もしもVの知力が0. 1だったら   作:正拳突き

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コレは15話の後にVがマックスタックと戦ったり、パナムとイチャコラしている間、カツオが何をしてたかという話です。

飛ばしても問題ないかも。


【番外編】 ホームレス カツオ

Vがマックスタックとぶつかり合う爆音が、遠くビルの谷間を震わせていた。ネオン色の夜空が、一瞬だけ白く染まる。閃光弾か、それとも何かもっと物騒なものか。

 

カツオは、そんなことを気にしている余裕もなく、ただ車を走らせていた。

 

(Vさん、大丈夫なのかな……)

 

息が肺の奥で焼けるように熱い。

大通りは避けて、監視カメラの死角を縫うように、細い裏路地から裏路地へと渡り歩く。

足もとには割れた瓶と、濡れた新聞紙と、正体不明の黒いシミ。

 

角をひとつ曲がったところで、カツオはようやく足を止めた。そこは、高層ビルの隙間に押し込められた細長い空間だった。

壁際には、段ボールとボロ布で組んだ巣のようなものが、いくつも積み上がっていた。

 

息を整えながら、そのひとつに背中を預ける。薄い紙がぐしゃ、といやな音を立てて崩れた。

 

「……あ?」

 

低い声が、暗がりの奥から転がってきた。

 

「おい、よそもん。そこで何してやがる」

 

影の中から、白髪まみれの男がぬっと現れた。髪もヒゲも伸び放題、肌は煤けて皺だらけ。

近づいてきた途端、鼻につく酸っぱい臭いがカツオを包んだ。

 

「そこは俺の寝床だ。とっとと消えろ」

 

「え、あ、その……」

 

怒鳴られるとは思っていなかったカツオは、思わずたじろぐ。足もとはまだ震えている。さっきまで銃声が聞こえていたのだ。

 

それでも、ここから追い出されれば、また開けた場所に出ざるを得ない。

 

「こっちだって追われてるんだよ。少しだけ、ここにいさせて______」

 

「知らん。いいか坊主、ここは俺の場所だとっととデテケ!」

 

「坊主って言うなよ。僕はカツオっていう名前が」

 

「坊主は坊主だ。名前なんざここじゃ何の意味もねぇ」

 

男はぴしゃりと言った。線の細い目が、暗がりの中で細く光っている。

 

「俺のことはジジイとでも呼べ。俺はお前のことを坊主って呼ぶ。それで十分だろ」

 

「……勝手に決めないでよ、じいさん」

 

口では反発しながらも、カツオは壁から離れきれなかった。 Vの姿が脳裏にちらつく。あのバカみたいに強い人がいなければ、自分はここまで辿り着くことすら出来なかった。

 

「ちっ……」

 

男は舌打ちをひとつ。それから、崩れた段ボールを足で蹴飛ばし、少しばかり隣へとどかして空間を作った。

 

「そこなら座っていい。寝床は壊した分、あとで直してもらうぞ、坊主」

 

「へっ最初からそうすりゃいいものを」

 

カツオは、その場に腰を下ろした。

ひんやりとしたコンクリートが、妙に冷たく感じた。

 

 

 

夜が明け、路地の上を走るホロ広告の光が色を変えながら揺れている。

 

「お、ちょうどよかった。飯の時間だ」

 

ジジイと自ら名乗った男が、ポケットから細長い銀色のパックを取り出した。その表面にはかろうじて文字が残っている。

 

 NCカロリーバー/0.1エディー/1500kcal

 

ジジイが指先でぺり、と封を剥がした瞬間、腐った油と焦げたプラスチックを混ぜたような臭いが、狭い路地にぶわりと溢れた。

 

「うっ……」

 

カツオは反射的に顔をしかめる。

 

「食べ物、だよね?」

 

「燃料だよ」

 

ジジイは平然とした顔で答えた。中から現れたのは、色のよく分からない長方形の固まり。

表面には人工的なテカリがある。

 

「一応、腹には溜まる。0.1エディーで一日ぶんのカロリー。貧乏人の味方ってやつだ」

 

「味方って顔じゃないけど……」

 

「文句言えるうちはまだ贅沢してきたってことだ」

 

ジジイはその塊を、雑に半分にちぎると、片側をカツオへ放ってよこした。指にまとわりつく謎の油が、妙にぬるりとして気持ち悪い。

 

覚悟を決めて、端を少しかじる。

 

「……っっっ」

 

一瞬で後悔した。しょっぱいような、苦いような、甘いような、とにかく“何かの味”が過剰に詰め込まれている。

噛めば噛むほど、舌の上でその“何か”が分解されて、別の不快な“何か”に変わっていく。

 

