/*/ ラスベガス・ステーション支配人室 /*/
ジョーの分厚い指がカードをはじく。ホローテーブルの上に浮かぶ数字が、静かに更新される。
「ワンペア」「ツーペア」。勝負は本当に一進一退――だが、互いにまだ手の内を見せていない。
グラスを持ち上げかけた瞬間、ノック音。
「失礼します。お飲み物をお持ちしました」
……声の主は、ルシア。
おいおい。
俺は眉をわずかに動かした。ホールに戻れと通信で言ったはずだ。
入ってきた彼女は、完璧な笑顔でトレイを差し出している。背筋は伸び、歩幅も計算通り――だが、あの“目の動き”は命令違反のそれじゃない。故意犯だ。
ジョーの目が、鋭く動いた。
「随分と幼いな。身体も小さい。成人しているのか? 年を誤魔化していないか?」
……そっちか。
重い沈黙を切り裂くように、ルシアは淡々と答える。
「よく言われますが、私は成人済みです。見た目は……申し訳ございません。としか」
ジョーは鼻を鳴らし、少し笑う。
「そうか……ホールスタッフが大変なら言いなさい。キッチンやフロアスタッフの仕事もある」
――気遣いのある言葉だ。
一応、彼も海賊だが、単なる暴力屋じゃない。支配人として“秩序”を維持する側の人間。
言葉には“組織の長”の響きがあった。
「ありがとうございます」
ルシアが頭を下げ、俺へ視線を送る。
……その目。
“ここで動け”ってやつだ。
おいおい。
ここで問題起こせって言うのか?
銀河パトロールの中尉様は、ほんと無茶を言う。
俺はグラスを指先で転がしながら、軽く笑ってごまかした。
「支配人、あんたの部下、随分としっかりしてるじゃないか。俺のテーブルにも欲しいくらいだ」
ジョーは笑い返す。
「いいスタッフは運だ。人間は金じゃ買えねぇ」
――ちょうどその時だ。
耳の奥でバッキーの声が小さく震えた。
《兄貴、金塊を積み終えた。残り四分で外殻突破する》
完璧なタイミング。
つまり――今ここで、ジョーの注意を完全にこちらに引きつける必要がある。
俺はトレイからグラスを一つ取り、ゆっくりと卓に置く。
「運……ねぇ。そういや俺も運には恵まれてる。今夜は特に」
ジョーが片眉を上げる。
「どういう意味だ?」
俺はカードを一枚、裏返した。
「“運”の話だ。支配人の金庫には――ちょっと重い運が詰まってるらしいな」
ルシアが小さく息を呑む。
ジョーの口元がひきつった。
空気が変わる。
笑いが消え、部屋の中にただ機械の駆動音だけが残る。
ジョーはゆっくり椅子を倒し、背後の壁を指先で叩いた。
鈍い音。
壁がスライドして、奥に二人の警備兵が現れる。
「……どこで聞いた?」
俺は微笑む。
「ポーカーは運のゲームだろ? 俺が勝ったから、教えてもらっただけさ」
ルシアが小さく足を引いた。
トレイの下、仕込んだ閃光弾を握っているのが見える。
あの目――やっぱり、最初からこの展開を想定してたな。
バッキー、急げよ。
お前が“運”を運び出すまで、こっちはまだ賭けの途中だ。
/*/
支配人室──客もディーラーもいない。ホールの喧騒はガラス越しに遠く聞こえるだけで、ここは完全に閉じた空間だ。重厚な扉が静かに閉まり、部屋の空気が一段と濃くなる。
俺は動作を殺し、ホルスターから銃を抜いた。先刻、早撃ちで二人の警備員を沈めたのはこのためだ。銃声は上のフロアの騒ぎに紛れて聞こえないだろうが、ここでの行動は即断即決、迷いは死を招く。ジョーが机の向こうでゆっくり立ち上がる。彼の表情に焦りは無い。むしろ興味深げにこちらを見下ろす。海賊の首領の余裕だ。
「おっと、ハンマーボルト・ジョー。あんたのハンマーボルトはこんな狭いところじゃ活かせないってのは知ってる。案内してもらおうか、ステーション最下部の重力室まで。二十トンの金塊、そこまでな」
銃口は逃がさない。部屋のラグジュアリーも虚しく、冷たい金属の先端だけが現実を持っている。ジョーはゆっくりと笑ったが、その笑いはもう挑発ではなく、計算だ。彼の頭の中で最善手を探しているのが見える。案内するか否か。闘いの場を選ぶか否か。彼が選んだのは、戦いたい場所へ持ち込むことだった。
「案内してやるよ」と言って、背後のパネルに手を伸ばす。秘密裏に通じる通路のスイッチを叩く仕草は、長年の経験が滲む。扉が静かに開き、薄暗い通路の向こうに二人の見張りが姿を見せる。俺は銃口を緩めないままジョーの袖を掴み、廊下へと押し出した。灯りは低い。重い鉄の匂いがする。戻る余地はない。
