飼い猫の毛の入ったポリジュース薬を飲んだ以上、ある意味で彼女の指摘も的を射ているのかもしれない。
「全く、ティア。出会うなり凄まじい挨拶ね」
「ハーマイオニーこそ随分と毛深くなってしまいましたね」
私何でこの子と友達になったんだっけ?と思ってしまうのも仕方ないんじゃないかしら。
「色々言いたいことはあるけど久しぶりね、ティア」
「ええ、貴方もお変わり……ありますけど元気そうで何よりです、ニャーマイオニー」
そう言って優しく抱きしめられちゃった。私の方から一度彼女の事を抱きしめたことはあったと思うけど、彼女から抱きしめられたのは初めてで新鮮な感じって、そうじゃないでしょう。
「……今なんて?」
貴女は何を言っているんですか?とでも言うような顔で彼女は先ほどの言葉を繰り返してくれた。
「だからニャーマイオニーです。今の貴女はハーマイオニーと言うよりはマグルのお話に出てくるケット・シーみたいじゃないですか」
「ニャーマイオニーじゃないから。私はハーマイオニー!」
たまにこの子は言うことがおかしい。決して悪い子じゃないんだけど……。
彼女に抗議するように、腕から抜け出してから言うと
「ええ?でもそっちの方が可愛い呼び名だと思いますよ」
「私はパパとママに付けてもらった名前に満足しているの!」
私の必死の抗議にも関わらず
「はあ、そうですか」
何故か割と綺麗な顔にちょっぴり寂しい、とでも言うように眉根を寄せていた。
「まあ、仕方ないですね。ああ、それよりクリスマスプレゼントを渡しに来たんですよ」
「え?あ、ありがとう」
そう言って彼女の鞄から手渡されたのは
「キャットフードじゃない!」
私の怒りと嘆きを込めた猫缶の投擲は、スコーンという小気味良い音を立てて真正面から彼女の頭部に当たった。
この子は一体何を考えて私にこんな物を渡したというのかしら。
「ほら、ミセス・ノリスの好きな銘柄をそれなりに持って来たんですが彼女はあんなことになってしまいましたから」
残念そうに言っているけど、だからって私に渡すわけがわからない。
「いえほら。その点、今のハーマイオニーのお口には合うんじゃないかなと思いまして」
「私は人間だから合わないと思うけど……」
すごく疑わしそうな眼でこっちを見ないで。
「ニャーマイオニー……いくら私でも人間と動物の区別はできます。そんな私の、貴女を見た感想を言わせてもらえれば、今の貴女は人間でないということははっきりしているじゃありませんか。ハーマイオニーは人間ですが、今のニャーマオイニーと言うべき貴女の生物上の分類はどう見ても猫なのです」
真面目そうな顔で、真摯な態度で説得するように、断言するように言われて、つい信じそうになっちゃったけど騙されちゃ駄目よ、私!
……この姿を見ただけで私の外見をからかったりしないところが彼女らしいけど、何時も以上に明後日な感想を抱くところが実に彼女らしいわね。
「猫はこうやって話したりしないから!それにキャットフードは私の口に絶対に合わないに違いないわ!」
「その点は大丈夫だと思いますよ。
テッド叔父様の話では、マグルの世界ではポリジュース薬を飲んだ下水道に棲む亀たちがピザ好きになったそうですし。つまり味覚という物は自身の姿形と共に変わる物なのですよ」
それフィクションだから。
「何て言うかポリジュース薬も夢のある魔法薬ですよね。ゴ○ブリの部位が入ったポリジュース薬を飲めば火星でも生きていけそうな気がしますし」
それは……ありえるわね。想像したくない光景ではあるけれど。
「まあ、真面目な話『最も強力な魔法薬』にも『動物の一部が入った物を飲んではいけない。行動、及び体質が飲んだ動物に酷似してしまうからだ』って書いてあるじゃないですか。テッド叔父様の話でも昔マグルたちが『蠅の一部が入ったポリジュース薬を飲んだ人間』と『人間の一部が入ったポリジュース薬を飲んだ蠅』を出してしまって、両者はそれぞれの境目が無くなりかけていたそうですし。……最も魔法界と違って元に戻す魔法薬が無かったから悲惨な結末になったそうですが」
ティアのマグル文化の理解は明らかに間違っているわね。私が直してあげないと!