「コレ……あえて不味く作ってるだろ……」

 

「そりゃ少しでも安く作るためにコストを抑えてるんだよ。不味いから安い、不味いから、俺たちの口に入る」

 

ジジイはどす黒い固まりをじっと見つめほんの一拍だけ、息を整えるように目を閉じた。

 

そして、小さく言った。

 

「……いただきます」

 

その言い方があまりにも自然で、場違いなくらい丁寧だったのでカツオは思わずジジイの方を見た。

 

ジジイは表情ひとつ変えずに、もそもそと噛み続けている。

その姿は、食事をしているというより、機械が燃料を補充しているようだった。

 

(……ナイトシティってほんと、こういうところだけよく出来てるよな)

 

かつて父と一緒に行った高級レストランの光景が、ふと頭をよぎる。

白い皿に綺麗に盛られた肉。香りだけで酔いそうなワイン。さっき口に入れたこの固まりは、その正反対だ。

 

でも腹の底に、確かに栄養が溜まっていく感覚があった。

 

「……ねぇ、じいさん」

 

「なんだ」

 

「さっき、“いただきます”って言ってたよね」

 

ジジイの噛む音が、ぴたりと止まった。ほんの一瞬の静止。けれど、その一瞬がやけに長く感じる。

 

「……聞こえてたか」

 

「いや、まあ……この街で、そんな言い方する人、あんまり見ないし……あんた、育ちよかったの?」

 

ジジイは答えず、黙ったまま残りの固まりをちぎって口へ運ぶ。噛む。噛む。まるで何も感じていないように。

 

「……そうだな。前は、もっとマシなもんを食ってた」

 

「前って、いつ?」

 

「坊主には関係ねぇよ」

 

それだけ言うと、ジジイは残りを一気に噛み砕き、油でべとついた指先をズボンで拭った。

 

 

 

 

2日目の朝は、いつもどおりのナイトシティの騒がしさで始まった。

上からはホロ広告の音声が降ってきて、遠くでは銃声。

路地に面したメインストリートを、企業ロゴのついたトラックが轟音を立てて通り抜ける。

 

その全部から切り離されたみたいに、ここだけが時間の流れから取り残されていた。

 

「おい坊主、起きろ。タダで寝床借りたんだから、せめて片付けくらい手伝え」

 

「う……分かったよ」

 

灰色の朝靄の中、カツオは言われるがまま、湿った段ボールを運び、破れた布を干す。路地の奥からは、他のホームレスたちがちらほらと顔を出してきた。

 

「ようジジイ、昨日は久しぶりに騒がしかったな」

 

「こっちはただの迷子だ。すぐいなくなる」

 

「誰が迷子だよ」

 

男たちは、カツオを一瞥してから、あっさり興味をなくしたように視線を外した。

 

ただ、自分たちの世界との世界は別だと、本能的に線を引いている感じだった。

 

 

 

昼過ぎ。日陰でも暑い時間帯、ジジイは壊れた義足を外して工具でいじり始めた。

 

「それ、自分で直してるの?」

 

「直すってほどじゃねぇ。ただ、だましだまし動くようにしてるだけだ」

 

よく見れば、その義足は何度も修理の痕があった。高級品だったはずの箇所に安物の部品が継ぎ足され、テープで無理やり固定されている。

 

以前、父と一緒にアラサカの重役たちを見た時の光景が頭をよぎる。

彼らのサイバーウェアは、どれも磨き上げられ無駄のないラインで光っていた。

 

同じ義足でも、ここまで落ちるものなのか。

 

「じいさん、さ。前ってもしかして_______」

 

「アラサカだよ」

 

ジジイが、不意に言った。

 

「え?」

 

「だから前の勤め先だ。アラサカ。役職もそこそこ上だった。部下もいた。家もあった。家族もいた」

 

工具の動きは止まらない。ただ声だけが、少し過去を見ていた。

 

「でも上司がしくじってな。その尻拭いを俺に押しつけた。組織のためにとか何とか、もっともらしいことを言ってよ」

 

「……それで、クビになったの?」

 

「そうだよ。会社も家も、あっという間に全部なくなった」

 

ジジイは義足を戻し、金具をカチリとはめた。

 

「次の日には、妻と息子が消えていた。靴も、服も、2人の気配も何もねぇ。まあ置き手紙なんて、気の利いたもんは最初から期待してなかったけどな」

 

カツオは、胸の奥がぎゅっと縮むのを感じた。

 

彼の父もアラサカの重役だった。上司たちと笑い合い、煌びやかなパーティーに母を連れていき、その傍らでカツオは完璧な“跡取り息子”を演じていた。

 

