地上のオラリオにも、フリーゼとアルフィアの戦いは確かに届いていた。
二人が放った
市民達は恐怖に顔を強張らせ、悲鳴を上げる者もいた。それでも都市の治安を預かる【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は必死に人々を宥め、避難誘導を行っていた。
だが彼らの胸中にも不安は渦巻いていた。あの揺れの中心にいる者達は、果たして無事なのか。命懸けでダンジョンに潜っている冒険者達の安否を思うと、どうしても心がざわつく。
「……ロキ、リヴェリア達は?」
フィンは、いつの間にか陣地に姿を見せていた
地震が起きる直前、地上では
「………まだウチとの繋がりは消えとらん。せやから、リヴェリア達が生きてるのは確かや。アストレアの
ロキはそう答えながらも、眉間に深い皺を刻んでいた。
『
今すぐにでも捜索部隊を送り込みたい。しかし、どの【ファミリア】も闇派閥との戦闘で疲弊しており、戦力を割ける状況ではない。ましてや、彼女達が相対しているのは『大最悪』のモンスターと【静寂】のアルフィア。半端な戦力を送り込めば、救助どころか無駄な犠牲を増やすだけだ。
フィン達は、ただ祈るしかなかった。
――どうか、無事で戻ってきてくれ。
「リヴァル、感じたかしら?」
「……ああ。まさか、あのフリーゼ様が本気になるとはな」
ローゼとリヴァルは既に地上での役目を終え、団員達を迎える準備をしていた。その最中、地震と同時に、ダンジョンの奥底から爆発的に膨れ上がるフリーゼの
フリーゼが戦いに加われば勝利は確定する――二人はそう信じていた。だからこそ、彼女の命で地上に残っている。しかし、今感じた力は余りにも凄まじく、胸の奥に不安が芽生えるほどだった。
リヴァルは拳を握りしめる。すぐにでも駆け付けたいと。
だが彼は冒険者ではなく、ダンジョンに入る資格がない。
それにフリーゼから『地上に残れ』と厳命されている以上、勝手な行動は許されない。
「……念話が来ていないということは、まだ大丈夫だ。フリーゼ様は、必ず勝つ」
自分に言い聞かせるように呟くリヴァル。ローゼも静かに頷いた。
地上にいる彼らが出来ることは――ただ『待つ』ことだけだった。
☆
場所は変わって、ダンジョン十八階層。
アルフィアとフリーゼが放った極大の
その余波は、周囲の地形すら原型を留めないほどの破壊をもたらし、かつての美しい景観は跡形もなく吹き飛んでいた。
数日前まで、この階層は『
しかし『
そして今、フリーゼとアルフィアの戦いによる
だが、それ以上に深刻なのは――
「無事か? リヴェリア」
「あ、ああ……アイズも大丈夫だ」
爆発の中心に近い位置で戦況を見守っていたリヴェリア、ガレス、アイズの三人が、傷一つ負っていなかったことだった。
本来ならば重傷どころか、爆風で吹き飛ばされていてもおかしくない。しかし三人は無傷で、互いに顔を見合わせながら『なぜ自分達は生きているのか』と困惑していた。
その答えは、煙が晴れた瞬間に明らかになった。三人の周囲を、淡い光を放つ結界が覆っていたのだ。
「何じゃリヴェリア、あの爆発が起きる前に結界魔法の準備をしておったのか?」
「違う。これは私の魔法ではない……!」
「お姉ちゃんの魔法……」
アイズがぽつりと呟いた。
金髪の幼女が言う『お姉ちゃん』とは、もちろんフリーゼのことだ。
さらに驚くべきことに、少し離れた場所では【アストレア・ファミリア】と邪神エレボスの姿も確認できた。彼らもまた同じ結界に守られて無傷である。
アリーゼ達は自分達がなぜ生きているのか理解できず、ただ呆然と結界を見つめていた。
「どうやら彼女達もフリーゼのお陰で無事なようだな」
リヴェリアが安堵の息を漏らしたその時、煙の向こうから赤色の魔力で覆われているフリーゼの姿が現れた。大爆発の中心にいたはずなのに、彼女はまるで散歩帰りのように平然としている。
フリーゼはちらりとリヴェリア達へ視線を向け、指を軽く鳴らした。その瞬間、三人を守っていたルーン魔術『防壁のルーン』が音もなく消失する。
