「……アルフィアさん、どうか安らかに」
黙祷を捧げたフリーゼがゆっくりと目を開き、深淵へ消えた灰髪の魔女へ最後の言葉を送った。
その声音は静かで、どこか寂しげだ。
だが、長く立ち止まることはしない。フリーゼはすぐに思考を切り替え、リヴェリア達の方へ歩き出した。
「漸く終わったか……」
「ああ、そのようじゃな」
リヴェリアとガレスも、アルフィアの最期を見届けていた。かつて世界最強の【ヘラ・ファミリア】に属し、英雄と呼ばれた女傑。その死は、年上の自分達でさえ胸に重く響く。
彼女の背負っていたもの、戦い続けた理由――それらを思うと、胸の奥が少しだけ痛んだ。
そんな重い空気を切り裂くように、金髪の幼女が勢いよく飛び出した。
「お姉ちゃんッ!」
「アイズ、急に飛びつくな」
突然抱きついてきたアイズに、フリーゼは呆れたように言いながらも、しっかりと受け止めていた。
アイズの腕は小さくても、その抱擁には心からの信頼と尊敬が込められている。
「お姉ちゃん、本当にすごく、すごかった!」
「そうか」
キラキラと尊敬の眼差しを向けてくるアイズ。
その純粋な瞳を見て、フリーゼはこの後の展開を容易に想像していた。
そして案の定――
「だから、私もお姉ちゃんみたいに強く――」
「何度も言わせるな。私は君を弟子にする気はない」
「ッ!」
即答されてしまう。
容赦なく断られたアイズは、目に見えてショックを受けて固まった。肩がガクンと落ち、瞳がうるみ、口が半開きになる。まるで世界が終わったかのような表情だ。
「はぁっ、全く……」
「アイズは相変わらずじゃのう……」
リヴェリアとガレスは嘆息しながらも苦笑する。どうやらこのやり取りは、既に何度も見てきた光景らしい。
アイズがフリーゼに弟子入りを懇願し、フリーゼが即座に断る――18階層の静寂の中でさえ、いつもの二人の関係性が変わらないことに、逆に安心感すら覚える。
戦いが終わったとはいえ、できればこういうやり取りは
すると、リヴェリアがこう言った。
「今回はフリーゼのお陰で我々は助かった。それは疑いようもなく事実だ。だが、どうしても訊かねばならない事がある。せめてこれだけは教えてくれ。お前は一体、どうやって此処まで来た?」
その問いは、ガレスやアイズも同じ疑問を抱いていたため、全員の視線がフリーゼへと集まる。
フリーゼは冒険者ではない。【
ダンジョンは、ただ進めば目的地に着くような場所ではない。道は入り組み、分岐は迷宮のように絡み合い、少しでも判断を誤れば戻るべき道すら消える。魔物の出現も予測不能で、上級冒険者でさえ単独行動は危険とされる領域だ。
益してやフリーゼは武装も最低限、地図も持たず、案内役もいない。普通なら進んでる最中で迷い、ダンジョン18階層に辿り着くなど無理だった。
それなのに彼女は、まるで当然のように十八階層へ現れたから疑問を抱くのは当然だ。
リヴェリアは静かに続ける。
「いくらお前が相当な実力者だとしても、中層は知識がなければ辿り着けない。益してや力だけではどうにもならん。……フリーゼ、一体どのような手段を使った?」
フリーゼは一瞬だけ視線を伏せるが、諦めるように嘆息した。
直後、フリーゼは未だ自分に引っ付いているアイズへ視線を向ける。
「アイズ。ダンジョンへ行く前に渡した
「アレ? ……あっ」
アイズは少しだけ離れ、服の中をゴソゴソと探る。そして取り出したのは、丸みを帯びて見慣れない文字が刻まれた黒い小石だった。
「これがどうしたの?」
フリーゼはその石を見て、安心したように頷いた。
「その石は君の魔力の痕跡を残す事が出来る特殊な『ルーンストーン』でな。お陰でダンジョンで迷うことなく私は此処まで来れた、という訳だ」