けれど、父が死んだ途端―――

 

母は、父の上司と再婚した。新しい男は、カツオを見るたびに、目の奥であからさまな嫌悪を浮かべた。

 

最後の日。スーツケース1つと、小さな封筒だけが玄関に置かれていた。

 

封筒の中には、クレジットチップが一枚。それがさよならの代わりだった。

 

「……僕も、さ」

 

気づけば、口が勝手に動いていた。

 

「僕のパパも、アラサカだったんだ。偉い人で。でも死んだら、母さんはすぐその上司と結婚してさ。僕のことは、前の男の子供ってだけで……」

 

ジジイがじっとこちらを見る、その視線に色はなかった。

 

「手切れ金だけ渡されて、捨てられたんだ。『これで好きに生きなさい』って。好きに、なんて……言われてもさ」

 

カツオは、自分でも驚くほど静かな声で言っていた。

 

「だから、さ。家族に捨てられるのが当たり前とか、仕方ないとか」

 

一度言葉を切る。

 

「そういうの、やっぱり納得できないよ」

 

ジジイはしばらく黙っていた、やがてゆっくりと目を閉じる。

 

「……そうだな」

 

小さく、それだけ答えた。

 

 

 

 

3日目の朝。

 

いつもどおり安っぽいホロ広告の音と、遠くの銃声と砂混じりの風。

 

路地の入口が青と赤の光で満たされたのは、そのすぐあとだった。パトカーのサイレン。狭い路地に、企業製のタイヤが泥水を跳ね上げる音が響く。

 

「……来やがった」

 

誰かが小さく呟いた。ホームレスたちが一斉に身体を縮め、壁際に寄る。

それは警官を目にした時の避ける動きじゃない。もっと深いとこ恐怖が植え付けられた反応だった。

 

制服姿の男が1人、車から降りてくる。装備はどれも新品でピカピカに磨き上げられている。

 

「おい、サトウ。テメェがここのまとめ役なんだってな?」

 

警官が、ニヤニヤと笑いながら言った。しかしその目は全く笑っていない。

 

「なんだ、いつもの奴は来ねぇのか?」

 

ジジイ――サトウは、低く問い返した。

 

「ああ? 前のアイツか」

 

警官は肩をすくめる。

 

「あいつなら、署のトイレで頭吹き飛ばしたよ。銃をくわえてな。掃除係が文句言ってたぜ、いい迷惑だってよ」

 

ホームレスたちの間に、ざわ、と小さな波が走る。サトウの眉がわずかに動いた。

 

「ってわけでよ、今月からは俺たちが担当だ。ルールは簡単。6人分、ひとり50。合計300エディー。払えばここに居る権利をやる。払えなきゃ」

 

警官は、わざとらしく路地の出口のほうを顎でしゃくった。

 

「街の外に出て行ってもらう」

 

街の外。ノーマッドとギャングと、汚れた空気と、野ざらしの土地。ホームレスたちにとって、それは別の言葉に置き換えるまでもない。

 

“死刑”だ。

 

「おい、今月ぶんは……」

 

「期日にはまだ」

 

「前の奴は、月末って言ってたじゃねぇか!」

 

口々に抗議の声が上がるが、警官は耳をほじる仕草をしているだけだ。

 

「俺は前の奴じゃねぇ。俺のルールに従え。今払え。そういう話だ」

 

サトウが、近くの連中に視線を送る。

 

「……いくらある」

 

「全部で250だ……これが限界だよ、サトウ」

 

「あと50か……3日、いや2日ありゃ何とか」

 

「2日後にまた来てやる義理が、俺にあるのか?」

 

警官が、腰のホルスターからピストルを抜いた。銃口が、サトウの眉間へ向けられる。

 

あまりにも滑らかな動作だった。

 

「ここに居たいなら、今払え。それが出来ねぇなら」

 

「……だったら」

 

サトウが、ゆっくりと義足を見下ろした。

 

「だったら、俺を連れて行け」

 

「サトウさん!」

 

ホームレスのひとりが叫ぶ。

 

「俺が年長者なんだ。動ける手は残しとけ1番のガラクタが出て行く。それが1番、筋が通るだろ」

 

その言葉には諦めと、どこか奇妙な優しさが混ざっていた。警官はにやりと笑う。

 

「そうこなくちゃな。じゃあジイさん1名、郊外送りってことで」

 

そう言ってサトウの肩を掴み、乱暴に引き寄せる。そのままパトカーへと押し込もうとした。

 

その時カツオの頭の中で、何かがぷつりと切れた。

 

(まただ)

 