「それは作り話じゃなかったかしら?」
「いえ、まあ元となったのは魔法界での違法実験らしいですよ。いみじくも貴女が魔法史の授業で言っていたそうじゃないですか。『伝説と言うのは必ず事実に基づいているのではありませんか?』と」
確かに言ったけど何で完璧に私の声まで真似できるのかしら?後、それとこれとは話が違うと思う。
「ほら、ちょっと試して見ましょう」
そう言って彼女がやってきた次の事に私は抗うことができなかった。
「ティア、何でそんな物を持っているのよ」
「それはもう、愛しのミセス・ノリスと遊ぶためにですよ」
彼女が次に鞄から出してきたのは猫じゃらしだった。私は目の前で揺らされるそれに、ついつい手(前足じゃないんだから!)が出てしまうことを押さえられない自分が居ることを発見する破目になってしまっていたわ。
……なお暫く話した後で、結局彼女が差し出してきたキャットフードを食べてみて、私の味覚が変わったことは認めざるを得なかったとだけ言っておくわね。
ティアの言うところの検証のためであって、決して開けられたそれを目の前にした私が食欲を抑えきれなかったわけじゃないことは充分に留意しておいてもらいたいわ。
あれから数日が経ったわね。
彼女はと言えば授業が始まってからも、一日と置かずに私に会いに来てくれるのでとっても嬉しい。
何故か分からないけど、ミセス・ノリスが石にされてから今までの間、不自然なまでに彼女と会う機会が無くて、ティアとそれ以前のようにお話しすることができなかったんだもの。
私としては正直に言えば凄く悲しかったんだから。ティアは何といってもホグワーツでできた私の最初の親友だもの。
それ以外にも、ホグワーツの授業以外の事で色々と突っ込んだことを話したりできる知り合いと言うと、正直な話私にはそこまで多くは無かったと言う理由もあるわね。
ただ私の元を訪ねてくるのは嬉しいのだけど、来る度に私の写真を撮っていくのは何とかならないのかしら?
ティアは変な子だけど礼儀正しくはあるから、当然私に許可は求めて来たのだけど……
「あくまで記ね……いえ、記録として残しておきたいのです。間違った材料入りのポリジュース薬を飲んだ人がこうなってしまうのだという希少な写真が撮れるじゃないですか」
何を言いかけたのか気になるけど、そういうことなら仕方がないと思う。学術的な意義と言うのはとても大事だわ。それに彼女は私をバカにするために写真を撮るような子じゃないし。
だから決して反対した時に彼女が提示した「写真一枚撮る毎にティアが持っているロックハート先生のサイン一つを渡す」という条件に惹かれたわけでは無いのよ(勿論くれると言っている以上それを断る理由は私にないのは分かるわよね)?
……ただ私に片方の手を高く上げさせたうえで一回撮ったのには、何故か知らないけれちょっとだけ悪意を感じたのだけれど。
さて、それよりも理解しがたいのはティアが今の私を可愛いと思っていることね。
「ふかふかした感触のする動物って昔から好きなのですよ。いやあ、とても大きな猫って本当に素晴らしい物ですね」
喉を彼女に触られるのが気持ちよくなってきたって、そういう問題じゃないと思うわ。
ティアは今まで見たことが無いほど蕩けるような笑顔でこっちを見ながら、私が口にする次のキャットフードの蓋を開けた。
普段は少しミステリアスな微笑みを浮かべていて、すごく本音が分かりにくい子だけど、何だかんだ憎まれ口を叩きつつ、メルロンの事を自分の子供でも見るような慈愛に満ちた目で可愛がっていたことから、本当に動物好きだってことが分かっていたわ。
以前「ホグワーツで一番かわいい子はやっぱりスリザリン生のパンジー・パーキンソンですよね」と言っていたことがあったけど、あれはこういうことなのねと私はようやく理解できたわね。言われた当時は「パグ犬のようなパーキンソンが可愛く見えるなんてどうかしているわ」としか思わなかったのだけど。
……最も「大丈夫、今一番ホグワーツで可愛いのはニャーマオイニーですよ! 」と最高に輝くような笑顔で言われて少し憂鬱になっちゃったのは、否定できない悲しい現実なのよね。
「あ、お腹触っても良いですか?柔らかくて良い手触りだと思うのです」
「絶対に駄目よ」
ああ、早く人間になりたい。
マダム・ポンフリーによれば、元の身体に戻るには一か月以上は掛かるらしいから暫くの間は辛抱しないといけないみたい。
それはそうと、そういえば最近私には気になっていることがあったわ。
ティアは毎日私の元を訪ねてくれ、そしてハリーやロンが来た時に入れ違いになるように立ち去ってしまうけれど、その前に私と話し終えた後も何故か医務室の中に居るのよ。
最初は気が付かなかったけど、何回か気配を感じているうちに何故なのだろうとその瞬間を目撃するまでの私は思っていたのよ。そしてその時が来て、私はただ何も言えなくなってしまうしかない時があると知ってしまったの。
ちらっとカーテンを開けて見て思わず私は息を呑んだ。
気付かれた様子が無いのは幸いね。
ティアは石になったジャスティンの前に立っていたのよ。
