再び転生した元神はダンまち世界へ   作:さすらいの旅人

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すいません。次回でエピローグになると言っておきながら終わりませんでした。


後顧の憂い

 夕食を終えた夜。

 

 フリーゼの手料理で満たされた温かな空気が、応接室へ移った瞬間に静かな緊張へと変わる。

 

 フィンは椅子に腰を下ろすと、指先で軽くテーブルを叩きながら口を開いた。

 

「ギルドが『覆面狩人』を捜している、ですか?」

 

「ああ。どうやらこの前の戦いに難色を示していてね」

 

 フィンの声は穏やかだが、その奥には苦味が滲んでいた。

 

 少し前まで闇派閥(イヴィルス)討伐に協力していた覆面狩人は、オラリオ中で話題の中心だった。市民も冒険者も、無償で助けてくれた彼らに深い感謝を抱いている。それはギルドも同様で、数日で闇派閥(イヴィルス)に壊滅的な打撃を与え、地上ではモンスターの群れを薙ぎ倒したという報告を受け、正体を知りたくて仕方がない。本来なら称賛こそすれ、追及する理由など何一つなかった。

 

 だが、ギルド長ロイマンは別の点で激怒していた。『正邪決戦』で覆面狩人達が押し寄せたモンスターを殲滅した際、都市門の一つがまとめて吹き飛んだのだ。

 

 迷宮都市オラリオは巨大な市壁で覆われ、外部からの侵入を防ぐ構造になっている。都市門以外からの出入りは許されない。しかし今は、決戦で開いた巨大な穴から外が丸見えで、市壁の威厳は完全に崩れ去っていた。

 

 【ゴブニュ・ファミリア】や建築業者は修理依頼が殺到して手が回らず、応急処置の張りぼてで誤魔化すしかない。そんな状況でロイマンは、都市門を破壊した責任を覆面狩人に取らせるべきだと判断し、【ロキ・ファミリア】団長フィンに秘密裏の強制任務(ミッション)を下した。彼等を捕縛し、損害賠償のための無償奉仕をさせる監視役として。

 

「私やローゼさんはともかく、まさかハイエルフのリヴァルも扱き使う気でいるとは…・・」

 

 フリーゼは呆れを通り越して、背筋に冷たいものが走った。そんな事を実行すれば、世界中のエルフ達が黙っているはずがないと。

 

 益してやリヴァルに無償奉仕を命じるなど、ギルド長の首が飛ぶどころでは済まない。ギルド本部が炎上し、ロイマンが引きずり出されて公開処刑される未来すら容易に想像できた。

 

「僕としては止めたほうが良いと忠告したんだけどね」

 

 フィンは苦笑しながら肩を竦めた。覆面狩人の正体を知る彼としては、ロイマンの行動は愚行そのものだったから。

 

 本当は正体を明かして止めたいところだが、そうすればフリーゼとローゼだけが標的になるのは目に見えている。だからこそ、フィンは『知らないふり』を選んだ。

 

「まぁ無償奉仕はともかくとして、市壁を壊されたら怒るのは至極当然ですね」

 

 フリーゼは淡々と言ったが、その瞳の奥では別の計算が動いていた。

 

 ローゼとリヴァルも都市門を破壊したことを気にしており、復興が終わるまでオラリオに残るべきか悩んでいた。

 

 しかし、フリーゼは二人と別れて旅を続ける気はない。かと言って、オラリオに留まり続ければ旅の再開が遠のく。

 

 二人の憂いを断ち切って旅を続ける方法は、数時間前に整っていた。

 

「確認ですがディムナさ――」

 

「僕のことは『フィン』と呼んで欲しいと言ったよね?」

 

「……ごほんっ。ではフィンさん、市壁の修理代はどれくらいになりますか?」

 

 フィンはロイマンから聞いた概算を思い出しながら、重い口を開いた。

 

 今のオラリオは物資不足で物価が高騰している。

 

 市壁の修理には貴重な素材も必要で、交易国から調達するにも時間がかかる。

 

 それらを合計すれば――五億ヴァリス以上。

 

