紛れも無く奴に会いたくない   作:ぶーく・ぶくぶく

27 / 78


 

 

/*/ ラスベガス・ステーション支配人室 /*/

 

 

ジョーの分厚い指がカードをはじく。ホローテーブルの上に浮かぶ数字が、静かに更新される。

「ワンペア」「ツーペア」。勝負は本当に一進一退――だが、互いにまだ手の内を見せていない。

 

グラスを持ち上げかけた瞬間、ノック音。

「失礼します。お飲み物をお持ちしました」

……声の主は、ルシア。

 

おいおい。

俺は眉をわずかに動かした。ホールに戻れと通信で言ったはずだ。

入ってきた彼女は、完璧な笑顔でトレイを差し出している。背筋は伸び、歩幅も計算通り――だが、あの“目の動き”は命令違反のそれじゃない。故意犯だ。

 

ジョーの目が、鋭く動いた。

「随分と幼いな。身体も小さい。成人しているのか? 年を誤魔化していないか?」

 

……そっちか。

 

重い沈黙を切り裂くように、ルシアは淡々と答える。

「よく言われますが、私は成人済みです。見た目は……申し訳ございません。としか」

 

ジョーは鼻を鳴らし、少し笑う。

「そうか……ホールスタッフが大変なら言いなさい。キッチンやフロアスタッフの仕事もある」

 

――気遣いのある言葉だ。

一応、彼も海賊だが、単なる暴力屋じゃない。支配人として“秩序”を維持する側の人間。

言葉には“組織の長”の響きがあった。

 

「ありがとうございます」

ルシアが頭を下げ、俺へ視線を送る。

……その目。

“ここで動け”ってやつだ。

 

おいおい。

ここで問題起こせって言うのか?

銀河パトロールの中尉様は、ほんと無茶を言う。

 

俺はグラスを指先で転がしながら、軽く笑ってごまかした。

「支配人、あんたの部下、随分としっかりしてるじゃないか。俺のテーブルにも欲しいくらいだ」

 

ジョーは笑い返す。

「いいスタッフは運だ。人間は金じゃ買えねぇ」

 

――ちょうどその時だ。

耳の奥でバッキーの声が小さく震えた。

《兄貴、金塊を積み終えた。残り四分で外殻突破する》

 

完璧なタイミング。

つまり――今ここで、ジョーの注意を完全にこちらに引きつける必要がある。

 

俺はトレイからグラスを一つ取り、ゆっくりと卓に置く。

「運……ねぇ。そういや俺も運には恵まれてる。今夜は特に」

 

ジョーが片眉を上げる。

「どういう意味だ?」

 

俺はカードを一枚、裏返した。

「“運”の話だ。支配人の金庫には――ちょっと重い運が詰まってるらしいな」

 

ルシアが小さく息を呑む。

ジョーの口元がひきつった。

空気が変わる。

笑いが消え、部屋の中にただ機械の駆動音だけが残る。

 

ジョーはゆっくり椅子を倒し、背後の壁を指先で叩いた。

鈍い音。

壁がスライドして、奥に二人の警備兵が現れる。

「……どこで聞いた?」

 

俺は微笑む。

「ポーカーは運のゲームだろ? 俺が勝ったから、教えてもらっただけさ」

 

ルシアが小さく足を引いた。

トレイの下、仕込んだ閃光弾を握っているのが見える。

あの目――やっぱり、最初からこの展開を想定してたな。

 

バッキー、急げよ。

お前が“運”を運び出すまで、こっちはまだ賭けの途中だ。

 

 

/*/

 

 

支配人室──客もディーラーもいない。ホールの喧騒はガラス越しに遠く聞こえるだけで、ここは完全に閉じた空間だ。重厚な扉が静かに閉まり、部屋の空気が一段と濃くなる。

 

俺は動作を殺し、ホルスターから銃を抜いた。先刻、早撃ちで二人の警備員を沈めたのはこのためだ。銃声は上のフロアの騒ぎに紛れて聞こえないだろうが、ここでの行動は即断即決、迷いは死を招く。ジョーが机の向こうでゆっくり立ち上がる。彼の表情に焦りは無い。むしろ興味深げにこちらを見下ろす。海賊の首領の余裕だ。

 

「おっと、ハンマーボルト・ジョー。あんたのハンマーボルトはこんな狭いところじゃ活かせないってのは知ってる。案内してもらおうか、ステーション最下部の重力室まで。二十トンの金塊、そこまでな」

 

銃口は逃がさない。部屋のラグジュアリーも虚しく、冷たい金属の先端だけが現実を持っている。ジョーはゆっくりと笑ったが、その笑いはもう挑発ではなく、計算だ。彼の頭の中で最善手を探しているのが見える。案内するか否か。闘いの場を選ぶか否か。彼が選んだのは、戦いたい場所へ持ち込むことだった。

 

