その日は朝からパンプキンパイの焼ける良い匂いがしていた。
飾られている幾つものくりぬきカボチャの中身をふんだんに使用したそれは今日この日の花形料理なのだ。
家に居た頃はドロメダ叔母様が毎年作っており、今生での大好物の一つになってしまったわけだがこの匂いの感じではホグワーツのそれも美味に違いあるまい。
「うふふふふ……パンプキンパイのパンプキン乗せ……パンプキンパイの糖蜜掛け……パンプキンパイのタルト風……パンプキンパイのカレー乗せ……パンプキンパイとパンプキンパイのパンプキンパイと……げふぅ!」
色々と楽しい気分のままトリップしつつ廊下をスキップしていたら突然後ろから凄まじい衝撃があり、前のめりに倒れて頭をぶつけた私は意識を失ってしまった。スイーツ(笑)。
眼を覚ますとそこは保健室だった。
「おや、ようやく起きましたね」
確かマダム・ポンフリーだったか。いや、そんなことより
「私のパンプキンパイは!?」
「ごめんなさい!」
うえ?
「その、私廊下を下向きながら走っていたら貴女にぶつかってしまって……」
そこに居たのは今後学年一の秀才と謳われることになるハーマイオニー・グレンジャーさんでした。今の私の中での認識は「死亡フラグその2」でしかないのだけど。
積極的に話しかけていたわけじゃないし、話しかけたかったわけでもないので顔を忘れかけていた(要するに髪型で思い出しました)。だが今問題なのはそこじゃない。
「ハーマイオニーでしたよね?今の時間は!?未だ今日はハロウィーンですか!?」
「え?ええ、そうよ。今は夕食のちょっと前」
なん……だと!?
「そうですか、それは……」
「ごめんなさい。お昼前にティアが倒れてそれからずっと眼を覚まさなくて……お腹も減ったでしょう。私が前を向いていなかったばっかりに走っていた最中に貴方にぶつかってしまって……」
「むしろナイスですよ、ハーマイオニー!」
「は?」
泣いていて少し赤らんで、ぐしゃぐしゃになった顔でも驚いた様子は可愛かった。
「眼を覚まして未だハロウィーンが終わっていなくてむしろこれからだと分かったのならこれ以上の喜びはありません。私、この日がクリスマス以上に好きなのです。絶対に一年で一番神聖な日ですよね!おまけにお昼ご飯を抜いてしまったせいかお腹が減っていますけどその分夕御飯の御馳走が入るじゃないですか。私的に超グッドですよ!」
ノンストップ+ノンブレスで話したせいか息が上がってしまったが右手で小さくガッツポーズをしたこともあって伝えたいことは伝えられたはずだ。むしろベリーサンクスと思っているのだと。
「ああ、そう。気にしていないなら良いわ……」
何だかハーさんが呆れていたような顔をしていていたけどそんなことはどうでも良い。それより
「ハーマイオニーはどうかしたのですか?」
「え?」
「その泣きはらした顔、それですよ。別に私一人の時間を奪ってしまったから泣いていたわけではないのでしょう?」
「あ、あの違うのよ?別にティアに悪いことしてないと思ったわけじゃなくて……」
「不幸な事故だったということで済む話じゃないですか。それよりほら巻いているのですよ。ハロウィーンの御馳走は逃げたりしないでしょうけど待ってもくれないのですよ?」
いや、ロンと喧嘩したとかそんなだったはずだけど話を進めないとそう、愛しのパンプキンパイが……!
