楽しめるか否か。それが問題だ。   作:ジェバンニ

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※今回他者視点注意。
色々酷くしてすみません。更新中断期間とか、あと話の内容とか。


魔女

僕が見た彼女は元気が無かった。

その蒼い瞳はただ遠くを見つめているようで、ティーカップを持ったまま物憂げな様子で溜め息を吐く。

そんな彼女を見て、つい何も考えない反射だけで、声を掛けてしまった。

「ティア、何か悩みでもあるの?」

「ああ、ザカリアス。いえ、何でもないですよ」

僕に対して少し悲しそうな顔で、そう言った。

 

ただ静かに笑っているだけで、こちらの顔が熱くなってしまう魅力的な女の子。

今、この瞬間に何かを諦めたような表情をした彼女は最近までは大体において、そんな顔をしたことが無かった。

だから僕は此処で退く気には、なれない。

「それじゃあ何かあるって言っているような物じゃないか」

前に腰掛けて話すよう、促すと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実はザカリアスの呼吸が止まらないことが悩みでして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?今もしかして僕、死ねって言われた?

 

「ティア、冗談じゃなくて」

「おや、私は何時だって真剣ですよ?」

 

……え?本当に?

 

「まあ、それこそ冗談です。実はメルロン以外で、内緒で飼っていた可愛いペットに逃げられてしまったのですよね」

「それは……苛めたからとかそう言った理由かい?」

「いえいえ。飼い方を間違えたわけでもないはずなのでそれはないでしょう。

 零時過ぎに餌は与えていませんし、水や太陽の光にも当てませんでした」

……それは一体何の生き物なのだろうか。

「まあ、本当の理由は彼に最後に伝えた言葉だったのでしょう」

ほんの冗談だったのですけどね、と彼女は顎に人差し指を当てて呟いた。

ちゃんと僕たちの言葉を理解したということは、飼っていたのは何かの魔法生物なのだろうか?

「当ててみてください」

いや、遠慮しておこう。彼女が出した何かを当てるクイズなどで、正解を引き出したことは未だ一度も無かったのだから。

「何だ、つまりませんね」

彼女は不満そうに言った。

だけどティア、君そんな調子で試験は大丈夫なのかい?

「おや、私は何時だって問題ありませんよ」

得意げに言う彼女だけど、多分本当の事なのだろう。

この頃のティアは、以前よりも更に魔法の腕が向上しており、アーニーやハンナをすごい勢いで引き離していた。

少しだけ見せて貰えたレポートも、キレが増し過ぎている。

その躍進には何か秘密があるに違いない、というアーニーに対して彼女はただ人差し指を唇に当てて、

「秘密です」

と答えるばかりで、それ故に周りから付けられた渾名は「秘密主義のユースティティア」と言う物になってしまっていた。

知恵が深まると共に悩みまでも増えたのか、憂い顔まで増えてしまったようだが、その理由も僕たちにさえ教えることが無い彼女には相応しい物だと思う。

まあ、依然と同じように薬草学の授業だけは、あまりにもやる気の欠けた顔をしていたのだが。

以前彼女に聞いたところ

「草と言う物は植えるのではなく、生やすべきなのですよ」

ということだが、未だに僕たちには彼女の言葉の真意が分からない。

 

 

そんな彼女のふふんと得意げな顔を思い出し、多少の謎を残しつつも、今年もまた試験は始まった。

変身術の試験から開始したのだが、その課題の幾つかは僕には難しすぎた。

とりわけティーポットを陸亀に変えるというそれでは、四本脚が生えたティーポットが口から湯気を出しながらゆっくり歩いているという、とてもとても愉快な生き物が出来上がってしまっていたのだ。

絶対に点数が悪かったと思う。

他の皆もあの課題は難しかったと口に出しているのを横目で見ながら、それでもティアなら上手くやったのだろうな、と思ってみていると彼女は難しい顔をしていた。

「どうしたの? ティーポットの課題は上手く行かなかった?」

「ザカリアス、いえ、陸亀自体は多分上手くできたのですよ。マグゴナガル先生も最初は何やら羊皮紙に満足そうな顔で書きつけていましたしね」

なら何が問題なのだろう?