「フリーゼお姉ちゃん、本当にすごい……!」
「とんでもないな、あの娘っ子は。アルフィアと戦いながらも、ワシ等を守る為の結界魔法まで発動させていたとは……」
アイズは尊敬の眼差しを向け、ガレスは逆に戦慄を覚えていた。
もしこの場にフィンがいたら――フリーゼを嫁に迎えようとしているあの男は、一体どんな顔をしていただろうか。ガレスがそんな不謹慎な想像をしてしまうほど、フリーゼの力は常識外れだった。
(彼女達は無事のようだ、な)
大爆発が起きる直前、フリーゼはリヴェリア達の位置を正確に把握し、事前に刻んでおいたルーンを起動させた。『防壁のルーン』――彼女がアルフィアと戦う前から準備していた保険。爆発の中心にいたにもかかわらず、三人や【アストレア・ファミリア】(それと邪神エレボスも)が無傷で立っていられるのは、そのルーンが瞬時に展開した結界のおかげだった。
無事を確認したフリーゼは、指を鳴らして結界を解除し、再び視線を戦場へ戻す。
そこには、彼女の
衣服は焼け焦げ、肌には無数の裂傷。それでもなお、彼女は生きている。
フリーゼは全身を赤く染めていた
「あれ程の爆発を受けてもまだ生きてるとは……流石は『Lv.7』と言うべきですかね」
「……五月蠅い」
アルフィアの身体がピクリと動き、ゆっくりと上半身を起こそうとする。その姿を見て、リヴェリア達は思わず身構えたが、フリーゼは一切動じなかった。
「ゴホッ……ゴホッ……。やはり、防ぎきれなかったか……」
「驚きましたよ。あの一瞬で魔法無効化を使おうとしたなんて、ね」
フリーゼは見ていた。自分の『ドラゴン波』がアルフィアの魔法を突き破った瞬間、彼女が咄嗟に『シレンティウム・エデン』を展開しようとしたことを。
だが、完全には防げなかった。魔導士の魔法ならば“最強の盾”として成立しただろうが、『ドラゴン波』は魔法とは異なる別種の力であり、相殺できたのはせいぜい一~二割程度だった。
「本当に……どこまでもふざけた奴だ……」
アルフィアはふらつきながらも立ち上がる。その姿を見て、フリーゼは目を細めた。まだ戦うつもりなのか――そう思ったが、すぐに違うと気づく。
魔力は完全に尽きており、立つだけで精一杯。戦闘どころか、歩くことすら困難な状態だ。
「私としては不本意だが……お前の勝ちだ」
「そうですか。一応確認ですが、貴女はこの後どうするつもりですか?」
「知れたこと。もう決まっている」
アルフィアはゆっくりと歩き出す。向かう先は、深層へ続く巨大な大穴で底が見えない闇。
「おっと、私の前で死ぬなんて考えないで下さい」
フリーゼはすっと前に立ち塞がる。殺す気など初めからない他、ベルとの関係を聞き出す必要がある。
「お前がそうするのは、大方……あの子の関係を知りたいのだろう?」
「………」
「知りたければ、あの村にいる助平爺に聞けばいい。それと……」
アルフィアは服の中から小さな鍵を取り出し、フリーゼへ差し出した。
「何ですか、この鍵は?」
「私に勝った褒美だ。貸金庫が当時のままなら……好きに使うがいい」
「そんなの私はいら――」
「頼む。最後の願いとして――私の死を見届けてくれ」
「………………」
初めて懇願するアルフィアに、フリーゼは言葉を失った。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、アルフィアは再び歩き出す。
「さらばだ、フリーゼ」
普段閉じている両眼をゆっくりと開き、穏やかな笑みを浮かべる。
その表情は、戦いの最中には決して見せなかった柔らかいものだった。
「……さようなら」
フリーゼは悲しげに別れを告げる。
次の瞬間――アルフィアは大穴へ身を投じた。深層から吹き上がった炎が彼女を包み、灰となって散っていく。
この世界で初めて出会った強敵の最期。フリーゼは静かに目を閉じ、黙祷を捧げた。
アルフィアの死を見届けるフリーゼでした。
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