/*/ゾウだゾウ
俺は異次元通路を何度も往復した。通路の歪みを抜けるたびに、体内の時間感覚がねじれて戻ってくる。地上の夜風が顔を撫でると、現実に戻ったと実感する。トポロ教授と火星穴居人たちに安全を伝え、発掘現場の状況を手短に報告すると、彼らは機材を担いで巨象の周りに集まった。
「レオ、情報ありがとな。こっからじっくりやるぞ」
トポロ教授は相変わらず杖の先で図面を弾きながら言った。白髪が光にかすかに銀を放つ。穴居人たちは手慣れた動きで探査プローブやグラブアームを展開していく。
「教授、まだ数日余裕があるとはいえ、日数がないから巨象を破壊してコントローラーに接触したいんだが」
俺は眉を寄せ、素直に言った。とにかくあの推進制御コアを何とかすれば、この奇怪な重力場は止められるはずだ。コブラが落ちたこともある。時間は無駄にできない。
「まだ数日あるんじゃろ。もう少し調査させんかい!」
教授は即座に否定した。彼の声には研究者特有の頑なさがある。遺物を傷つけることを極端に嫌うのだ。ドミニクの顔を見れば判る、彼女も教授の機微を理解している。
「へいへい。怒られた」
俺は苦笑いを返し、プローブの打ち込みを手伝う。探査プローブは深度ドリルと同軸のセンサー群を備え、黄金の像の表面――特に推進機の付近に向けて幾本も射ち込まれた。プローブヘッドが金属の皮膜に噛み付き、そこから高周波の振動、プラズマ的な反射、微弱な重力子の変動が送られてくる。
「データ来るぞ、あれ……おかしい。ロックがかかってる」
穴居人のひとりが叫んだ。タブレットに映る波形は、通常の遺物反応とは明らかに異なる。ある種の位相で信号をねじる“鍵”が既に作動しているらしい。
「外部からのハッキングで重力壁を解除できるかと思ったんだが、何か変なロックがかかってて、プロトコルが通らない。暗号化じゃない。位相封鎖……古文明のハードウェア保護か?」
トポロ教授は眉を吊り上げ、ヘッドセット越しに内部デバイスのログを読み上げる。彼の声に不安が混じった。古代技術の保護機構というとロマンはあるが、現場では命取りになる。
「位相封鎖ってことは、直接物理的に触れないと解除出来ないんじゃないの?」ドミニクが言う。膝の打撲を押さえながら、彼女の眼は鋭い。この子は遺物の“身体性”を読む。扉と彼女が共鳴したのは偶然じゃなかったのだ。
「物理接触より、まずやるべきは“同相調整”だ」
教授はそう言うと、掘削機のホルダーから小さなリング型装置を取り出した。「これは古代語で“共鳴尺”とでも呼べるもの。現場で位相を合わせてみる。だが成功率は五割にも満たん。失敗すれば位相反応が強まるかもしれん」
俺は装置を受け取り、タブレットの地図に目を落とす。阻止限界点まで七日。コブラが一人で生還する期待値は高いが――ここで無茶をして全員を失うわけにはいかない。重力壁の向こうに落ちたコブラを救出するには、やはり慎重と迅速の両立が必要だ。
「よし、分かった。教授、やってくれ。俺は異次元通路の入口を監視する。コブラが戻ってくるなら、そっちのルートの方が可能性が高い」
「賢い判断じゃ。だが、戻らぬことも考えておけ」教授は哀惜を含んだ小声で言った。
プローブ群が送る映像に、床に散乱する骨片が映る。小さな人型の欠片――誰がここに迷い込み、なぜ脱出できなかったのか。想像するだけで体が冷えるが、こちらの仕事は想像でなく行動だ。
トポロ教授は慎重に共鳴尺をセットし、穴居人たちがケーブルを伸ばす。俺は思考多脚戦車《マックス》のカメラ視点を通じて穏やかな顔に戻ろうとするドミニクを見た。その口元には小さな決意が浮かんでいた。
「コブラが戻ってくるまで、ここで待とう」俺は呟くように言った。だがその言葉の裏には、不穏な確信も混じっている。黄金の扉の奥で、何かが目を覚ましつつあった。
/*/ ガロン星・第七発掘区域・巨象像前 3日後 /*/
赤い砂塵を巻き上げて、一台のエアバイクが通路から滑り出た。
ハンドルを握るのは――不死身の男、コブラ。
後ろのシートには、銀髪の美人がひらりと跨っている。
「また美人さんを引っかけてきたのね」
ドミニクが呆れ顔で言うと、コブラは肩をすくめた。
「こいつぁ“ボニー”ってんだ。運転は俺より上手いぜ」
ボニーがヘルメットを脱ぐ。地下の薄空気の下でも凛とした笑顔。
「こんにちは、皆さん。あなたたち、揃ってキャンプでもしてるの?」
俺は思わず吹き出した。
「まぁな。不死身のコブラ待ちでな」
「よせやい、くすぐったいぜ」
コブラはバイクから降りて砂を払うと、すぐに巨象像を見上げた。
「……で、状況は?」
「コントローラーに触れない。重力壁が邪魔だ。巨象をぶっ壊そうとしたんだが、トポロ教授に止められて困ってる」
「教授らしいな」コブラが鼻を鳴らす。
「制御中枢を直接壊すしかないか」
俺が言うと、ドミニクが首を傾げた。
「でも、制御中枢なんてどこにあるのよ?」
ボニーが不敵に笑った。
「任せて。この辺りの地下都市、ガロン人にとっては“子供の遊び場”だったのよ」
「……つまり、抜け道を知ってるってわけか」俺が聞き返す。
「ええ。昔の通気孔がそのまま中枢に繋がってる。重力壁を避けて入るには、そこを通るしかないわ」
ボニーはウィンクした。
その仕草に、ドミニクが苦笑しながら肘でコブラを小突く。
「またあなたの女運が役に立ったわね」
「愛される男はつらいぜ」コブラが歯を見せて笑う。
俺は肩を竦めた。
「頼もしいね。……案内してもらうか」
ボニーが先頭に立ち、遺構の奥にある裂け目へ歩き出した。
俺たちはその背を追う。
翼ある象の像が沈黙のまま見下ろしている――その目の奥で、ほんの一瞬、金色の光がまた瞬いた。
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