「白いティーポットから黒い小さな陸亀を変えられたのは良かったのです。問題は暫く歩き出したその後で、亀が手足を引っ込めたかと思うと、手足の在った場所から蒼い焔を吹き出しながらどこかに飛んで行ってしまったことなのですよね。いえ、最初にあのサイズで現れなかったことは不幸中の幸いなのかもしれませんが」

……ティアは一体何を生み出したのだろう?

他にも試験があるから直ぐに思考を切り上げたようだけど、彼女はその亀が何か変なことをしていないかどうかが凄まじく気になっているようだった。

 

ただ試験で変なことが起きるというのは、僕たちが体験した中では稀なことだと言える。

授業中の方がむしろ変なことで一杯だったからだ。

と言うのも今年度は呪文学で「元気の出る呪文」をティアに掛けられた際、僕が白目を剥いたまま何時間も笑い続けて死にそうになったり、魔法生物飼育学でやたらと「レタス食い虫」が巨大化して危険極まりない生き物に成ったりしたからだ。

それはジャスティンが横を見ている隙に、ティアが何か緑色をした液体をレタス食い虫に飲ませるとともに変化が開始された。

見る見るうちに大きくなり、レタスどころか鼠だって食べられそうなサイズになったそれは凶暴性も増したのか、手を出した僕の指は咬まれてしまったのである。

その怪我自体はどうということは無かったのだが、その日の夜には何故か体が痒くてたまらなかった。

次の日にティアが笑顔で青色の液体を飲ませてくれてから症状は無くなったが、あれは一体何だったのだろう。謎だ。

まあ、試験では彼女はレタス食い虫に何かすることは無かった。流石に試験で何かを試みるのは彼女の流儀ではないということは、僕たち皆が知っていることだ。

ただ、ハグリッドがレタス食い虫の試験中の生存を確かめる(レタス食い虫が試験終了まで生きていることが試験内容だったので)際、盥を見ている最中に、何事かを呟くと彼が少しだけ涙ぐみながら足早に他の生徒のそれを見に行ったのは気にかかった。

聞き間違いでなければ

「シシカバブ、パイ包み、姿焼き……」

と呟いていたが何か関係があるのだろうか?

昼食まで時間があったので、お腹が減っていたというのが一番ありそうな理由だが。

ジャスティンは何か呆れたように、彼女を見ていたのが酷く印象的だった。

 

午後になってから、魔法薬の試験が開始。

スネイプ先生が見ている中で「混乱薬」を作るというのが課題だった。

正直な話、僕たちの中でこの授業が得意なのはアーニーとティアだけだ。

以前ティアにちょっかいを掛けていたら、

 

「スネイプ先生のねっとりハチミツ授業」

 

と彼女が僕だけに聞こえる声で呟いて、思わず笑ってしまい、それからというものの彼の先生に目を付けられるようになってしまった為、イマイチ苦手なのである。

後、他の面々は単純に細かい作業が苦手なせいか、この授業が不得手のようだった。

とはいえ、それまでのレポートも授業結果もそこまで良くなかったので、挽回するべく僕なりに必死にやらざるを得ない。

「おや、ザカリアス。そこはそうではなくこれを足すと良いですよ」

試験中だというのにティアが僕にこっそりアドバイスをくれている、だと?

いや、確かに先生の眼を盗んで試してみるとちゃんと濃くなって、教科書以上の出来栄えになっていく。

「ティア、ありがとう!」

「いえいえ、私だって貴方の成績が下がったら悲しいですから」

彼女は髪をいじりながらはにかんで言った。

ティアはそんな素振りを今まで見せてこなかったから僕はつい問いかけてしまった。

「本当かい?」

「ええ、だって私はザカリアスの事が……」

潤んだ眼が色っぽくて僕はドキドキして――

 

 

 

そこでティアの顔が、至近距離で僕を見ているスネイプ先生のそれに変わった。

 

 

「うわああ!」

今までにないほど、僕は驚いた。

「ふむ、スミス君。我輩の試験で居眠りをした生徒は初めて見たよ」

「す、すみません!」

どうやら僕の混乱薬が少し気化しており、そのせいで幻覚を見ていたらしい。

後で医務室に行くよう僕に告げた先生は羊皮紙に、何やらマイナスという文字をかいたように見えた。

そしてアーニーに僕が見たことを話すと思いっきり笑われた。

良く考えてみれば、幾らティアでも試験中に助けてくれるはずが無いと分かり切っているとしても、そこまで笑うことは無いと思うのだけど……。

 

気落ちしつつも、夜は「天文学」の試験だ。

真夜中、習い覚えた星々を見つけ出しては書き綴っていく。

天文学といえば、何故彼女は今年やけに月の満ち欠け図を気にしていたのだろうか?

