ハンナが何か可笑しい。
「だからシリウス・ブラックは花の咲いた灌木に姿を変えているのよ!」
どうもアズカバンからの唯一の脱獄者(今のところは、という嫌な条件付き)がどうやってハロウィンの日にホグワーツに潜入したかについて、彼女の独特の思考方法は恐るべき結論を導き出したらしいようである。
薬草学の授業でも、ハッフルパフ寮内でものたまっていたのだが、一体全体どういう理屈ならそんな意見になると言うのだ。
寧ろ貴女の方が脳みそに花でも咲いていそうな考えと言うか、頭をしているのではないかと言おうとして止めた。
ハンナは惜しい。
あいつは花の咲いた灌木では無く、黒くて大きい犬に姿を変えてホグワーツを行き来しているのだ。
魔法界にはマグルはキノコから進化したと言う珍説もある以上(確かもう否定されているはずだが)、ハンナのそれは未だマシな部類の思考方法なのだろう。
きっと誰にも出せない答えがハンナの中に在る。
彼女を誘って世界を見たいな、なんて思ってしまうのはネタ的な意味であって、深い意味は特にない。
さて、場面は変わって私達ハッフルパフ談話室での話だ。
私がアーニーやザカリアス相手に魔法界式のチェスを打っていた時、一つの知らせが飛び込んで来た。
名前も知らない上級生が突然飛び込んで来たかと思うと
「スリザリンとグリフィンドールの試合は中止された!グリフィンドールと戦うのは、僕たちハッフルパフだ!」
反響は凄まじかった。
「何だって!」
「そんな、どうしてそんなことに!」
他の上級生達や、下級生たちも驚いている。
ザカリアスはあからさまに動揺していた。
「……ティア、その今回の賭けはどうする?」
「続行で!」
ちなみに今回、と言うよりこの少し前に私と彼との間で行われた賭けのやり取りをお見せすると、だ。
「ティア、今回のクィディッチの試合、僕はグリフィンドールの勝利に賭けるよ」
「では私はその正反対の勝利に賭けます」
「去年の試験の時と同様、これで僕が勝ったら言うことを一つ聞いてもらうと言うことで良いな?」
「異存はありません。私の方の条件は以前と変わらない物だと言うことを言っておきましょう。即ち、来年のホグズミードでの奢りです」
「そうか。良いとも(スリザリンのシーカーが怪我をしているって知らないのか?今回の賭けは戴きだな)」
「ではそのように(スリザリンのシーカーが怪我をしているからこそ、彼らは確かうちとの試合の交代を申し込んできたはず。やろうとしなくてもフォイ君には後で唆すための手紙を送って置こう、そうしよう)」
「楽しみだな(これに勝利したら、今度こそ……!)」
「そうですね(悲しいけど、これって賭け事なのよね)」
こんな具合であった。
「一応、聞いておくけど試合相手が変更になったから今回の賭けを無しにするわけにはいかないかな?」
「ザカリアスの方からでしょう、今回の賭けを申し出て来たのは。一応、今回のそれとは条件は合致しているでしょうに」
「だけど、僕はハッフルパフ生として敵に賭けるわけには」
苦悩するザカリアス、何を苦悩しているのだかは知らないのだが。
「なら以後ザカリアスとの賭けは行いません」
「今回ばかりは僕たちの寮の敗北を祈ることにしようじゃないか!」
「ザカリアスが裏切った……!?」
そんな風に彼で遊んでいたのが、彼の来年のホグズミード行きにおける、私への奢りが決定した時の出来事だ。
天候が悪くなり、私達の寮対グリフィンドールの試合が近づく中、私達は何時も通りの日常を過ごしていたわけだが、皆を驚かせるようなことが一つだけ存在した。
ルーピン先生の代わりに、一度だけスネイプ先生が闇の魔術に対する防衛術の授業を担当なされたのだ。
私はと言えば、昼食の前にハーマイオニーから今日の授業はそうなると聞いていたわけだが(金曜のグリフィンドールのかの授業は、昼食を挟んだ私達の一つ前なのだ)他の皆は相当に驚いている様子だった。
まあ、何の覚悟も無しにあのお顔を拝見したらそうなるだろう。
スネイプ先生は他のクラスメイトが発した問いに、簡単にルーピン先生が調子を悪くされていること、彼の授業の記録に対する不手際を述べられた後で言われた。
「これからやるのは人狼である」
その言葉に私達の反応は様々だった。
困惑、疑念。それから――
「まさか連れてこないわよね?」
「スーザン、でもちょっと見てみたいという顔でこっちを見ないでください」
期待であった。
と言うか彼女には悪いのだが、実は既にホグワーツに入り込んでいる。
普段闇の魔術に対する防衛術の授業を請け負っている彼の事だ。
ちなみに今日はあの日であり、休むのも仕方がない。
男は狼なのよとか言っちゃいけないが、魔法界にある人狼への嫌悪感を考えると、今の彼に近づきたいとは思えない。
「それでは諸君、三九四ページをめくりたまえ」
私達は無言で人狼の説明がある箇所の教科書を開いた。
スネイプ先生に抗議するような勇気のある生徒? 我がハッフルパフ寮に居るわけが無いじゃないですか、やだー。
嗚呼、没個性って素晴らしい。
ただ頁を捲る音が響く中で、要点を書き写す振りをしていた私は、ふと顔を上げてみてスネイプ先生と目が合った。
変だと気付きそうな感じとかはしない。ふむ、開心術は使っていないようだが……?
