私がちょっとした作業や、手順を確認している間にハリーは入院したらしい。
クィディッチの試合で吸魂鬼達が乱入し、その毒気に当てられてしまい箒から落ちてしまったとのことだ。
何やら両手と両膝を地面に付けて、凄まじく落ち込んでいるザカリアスが居たような気がしたが多分気のせいだろう。
そんなことより医務室行きになったハリーの方が気懸かりである。
故に私はお見舞いの品を送ることしたのだ。
マートルと交渉して(本人は泣いて嫌がっていたような気がしないでもないが、きっとハリーの為に何か役に立てると言う嬉し涙に違いない)彼女の女子トイレの便座を剥ぎ取って、ハリーに送ることにした。
彼ら、フレッドとジョージを見習っての事である。でも大丈夫だろう。
女子トイレ好きのハリーなら、きっと喜んでくれるはずだ。
マフラー代わりに首に掛けても大丈夫なように、何時までもほんのり生温かい温度のままになるようにきちんと魔法は掛けておいたし。
それとお菓子の類も忘れてはいけない。
ホグズミードのハニーデュークスで買った物の幾つかを贈っておくとしよう。
大量の血の味キャンディに瓶一杯のゴキブリゴソゴソ豆板、それからペロペロ酸飴(舐めていると舌と頬っぺたが物理的に落ちる)をグロス(12個×12個のこと)で。
ああ、井の中の蛙ではなく胃の中の蛙と言って良い、ヒキガエル型ペパーミントも入れておこう。ピョンコピョンコと実際に胃の中で飛び跳ねるこの蛙は、魔法界の間違った発明の一つだ。
その他にもちゃんと百味ビーンズも忘れずに、と。
多分、これだけ用意しておけば大丈夫のはずだ。
お見舞いそれ自体にはちょっと姿を晒すのが恥ずかしいからしないけれど、これで私なりの誠意は彼に伝わるだろう。
詰めの作業で今日と明日は必要の部屋に籠りっきりになる。
アクア様、万事上手く行きますように。
火曜日なう。
アーニーやハンナと違い、私は結局スネイプ先生にレポートを提出しなかった。
そのことで二人からは珍しい物を見る目で見られたが、まあ良いだろう。
闇の魔術に対する防衛術の授業でルーピン先生はと言えば復活されており、その日の授業は「おいでおいで妖精」またの名をヒンキーパンクと呼ばれる生き物のそれだった。
それは沼地に入り込んだ村人を騙し、惑わせ、最後には命を奪うよう仕向けてくる可愛いさあまって怖さ百倍な生き物だ。
関係ないが大分ルーピン先生もお顔の色が良くなったようで何よりである。
ほぼ全てのハッフルパフ生が満足した授業の後で私はちょっと先生とお話した。
第一の条件が満たされたのは、それから数日が経過した時のことだ。
その後、十一月は雨が降り続き(というかイギリス自体雨が元から多いのだ)憂鬱になることも多かったが、十二月に入るとそれも止み、代わりに凍える様な寒さで学校中が覆われた。
私達の寮がレイブンクローの寮にクィディッチの試合で大敗を喫したこと以外、特筆すべきイベントはその間無かった。
予定調和ではあったのだが、悔しさで顔を歪ませていたハッフルパフ寮のクィディッチの試合メンバーを見るのは何だか久しぶりだ。
これから何かあると言うならば、それはホグズミードにまた行けることが決定したことだろうか。
「ザカリアス、二人で『ホッグズ・ヘッド』に行って温かくて気付け薬になるような飲み物でも戴きませんか?」
「いや、僕は構わないが……」
「二人とも、駄目だよ」
ちっ、ハンナに怒られた。
「そうよ、私達未成年でしょ」
「一杯くらい良いじゃないですか」
どうせその日が終わればクリスマス休暇なのだし。
「君は普段真面目な癖に、ここぞの時は派手に羽目を外す傾向があるな」
「わざわざ先生方に怒られるようなことをしなくても良いと思うのですけど」
アーニーやジャスティンも困り顔でこっちを見ていた。
「今は未だバタービールで良いじゃない」
「そうよ。味は悪くないし」
スーザンやエロイーズはそう言っているが、あの甘酒とバタースコッチとルートビアを足して三で割ったような飲み物だとこう、呑んだ気がしないのだ。
「はあ、分かりました。仕方ないですね」
上手く行ったお祝いに呑みたくなったのだが、来年以降にしておこう。
「それよりもその日は前回行かなかった処を回る方が先でしょう」
「良い考えだ」
「私は前に行ったことの無い郵便局に行きたいかな」
「ハニーデュークスにはもう一度行きたいわね」
流石若さに満ち溢れた三年生。この瞬間を楽しもうとする為か話題が尽きない。
ブックカバーで表紙を隠した本を机に置きながら、談話室の温かい場所で私は健全な少年少女達を見守った。
ホグズミードに行ける日となった当日。
私はと言えば忘れ物があると言って他六人と一時的に別れていた。
とあるブツを見ながら私は目的の人物を探していく。
居た!