(リヴァルに五億ヴァリス以上の無償奉仕を命じたら……オラリオ暗黒期の再来は確実だ、な)

 

 フリーゼは心底そう確信しながらも、静かに告げた。

 

「分かりました。無償奉仕をしない代わりに、修理代は私の方で支払いましょう」

 

「君が?」

 

 フィンは思わず目を丸くした。

 

 五億ヴァリス以上など、旅人が簡単に出せる額ではない。どんなに路銀を稼いだところで、億単位は到底無理だ。

 

 なのに、フリーゼは微笑んだ。その表情は、まるで当然のことを言っているかのように穏やかだった。

 

 次の瞬間、フリーゼが指を鳴らす。卓上に魔法陣が浮かび上がり、光が収束すると――貴石、金銀の指輪、純金のインゴットが整然と並んだ。

 

 鑑定士ではないフィンでも理解できた。これらを換金すれば五億ヴァリスどころか、それ以上になると。

 

「フリーゼ、こんな物を君は一体どこで……!?」

 

 魔法で収納していたことは理解できる。だが、それとは別に彼女がこれほどの財産を持っていたという事実が、フィンの思考を一瞬止めた。

 

「詳しい事は言えませんが、ある人物(・・・・)からの遺産(・・・・・)を受け取る事になりまして……」

 

「ある人物? ……………ッ!」

 

 フィンは数秒で答えに辿り着いた。

 

 【静寂】のアルフィア。

 

 彼女が死ぬ間際、フリーゼに鍵を渡したという報告を聞いた。それは貸金庫の鍵であり、今日フリーゼが出かけていた理由もそこにある。

 

 そして目の前にある財産は、アルフィアが生前に蓄えた莫大な遺産の一部。

 

 彼女の遺産が、これだけではない事をフィンは既に分かっている。恐らく残りは今もフリーゼが魔法で保管しているのだと。

 

 フィンは、静かに息を吐いた。アルフィアの名を口にしないまま、その影だけを見つめる。

 

「誰の遺産なのかは敢えて訊かないでおくけど、これ等を本当に修理費に充てても良いのかな?」

 

「構いません。当の本人から好きに使えと言われましたので」

 

 フリーゼの返答は、驚くほどアッサリしていた。その裏には、アルフィアとの間に交わされた言葉と、覚悟があることをフィンは察する。

 

「………分かった。なら僕が君の代理人として、ギルドに渡しておこう」

 

 フィンの声には、団長としての責任と、個人としての配慮が混ざっていた。

 

 フリーゼがギルドへ行けば面倒な事が起きるとフィンは確信している。

 

 あのギルド長の事だから、五億ヴァリス以上の価値がある換金用素材を見た途端、受け取りながらも必ず彼女に探りを入れる筈だ。

 

 更にフリーゼがアルフィアを倒せる実力を持つだけでなく、一緒に行動しているローゼがミアの姪、リヴァルがリヴェリアの弟だと分かれば、猶更オラリオから出す訳にはいかないと躍起になるだろう。

 

 フィンとしては彼女達がこのままオラリオに留まってくれるのならば吝かではない。彼女達の存在は、都市にとっても、【ロキ・ファミリア】にとっても大きな戦力であり、希望でもある。

 

 だが、強制させる真似だけは絶対に避けたいのが本音だった。下手に機嫌を損ねて怒らせてしまえば最後、闇派閥(イヴィルス)以上に厄介な敵となってしまうから。

 

 加えてフリーゼ達は冒険者でもなければ、神から『恩恵(ファルナ)』を授かっている眷族でもない。如何にギルド長のロイマンが権威を振り翳したところで意味が無いどころか、二度とオラリオに来なくなる可能性が高くなる。

 

 そうなれば計画が水泡に帰してしまう為、フィンは自ら代理人として行くと決めた訳である。

 

 フィンは卓上の財宝に視線を落とし、そっと指先で一つのインゴットを撫でた。冷たい金属の感触が、これから自分が背負う交渉の重さを象徴しているようだった。

 

「……本当に、厄介な夜だね」

 

