/*/ ガロン星・第七発掘区域・制御中枢井戸口 /*/
ボニーが立ち止まり、掌で照明を反射させながら下を覗き込んだ。
「見て、コブラ。ここが制御中枢よ」
俺とドミニク、そして教授たちは肩越しに覗き込む。
直径十メートルほどの井戸が、暗闇の底まで続いていた。
金属ではなく、何か生体的な素材で覆われた壁。そこに埋め込まれた集積回路の光が、
まるで無数の瞳のように瞬いている。
コブラが口笛を吹いた。
「こいつはまた、派手な脳ミソだな。推進機の頭脳は、この下か」
「たぶんね」ボニーが頷く。
「でも気をつけて。一か月前にも“飛び降り”があったの」
「飛び降り?」ドミニクが眉をひそめる。
「ミドラっていう宗教家の女性。
“この不浄な世界に別れを告げる!”って叫んで、ここから身を投げたらしいわ」
井戸の底から吹き上がる風が、ボニーの銀髪を揺らす。
空気の流れに、かすかに鉄とオゾンの匂いが混じった。
「遺体は回収されたのか?」俺が尋ねると、ボニーは首を振った。
「いいえ。センサーを入れても反応がなかった。
たぶん、回収されるより早く、下の構造体に“吸われた”のよ」
「吸われた?」
教授が眉を吊り上げる。
「まさか、制御中枢が有機的に――」
コブラが指を鳴らした。
「つまり、都合よく身投げしたミドラの頭脳が、推進器の頭脳と連結して暴走し始めた……とか?」
「まさか」とドミニクが即座に否定しかけたが、その声がわずかに震えていた。
壁面を走る回路の光が、心臓の鼓動のように明滅している。
そのリズムはまるで、何かが“呼吸”しているかのようだった。
「ま、降りてみればわかるさ」
コブラが笑い、ワイヤーを腰に巻く。
「ほんとに行く気?」
「いつものことだろ?」
彼は軽く片手を挙げ、
「ドミニク、教授、何かあったらすぐ逃げろよ。
俺は“死なない”が、あんたらはそうはいかないからな」
そのままコブラは、井戸の中へと身を投げた。
銀色のワイヤーが光を引き、深淵の闇へ吸い込まれていく。
俺たちは井戸の縁に残り、
その光が闇に消えるまで、ただ黙って見送るしかなかった。
遠くの底から、微かな笑い声のようなものが聞こえた。
それがコブラのものか――あるいは、ミドラのものかは分からなかった。
/*/ ガロン星・第七発掘区域・制御中枢井戸 /*/
井戸の底は、まるで巨大な脳の内部だった。
壁一面に走る集積回路が有機的に脈動し、黄金色の光が波のように伝わっていく。
その一角――中央部の神経束のような部分に、白骨化した人影が張りついていた。
「……ミドラ、か」
コブラが低く呟く。
脳神経のように張り巡らされた回路の束が、
その頭蓋を貫いていた。
血の代わりに、金色の電流が流れている。
彼女の眼窩の奥では、わずかに光が瞬いていた。
「ミドラの意識は……星と一体化しているのね」
ドミニクの声が震える。
やがて、井戸の底全体に響く声が生まれた。
それは風でも電流でもない――生きた声。
《私はシバの女王の生まれ変わり。
このガロン人を黄金郷へ導く。
ガロン星と太陽がひとつになる時、
我らは真の黄金郷へ昇るのだ――》
壁面の光が渦を巻く。
電流が雷のように天井を打ち、火花が雨のように降った。
ミドラの亡骸が笑っていた。
コブラが葉巻を噛みながら、軽く肩をすくめた。
「悪いけどな、その“天国”とやらに行くのは――おたくだけにしてくれないか」
直後、雷が落ちた。
青白い電撃がコブラを直撃し、彼の身体を包んだ。
炎が弾け、サイコガンの腕が一瞬、赤熱する。
「コブラ!」ドミニクの叫び。
だが、彼は笑っていた。
「ふふ……やめとけ。こいつは全部、見せかけだ」