毎日毎日、自分自身の生死に関わるかのように、夜になる少し前には必ず確認していたのを僕は記憶している。

一度訊いてみたら

「満月には大猿の化け物が出るとお爺ちゃんが言っていまして」

……僕の知る限り、ティアは一度も自身の祖父に会ったことは無いはずなのだけれど。

ティアを見ていると謎が深まっていく。

彼女曰く

「女性は秘密を着飾って美しくなっていくそうですよ」

とのことだが、それなら彼女が凄まじい美人であることの理由にも説明が付くのだと思う。

 

魔法史は、僕自身はまあまあと言ったところだろうか。

普段付き合いのある面々だとアーニー以上に、ティアの方が手ごたえを感じている様子ではあった。

 

「内緒の解説者さんが居たおかげで中世の魔女狩りはばっちりです!」

 

とガッツポーズをしながら彼女が言っている様子が、美しいというよりも可愛らしかった。

ただ幾つかの試験の合間に受けた今年からの科目のうち、「古代ルーン文字学」や「数占い」に関していえば、少なくとも僕は自信ない。

僕、ティア、ジャスティンの三人は同じ三つの選択科目を取っているので、そのことで主に談話室で一緒に勉強することがあるわけだが、今年はあまり集中できなかったのだ。

いや、彼女が教えるのが上手く、僕たち以外の面々もお世話になれるほどだというのは認める。

だけど僕も男の子なのだ。

彼女の口から出る言葉よりも、テーブルの上に乗っている部位に目が行きっぱなしになっても仕方がない。

そう、悪いのはこの場合僕じゃなくて彼女だと思う。

 

その日の昼を挟んで薬草学の試験が終わった後で、

「魔法界なのだからお金のなる木くらいあっても良いと思いませんか?」

という言葉を

「はいはい。また何時ものティアの冗談ですか」

とジャスティンは彼女の発言を流した。

それは本気で言っているのではないのだろうか?

僕は訝しんだ。

普段はミステリアスな感じがしているのに、彼女は言っていることは結構俗なのである。

 

 

最後の方の試験に「闇の魔術に対する防衛術」があった。

マグルの言うところのアスレチックのようですね、とティアが呟いていたこの試験では紙によるものではなく、ルーピン先生が作り出したコースの上で実地の課題を熟すらしい。

今までにない試験のせいかティアも含めて皆、少し明るい表情をしていた。

 

僕を除いては、だが。

 

それは勿論もう直ぐに試験が終わるということもあったのだろう。

皆が朗らかになるのも分かる。

この科目が過去二年間のそれよりもマシになったのは認めよう。

はっきり言って役立たずのクィレル先生や、口だけの詐欺師だったロックハート先生の授業よりも楽しくはあった。

だけど、僕個人がこの科目が、いやルーピン先生が気に食わない。

ティアに気に入られ過ぎているのだから。

スネイプ先生の闇の魔術に対する防衛術の授業以降、毎回のように彼女は質問をするから、と言って、一人でルーピン先生の下に残るのだ。

全く、男の教師と二人っきりになるなんて。

ティアは無防備過ぎるのだと、僕ははっきり理解した。

 

一度だけ、次の授業が迫っているから二人が教室に残っている処に乱入したことがある。

まるで逢引きを邪魔されたかのようなドキッとした表情で、ティアは僕を迎えたのだ。

 

「ティア、次の授業がもう直ぐだけど」

「あ、ああ。すみません。もうそんな時間でしたか」

 

服装の乱れなどは無かったことから、そういうことではないのだろう。

ただ何かを隠したのは見て取れた。

 

「……質問じゃなくて逢引きだった?」

「誤解だ!」

 

間髪入れずにルーピン先生の方が否定した。

落ち着いた様子で

 

「ザカリアス、それは邪推と言う物です。東洋に男は狼だという台詞がありますが、私にそういった意味で手を出すほどルーピン先生も酔狂ではないはずですよ」

「……その通りだ」

 