「そんなに見つめられたら照れちゃいますよう」
とか可愛らしく言ってみるべきだろうか。
私はそこまで考えて、少し吐き気がしてきた。
スネイプ先生の生き方は好みだが、お顔ははっきり言って好みでは無い。
目と目が合っても恋だと気付く様子とかありえないのだ。
これはひょっとして私がルーピン先生の真実に気付くと期待されている?
首を傾げてみたら、良く分からない理由で減点をされた。
スネイプ先生の横暴!
久しぶりに減点されたことでちょっぴり落ち込んでいる私だったが、授業終了間際になって放たれた一言を聞き逃しはしなかった。
「人狼の見分け方と殺し方ついてのレポートを羊皮紙二巻、月曜の朝までに提出したまえ」
そのお言葉を聞いたクラスの皆は「うげえ」とでも言うような顔になっていた。
確か、ハーマイオニー以外は事実に気が付かないのだったか、と私は一人物思いに沈む。
その後で教室から出て、声が彼に届かない処になると、不満が爆発した。
「もう、土曜に試合があるのに!」
「本当だよ。僕はあの試合を見届けなくちゃいけないんだ」
スーザンの不満にザカリアスは同意したが、それはただ単に賭けの結果が気になるからで合っているよね?
「今から夕食までの間にどれくらい進められるかな?」
「羊皮紙半分も行かないんじゃない?」
「図書館に行って、それから」
「待ってほしい。ルーピン先生が復帰なされたら、レポートを提出する必要もなくなるとは考えられないか?」
「おや、アーニー。冴えていますね」
うろ覚えだが、提出する必要は無かったはず。
「とはいえ、一応やっておいた方が良いだろう。全く、スネイプ先生にも困ったものだな」
「僕はやらない」
「うーん、僕も今回はちょっと止めておきます」
「私も」
「私は一応、やっておこうかな?」
「あたしもやらない」
「私はやります。ひょっとしたらボーナスポイントが付くかもしれないじゃないですか」
「こう時に積極的に点を取りに行く、君らしい意見だな」
呆れたような、感心するような目でアーニーに見られた。
その後で、私達は三方向に別れたのだ。
ハンナ、アーニーは図書室へ。ザカリアス、ジャスティン、スーザン、エロイーズは寮の談話室へ。そして私はちょっと寄るところがあると一言断って、皆を撒いてから必要の部屋へと赴いた。
わざわざ図書室へと行く必要が、私には無いのだ。
そして試合当日である。
「あれ?ティア、試合見に行かないの?」
「少しやりたいことがありましてね」
「スネイプ先生のレポート?」
「そんなところです」
一口だけ手を付けていたパンのバター乗せを、彼女が飲み込むと
「試合見に行った方が楽しいと思うけど」
「こんな天候の中、ずぶ濡れになる可能性があるのに見に行きたいとは思いません。正気の沙汰では無いですよ。後で結果だけ聞いておきます」
ハンナがトーストに口を付けようとしている最中に出ようとしていた私は、彼女に見つかってしまった。
その後、一言断ってから私は大広間を後にする。
私に声を掛けてくれたのは嬉しい。
ハンナは考え方が独特な子だが、お前は今まで喰ったパンの枚数を覚えているのか?と聞かれたら彼女が最初に食べた記憶を遡って数えだしそうなくらい、良い子だ。
それにしても、そんな彼女が冒頭で書いたような特に根拠のない意見を誰彼構わず述べてしまったのは何故なのか?
