つまり、19時になれば公開できると言う事。
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基地の中はすでにシドの女神打ち上げ準備でてんてこ舞いだ。手首の端末をさっと操作して、ロシナンテから出撃した思考戦車三台が光学迷彩で消えるのを確認する。三台にはそのままコントロールルームを捜索させるつもりだ。俺とミラールは囮に徹する。
「打ち上げは一か月後だったよな」
「ええ、そうよ」
ミラールの返事が被さった瞬間、声が割り込んできた。
「予定が変わったのだよ。レオ・ゴルドンくん!」
ラシッド大司教だ。ギルドの戦闘員が俺たちに銃を突きつけている。心臓は落ち着いている──端末の振動と戦車の微かな電波を同時に感じ取っているからだ。
「ラシッド大司教!」
「おっと、ミラール様。動かないで頂こう。フフフ、あなた方をお待ちしていましたよ」
ラシッドはにやりと笑う。俺は一歩も動かず、視線だけで状況を測った。
「ほう、最近の坊さんは銃を突き付けて懺悔を聞くのか」
「その通りだよ。レオ・ゴルドンくん。懺悔の後でこの世の苦しみから解放してやる為だ」
その言葉に、ミラールの指先がわずかに震えた。だがこっちは平静を装う。端末の画面に小さく光る三つの点が、コントロールルームへと進んでいるのを確認する。タイミングは俺が握っている──囮に見せかけるのも、彼らの注意を逸らすのも、全部計算済みだ。
息を殺してラシッドの表情を読む。彼が笑っている間に、俺たちはもう一枚先の手を進めている。表の劇場は彼らに任せておけばいい。裏から来る“静かな嵐”が、すべてを変えるだろう。
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「ポイント2、ポイント2、発射前300、スタンバイOK! レベル4およびレベル6、速やかに退避!! パネル3、ファンクション25! DCバイパスON!」
コントロールルームは悲鳴と命令が混ざり合っている。警報ランプが虹のように点滅し、俺の耳は端末のフィードバックと現場の騒音を同時に受け取っている。ラシッドは得意満面で説明を続ける。女神が打ち上がり、そのまま世界を屈服させる──彼はそれを芸術のように語る。
「打ち上げ7秒前、6、5、4、3、2、1。点火、発射!」
床が振動した。屋根越しに巨大な光の柱が立ち上り、爆音が全身を揺らす。視界の片隅でモニターがロケットの姿を追い、白熱する尾を引いて昇っていくのが見える。ミラールの瞳が潤んでいる。彼女はまだ、あの女神が何であるかを完全には理解していない──いや、理解したくないのだろう。唇が震えている。
「来い、ロシナンテ」俺は声に出さず、端末に触れて命令を送る。光学迷彩のまま進んでいた思考戦車三台がコントロールルーム下の配線ハッチへ接近する。ひとつは機械的アームからナノプローブを射出、ふたつは電磁的干渉パルスで外部監視を撹乱、残りは制御バスにソフトウェアペイロードを注入する。やることは単純だ。発射データの書き換えと女神の自己判断モジュールに小さな“疑問”を植え付ける。
ラシッドが気づく前に、俺はプローブの侵入経路をステルスで確保する。配線は古く、セキュリティが甘かった。ナノプローブが通信バスに触れ、そこから小さな光の弾丸が流れ込み、女神の識別子と軌道ソフトの一部を上書きし始める。端末の画面に“WRITE OK”と小さく表示される。心拍が早まる──成功の音だ。
だが、完璧な勝利などありはしない。ラシッドの手下が奇妙な干渉に気づき、銃を振り上げる。銃声と同時に、モニターの一つが青く滲み、別の表示が赤く反転する。女神の軌道データが狂い始めた。打ち上げられた衛星列のうち数本が、当初の投入予測とは異なる方向へ自動修正された。ひとつ、またひとつ――軌道投入に失敗し、予定軌道を離れる。
