多くのエルフに囲まれただけでなく、一斉に放たれた魔法を直撃した筈のフリーゼが全くの無傷のまま一つの魔法であっという間に倒した事は、オラリオ中に大きく広まった。
目撃者が少なくなかった事もあり、その噂は瞬く間に酒場から酒場へ、派閥から派閥へと伝わっていく。
最初は信じなかった者達もいた。だが、口を揃えて証言する者達の数が多過ぎた。
なにより、あれだけの人数のエルフ達が揃って返り討ちに遭ったという事実がその噂を裏付けている。
いつしか話題は都市中へ広がり、冒険者達の間では新たな武勇伝として語られるようになっていた。
リヴァルが耳にした瞬間、全身から闘気オーラが吹き荒れるほど激怒するも、そこはフリーゼとローゼの方で宥めたのは言うまでもない。
その目には明確な殺気が宿っており、今すぐ相手の元へ殴り込みに向かおうとしていたのは誰の目にも明らかだった。
フリーゼ本人が無事だったからこそ収まったものの、もし万が一傷でも負わされていたならば、事態は更に大きくなっていただろう。
迎撃されたエルフ達は命に別状は無いのだが、問題が生じる。
それは誰も予想していなかった後遺症だった。
声が出せない。つまり喋る事が出来なくなってしまったのだ。
当初は一時的な症状だと思われていたが、時間が経過しても回復する気配は無い。
どれだけ必死に口を動かそうとも音は出ず、喉に異常も見当たらない。まるで『声』そのものを奪われたかのようだった。
これは冒険者にとって死活問題だった。特に魔導士は魔法を発動させるには詠唱しなければならない為、それが出来なければ戦力が大きく低下してしまうのだ。
ここぞという時に頼っている魔法が使えない魔導士など、足手纏いも同然である。ましてやエルフ達は魔法を誇りとする種族だ。それを封じられたという事実は、単なる戦力低下以上の屈辱でもあった。
封印されたエルフ達の中には現実を受け入れられず、何度も詠唱を試しては肩を落とす者もいた。中には涙を流す者さえいたほどである。
エルフの魔法を頼りにしている各派閥としては何とか治す方法がないかを【ディアンケヒト・ファミリア】に要請を出すも、団長アミッドと主神ディアンケヒトはこう答えた。
「エルフの皆様が喋れないのは、
アミッドの表情にははっきりとした悔しさが浮かんでいた。
それでも嘘を口にしないのは、医療に携わる者としての矜持があったからだ。
「確かそのエルフ達は、フリーゼとか言う小人族《パルゥム》にやられたらしいな。魔法を使えなくした原因は、あの小娘やもしれんぞ」
対してディアンケヒトは呆れ半分といった様子で肩を竦める。
自分達でも手が付けられない以上、元凶へ向かわせるしかないと判断したのだろう。
自分達の手に負えないと心底悔しそうに断言するアミッドと、もう付き合いきれないと元凶を口にするディアンケヒト。
その話を聞いた各派閥はフリーゼがいる
「ああ、確かに私です。暫くの間は魔法を使えないように封印術を施しておきました」
全く隠す様子を見せずアッサリと答えた。
あまりにも堂々とした返答に、問い質した側が逆に拍子抜けする程である。
多少は言い逃れをするかと思っていた者達もいたが、フリーゼにそのつもりは微塵も無かった。
すぐに元に戻せと声高に叫ぶ各派閥だが、フリーゼはこう言い返す。
「嫌です。ソイツ等は自分勝手な言い分で私を殺そうと魔法を放ったのですから、戻した後、また懲りずに襲われたら堪ったものじゃありません。それでも治して欲しければ、私に対する慰謝料も含めて二百万ヴァリス頂きます。勿論、あくまで一人分として、ね」
そう言ってフリーゼは小さく笑う。だが、その笑みからは一切の譲歩が感じられない。自身が被害者である以上、当然の主張だと考えているからだ。
魔法を封じられたエルフ達は相当な人数である為、各派閥はかなり痛い出費となってしまう。単純計算しただけでも頭が痛くなる金額だった。
派閥によっては数ヶ月分の利益が吹き飛ぶ事になるだろう。だからこそ彼らの表情には焦りと怒りが浮かんでいた。
【ロキ・ファミリア】のような都市最大派閥であれば逆らわないのだが、相手は新興したばかりの弱小派閥なので、各派閥はふざけるなと怒りを露わにしようと――
「あら、何か文句でもあるのかしら? 元はと言えば、貴方達がおバカなエルフちゃん達を止めていれば、こんな事にはならなかったのよ」
ローゼが一歩前へ出る。
その声音は穏やかだった。だが、その瞳は全く笑っていない。
むしろ挑発を受ければ即座に叩き潰すと言わんばかりの冷気を宿していた。
「貴様等、フリーゼ様が殺されかけても穏便に済まそうとしてるのに、それを無下にして敵対行為に走るとは随分良い度胸をしてるではないか……!」
リヴァルもまた前へ出る。
握られた得物からは威圧感が溢れ出し、その姿はまるで戦場へ赴く戦鬼のようだった。
『ひぃッ!』
得物を片手に持って全身から
実際問題として、この場で衝突すればどうなるかは明白だった。
エルフ達を一方的に制圧した戦力が相手なのである。誰もが理屈ではなく本能で危険を察していた。
後日、更にちょっとした一悶着が起きるも、各派閥は泣く泣くフリーゼに慰謝料を支払う事になる。
当然ながら最後まで不満は残った。しかし代替手段が存在しない以上、支払う以外の選択肢は無かったのである。
それぞれの派閥が苦い顔で金を用意する姿は、ある意味では今回の騒動の結末を象徴していた。
これによりフリーゼはフィン・ディムナやガリバー兄弟に並ぶ、女性
特に若い
同族でありながら数多のエルフを相手取って勝利し、そのうえ自分の正当性を最後まで貫いた姿は強烈な印象を与えた。
【ロキ・ファミリア】のフィン・ディムナ、【フレイヤ・ファミリア】のガリバー兄弟に続く新たな英雄譚。
そう語る者も少なくなく、フリーゼの名は日を追うごとにオラリオ中へ浸透していくのであった。
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