それと冷静に考えてみれば逃げないとは言ったものの魔法学校のパンプキンパイなら足や羽が生えて走りだしたり飛んだりすることはあるのかもしれない。そうなったら追いかけるだけで苦労してしまうだろう。
そんなことを思っているとハーさんが訥々と話し始めてくれた。
うん、ごめん。中の人が何年か前にこういう領域を経過してしまった為にどうしても思考はどうもシリアスにはなれない。でもその分真剣に聞くから勘弁してほしい。
「ロンに酷いことを言われて……いえ、私が悪いのかしら。『誰だってあいつには我慢ができないって言うんだ。まったく悪夢みたいなヤツさ』って言われて頭の中で色々な感情がごちゃごちゃしちゃって」
おそらく自分の中でも整理なんてできていないのだろう。ただ話しているだけで少しずつ楽になっているようではあった。
「ああ、あの赤毛君ですか。その時の様子を説明してもらえますか?」
うん。どんな状況でそういうことになったのかまでは覚えていなかったし。パンプキンパイの楽しみ分くらいは話を聞いても良い。
ハーマイオニーの説明が終わって私はどう言えば良いのか考え込んでいた。
話を聞く限りそれは
「嫉妬じゃないでしょうか」
「嫉妬?」
ハーマイオニーは不思議そうに訊き返した。
「ええ。あるいは単に自分が上手くいかないことに対する八つ当たりなのかもしれませんが……ロンは浮遊呪文を上手く扱えなかったのでしょう?でそこでハーマイオニーは上手くやった。人って自分には無い才能に憧れたり嫉妬したりするものですからどうにも腹が立ったのではないでしょうか」
まあ、どちらかと言うと男の子の意地みたいなものも影響しているような気がしなくもないけれど。
「そう言うものなのかしら……ティアも誰かに憧れたり嫉妬したりするの?」
「私にもある種の才能はあります。でもできれば他の才能が良かったと思うことが無くは無いものなのです」
そこら辺は複雑だ。例えば今と違った人生を歩みたいと何時も不満ばかり述べている人が居るとしよう。いざその通りになったとしてその人は満足できる幸福な人生を送れるか?多分今度はその人生における別の不満ばかり述べるようになるに違いないのだ。
今持っている私自身の才能にしても私自身はあまり好きではないけど何かの役には立つのかもしれない。
さっき話題に上げたロンにしても声真似とチェスの才能よりも監督生で主席になれるような才能が欲しかったはず。誰しも別に欲しい才能が幾つも手に入るわけではない。
人間は平等だ。平等にそれぞれに見合った不幸と問題がある。だけどそう
「まあそれでも良いのではないかと言う気はしますけどね」
「は?」
「別に同じ人がたくさんいる必要は無いでしょう?例えばグリフィンドールにはトラブルメーカーな赤毛の双子が居ると聞いています。その人たちみたいな人ばかりなホグワーツを想像してみたらどうです?」
「大混乱になるでしょうね」
想像してちょっと嫌だったのか彼女は顔をしかめていた。
「まあ、皆違うからこそその部分を補う為に友達とか作るのでしょうけど……」
「私に……私に友達なんてできるのかしら」
気になるのはそこか。
「まあ、大丈夫なんじゃないですか」
「根拠は?」
それは勿論
「両親が魔法界最悪の夫婦だった私にも同じ寮に友達ができたんですよ?そうじゃないハーマイオニーにできないわけがないじゃないですか」
にやりとニヒルに笑って私は告げて
「それは説得力があるわね」
くすっ、と彼女はそこで初めて笑ってくれたのだった。
その後顔が酷くなっていたハーマイオニーはトイレで顔を洗いに、私は食堂にパンプキンパイを食べに笑顔で別れ
「遅かったよね。もう大丈夫?」
とおっとりのハンナが私を出迎えた。テーブルに着いた私を心配そうに見てくる姿はとても癒される。
「ええ、もう大丈夫です。マダム・ポンフリーにもゴーサインいただきましたし」
「結局何があったの?」
としっかりのスーザン。状況把握に努めるのが彼女の主な役割だ。なお私がボケをかますとツッコミのスーザンに早変わりしてくれる。
そこで何があったのかを説明すると
「ククク……私より可愛い子は皆滅べば良い……!」
とがっかりのエロイーズ。この人基本的に性格は良いのだが自分の顔にコンプレックスがあるせいか自分より可愛い他寮の子に対しては毒を吐きまくるのだ。
ショートボブの髪型に眼鏡、そして少し見え隠れしているにきびのある丸みを帯びた顔がちょっぴりダークな感じに染まっていた。
え?私?
私うっかりのティア。良く忘れ物をしたり道に迷っていたりするからそう呼ばれるの。
……何と言うかハッフルパフ寮って他の寮に比べて個性薄いので寮生同士で渾名を付けるのが流行っているのだ。かれこれ800年くらい続いている伝統らしい。
まあそんな風に話をしながら時間を潰しているとようやく金の皿とゴブレット、それに料理が出てきてくれた。
ようし、昼食の分まで食べまくるぞ!
主にパンプキンパイを中心とした料理を食しているととても幸せな気持ちになってくる。何人たりともこの幸せは邪魔させない……!