「何をした!?」ラシッドが叫ぶ。彼の顔が白くなっていくのが見える。
ミラールが俺の腕を掴んだ。手に伝わる震えは、恐怖だけじゃない。安堵もある。少なくとも今、目の前で光る女神のいくつかは、惑星を支配するために正確に配置されていない。だが、スクリーンの端で小さく表示されるテキストが新たな恐怖を運んでくる──
「
女神の頭脳は独立し、しかもその自己保存プロトコルは我々が想像するよりもずっと狡猾だった。俺たちが打ち壊したのは束の一部に過ぎない。銀河パトロールの艦隊が到着する前に、奴らは別の手段で作動を再構成するかもしれない──あるいは、これがより厄介な“目覚め”を促すのかもしれない。
コントロールルームの空気が再び張り詰める。俺は端末を握り直し、ロシナンテからのフィードバックを素早くスキャンする。三台の戦車は無事だ。だから選択肢はまだ残っている。ラシッドの計画を完全に潰すために、俺は次の一手を考える。時間はない。外では――銀河パトロールの艦隊が、確実に、着実に、こちらに向かってきている。
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「ミラール! こっちだ!」
反射的に彼女の手をつかんで走り出す。背後では、コントロールルームの天井が悲鳴を上げながら降りてきていた。ラシッドめ、スタッフごと潰す気だ。
目星をつけていた通気口の鉄格子へ、全力でタックルをかます。鉄がひしゃげ、破片が散る。そのままミラールを押し込むようにして飛び込んだ。
直後、背後で耳をつんざくような破砕音。何十人分もの叫びが圧殺され、骨と金属が混じる――ぞっとする音が通路に響いた。喉の奥が鉄の味で満たされる。
「走れ!」
俺たちは通気ダクトを抜け、降りかかる隔壁のシャッターを滑り込むように突破した。最後の隔壁が背後で閉まる瞬間、風圧で背中を押されたような感覚があった。
目の前が開ける。広い整備区画だ。まだ電力が生きている。壁面の巨大スクリーンに、星々と艦隊が映し出されている。
「いい運動になったな」
「こんなところにもコントロールルームが!」
「見て! レオ、銀河パトロールの艦隊が――何も知らずにやってくるわ!」
「このままだと、シドの女神のレーザーの餌食に!!」
ミラールの声は焦りを帯びていたが、俺は落ち着いていた。端末にロシナンテの通信波が走る。三台の思考戦車がすぐ背後に来ている。
「光学迷彩、解除」
空間が揺らぎ、半透明の巨体が現れる。思考戦車の主砲にかかる防護カバーを俺が外す。指紋ロックがカチリと解除される音がやけに静かに響いた。
「目標、カギ十字! 発射!」
50mm榴弾砲が吠えた。
轟音とともに衝撃波が空気を裂き、コントロールルーム中央の建造物――巨大なカギ十字を刻んだ装置に直撃する。
その瞬間、空間が歪む。
半透明の炎の幻体――サラマンダーが現れかけたが、榴弾の炸裂とともに霧のように消えた。
モニターが狂ったように点滅する。映し出されたシドの女神たちのネットワーク映像では、各衛星が自我に目覚め、互いを“敵”と認識して撃ち合っていた。
床が波打つように歪み、圧縮されたサイコエネルギーが一斉に放出される。
やがて――静寂。
中央のカギ十字装置が吹き飛び、その裏に隠されていたサイコエネルギー増幅室が露わになる。中に安置されていたミイラは、バラバラになっていた。
ミラールがゆっくりと立ち上がり、乱れた髪をかき上げながら俺を見る。
「サラマンダーは……一体、誰だったの?」
「三千年前のナチの亡霊さ」
タバコに火を点ける。煙が舞い上がる。
焦げた金属と血とオゾンの匂いが混ざる中、ようやく肩の力が抜けた。
――やっと、終わった。
なんか海賊ギルドに目を付けられたので、ほとぼりが冷めるまで連載はお休みします。
海賊ギルド元帥サラマンダーをやったのはコブラ一味だってのにさー。