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バッキーの声がインカムを割った。
「兄貴、見つけた。ステーション最下部の重力室だ。20トンの金塊。これから回収に入る」
俺は一瞬顔が歪んだが、すぐに平静を装う。
「OK。気づかれないようにな」
バッキーは自信たっぷりに笑った。
「もちろん。金庫破りなら任しとけよ」
インカムが切れると同時に俺の視線はフロアの群衆へと戻った。
バッキーが外殻から回路をかいくぐって金を引き出す――その間、こっちは“余興”を一つやっておかなきゃならない。ハンマーボルト・ジョーがただの合法的オーナーの顔で金を洗ってるところを、現行犯で押さえておく。後で面倒が少ないからな。
目についた警備員を一人、軽く呼び止める。肩章の色は薄い金、階級は低いが巡回班の一員だ。笑顔と酒に濡れた親しげな目線を向ける。
「よぉ、兄弟。ちょっと口の利き方を教えてくれないか。支配人とポーカーの約束がある。案内してくれよ」
奴は眉を上げ、周りを見回した。客が歓声を上げ、ディーラーが駆け寄る。俺は手の空いたほうを見せながら、軽く金をちらつかせる。カジノでの“誘い”は多数の言語を持つが、もっとも有効なのはいつだって現金だ。
「おい、そんな簡単に。上は忙しいんだぜ」
「上は暇を作るのが仕事だ。ジョーは遊び好きだろ? ポーカーなら喜んで相手してくれるさ」
奴の視線が鋭くなった。嗅ぎ取れるのは玉虫色の計算――だが、金の刺激に勝てる警備員は少ない。俺は軽く掌を叩き、笑みを作る。
「なあ、案内してくれたら、今夜の収入から‘ちょっと’上乗せしてやるよ。裏稼業は嫌いだが、酒は嫌いじゃねえだろ?」
その言葉で奴の顔が緩む。腹の中の秤が傾いた。奴はため息をつき、無言で頭を縦に振った。連れて行きやすい。最重要なのは“自然さ”だ。強引に奪えば監視が飛ぶ。親しげに誘導すればドアは簡単に開く。
俺は奴を先導させ、カジノの喧騒を縫ってサービス通路へ入る。客室フロアは煌めいているが、通路は油と古い配線の匂いがする。警備員は俺を“客”として扱う。名札をちらっと覗き込むと、案内の癖が出てきて、片手で道を掃くように示す。俺は礼を言って、表情だけは柔らかく。
「支配人室ならこの先だ。だが、今は忙しいぞ。長居は無用だ」
「そうだな、簡潔に済ませよう」俺は短く答える。内心では時計の秒針を数えている。バッキーが回収を終える時間計算、重力室の再封鎖タイミング、監視巡回の周期……すべて頭の中で分解され、再構築される。完璧なタイミングが必要だ。二人が同時に笑って脱出できるように。
通路の端で、重い扉に手がかかる。奴がノブに触れる瞬間、背後で微かな符文のノイズが聞こえた。監視システムのポーリングだろう。奴は一度振り向いて、俺に眉を上げた。合図だ。自然に首を振り返し、俺は“ちょっと緊張するね”という無害な表情を作った。
扉が開き、薄暗い執務室の中に案内される。重厚な椅子、壁に掛かった海賊の肖像、そして中央の大きなホローテーブル。机の向こうにはハンマーボルト・ジョーが、例の豪放な笑みを浮かべて出迎える。銀歯が光る。
「やぁやぁ、珍しいお客さんだ。カジノでポーカーか? いい腕だと聞いたぜ」
「腕は自慢できるほどじゃないが、ちょっと暇つぶしにね」俺は軽く頭を下げる。表面上のやり取りは滑らかに、奥は鋭く。
支配人の目が、案内してくれた警備員に一瞥をくれた。奴は少し緊張したように笑い、さりげなく外へ出るように体の向きを変えた。閉じられるドアの音が、俺の鼓動と同期する。これで、バッキーの仕事時間は確保された。
俺はホローディスクにカードを並べるふりをしながら、胸の中でもう一度確認した。バッキー、今だな。外殻の迷路と冷却ラインの向こうで、弟分が金を引き上げる。こっちはここで“支配人の笑顔”を保ちながら、奴の罪を質す役目。終われば皆笑って帰る――それが理想だ。
だが、理想はいつだって雑音に沈む。俺はグラスを軽く掲げ、ジョーの目をまっすぐに見据えた。夜はまだ終わらない。