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/*/ 『暗黒神アーリマンの墓』 /*/
――何処とも知れぬ暗黒の星。
薄紫の空の下、小高い丘に一つの棺があった。
周囲には砂嵐も音もなく、ただ宇宙の塵が漂っているだけ。
その棺を見下ろすように、二人の男が立っていた。
一人は“目”、もう一人は“鼻”と呼ばれる諜報員。
“耳”の姿はない。
その欠落が、既に不吉な兆しを放っていた。
やがて、遠くの地平線から黒い巨艦が姿を現す。
――重戦艦《ブラックシープ》。
その艦腹を裂くように光が走り、そこから一人の男が降り立った。
全身を特殊偏光ガラスで覆ったサイボーグ。
クリスタルボーイ。
透明な身体の中で、金属の神経が青く脈動している。
「そうか……クックック。ついに見つけたか――
“目”がうなずく。
「伝承通りです。暗黒の支配者、邪悪の帝王――」
“鼻”が続ける。
「限りない闇の力を秘めるという、ブラック・ストーン……」
クリスタルボーイは無言で棺の前に立つと、
ゆっくりとその透明な手を伸ばした。
「暗黒の神アーリマンよ……その力、暗黒の力を――我に与えよ!」
次の瞬間、世界が裏返った。
闇が奔流となって吹き荒れ、丘の砂が空へ舞い上がる。
黒い稲妻が棺から迸り、クリスタルの身体を貫いた。
彼の額に、漆黒の宝石――ブラック・ストーンが吸い付くように張り付く。
内部の光が暗転し、黄金の瞳が紅蓮に染まった。
「……アーリマンが、あの男に乗り移った!」
“目”が叫ぶ。“鼻”が後ずさる。
「暗黒神に魂を売り渡したか……!」
だが、すでに遅かった。
闇に包まれたクリスタルボーイはゆっくりと振り返り、笑った。
「クックック……“目”、そして“鼻”。ご苦労だった。
よくぞアーリマンの墓を見つけてくれた。感謝するぞ」
その言葉が終わる前に、二人は脱兎のごとく逃げ出していた。
丘の影を、風が切り裂く。
笑い声だけが、夜空にこだまする。
「クックックックッ……逃げられると思うな。
我が名は――暗黒神アーリマン!」
/*/ 『闇の夢』 /*/
……ついに来た。
黒い砂の丘、棺、そしてクリスタル・ボーイ。
全身が光を反射して、まるで彫像みたいに動く。
“目”と“鼻”がその棺を開けた。
――あいつら兄弟の背中が、まだ焼きついている。
“耳”はあの時、帰らなかった。
それでも二人は、笑ってたっけな。
「宝が見つかった」なんてはしゃいで。
あの時、俺が止めていれば……。
暗黒の神《アーリマン》。
闇の中で、その名をクリスタルボーイが叫んだ。
そして棺から溢れた漆黒が、奴の身体に染みこんでいく。
額には、禍々しい黒い石――ブラック・ストーン。
笑い声。低くて、嫌に冷たい。
……その瞬間で、俺は目を覚ました。
息が荒い。
額から汗が流れて、枕を濡らしてる。
寝室の天井には、街のネオンが反射していた。
カーテンの隙間から、赤と青の光がゆっくりと流れていく。
「レオ……?」
デイジーの声がした。
彼女はシーツに包まれたまま、心配そうに俺を見ていた。
寝起きでも綺麗な女だ。
それが、余計に胸に刺さる。
「なんでもねぇよ。……ただの悪い夢だ」
そう言って、背中を向ける。
だが、胸の奥はざわついたままだ。
夢で見た光景が頭を離れない。
“目”と“鼻”……今も逃げているだろうか。
それとも――クリスタルボーイに追いつかれたか。
「顔がこわいよ、レオ」
デイジーが俺の腕に触れた。
その温もりが現実を引き戻してくる。
彼女の指が震えていた。
俺が見てる悪夢は、きっと彼女も感じ取ってる。
「……行かなくちゃならねぇ場所ができた」
そう呟くと、デイジーは黙って俺を見つめた。
その視線の奥に、不安と理解が入り混じってる。
俺がどんな男か、もう知ってるからだ。
「すぐに戻るさ」
言葉とは裏腹に、自分でも嘘だとわかっていた。
クリスタルボーイがアーリマンに取り憑かれたなら、
あれはもう人間じゃない。
宇宙そのものが、奴の器になる。
俺はシーツを払いのけて立ち上がる。
床に落ちたシャツを拾い、ベルトを締め、
デイジーの横顔をもう一度見た。
「なにかを止めるには、俺が行くしかない。
……そういう夢だったんだ」
ネオンがゆっくりと消え、夜が沈む。
時計の針が午前3時を指していた。
闇はまだ長い。
そして――アーリマンも。