おそらく自分は誰にも見つからないだろうと高を括っていただろう、その人物が居るはずの処には何も見えない。
透明マントを纏っており、姿形を目で捉えることは不可能。
だけど雪の降り積もった箇所を移動する際に発生する足跡は可視ではあるし、何より超感覚呪文で息遣いや動きが確かに察知できる。
故にアタリを付けた私は、彼の首がある辺りに必殺の轟斧爆(要するに単なるラリアットですよ、ええ)を喰らわせた。
くぐもった悲鳴が聞こえてくるが校門の近くで目を付けられると厄介だ。
私は無言で彼の首にがっちりとホールドを決めたままフィルチさんやスネイプ先生から遠い場所に移動し、ようやく彼を解放した。
「やあ、ハリー」
「ティア」
咳き込んだハリーはしゃがみ込んだ姿勢から私を見上げた。
「いきなり何をするんだよ!」
「いえ、吸魂鬼に透明マントは通じないと言うダンブルドア校長のお言葉を忘れていたハリーに渡したい物がありまして」
「百味ビーンズならもう要らないって言ったはずだよ」
失礼な。そんな物よりももっと良い物なのに。
「クリスマスに是非贈らせていただきますね、じゃなくて言いたいことがあったんです」
「いや、要らないから……何?」
ねぇねぇ、皆がホグズミードに行っている今一人だけお留守番なのはどんな気持ち?ねぇねぇ今どんな気持ち?
と怒りで震えているハリーの周りをスキップしながらクルクル回っても良いのだが、それは別の機会に取って置こう。
「ハリー、駄目ですよ。ロンもハーマイオニーもハリーがそんなことをするのを望んでいないはずです」
「じゃあ君は皆がホグズミードに行って楽しい思いをしている中で、それでも一人だけホグワーツにいろって言うのか!」
話は最後まで聞きなよ、ぼーや。
「そう言うことではなく、貴方の安全を最優先しなさいと言っているのです」
「安全なだけじゃ、何にも手に入らないじゃないか!」
ハリーが泣きそうになっているのを見るに、少々焦らし過ぎたらしい。
私はミッションを開始した。
「ああ、もしかしてハリーはホグワーツに留まるべきなのに、此処から出ていくのが駄目だと私が言う様に思っていたのですか?」
「え?」
ポカンとした顔が少し面白い。
「違いますよ。私が言いたかったのは、門を護っている吸魂鬼に対抗できるような手段も無しに、何の考えも無しに通ろうとしていたことです」
「でもあそこしか出られるような場所って無いはずだよ」
「そうではないのです」
それよりも私が気になっているのは、だ。
「ところでハリーには私が、貴方一人で寂しく過ごすことを気にしないような、そんな薄情な女の子に見えていたのですか?」
「うん」
ちょっと待って。そこで力強く頷かないで。
「……色々言いたいことはありますが、まあ良いでしょう。散々勿体ぶったことも言いましたが要するにハリーに渡す物はこれです」
そうして私は忍びの地図を彼に見せた。外観からは古ぼけた羊皮紙にしか見えず、確かに大した代物には見えないだろう。
だが真価は違うのだ。
「これはそうですね、私が若くて、疑いを知らず、汚れ無き頃のこと――」
「……」
おい、そこでお前にそんな時期があったわけないだろう、みたいなちょっと小馬鹿にしたような目で私を見るのは止めて置いてくれ給え。
「要するに一年生の時にたまたまジョージとフレッドから譲られる機会があったわけですよ」
「あの二人が?」
「ええ。方向音痴で苦しんでいる私を見かねたのか、ただ単に彼ら二人と同じ匂いを私から嗅ぎ取ったのかどうかは良く分かりませんが」
