ナイトシティは、いつも通り騒音に溢れている。
排気ガスの匂いが混ざり合う通りを、Vとカツオは肩を並べて歩いていた。
「タケムラのヤツ、いくらなんでも怒りすぎだろ」
Vがさっきまでのことを思い出して、顔をしかめながらぼやく。
今日、Vはタケムラにたっぷり絞られたばかりだった。任務のやり方、危機管理、立ち回り……長々と説教をくらい、さすがのVも少しうんざりしている。
そんな彼の隣を歩くカツオが、ため息をつきながら言い返した。
「いや、今回のはVさんが悪いですからね。というか、僕は皆さんがケリーさんの自宅でくつろいでる間、NCPDにボコボコにされてたんですけど」
少し腫れた頬をさすりながら、恨みがましい目でVを見る。
「……それは、まあ、ドンマイだな」
Vは視線をそらし、少しだけ歩調を早めた。
人混みを避けながら進んでいくと、交差点の手前で信号に引っかかり、2人は自然と足を止める。
その時太陽光に照らされたショーウィンドウのガラスに、Vの姿が一瞬だけ映った。
目立つのは、上半身を包むジャケットだ。交通標識みたいに派手な黄色が、太陽に照らされていやでも視界に入る。
「Vさん、そのジャケットどうしたんですか?」
カツオが、興味津々といった様子でVの肩口をのぞき込む。
Vは自分の胸元をちらりと見下ろしてから、特に気にも留めていなかった様子で答えた。
「ああ、コレってデイヴィッド • マルティネスっていう傭兵が着てたやつなんだって。アフターライフにもそんな名前のカクテルがあったよな」
「ソレ、どこで買ったんです?」
「貰ったんだ。そのデイヴィッドの仲間の、なんだったか」
『ファルコな』
「そう、ファルコって奴から貰ったんだよ」
Vがあっさりと付け足すと、カツオは一瞬だけ口をへの字に曲げてから妙に真面目な声を出した。
「悪いこと言いませんから、捨てた方がいいですよ」
「なんでだ?」
Vは首をかしげる。ジャケットに特別な思い入れがあるわけでもないが、急に捨てろとまで言われる理由が分からなかった。
「そのデイヴィッドって男と僕は同級生だったんですが、アイツはホント酷い奴でしたよ!」
カツオは、待ってましたとばかりに話し始める。Vとしては長話になりそうで、少し嫌な予感がしていた。
「アイツは庶民の癖に、アラサカアカデミーとかいう学費の滅茶苦茶高いとこに通ってましてね。どうせ親が犯罪でもしてセコセコ金を集めてたんでしょうが、案の定そいつの親は事故で死にました」
「まじかよ……」
『この街じゃありふれたことだろ』
「それで僕は忠告してやったんです。庶民には庶民なりの幸せを掴めばいいって。そしたらアイツ皆の前で僕をぶん殴ってきたんですよ! 僕それで鼻の骨折れちゃったんです!!」
カツオは、自分の鼻をさすりながら大げさに言う。しかし、その内容は笑い話にしていいものではない。
「お前まさか、デイヴィッドの親が死んだあとにソレ言ったのか?」
Vは思わず問い返した。
さすがのVでも、それはタイミングが最悪だと分かる。
「そうですけど」
「いくらなんでも酷くないか?」
Vはわずかに声を低くする。
普段なら軽口で済ませるところだが、今回はさすがに笑えなかった。
「そんなことないですって、アイツは環境がどうとかじゃなくて生まれながらの負け犬で________アガが!」
言い切る前に、カツオの体がびくりと跳ねた。
膝から崩れ落ち、その場にへたり込む。
「カツオ! おい、どうした?」
「アビビビ……じ、ジビレル……」
カツオの指先と首筋が小刻みに震えている。
体のどこかのチップが強制的にいじられているのが、素人目にも分かった。
『こりゃあクイックハックか? 安いチップ入れてるから直ぐ侵入されるんだよ』
ジョニーが呆れたように言う。Vは周囲を見回し、犯人を探した。
「心配しなくてもちょっと口にチャックをしただけ。目障りだったから」
静かな声が割り込む。
振り返ると、そこにはいつの間にか、一人の女が立っていた。
肩までの淡い白髪が、風に揺れるたび弱々しく見える。
フード付きの薄いグレーのジャケットを羽織り、黒の細身パンツにスニーカー。
街に溶け込もうとする様な地味な服装で、どこか疲れた影が差している。しかし薄いエメラルド色の瞳だけは鋭いまま、Vのジャケットへと向いていた。
「あんたは?」
「ルーシー……ルーシー • マルティネス」
「マルティネスって?」
「そう。アンタが今着てるジャケットの前の持ち主とは、知らない仲じゃなかったから」
ルーシーの目つきが少しだけ鋭くなる。
ただの物言いではない、何か重たい感情がそこに混ざっているのが見て取れた。
「兄妹なのか?」
「えっ?」
唐突な質問に、ルーシーは目を丸くする。