その横顔を見てみれば感情の失せた、ただ茫然とした様子を全身で現していて、今スリザリンの継承者が襲ってきたら抵抗する間もなくやられちゃうんじゃないかってくらいに無防備だったわ。
大抵は三十分から一時間くらいだった。ただ、私と話した後で毎回ジャスティンのベッドの前で、変わらない様子でそんなことをしていたのが無性に気になって仕方が無かった。何かを悔いるように、嘆くように。そう見えなくもない様子で立ち尽くしている彼女は、その名前の正義の女神と言うよりはまるで泣き女(バンシー)のようだったわ。
だから彼女が帰ってから聞いてみたのは当然だと思うの。
「あの、マダム・ポンフリー」
「何ですか?ミス・グレンジャー」
私のベッドを覆っているカーテンからそっと覗いてみると、彼女は備品の整理をしながら忙しそうにしていた。いつ何時ホグワーツでは怪我人が出るかもしれない以上、決して他の生徒が来ないからと言って暇なわけでもないのだろう。
「ティア……私の親友のユースティティア・レストレンジは一体何時からジャスティンのお見舞いに来ていたのですか? 」
私の言葉にマダム・ポンフリーは暫く考える様子を見せた。
「……ああ、あの子ですね。あの可哀そうなミスター・フィンチ=フレッチリーが石にされてしまったその日からです。全く、石になった人にそんなことをしたって何にもならないでしょうに」
彼女の言うことは感情を抜きにすれば正しくはあるわ。
でもそれ以外の面では当然納得は行くことなのよね。
ハリーやロンが石にされてしまったら(勿論彼らはマグル生まれでは無いのだからありえないことではあるのだけど)私だって心配するし、危険が無いなら毎日だってお見舞いに行ってしまうかもしれないもの。
だけどティアがやることにしては何かが違っているような気がしたわ。
私が知っている彼女はと言えば「何時、何があっても冷静な女の子」だったから。
トロールの時と言い、ふざけているようなことを言うことが多いけど、本当のところ彼女はどんな状況だって平静を失わない子だって私は考えているわ。
そのティアがあんな状態になっちゃうなんて……。
私もそれなりに考えてみたけど、結局全然分からなかったわ。
ティアは一体何を悩んでいるのだろう?
そうは思っても流石に直接問いただすのはやっぱり私にはできなかった。
彼女自身のことを聞いてしまったら、私たちの友情を壊すことになるかもしれなくて、怖くて聞いてみる気になれなかったのよ。
ハリーとロンには一応話しては見たけど……。
だから多分私にできるのは待つことだけなのよね。ティアが話してくれるその時まで。
一年生の時のハロウィンの時とは違って今度は私が彼女の心を軽くしてあげたい。
バレンタインも近くなってきた二月の少し手前の時だったわ。
やっと顔についていた忌々しい猫のお髭が取れたの。
全身の体毛も暫く前に取れたし、未だ尻尾と耳だけは残っているけど大分人間に近づけたわね!
まあポリジュース薬が効いている今は、私のちょっと成長著しい前歯も何故か知らないけれど縮んでいるから、そういう意味ではそこだけ元に戻したくはない気がするのだけど。
ちなみにティアが私のその姿を見た時の感想は今までにない変な物だったわ。
私の事をまじまじと見つめた後で
「あの、ハーマイオニー……もう元に戻る薬を飲むのは止めませんか?」
と何だかそわそわした様子だったのよ。凄まじく理解しがたいわね。
「何言っているのよ!むしろ私が元に戻るのはこれからでしょう。こんな尻尾と耳じゃあパンジー・パーキンソンあたりがキーキーした声で『ちょっとどうしたのよ、グレンジャー。それ新しいファッションなの?』とか何時ものスリザリン生たちと一緒になって笑いものにするに決まっているじゃない」
私の常識的かつ真っ当な意見に、しかし彼女は
「ええ?でもその姿が元に戻るなんて惜しいと言うか損害な気がするのですが……」
などと発言していて意味不明だった。
元に戻す、戻さない、の論争をティアと散々した後で
「分かりました。では最後にその状態で複数写真を撮らせてもらえませんか?いえ、大した意味は無いけど記録に残すべきだと思うのですよ」
使命感に溢れたその顔は、今まで彼女が見せたことの無いほど真面目な表情だったわ。
それは要するに信用できないということでもあったのだけど。
「悪いけどティア、もう写真なら沢山撮ったで……」
「仕方がありませんね。私の秘蔵、ロックハート先生の『サイン付ブロマイド集』をハーマイオニーにあげようと思っていたのですが」
「そんな、親友の頼みを断るわけが無いじゃない!」
女の子同士の友情ってとってもとっても大切な物よね。
その時の私には知る由も無かった。
私の猫耳と尻尾が付いている写真が後年、ロンに高値で売られているなんて。
友情は売る物。
というわけで今回も他者視点でした。次回からは本人視点に戻ります。
前書きはとうとう私が錯乱した……わけじゃなくて没タイトル案ですね。
流石に厚顔無恥な私にもこんなタイトルにする度胸が無かったのです。
ティアの性癖は別に変な物じゃなくて、ただ単に動物好き、というただそれだけのものでした。そのうちメルロン視点で一話書いてみるのも面白いかもしれません。
それでは次話をお楽しみに。