考えがそこまで飛んだ時に、クルックシャンクスの付属品の言葉が脳裏に蘇る。
「パーバティやラベンダーは、占い学のトレローニ先生のところで変な考えばかり吹き込まれているみたいなの。ハリーに対する態度も、明らかにおかしくなったし」
おかしくなった、か。
エロイーズから聞いた話だが、ハンナも占いに随分傾倒していたような。
同じく占い学を取っているエロイーズはマグル学の方を重要視していたが、彼女の方はそうでは無かった。
もしや占い学を真剣に受け取っている人程、変な考え方をする人が多いのだろうか。
オカルトの類と言うのは、楽しむための物であって、自らの行動の指針にするような物では断じてないのだが。
と言うかあの種類の隠された知識と称されるそれに嵌ってしまう女の子って、小五病や、あるいはそれに縋りたい人、判断力に不足がある人が多い印象だった。
純粋に興味があってそれを遣る人がほぼ確実に少ないと思う。
それは例えば、前世での血液型占いが良い例なのだと言える。
イギリス、その他ではむしろ星座占いの方が流行っている(要するに個人差を考える目的でのそれだ)のだが、魂の故郷ではそうではなかったと言って良い。
特定のそれが迫害され、大多数が幅を利かせ、個が重んじられることなく、変わっているだけで疎んじられる社会だった。
それは要するに、判断力の欠けている頭の足りない人々に運営されている衆愚政治その物なのだ。
ハンナやパーバティ、ラベンダーなどはそれ故に分かりやすいのだろう。
自分の考えを他人に委ねることの愚かしさ(自分で全ての物事を判断する人が確実に他者より優れていると言うことでは断じてないが)、を象徴しているからこそ彼らはこの社会では目に付きやすい。
と言うと自分の考え方が予め、決まりきっている私の方が異常なだけかもしれないが。
何にせよ、自分自身の意見を持たねば、あるいはハンナの足りていないとさえ言える意見にも流されてしまうのだろう。
ふとルーナが何を選ぶのかが気になった。
私と同じ構成でなかったとしたら、ちょっと落ち込んでしまいそうだ。
あれは環境が悪かっただけで、自分自身の考えをきちんと持っているタイプの人間だと見受けられたのだから。
占い学を取るようだったら、その認識を完全に修正する必要さえもあるのかもしれない。
そんな益体も無いことを考えながら、私は必要の部屋に入室した。
さて、どうでも良いけれどそろそろ反省会と行こうか。
私ははっきり言って浮かれていた。
そしてそれ以前にこの世界を軽視していたのだと思う。
ハッフルパフでの日々は本当に楽しい。
そこだけは認めるし、友達も大切な存在だ。
……だからと言ってそれは温めていた「願い」を放り出して良い物では断じてないが。
私は自分の目的を一番とするべきであって、その他の出来事は二の次だと思っていて然るべきだったのだ。
それは他人の命を平然と犠牲にできるほど強い、あるいは無慈悲なそれでは無かったようだが。
詳しく言うならば、私はある意味では不愉快なことにダンブルドア校長から救われているのだろう。
おそらくは私が自分の杖の持ち主となってから注目されていた。
オリバンダー老人には今年の夏休みの間に尋ねて行き、私自身の杖の詳細と、ダンブルドア校長がそれについて何か聞いてこなかったかと言う問い(と同時に開心術)を投げかけたのだ。
結果はクロ。
あの老人からは色々と杖の木材と適正に関する詳しくも面白い話を聞けたのだが、同時に私に対するダンブルドア校長の警戒もまた明らかになってしまったのだ。
イチイの木の杖に選ばれた魔法使い、もしくは魔女は英雄か悪人かと言われたが、私は確実に後者だろう。
それ故に彼も、あの老人も私を気にしているようなのだが……まあ、それに関してはもう去年のあの時に頸木を打って置いたから問題は無い。
問題なのは私のお母様だった。
おそらく一年生の時と同じように、あるいは優れた開心術において真似妖怪、ボガートはかの「みぞの鏡」と同等以上の実力を発揮するのだろう。
鏡に関しては大昔の人が開心術をそれ自体に定着することで、自らの望みという一点において確実に暴く仕様が為されていたはずだ。
それは私も心の痛みと言う代価を払ってそれを明らかにしたのだから、間違いはない。
重要なのは私の望みの方では無く、恐怖の方だった。
見た瞬間、潜在的には確かにあの人を恐れていたのだ。
ベラトリックスお母様を。
甘さもあった。
このまま、ただ同寮の皆と楽しくやれれば、と言う望みも、今では持っているとはっきり断言できる。
帰りたくないわけでは決してないのだけれど、それでもそれは私の願いの一部なのだ。
でも自らの望みを諦めて、ただ徒に時を過ごすだけならば私はきっと命を落とす。
ただ自分の見込みが上手く行くだろうと言う根拠のない思い込みこそが、私の宿命を暴いて、尚且つ更なる犠牲の可能性すらも教示したのだから。
私の杖の詳細が明らかになればヴォルデモートが放っておかない。
ベラトリックスお母様だって、あるいは私を殺しに来る可能性があるのだ。
勿論私が実の娘である以上、その可能性が低い物だと思いたいのは山々だが私の勘は言っている。
ハンナにも言ったが、あれとは多分確実に敵対する。
全く、前世と言い、今生と言い、母親と言うのは本当に碌でもない。
だから私は幾つかの悪巧みを開始せざるを得ないのだ。
魔法の研究、と言うより習得を同年代の誰よりも熱心に行い始め、気が付いたことがある。
この私は秀才ではあっても、決して天才ではありえないということだ。
スネイプ先生のように、自分自身の教科書に考案した呪文や、確かめたであろう魔法薬の本当の製法を書き記せるほどの才能に関しては望めない。
おそらくは精々、誰かが行った成果を掠め取るのが精々。
故に私の方法は本当に限られてしまう。
これから私がやろうとしているのは、多少なり難しい物であり、酷い方法であり、薄っぺらいし、底が浅すぎる確実性の低い物だ。
第一の条件はできれば満たしたいもので、第二の条件はマスト。第三の条件は第二の条件を満たした場合のみ、満たされる。
アーレア・ヤクタ・エスト。賽は投げられた。
これから先は、ただ転げ落ちるのみ。
もう少しで落としそうでしたぜ。