「いや、苗字が一緒だから」
Vが悪びれもなく続けると、ルーシーは小さく息を吐いてから、少し視線をそらした。
「ああ……別に兄妹じゃないけど、私と彼は、その……まあ、特別な関係、だったから」
言いながら、彼女の頬にわずかな赤みが差す。
思い出したくても、簡単には口にしたくない記憶が透けて見えた。
「じゃあ結婚してたのか?」
Vが更に問いかける。“特別な関係”と聞いて、真っ先に思いついたのがそれだった。
「い、いや……結婚はしてなかったけど……」
ルーシーは慌てて否定する。
言葉の端が少し崩れて、動揺がありありと出ていた。
『つまり、この女はテメェの死んだ彼氏の名字を勝手に名乗ってるってわけだな。結婚もしてねぇのに未亡人気取りとは、恐れ入ったぜ』
ジョニーが、容赦のない一言を吐いた。
「えっと、それでアンタは俺になんの用なんだ?」
「アンタがそのジャケットを着るに相応しいか確かめに来たの。ファルコは甘いけど、私はそうじゃないから。アンタが噂通りの男じゃなきゃ、今すぐそのジャケットを脱いで」
ルーシーの目は真剣だった。
冗談でも脅しでもなく、本気でそう言っているのがまじまじと感じ取れる。
「噂通りってどんな噂だよ。俺、今日は知り合いに説教食らった後だし、また今度にしてくれないか」
Vの情けない発言が期待はずれだったのか、ルーシーはわずかに目を細める。そこへ地面にしゃがみ込んでいたカツオが、ちょっとずつ動き始めた。
「……あ、あれ……動ける……」
痺れの抜けた指をぐにぐに曲げながら、カツオが立ち上がる。
足元はまだふらついているが、口だけはすぐに元気を取り戻した。
「ったく……黙って聞いてれば、あの男のジャケットを着る資格だ? あんなゴミ、着るのに資格なんか要るわけないだろうが」
「アンタ、デイヴィッドを侮辱するつもり?」
ルーシーが静かに睨む。
カツオは胸を張り、わざとらしく咳払いをした。
「ああそうさ! 何度でも言ってやるよ、デイヴィッドの野郎は凡人の癖に自分は特別だとのたまい、現実から目を背けたクズだ!」
さっきハックを食らったばかりだというのに、まったく懲りていない口ぶりだった。
ルーシーの肩が、ぴくりと震える。
「聞けばアラサカに喧嘩売ってアダム • スマッシャーに殺されたそうじゃないか。結局のとこ、自分は何者かになれるっていう傲慢さがアイツを殺したんだ」
言葉はどんどん過激になっていく。
Vでさえ「さすがに言い過ぎじゃないか」と思うほどだった。
「それ以上、彼の名誉を汚すなら」
ルーシーの声が、低く冷たく響いた。
さっきとは比べものにならない殺気が、その一言に込められている。
カツオは肩をすくめ、軽く笑ってみせた。
「殺すとでも言うか? ハッ! そんな脅し、もう100回は聞いてきたよ。というか、そんなにアイツを庇って……アンタ、もしかしてデイヴィッドの女だったの?」
「私は……私は……で、デイヴィッドの……!!」
その時、彼女は言葉を詰まらせ、声にならない声を出しながら涙を流した。
カツオが彼女のトラウマを刺激してしまったのは、誰がどう見ても分かる事実だった。
静寂が、喧騒を一瞬だけ押しのける。見兼ねたVが手拍子をしながら、カツオを睨見つける様に歌い出した。
「あ〜いーけないんだ、いけないんだ、ルーシーを泣〜かせた。カーツオが泣〜かせた」
場違いなその声が、逆に張り詰めた空気を少しだけ和らげる。
「いや……コレって僕が悪いんですか!? 僕が言ったことは全部正論で」
カツオは慌てふためきながら弁解する。だが自分が何をしたかは、頭のどこかで分かっているようだった。
「コレはお仕置きが必要だな」
Vはわざとらしく低い声を出し、指をぽきぽき鳴らしてみせる。
「あの本当にすみませんでした……よろしければ、靴お舐めしましょうか?」
カツオは今にも地面にひれ伏しそうな勢いでルーシー頭を下げた。すれ違う通行人が、若干引いた顔で彼らを避けていく。
「やめて」
ルーシーが短く言う。
涙をぬぐいきれない目で、それでも無理やり平静を装っていた。
「アッハイ」
カツオはそれ以上何も言えず、小さく縮こまった。
『女の涙に乗せられやがって。こいつらは都合が悪くなると泣いて誤魔化すんだよ。そんな奴の涙なんか、小便と一緒だろうが』
「お前マジで黙れよ」
最低な言葉を呟くジョニーへ、Vは小さく吐き捨てるように言い放った。ルーシーに聞こえないように、しかしはっきりとした苛立ちを込めて。
それから少し時間が流れ、場の空気がようやく落ち着きかけたころ。陽の光も弱まり、路地裏から吹く風が汗ばんだ肌を撫でていく。
Vはジャケットの前をつまむと、ためらいなくジッパーを下ろしそして、肩からふわりとそれを外す。