おや、誰か来たようだ。
それは紫のターバンがトレードマークのクィレル先生だった。
「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと思って」
クイレル先生のバタンキューの後でダンブルドア校長がどうするかについての対処法をこの場の全員に知らせ、行動が開始された。
食堂を出る際に持ちだしてきたパンプキンパイをうっかり強く握り潰してしまい、ベタベタになった手を洗う為、私は近くに居た入寮の時に話をしてくれた女子の監督生に許可を貰ってトイレへと駆け出した。
……後になって考えれば別にスリザリン寮に入らなかったし自分はもう三人組やヴォルデモートの関心を引かないはずだという慢心が悪かったのだろう。
また迷っているうちに女子トイレを探し当てて中に入るとそこにはハーマイオニーがいたのだから。
「え……?何でここに」
「あ、ティア。そろそろ戻ろうと思っていたんだけど……」
まずい、この状況は……。15秒で手を洗い終えた私はハーマイオニーの手を引こうとしてぶぁーぶぁーという低い音を聞いた。……遅かったか。
女子トイレのドアを開けて入って来た姿を見て私たちは悲鳴を上げた。
「「キャアアアアアアアアアア!」」
同じ悲鳴だが私とハーマイオニーでその意味合いは異なる。
「そんな……この山トロールって女の子だったのですか?」
「明らかに雄じゃない!ってそんなこと言っている場合じゃないでしょうティア!」
ハーマイオニーの眼がこっちを捉えた。
場を和ませるちょっとしたジョークじゃないか。それにしてもしまった。此処が原作の舞台となるならこんなところに入らなかったのに。そうだよ。
隣の男子トイレに入れば良かった!
そんな阿呆なことを考えている間にも棍棒を持ったトロールは私たちに迫ってきた。
できるだけトロールから離れる様に後ろに下がっているとまたドアが突然開いた。
見てみると原作通りハリーとロンが居た。
「ハリー、ロン。此処は女子トイレですよ!」
「「そんなこと言っている場合か!」」
おおう、ナイスツッコミ。
彼ら二人は何とかしてこちらから注意を引き離そうとしていた。
その間に私はハーマイオニーの手を引いてトロールの後、現在は女子トイレのドア側の方にまで後退することに成功。
その後がまずかった。ロンの方へと向いたトロールは棍棒を彼に向けて振り上げた。
直撃はしなかったものの壁を壊した破片に運悪く当たったロンは気絶。
あれ……?こんな展開だっけ?
「ロン!ロンしっかり!」
ハリーが呼びかけたものの意識を失ったまま彼は答えなかった。
この場から逃走することは可能。だけど
「放っておくわけにはいかないですよね、やっぱり」
杖を構えて言った。さらに棍棒を振り上げてロンを潰そうとするトロールに対して
「ステュ―ビファイ! 麻痺せよ!」
赤い閃光がトロールに向かって行き……
「嘘!?効かない!?」
当たったはずなのに効果がまるで無かった。巨人と同じような魔法耐性があるのだろうか?それともクィレル教授の特製のものだからか……?
どちらにせよ失神呪文が効かないようなら確か原作だと……駄目だ。浮遊呪文で物を浮かすことくらいならいざしらず私に狙って物体操作をやるのは未だ無理だ。
となると手持ちの魔法の中で一番信用できるのは「あの呪文」ではあるのだが
「使うわけに行きませんよね」
あれは拙い、拙すぎる。しかし
「こっちだ!」
ハリーが注意を引こうとトロールの背にしがみついた。少なくともこの二人はハーマイオニーと私を助けてくれようとした以上、私にも残念なことに彼らを助ける義務がある……!何より今彼らに死なれると正直面倒くさい。
「仕方がありません。ハリー!トロールから離れてください!」
意識的に眼の中の光を消し、自身の内側の魔力を充実させていく。
身体が冷えていくような感覚、冷静になって行く感覚、冷酷になっていく感覚の三つが私の身を襲う。それと同時に周りから音が消えていく気がする。この場に居る誰よりも私は私自身が無慈悲で無感動になった気がしていた。
ハリーがトロールから離れ、充分距離を取ったのを確認し、他に当たる可能性がある者がいないかどうかを注意深く確かめる。
そして次の瞬間、「別に死んだって構わない」という気持ちを込め、私が放った魔法が正確にトロールの身体を撃ち抜くこととなる。
「アバダ ケダブラ! 息絶えよ!」
私の使った魔法界で最も恐れられている緑色の閃光は残酷にその役割を果たしたのだった。
大音声が地下で響き渡る。
大方の人の予想通り次回は色々と解説。今後ともうちの変な子をよろしく!