/*/ ラスベガス・ステーション カジノフロア /*/
ここは金星航路の心臓部。無数の光が流れ、スピーカーからは人工の笑い声とチップの跳ねる音が混ざって聞こえる。
俺――レオ・ゴルドンは、久々にスーツを着ていた。殺し屋稼業を畳んでからというもの、ネクタイの締め方を忘れかけていたが、今日は「客」を装う必要がある。
デイジーの弟バッキー。彼はといえば、外壁を這う思考戦車に乗り込んで光学迷彩を展開中だ。ステーションのセンサーをかいくぐり、外からこの浮遊要塞の“腹”を探っている。
「兄貴、こっちはまだ見つからねえ。通信遅延0.3秒、問題なし」
バッキーの声が耳の奥のインカムから響く。
「そのまま外殻の冷却管を回れ。ハンマーボルトの金庫はそこから冷却ラインで下層部に繋がってるはずだ」
「了解だ……って兄貴、詳しいな」
「うるせぇ」
ラスベガス・ステーションの支配人は、海賊ギルドでも悪名高いハンマーボルト・ジョー。
“元”の肩書きは宇宙海賊団〈ブラックトレーラー〉の首領。
今じゃこのカジノのオーナーとして合法的に金を洗っている。
煌びやかな照明と人工の空気。
ルーレットが回り、合成シャンパンの泡が立つ。
喧騒の中を、俺はただの観光客のような顔をして歩いた。
視界の端で、バニーガール姿のデイジーがウィンクする。
……いいねぇ。金髪美女のバニーガール姿は、目に毒だ。
あのスタイルであの衣装――まるで「理性の試練」ってやつだ。
一方、もう一人の潜入者――ルシア。
こっちは逆の意味で危ない。
成人済みとは思えない童顔、頬のそばかす、華奢な体つき。
そのルシアが黒いバニーガールスーツに身を包んで、トレイを片手に歩く姿は、あまりに“危険”だ。
あの見た目でカジノの夜を歩けば、ダメな大人たちが群がるに決まってる。
ルシアが俺のテーブルに近づく。
彼女は完璧なプロの顔――知らない他人のように微笑んだ。
「お客様、お飲み物は? マティーニに致しましょうか?」
「ああ、ありがとう」
互いに一切の合図も出さず、自然な芝居を続ける。
マティーニのグラスが置かれ、彼女の手がほんの一瞬、俺の指先をかすめた。
その瞬間、俺の腕時計のホログラムに短い文字列が浮かぶ。
《支配人室・金庫セクターB。セキュリティは電脳3PO波連動式。22時に解除。》
ルシアは何事もなかったように微笑んで去っていった。
――見事な演技だ。
背徳と任務の狭間を、あの年齢で完璧に演じきる。ドミニクの部下らしい。
デイジーが遠くのステージで踊りながら、笑った気がした。
光、音、酒、そして嘘。
ラスベガス・ステーションの夜は、これからが本番だ。
/*/ ラスベガス・ステーション カジノフロア 続 /*/
あの夜、喧騒の中でも妙に澄んだ音が聞こえた気がした。――高いヒールの、滑るような音。
ルシアがトレイを抱えて歩いていた。あの小さな体で、笑顔を絶やさずに。
……その瞬間、嫌な気配が走った。
テーブルの陰、スロットマシンの並ぶ通路で、三人組のガラの悪い男たちが足を突き出した。
「っきゃ!」
ルシアが前のめりに倒れ、トレイのグラスが床に散る。液体が白い光を反射して飛び散った。
「何するの! わざと足を掛けたわね!」
小さな拳を握りしめるルシア。だが男たちは、にやりと笑うばかりだ。
「すまなかったな。ちょっとした冗談さ」
「ここは餓鬼の来るところじゃねぇぜ。早く帰っておねんねしな」
――絡む必要はない。正直、言ってること自体は“まっとう”だ。
だが、その笑い方が気に食わなかった。
「なんですってー!」
ルシアが突っかかる寸前、俺は席を立った。
「まちなよ」
リーダー格の男がこちらを見上げる。脂ぎった顔に、金歯が光った。
「なんだぁ、てめぇ――いててっ! なにしやがる!」
俺は男の手首を取って、無理やり隣のスロットマシンのレバーに添えた。
「力の抜き方を知らねぇな」
そう言って、一気に押し下げる。
金属が悲鳴を上げた。
レバーの軸ごとスロットマシンの外装が裂け、内側の構造体が軋む音を立てる。
床まで一気に亀裂が走り、内部のコインタンクが破裂した。
銀色のコインが滝のように噴き出し、周囲の客が一斉に悲鳴を上げる。
俺は男の腕を離し、肩を軽く叩いた。
「……ついてるな、あんた。大当たりだぜ」
床一面に転がるコイン。センサーが反応して照明がチカチカと点滅し、ディーラーが駆け寄る。
男たちは口をぱくぱくさせて動けなかった。
ルシアの手を取って立たせる。
「ほら、もう行こうぜ。客に迷惑だ」
「……ありがと」彼女は小声で言った。唇を噛みしめ、目の奥に火を灯して。
雑踏のざわめきの中を抜け、背後で機械の修理音とざらつく怒鳴り声が混じる。
俺は肩をすくめて、苦笑いした。
「やれやれ……目立っちまったな」
視線を感じて振り返ると、ステージの上からデイジーが小さくウィンクしていた。
「次は静かにやれ、って顔だな」
――わかっちゃいるさ。
だがな、俺は昔から、喧嘩とギャンブルの引き際がちょっとばかり下手なんだ。
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