正確には後者だが、そこまでハリーに説明する義理は無い。
そこから私は地図の利用法、注意点などをできるだけ早く説明していった。
「――ということです」
「でもそんな大切な物を僕に渡して本当に良いの?」
「構いません。そんな物が有ったって私の方向音痴は治りませんでしたしね!」
本当、救いようがない感じである。
ただそんな私の開き直った様子をハリーに気にさせないような行為と捉えたのか、彼に純粋に感謝されてしまった。
「ありがとう、ティア」
「どういたしまして、ハリー」
いえいえ、本当は君に渡るはずだった物だしね。
「ホグワーツにシリウス・ブラックが入り込むようですから、何処に居たって一緒でしょう。とは言え、無茶しちゃだめですよ」
「うん、分かった」
そう言えば私が前世で好きだった小説で書いてあったことなのだが、禁酒法時代のアメリカではこんなことが書かれてあった樽が売れていたそうだ。
「この樽を放置して置くとお酒になります。そうなる前に飲んでね!」
と言う物だったらしい。
一体どれだけの人がそうなる前に飲んだかは知らないが、今回の事とは関係がまるでないし、ハリーは無茶しないって私信じているから(棒)。
この後で聞いたところ、ハーマイオニーは私が長い間利用していたことを知った途端、それに対しては特に何も言わなくなってしまったらしい。
ロンは逆にあのティアが使っていたんだよ、止めておきなよとハリーに言う側だったらしいが。
彼はツンデレだったのだろうか?
とりあえず今日の役割は達成したことだし、今日は思いっきり遊ぼう。
その日は学期末だからか、ホグズミードのそこかしこではしゃいでいる生徒たちが見受けられた。
私は結局合流した仲間達と共に、今日ばかりは私自身の主体性も無く流されて行った。
ただ何の予定も持たず、行動することは随分久しぶりな気がして。私としては新鮮な気がする。
アーニーやジャスティンが気に入った玩具を見せびらかし、スーザンやエロイーズのお勧めのお菓子を買い食いし、全員で叫びの屋敷の前で集合写真を撮って。
また締めに七人でバタービールを三本の箒で飲んだ後、私達はホグワーツに帰還した。
夕食は直ぐで、その後女の子たちだけで夜のお茶会を楽しむことになった。
「ティア、もう始めちゃうわよ」
「あ、はい。スーザン、大丈夫です。キリの良い所まで読み終わりましたから」
そう言って私は読み止しの本に栞を挟んだ。
「こないだからずっと本ばかり読んでいるよね。何を読んでいるの?」
「ルーピン先生から借りた少し古い本ですよ。今では滅多に読むことができないらしいので無理を言って貸してもらったのです」
私お手製のブックカバーで覆われたその本は、閲覧禁止の棚にあったそれであった。
ここで種明かしをしておこうと思う。
ハッフルパフとグリフィンドールのクィディッチの試合が終わってから数日が経過した頃には、既に作戦は上手く行っていたのだ。
あからさまにルーピン先生の、私に対する態度が挙動不審気味になっていったのが、少々微笑ましかった。
無理もない話ではあるのだけれど。
ああ、実は月曜日の時点で私は狼人間のレポートは提出していたのだ。
スネイプ先生にではなく、ルーピン先生に、だが。
そこで長々と私自身の書き記した、本当は夏休み中に書ききった詳細にして素晴らしい内容を此処で全て記述する気はさらさら無い。
多分楽しくないだろうし、何より重要だったのはただの一点のみであった。
レポートの最後に書いたのは以下の一文だ。