 誰にともなく呟いたその言葉に、フリーゼは苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 フィンにギルド長への対応を任せたフリーゼは、応接室から自室へ戻ると、扉を閉めるより早くローゼとリヴァルが駆け寄ってきた。

 

 二人の顔には、先程の話を聞いた時から続いている沈痛な色が濃く残っている。

 

「ごめんなさいね、フリーゼちゃん。ワタシ達が余計な事をした所為で……」

 

 ローゼは胸の前で指を絡め、肩をすぼめて申し訳なさそうに視線を落とした。普段は朗らかで、どこか余裕のある彼女がここまでしょんぼりするのは珍しい。

 

「申し訳ありません! 本来ならば我々が解決しなければならないと言うのに、それをフリーゼ様のお手を煩わせてしまうなど……!」

 

 リヴァルは深々と頭を下げ、まるで重大な罪を犯したかのように震えていた。真面目で律儀な彼らしい反応だが、あまりの深刻さにフリーゼは思わず内心で嘆息する。

 

(やっぱりこうなると思った)

 

 ローゼもリヴァルも、前世(むかし)の頃から責任感が強すぎる。

 

 彼女は二人が都市門を破壊したことを気にしていたのは知っていたが、ここまで自分を責めるとは思っていなかった。

 

「二人とも、何もそこまで謝る必要はありませんから」

 

 フリーゼは二人の前に歩み寄り、柔らかく微笑んだ。その声音は、張り詰めた二人の心をそっと撫でるように穏やかだった。

 

 確かに市壁の一部を破壊したのは不味かった。だが、そうしなければオラリオは本当に危うかったのだ。

 

 闇派閥(イヴィルス)が用意した凶悪なモンスター達によって、迷宮都市は死の街と化していたかもしれない。

 

 ローゼとリヴァルが戦ってくれたからこそ、オラリオは守られた。それを誰より理解しているフリーゼは、責める気など一切なかった。寧ろ胸を張って称賛したいほどだ。

 

「お二人がいなければ、オラリオは今頃どうなっていたか分かりません」

 

 フリーゼの言葉に、ローゼの肩がわずかに震えた。リヴァルも顔を上げ、真剣な瞳でフリーゼを見つめる。

 

 最初、フリーゼは連帯責任として二人と一緒にオラリオに残るしかないと腹を括っていた。旅を続けたい気持ちはあっても、仲間を置いていく選択肢など最初から存在しない為に。

 

 しかし、アルフィアから受け取った莫大な遺産によって全てがひっくり返った。

 

 五億ヴァリス程度なら、痛みもなく支払える。使ったところで、まだ三十億ヴァリス以上残っているという事実が、フリーゼ自身を驚かせるほどだった。

 

 死んだ彼女に申し訳ないと思いつつも、フリーゼはその遺産を使うことを決めた。ローゼとリヴァルの憂いを断ち切るために。

 

「だからこれでオラリオに留まる憂いは無くなったので、安心して旅を再開する事が出来ます。私としては、お二人と一緒に旅をしたいですからね」

 

 フリーゼは、心からそう言った。その声音には、偽りも遠慮も一切ない。

 

 ローゼは一瞬ぽかんとした後、頬を赤らめて視線を逸らした。

 

「……もう、そんな言い方は卑怯よ」

 

 照れ隠しのように肩をすくめるローゼ。

 

 前世(むかし)が巨漢のオカマだったと分かっていても、今の彼女の反応があまりにも可愛らしくて、フリーゼは思わず笑みを深めた。

 

「フリーゼ様……!」

 

 リヴァルは感動のあまり、瞳に涙を浮かべていた。嘗て信仰していた神からの言葉に、司祭枢機卿(ヴァスコ・ストラーダ)がこうなるのは無理もない。

 

「あなた様と共に旅ができること……このリヴァル、一生の誇りにございます……!」

 

「ちょ、ちょっとリヴァル!? 貴方ってば泣き過ぎよ……!」

 

 ローゼが慌ててハンカチを差し出すが、リヴァルは感極まって受け取ることすら忘れている。

 

 いつもの光景だと思いながらも、フリーゼは優しく笑みを浮かべていた。




次回でエピローグになるかどうか……分かりません。

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