歩きながら、インカムが震えた。バッキーだ。声は短い、機械的な低さで告げる。
《兄貴、搬出完了。ラインはクリア。外殻経由で脱出中。二分で外圧封が戻る。》
いい。時間は限られている。俺はジョーの背中に針のように冷たい声を落とす。
「案内して、だが重力室の中身を見たときの顔を想像しておけよ。驚愕ってやつだ」
彼は舌打ち一つ、小さく笑ったように見えた。だが、その笑顔にほんの僅かなひびが入るのを俺は見逃さない。案内される側が内心で敗北を認める時、勝負は既に傾く。
通路を曲がり、低圧扉を押す。冷却ファンの唸りが耳に刺さる。床がほんのわずかに振動する。ジョーが目を細め、部屋に足を踏み入った瞬間、彼の顔が硬直した。予想通りの驚愕ではない。驚愕に混じるのは――底知れぬ、嫌な空虚だ。
重力室は空っぽだ。予定していた金塊の台座に重さを示すセンサーの赤いランプは消えており、床面は拭き取られたように無垢だ。物があった痕跡だけが、油の薄い輪郭となって残る。モーションセンサーのログには不可解な空白。誰かが丁寧に"無かったこと"にした形跡だ。
ジョーの呼吸が荒くなるのが見える。普通なら怒りが湧くところだろう。しかし彼の瞳に浮かんだのは、怒りでも焦りでもなく、言葉にできない静かな恐怖の色だった。首筋のチェーンの端が微かに光る。男は、己の計算が裏切られた時の顔をしていた。
俺はゆっくり、確実に拳を固める。銃口を少しだけ下げ、ジョーの目をまっすぐに睨みつける。
「空っぽだ。驚いたか?」
彼は喉を鳴らし、やがて短く笑った。それは敗北を認める笑いにも見えた。外ではバッキーが装甲を走らせ、撤退の準備を進めている。ルシアがホールで記録を固め、証拠を抑えている。段取りはすべて動いている。
ジョーはゆっくりと手を上げた。生ぬるい光の中で、古い海賊の誇りが最後に何かを呟く。俺はその口を塞ぐつもりはない。彼が自ら選んだ舞台で、彼が自ら抱えた恐怖が、じきに彼を裁くだろう。
外殻に風が当たり、金属が鳴る。俺はその音を生命の鼓動のように聞いた。あとは時間の流れだ。バッキーの声が再び短く入る。
《兄貴、ライン閉めた。出口確保。撤収に入る》
俺は静かに、そして冷たく笑った。ジョーの最後の瞬間は、もうすぐだ。
/*/ エピローグ:ラスベガス・ステーション事件 /*/
やがて、ルシアの通報を受けて銀河パトロールの主力部隊が到着した。
ステーション全域が制圧されるまで、わずか一時間もかからなかった。
ハンマーボルト・ジョーは抵抗の末に拘束。
カジノの奥に隠されていた違法改造ドックと、取引記録が次々と押収された。
奴の名はこれで終わりだろう。
そして、消息を絶っていた〈ビーナス号〉も発見された。
ラスベガス・ステーション内部の違法改造ドック。
金星政府が地球に寄贈した二十トンの金塊を積んだまま――の、はずだった。
だが、積み荷は空。
金塊は影も形もなかった。
「どこに消えた?」
ルシアの報告書に記されたその一文が、すべてを物語っていた。
俺たちがジョーを抑える前に、誰かが金塊を持ち逃げした。
ステーションのセンサー記録はすべて改竄され、外部搬出の痕跡も無い。
完璧な仕事だ。
まるで、金そのものが"意思を持って消えた"ような……そんな消え方だった。
「どこの大泥棒の仕業だろうな」
俺はマティーニを傾けながら呟いた。
「それとも、一匹狼の海賊の仕業か――コブラのような」
ルシアは隣で、あからさまに不満げな顔をしていた。
「報告書に"コブラのような"って書く気ですか? 冗談はやめてください」
「冗談じゃないさ。奴ならやりかねない」
俺は軽く笑ってグラスを置く。
――結局、真相は闇の中。
だが、〈ビーナス号〉の行方とハンマーボルト・ジョーの悪事は暴かれ、
銀河はまた一つ、表面上の平和を取り戻した。
もっとも、
その"平和"の裏で、どこかの宇宙の片隅で誰かがマティーニを片手に笑っているのかもしれない。
金塊の上で――。
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Every day is Wednesday !!
水曜強化週間開始!
見ろよ。ヒューッ!
毎日が水曜日とか言い出しやがったぜ!
待たせたな!
6人の勇士編、明日からだぜ!