/*/ 黄金の扉の先 異次元通路 /*/
空間が、ねじれていた。
目に映るものすべてが光の帯になり、足裏の“下”がときどき“横”に移る。
先頭はコブラ、ぴったり後ろにドミニク。俺とデイジーはその背を追う。
「……重力の向きが変わってるな」
俺がぼそりと言うと、ドミニクが唇だけで笑った。
「迷路というより、試練の回廊ね」
幾何学の網目を縫うみたいに進むと、空間が裏返る気配――次の瞬間、音が死んだ。
無音の空洞。翼を持つ象の巨像が見下ろし、黄金の壁に刻まれたルーンが青白く明滅している。
中央には円盤状の装置――心臓の鼓動みたいに脈動していた。
「どお、コブラ。宇宙一のプロポーションを見た感想は?」
ドミニクがわざとらしく肩を張る。
コブラはサイコガンを傾け、にやり。
「マリリン・モンローが天国で歯ぎしりしてるぜ」
「ふん、ロマンチストね」
「役得だな……いてっ!」
デイジーに尻をつねられた。
「よそ見してんじゃないわよ。あれ、推進機のコントローラーでしょ」
象の像の足元、黄金の床に浮いた円盤がうねる。
コブラとドミニクが駆け出す――が、数歩先で二人同時に膝をついた。
「な、なんだ……?」
「重力壁よ!」ドミニクが歯を食いしばる。
前方空間が押し固められ、弾道も視線も曲がる。散らばる人骨は、ここで力尽きた先客の履歴だ。
「……見えない沼ってわけか」
コブラがサイコガンを構え、白い螺旋を撃つ。
だが光は途中でぐにゃりと曲がり、空間の皺に呑まれた。
「ちっ……屈折させやがるのか!」
彼がさらに一歩出た瞬間、床が“鳴いた”。
「コブラ、待って!」間に合わない。
重力場の下に隠れた継ぎ目が崩れ、コブラの身体が吸い込まれるように消える。空気が軋む音。ドミニクの手が宙を切った。
「――コブラァァァ!」
翼ある象の下で、彼女の叫びが何度も反響する。
奥の通路からは、まだ低い唸り――装置が本気を出す前の予備運転みたいな音が続いていた。
/*/ ガロン星・第七発掘区域・地下聖堂 続 /*/
ドミニクは重力壁に貼り付けられたまま、スーツごと軋んでいた。
空気は水飴。踏み出すたび脚が沈み、戻ろうとすると逆向きに落ちる。
「マックス、こい。モードB、ワイヤー射出」
俺の思考に応じて、銀色の多脚戦車が足音を刻みながら近づく。
側面ハウジングが開き、スチールラインが蛇のように走ってドミニクの腰に巻き付いた。
「掴まれ!」
スラスター逆噴射、同時に巻き上げ。
ワイヤーが甲高く唸り、重力の膜を裂く感触のあと――ドミニクの体が、ぬるりと壁から剥がれた。
彼女は咳を一つ。額に浮いた汗を親指で払う。
「はぁ……助かった。ありがとう、レオ」
「礼はマックスに言っとけ」
彼女は頷いたが、視線は床の穴に釘付けだ。
「……コブラは?」
俺は肩をすくめ、笑ってみせる。
「伊達に“不死身のコブラ”じゃない。そのうち“やあ”って出てくるさ」
「本当に……?」
「それより――あれだ」俺は天蓋を指差した。
「象の頭上の推進制御コア。重力源は多分あいつ」
「大砲でぶっ飛ばす?」
「サイコガンすら曲がる。素直には届かない」
「じゃあ、どうするの?」
俺は息を吐き、巨像を見上げる。
「上の巨象をぶち抜けば早いんだが……」
「“が”?」
「トポロ教授が嫌がる。あの人、遺物壊すと一週間は口きいてくれない」
ドミニクが吹き出した。
「ああ、言いそう」
重力の波がわずかに弱まった。砂がさらさらと流れる。
俺は床に腰を落とし、タブレットに現場データを同期。
「阻止限界点まで、まだ七日」
「じゃあ……コブラが戻るまで、ここで張る?」
「ああ。張りながら解析する」
ふたりの呼吸と、マックスの低い駆動音だけが空洞を満たす。
赤い照明の下、翼ある象の眼孔がきらり――気のせいだと自分に言い聞かせる。
しばらくして、ドミニクがぽつりと訊いた。
「そういえば……どうしてレオ、トポロ教授の依頼を引き受けたの?」
「ん?」タブレットから顔を上げる。
「教授の大学との付き合いもあるしな。――それに、カゲロウ山で面倒見たリンダとフランクって夫婦がいる。今は地球のニューヨークで“金の取引市場”を任せてる」
「金の市場?」
「俺の大事な資金源だ。ニューヨーク市場がこけると、燃料代から弾代から全部が止まる。だから、星間学会の寄付者として教授の顔が立つなら、俺も動く。お互い様ってやつだ」
ドミニクは目を細める。
「呆れた。あなた、フロント企業まで持ってるのね?」
「違うぜ」俺は笑って手を振る。
「俺は探検家だ。海賊じゃない」
「――ふふ。言い切るところ、好きよ」
デイジーが通信に割り込む。
《口説きは後にして。重力波、周期が変わったわ》
「了解。マックス、アンカー打ち。武蔵は上空待機、コブラの信号を拾え」
アンカーが床に喰い込み、鋼が弦のように鳴る。
俺は天井の巨象と、奥の円盤を交互に見やった。
七日。コブラの帰還。教授の雷。ニューヨークの相場。
ぜんぶ、俺の“探索”の延長線上にある。
――さて。鍵は開いた。
次は、この“星の心臓”に、どう手を突っ込むかだ。
私が水曜まで待てなくなっただけです。
すみません。