ミドラの声が狂気を帯びて響く。
《見せかけ? お前たちの世界こそ幻だ!》
「違ぇな」
コブラの片目が鋭く光る。
「おたくの思考力が、この巨大な人工頭脳で増幅されてるだけさ。
見えてる景色も痛みも――全部“幻影”だ!」
俺――レオは、後方から呻いた。
「……だとしても、その幻影に耐えるとか、普通は無理なんだがな」
「無駄だ!」ミドラの声が響く。
「防御シャッターは壊せない! 貴様らの兵器など無力!」
俺は舌打ちした。
「先ほど撃っても傷ひとつ付かなかった……」
コブラが首を振った。
「いいや――おたくがそう“見せてる”だけさ」
彼の視線が鋭く光る。
「シャッターに穴は空いてる。そこだ!」
カッと、コブラの眼が開かれた。
同時に幻影が霧のように消え、黄金の壁の一角に、確かに――小さな裂け目が現れた。
サイコガンが火を噴く。
白い光が一直線に走り、ミドラの頭部を貫いた。
雷鳴のような衝撃音。
井戸の底を覆っていた光が、一気に消える。
ミドラの遺骸が静かに崩れ落ち、ただ金色の塵だけが風に舞った。
「やったわ、コブラ!」ドミニクが笑う。
コブラは無言で葉巻を取り出し、焦げたジャケットの裾を払った。
ライターの火が弾ける。
「生まれ変わり、ね……うそだぜ」
火をつけた葉巻を咥え、煙を吐く。
「シバの女王が探し求めた“黄金郷”は天国なんかじゃない。
この世に、探し求めたんだ」
葉巻の赤い火が、井戸の暗闇の中で小さく灯る。
それは、滅びかけた星の中に残された、最後の現実の灯だった。
/*/ ガロン星・第七発掘区域・遺構出口付近 /*/
推進機の頭脳が沈黙してから、もう数時間が経っていた。
ガロン星の地表を覆っていた不気味な黄金光は収まり、赤い砂が静かに舞っている。
巨象像はただの石像に戻り、地の底で鳴っていた重力の唸りも止んでいた。
コブラは遠くでボニーと何かを話している。
教授と穴居人たちは記録装置を回収し、遺構の封鎖作業を始めていた。
そんな中、俺はドミニクを呼び止めた。
「あ、ドミニク」
彼女が振り向く。
彼女の髪に、まだ薄く砂がかかっていた。
「なに?」
俺は胸ポケットから小さなメモリーモジュールを取り出した。
「これ、ブラックボーンがつるんでた銀河パトロールの名簿だ。
撃ち落とした戦闘機のフライトレコーダーからデータを拾っておいた」
ドミニクの目が細くなる。
「……それ、本物?」
「ああ。指揮系統と暗号頻度も入ってる。上手く使えば、ギルドの裏ラインを潰せる」
彼女はしばらく無言でデータチップを見つめていた。
それから小さく息をついて、微笑む。
「ありがとう、レオ。このお礼は――」
俺は首を横に振った。
「いらないよ。今回の件は、全部“コブラのおかげ”ってことにしてくれればいいさ。
俺は裏方で十分だ」
ドミニクが笑う。その笑顔は、さっきまでの戦場の緊張をすべて溶かしてしまうようだった。
「相変わらず、いい人ね」
「違うさ。俺は“生き延びたい”だけだ」
彼女は頷き、チップをスーツの胸ポケットに収めた。
「……分かった。これは預かる。あなたの名前は、報告書には書かない」
「助かる」
俺は笑って手を振った。
遠くで、コブラの笑い声が風に乗って響く。
「おいレオ! 終わったら一杯やろうぜ!」
「……ああ、後でな!」
空はすでに夜の色に変わっていた。
ガロン星の二つの月が、静かに並んで昇っていく。
その光が、コブラの葉巻の煙と混ざり合い――
戦いの終わりを告げるように、淡く滲んで消えた。
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