戦いが終わり、フリーゼ達は地上へ戻っていた。未だに股間を押さえて悶絶している邪神エレボスだけは、アストレアの護衛として同行した【ヘルメス・ファミリア】の眷族に担がれ、情けない姿のまま運ばれている。
神が担架で運ばれるという前代未聞の光景にも拘わらず、誰一人として突っ込む者はいなかった。あまりにも哀れすぎて、逆に触れてはいけない空気が漂う程に。
フリーゼも地上へ戻る途中、人目に付かれたくないという理由で、【ロキ・ファミリア】だけは事前に合図を送り、姿を消していた。
突然、一番の功労者である
ただ一人、アイズだけは頬をぷくりと膨らませていた。
「……一緒に帰りたかったのに」
その小さな不満は、誰にも届かず空に溶けていった。
その後、ダンジョンに突入した者達の帰還と同時に、討伐完了の吉報がオラリオ全体へ伝わった。
地上で
ギルドも当然喜んだが、同時に戦いの事後処理という名の地獄が始まった。
都市の被害状況の確認、復興計画、
それでも冒険者達が命懸けで勝利を手にした以上、今度は自分達が頑張らなければならないと、ギルド職員達は既に腹を括っていた。
因みに都市門の一つが完全に崩壊したとの報告を聞いたギルド長は、余りの損害額に口から泡を吹いて倒れてしまい、後日には指揮を執っていたフィン・ディムナに抗議するやり取りがあったらしい。
「ふぅっ。今日は疲れた……」
オラリオ全体が様々な意味で賑わいを見せる中、フリーゼは誰にも気付かれることなく、【ロキ・ファミリア】の本拠地『黄昏の館』へ戻った。
その気配を感じ取ったのか、ローゼとリヴァルが駆け付ける。
「お帰りなさい、フリーゼちゃん……って貴女、その傷どうしたの!?」
「フリーゼ様、すぐに治療を!」
「へ? ちょっ!?」
アルフィアとの戦いでボロボロになったフリーゼの姿を見た瞬間、二人は大慌てになった。
今までどんな敵を相手にしても無傷で勝利していたはずの主が、服は裂け、肌には血が走り、傷がいくつも刻まれている。
そんな姿は今まで一度もなかった為、二人は今回も無傷で帰ってくると思い込んでいたのだ。それが予想外の姿を見た瞬間、狼狽するのは当然だった。
特に普段は冷静なリヴァルが完全に動転しており、有無を言わさずフリーゼをお姫様抱っこして部屋へ連れて行こうとしていたほどだ。
「ちょ、ちょっとリヴァル!? 歩けるってば!」
「歩かせません! 傷が開いたらどうするんですか!」
「いや、開かないから……!」
「開きます!」
完全に会話が成立していない。
その光景を偶然目撃した女性エルフ達は――
『きゃあああああああああああああああッ!!?』
悲鳴を上げるどころか、リヴァルに抱えられている
「あの小娘ぇぇ……!」
「なんて羨ましい……!」
「エルフじゃないのに、よくもぉぉ……!」
「リヴァル様に抱えられるなんて……!」
黄昏の館の廊下は、一瞬で修羅場と化した。
フリーゼは抱えられたまま、心底困ったようにため息をついた。
「……帰ってきて早々これか」
アルフィアとの死闘を潜り抜けたあの時よりも、今の方がよほど疲れている。フリーゼは心の底からそう痛感していた。
その後に【ロキ・ファミリア】の主神ロキと三首領、そしてアイズが本拠地へ戻ってきた瞬間、彼らは思わず眉をひそめた。
やがて団員の一人が駆け寄り、フリーゼが大怪我を負い、リヴァルに抱えられて運び込まれたとの事実を告げた途端に空気が一変する。しかし、事情を知ってるリヴェリアとガレスとアイズは『そんなに重傷だったか?』と疑問符を浮かべていたが。
「彼女は今何処にいる!?」
普段はどんな局面でも冷静沈着なフィン・ディムナが、リヴァルと同じくらい動転していた。声はわずかに震え、焦りを隠そうともしない。
本気で心配している団長の姿に、アイズを除く面々は本気で彼女を嫁に迎えようとしているのを改めて認識するのであった。
☆
あれから数日。
オラリオは静かに、確実に復興作業へと取り掛かっていた。
都市の至る所で瓦礫が積み上がり、折れた柱が横たわり、焼け焦げた建物が痛々しく残っている。それでも人々は動き始めていた。
だが、誰もが明るい気持ちで作業に臨んでいるわけではない。
破壊された建物は数知れず、治安は一時的に崩壊し、市民や冒険者を含めた数万人が命を落とした。
その喪失は都市のどこに立っても感じられるほど重くて沈痛だった。いかにオラリオが『世界の中心』であろうとも、即座に立ち直れるはずがない。
生き残った者の中には心の傷が癒えず、外へ出ることすら出来ずに家へ籠もる者もいる。失った家族を思い、ただ座り込んで空を見つめる者もいた。