「最近ではホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の授業を請け負っている個体が居るようです」
と言う物である。
彼は気が気でなかったのだろう。
そこで授業、その他で遭う度に私は開心術を使用し、彼の不安が頂点に達しそうになった頃に彼に接触した。
「こんにちは、ルーピン先生」
「や、やあこんにちはミス・レストレンジ」
暗くなる前、ホグワーツの城の中は、その時は未だ決して寒いとは言えなかったのに彼は酷く震えていた。
そして私はただ目を見開いたまま、にっこりと笑んだ。
「人狼の闊歩しないような良い月の夜になりそうですね」
「そ、そうだね」
どもらないで欲しいな、クイレル先生みたいじゃないか。
「ところで先生。ルーピン先生は人狼をどういう生き物だと思いますか?」
ややあって彼は応えた。
「……普通の人間だと私はそう思っている」
真っ直ぐに彼を見る私に対して、先生の方はしっかりとした台詞にも関わらず目を合わせてはくれなかった。
と言っても私の開心術を警戒している様子では無い。
「でも多くの人はそう思っていないようですね」
「その通りだ」
後ろめたさがある、か。
「魔法界には『反人狼法』と言う物が有るようですね」
「! ああ」
「もしここを離れることになったら先生は大変なことになるのでしょうね」
「そうかもしれないね」
暗がりの中、私は彼の立場を危ぶめるような言葉を重ねていった。
「知っていますか?」
「何を?」
「ドラコ・マルフォイは私の従弟だと言うことを」
「当然知っているとも。君の母親と彼の母親は姉妹だった、そうだろう?」
まあ、知らないわけが無いだろう。
「彼とは手紙をやり取りするような仲でして」
「……」
「うっかり先生のことを彼に伝えてしまわないかどうかが心配です」
「何が言いたいのかな?」
そう、本題は此処からだ。
「そう言ったうっかりが無いように、私は少しばかり読書に打ち込みたいかな、と思いまして。幾つかの許可を先生に出していただけたらな、と思っているのですよ」
羊皮紙に書いておいたリストを見せた。
「これは全部閲覧禁止の棚に在る本ばかりじゃないか!」
「ええ、それくらいでないと私のうっかりが無くならないかな、と思いまして」
渡したリストを上から下まで読んだ彼に対して私は事もなげにそう応えた。
これで「お願い」を聞いてくれるなら成功。
駄目なら本当に彼に対して明かすことになってしまう。
「君は私を脅しているのかい?」
先ほどまでとは少し違う光の宿った目で彼に見られた。
「まさか、私はただお願いしているだけなのです」
要するに私に対して禁書の類を読ませないなら、フォイ君に対して貴方の正体をバラし、学校で教職を続けられなくしますよ?と言ってやっただけの話だ。
「それで、後一度だけお願いします。この本の閲覧許可をお願いできますね?」
できるだけ真摯で、しかし何処か狂気が有るように見えたことだろう。私のその精一杯の演技に対し
「……分かった」
ルーピン先生は疲れたような顔で、新しく差し出した羊皮紙の切れ端に書かれた本に対してサインをくれたのだった。
その時こそが、私が今年も禁書閲覧券をゲットした瞬間である。
時計の針を進める為に、私はただ力を付け、とある目的の為に知識を得ていかなければならないのだ。
ルーピン先生に対して悪いとか、そういう感情などどこか遠い所へと吹き飛んでいた。
私は利用できる全てを利用しないといけないのだから。
きれいはきたない。きたないはきれい。