「コレは、俺じゃなくてアンタが持ってた方がいいんじゃないか?」
Vはそのジャケットを両手で抱え、そっとルーシーの前に差し出した。
「……」
ルーシーは、それを見つめたまま動かない。傷だらけのジャケットを通して、過去の自分を見ているかのように。
「だめ……私は一度捨ててしまった……それに、私はまだ彼の死を乗り越えられてない」
それはやっとのことで喉から絞り出した音だったのだろう。とてもか細く、彼らを通り過ぎる風よりも小さい声だった。
「無理して乗り越える必要なんてないだろ」
Vは、あっさりと言う。
大切な話だというのに、特別なことを言っている自覚はなさそうに。
「どうして、そんなことが言えるの?」
ルーシーは、涙の跡を残したまま救いを縋り付く様にVを見つめる。
「俺だってジャッキー……チューマの死を乗り越えられてない。でも今でも、アイツのバイクに俺は乗ってる」
Vの声は静かだった。
その目はかつて、自身の弱さを嫌と言うほど思い知ったあの夜の事を思い出していた。
「辛くないの?」
「辛いよ」
「でも、それでも忘れたくないんだ。たとえみんながアイツを忘れても……俺だけは憶えていたい」
ぽつり、ぽつりと言葉が落ちる。
それはVらしからぬほど真っ直ぐで、飾り気のない本音だった。
少し間を置いて、Vは続ける。
「アンタだってデイヴィッドのことが大好きだから、マルティネスって名乗ってるんだろ」
ルーシーの肩が小さく震えた、否定の言葉は出てこない。
ただ、目の奥に新しい涙が滲む。
やがて、彼女は震える手でそっとジャケットを受け取った。
布越しに、もういない誰かの温度を探すように、指先がわずかに食い込む。
「……ありがとう」
それだけ言うと、ルーシーは静かにVから視線を外した。
少しして、彼女は踵を返し、通りを歩き出す。
背中にはまだ重さが残っている。それでも、最初に会った時よりほんの少しだけ、前を向いているように見えた。
ネオンの海に、白い髪が溶けていく。やがて人混みに紛れ、その姿は完全に見えなくなった。
「結局なんだったんでしょうね、あの女?」
ルーシーの姿が消えたあとで、カツオがぽつりと呟く。
彼も自分の言葉がどれだけ人を傷つけたのか、ようやく少しだけ反省した顔を見せていた。
『言いたいことだけ言ってどっか行きやがったな』
ジョニーがぼそっと言う。
どんな状況でも文句や皮肉を言うのは、最初に会った時からなにも変わっていない。
「まあ、別にいいだろ。たまには人助けも悪くないな」
Vは肩を回しながら、いつも通りの調子で言った。
ただ、その横顔はどこか少しだけ誇らしげでもあった。
ナイトシティは今日も人に夢を見せては、その甘い餌で釣り上げた連中の絶望を喰らう街だ。
それでも、たまにはこんな優しい話があってもいいのかもしれない。
オマケ : ゲームでは実装されなかったクイックハック
2076年 ナイトシティ
デイヴィッド「なあルーシー、アンタがかなり優れたネットランナーってのは分かったけど、何か凄いハッキングとか出来るか?」
ルーシー「そうね…なら、試しにあそこでテレビを観てるスカベンジャーにやってみるわ」
女スカベンジャー「いいな〜アタシもクリスタルパレスに行きた____ふっえ!」
ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!
女スカベンジャー「いや!何で!?」
ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!
男スカベンジャー「どうしたお前!」
ルーシー「アレが強制脱糞、相手の肛門括約筋をハックして無理矢理脱糞されるの。昔、満員電車でオーバークロックしたあと乗客全員にコレをやったら地獄絵図になったのよね…
新しい服が汚れちゃって、結局捨てだけだっけ」
デイヴィッド「なんでそんなことを……」
女スカ「うっうっ……人前で漏らしちゃった…もうお嫁に行けない…!」
男スカ「誰だってガキの頃は漏らすんだよ!誰にも言わねえから元気出せって!」
女スカ「ありがと……あ、あん!///」
男スカ「今度はどうした?」
女スカ「あっあん あ、いや見ないでええ」ビクンビクンビクン
女スカ「……」アヘ顔
男スカ「うっわ…」
ルーシー「そんでコッチが強制絶頂、相手の脳の迷走神経をハックして無理矢理イカせるの。コレも満員電車でやったらトンデモナイ事に…」
デイヴィッド「これじゃあハッキングじゃなくて、ファッキングだよ!」
あとがき
ルーシーが2077年でも生きていたとすれば、アニメよりもだいぶ地味な格好だと思うんですよね。
だって、これからどんなにお洒落しても見せる相手がいないんですから。