陰鬱な雰囲気を漂わせる者は少なくない。それでも、前へ進もうとする者たちが確かに存在した。
瓦礫を運ぶ腕は震えていても、足取りは重くても、彼らは諦めなかった。「やらなきゃいけない」と自らを奮い立たせ、復興作業に集中する者たちがいた。涙を拭い、仲間の肩を借りながら、それでも前へ進む者たちがいた。
例え時間が掛かろうとも、『世界の中心』であるオラリオは必ず立ち上がる。それはこの街に生きる者たちの誇りであり、冒険者たちの矜持であり、何よりも失われた命への弔いでもあった。
「……此処か」
復興の槌音が絶えず響く街路を、フリーゼは一人で歩いていた。傷は既に癒え、歩行にも当然支障はない。
本来ならローゼとリヴァルが当然のように同行するはずだった。しかし今日は、二人ともそれぞれの事情があって一緒に行けなかったのだ。
ローゼは『豊穣の女主人』の店主ミアから、半ば強制的な呼び出しを受けていた。
『あたしの店が
その一言で腕を掴まれ、連行されるように店へ向かったのだ。伯母の性格を熟知しているローゼは、嘆息しながら今日も店で汗を流している。
一方のリヴァルはというと、
理由は単純にして深刻。先日、彼が主であるフリーゼをお姫様抱っこした件が、瞬く間にエルフ社会全体へ広まってしまったのだ。
その結果、多くの女性エルフ達が一致団結して『黄昏の館』へ押し寄せる騒ぎとなった。リヴァルは呆れ果てつつも、姉に協力を申し出て事態の収拾に奔走している。
なお、フリーゼと面識のある【アストレア・ファミリア】のエルフ――リュー・リオンとセルティ・スロアまで巻き込まれていたことも付け加えておく。
そうした事情が重なり、今日はフリーゼが単身で街を散策しているというわけだった。
オラリオの地理に精通している【ロキ・ファミリア】の眷族の誰かを案内役にしてもらう選択肢もあったが、今の彼等にそんな余裕はない。
戦後処理、復興作業、ギルドからの追加要請。オラリオの要となる都市最大派閥は、どこも人手が足りず、休息すら贅沢と呼べるほどの忙しさだ。
フィンなら彼女の頼みを聞けば、真っ先にエスコートを申し出ただろう。だが団長としての執務が山積みで、加えてギルドからの指名依頼まで舞い込んでいる。彼が席を外せば【ロキ・ファミリア】全体の動きが滞ってしまうため、どの道無理だった。
因みにアイズは、フリーゼと同行したいと珍しく自分から申し出ていたが、丁重に断られた。今回向かう場所はアルフィア関連なので、下手に同行させればフィン達に余計な情報を与えかねないと判断したためだ。
そしてフリーゼがひとりで辿り着いたのは、オラリオ東区画保管庫――『ノームの貸金庫』。ここへ来た目的はただ一つ。アルフィアが死の間際に託した鍵の正体を確かめるためだった。
当初、鍵がどこで使われるものなのか、フリーゼにはまったく見当がつかなかった。しかしガレスが『それは東区画にあるノームの貸金庫で使うものだ』と教えてくれたため、オラリオを離れる前に立ち寄ることにしたのだ。
「えっと……この番号は……」
フリーゼは鍵に刻まれた番号と、並ぶ金庫扉の番号を照らし合わせながら歩く。だが該当する扉はなかなか見つからず、保管庫の奥へ奥へと進む。
本当にあるのかと疑問を抱くところ、漸く一致する番号を見つけた。
他の扉よりも一回り大きいことが気になりつつも、鍵を差し込み、ゆっくりと回す。
重厚な扉が開いた瞬間――
「……嘘だろ」
フリーゼは言葉を失った。
貸金庫の内部に積まれていたのは、眩い光を放つ高価な貴石の山。金銀の指輪、純金のインゴットが整然と並び、さらには
その総額は、ざっと見積もるだけでも三十億ヴァリスを軽く超える。
アルフィアが第一級冒険者として莫大な資産を残している可能性は予想していたが、こればかりはフリーゼも完全に想定外だった。
「……とんでもない土産を渡されたな」
フリーゼは額に手を当て、深く息を吐く。本来なら見なかったことにしたい気持ちで一杯なのだが、鍵を託された以上、受け取らざるを得なかった。
とはいえ、目の前の量は
故にフリーゼは裏技を使うことにした。『収納用異空間』を展開し、金庫内の全てを一瞬で回収しようと。
何事もなかったかのように扉を閉じ、静かに貸金庫を後にした。
その後、改めて中身の価値を精査した結果――総額は四十億ヴァリス以上。そんなとんでもない数字を見た瞬間、フリーゼは思わず眩暈を覚え、壁にもたれかかることになるのは無理もない。
次回でエピローグになります。
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