フリーゼは淡々と説明した。だが、その言葉の裏には誰にも言えない『もう一つの真実』が隠れている。
実際はアイズが持っていたルーンストーンに刻まれた魔力を探知し、位置を正確に割り出した後、転移術を使って一瞬で18階層へ跳んできたのだ。
だが、それを口にする訳にはいかない。以前に故郷の老神が言っていた。
『転移は【
だからフリーゼは、あくまで自力で辿り着いたという言い回しにした。転移術を使った事実を省いても、説明そのものは嘘ではない。アイズの魔力を辿ったのは本当なのだから。
そして何より説明を聞いていた
リヴェリアは説明を聞き終えると、眉間に深い皺を刻んだ。
「以前にルーン魔術の概要は聞いたが……いまいち原理が分からん。だが、お前がそう言うなら取り敢えずは納得しておこう」
納得しているようで、していない。その微妙な表情が、彼女の心境を雄弁に物語っていた。
魔力の痕跡を辿るだけで十八階層へ辿り着くなど、本来なら絶対に不可能だが、『フリーゼの実力を考えれば当然か』と考えてしまう。
完全に納得してはいない。しかし、これ以上追求すれば恩を仇で返すことになる。
それに加えて――
(……リヴァルの耳に入れば、絶対に黙っていないだろうな)
弟の顔が脳裏に浮かび、リヴェリアは小さく溜息を吐きながら、これ以上の詮索は無粋だと諦めることにした。
リヴェリアが引き下がった直後、場違いなパチパチという拍手が響く。
「見事だ。『
拍手をしているのは、【アストレア・ファミリア】の近くに立つ邪神エレボス。ゆっくりとフリーゼへ歩み寄りながら称賛の言葉を贈る。
それを聞いたリヴェリア達は一斉に警戒を強めるが、フリーゼは訝しげな視線を向けるだけだった。
「貴方は確か、
「その通り。アルフィアから軽く聞いた時は半信半疑だったが……まさか君のような強い
だから俺に教えてくれとエレボスは口元を吊り上げ、問いを投げる。
「君にとって、正義とは何だ?」
「………………」
突然の問いに沈黙するフリーゼ。
『!?』
アストレア・ファミリアの数名が反応する。この問いは、かつて輝夜とライラ、そしてリューにも投げられたものだ。満足する返答をしたのはリューのみ。
そして今、自分達より強いフリーゼが問われている。
誰もが固唾を飲んで見守った。
フリーゼはゆっくりとエレボスへ歩み寄り――
「私の正義は、平穏を壊す馬鹿共に鉄槌を下す。特に――お前みたいな外道は、な!」
次の瞬間、何かが潰れるような音が聞こえた。
「~~~~~~!!!!????」
股間へ向けて放たれた渾身の蹴りによって、男神の喉から絞り出されたのは、威厳ゼロの情けない悲鳴だった。
あまりにも予想外すぎる光景に、周囲は一斉に固まる。特にガレスや他の男性陣は顔を青くし、股間を押さえながら後ずさる。
リヴェリアは目を見開き、アストレアやその眷族達は口元を押さえ、アイズは「……すごい」と小さく呟く。
相手が闇派閥の首魁とはいえ、神に暴力を振るうなど不敬極まりない。だがフリーゼは容赦なく一撃を叩き込み、『神をも恐れぬ行為』を文字通りの意味でやってのけた。
エレボスは地面に転がりながら悶え苦しむ。
「ぐぅぅ……ッ!! な、なんて……容赦のない……ッ!! こ、これが……君の『正義』……なのか……ッ!?」
フリーゼは悶える男神を見下ろしながら冷たく言い放つ。
「当然だ。平穏を壊す奴は神であっても、叩き伏せる」
フリーゼは淡々と答えたが、周囲の空気は完全に凍りついている。
ダンジョン18階層の静寂の中、『神を蹴り飛ばした
エレボスに容赦の無い攻撃をするフリーゼでした。
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