「案内してやるよ」と言って、背後のパネルに手を伸ばす。秘密裏に通じる通路のスイッチを叩く仕草は、長年の経験が滲む。扉が静かに開き、薄暗い通路の向こうに二人の見張りが姿を見せる。俺は銃口を緩めないままジョーの袖を掴み、廊下へと押し出した。灯りは低い。重い鉄の匂いがする。戻る余地はない。

 

歩きながら、インカムが震えた。バッキーだ。声は短い、機械的な低さで告げる。

《兄貴、搬出完了。ラインはクリア。外殻経由で脱出中。二分で外圧封が戻る。》

 

いい。時間は限られている。俺はジョーの背中に針のように冷たい声を落とす。

「案内して、だが重力室の中身を見たときの顔を想像しておけよ。驚愕ってやつだ」

 

彼は舌打ち一つ、小さく笑ったように見えた。だが、その笑顔にほんの僅かなひびが入るのを俺は見逃さない。案内される側が内心で敗北を認める時、勝負は既に傾く。

 

通路を曲がり、低圧扉を押す。冷却ファンの唸りが耳に刺さる。床がほんのわずかに振動する。ジョーが目を細め、部屋に足を踏み入った瞬間、彼の顔が硬直した。予想通りの驚愕ではない。驚愕に混じるのは――底知れぬ、嫌な空虚だ。

 

重力室は空っぽだ。予定していた金塊の台座に重さを示すセンサーの赤いランプは消えており、床面は拭き取られたように無垢だ。物があった痕跡だけが、油の薄い輪郭となって残る。モーションセンサーのログには不可解な空白。誰かが丁寧に"無かったこと"にした形跡だ。

 

ジョーの呼吸が荒くなるのが見える。普通なら怒りが湧くところだろう。しかし彼の瞳に浮かんだのは、怒りでも焦りでもなく、言葉にできない静かな恐怖の色だった。首筋のチェーンの端が微かに光る。男は、己の計算が裏切られた時の顔をしていた。

 

俺はゆっくり、確実に拳を固める。銃口を少しだけ下げ、ジョーの目をまっすぐに睨みつける。

「空っぽだ。驚いたか?」

 

彼は喉を鳴らし、やがて短く笑った。それは敗北を認める笑いにも見えた。外ではバッキーが装甲を走らせ、撤退の準備を進めている。ルシアがホールで記録を固め、証拠を抑えている。段取りはすべて動いている。

 

ジョーはゆっくりと手を上げた。生ぬるい光の中で、古い海賊の誇りが最後に何かを呟く。俺はその口を塞ぐつもりはない。彼が自ら選んだ舞台で、彼が自ら抱えた恐怖が、じきに彼を裁くだろう。

 

外殻に風が当たり、金属が鳴る。俺はその音を生命の鼓動のように聞いた。あとは時間の流れだ。バッキーの声が再び短く入る。

《兄貴、ライン閉めた。出口確保。撤収に入る》

 

俺は静かに、そして冷たく笑った。ジョーの最後の瞬間は、もうすぐだ。

 

 

/*/ エピローグ:ラスベガス・ステーション事件 /*/

 

 

やがて、ルシアの通報を受けて銀河パトロールの主力部隊が到着した。

ステーション全域が制圧されるまで、わずか一時間もかからなかった。

 

ハンマーボルト・ジョーは抵抗の末に拘束。

カジノの奥に隠されていた違法改造ドックと、取引記録が次々と押収された。

奴の名はこれで終わりだろう。

 

そして、消息を絶っていた〈ビーナス号〉も発見された。

ラスベガス・ステーション内部の違法改造ドック。

金星政府が地球に寄贈した二十トンの金塊を積んだまま――の、はずだった。

 

だが、積み荷は空。

金塊は影も形もなかった。

 

「どこに消えた?」

ルシアの報告書に記されたその一文が、すべてを物語っていた。

 

俺たちがジョーを抑える前に、誰かが金塊を持ち逃げした。

ステーションのセンサー記録はすべて改竄され、外部搬出の痕跡も無い。

完璧な仕事だ。

まるで、金そのものが"意思を持って消えた"ような……そんな消え方だった。

 

「どこの大泥棒の仕業だろうな」

俺はマティーニを傾けながら呟いた。

「それとも、一匹狼の海賊の仕業か――コブラのような」

 

ルシアは隣で、あからさまに不満げな顔をしていた。

「報告書に"コブラのような"って書く気ですか? 冗談はやめてください」

 

「冗談じゃないさ。奴ならやりかねない」

俺は軽く笑ってグラスを置く。

 

――結局、真相は闇の中。

だが、〈ビーナス号〉の行方とハンマーボルト・ジョーの悪事は暴かれ、

銀河はまた一つ、表面上の平和を取り戻した。

 

もっとも、

その"平和"の裏で、どこかの宇宙の片隅で誰かがマティーニを片手に笑っているのかもしれない。

 

金塊の上で――。

 

 

/*/ Fin /*/

 

 

 





Every day is Wednesday !!
水曜強化週間開始!

見ろよ。ヒューッ!
毎日が水曜日とか言い出しやがったぜ!

待たせたな!
6人の勇士編、明日からだぜ!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。