玄関に置かれたスーツケース、封筒ひとつ。母の背中。何も言わずに去っていく足音。

 

胸の奥が焼けるように痛い、気づけば身体が勝手に前に出ていた。

 

「待って!」

 

自分の声が、狭い路地に響いた。

 

「なんだ、お坊ちゃん。邪魔するなら、テメェもまとめて」

 

「僕が払う!」

 

警官の言葉を遮るように、叫ぶ。

 

「300エディー。今、払う。それでいいだろ!」

 

ポケットに入れていたクレジットチップを、カツオは乱暴に引き抜いた。警官はひったくるようにチップを奪い取ると、端末にかざした。

 

「……へっ。本当に払いやがった。おっと、坊やはいいとこの育ちか?」

 

「うるさい。ルールは守ったんだろ。だったら早く消えろ」

 

言い終わる前に、心臓が激しく跳ねた。膝も少し震えている。それでも視線だけは逸らさなかった。

 

警官は小さく舌打ちし、サトウの肩から手を離した。

 

「チッ、つまんねぇの。じゃあ今日はここまでだ。せいぜい、このクソみたいな路地裏で長生きするんだな」

 

パトカーがまた青と赤の光を残して去っていく。サイレンの音が遠ざかると、静寂が戻ってきた。

 

「サトウさん……大丈夫?」

 

振り返った瞬間、怒号が飛んできた。

 

「テメェバカか!!」

 

サトウの顔はさっきまで見たことがないほど歪んでいた、様々な感情が混ざった闇鍋みたいな表情。

 

「何で止めた!何で俺が、やっと終われるところだったのに……こんなクソみてぇな現世に、引きずり戻すんだよ!」

 

「だって」

 

「俺はなぁ……!」

サトウの声が、かすれて震えた。

 

「俺は、出世するために、何人も踏みつけてきた。部下を切り捨てて、見知らねぇ奴らの人生を壊して……

家族に優しくする余裕すらなかった、そのツケが回ってきただけなんだよ。

クビになって、家族に捨てられて、人知れずくたばる。それでやっと帳尻が合うんだ!」

 

カツオは、唇を噛みしめた。

 

「知るかよクソ野郎」

 

サトウは、疲れたようにその場に腰を下ろした。

 

「自己犠牲で終われるなら、それでやっと楽になれると思ってた。それをテメェは、勝手に」

 

「勝手に、じゃない!」

 

カツオは、思わず叫んでいた。

 

「僕は、見てられなかったんだよ……また、誰かが、ああやって捨てられるのを」

 

最後の言葉は、自分に向けたものに近かった。サトウは何か言いかけて、やめた。喉の奥で、壊れた声がうろうろしている。

 

「くだらねぇ偽善だよ、坊主」

 

「そうだよ。くだらないよ。でも、僕はそういうくだらないことをやりたかったんだ」

 

言い合いはそこで途切れた。残ったのは、重たく湿った沈黙だけだった。

 

 

 

 

夜。ネオンの明かりが路地の上を流れ、遠くでまた爆音が響く。

 

カツオは、ボロい段ボールの上に横になりながら、目をつぶっていた。眠れない。でも起きていると認めるのも、なんとなく癪だった。

 

(……なんであんなジジイの為に身銭を切ったんだろう…)

 

彼自身、どうしてか分からない。ただ、あのまま見送っていたら、一生後悔しただろうことだけははっきりしている。

 

足もとのほうで、乾いた咳がひとつ聞こえた。

 

「……カツオ」

 

名前を呼ばれて、心臓が一瞬止まる。ここに来てから何度も坊主とは呼ばれた。でも、本名を呼ばれたのは、さっきが初めてだった。

 

今もまたその声が自分の名を確かめるように、ゆっくりと口にする。

 

「……ありがとよ」

 

カツオは狸寝入りのまま、動かなかった。動いたら何かが壊れてしまいそうで。

 

「こんな……俺なんかのために……金まで出してくれて……本当に…ありがとな……」

 

言葉の最後はほとんど息の音だった。それでも、その震えでサトウが泣いているのが分かった。

 

目を開けなかったのは、たぶんお互いのためだった。

 

(なんで、僕……)

 

気づけば、目尻が熱かった。理由なんて分からない。

サトウが可哀想だからでも、自分が惨めだからでもない。

 

ただひとつだけ確かに言えることがある。

 

彼が救ったのは、サトウだけじゃなかった。彼自身のこともほんの少しだけ救えたのだ。




これでACT-3は完結です。
次回からはACT-4 バカと新合衆国の野望 俺たちがその気になりゃ大統領だってぶっ飛ばせる!! が始まります。

ああ、始まってしまう。
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