と言ったティアに対し、何故か苦い薬でも飲みこんだ様子で同意する。

後ろ暗いことがあるようだけど、それが何なのか分からない。

ティアに後で聞いても、その度にはぐらかされたり、煙に巻かれたりする。

それがどうにも腹が立つ。

 

思い出しながら、それでも僕の番になった。

授業で対応の仕方を学んだ魔法生物たちの間を特に問題なく走って行き、最後の場所に辿り着いた。

そう、嫌いだけど決してこの科目は苦手なわけでは無いのだ。

到着した最終地点からはティア達の姿が見えた。

ルーピン先生やもう終わった面々に、トランクに入るように指差された。

終わりは近いことに安心しつつ、試験はともかく今後は今までのように消極的じゃいけないのだと僕は心で理解する。

前にティアが言ったこういう時に言うべきことを思い出しながら僕は思った。

 

この試験が終わったら僕、クィディッチワールドカップにティアを誘うんだ、と。

 

魔法界のこのスポーツにティアはあまり魅了されているとは言い難い。

だけどいくら何でも今年開催されるワールドカップなら、是非とも見に行きたがるに決まっている。

そんなことを考えながら僕は足を踏み入れた。

トランクの中に入りつつ、僕が目撃したのはウェディングドレス姿の僕だ。

 

「え?」

 

白い姿にブーケまで持っていた。しかも何で少し嬉しそうなんだ!

一体どうしてこんな姿のボガートが……?

 

聡明な僕は直ぐに理解した。

 

Qトランクに最後に入ったのは誰?

A魅力的だけど色々酷い同級生。

 

……あの魔女めっ!よりによって笑える姿に僕のウェディングドレス姿を想像しやがった!

 

軽く苛ついた僕の目の前で、トランクの主は姿を変えていく。

 

後で聞いたところ、スーザンのボガートは頭が三つになって居たり、ハンナのそれは全体的に白くなったうえにエリザベスカーラーをしていたりしたらしい。

かくいう僕のは

 

「ザカリアス」

 

とても優しい微笑みを浮かべた制服姿のティアのそれへと変化した。

 

 

魅力的だ。とても魅力的だが――

 

 

「私の視界に入らないでもらえますか」

 

 

 

その名の通り、女神のような優しい表情でそんなことをのたまってきた。

思わず、膝をつく。

 

覚悟はしていた。していたが、彼女の口撃の一つ一つは僕には致命的なそれなのだ。

そう、こういう時にティアが言っていたことを思い出そう。

 

言葉のボディーブローは右フックで躱すんですよ。

 

というものだったはずだ。

……ちょっと待て。言われた時はああ、なるほどと思ったが右フックでどうやって躱せというのだ。

 

何となく釈然としない気持ちのまま、しかし笑える物を思い浮かばないままに

 

「リディクラス、ばかばかしい!」

 

そう唱えて

 

「ザカリアスってよく見るとドブネズミみたいな顔をしていますね」

 

恰好が変わっていないまま、言っている内容が酷くなっていただけだった。

手も思わず地面に着いてしまってから僕は必死に考えた。

冷静になれていない。

でもこのままじゃ駄目だ。ゴール地点から遠くなかったことを考えると此処が最後のはず。

 

「リディクラス、ばかばかしい!」

 

ウェディングドレス姿が現れた。

今度は僕じゃない。ティアだ。彼女がその服装なのだ。

 

ただし隣にいるのはタキシード姿のジャスティンだった。

 

 

 

思わず自分の杖を地面に叩きつけそうになりながら、僕は何とか踏みとどまる。

そう、そんなことをしても何にもならないのだから。

 

「「私達、幸せになります!」」

 

 

二人合わせてそう言いながらキスをし始めたので思わず意識が遠のきそうになる。

 

 

が何とかこらえて、ジャスティンを笑える姿にすれば良いんじゃないか。

と思い付いた。

 

 

 

「リディクラス、ばかばかしい!」

 

 

 

 

 

 

 

失敗したらしい。

 

裸の二人がキス以上の凄いことをし出しているのを見て、僕はますますこの科目が嫌いになっていくのを自覚した。

 




ティアとザカリアスはとっても仲良し。

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